2018年11月19日

天下人の脳内のすさまじい倒錯の歴史

1面「天声人語」の豊臣秀吉の世界戦略史料が面白い。「『につほんのていわうさま』(天皇)を北京に住まわせることにした」(本文引用)と冒頭に書かれているが、面倒なので現代文部分だけ引用する。「高麗の都は去る(略)2日に落居(陥落)した」「日本の船着場である寧波(中国浙江省)に自身の居所を置こうと考えた。今後のアジアでの戦闘に貢献した武将には、天竺(インド)近くに領地を与えるとも述べ」「イエズス会の宣教師から世界情勢を吸収したはずの秀吉が、日本の軍事力をこれほど過大視していたことに驚く。緒戦の快進撃に高ぶったにしても、稀代のホラ吹きか。あるいは哀しむべき井の中のかわずか」「四百余年前に書かれたひらがなの列をたどりつつ、『天下人』秀吉の頭の中を覗き見た気がした」(本文引用)
これを、明治以降の軍国日本に当てはめてみる。征韓論から日清日露の戦争、そして中国での戦争から太平洋戦争、ついにはインパール作戦でインドまで目指す。まさに「緒戦の快進撃に高ぶった」としか考えようのない異様な戦域の拡大に走り続け、ついに大敗北を喫したことを思う。そんな「稀代のホラ吹きか。あるいは哀しむべき井の中のかわず」かと思えるような世界情勢把握の過誤がこの国をいつもゆさぶる。大敗北から70数年、またぞろ頭をもたげてくる時代錯誤の大敗北主義。「38度線南下論」の出発点が豊臣秀吉の世界観かと連想し、この国の独特の歴史に目がくらむ。ここまでくると、ほとんど倒錯ではないかと思わざるを得ないが、なんでこれがいまも勢いを持つのかといえば、やはり旧武家社会という上部構造と下部構造たる被支配層の関係が、隠然と存在するのを想定せざるを得ない。明治維新は崩壊寸前だった武家社会が、支配階級として生き延びるための内乱、またはクーデターと言えるのではないか。江戸城無血開城は武家社会が生き延びると確認できたからこそ、あえて断行されたのではないか。明治以降の推移を見ていると、政府はもちろん民間人士どこもかしこも征韓論だらけで、違うのはせいぜい実施時期とか実施方法だけではなかったか。細かく見ればいろいろあるだろうが、豊臣秀吉の世界制覇の愚策を通してそんなことを思う。
10面週刊誌広告の「“岸破義信”なんて誰も本気にしちゃいない やっぱり出てきた『安倍さん、4選してください!』」の惹句に注目。おいおい、12年もやったらいよいよ独裁でしょう。独裁制で何を目指すのか。そこのところ、被支配層たる庶民はよく考えてるのかね。4面「政治断簡」の「国民投票 CMがすり込む怖さ」に大阪の都構想住民投票における賛成派への対面調査結果があり、テレビCMの影響を受けた人の比率が3・2%だったとある。しかし実態はそんなのではないらしい。「CMとは答えなかった人に賛成の理由を聞くと、『橋下さんは、とにかく大阪を良くしたいと思ってやってきたんやから』と当時の橋下市長のCMのセリフをそのまましゃべる人が何人もいた。自覚がないまますりこまれる。それがCMの怖さ」(本文引用)という。
そうだ、大岡越前や遠山の金さん、鬼の平蔵など、支配階級の武家にもいいのがいる。それをアテにして「善政」を期待し、いつも裏切られる庶民は、お上による「善政」を幻と知りながら、かつてはそんなこともあったんだからと、高く望まず、嵐には頭を低くして通り過ぎるのを待つに如かずと、やりすごすのを最も利口な生き方と尊ぶ。明治維新が滅ぼしたはずの武家社会が、いまもTVのなかで厳然と生き続け、見ているとけっこう面白いのにはそんな理由があったかと思い知る。7面の週刊誌広告に「技能実習生問題の裏に『一人手数料1万ドル』の搾取ビジネス 日本側に利益供与の内部文書入手/接待やキックバックも」の記事があっても、これを日本社会が暗黙に許容する奴隷労働なのだと認識せずに通り過ぎてしまう。封建遺制が現代にじゅるじゅるとはみ出して、いつのまにか実態となる。そのことに気づいても抵抗する手段がほぼ失われているのに気づかず、有効な手立てを堅持する意志も失せたまま、この世を彷徨う。たしかにそれでは12年独裁も不可能ではないかもしれない。
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2018年11月18日

つくづくイヤな世の中になっていく

近頃どうも我が家購読紙がおかしい。描きたいなと思う記事が少ないか、または意外なほど小さい。適当な記事を探してパソコンに向かいしばし黙考し、おもむろに書き出すという日常が乱れて仕方ないのである。本日の1面に「サイバー空間 米朝攻防 ウィルスで世界混乱 米がハッカー訴追『背後の国あばく』」があり、これは面白そうだな、と読んでみる。北朝鮮が仕掛けた史上最大規模の身代金ウィルス「ワナクライ」の一件が書かれている。「へえ、そうなんだ。いやだね」と思う。2面に移り、ちょっと印象が違ってくる。「サイバー戦 ルールなき応酬」中見出しは「“ワナクライ”の手口 米開発の兵器」「北朝鮮ミサイル実験 失敗させる?」「日本、攻撃に法的課題 憲法21条・刑法など抵触の可能性」とあり、「あれっ、コトの成り行きからするとアメリカが仕掛けて、同じウィルスで反撃されたってのが真相じゃないか?」と知る。1面ではそうなっていないから誤解したが、「『ワナクライが攻撃で使った手口は、米国家安全保障局(NSA)から盗み出したもの。米軍の巡航ミサイル・トマホークを相手に盗まれたようなものだ』。一連の騒動を受け、マイクロソフト社のブラッド・スミス社長が批判したのは、北朝鮮ではなく、米国のインテリジェンス機関の一つ、NSAの対応だった」「ウィンドウズの欠陥を最初に見つけたNSAは、欠陥のあることをマイクロソフトに通知しなかった」「その脆弱性を利用した『サイバー兵器』を密かに開発」「このツールが何者かに盗み取られ、北朝鮮の手に渡ったことでワナクライによる世界的な感染を引き起こしたというのが通説だ」「北朝鮮は昨春、弾道ミサイル発射実験に相次いで失敗。ニューヨークタイムズなどが原因は米国のサイバー攻撃だと報じた」「米国によるサイバー攻撃は過去にも例が」「01年、イスラエルと協力して開発した『スタクスネット』(略)をイランのウラン濃縮制御システムに感染させ、984基の遠心分離機を破壊した」(本文引用)
おっとっと、本家はアメリカなんだ。核兵器も本家はアメリカ。どちらも自分で始めておいて、世界を巻き込んだ核戦争・サイバー戦争に発展させてしまったというべきか。付き合いきれないね、と言うしかない。日本の場合、本格的対応にはまだ課題があると書かれているが、「防御の技術を磨くには、攻撃の手口にも精通する必要がある」(本文引用)とあるので、実際に使わなくても詳細な手口については精通していくことになるわけだ。いやいや、変な方向へ事態が進んでいく可能性もないじゃなさそう。「防衛省幹部は『攻撃に余地を残す表現にはなるだろうが、「攻撃能力保有」の明記は難しいだろう』」「サイバーをめぐって山積する課題に、大綱がどう道筋をつけるのかが焦点の一つだ」(本文引用)
このことを巡ってひとつ思い出すのが、オリバー・ストーン監督の「スノーデン」だ。米NSAは個人のパソコンに侵入して情報を把握することはもちろん、いつのまにか遠隔操作して日常的に監視しているということが描かれていた。この映画は「シチズンフォー スノーデンの暴露」というドキュメンタリーの劇映画化で、前者と後者はほとんど完全に重なる内容になっている。つまりドキュメンタリーで語られたことが本物なら、映画で表現されていることも本物ということになる。いつの間にか侵入され操作され、監視されているとなると、ちょっとばかり危惧したくなる。アメリカはその先頭を行く。怖いことだと思う。2面記事では「国家主体とみられる直近の主なサイバー攻撃」として、10年6月の「スタクスネット」から18年10月のロシアによる化学兵器禁止機関へのサイバー攻撃まで7件が記載されている。米が1件、米・イスラエル1件、ロシア3件、北朝鮮1件、中国1件というが、いやいや関わっている国も事件の件数も、実態はもっと多いだろう。米の関与したものについては、さらに多様の手法が使われ、数も多いだろう。長らく愛用してきたパソコンも、“触らぬ神”の領域に迷い込んだか。暗黙の強制。「由らしむべし知らしむべからず」だね。なんだか恐ろしい世の中になったもんだ。
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2018年11月17日

孤独な怒りを理解することの難しさ

堀田善衛の短編小説「広場の孤独」を思い出した。1面の「折々のことば」で三木清の一文「ひとは孤独を逃れるために独居しさえする」が紹介されていた。「人は大勢の人の間にあっても、というかその中でこそ孤独であると、哲学者は言う。だから人は、逆説的にも孤独から逃れるために独居しもする。が、反対に、孤独を味わうために街に出もする。孤独は何かの欠乏ではなく、紛らすよりもむしろ味わうべきもの。その意味で孤独は感情よりも知性に属し、その中ではじめて世界と確と向き合うことができる。『哲学と人生』から」(本文引用)。たしかに、紛らすことで道筋は見えてこない。「広場の孤独」は、紛らすことで煩悶するのではない、当時の知識人の物語だったと記憶する。奥深い孤独を孤独の中で直視し、道筋を確かめる。思考がメビウスの輪に絡め取られるのではなく、次につなげていくプロセスを確保する。
28面「古典百名山」は「ジョン・スタインベック『怒りの葡萄』」について書く。「1929年、世界大恐慌が起こった。お祭り騒ぎの20年代が終わり、重苦しい30年代が始まった。この時代を生きた人間の強さと恐ろしさを同時に描き切るグレート・アメリカン・ノベルこそ、本書なのだ」(大恐慌後のオクラホマからカリフォルニアを目指す農民たち)「その過酷な旅を、旧約聖書の『出エジプト記』に重ね」「本書が描くのは、極端な貧困状態を生き延びるため、人々が、自分は個人じゃなくて、大きな種族のひとかけらなんだと、認識を改めていく姿だ」「家族の誰かが死ぬが、隣家では赤子が生まれる。誰かが出て行くが、誰かが結婚する。こうして全体として生き残ることができれば、自分が死んでも消えないはず、と。『飢えるのはごめんだといって喧嘩するやつがいたら、おれはそこにいる』『みんなが怒って怒鳴っているとき、おれはそこにいる』『母ちゃんがどこを見たってーーおれはそこにいるってことだ』」「生活が困難になるほど連帯は強まっていく。そして絶望した人々が、一人また一人、共同体に沈み込んでいくというこの物語を、わたしは震えて読んだ」(本文引用)。この文章から、「孤独のその先」を教えられる。個々の人々の苦闘が織り成す大きな流れが浮かび上がる。孤独な闘いが葡萄の房のように結実していくダイナミックな様が、次第に明瞭になっていく。そのことを鮮明に示した解説の力のすごさも感じさせる。
翻って現実はいま、どこまで「怒りの葡萄」を実らせつつあるか。3面の「玉城氏 米政府の姿勢崩せず 初訪米 希望の相手に会えぬまま 辺野古、世論への訴えでは成果 『日本の防衛政策決めるのは東京』米政府」には、沖縄の苦悩が浮かび上がる。報道は「米国世論に直接反対を訴えるとの目的はある程度果たせたと総括した。だが肝心の米政府は『辺野古が唯一の解決策』との姿勢を崩さなかった」(本文引用)と書く。玉城氏の行く先々に、日本政府の影が浮かび上がる。国務省と国防省に意見の食い違いがあるのは知られたことだが、報道はそれを伝えない。「怒りの葡萄」は沖縄でこそ巨大な結実を果たしたが、巨大な葡萄の房は孤独を強めている。同じことは福島についても言える。以下の記事は「いじめ」に切り込みつつ「いじめの背景」には触れない。東京電力福島第1原発事故の避難者が抱える孤独を示さない。事故後8年目、避難者は政府の帰還圧力に晒される一方で、避難先の意識変化に翻弄され、反原発の善意の薄弱さにも惑わされる。「避難すべき」と「避難先の意識変化」のあいだのすきま風を埋める行為はあるか。狭い善意が、彼らを孤独に閉じ込める。差別を放置する。この恐ろしい関係のありかを思わないか。心の拠り所がここになければ、彼らは差別が矯正する孤独ではなく、故郷への帰還を選択する。希望がない「安心」を放棄し、いっそ同胞のもとへ戻ることを選ぶ。「怒りの葡萄」がたぎらせる怒りの底知れなさを思う。
☆「山梨いじめ 第三者委に北杜市民 家族要望に背き」毎日新聞11月8日
https://mainichi.jp/articles/20181108/k00/00m/040/207000c
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2018年11月16日

無惨さは我々自身の内部にも巣食う

東芝が英の原発建設事業から撤退する。「東芝は7日、英国での原子力発電所新規建設事業から撤退し、子会社のニュージェネレーション(NuGen)を解散すると発表した。東芝はNuGenの売却を計画していたが、引き受け先が見つからなかった」「これにより、英国が低炭素経済への移行に向けて進めている原発開発計画に歯止めがかかることになる」「英国の最大労組GMBは、ムーアサイド原発計画の『迫り来る崩壊』は『気が滅入るほど予測できたことだ』と述べている」(本文引用)。長いことスッタモンダしてきた。この影響はかなり大きいと思うが、直近の我が家購読紙ではどう扱ったのか、記憶がない。
☆「東芝、英国の原発建設事業から撤退へ」BBCNEWSJAPAN11月8日
https://www.bbc.com/japanese/46134220?SThisFB
以下の記事は日立の危機を語る。「日立は英原発子会社、ホライズン・ニュークリア・パワーを通じ、英中西部アングルシー島で2基の原発の新設計画を進めている。日立は事業リスクを軽減するため、着工を最終判断する2019年までに、ホライズン社を連結対象外とする方針だ。そのためには英政府や地元企業のホライズン社への出資比率をどこまで高められるかが焦点となる。協議が難航した場合、日立は事業から撤退する可能性を残している」「日程が遅れるなどして建設費が想定より膨らんだ場合の損失は誰が負担するのか。3社体制を見直した結果、リスクはホライズン社が一手にかぶることになる」「実態は『ホライズン社=日立』である」「安倍晋三政権は、退潮に拍車がかかる原発の輸出を、成長戦略の柱に据えている。その一環として資金難に悩む英原発事業に、官民で1兆円超を投資するプランを打ち出した」「外資系証券会社のアナリストは、こう懸念する。『日本政府の英国原発への大盤振る舞いが、日立に撤退のタイミングを失わせるかもしれない』」「英国原発プロジェクトからの撤退を決断できるのか。撤退できなければ、日立は“東芝化”の道を歩む可能性が高い」(本文引用)。5月20日当ブログで我が家購読紙の記事を引用しつつ、「政府が強力に後押ししているが、金融機関は安全対策費の高騰など損失拡大を懸念する。国策原発は国がいくら力んでも、もはや落ち目を隠せない」と、書いた。8月17日ブログも同様で、すでに原発輸出は次から次へ頓挫し、目も当てられない状況にあるのが見て取れる。
☆「日立製作所、『東芝』化の危険…『撤退できない』英国原発事業で巨額損失リスク浮上」BusinessJournal:10月3日
https://biz-journal.jp/2018/10/post_24965.html
1面に「北方領土交渉『2島先行』軸に 歯舞・色丹『米基地置かぬ』首相、プーチン氏に伝達」の記事。昨日のブログで書いた、外務省関係者がもらした「ゼロ」は何なのか、実態が見えてきた。アベノミ・異次元緩和いよいよ暗礁に乗り上げ、原発輸出ボロボロ。日米FTAも深刻で、7面「米牛肉輸入 月齢制限撤廃へ 食品安全委が評価書案」は「牛海綿状脳症(BSE)による米国産牛肉の輸入制限が、緩和される見通し」「今回はカナダとアイルランド産も緩和の対象」(本文引用)とある。同4面「入管法、委員会審議へ 委員長職権で決定、野党反発」中見出し「なぜそこまで施行を急ぐ(略)」「半年遅れると万単位で帰る(略)」も要注目。法相は「法改正が半年遅れれば、万単位が帰ってしまう。我が国経済に深刻な影響を与え、対応は待ったなしだ。喫緊の課題であり可能な限り早急に実施する必要がある」(本文引用)と発言。11月13日当ブログで書いたが、昨年7000人、過去5年で26000人の外国人技術実習生が失踪している。以下の状況を放置しては、万単位の人々が帰国してしまうのは当然。これを見過ごす我々も同罪となる。アベ専制政治を批判することが、自らを断罪せねばならないことになる無惨さの中に、我々自身の立場がある!
☆「指切断に飛び降り自殺も発生、外国人労働者ら“まるで奴隷”の現状」週刊女性11月27日号
http://www.jprime.jp/articles/-/13795?page=1
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2018年11月15日

有利に働かせようと必死の形相アリアリ

1面に「首相、年明け訪ロ 56年宣言基礎に平和条約交渉 日露会談で合意」がある。「あらま、そうなの!」である。9月12日のウラジオストク国際会議でプーチン氏が「あらゆる条件をつけずに年末までに平和条約を」と発言したときは、「あらま、どうするの?」だったわけだが、押され気味のまま年末を迎えるわけにもいかず、反撃を開始する腹づもり? 「日本と旧ソ連が国交を回復した56年の日ソ共同宣言では、平和条約締結後に歯舞、色丹の2島を引き渡すと明記。2001年のイルクーツク声明ではこの宣言を出発点としたが、今回の合意は基礎としつつも、国後、択捉を含む4島の帰属の問題について首相は記者団に言及しなかった。歯舞、色丹2島の帰属を優先して協議する可能性をにじませたものだ。首相は会談後、記者団に対し、『領土問題を解決して平和条約を締結する』と述べた。その上で『戦後70年以上残されてきた課題を次の世代に先送りすることなく、私とプーチン大統領の手で必ずや終止符を打つという強い意志を大統領と完全に共有した』と述べた」(本文引用)。これまでの日本政府の基本方針と異なる方向を首相が発信したということで、政府内には困惑があるそうな。3面に関連記事「北方領土 緒探る 日ロ両首脳が交渉 首相周辺に『二島先行論』浮上」がある。表題の根拠は56年の日ソ共同宣言に平和条約締結後に歯舞・色丹を引き渡すと明記されており、首相周辺では水面下で「2島先行返還」の検討を始めているとも書かれている。さらに「仮に2島先行返還を容認しても、日米安全保障条約をもとに米軍基地を置くことへのロシアの懸念を払拭できるかは不透明」「16年(略)日ロ首脳会談の前、谷内正太郎・国家安全保障局長がロシアのパトルシェフ安全保障会議書記に原則論として『可能性はある』と答え、交渉がこじれた経緯がある」「外務省関係者は『2島でいいと言ってしまうと「ゼロ」になる可能性もある』と指摘する」(本文引用)とまあ、この「ゼロ」とは何を意味するのかな。だいたい北方4島の問題を速やかに解決できたら、拉致被害者問題の置き去り感がさらに強くなる。北方領土はロシアが電撃提案してくれて一定のパフォーマンスができたものの、拉致では自分の方が電撃提案でもしない限り、歩み寄りは困難な状況。さてどうするのやら。
3面には「災害多発GDP年1・2%減 7〜9月期輸出・個人消費に影 米中対立懸念 先行き不透明」がある。これは昨日の7面「日銀総資産GDP超え 戦後初 5年で3・4倍」の続きのようだ。併せて読むと、日銀の総資産保有額がGDPを超えたように見えるけれど、原因は猛暑を含む災害多発によって、個人消費や輸出がふるわなかったせいだよ、と言いたげな記事だ。おまけとして中見出し「米中対立懸念」で「災害で減速した消費と輸出は、足元では持ち直している。茂木敏充経済再生相は14日の記者会見で『景気は緩やかに回復している、との認識に変わりはない』と話した」「日本の景気回復の長さは、12月に戦後最長の73カ月に並ぶ可能性が高い」「ただ、先行きの不透明さは増している」「中国経済が本格的に失速すれば、日本経済への影響は10月以降の数値で表面化する懸念がある」「好業績が続く日本企業も来年3月期通気の見通しは引き下げるところが少なくない。『日本の景気は天井が見え始めている』と(略)研究員は話す」(本文引用)とダメ押し。まさかと思うが、災害多発による7〜9月期GDPが年率換算で1・2%減というが、ほんとにそんなもんかね。この計算にも手心が加えられているんじゃないのかな、と疑問符。日米FTA交渉の難航も予測され、改憲を含めて前途は多難なご様子。昨日の当ブログで「以下の記事」と書きながら、なんの記事か示し忘れていたので、あらためて以下に紹介しておく。
☆「政府統計、信頼に揺らぎ GDPなど日銀が不信感」日本経済新聞11月13日
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO37675170S8A111C1EA1000/
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2018年11月14日

政局日程に汲々とする日々か

4面「通常国会1月4日招集案 政府・与党 衆参同日選憶測も 参院選日程で主導権」に注目。この日程の決め方に、いかにも党利党略そのまんまが見える。例年なら1月後半のところ、4日に前倒しすると、参院選投票日の選択肢が増えて、政治日程の組み立てが有利になるそうで。「参院選を控える来年の通常国会は国会法で定められた150日の会期を伸ばすことが難しい」(本文引用)とし、具体的数字をずらずら並べて、7月28日に任期満了を迎える参院選の日程を推測している。1月4日招集なら投票日候補は4回。7〜9日なら各1回になるという。衆参同日選にすると、また違った日程が組めるらしい。1月4日招集6月2日会期末に衆院解散に踏み切ると、公選法の規定により6月30日か7月7日が投票日として選べる。でも、同日選で改憲に必要な「3分の2」を割ったら大変、これは現実的じゃないなどと、なんとまあメンドクセイことよ。
ここで16面「社説」の「来春の10連休 国民の声届いているか」に目を移すと「皇太子さまが新天皇に即位する来年5月1日を祝日とする法案が、きのう閣議決定された。政府は常々、代替わりが『国民がこぞってことほぐ中で、つつがなく行われるようにする』と表明してきた。人々に祝意を強制するような物言いは厳に慎むべきだが、当の政府の対応によって、『こぞって』から遠い状況が生まれつつある。」(本文引用)とあり、来年はなんと5月は10連休になる。普通なら区切りのいい1月にするのが順当と思うが、5月1日に即位と改元を実施すると決めたのは安倍政権で、「年初は皇室の行事が重なる、4月は統一地方選があって慌ただしいなどを理由に挙げた」(本文引用)というが、どうしても4面の政治日程記事と重ねて考えてしまう。ギュウギュウ詰めにして日程を組みつつ、与党のご都合を最優先し、「あーじゃないこーじゃない」と日付をこねくり回しているとしか思えない。さらに、昭和天皇の死について考える。あのとき天皇は、新聞記事だけ見ているだれもが感じたように、年末を超えて1月まで「生きている」かのような延命治療を継続させられていた。あまりの痛ましさに、天皇ゆえの苦悩を感じさせたものだったが、いまも同じような位置付けで翻弄されているのを感じる。ここで言われている政治日程とは通常政治の範囲内ではなく、まさに政局日程。時の政権党がことを有利に運ぶための算段をあれこれ弄くり回す、策謀のひとつでしかない。そういえば、国会は10連休のあいだお休みになるわけか。なるほどね。それで5月の連休は次第に長くなってきてたんだな。しかしまあ、来年の政局日程はギュウギュウだねえ。外遊に外遊を重ねても、ポンコツ閣僚を防波堤にしても、どうなんだろう。逃げ切れるのかなあ。
7面「日銀総資産GDP超え 戦後初 5年で3・4倍」の記事は、この国の経済がものすごいことになっているんだと、改めて思わせる。「大規模な金融緩和で大量の国債を買い続けている日本銀行の総資産の規模が、国内総生産(GDP)を上回った」「総資産は553兆5922億円で、名目GDPの552兆8207億円(4〜6月期、年換算)を超え」「異次元緩和を始める直前の2012年度末の総資産は約164兆円で、この5年余りで約3・4倍まで膨れ上がった」「出口の局面では、日銀にお金を預けている民間銀行などへの利払いが増え、日銀は債務超過に陥りかねない」(本文引用)。そんな背景があるためだろうか。以下の記事では「日本の現状を映す統計を巡り、内閣府と日銀が綱引きしている。国内総生産(GDP)など基幹統計の信頼性に日銀が不信を募らせ、独自に算出しようと元データの提供を迫っているのだ。内閣府は業務負担などを理由に一部拒否しているが、統計の精度をどう高めるかは、日本経済の行く末にも響きかねない大きな問題をはらんでいる」(本文引用)。GDP計算法を財務省が言い出した時期をブログで調べたら15年12月9日の記事に、「麻生太郎財務相は(略)『統計の取り方をもう一回しっかり検討しないと』と苦言を呈した」とある。いままた、矛盾をさらに積み重ねようとするのか。無惨じゃのう!
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2018年11月13日

国際関係がらみだとたちまち最悪に突入する

今日の新聞は国際関係がらみの記事だらけ。まず3面に、「米ペンス氏が来日 貿易協定など焦点 今日首相と会談」。ペンス米副大統領が来日し首相と会談する。「首相とは、自由貿易協定(FTA)や朝鮮半島の非核化について話し合う」「『世界第3位の経済大国である日本と歴史的な貿易協定の交渉を間もなく始める』と言及。すでに韓国やカナダ、メキシコとの協定が合意したことを挙げ、『新たなディール(取引)は米国人の仕事や労働者を第一に考えるものになる』と」(本文引用)記者団に語ったそうな。TAGではなくFTAなんだなあ、やっぱり。そして、麻生財務相との会談は記事には全然書いてない。いまや彼は政権の心臓に食い込んだ強固なガン細胞みたいなものなんだな、やっぱり。おバカで無能な金持ち道楽息子の成れの果てだもんな、やっぱりだよねえ!
4面「プーチン氏案 首相どう対応 前提なし平和条約提案後初あす会談」では、「首相は14日にシンガポールでロシアのプーチン大統領と会談」「会談は、提案をしたプーチン氏に対して、首相がどう対応するかが焦点だ」「外務省幹部はプーチン氏の提案について『この話は終わった話だ』と話し(略)、14日の首脳会談では議題にならないとの見方を示した」「日本政府が従来通りの交渉をしようとすることにプーチン氏が不満を持っていることは明らか」(本文引用)とあり、これだと14日以降の国内報道は、FTAをTAGに変えてしまうような妙案でも出してこない限り、国内向けにいい格好はできないことになりそうだな。「プーチン説得に大成功〜!」って大見得を切れば切るるほど、本当の結果が怪しくなる。
同4面には「日韓の会合見送り 特許長官 元徴用工判決受け」の記事も。「今月2日に予定されていた日韓特許庁長官会合が見送られたことがわかった」「日本側が延期を申し入れた。判決が出てから日韓関係は悪化しており、今後も両政府で予定されている様々な協議に影響を与えそうだ」「韓国大法院の判決が出た翌日の10月31日、日本の特許庁側が韓国側に『今は両国間の雰囲気が悪いので、延期したほうがいい』と申し入れ」「日本の特許庁は『中止になったかどうかも含めてコメントできない』」(本文引用)とか。次の記事「原告代理人らが新日鉄住金訪問『判決に従って』」は「新日鉄住金は直接対応せず、『判決は日韓請求権協定と日本政府の見解、日本の確定判決に反するもので、きわめて遺憾。今後は日韓の外交交渉の状況を見極めたい』などとするメモを警備員が代読した」「社員が対応しなかった理由について新日鉄住金は『当社の対応に変わりはなく、新たに伝えることはないため』と話している」(本文引用)。国が頑なだと、企業も尻馬に乗って頑なになる。まったく、みっともないですね。恥ずかしいですね。
14面「社説」は「入管法審議へ 政府の前のめりを正せ」の記事。引用せねばならない部分が多くて困る。読んでいると、稀代のザル法じゃないかと思うような法案が、今日から衆院で審議入りする。「改正案には、国会のチェックを経ずに改廃できる省令で、後から定めるとされている事項が極めて多い」(本文引用)という。いやほんとめちゃくちゃ多いのだ。引用していたらあれもこれもそれもどれも、といったことになる。何もかも勝手気ままに省令でやり放題。どうしてかね。めんどうだから、記事を直接読んだほうがいい。これはあまりにも酷い法案だ。
☆「(社説)入管法審議へ 政府の前のめりを正せ」朝日新聞デジタル11月13日
https://www.asahi.com/articles/DA3S13765555.html?iref=pc_ss_date
以下の記事によれば、17年末時点で27万人の外国人技能実習生が日本に在留という。現代の奴隷制度の横行に無関心でいるのは、政府の悪行に加担していることに等しい。新しい植民地主義と言えないか。首相も丸逃げする入管法審議の実態を知ろう。
☆「5年間で延べ2万6千人失踪 ― 外国人技能実習制度は異常すぎないか」YAHOO!JAPANニュース11月6日
https://news.yahoo.co.jp/byline/nakamuratomohiko/20181106-00103150/
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2018年11月11日

自由民権の継承はなぜ途切れたのか

明治とはなんだったのかと、いま思う。国全体が激しい変化を遂げた時期だった。徳川260年の停滞を抜けて急速に近代化されたというが、なにがどう近代化されたのか、考えてしまう。徳川の治世は、強力な武器を独占した武家階層が独特の権力を持ち、この国の上部に君臨した時代だった。このごろ、その社会構造は根本的に変わったのか、じつはそうじゃないのではないか、と疑問を持っている。基本的に変化したのは、武家階層という上部構造が国際社会の変化と矛盾をきたし、支配する側の論理に変更の必要が生じ、変えるか否かで内部対立が発生したということではないのか、と思ったりする。内部対立が暴力的対立に発展し、ついに下層武士の先鋭的な部分が急速に伸びて、クーデターを敢行。そこへ英米仏の諸国が資金援助するなど暗躍し、内戦に発展したのではないか。時代の変化を学習するきっかけを得られなかった庶民は右往左往するばかりで、ほぼその流れから除外されてきたというべきか。武家社会の内部変化が被支配階級たる庶民にも影響を与えたのは、上部構造の変化だけで近代化は達成できず、被支配階級の変化も必然としたからだろう。
国力の要たる産業の発展には、それを下支えするものたちの育成も必要だったのであり、明治初期にはそれら一切が不足しているがゆえに、諸外国からの借金に頼らざるを得ない状況にあった。内戦が続き、最後の西南戦争で国力が尽き果てたとき、有力な輸出産業といえば生糸しかなかった。その生糸も明治10年ごろまでには急速に不況の波に襲われ、いよいよ経済が混乱に陥る。それにあわせて庶民の中に、自由民権の意識が滔滔と流れ始める。この時期、明治政府は彼らなりの国難に、本格的に遭遇したように思う。武家社会の流動化現象が外部へ漏れ出し、被支配階級の流動化をもたらした。1868年が上部構造たる武家社会の大変化の時であったとしたら、1880年ごろから1890年ごろまでの時期は、変化し続ける時代の流れがついに被支配階級たる庶民のなかにも生まれてきたときだったのだろう。そういう意味では、明治政府をつくった者たちにとっての国難は、この時期に生じた、といわざるを得ない。
伊藤博文は自由民権の運動が全国化していく最中の1882年(明治15年)、10年後の国会開設と欽定憲法制定を目指して渡欧する。時期的にいうと、その少し前フランスではパリコミューンが成立。短かかったが世界初の労働者政権が成立していた。少し遅れたとはいえ、日本にもその影響が伝わってきたのは否定できない。伊藤博文の書簡に、「英米仏の自由過激論者の著述のみを金科玉条のごとく過信し、ほとんど国家を傾けんとするの勢」「青年書生が漸く洋書のかじり読みにてひねり出したる書上の理屈をもって、万古不易の定論なりとし、これを実地に施行せんとするがごとき浅薄皮相の考にて、却って自国の国体歴史は度外に置き、無人の境に新政府を創立すると一般の陋見に過ぎざるべし」(「五日市憲法」岩波新書刊より抜粋)との記述がある。彼は経済の混乱と自由民権派の台頭に挟まれ、劣勢を感じていたらしい。「10年後の国会開設」には10年も経てば世の中落ち着いているわい、という気分があったともいう。欽定憲法は1889年(明治22年)に大日本帝国憲法として発布される。ただし、そのときすでに愚民化政策は功を奏し、大半の庶民は「天子様が絹布の法被をくださる」と勘違いして、提灯行列などで繰り出し、盛大なお祭りをしたという。残念ながら、自由民権の運動は激しい弾圧とともに潰え去る。いま、この時期のことを、痛切に思う。自由民権運動が明確に継承されることはなかった。各地に起こった困民党の運動も、激しい弾圧を押し返すことはできなかった。いま、明治と徳川を結びつける考察があまりに少ないことを思う。明治に異彩を放つ運動があった。そのことをいまにつなげる試みの希薄を思う。なにがそうさせたのか、自分たちの現状に照らして深く省みたい。
☆「<明治150年記念式典>「明治倣い国難対処」首相表明」毎日新聞10月23日
https://mainichi.jp/articles/20181023/k00/00e/010/275000c
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2018年11月10日

ホントこの世はうまくできてるね

12面「社説」に「原発事故裁判 運転の資格あったのか」の記事。「福島第一原発事故をめぐる刑事裁判は、来週にも証拠調べを終え、最終段階の論告と弁論に進む見通しだ」「浮かび上がったのは、巨大津波が襲来する可能性を指摘されながら、誰一人として責任感を持って向きあわず、結果として悲惨な事態を招いた旧経営陣の信じがたい姿勢だ」「検察官役の弁護士の主張は」「津波は予測でき」「3人にも報告があり、対策を進めることがいったんは了承された。だが被告らの判断で先送りとなった」「対策を進めようとした矢先に『先送り』を指示されて『力が抜けた』と、3人の目前で証言した社員もいた」「被告らは真っ向から否定」「武藤栄・元副社長は『先送りする権限は私にはなかった』と述べ、経営トップだった勝俣恒久元会長は、津波対策について報告はなく『関心を持たなかった』と言い切った」「3人が出席したある会議では、目次に津波対策と明記した資料が配られていた。だが3人とも目にした記憶はないという」(津波に関する自分宛メールを武藤(略)は)「『読んでいない(そういうメールがあると聞き)事故後に探したが、なかった』と答えた」「何よりも安全に敏感であるべき原発の運転者として、無責任かつ無能」「刑事責任の追及とは別に、判明した新たな事実関係を踏まえ、事故の全体像に改めて迫る取り組みが必要だ。未曾有の被害を前に、『無責任』の上塗りは許されない」(本文引用)。スルガ銀では創業家の御曹司が責任を取らされるのに、東京電力の旧経営陣は損害が多数の庶民に重くのしかかるのに、法的責任を負わされないかもしれないとなったらまさに「お上理不尽。理不尽なり!」。事態が重大なほど責任があいまいになる。これぞ正真正銘日本的不思議の極地!
4面「憲法審 見通し立たず」には「自民党は」「党の『改憲4項目』を今国会で提示することを目指しているが、審査会を開くめどは立っていない」「自民党からは『臨時国会では最後に(常任委員会の理事にあたる)幹事を選任して終わりではないか』(略)と諦めの声も出ている」(本文引用)。事の重大性を考えたら、こんな事態のまま改憲発議など目指すべきでないくらいの判断があってしかるべきところ、原発事故裁判で見る通り、「事態が重大なほど責任があいまいになる」この国のしょうもない姿が浮かび上がる。同4面「入管法審議 日程綱渡り 首相外遊立て込み 会期延長論も」で、その姿はさらに顕著になる。どれだけ重要な法案だか知らないが「首相の審議出席に与党が慎重なのは、今後首相の外遊が立て込み、審議日程が縛られるという事情がある。首相は14日からシンガポールなどを訪問。30日からはアルゼンチンで主要20カ国・地域(G20)首脳会議に出席し、英国などに立ち寄ることも検討している。帰国は12月10日の会期末間際になる見通しで、与党の想定では参院法務委での審議時期と重なる」(本文引用)。なんだそれは。出入国管理法は13日に審議入り。その翌日に首相外遊。帰国は12月10日の会期末間際。ぜんぜん国会に出る気などないんではないか。4面にはさらに「桜田五輪相 また言い間違い」と「『私の声に近いと感じた』が・・・ 片山氏、疑惑再び否定」が並ぶ。これも責任感ゼロのエライ人列伝。エライ人ほど責任を感じなくてもいいとは、ホントこの世はうまくできている。
33面「海外記者、玉城氏どう見た 彼はクリア■辺野古反対理由伝わらず」では、南ドイツ新聞記者が、「日本の政治家は本音と建前を使い分けるが、彼はクリアだ」「『米国は基地を使っている責任者。県民の声が(日本)政府から(米国に)届けられないのであれば、我々はその声を伝える責任があり、皆さんも聞く責任がある』と述べた玉城氏に納得した」(本文引用)とある一方、4面「辺野古移設巡り 集中協議初会合 政府と沖縄県」では、「粛々と」工事強行下の問答無用協議との、沖縄県の孤独な戦いが進む。どこもかしこも無責任のかたまりだらけ。こうして、先の大戦以来といわれる大崩壊への足音だけが音高く進む。
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2018年11月09日

金持ちに甘いのはこの国の度し難い体質?

4面「日米経済対話 また見送りに 麻生氏の『ヒトラー発言』影響か」の記事を読んで思う。麻生太郎氏は本来ならもうすでに過去の人となっているはずだ、と。財閥の御曹司として生を受け、頭の上には広々とした自遊空間があっただろう。足下から卑屈に彼を見上げる衆生の群を見下ろす優越感はさぞ気持ちよかっただろう。若かりし頃から「くだらねえやつら」などと腹のなかで思っていたかもしれない。年月を経てそれが、自分以外は全てバカ、の心境に確定していったのかも。かつては隠す力があったものを、今になってタガが外れてしまったのか。政治をやるものは、ときに言いたいことを腹に収めてできるだけ穏便に事を進めるもの。そんな微妙な配慮などをすっ飛ばして、本音以外を語らなくなってすでに久しい。麻生氏とペンス米副大統領の日米経済対話が、約1年間開かれていないという。今回の来日の際、首相には表敬訪問するが、麻生氏とは話す機会がないらしい。原因は「ヒトラー発言」。「(政治家は)結果が大事。何百万人も殺しちゃったヒトラーは、いくら動機が正しくてもダメ」(本文引用)この発言をきっかけに、ペンス氏は非公式協議を中止。第2回会合は開かれたもののそれ以降は「懇談」のみで「対話」はない。今回も「懇談」だけになる模様。「米政府筋からは『ヒトラー発言をきっかけに関係が破綻した』と指摘する声も出ている」(本文引用)。開会中の臨時国会では、人を指差して話すのは失礼だ、と語気鋭く、発言者を指差しながら文句を垂れたそうで、ネットでは早速、本人自身による過去の「指差し」映像がてんこ盛りで流されている。ついでに首相の映像もたくさんでているから、指差しオンパレードもいいところ。嘲るような表情も生々しく、失礼の度が過ぎて、下劣の領域と言っていい。先のヒトラー発言を読み直すと、「ヒトラーの動機は正しかったが、何百万も殺しちまったから、結果から判断したら落第」という底意が見え透く。「殺さなければユダヤ人排斥は正しかった」と読める。これは国際的に見逃されるはずのない発言だ。大財閥の御曹司として老醜をさらす。いや、彼はいま、老醜なんて段階にないバカ発言にまみれながら、晩節を汚し続けている。
11面に「スルガ銀 最大900億円赤字 中間決算」がある。「シェアハウス融資で大規模な不正問題を起こしたスルガ銀行(略)が」「9月中間決算で最大900億円規模の純損失を計上する見通しであることがわかった。従来予想の120億円の黒字から、大幅な赤字に転落する」「9月に引責辞任した創業家出身の(略)前会長兼CEO(略)ら旧経営陣に損害賠償を求める準備にはいった。現在外部の弁護士らを中心に、旧経営陣の責任について検証しており、近くまとまる報告書を踏まえ、提訴の対象者や請求額などを決める」(本文引用)。アベノミクスの終了の足音が聞こえる。密やかにひたひたとではあるが確実に近づいてくる。スルガ銀問題はアベノミ崩壊の扉をひらく最初の出来事だったと知る時がくる。地銀の倒産と吸収合併。スルガ銀では創業家の御曹司が責任を取らされる。ここで比較したくなるのが東京電力の旧経営陣だ。彼らは損害が、莫大な庶民の背中に広く浅くのしかかるだけだからか、法的責任を負わされないかもしれない。それはあまりにも理不尽。昨日見た加藤剛主演の「拝領妻始末」で、加藤剛が最後に叫ぶ。「お上理不尽。理不尽なり!」いやまったく、剛さんよくぞ叫んでくれた。しかしその叫びが、どうして庶民一般の心に根を下ろさないのだろう。なにかがまだ足りないというのか。国の金遣いの乱脈さを見ても、怒りが怒涛にならない不思議国日本。以下、ふたつの事例を見て、庶民はなにを思う!
☆「<税を追う>護衛艦や潜水艦 兵器予算を補正で穴埋め」東京新聞11月1日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201811/CK2018110102000147.html
☆「防衛費リボ払い批判され・・・安倍首相は民主党政権に責任転嫁」日刊ゲンダイ11月3日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/240968
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2018年11月08日

「先送り」で硬直しているのは・・・

1面の「折々のことば」は「マタイによる福音書(新約聖書)」から「思慮の浅い者たちは、あかりは持っていたが、油を用意していなかった」の言葉をとる。「先の見えない、塞いだ時代だと人は言う。けれども視界が遮られているのは、未来が不確定だからではなく、目を凝らせばある未来が確実に来ることがわかるのに、すべて先送りにし、その対策に本気で着手できないでいるからではないのか。例えば人口減少、国家財政の破綻、経済成長の限界、放射性廃棄物処理の膠着。聖書のこの一節は私たちのそんな無様を思い起こさせる」(全文引用)。確かにこの通りだと思う。しかし、この「無様」に関わっているのは、先送りすることで利益を得る者たちと同時に、先送りすべきでないと主張する者たちも含まれる、と思えてならない。個人的に「放射性廃棄物処理の膠着」に注目するが、さて、具体的にどうするかとなると、我ながら「無様」にも思考が進まない。前に進まなければならないのは不可避の現実、つまりどこかが引き受けなければならない。にもかかわらず、自分の近くに来てほしくない、という主観が潜在的にある。これの折り合いがつかない。引き受ける場合はありうるか。絶対にあり得ないか。過渡的にはありうるか。あり得ないか。ここまで進んできてしまった最悪の事態に、どういうふうに本気で向き合うか、議論の入り口に立ち尽くしたままだ。たしかに、拙速な議論はとてつもない不利益をもたらす可能性がある。国家に対する抜きがたい不信感がある以上、果てしない長年月に関わる課題を安易に決定できない。しかも原発廃炉は現実の課題であり、プルトニウムの取り扱いも焦眉の問題だ。国家のエネルギー計画を根っこから変える試みにも、できるだけ早く着手せねばならない。その先には国防の問題さえ絡んでくる。こうして課題は果てしなく膨らんでいき、抜き差しならない現実の、大きな選択に近づいていく。もっと漸進的に目標に近づく方法はないか。原子力市民委員会の試みはこの国で唯一、その可能性に肉薄しようとしている。だが残念なことに、これをできるだけ深く身のうちにため込もうとする意欲は、巷に広がっていない。
5面に「再稼働 先行き不透明 東海第二延長認可 6市村の同意必要 那珂市長は反対 存続のカギこだわる原電」と「視/点 老朽原発延長 責任は重い」がある。「折々」で「すべて先送りにし、その対策に本気で着手できないでいる」と指摘される状況下で、この硬直した状況をいいことに、「先送り」を好機と捉えるヤカラたちは、強引に好き放題を実行していく。「硬直」は彼らにとって都合のいい状況といえる。そして「硬直」は直近の視点と長期にわたる視点との関係を切り離し、東電福島原発事故で盛り上がった反原発のうねりを弱める。本来ならこれを全国的に議論し、合意に至らせ、ひとつのまとまったスローガンにし、国民運動化していくことが緊急に必要なのだ。それを可能にする典型的事例として目の前にあるのは、沖縄の基地の問題だろう。反原発と同じ発想で全国的課題とするための総討論が巻き起こるべきであり、その結論を持って具体的スローガンとして結実させていく試みがあるべきだ。幾らかのズレを含みつつ、それでも合意できる範囲を網羅するスローガンができあがり、そのスローガンにもとづいて、全国各地で共通する課題が一斉に立ち上がる。そうなってこそ、沖縄は孤立から抜け出す端緒を得る。
「放射性廃棄物処理の膠着」なる課題も、同様の過程を経て全国的課題として結実するはずだ。原発再稼働がじわじわと進んでいくことに、いつも地元だけが孤立的に声を上げるのではなく、広い範囲から世論を持ち上げていけるはずだ。5面記事にあるように、原電の社長は、「再稼働に反対する自治体について『「拒否権」と新協定の中にはどこにもない』と異議を唱えた」(本文引用)。経営の危機感から再稼働を焦っているのだろうが、ひとたび事故が起こったらそれどころではなくなる。そのときは国家管理で対応する以外にない会社が「先送り」をすることの恐ろしさを、首都圏およびその周辺は本気で考えないといけないし、それはほぼ全国の地域にも言えることのはず。
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2018年11月07日

福島+辺野古+地元を各々の課題で結ぶ試み

こんなお知らせを見つけた。「11/6 日韓プルトニウムシンポジウム in TOKYO 2018 『日韓の核燃料サイクル政策 ―その影響と代替策―』」という。地味だけれど、かなり重要な気がした。「2018年4月の南北首脳会談、6月の米朝首脳会談を受けて、朝鮮半島の核をめぐる緊張状況は大きく変わりました。一方で、日本と韓国は核燃料サイクル政策をこの間進めてきました。日本はこの間、使用済み燃料を再処理して取り出したプルトニウムを民生利用する計画を進めてきており、国内外に47トンのプルトニウムを保有しています。韓国も、新しい再処理の技術開発を進め、将来的なプルトニウム利用を目指しています。プルトニウムの取り出し技術は核兵器開発にもつながる技術であり、朝鮮半島の非核化を考えるうえでも大きな懸念となりかねません。そこで、このシンポジウムでは北東アジア地域の非核化を巡る動きと核燃料サイクル政策、そして、プルトニウム拡散を巡る状況とプルトニウム処分を巡る国際動向を、日韓米の有識者をお招きして議論します」(本文引用)。
市民運動の一般的欠点として課題がピークにあるときと情緒的に収まってきたときとで、関わり方に大きな差が出てくることがある。それゆえかときに次の課題へ横飛びすることがあるように思う。個人的にあまり好きな流れではない。直近では反原発で勢いづいたあと、時間の流れとともに拡散する傾向が出てきたとき、辺野古新基地問題が大きくなってきた。そこで意識が水平的に辺野古へ移動する動きを示す。なにか変ではないか。原子力資料情報室の催しは、課題から課題へ横飛びなどせず、自らの立ち位置を寸分違えず、国際情勢の流れをきっちり踏まえて、見事に相互リンクしている。この落ち着きが必要なんだと思う。そうでないから、福島の動きともズレるし、沖縄から「本土は何をしているのか」と指摘されてしまう。けっきょく福島も沖縄も、「遠い出来事に関わる」というスタンスが問題ではないのか。
それでいいのかな。福島も沖縄も国家との関係において、置き捨てられ蹂躙される立場に置かれている。彼らの抱える課題は地域に関わる人々の一部の利害に基づいているのではなく、地域全体が納得できる課題として捉えられる普遍性を持っている。その普遍性はこの国に住む人々の普遍性に直接つながっている。そのつながりのなかに市民運動は存在しているか。自らの地域で、普遍性を持ちうる存在となり得ているか。または、その方向性を持っているか。考えたい。農山村都市の課題をきっちりと見据えて、自然が美しい、という前に、その自然と闘って生きた人々がいることを知りたい。そんな彼らの苦闘を利用して、さらに搾り取ろうとするものたちの意図を、必ず念頭に置きたい。その視点を基礎に、日常生起する課題を捉え直したい。
そうしたら、自然を守るなんてノーテンキなスローガンで立つことはできなくなるはず。美しい自然に唾を吐きたくなるほど辛い思いをさせられてきた人々の気持ちとリンクする可能性が出てくるのではないか。ようするにすぐそばにいる隣人とリンクするスローガンを語れる力を持つことが、福島の課題を身近に引き寄せるのだと思う。福島の課題を引き寄せる力があれば、原発事故の避難先からあえて福島へ戻っていく人々の心情をもっと有効に支えられるような気がする。それはこちらが近くなることから始まる。なぜ避難先が居心地悪くなっていくのか。被曝の危険性の残るところへ戻ることが、避難しているより優先されるようになるのはなぜか。その理由のなかに自分たちの立ち位置のズレは位置していないか。自分の周囲をぐるり見回して、いつの間にか変質している自分をさぐり当てる試みが必要ではないのか。そんなことをつくづく思う今日この頃、原子力資料情報室のシンポジウムは、ひとつの重要なヒントを与えてくれたように思う。身の回りから反原発の機運が急速に薄れているいま、他者の責任を問う前に、自分を見直す試みを!
☆「11/26 日韓プルトニウムシンポジウム in TOKYO 2018 『日韓の核燃料サイクル政策 ―その影響と代替策―』」原子力資料情報室
http://www.cnic.jp/8182
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2018年11月06日

どん詰まり感がハンパじゃないんだけど

7面「波聞風問」は「対米交渉 円安はアベノミクスのおかげ?」の記事。トランプ政権が各国に通商ルールの見直し攻勢をかけている。カナダ、メキシコが結んだNAFTAの「為替条項」がワンポイントで、「自国産業のために意図的に通貨安に誘導するのを封じる取り決めだ。貿易協定に盛り込まれるのは異例である」(本文引用)という。米は来年の日米新交渉でこの条項を求めるつもりらしい。それをやられるとバブル経済崩壊の遠因となった85年のプラザ合意の悪夢が一気によみがえるとか。日本政府は意図的に通貨安政策なんかやってないから為替条項なんかいらないよ、といいたいところ「安倍政権も経済界もかねて『アベノミクスと異次元緩和が円安・株高をもたらした』と評価宣伝してきた」(本文引用)し、現に異次元緩和開始の13年春から同年末にかけて、円高は大幅に戻し、輸出の伸びで日本経済は好転。これも「アベノミクスのおかげ、というのが政財界の定説」(本文引用)という。しかしその定説は間違いらしい。異次元緩和がスタートする半年も前に超円高は円安へ転換している。アベノミクスも異次元緩和も、状況が好転し始めたタイミングで登場しただけで、潮目はもっと前、12年7月にすでにあった。転換点はドラギ欧州中銀総裁の決断で、ユーロ債務危機が急速に収束し、世界経済が好転したときだという。「誤った歴史認識のままでは誤った政策対応を繰り返す」「対米交渉に臨む安倍政権」「あくまでアベノミクスの名にこだわるのか。円安に効果がなかったと説明し、見当違いの為替条項を蹴るのか」(本文引用)。どちらにしても、国内への説明は玉虫色になりそう。
続いて6面に「異次元緩和 金融機関への副作用を警戒 黒田総裁 地域金融『大きな課題』」の記事。黒田氏が名古屋で講演と記者会見をし、「金融緩和による低金利で金融機関の貸し出し収益が減り、特に地域金融機関の経営が厳しくなることが今後の懸念材料になる」「金融機関の経営悪化という緩和の『副作用』が、経済全体に影響しかねないことに強い警戒感を示した」「『構造的な対応をしなくてはならない。統合や合併のような話もあるだろう』と言及」(本文引用)したとある。当面は問題ないと言っているが、アテにならない。当ブログではいくつかの記事で地銀の惨状について触れた。10月3日「重要記事多いが読みにくいのが玉にキズ」では「『低金利による銀行の収益悪化といった副作用』の顕著な例が、スルガ銀行後に全国の地銀が陥っている地獄の経営の有様だ。これが一気に破裂するときが、いつか必ず来る。記事には『経団連「消費増税、確実に」』があり、経団連は『行動力のある組閣』『仕上げの内閣』と持ち上げるが、その本心は経済界の危機感の表れとみていい」と書いた。これより前にも地銀の統合や、吸収合併が大規模に起こる可能性を書いた記憶があるが、いままさに、その可能性が公に語られるようになったというべきか。
何が引き金になるかわからない混沌たる世界情勢の中で、2面「『TAG』ずれる日米 首相『3文字で何て呼ぶの』こだわった呼称 米は使わず『貿易協定』 物品限定か対象拡大か」が次の焦点。この記事はもっと大きくに扱われていい。「9月の日米首脳会談で日本が受け入れた二国間の新たな通商交渉とは何なのか。政府が使う『日米物品貿易協定(TAG)』という呼称を米国は使わず、両国の説明にはズレが生じている。5日の参院予算委員会では野党が追求。今後の日米交渉でもズレは火種となりそうだ」(本文引用)とあり、在日米大使館のHPにある共同声明の日本語訳にTAGの文言はなく、ただ「日米貿易協定」。在日米大使はそんな用語は使ってないよ、メディアの造語じゃないのかね、なんぞと言っている。首相は国会で「FTAじゃない」と執拗に繰り返すが、英文本文は「TAG」と訳せる文章と思えない。「政府関係者は『日本としては物品以外ほとんどやるつもりはない』と言い切るが」「別の日本関係者は米側から『えげつない要求』がくることを懸念している」(本文引用)という。海外はどうあれ国内を騙せればそれで良しといけるかどうか。んなわきゃないよね!
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2018年11月05日

根っこから変わる必要がないか

先週の株の動きはすごかった。上昇する要因がないのに上昇し、最終の金曜日には「うそでしょ?!」と驚くくらい上げて終わった。「なぜだろう?」と首を傾げていたら、下記の記事に出会った。「金融緩和で演出してきた『日銀バブル』もいよいよ限界に近づいているのか。たび重なる『世界同時株安』で株式市場が揺れるなか、世界の先進国では”禁じ手”である中央銀行による株買いが」「株価が乱高下を繰り返す裏で」「加速度を上げている」「日銀は(略)リーマン・ショック後の景気刺激策として2010年秋にETF買い入れを開始」「買い入れ額は最大で年5000億円程度」「株買いは非常事態への対抗策だったが、それでも導入時から株価をゆがめるとの批判は少なくなかった。ところが13年春に黒田東彦総裁を担いだ日銀は、“異次元緩和”の名のもとに、国債やJリート(略)に加え、ETFも年1兆円ペースで買い入れを開始。物価目標達成までの2年程度の期限付きだったはずの措置は、14年10月の追加緩和で年3兆円、16年7月には年6兆円と、景気指標が改善する間に気前よく拡大されて5年半超にも及ぶ。そして今年10月のETF買い入れ額は、8700億円に達した。これは単月の買い入れ額としては史上最高額」(本文引用)とある。これが先週のヘンテコな株価の原因か、とほぼ納得。これから景気が後退局面に向かっていくとしたら、日銀の株買いも制限がなくなるのではないか、というのが記事の見立てらしい。記事はさらに「なぜ買い入れ額が漸次的に拡大してきたのか。結果論でいえば、異次元緩和の最大の失敗は、大規模緩和を始めたことよりも、想定どおりに2%を実現するのが困難だとはっきりした14年時点で、日銀や政府が現実を直視せず、緩和を強めれば次こそ実現できるとかたり続け、無理筋の強行路線を推し進めたことにある」(本文引用)とする。これからどうなるか、とにかく、「日銀バブル」は限界に近づきつつあり、解決を先送りするほどに庶民が払わされるツケは大きくなる、とまことに嫌な想定で記事は締めくくられる。この国は、ボロボロになりながら、改憲によってかたちだけ過去の栄光に立ちもどろうとしているのか。そのとき後に残るのは何なのだろう。疲弊し尽くして全てを失った国民と食い散らされた富の残りカスを必死に集めてなお粋がりをやめない1%富裕層間の果てしない格差が支配するだけの荒野だろうか。富裕層の富を守るために、意志を失った国民が奇怪な武器を手にして、「外敵」と死闘を演じている幻影がみえないか。愚かの極みに付き合っているしかなくなった庶民は、たしかに栄光の「大帝国」を守る御盾になっているのかもしれない。それでいいのか。
☆「過去最高の『株爆買い』・・・日銀はどこまで日本株を買い占めるつもりか」現代イズメディア11月2日
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58273
本日の我が家購読紙6面に「タイ軍政 批判ラップ人気 兵士の遊び場になった議会 4年経っても選挙がない」の記事がある。タイ軍事政権を批判するラップがユーチューブで大人気という。製作したのは「独裁に反対するラップ」というグループ。そうか、2014年のクーデターから4年以上たち、軍政下の日常がこれほどまで行き詰まってきているのか、と思う。「歌詞は『議会は兵士の遊び場』『4年経っても選挙がない』と批判。『自由があると言うが、選ぶ権利がない』『警察は人々を脅すために法律を使う』」「軍政下での抑圧的な日常も非難している」(本文引用)。そういえば2014年の当ブログで「映画『ハンガー・ゲーム』12年、米」の批評を書いたことがあった。そのとき引用したのは「タイ軍政へ不満蓄積 クーデター半年 抑圧続き経済も不調」の記事。中見出しに「『3本指敬礼』で抵抗示す」「『政党を弱体化』募る危機感」とあり、「『3本指敬礼』は米映画『ハンガー・ゲーム』に出てくる独裁者への抵抗のしぐさでクーデター直後に流行して禁止されていた」。タイでは反軍政の運動が、いまも続いている。ここにも報道の重要さが実感される出来事が埋まっていた。いつも何年か経てば抵抗が沈静化するこの国のことを思った。
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2018年11月04日

引退後を考えたほうがいいんでないの

34面にわずか11行で「九電、風力発電も抑制」の記事。「九州電力は3日、大停電の回避を目的に再生可能エネルギーの受け入れを一部遮断する『出力抑制』を実施した。先月中旬に離島を除き国内で初めて実行してから通算5回目。過去4回はいずれも太陽光発電のみを抑えたが、この日は風力発電も初めて対象にした」(全文引用)。最初の頃の理由には、晴天が続いて日照時間も長く、太陽光の発電量が過剰になる可能性があり、困難な出力調整をしないといけなくなるってな目的があったと思う。いまは日照時間は短くなり、発電量も前ほどじゃないはず。それなのに、風力発電まで抑制しないと危ないほどの事態があるのかな。「いや、あるんですよ」とか言って専門用語を連ねた反論がありそうだが、詳しい報道がどこかにあるのなら読んでみたい。再エネについて九電は、こうして締め出しをしていくんだなという典型例を、やっているような気がする。なにも手を打たないでいると、再エネは沈没していくしかなくなる。世の中はこうして大きな流れに翻弄されていくようにできているのかな。
35面に「憲法 異論を知る 向き合う」の関連で小記事「下村改憲本部長『安倍色払拭を』」がある。北海道の同党支部研修会で「自衛隊は国民の9割が認めており、合憲化させるべきだ」「憲法はその国の理想を描くもの。当時の憲法は独立国家の憲法ではなかったと思う」(本文引用)と主張したとか。いままで自民党は「合憲」の見解でやってきたし、それで不自由はなかったはず。なんでいま「違憲」状態にあると言うのかな。なるほど不自由な部分があってそのタガを外したいのか。「北海道函館市で記者団に、国会での改憲論議について『安倍政権のもとでは議論したくないと思っている人が多い。自民党全体でしっかり対応しながら、「安倍色」を払拭していくことが必要だ』と語った」(本文引用)。「おいおい」である。「払拭」とは「汚れなどをすっかりぬぐい去ること。除き去って、きれいにすること」と我が家の国語辞典にあった。「安倍色」=「汚れ」かい。正直だねえ。「いや、汚れじゃなくって」と言いたいとしたら、「隠す」ことが本音か。それだったら「姑息」=「根本的に解決するのではなく、一時の間に合わせにする」と我が家国語辞典にある解釈が適当だね。石破茂氏の追加コメントが近ごろの流行で、下村氏が函館で記者団に語った一方、石破氏は札幌で「安倍色を払拭するのであれば誰が責任をもって語るのか。総裁がきちんと党員の前で『自分の考え方はこうだ』とお述べいただかないと」(本文引用)と、いつもの口調で語ったという。党内も、一般世論も、いまやよほどの起死回生策を打たないとジリ貧の様相濃厚だ。世界の動きが彼に味方するか否か、カギは彼を引き摺り下ろそうとする庶民の力にかかっているってことだ。彼らには、3分の2という、いまや内実はボロボロの寄せ集めの数しか無くなっている。
4面に「『リーマン』免罪符 歳出膨張 『財政再建より景気』増税2度延期 『金に糸目つけぬ』15兆円対策」がある。コトここに至るまでの経過はぐちゃぐちゃでわかりにくいが、中見出しの「『何でもあり』国借金289兆円増」には、国際的にみて最も行き詰まったこの国の実態が、克明に描かれている。読んでいて思うのは、自民党麻生政権から民主党政権、さらに安倍政権へと移っていく過程で、民主党の3年間だけまがりなりにも財政再建のための緊縮政策がとられたものの、両側はまるで民主党政権に対抗するかのように、「何でもあり」の経済最優先政策がぶっ通しで続けられた。「財政赤字が続いているのに経済対策を打ち続け、海外のように歳出を減らしてこなかった。日本だけがリーマン後の『何でもあり』の気持ちを引きずっている」「国、地方を合わせた借金残高の総額は1千兆円を超え、財政再建の道筋は見えない」(本文引用)。これでも、追求されたら借金のうち民主党政権の積み残し分がこれだけ、などと言い逃れしようとする。でも、同じ手は自分が下野したあとで使われることを、自覚しておくべきだろうね。
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2018年11月03日

目の前にある異様さに気づかない日々

面白い記事だ。「こういうのを『フェーズが変わった』と表現するのだろう。29日、臨時国会の代表質問がスタート。安倍首相が自民党総裁選で無理やり3選を決めてから、初の国会論戦だが、波乱の幕開けになった。発端は、自民党の高市議院運営委員長が示した国会改革案」「政府提出法案の審議を優先して、議員立法や一般質疑は会期末前に残った時間を充てるなどと書かれたトチ狂ったもので、野党は『立法府が行政府の下請けになると公言するようなもの』と猛反発。当然ながら、高市案は撤回に追い込まれた」「自民党内は、安倍の号令を受け、一丸となって動くムードではない。むしろ、安倍官邸の強気が逆効果を生んでいる」「『もはや1強ではない』『改憲なんてやれるわけがない』と、シラけた空気が漂っているのが現状だ」(本文引用)。首相が決めたことには黙って従う党だったが、政権はレームダック化し、ダッチロール現象が始まっている、と記事は書く。半分は「ほんとかもしれない」と思う。もう半分は、「落ち目の奴がけっこう怖い」という心境。油断したくない。
☆「逆回転の官邸主導 安倍政権は臨時国会を乗りきれるのか すでに退陣の『花道論』」日刊ゲンダイ10月30日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/240596
本日4面は、上記を踏まえて読み解くと興味がわく。まず、小ネタづくしで「#政界ファイル」から「首相また『私は行政府の長』」に注目。これまで首相は「16年5月の衆院予算委員会でも『私は立法府の長』と答弁。同月の参院予算委でも『立法府の私』と答えた」(本文引用)という。今回は3回目になる、2日の衆院予算委員会の答弁。支離滅裂というより、もはや確信犯かもしれないと思う。彼の最終目標はもしかしたら、立法府も行政府も一手に握るなんてところにないか。もうひとつは「自民・高村正彦氏、国民投票CM規制『議論を』」で、老残晒す高村氏(党憲法改正推進本部最高顧問)が、国民民主党の(政党によるTVCMを禁じる)国民投票法改正案を出したことについて、早く国会で議論したくてしかたないという姿勢を示した。なんだかこの人が言うと、口から泡を飛ばし、手をぷるぷる震わせながらに思える。麻生氏同様、もう引退したほうがいいのではないか、と言いたくなる。小ネタは続き、表題含め12行の「菅氏『沖縄知事と会う』」には「知事から面会の要請もあり、来週、時間があえば虚心に話を聞いてほしい。聞いてみたい」(本文引用)。「虚心」の置き場所が違うし、まず「聞いてみたい」が先。これじゃあ話がすれ違うだろうな。
「少し大ネタ」に移ると、「石垣島に駐屯地 2月着工へ公告 防衛省、土地造成の入札」に目が止まる。昨日の1面「辺野古月内にも土砂投入 効力停止の翌日工事再開」の記事を思い出す。公明党国交相が10月31日に県の「埋め立て承認撤回」の効力を停止し、その翌日に埋め立て工事が早速再開されたと思ったら、さらに翌2日に石垣島駐屯地着工をめざした動きが加速する。「着工を急ぐのは、改正された県の環境影響評価条例が10月から施行され」「来年4月以降は事業内容にかかわらず、20ヘクタール以上の土地造成を伴えば対象となる。アセス手続きには3年程度かかるため、防衛省にとっては配備計画が遅れることになる。政府関係者は『県がやっかいな条例改正を仕掛けてきたから、無理せざるを得ない』と明かす」(本文引用)とある。沖縄への圧力は増大していくばかりだ。福島も含めて、本土としてなにをなすべきか真剣に詰めないと、大きな後悔の根を残す。焦りすら感じる今日この頃。
小記事で見落としそうになるひとつ。全12行の「補正予算、衆院を通過」で、「災害などの復旧・復興費を柱とする総額9356億円の第1次補正予算案が2日、衆院本会議で採決され、全会一致で可決」(本文引用)とある。10月18日当ブログは、予算案の総額は大きくても個別自治体へ渡る額は大幅減になる、と書いた。沖縄、福島に続きこの国の民の受難は果てしなく、改憲だけが一心不乱に進む。異様な国家が目の前にある。
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2018年11月02日

格好つけているが痛し痒しが本音でしょ

4面「首相『国際裁判も視野』 元徴用工判決 対応を本格化」の記事。「韓国大法院(最高裁)が日本企業に元徴用工への賠償を命じた判決について、安倍晋三首相は1日の衆院予算委員会で『国際裁判も含め、あらゆる選択肢を視野に入れて毅然と対応していく』と語った。菅義偉官房長官も(略)韓国の徴用工訴訟に関連する日本企業に説明会を開いていると説明」「日韓請求権協定に基づく協議や仲裁は前例がない。日本外務省幹部は『韓国側の合意が必要で非常に難しい』」「もう一つ考えられているのが国際司法裁判所(ICJ)への提訴だ。(略)ただ、提訴には韓国の『同意』が必要(略)これもハードルが高い。(略)韓国政府の対応によっては、問題の長期化」(本文引用)もあるとか。
以下記述参照。「1991年8月27日の参院予算委員会では、当時の柳井俊二・外務省条約局長がこの日韓請求権協定について、『両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決した』(日韓請求権協定第二条)の意味を、以下のように答弁(略)『その意味するところでございますが、日韓両国間において存在しておりましたそれぞれの国民の請求権を含めて解決したということでございますけれども、これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません』」
以下のところにはかなり詳しい年次的な記述があり、「『「完全かつ最終的に解決」と書いてあるから完全かつ最終的に解決済みだ』で済むほど問題は単純ではない。なぜなら、他ならぬ日本政府自身が、『「完全かつ最終的に解決」とは個人の権利の消滅を意味しない』と力説してきた歴史があり、『国家間の合意を無視する』ような解釈の大転換を行ったのも日本政府だから」(本文引用)と、上記の引用に重なる。「2015年末に日本軍『慰安婦』問題について日韓両国政府が合意し、この問題は『最終的かつ不可逆的に』解決されたとの声明が発表された。合意内容については様々な意見があろうが、従前の大法院判決の論理からみて、日本軍『慰安婦』被害者個人の賠償請求権(実体的権利)がこのような政府間の行政協定により消滅することはありえず、『最終的かつ不可逆的に解決』との文言は韓国政府の外交保護権放棄を意味するに過ぎない」(本文引用)は説得力がある。論文要旨4の記述が、先の引用を指していることは疑う余地がない。「国際裁判も含め、あらゆる選択肢を視野に入れて毅然と対応していく」という根拠が変遷しており、「毅然」とは程遠い姿勢がにじみ出ている。仲裁委員会の仲裁や国際司法裁判所への提訴には韓国政府の合意とか同意が必要というものの、ほんとうはどちらが引き延ばしを図っているのやら。両方かもしれず、国内向け2枚舌を考える日本政府が、とも言える。シベリア抑留を言いたい意図がある一方、アジア全体の賠償請求拡大も困るし・・・。
☆「日韓両国政府の日韓請求権協定解釈の変遷」法律事務所の資料棚
http://justice.skr.jp/seikyuuken-top.html
1面「辺野古月内にも土砂投入 効力停止の翌日工事再開」を読むと、いずこも同じ2枚舌と言おうか、10月24日の所信表明演説で「沖縄の皆さんの心に寄り添い」と発言した舌の根も乾かぬうちに、この所業である。選挙がすべてとか言いながら、「沖縄の皆さん」は今回の選挙結果は考慮外。強引に進めていればいつか沖縄は孤立し、辺野古容認の知事が選出されるときが来る。そのときの「沖縄の皆さん」の選択が、「沖縄の全て」であると言いたいようだ。公明党は沖縄の結果をどう考察したのやら。県の「埋め立て承認撤回」は8月31日。知事選で勝利すれば簡単さ、とタカをくくっていたが当てが外れて仰天。政府は敗北後の17日に「埋め立て承認撤回の効力停止」を申し立て、公明出身の石井国交相が30日「効力停止」を認め、31日に撤回の効力停止。その翌日、工事が再開されるという電光石火。公明党も反省がない。沖縄の学会員を見捨て、権力亡者に成り下がったとしか思えない!
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2018年11月01日

冴えない記事ばかりの朝でも

このごろ我が家購読紙が不調だ。朝起きて「さて、今日はどんな記事があるかな」と紙面を見てもさっぱりで、こんなんじゃあ他紙に乗り換えようか、という気になる。しかし、志が高かった時期もあり、バッシングに耐えて孤塁を守ってきた誇り高い新聞社の面影は捨て難く、それを簡単に見限るのは愚かな気がする。意気軒高な時期に戻る道筋がまだあるのにすぐポイ捨てするのではなく、ふにゃふにゃであっても、その文章の奥から真実を探り出す眼力を読者が持たないことには、世間が退潮し、情報が限られていくときでもなんとか未来を感じる方法を失なってしまう。どんな下劣記事も読み方次第。かの有名な政府広報よいしょ新聞3Kでも、その偏りの奥から逆照射される真実を読み取れるはず。「この新聞がこんな書き方をしている。これを逆さ読みしたら違う真実が浮かび上がる」的な努力も必要だ。書かれていないことには、判断を左右する重要な内容があり得るから、それがないために状況分析が甘くなることはある。しかし、そうなっても世の中はよほど酷い方向へきているらしいとの憶測はできる。判断はそこからでも広がるはず。
本日の我が家購読紙6面に「TPP 12月30日発効 5億人・GDP10兆ドルの経済圏」がある。「米国を除く環太平洋連携協定(TPP11)が今年12月30日に発行することになった。参加する11カ国のうち発行に必要な6カ国目の国内手続きが31日に終わったためだ」「11カ国で域内人口約5億人。GDPは世界全体の13%に当たる約10兆ドルの経済規模」「日米両国が年明けから始める日米物品貿易協定(TAG)にも影響しそうだ。米国は日本に輸出する牛肉などの農産品で、TPP11加盟国の豪州などよりも価格競争で不利になるため、TAG交渉で市場開放を求めてくるのは確実とみられる。日本としては、譲歩してTPPで認めた水準以上の関税引き下げに応じれば、国内農家の反発だけでなく、TPP11加盟国の不満を呼び起こしかねない」(本文引用)
TAGというフェイク言葉をこの新聞も使い始めたか、と嘆くなかれ。10月15日当ブログ「長く続けて虚言強権悪徳にまみれ退け時を失う」で「政治断簡」の「牙むく米国 造語にこじつける日本」の記事から引用するまでもなく、我が家購読紙にはTAGをこじつけ造語と指摘する記者がいる。今日の6面の記事を変節の最終形と思わず、内部のせめぎ合いを想え。「TAG交渉で市場開放を求めてくる」とあるその裏には、書かれていないFTAへの日本の全面屈服の可能性が含まれている。そのことを読みとりたい。以下には、そんなことの予測が書かれている。消費増税からみた日米関係の分析だが、大枠でいいところを突いていると思えてならない。(1)は国内の選挙事情に関わる分析で「そんなもんだ」と浅読みし、(2)に移る。(トランプは)「日本の消費税は輸出産業への補助金だと見なし」「アメリカが日本に対して貿易赤字を抱えているのは、日本が輸出産業に消費税という名の補助金を出し、消費税のないアメリカで有利にクルマなどを売るからであって、日本はダンピングしているとさえ言っています」(本文引用)。これは輸出業者に消費税が還付される「消費税還付制度」のことを指し、トランプはいくつもの会社が払ってきた消費税が、最終的に製品を輸出する企業に還付される仕組みを「輸出を促すための不当な補助金」とみなして非難する。外交巧者を自認するアベシが、これに逆らえるか否か。本日6面記事では農産物に限って指摘しているがそんな甘いものじゃなさそう。関連して4面月刊誌広告に「『安倍不況』がついに始まる」とある。ちかごろ、この指摘が増えてきているのに要注目。
☆「来年の消費増税、見送りの可能性(1)…安倍首相、再び選挙のカードに利用」ビジネスジャーナル10月19日
https://biz-journal.jp/2018/10/post_25182.html
☆「来年の消費増税、見送りの可能性(2)…輸出大企業に6兆円還付、米国が強硬に反対」ビジネスジャーナル10月19日
https://biz-journal.jp/2018/10/post_25185.html
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2018年10月31日

責任押し付け自己無責任体制の極限を進む

30日、ようやく原発事故裁判の3被告のうち最後の勝俣元会長が被告人質問に答えた。武藤元副社長16日、次に武黒元副社長19日、そして今回の勝俣氏30日である。まあ予測した通りの責任回避。つくづく「いいよなあ〜!」と思う。企業ではトップに行くほど最終責任を免れる。仮にもカミソリとキレキレ頭の実力派最高責任者たる人物だ。それなのに指定弁護士が「『最終責任は最高責任者にあるのでは』と追求すると、『そういう風に言えるのか・・・万能ではありません』と口ごもった」(本文引用)と言えるのだから気楽だね。カミソリの切れ味は見せかけだけだったか。見せかけでいられるだけ、最高責任者の座は安直なものなのか。そういえば清水元社長はこの場に出て来ない。なん億円か巨額の退職金をもらってたっけな。原発事故発災の最初期に社長職から外れ、いつのまにか会長が陣頭指揮に立っていたっけな。39面「最終責任 口ごもる勝俣氏 津波対策『やってくれていると思った』 原発事故裁判」の「視/点」では「無責任供述 どこのトップか」と手厳しく指摘されている。「『カミソリ』と呼ばれた実力経営者は(略)部下の報告を素早く理解し、鋭い質問を返すことで有名だった。だが、30日の被告人質問では、地震や津波対策の報告について『技術的なことが多く、理解しきれなかった』と述べ、原発に関する知識も『あまりなかった』と語った。(略)福島で津波対策を実施しなかった背景に、07年の新潟県優越沖地震に伴う赤字転落と経費の大幅削減があったのではないかと問われ(略)『永遠の課題だ』と返答。当時の自らの考え方に踏み込まず、会社経営の『一般論』でかわした。会長になってからの責任については『権限は社長だ』と繰り返した。12年に国会事故調査委員会に出席した際(略)福島出身の委員からこう尋ねられた。『そもそもあなたは、どこの会社の会長だったのですか』」(本文引用)
「業務執行の責任は社長だ」の「社長」は裁判に出て来ない。最初に書いたが、社長は原発事故発災後すみやかに表舞台から消え、本人の意志か、周囲の戦略的配慮か、とにかく今回の裁判でも存在不明だ。不在の社長に代わって事故収束の陣頭指揮をとった、あの責任者の責任はどこへいったのか。「『最大15・7メートル』の試算が公表されず、対策に生かされなかった経緯について海渡弁護士が『(試算を)隠し持っていた』と追求すると、(略)『隠し持ってたわけじゃなくて、試算値ですよ。試算値で騒ぐのはおかしい。15・7メートルに、どの程度の信頼性があるのかに尽きる』と色をなして反論した」(本文引用)。試算値の信頼性の「程度」については理解していたわけか。けっこうちゃんと判断していたじゃないか。その判断が問われているんじゃないのかね、と思う。どんなに重要な事項でも、深入りせずにお飾りでいればいいというカミソリ判断が、鋭く一貫していたってことか。どこがカミソリじゃ。なにが実力経営者じゃ。これこそ日本的責任転嫁自己無責任の伝統ってことなんだな。まったく胸くそ悪い。
1面トップは「元徴用工への賠償 命令 韓国最高裁、日本企業に 安倍首相『ありえない』」の記事。日韓関係の歴史的経緯が陰を落とす。記事を読んで連想するのは14面「社説」の「徴用工裁判 蓄積を無にせぬ対応を」にある「韓国併合の合法性を含め、日韓は国交正常化の際、詰め切れなかった問題がいくつかある」(本文引用)の部分。これが重要な意味をなすのではないか。明治150年を祝う前に、それが秘める負の歴史をいまどう捉えるかが怪しくなってきている。明治憲法の復活を目論む政権は、その怪しさを突かれ、あわてて「ありえない」と色をなすのではないか。一方で、11面「韓国与野党、判決を歓迎 元徴用工訴訟 ネット上では批判も」には、韓国内にも批判的な声があるような記述がある。これは、長い植民地支配の過程で利権を貪ったものたちの痕跡が、こんなときに跳梁することを示しているのだろうか。それとも今日の報道が、あえてネットからほじくり出してきた微小ネタなのか。若干の疑問符付きで記憶にとどめておく。
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2018年10月30日

最低なのに虚勢を張り国民を地に這わせる

下記記事によると「無料学習会に通う低所得世帯を対象にアンケートした結果、過去1年間に金銭的な理由で食料を買えない経験をした保護者が34.7%に上ることが22日、NPO法人キッズドア(東京都中央区)の調査で分かった」「ひとり親家庭などを対象にした都内と仙台市内の学習会を利用する中学生と保護者に行われ、それぞれ207人と147人から回答を得た。その結果、世帯年収は平均304.9万円で、200万円未満が最多の30.6%だった。ひとり親家庭は63.2%を占めた」(本文引用)。NPO法人の調査で、これが現在のこの国の実態と言うべきか。キッズ食堂やおうち食堂、フードバンクなどの活動はいよいよ切迫した意味を持ちつつある。いまから70年も前のことになる。戦争が終わって、この国は未曾有の食料危機に陥り、飢えが巷に満ちていた。個人的な経験の範囲内でいうと、最初の数年間のうちの一定期間、街には相互扶助の意識がある程度あった。それが急速に薄れていったのはいつ頃からだったか。広く目に見えていた飢えは局在し潜在化していく。「戦後復興」の名の下に、波に順調に乗れなかった者たちと、素早く回復基調に乗った人たちとの経済格差が目立ち始める。小学校の給食でララ物資を不味いと思った子どもたちと、美味しいと思って大喜びした子どもたちのあいだに、厳然たる格差が広がっていく。給食がない日がときたまある。そんなとき、弁当を持って来られなかった児童は昼食の時間、教室から静かに抜け出し、校庭の隅っこに膝を抱えて座っていた。食料の配給制度があったが、その米は白くなく、灰色をしていて、中にコクゾウムシがいっぱい入っていた。湯のみ茶碗1杯分の米に、盃1杯分のコクゾウムシがいた。それでも見逃して、食事中にガリッとくることがあった。そんな生活だったが、飢えは今より未だしもだったと言えるかもしれない。曲がりなりにも救済処置はあった。飢餓線上にある人々が無視できないほど多かったからだ。いや、今もすでに無視してはならないほど多いことが、この統計からも伺える。では、何が違うのか。建前が違うのではないか、と思う。「景気は回復基調にある。雇用は改善されている」などの架空の繁栄を謳って驀進し続ける政治がある。庶民の多くは、身近に迫る飢えの恐怖から逃れるため、空虚このうえない虚言を無理やり自分に信じ込ませようとあがく。さらに社会の表面からきれいに払いのけようとする。虚言が踊り、飢えの現実に生きる人々、なかでも児童たちは、払いのけられる空気のように薄い感触と戦いながら、希望が見えない現在を生きる。そして虚言は次第に巨大化し、世間を席巻し、空虚な城塞を造り、惑わされてしたがってきた人たちを巻き込んで、醜悪な実態をアカラサマにしはじめる。格差が極限まで肥大し、日常と化す時がくる。
☆「『食料買えない』3割経験=中学生いる低所得世帯、希望学歴に親子差―NPO調査」時事ドットコム10月22日
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018102200094&g=soc
本音をさらけ出して世論を測るリトマス試験紙役を積極的にやっているのが以下の人物。これで怒らない世間だったら、まだのさばることができる。そんな勘定があって、ここまで酷い言葉を吐き続けられる。どんなになろうとも、財閥の御曹司として世間とかけ離れた高みで生きていられると絶大な自信を持っているから、こんな言葉を庶民に向かって吐き出せる。この人の言う「常識」ってものには、耐えられない腐臭がにおう。身内からも笑われるとは地に落ちたものよ。
☆「麻生氏、不摂生患者へ支出疑問視『あほらしい』」時事ドットコム10月23日
https://this.kiji.is/427316654491599969
☆「<麻生太郎氏>河野外相に『常識を磨かないといかん』」毎日新聞10月23日
https://mainichi.jp/articles/20181024/k00/00m/010/093000c
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2018年10月29日

非力な自らの認識力を磨くために

本日1面「折々のことば」は標題「俗論は頑論よりも害あり 中江兆民』」で「憤懣のたまる社会では『極端と極端を並べてみせる』性急で頑なな論がはびこる。これらは他山の石としうるが、厄介なのは俗論のほう。尖らない論点は温和でいかにも正論に映るが、その耳当たりの良さが批判力を鈍らせ、大勢を見誤らせる。そして人心が議論に倦めば、社会は内部から蝕まれてゆく。だから論を耕せと、明治の思想家は警めた。『中江兆民評論集』から」(本文引用)。最後の「だから論を耕せ」は大いに納得。よくあるのは、議論をしようにも返事がなく、たまに「これを読め」とばかりに論文・論評をどさっと提出して黙っている類。それを読んでこちらの見解を述べてもダンマリ。専門家の論文・論評を反論としているつもりかもしれないが、たいがい論点はズレている。余計な内容も山と含まれている。そしてダンマリ。ダンマリ対議論のあいだに「説得力ありますね」などと支持者が合いの手を入れると俄然勢いがつき、「そうでしょ。そうなんだわさ」などと喜んで、すぐダンマリ。そこで思う。この人は奥深い議論ができない人なんだな、と。まず感覚的な「イヤ」があって、それに他者の論理をペタペタくっつけて権威づけする。権威という鎧で重武装し、その鎧の奥に身を隠してハリネズミみたいに身構えている。鎧とする論理はそんなに深くない。いや、あまり深すぎるとかえって混乱するので、当初から危険視する。そんな感じかな。運動において、ひとつの課題に執着していると、必然的に論理は深くならざるを得ない。事態が次第に複雑化するから、それは不可避なことだ。そこでこういった輩は、課題から課題へ蝶のように飛び回り始める。疲れないかね。ひとつひとつの運動に責任が持てるのかね、と思う。他人事ではあるけれど。
34面に「東電元会長 責任どう語る 原発事故 あす被告人質問」がある。「東京電力の福島第一原発事故をめぐり、3人の旧経営陣が業務上過失致死傷罪で強制起訴された公判で30日、同社の社長、会長を10年間務めた勝俣恒久被告(78)が被告人質問に答える。原発のトラブル隠しを受けた刷新人事でトップにつき、東日本大震災後も東電の『顔』として対応に当たっただけに、刑事責任にとどまらず、経営者としての発言にも注目が集まる」(本文引用)。東大卒で、頭の回転と判断の速さから「カミソリ勝俣」と呼ばれていたとか。すでに被告人質問が終わっている武藤栄氏、武黒一郎氏は「先送り」の「認識」とか「了承」とか「根回し」とかを否定、「(提案の)根拠があいまいだった」「聞いていない」「説明を受けていない」などと部下への責任転嫁を堂々主張していた。さて、経営トップの「カミソリ」さんがどれだけキレキレの証言をするか、いよいよ注目したいところ。この件については3人の質問が終わった段階でまとめて考えてみたいと思っている。各種報道や運動団体からも、怒涛のごとく多様な見解が出てくるだろう。それらをまとめて、自分なりの考えを決めていきたい。どの見解にも見るべき点や学ぶべき視点があるはず。適当な論理に安直に依存せず、個人の感性を磨きながら、現実の重みにたじろがないために、現在にできるだけ正確にアプローチするために・・・。
安田純平さんの件について、報道が少し静かになりつつある。たしかに、いまは本人の心身の安定を優先するべきだと思う。あの強力な「自己責任」論者の辛坊さんでも、自らの単純な冒険心にかかわる緊急事態で救助を要請し、国は万難を排して救助に全力を尽くした。それが当然、国の義務なのである。いまは静かに、安田さんの健康回復を待ちたい。
☆「安田純平さん解放 安倍政権は手柄どころか寝耳に水だった」日刊ゲンダイ10月26日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/240368/1
☆「下顎を吹き飛ばされても取材をやめない日本人ジャーナリスト」AbemaTIMES:17年12月15日
https://abematimes.com/posts/3390198
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2018年10月28日

語り継ぎ、経験を積み上げ、従順から脱出

これまで読んだなかで、以下の記事が最もまとまりよく感じられる。「3年4カ月に及ぶ過酷な拘禁状態を耐え抜いた強靱な精神力にまず驚き、敬意を抱いた」「推測が広がる。これらにも思わぬ事実が飛び出す日がやってくるのだろうか」「産経新聞も、10月25日付『主張』は『危険を承知で現地に足を踏み入れたのだから自己責任であるとし、救出の必要性に疑問をはさむのは誤りである。理由の如何を問わず、国は自国民の安全や保護に責任を持つ』と断言」「ネットではすでに(略)『自己責任論』の合唱が起き」「バッシングには外国メディアの特派員が『全く理解できない現象』などと発信している」「10月23日午後11時、官邸に急きょ戻って解放情報を発表した菅義偉官房長官は『官邸を司令塔とする国際テロ情報収集ユニットを中心に、カタールやトルコに働き掛けた結果だ』と胸を張った」「解放情報は発表の数日前からあった。まるで『寝耳に水』のような10月23日夜の政府関係者の慌ただしい動きを考え合わせると、シリア内戦の状況変化という主因の『棚ぼた』を、ここぞとばかり『ユニット』の活躍アピールに使ったようにしか見えない」(本文引用)
ここらあたりまで、これまでブログ主程度でもうっすら感じてきたことを、記事は明快に示してくれている。ベトナム戦争時の命をかけたジャーナリストたちの活躍はいまも語り草であり、報道の金字塔といえる輝きを放っている。しかし、その後の報道は、昨日の当ブログでも触れたけれど、軍の統制が進み、組織人としてのジャーナリストの影は薄くなり、「近年、戦場や紛争地で亡くなったり不慮の事故にあったりするのは、フリーランスや独立系メディアのジャーナリストばかり」「自己責任で取材した成果物を持ち込み、局側に『買う』か『買わない』か決めてもらうしかない。危険地取材は『売れない』危険も背負わねばならず、取材経費さえ取り戻せない場合も少なくないという」「防衛省が今年公開した自衛隊イラク派遣時の日報は、『非戦闘地域』とされた(略)サマワ周辺の深刻な治安情勢と、29人という自殺者をだした隊員の過酷な任務の実態を伝えていた」「この現実を、日本の大手メディアは当時ほとんど把握していなかった」「国民の目から遠ざけられた『復興支援』『後方支援』の実態を監視し伝える報道がもっとあれば、安保法制の帰趨は少しは変わっていただろうか」「情報の空白は、国を誤らせる。危険地取材の意義、安田さんの行動の意味が少しでも多くの人に伝わらんことを」(本文引用)
イラク派遣時の情報の希薄さが庶民の危機意識を決定的に弱めたのは否定できない。当時の新聞記事からは、なにかあるみたいだ、という感覚は持てても、そのシビアさを感じ取るまでの報道に接することはなかった。建前を通すために情報を統制する。その結果、誇張された成果だけが表通りを胸をはって堂々行進する。そうなると、青天の霹靂で登場する負の真実のほうがフェイクのように感じられ、信じられないものとなっていく。恐ろしいことだが、そんな逆転現象が起きて、事態はいっそう真実からかけ離れたものになっていく。記事は最終章で「『自衛隊のいるサマワ』から撤収した過去を忘れるな」という表題に書きたかったことのすべてを込める。ほとんどの報道が防衛庁と合意した取材ルールにしたがって便宜を受ける一方、様々な取材規制・報道規制に従い、最終的にサマワから撤収した。「(イラク国内にはNHKや朝日新聞などの記者が残り、その後も情勢を伝えた)」(本文引用)とあるものの、当時の報道からは、緊迫した空気は伝わってこなかった。と、ここで思う。語り継ぐ行為が日常化せず、経験が積み上がらないこの国の特性。記憶から遠ざけられ、抑圧をも平穏のなかに組み込んでしまう不可思議な日常。気づいたつもりで絡め取られている罠の巧妙さ。これは一朝一夕に創られたものではない、と。
☆「安田純平さんが帰ってきた 危険地を敬遠する組織メディアの記者たち。危険地取材の意義を改めて考えたい」WEBRONZA10月26日
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2018102600001.html
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2018年10月27日

ダルビッシュってカッコいいね!

野球にはまったく興味がない。幼い頃から縁がなかったからだ。職場で野球の集いがあっても、「わからんからつまらん」と言って参加せず。すると、「勉強ばっかしてたんだろう」などと言われたり「お高くとまってる」とか言われたりしたものだが、その逆のケースもあるということをわかるものは少なかった。まあ、個人的記憶の断片はいいとして、以下の記事には「カブスのダルビッシュ有投手(32)が、シリアの過激派組織による拘束から解放されたジャーナリスト安田純平さんに対する『自己責任論』に反論した」(本文引用)とある。「おう、おれの嫌いな野球にも、こんなにしっかりしたやつがいるんだ」とある種の感動を覚えた。ベトナム戦争のとき、世界中のジャーナリストが積極的に戦場取材を行い、戦争のかなり深いところにまで果敢に挑戦し、報道した。それで戦争の実態がお茶の間にもどんどん流れ、反戦の機運が盛り上がっていったものだ。知ることによって民主主義は前進する。知らせないことによって民主主義は遠いものになる。単純な原理がそこにあった。後のイラク戦争のときアメリカはベトナム戦争の経験を踏まえ、報道を徹底的に制限した。CNNのリアルタイム報道は、最初こそ緊迫の戦場を捉える観があったが、すぐ見え透いたものに変じていった。敵味方を問わず死体を映すな、砲撃の下に人間がいるとわかるような映像は映すな、などの制約があり、米軍はさながら無人の荒野を爆走するが如し。そのうち「なんか変だぞ?」と誰もが気づくこととなった。そういえばベトナム戦争でも多くのジャーナリストが死んだ。日本人の犠牲者もいた。だが、当時は「自己責任」なんて言葉は微塵もなく、敬意と哀悼の気持ちが巷に広がっていっただけだった。いまはどうだ。どこから始まったのか「自己責任」なんて言葉がまかり通る。悲惨を知られたくない意志と、知りたくない小市民的感情が重層して、奇妙な風潮が表面化している。「戦争は嫌いだけど、戦争という文字を見ることも嫌い。戦争に関わる何もかも見たり聞いたりしただけで、身が竦んでしまう。そんな会話から逃げたくなる」ということが意味するものは、ただひたすら「自分のところに来なければそれでよし」とする立場に等しく、間違ってわが身に及んだ時には、口を閉じ、耳を塞ぎ、目を閉じて、「もういや、やめて」と叫んで逃げ回るくらいしかできないってことを意味する。哀れなる犠牲者の群れ。戦争を行うものは、そんな「犠牲者」こそあるべき国民の姿とみなす。辛うじて生き延びたときでも、そんな「犠牲者」たちは傷ついた心を抱えて、次の戦争までのあいだ、つかの間の平安を「忘れる」ことでおとなしく過ごしてくれるから・・・。
☆「ダルビッシュ『旅行じゃない』自己責任論に反論」日刊スポーツ10月26日
https://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/201810260000264.html
9面「国債取引活性化策を検討 日銀、30日から決定会合」には、世界的に株が動揺しているなか、金融緩和策は現状維持で効果を見守る方針とか言いながら、「国債の取引が乏しくなっている事態に対応し、今後買い入れ方式の見直しを検討する」(本文引用)とあり、読んでいると頭が混乱するようなちょこまかした政策修正をすることが書かれている。「現状維持」という不動の建前があり、大胆な方向転換はやりにくいということか。昨日の報道「考/論」から引用したように、世界経済に何かあったら日本も無傷ではいられない切羽詰まった現状。同面に「一時2万1000円割れ 東証続落荒い値動き」の記事がある。昨日は1面に「東証3週間で3000円下落」の記事があったが、今日の記事では、両論併記「貿易摩擦の影響が出るのは遠い先と考えられていたが、先行きが視界不良となっている」「今後決算が出揃ってくれば市場は落ち着きを取り戻すのではないか」(本文引用)とある。日銀は振り上げた手を下ろせなくなった大日本帝国。株価は、短期の動きに一喜一憂しつつ日米FTA交渉の深みにはまっていく庶民のようなもの。「自己責任」はこの場合、最終的に誰がどんな形でとることになるのかな。このままでは、やっぱり「罪のない庶民」なんだろうね。
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2018年10月26日

今日も安田さんの件、株安、原発の件

35面に「拘束40カ月 心身むしばんだ『拷問』」の記事。「『解放』をうたって強制された数々の『拷問』」というのが実に不可解。昨日の当ブログで、新聞記事を引用しながら「ともすれば絶望的になっただろう安田さんを支えたのは『無理に逃げたり逆らったりせず、組織とコミュニケーションが取れていたのかもしれない』とあるように自身の資質による沈着な対応」と書いたが、想像以上に過酷な状況を耐え抜いたことが記事から伝わってくる。「彼らの中には『もう無意味だから帰そうよ』という機運があった。私も(イスラムの聖典)コーランの言葉を引用しながら、俺はお前らが殺さないと信じている、ということを訴えた。今月19日ごろには『ムスリムなら慈悲を与えてくれると信じている』という交渉をしていた」(本文引用)とあるが、強靭な精神力のたまものというべきか、絶望的な状況でよくそこまでやったものだ。1面「拘束中『虐待続き 心身疲労』 解放『自由 本当にうれしい』」に奇妙な記述がある。「拘束グループは、過激派組織『シャーム解放委員会(旧ヌスラ戦線)』の可能性が高いとされてきたが、安田さんは『(略)ヌスラではない、と言っていた』と話した」「拘束から1年ほど民家に滞在させられた後、捕虜になったアサド政権軍の兵士やヌスラ戦線の戦闘員ら数百人が収容される大規模な施設に移された」(本文引用)とあり、まだ真相ははっきりしないが、国内に流れていた情報の希薄さが浮き彫りになっている。解放は23日。帰国は25日。いま、「自己責任」どうのともっともらしい口調で罵る風潮が出てきているようだが、これだけの強い精神力で生き抜いたことへの敬意というものがまずはあってしかるべきではないか。その言葉がひとかけらもない物言いでは、政権擁護の口調もひいきの引き倒しになるということを自覚したほうがいい。政治的な発言というより、自らの劣情を政権擁護にかこつけてやたら発散させているのに過ぎないことを、自ら証明するようなものだ。政権擁護をするなら、やはり論理的であるほうが効果は大きいはず。違うかな?
1面には「東証3週間で3000円下落 米株急落受け 終値800円超安」がある。「米株高のミニバブルがはじけ、日本や世界に飛び火した。混乱がいつまで続くかは見通せず、日経平均は2万1000円割れも覚悟しなくてはならない」(本文引用)との声が出る状況。9面「米市場 失速明らか 貿易摩擦・トランプ氏・・・投資家懸念」の中見出しに「東京下落際立つ」がある。25日の日経平均は前日より3・72%下落。台湾や韓国、そして株安の発端となった24日の米ダウ平均の下落幅に比べて下げが際立っているという。「日本の景気は輸出頼みの側面が強く、米国経済が減速するとなればその影響が大きく出やすい。日本銀行が金融緩和で上場投資信託(ETF)を書い、株高を演出してきたが、世界的な株安で内外の投資家が売りに走る前にはひとたまりもない状況」(証券専門家は)「『市場は、来年や2020年以降の企業業績にいよいよ不安を感じ始めた。きょうの下落は不安を織り込んだものだ』と指摘する」(本文引用)。付属の「考/論」にも「外需が支えの日本にとって、米中の景気の悪化は不安材料だ。貿易問題はひとごとではなく。年明けに本格化する日米貿易交渉次第では、直接的な影響も避けられない」「世界経済の拡大局面が終わりに近づいていると見るべきだ」「好景気は永続的なものではないという前提での対応が必要だ」「日本も金融緩和と株高という外部環境に恵まれてきた。成長も外需に支えられてきたので、世界経済のリスクが顕在化すれば無傷ではいられない」(本文引用)と、本日は持ちなおしそうだが、全体に危うい雰囲気!
3面「女川原発1号機廃炉へ 運転35年目 経済性乏しいと判断 震災後20基目 中型炉、安全対策費の回収困難」がある。中型炉では採算が取れず、電力自由化による競争激化で原発のコスト面での優位性は揺らいでいるという。それでも政権は原発に固執する。7面「北電の電力偏り問題視せず 経産省、地震の大停電巡り見解」でも地域分散型電力供給を否定し、原発に取り憑かれたまま。
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2018年10月25日

安田さんの件、泊・東海第2の件

31面に「無事信じていた 安田さん仲間、解放へ奔走」の記事。「親交のあるジャーナリストたちは、解放に向けた情報収拾をひそかに中東で続けていた」「高世さんは、『カタール政府が仲介してトルコ政府と連携し、解放に向かうのが定石』と分析」「『テロリストとは接触も交渉もしない』と公言する日本政府の姿勢には疑問を覚えてきた。安田さんが『戦争を知らない日本人に戦場のリアルを伝えないと、日本が危ない方向に向かってしまう』と話していたのを思い出す」(本文引用)。11面「考/論」の「日本側 各国で情報やりとり」に「今回の解放では、首相官邸直轄の『国際テロ情報収集ユニット』が果たした役割は大きいだろう」「過激派組織に拘束された人質は、他の組織に『転売』される場合もある。安田さんの場合は無理に逃げたり逆らったりせず、組織とコミュニケーションが取れていたのかもしれない」(本文引用)とある。同時に「過激派 早急に金銭必要に?」には、「同県に対するアサド政権軍の総攻撃がいつあってもおかしくない状況で、旧ヌスラ戦線としては、安田さんの解放と引き換えに早急に金銭を得る必要性があったと思われる。今回も、何らかの対価を伴ったと見るのが普通だろう」(本文引用)とある。これに政権がレームダック化寸前の国内事情を加えて考えると、身代金を「払った事実はない」などと言って建前を通しながら、アサド政権軍の総攻撃で安田さんが不幸な目にあった場合、政権への批判が高まることを恐れて交渉を急いだ可能性はある。いつの場合でも支持率浮揚の切り札のひとつとして最大限有効に使ったということが言えるのではないか。一方で、3年半に及ぶ拘束のあいだ、ともすれば絶望的になっただろう安田さんを支えたのは「無理に逃げたり逆らったりせず、組織とコミュニケーションが取れていたのかもしれない」とあるように自身の資質による沈着な対応と、「解放に向けた情報収拾をひそかに中東で続けていた」親交のあるジャーナリストたちの努力があったのは言うまでもない。1面「安田純平さん解放確認 政府トルコで保護帰国へ」で菅官房長官は「安倍首相がこれまでカタール、トルコの首脳に対し、協力を要請していたと説明」「官邸直轄の『国際テロ情報収集ユニット』も両国などと連携して対応したと強調」「交渉の詳細などについては明らかにしなかった」(本文引用)とあるが、「オラッチがやったからできた」式の自画自賛だけで言い切れるほど単純なものではないだろう。それができるなら拉致問題でも進展ゼロ以外のなにかが見込めても良さそうなものを、こちらは過去の強気が完全に裏目に出て、国際会議や外遊で頼みまくっても効果なし。ニッチもサッチもいかない状況にある。安田さんは、国際間の複雑な思惑混じりの隙間を突いてついに解放された。彼が考える「戦争を知らない日本人に戦場のリアルを伝えないと、日本が危ない方向に向かってしまう」という信念の勝利といえる。帰国後は、その信念を支えるためのバックアップが必要になる。まずは心身の調整を優先し、再びジャーナリズムの先頭に立って活躍されることを望みつつ。
今日の新聞には23面に「泊原発『活断層なし』示せぬ根拠 再稼働への審査長期化 焦る北海道電力」がある。「申請から5年を過ぎても、重要施設の下を通る断層が活断層ではないと証明できない」「否定できなければ廃炉を迫られる。北海道電力は調査法を変えて証明に躍起」「泊原発の審査の長期化は北海道電が『無理筋』な説明を繰り返してきたことが背景にある」「断層が動いた時期を判断できないならば、安全側に立って活断層と見なすほかない」(本文引用)。筋論ではこれですでにアウトと思うが、針の穴にラクダを通すのが原発界隈の日常。油断したら、「え、なんで再稼働?」なんてことになりかねない。一方、東海第2原発界隈では30面「那珂市長『再稼働反対』 東海第2事前了解権 6市村で初」に、東海村に隣接する那珂市長が「(再稼働に)ノーと言わざるを得ない」「6市村で意見が異なった場合は『一つでも反対すれば再稼働されないと言う認識だ』」(本文引用)とし、東海村長も水戸市長も多少の温度差はあれ、合わせた発言をしている。これも忘れずにおくべき重要事!
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2018年10月24日

むにゃむにゃ政治の成れの果て

4面の「明治150年式典 両陛下に出席求めず 『賛美』批判で官邸が配慮?」は、なんとまあ大人しい式典だったことよ。「『明治の人々が勇気と英断、たゆまぬ努力、奮闘によって、世界に向けて大きく胸を開き、新しい時代の扉を開けた』。安倍晋三首相が与野党の国会議員ら約310人を前に明治時代を称える式辞を述べ」「そこに天皇、皇后両陛下の姿はなかった」「国歌斉唱と三権の長によるあいさつと続き、約20分間で終了」(本文引用)。明治100年式典では1万人が参列したというから、なんともみすぼらしい。サンフランシスコ講和条約発効から61年の13年4月28日「主権回復の日」式典は、米軍の施政下に取り残された沖縄にとっては「屈辱の日」であり、戊辰戦争で戦った会津若松市は、今回を「戊辰150年」と位置付ける。また、明治以降は富国強兵が進められ、戦争に次ぐ戦争の時代へ突入し、未曾有の大敗北へ繋がった経緯がある。首相は殊勝にも「若い世代の方々には、わが国の近代化に向けて生じた出来事に触れ、光と影、さまざまな側面を貴重な経験として学び取ってほしい」(本文引用)とする一方、菅氏は「(式典は)明治期の取り組みをすべて素晴らしかったという一方的な見方を押し付けるものではなかったと思う」(本文引用)と述べた。この言葉、記憶しておきたい。ちなみにブログ主的には、明治維新は第2の関ヶ原合戦だったという見立てなのだが。
「戊辰150年」で連想したのが、1面トップの「原発賠償 抜本改正見送り 電力会社準備 上限1200億円のまま」の記事。「現在の原賠制度は、電力会社に無過失・無限責任を負わせる。そのうえで民間保険や政府賠償で原発ごとに最高1200億円を備えさせ、超えた分は電力大手や政府が出資する原子力損害賠償・廃炉等支援機構が支援する。電力会社が負担する上限がなく、電力業界は見直しを求めていた」(本文引用)。1200億円や無限責任につき、経団連出身委員から「有限」を支持する意見があり、政府は変更を検討したが断念したという。そんな話をしていたとはあきれたね、と言うしかない。現行から微修正されたのは、東電事故で賠償の上限が決まらないことを理由に支払いを渋り仮払い開始まで約1ヶ月半かかった点を踏まえ、すぐ支払いできるように国が電力会社へ仮払金を貸し付ける制度を盛り込んだ点。それと賠償請求手続きの方針作成や公表の義務付けなど、正味の微修正だけに終わった。「電力会社や財界からは、今後はより国の責任を明確化するよう働きかけがあった。原発を重要なベースロード電源としたのだから、国も補償を担うべきだとする主張」(本文引用)があったが、国の責任を制度上で認めるわけにはいかないし、面倒な国会論議も厄介ゆえ、国としては拒否するしかなかったようだ。なにごともなし崩しでコトを進めようとするのが常態で、現状を動かすことができなかったと言うべきか。「国は原発の再稼働となると、地元理解のため『前面に立つ』とエネルギー基本計画で定める。原発を推進するために『営業』はするが結果は保証しない。電力会社も責任を貫こうとしない」「原発に誰が責任を持つかあいまいなまま、法律改正の期限を迎え、議論は打ち切りになった」(本文引用)。電力会社・財界の不満を解消するため、これから国がどんな奇策で国民を欺くか、注意している必要がある。沖縄では切羽詰まった国が、以下のような奇策を弄して事態打開を図ろうとする。国は公人。私人のはずなど有り得ないのに。
☆「防衛局『県は権限乱用』 承認撤回停止文書 国の『私人』性強調 専門家、国の立場『矛盾』」琉球新報10月23日
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-822592.html?fbclid=IwAR2j5sLeYNcmgXvDdd7Bj5FwirPo3qzjAxnBHW4tVCuMpZk6tTsADUAFMUI
いまテレビの緊急報道で、安田純平さんが解放されたとの報があった。たいへんだっただろう。政府はこれをどのように利用するか。自己責任論でぶっ叩くか、自分の努力の結果と吹聴するか。彼を守らないといけない!
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2018年10月23日

豪雨・台風・猛暑・寒冷・地震・津波・戦争

22日我が家購読紙の1面トップに「米、中距離核全廃 破棄へ 『ロシアが条約違反』主張」がある。これを読んでまず思い出したのは、そういえばトランプ氏が小型核の開発に言及していたのはいつだったかな、ということ。2月3日の東京新聞には「米、核なき世界の理想放棄 トランプ政権指針 通常兵器に核で報復も」があり、米の核戦略中期指針「核体制の見直し」(NPR)の内容が、別添の表「新核戦略指針のポイント」として6項目挙げられていた。「●核使用は、核以外の戦略的攻撃を受けた場合も含む●核の先制不使用政策を否定●世界は核大国間の競争に回帰●中国、ロシア、北朝鮮、イランの脅威指摘●低爆発力の小型核の導入●海洋発射型の核巡航ミサイルを研究開発」(以下()は本文引用)。そして今回の記事にある「中距離核戦力全廃条約(INF)」をみると、「1987年、レーガン米大統領(当時)とソ連のゴルバチョフ書記長(同)が米ソ首脳会談で調印し、88年に発効した。核弾頭や通常弾頭を搭載する地上発射型ミサイル(射程500キロから5500キロ)を発効から3年以内に破棄し、将来の保有も禁止した。91年までに2692基(米国側846基、ソ連側1846基」のミサイルが廃棄」。2月の中期指針で、「ロシアや中国の核戦力増強や、北朝鮮やイランの核開発などを踏まえ『過去のいかなる時よりも多様で高度な核の脅威に直面している』と指摘。予測不能の脅威に対応するために『柔軟な核オプションを拡大する』として、米国が保有する核兵器の近代化や新たな核戦力の開発を宣言」。そして昨日の記事ではトランプ氏が「ロシアと中国が(INF全廃条約で禁止された)兵器開発をするなら、我々は合意の遵守を受け入れられない」と語ったと書かれている。また「米国が米ソ間の軍縮条約を破棄するのは、2002年にブッシュ政権が弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約から脱退して以来」とあり、このところ米の暴走は回を重ねるにつれて過激になってきているということか。単純な話、本日「社説」の「核軍縮の破棄 歴史に逆行する愚行」にあるように「ロシアの兵器開発に問題があるなら、条約を盾に圧力をかけて変更を迫るのが筋だ。貴重な取り決めの性急な破棄は、ロシアのさらなる開発と配備を許す逆効果をもたらすだろう」というのが国際政治の基本セオリーになるはず。それがまるっきり逆方向へ大きく舵を切る、しかも率先して。危険この上ない!
☆「米、核なき世界の理想放棄 トランプ政権指針 通常兵器に核で報復も」東京新聞2月3日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201802/CK2018020302000251.html
これが日本へどういう影響を与えるか、トランプ相似形の首相の動向は、度重なるボロ外交のため、そのうえ「ガイチテキ」でない人ゆえに、ねじくれていてわかりにくい。事実上の自由貿易協定(FTA)交渉を、「違います、TAGです」なんて言いくるめようとし、北朝鮮問題では終戦宣言とか南北和解が成ったら38度線が南下してくる、などと中国を過剰に意識する論調も含めて緊張を高めまくり、その一方で米中貿易戦争激化のスキマを狙った中国頼みの支離滅裂的超絶外交センス。どうなるやら。国内的には以下の記事のような絶妙の批判が展開される現状。たしかに政権の内政といえば、この「手のひら返し」の一語に尽きる。言葉は美しいが、やることはそればっかり。本音を隠してにやにやしながら手すり足もみ、「選挙は結果がすべて。住民が選ぶのが民主主義の原点」などと低姿勢を装い、それが効かなくなると、「言うこと聞いてくれないならいいよ」というわけで「選挙は結果がすべて」の文言を、「衆参3分の2が結果のすべて」と見事にひっくり返す。でも、「手のひら返しは何も安倍政権の専売特許ではない。国民世論だって、理不尽なことが続けば『支持』の手のひらを返すこともある」という言葉が骨身に沁みる瞬間がきっと来るんだよ!
☆「卓上四季 手のひら返し」北海道新聞10月23日
https://www.hokkaido-np.co.jp/sp/article/239381?rct=c_season
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2018年10月22日

ボロボロがボロを翻して荒野を走る

那覇市長選は現職の城間氏が当選。これで沖縄は辺野古移設反対が3連勝である。18日の当ブログで「選挙が真ん中を過ぎたいま、『行政不服審査法に基づき17日にも国土交通相に対して審査を請求し、撤回の効力停止を申し立てる方針を固めた』」と新聞から引用、「もう選挙結果なんかどうでもよくなったか」「こんなことを続けていたら、自民党は間違いなくボロボロに崩壊していく。彼らはそれを覚悟したようだ。公明党もまちがいなく引きずられていく。そして狂気の時代が続く!」と書いた。いまのところ18日に書いたのが半分まで現実になったが、さてその次が問題だ。以下の記事は石井国交相の写真に「公明党よ、票を減らすゾ!」とドギツイ惹句をつけて煽りまくる。行政不服審査法の不服審査請求は「本来、一般国民が行政に対し申し立てる制度」(本文引用)であり、行政法の専門家が「国が国に対し判断を仰ぐ」のは筋が通らない、と指摘している。さあ、どうする。公明党はいよいよ袋小路に立たされた。「今回、石井国交相が、沖縄県の埋め立て承認撤回の停止を決めれば、安倍官邸の強権的な辺野古移設は再び加速する。その時は『公明党』がクローズアップされるのは間違いない。来年の統一地方選や参院選が苦戦必至で公明組織はすでに悲鳴を上げている」「石井大臣は内閣の一員とはいえ、官邸に指示されるがままに、公明党の票を減らすのだろうか」「総務省の調査(略)によれば、行政不服審査法に基づく国への不服申し立ては98%が棄却か却下されている。フツーの国民相手だと国は全然取り合わない」(本文引用)。いかな公明党でも、民意を無視して自民党に忠実であり続けることはできない。いまきっちり筋を通して反旗を翻したなら、国民は喝采するに違いない。どっちを選ぶ。フツーなら当然・・・!
☆「公明党の石井国交相 防衛省の“禁じ手”をスンナリ通すのか」日刊ゲンダイ10月20日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/239877/3
予兆はすでにあったじゃないか。以下の記事では、一般参列者の席に接するように設けられた記者席で、満席の一般参列者の緊迫した息遣いに記者が気づく。首相の代理で菅官房長官が弔辞を代読したとき、一般参列者の小さな声が「うそつけ」。弔辞を読み終えたとき、今度は大きな声で「嘘つけ!」「それを皮切りに」「『なんで来た!』『恥ずかしくないのか!』『恥を知れ!』 躊躇のない、腹から絞り出す怒声だ。ひとりやふたりではない。男性も女性も。10人、20人、いや50人以上か。隣の一般席に座っていた中年の女性が、ハンカチで涙を拭いながら睨みつけている。手前の男性は膝の上で両手を握りしめながら、体を前に乗り出すように正面を見据えている。声にならない憤怒の念が会場にほとばしる。怒号は40秒近く、菅氏が自席に座るまで続いた」(本文引用)。記事はそのあと、さらに詳しく実情を展開。読むほどに、政権の無駄な意気がりが目立つのみ。本来ならすでに全て決している。ハリボテの3分の2議席を後生大事に、いじいじと居座り続けることの惨めさを晒す日々。
☆「翁長前沖縄県知事県民葬で菅官房長官が浴びた怒声 翁長知事時代に減った国の交付金、抑えられなかった憤怒の嵐は沖縄県民の魂の叫び」WEBRONZA10月15日
https://webronza.asahi.com/national/articles/2018101200003.html/?ref=fb
外交面の没落は目も当てられない状況になっている。北とは対話のための対話はやらないと明言してきた官邸だが、「北村滋内閣情報官が、“北朝鮮版CIA”と呼ばれる統一戦線部の幹部と接触していたことが分かった」「情報官が北朝鮮サイドと接触するのは、これが2回目」(本文引用)。内も外もボロボロなのに認めたくないから、ボロを翻して不毛の荒野をひた走る。引き摺り下ろす力を削ぐのが唯一の延命策となったボロ政権!
☆「側近また北接触で露呈・・・安倍首相『日朝首脳会談』への焦り」日刊ゲンダイ10月21日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/239983
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2018年10月21日

平面的記憶と螺旋状記憶の決定的違い

6面「社説」に「風力発電 洋上活用に環境整備を」の記事がある。「日本で再生可能エネルギーが主力電源となるためには太陽光に比べて立ち遅れている風力発電の大幅拡大が必須だ。山林が多く海に囲まれた日本では、風力で主流の『陸上型』が伸び悩む一方」「『洋上型』に関心が集まっている」「発電量に占める割合は1%に満たず、政府の導入目標も30年度時点で2%と消極的」「港湾以外の海域の利用は都道府県の条例に基づいて認められるが、期間は3〜5年と短く、事業や資金調達の計画を立てにくい」「まず解消すべきは、送電網の『空き容量不足』を理由に、再エネ事業者が希望通り接続できない問題だ」「欧州では、送電線網の確保や環境アセスなど、立地関係の調整を政府が主導し、効果をあげている国がある」(本文引用)。だから日本も成功例を参考にして風力を伸ばしなさい、というのだが、過去の失敗例を思い返すと、簡単に進まないだろうなと思わざるを得ない。
日本では1999年、257名の超党派議員達により「自然エネルギー促進法議員連盟」が結成され「自然エネルギー促進法」案をまとめて議員立法を目指したが、電力議員や官僚の抵抗にあい、国会提出は頓挫。その後、02年に資源エネルギー庁主導で「電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特例措置法」が成立する。悪名高いRPS法で、電力事業者に一定の比率で「新エネルギー等電気の導入」を義務付けるが、10年で1・35%という、カスみたいな目標しか掲げていなかった。風力発電の普及で目標値をすでに達成している電力会社は「新エネルギー等電気」を買取る必要がなく、あえて買いとる場合は、火力燃料の焚き減らし分程度の買取価格しか提示しなくてよかった。そのため、当初勢い良く立ち上がった風力発電事業者は採算が取れず撤退するか、山野に大型風力の残骸を晒すに至った。今残存している風力発電装置はどんな背景で動き続けているのだろう。大手電力会社が自社の発電と位置付けるもの。1・35%の枠内で辛うじて生き残った事業者のもの。その他、悪名鳴り響くRPS法をなんとかくぐり抜けた少数の施設が、細々と運転を持続しているに過ぎないだろう。それも耐用年限をすぎるなどがあり、メンテナンス不良で発火したり、倒壊したりの憂き目にあっている。なかには施工不良のものも混じり、過去のいきさつや背景を理解できない環境運動のなかには、再エネ全体を忌避して大手電力と同一歩調に陥っている流れもある。農山村の政治経済、さらには文化や歴史に対する理解の不足が、それに拍車をかける。
支配上層はいつも、被支配層の内部分裂を促し、あらゆる歴史の継承から遠ざけて巧妙に統治する術に長けているものだ。支配上層は自らの歴史をしっかり継承していく。それを正当化する試みを、一時も休むことはない。一方で被支配層は、なかなか自らの歴史を継承する方法を見つけ出せないでいる。それゆえ簡単に、権力者の歴史観に乗せられてしまう。借り物の歴史観がじわじわと庶民に浸透し、いつのまにか誘導の罠にはまっていく。そんな従属的関係が、われわれの日常を支配している。ちょっと話を広げ過ぎたけれど、この流れは日常のどこにでも、自在に染み込んでいく。ひさしぶりの「風力発電」の記事を読んで、その感を強くした次第。
われわれは歴史を継承する上で重要なシンボルを記憶する術に長けていない。86、89がなんだったかを即座に知る世代は、いまは少ない。31はなんだったか、それを知る者はさらに少ない。311も時間の経過とともに薄れていく。たとえ薄れても記憶のしっかり底に刻む行為が、被支配者の密かな抵抗として日常の行為に固く埋め込まれていたら、決して同じ過ちを繰り返さないはず。同じような出来事が積み重なっても、平面ループではなく、次の次元へ螺旋状に上昇するループとして、連綿と語り継がれるはず。治安維持法はいつだったか。それに重なる新しい記憶はいつから始まったか。徴兵制はいつから。それにつながる道筋は、どんな経過を経て頭をもたげてこようとしているか。長い歴史を踏まえた思考が生み出されんことを!
posted by ガンコジージ at 10:45| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月20日

ガイチテキってなんだ?

揚げ足取りは好きではない。したがって、政治家の漢字読解能力をなんだかんだと言うのは本意じゃない。だから、(ぜんぜんないわけではなかったが)あまり取り上げることはなかった。首相が両手をあげて左側を指差す大げさな仕草の写真に、「ガイチテキ」という文字がつけられていて、なんのことか分からなかったので、素通り放ったらかしにしてきた。それが、以下の記事を読んで「あっ、そうなの」とびっくり。そんな独創的な読み方をする人がこの国の総理大臣だなんて、まさしく想定外。「故・宮沢喜一元首相が安倍晋三氏について書いたことがある。議員に成りたての安倍氏が会議で『がいちてき、がいちてき』としきりに言うので、なんのことかなと思ってメモを覗くと、『画一的』と書いてあった、と」(本文引用)
「ガイチテキ」と読む人はあまりいない。いや、ほとんどいない。これが「画一的」という語の誤読と知るのに時間がかかったのは、普通にしていたらそのように誤学習する機会は訪れない、との先入観がこちらにあったからだ。日常で頻出する言葉ではないが耳にする機会はゼロではないだろう。会話の対象、読書の傾向、その他の情報確保の経路がはなはだしく劣悪でない限り、繰り返し聞き及ぶあいだに自然に修正する機会はあったはず。それがなかったというのが、なんとなく恐ろしい。「国会質疑を思い起こせば、対話能力にも深い疑問が湧き出よう。あの答弁をしている人間が、国際会議や二国間会議では『日本国を代表して』何事かをしゃべっているのである。先月末のトランプ大統領との会談でも、あの口で、二国間の経済・貿易の在り方に関して何事かの約束をしてきているのである」(本文引用)。なるほど恐ろしい。
そこで連想する。あのナントカ学園理事長のイミフ発言、ひとたび声を発したときのいかにもチャランポランに聞こえる言い様。同じ大学のとても親しいご学友同士だったというが、もしかして同じタイプのお人柄か。互いに切磋琢磨する関係にはなかったということか。ちなみに、「国連演説で『背後』を『せご』と読んだ」ことに関して、個人的には、かなり近い範囲に「戦後」との言葉があり、うっかり感違いかとも思う。まあ、細かいことではありますがね・・・。とにかく最後に記事は書く。「私は、ひたすら恥ずかしい。随所で無知をさらけ出す安倍氏のことを恥ずかしく思うのではない。こんな人物を6年近くも首相の座に就けたまま、引きずりおろすことが出来ない私たち自身が恥ずかしい」(本文引用)。その通りだと思いつつ、なんで漢字読解の破壊的低劣さをことさら挙げつらうのが好きでないかという、自分自身に対する疑問の答えにたどり着く。「こんな人」を延々と首相の座につけたままにして、いまだ引き摺り下ろせないでいる自分たちの無力さを恥じる。それゆえ、揚げ足取りみたいにアラ探しして喜ぶ心境になれず、ただひたすら自己嫌悪に陥るから、彼の漢字読解の破壊的低劣さをことさら挙げつらうのが好きでないのだと、そう自省するのである。
北朝鮮の朝鮮労働党機関紙・労働新聞が、日本の「憲法改正」に対する警戒を各国に呼びかけたという。「あんたらに言われたくないよ」と反論したいところ、首相は言語能力低劣なまま、いまも元気にあちこちでしゃべりまくり、じゃんじゃん金をばら撒きまくり、相手にはそんな気がないのに「FTAじゃなくTAGだ」なんぞと無駄な抵抗をしまくり、必要のないポンコツ武器を大量購入しまくり、顰蹙まで買いまくり、先方の歓心を得ようと必死の形相。旧来の保守政治家の範疇に収まらない「ガイチテキ」タイプの政治家面目躍如なのだ。そして、国内的には彼のトンデモ明治維新回帰構想を、「ガイチテキ」に実現しようと必死の有り様。知性欠落の支離滅裂まかり通るの図。やんぬるかな!
☆「政治家の言動と、私たちの恥ずかしさ」レイバーネット10月10日
http://www.labornetjp.org/news/2018/1010ota
posted by ガンコジージ at 10:51| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする