2018年08月20日

人新世の地層から何が出てくるか

29面に「人新世 地質に痕跡 後戻りできぬ人類」の記事。夢物語のような内容だが、今ある現実をどう捉えるか鋭く問う。「人間による新しい地質年代『人新世』が提唱されている」「約1万1700年前から続く『完新世』が終わって、地球が『人類の時代』を意味する新しい地質年代に入ったのではないかと、世界の研究者の間で議論」「人間の活動が小惑星衝突や火山の大噴火に匹敵するような恒久的な痕跡を残すほどになった」「二酸化炭素による大気組成の変化や、人工的なプラスチックやコンクリート、放射性物質などの地層への堆積」「最近有力なのは、大2次世界大戦以降の人間活動の爆発的拡大期」「世界全体が気候の非常事態を迎えつつあるとの危機感」「大気中の温度上昇が臨界点を超えれば、永久凍土の溶解や氷床崩壊が起きて、海流の循環が変わる恐れさえある。様々な破滅的事態を連鎖的に引き起こし」(本文引用)かねない状況という。
注目したのは「人新世」を「人類一般と捉える」のが正しいか否か、という問い。もっと根本的に西洋近代の支柱となった資本主義を見逃してはならないという意見。日本を含む資本主義が非西洋世界を植民地化し、徹底的に収奪した結果が「人新世」の実相ではないか、との視点だ。「人新世を『人間由来』と語ることは、責任の所在を隠してしまう」(本文引用)とあり、そこで思い出す。18年6月2日当ブログ「科学も哲学も政治も経済も総動員して考える」で、「書評『人新世とは何か<地球と人類の時代>の思想史 環境破壊、地質学的に無視できず』が」「なにやら示唆に富んでいる。『熱新世』『死新世』『貪食新世』『無知新世』『資本新世』と『新生代』をいろいろと揶揄しつつ、『先進国の生活様式が、地球の自然に取り返しのつかない負荷を与えている』『単に環境問題だ保全だなどと言っている以上のものだ。環境問題は人間のあり方の話であり、科学も哲学も政治も経済も総動員して考えねばならない』という指摘は新鮮、そして重要でもある」と紹介している。
「新生代を揶揄して」と書いたのは、あまりに突飛すぎてすぐには納得できなかったからだが、「資本新世」という語はすでにここにあった。しかも、かなり本気で考えられていた。人新世で人間文明の行き着いた果ての地層年代を語っているが、これで思い出すのは映画「猿の惑星」のラストシーンだ。主人公が海辺の洞窟で見つけたのは、セルロイドのキューピー人形。そこで彼はようやく、自分が地球へ帰っていたことを知る。しかも、その直後に出くわす「自由の女神」の巨大な残骸に接し、人間の文明が滅び去ったことを知り、愕然とする。キューピー人形は、滅びる直前の人間が洞窟で生活した最後の痕跡だった、という結末。今日の記事に戻ると、研究者の中には「成層圏に硫酸エーロゾルを散布して温暖化を抑える研究の推進を求め」(本文引用)ている者もあるという。「微粒子が大気を覆って太陽光入射の反射率を高め、地球を冷却」「『気象工学』と呼ばれる人為的な気候改変技術の一つ」(本文引用)で、これは人類が切羽詰まったところに来ていることの現れだ、という。
10年12月27日当ブログ「SO2を成層圏に散布して温暖化を止める?」で触れたことがある。「テレビで成層圏に2酸化硫黄を噴霧する計画案というのを見た」「とりあえず総量数百万トン」「2酸化硫黄というのは水と混ざって亜硫酸というものに変化する。それを成層圏に数百万トン?」「そんなことをしたら、まちがいなく酸性雨がザンザカ降る時代が来る。植物は枯れ、動物たちも生きていられない。生態系全体が致命的な打撃を受ける」「自然の逆襲がいよいよ人知を越えつつある」「科学者の焦りが、生態系に変更を加えるビジネスなんてものを生み出す」「地球はいっそう滅びの坂道を転げ落ちていく」と。さらに正確にいうなら、「科学者の焦りを資本家どもがよだれを垂らして利用しようとする」ということか。とんでもない時代になったものだ。基本、文明の質を変えなきゃいかんと思うが、空想でなく現実的にとなると難しい。人間に破滅的ロマン主義は旺盛でも、理性的大胆さはどれだけあるか・・・。
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2018年08月19日

すでに退任をも計算に入れて居直ってる?

4面に「米中11月にも会談 貿易摩擦解消模索 米紙報道」がある。「関税措置で制裁と報復の応酬を激しく繰り広げてきた米国と中国の間で、貿易摩擦の解消に向けた動きが表面化」「首脳会談を、11月の国際会議に合わせて設定する方向で模索している」(本文引用)。そういえば日中首脳会談も模索中だった、と思い出す。調べると、17日の朝日新聞1面に「首相訪中、10月23日が軸 両政府調整 条約の節目 友好演出」が。「中国は米国との貿易摩擦が激化し、国内では景気後退のリスクが指摘され始めている。日本とは歴史認識や尖閣諸島問題で意見の食い違いはあるが、関係改善を図ることで日本企業の投資を呼び込み、国内経済や外交の安定につなげる思惑がありそうだ」(本文引用)という。首尾よくいけばトランプより先になる。つまり米中和解の露払いに見えないこともない。首相としては「来年の統一地方選と参院選を控え、対中関係の改善を外交成果としてアピールしたい考え」(本文引用)というが、それは北との関係改善で発揮されるべき。対北で振り上げた拳の下ろしどころがなくて蚊帳の外に常駐中。北への抗議も中国にある北の大使館へファックスを送る程度のことしかできなかった。そっちがダメなら他でいいカッコするさ、というのかな。
1面に「トルコ 両替でリラ支え 強まる反米、国債は格下げ」がある。4面にも「インフレ おびえるトルコ 政権強権化『批判言えない』 世界経済へ波及懸念」の記事。「米国との関係悪化を受けた通貨リラの下落に直面するトルコでは、インフレが庶民の暮らしを直撃している」「『トルコ経済はハードランディング(急減速)するだろう』米格付け大手のS&Pグローバル・レーティングは17日、トルコ国債を1段階格下げした」「ムーディーズ・インベスターズ・サービスも同日、トルコの長期発行体格付けを1段階引き下げた」「リラ安を受け、アルゼンチンやインドなど、ほかの新興国通貨の売りにもつながっている」(4面引用)。1面の記事からは、急激なインフレに緊張する庶民の姿がみえる。世界経済がどこから暗転するか、ぜんぜん見通しがつかない。いや、どこからでも勃発する危険があるから恐ろしい。
そんな中、首相はいまや総裁選に焦点を当てて奇妙な作戦を展開中だ。今日の東京新聞「本音のコラム」で山口二郎氏が「自民党総裁選」を辛辣に刺す。必死に圧勝を演出しようとする首相に対し、「この選挙で勝っても、国民の付託を得たなどと主張することはできない」「首相は(中略)次の国会に憲法改正案を提出したいと発言し、石破氏はこれに反発している」「しかし、自民党の権力争いで憲法改正について世論の支持を得たというのはとんでもない錯誤である」「石破氏は総裁選に当たって公開討論を実施することを求めているが、安倍首相はこれに取り合わないと伝えられている」「議論不在で逃げ切り勝ちを収め、改憲へのお墨付きを得たというのは詐欺のようなものである」(本文引用)。いや、間違いなく詐欺でしょ。このところ定例の閣議を取りやめて休暇を取ったり大豪雨対策を他人任せにするなど、しばしば仕事をサボる首相だが、今月初めごろすでに有名タブロイド紙に批判されているにも関わらず、公開討論を避けてまたも長期休暇に突入だ。
東アジアの緊張、世界経済危機の可能性、一等国ヅラしていた化けの皮が剥がれ、報道の自由度ランキング最悪で、数々の人権無視が世界的に露わになる中、原発作業員の被ばくを国連人権理事会が「深刻なリスク」として懸念する。いま彼の脳中にあるのは「改憲」だけ。とにかく強引にこれを成功させ、オリンピックをさっさと駆け抜け、そのあと何が起こっても「オラ知らねえ」。悪評が山盛りになったって、庶民は全て忘れて後続のものに全責任を押し付けてくれる、という腹づもりなんだろう。腹立つなあ。
☆「国連が原発作業員の被ばく危惧も・・・安倍政権またもガン無視」日刊ゲンダイ8月18日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/235719
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2018年08月18日

変なところへ誘導するんじゃない

12面に「ゲッベルスと私 ナチ宣伝相秘書の独白」の書評「『知らなかった』者に罪はないか」がある。登場人物はポムゼル。「ナチス高官の間近にいた最後の生き証人」「彼女はゲッベルス率いる宣伝省の速記タイピスト。若い秘書だった彼女は、ナチスの犯罪に加担したといえるだろうか」「ポムゼルが聴くのを拒絶したのは二つの声」「一つは強制収容所に送られた人々の声。もう一つはショル兄妹ら抵抗者の声だ。これら同時代の声と併置するとき、ポムゼルの独白は不穏さを増す。なぜ知らずにいられたのか。抵抗者の言葉はどのように踏みにじられたのか。傍観者はいつ目覚めるのだろうか?『今日だって、人々はシリア難民のことを四六時中考えてはいない。故郷を追われて、海で溺れていく気の毒な人たちのことを、ずっと考えているわけではないでしょう?』『生きるとはそんなものだと私は思う』というポムゼルの言葉は真実を衝いているだけに恐ろしい」(本文引用)。心の何処かに蓋をして生きること。そこには、決定的矛盾が隠されている。しかし矛盾に気づく前に思考回路を閉じる。深く追求すれば自分をズタズタに責め苛まなければならないから。シリア難民を「気の毒な人たち」と表現する内部矛盾。「ずっと考えているわけではない」「生きるとはそんなもの」と捉えることで自分の感覚に強引に決着をつけ、内心の苦しさから逃れる。
よくある話だ。原発事故には徹底的に耳目を塞ぎ、東北の地震や西の豪雨に心を痛める。なにがしかの募金をし、神に祈る。そんな行為も内部矛盾のひとつの表現だ。気持ちがどうしても御しきれなくなると、原発被災者への忌避感情を募らせてしまうこともある。「自分を責めるのは自分の内部の良心だ」ということに気づかないで、他者に責任を押し付ける。または自分が所属する路地裏公園共同体の共有意識・同調圧力に同化することで、ほぼ自動的に自らの心を封印してしまう。それはありうる話だ。一人になっても、自分の内部に厳として存在する理性の論理的判断に従えるか。何人と雖も、なかなか難しいことではある。ただこれだけは言える。そうして頑なに閉ざされた心でも、押し込められた思いが戒めを解かれ、ひとたび外に現れたら、それは奔流となって全身に溢れかえり、周囲に流れ出すだろう。封印を解かれた自由の感覚と、頑なに閉じ込めたことへの悔悟が入り混ざりつつ、いつか心は次のあり場所を確保し、開放感が身を包む。そして新しい心のありようが、そこから生まれる。人として次のステージへ進む。そんな感覚に目覚めるのではないか。たぶん内外の抵抗は大きいとは思うけれど、あえてそんなふうに考える。
話は飛んで1面「日本の余剰プルトニウム 40年前に予測 米カーター政権」が目につく。「日本が再処理に乗り出した1970年代、当時の米カーター政権が、使い道のない余剰分が出ることを数値予測」「予想は大筋で的中し」「核不拡散に力を入れたカーター政権は、日本に対して再処理の中止を要求。日本は強く反発し、米側が条件付きで再処理を認めた経緯がある」(本文引用)という。80年ほぼゼロ。93年11トン。00年37トン。現状47トン。日英仏の再処理工場が順調に動いていたら、数百トンの余剰が出る可能性を指摘していた。六ケ所再処理工場はいまだ完成していないが、完成を前提にしていたらなんと数百トン。こんな莫大な量を保有してどうするつもりだったのか。すぐ下にある「天声人語」を読んで思う。「新聞社が消えた米国の街では異変が起きている」(本文引用)。自治体幹部が自分の給与を大統領の倍に引き上げ、選挙報道が途絶えて投票率が落ち、立候補者が減る・・・。記事ではアソウ耄碌節が炸裂しているが、マスゴミなどとして報道を貶める論調は運動界隈でもかなり幅を利かせている。読まんでどうする。理性で判断し、論理で立つ。そんな覚悟なしに根拠もない情報に接するくらいなら、いかに不甲斐ない報道でも無いよりマシ。ともすれば落ち込みやすい報道の力を支えなかったら、最後に庶民がたどり着くのは、心を折り曲げ折り曲げ必死に自己保身するポムゼルの心境しかないじゃないか。変なところへ誘導するんじゃないよ!
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2018年08月17日

調べたら、やることなすことドン詰まり

2面雑誌広告に「安倍首相よ、命をかけて私は闘う 石破茂 『反軍演説』の昭和15年そっくりになってきた」とある。芥川賞の「送り火」が全文掲載されているというのでいちおう買うことにしているから、きっと「反軍演説そっくり」記事も読む。ちょっと注目中。3選後は「死に体」だとの説もある中、いまや首相は圧勝目指してまっしぐら。政局関連の用事を精力的にこなしている。なんでそこまで圧勝にこだわるのやら。3選後は党議拘束やら公認外し陰湿ないじめなどで逆らうものをねじ伏せ、国会を乗り切ってしまえば簡単なのに、と思うけれど、それでも造反する者がいたら衆参3分の2が危うくなる可能性があると踏んでいるのか。参院竹下派が石破支持にまわったのは、けっこう複雑な思惑があるようだ。政局がらみのことは裏面工作が多く、外からはわからない。真剣に考えるのもめんどくさいものだ。
そんなことより、圧勝を目指す首相の足元はどうだろう。3面「日立英原発 米社撤退へ 建設工事 出資金集めに痛手」、4面「建設経験乏しい日立 苦境 英原発工事の中核失う」がある。4面冒頭「日立製作所が日本政府の後押しを受けて進める英国での原発計画が、より厳しくなってきた。建設工事の中核になるとみられていた米建設大手ベクテルが建設を直接担わず、助言のみの関与にとどまる方向になったためだ」3面冒頭「原発建設のノウハウに乏しい日立には痛手で、着工条件である出資金集めに悪影響が出る可能性がある。日本政府も後押しする原発輸出の行方が、一段と不透明になってきた」「東京電力福島第一原発事故の後に世界的に強化された安全基準への対策費などがかさみ、総事業費は最大で3兆円程度になる見通しとされる」「日立が2012年に英原子力発電事業会社『ホライズン・ニュークリア・パワー』を買収し、原発を丸ごと輸出する計画を進める。原子炉から建屋、関連施設まで原発全体の建設を統括するのは初めて」(本文引用)
日立関連の原発記事にどんなものがあるか、当ブログで調べると、たとえば2011年4月6日の「津波対策が必要なのか、停止が必要なのか?」に「東電元幹部の言葉『福島第一はGEの設計を東芝と日立製作所が試行錯誤しながら学ぶ練習コースみたいなものだった』」という書き込みがあった。東芝が強い関わりを持っていたのは別格として、「原発全体の建設を統括するのは初めて」とはいいながら、日立もかなり以前から関わっていたことは確かなことだ。
他に2012年9月14日「満杯トイレをどうするかの政治経済学」では、我が家購読紙を引用して「『日本で原発ゼロが進めば、かつての米原子力メーカーのように東芝や日立が衰退』」「一方、中国が原発大増設に乗り出しつつあり、米国内には『(日本は)原発の安全性、核不拡散、透明性の向上で極めて重要な同盟国』と位置づけ、『日本に原発の再開を強く』求める動きがあり、それと前後して、使用済み核燃料の再処理を請け負う英仏が日本に圧力をかける」とある。さらに同年10月16日「足蹴にされても民意はしっぽを振るか」では、原発輸出で「リトアニア向け先兵となった日立が『国民投票から雲行きが怪しくなった。新政権が民意を重視すれば、プロジェクトの継続は怪しくなる』と(関係者が)発言するなど、動揺している様子」とあり、東芝が落ち目になりつつある状況からか、日立が原発輸出の「尖兵」となっていたことがうかがえる。その後のことは検索が面倒で調べなかったが、日立関連ではベトナムの原発計画中止、ヨルダン原発頓挫とかインドやトルコの件、UAEもあったな、などと調べるにつれて、どれもこれも難題山積で深刻な状況にあるのがわかる。すでにアベノミクス・異次元緩和の失敗は明らかだし、東アジア外交は蚊帳の外から抜け出せないし、やることなすこと全部ダメ。党内で圧勝して敗北感をようやく免れるという程度なのか。哀れなるかな裸の王様。それを後生大事にいただくわれらはもっと哀れ!
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2018年08月16日

危機は間違いなく深まっている

「地球防衛家のヒトビト」の会話が秀逸。「なぞなぞでーす」「絶対これ以上増やしちゃいけないものなーんだ?」「ゴミ」「事故」「宿題」「キライな野菜」「答え 終戦記念日でした」(本文引用)この漫画はしばしば読むものを「おやまあ!」と驚かせる。
1面「30年 平和の願い貫く 戦後73年 戦没者追悼式」に天皇の言葉に加わった新たな一文が書かれている。「2015年には『深い反省』という言葉が加わった」「平成では最後となる追悼式」「『戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ』と新しい文言を盛り込んだ」(本文引用)。一方、首相は記事「首相、加害触れず」で「アジア諸国への加害責任については今年も言及せず」「2013年から6年連続となった」(本文引用)とある。以下の記事でもそのあたりが鮮明で、「終戦記念日を迎えた本日、安倍首相は全国戦没者追悼式に参列し、『戦争の惨禍を二度と繰り返さない、歴史と謙虚に向き合いながら、どのような時代であっても、この決然たる誓いを貫いて参ります』と式辞を述べた。しかし『歴史と謙虚に向き合う』と口にする一方で、アジア諸国への加害責任については一切言及しなかった」「きょうはもうひとつ、安倍首相が目指す改憲を暗示する声明が公表された。自民党の『終戦記念日にあたって』という声明だ」「昨年の声明には書かれていた“ある箇所”がごそっと削除されているのだ。去年あったのに、今年削除されたのはこんな文章だ。〈今後も自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった基本的価値を堅持〉 言わずもがな、『自由、民主主義、基本的人権、法の支配』は現行憲法の原理原則だ。この重要な文章を、今年、削除してしまったというのは、完全に現在の自民党の本音を露わにしていると言っていい」「2012年に出した自民党改憲草案は、基本的人権を《侵すことのできない永久の権利》と定めた憲法97条を全面削除」「今年3月、憲法改正推進本部がまとめた改憲4項目のうちのひとつである緊急事態条項では、国民の基本的人権を制限する『私権制限』を盛り込むことは見送られたが、やはり人権を制限したいという欲望は変わっていなかった」(本文引用)とある。首相はいよいよ傲慢の度を強める。総裁選では頂点に達し、さらにとどまるところを知らない。侏儒が過分な権力を握るとどうなるか、それを本気で願う庶民は少ないと思うが、さて結果は?!
☆「安倍首相が終戦の日めぐり露骨! 靖国神社の源流の神社に参拝し、自民党声明から『民主主義、基本的人権の堅持』削除」リテラ8月15日
http://lite-ra.com/2018/08/post-4191_2.html
総裁選への入れ込み様は尋常ではない。改憲に向けて党内で異論が出て3分の2確保に黄信号がともるのが怖いのだろうか。党議拘束をかけて縛り上げるとか、選挙で公認から外すとか、あらゆる手を使って、世間に先行して党内に恐怖政治を蔓延らせるつもりでいるのか。あまりにえげつないやりように、党内からも驚きの声があがっている。
☆「党内からも驚き 安倍陣営が血道上げる地方議員“接待攻勢”」日刊ゲンダイ8月15日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/235382
上記の危惧を含んで予測しつつ以下は、「しかし、仮に党内力学や永田町の政治力学がそういうものだったとしても、市場や国際社会はそんなことにはお構いなしで、日本を巻き込んでいく。また、市民生活も永田町の論理に沿って回っているわけではない」「東京五輪の前にアベノミクスのツケが回ってくる可能性が高い」(本文引用)と指摘する。そして、さらに下の記事のような見方もある。危機は確かに深まっている。地球防衛家のヒトビトの願いは直球で現実味を帯びている。
☆「安倍政権がもう3年続くと日本はどうなるか」BLOGOS8月12日
http://blogos.com/article/317420/
☆「もう日本だけではやっていけない。外需頼みの日本経済にいよいよ黄色信号=斎藤満」MONEY VOICE:8月12日
https://www.mag2.com/p/money/507426
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2018年08月15日

8月15日も極力抑え込もうとするのかね

1面トップで怒りの形相も凄まじい「毘沙門天」が睨んでいる。「ネット競売 盗まれた仏像だ」は、毎年繰り返される8月15日「終戦記念日」に真っ向対決か。と思ったがそのすぐ下に「終戦」記事がある。「きょう終戦の日 陛下、在位中最後の追悼式」で、関連は8面「社説」、20面「両陛下、慰霊の歩み」。「社説」が「終戦記念日」の面目を保ったというべきか。「戦後73年とアジア 未来へ向け記憶を紡ぐ」とあり、「日本が戦争に敗れて、きょうで73年を迎えた。この歳月を経てなお、日本はアジアでの和解を成し遂げていない」「侵略や植民地支配の記憶という『負の遺産』の風化をこのまま待つという姿勢では、未来志向の関係は築けない」「この6月、初の米朝首脳会談が開かれた。両国が戦った朝鮮戦争に至る経緯を振り返れば、南北分断の背景に日本の植民地支配があることに気づく。両国の人々には、米ソによる分断がなぜ日本でなく、自分たちなのかとの思いがある」(本文引用)。これらの記述には、多くの納得できる部分がある。せっかくの8月15日。毘沙門天の怖い顔で睨みつけるのも悪くはないが、「社説」前半の趣旨を主体に紙面を埋めたら、「終戦記念日」の報道としてよほど意義のあったんじゃなかろうか。などと思い、ちょっと不満な気がしたそのとき注目したのが、「不死身の特攻兵」と「日本軍兵士」の鴻上尚史、吉田裕両著者による対談だった。(以下「」内は対談からの引用。「」前の苗字は発言者)
吉田「10年ほど前から、不時着したり、わざとエンジントラブルを起こしたりして戻ってきた特攻隊の人たちの話が出てきた。特攻の多様な事実が明らかになってきた」
鴻上「『志願」だったのか『命令』だったのかというのも調べてみると、たしかに志願した人もいたんです。しかし、それは予科練のように14、15歳から軍隊教育を受けた一部の人たち。陸軍の整備兵だった人たちの話では、多くの人は特攻の指名を受けた途端、顔色が本当に真っ青になったといいます」
吉田「特攻をめぐる新たな証言が出てくるようになった背景には、戦友会などが相次いで解散したことも大きい」「南京事件などの戦争犯罪の場合でもほとんどの人が出身地に帰って暮らしていたので、匿名で証言をしても誰が言ったのかすぐにわかってしまう。『おまえ、なんであんなことを言うんだ』と電話がかかってくる。そうした圧力が薄れてきたということもあるんでしょうね。陸軍の特攻に朝鮮の人たちがいたことも少しずつわかってきています」「あの戦争では1944年以降に亡くなった人が大部分」「それさえ『初めて知りました』という読者が多い」
鴻上「特攻機は爆弾を機体から切り離せないつくりでしたが、整備兵たちは爆弾を投下できるように手を加えました。現場レベルのリアリズムは『落とせない爆弾はありえない』だった」
対談中に、不時着したり、わざとトラブルを起こして戻ってくる兵士がいたことや、特攻をめぐる新証言が10年ほど前から出始めたとか、陸軍の特攻に朝鮮の人たちがいたことなど、その他いくつかの証言は、過去何回も見聞きした。それが新証言といえるのは、一方で風化の圧力が常にあったということを示している。繰り返し掘り起こして世に示し直さないとけっきょくは忘れ去られるということを暗示している。10年ほど前から出るようになったのは、周囲の同調圧力がなくなってきたと同時に、語るべき人々自体が減ってきたことをも意味しているのだと思う。発掘し、しっかり世に示し、喚起する。報道の果たすべき役割は、多くの歴史資料を社内に所蔵しているという意味においても、時間とともに厳しく重たい責任となっていく。負けるな報道。社会的役割を放棄するな!
☆「投下できないはずの爆弾が・・・新証言で明かされる特攻隊のリアル」週刊朝日8月17−24日合併
https://dot.asahi.com/wa/2018080900063.html?page=1
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2018年08月14日

知りたくないけど知って欲しいヒトビトとは

27面の「地球防衛家のヒトビト」が秀逸。長いセリフを要約して紹介すると、「ジャーナリストはなぜわざわざ危険な場所へ行くのか」と生徒が問い、先生が説明する。「危険な場所で何が起こっているか知らせるため。わからなければ世界は対策もたてられないからね」と、ここまでは普通の説明だが、次が秀逸。「みんなは危険な場所で何が起こっているか知りたい?」と先生が問い、みんな沈黙して4コマ目。「じゃあ君たちが危険な場所で暮らしていたら、世界にそのことを知ってほしい?」と問うと、生徒全員が手をあげる。さて、この漫画を見ているものはどう感じるか。3・4コマに展開される強烈な皮肉に即座に気づけば、この漫画の意図は伝わったといえるが。
8月15日の前日ゆえに、先の戦争に関連する記事が多い。それはそれとして、1面「南北会談 来月平壌で 高官級協議で合意 3回目非核化が焦点」は小記事すぎないか。遠い思い出となった先の戦争の記事は大きくなり、間近に迫る「戦争か平和か」の緊張は軽くなる。変な関係じゃないか。「韓国と北朝鮮は13日、南北の軍事境界線をまたぐ板門店で閣僚級の高官協議を開き、首脳会談を9月中に平壌で行うことで合意した。文在寅大統領と金正恩朝鮮労働党委員長が会談するのは、板門店で4月27日、5月26日に会ったのに続いて3回目。停滞している非核化をめぐる米朝交渉を前進させられるかが焦点」(本文引用)とある。「停滞中」とあるが、ほんとうに停滞しているのかな。6月初旬から8月中旬まで、いよいよ本格的な交渉が進む時期とみれば、それほどの停滞とは言い難いのではないか。交渉は始まったばかり。トントン拍子なんてありえない。緊張は必要だけれど、すぐに結果が出ると思う方が無理筋じゃないか。いや、逆に相手を不審の目で眺めるように世論誘導しているのと同じことになりゃせんか。
というわけで、もっと冷静に報道しないといけないね、と思いつつ7面をみると「南北の利害一致 会談へ」があり、これがいささか斜に構えていて「なんだかね」である。「支持率を回復させたい韓国と、非核化の米朝交渉を打開したい北朝鮮との利害が一致した。米国は非核化に踏み込むよう北朝鮮に引き続き求めつつ韓国による譲歩も警戒している」(本文引用)。韓国は難しい立場をなんとか乗り切りたい様子だが、「分配重視の経済政策を修正したことが世論の不興を買い」「文氏の支持率は58・1%で最低だった」「ハリス駐韓大使は」「現時点で終戦宣言に触れることは時期尚早との考え」(本文引用)北朝鮮は「韓国が制裁順守を含む米国の強硬な政策に従い、鉄道や道路の南北連結事業などで本格的な協力を始めていないことに不満」「建国の日に業績を強調したい正恩氏としては、焦りを深めているようだ」「『非核化に向けて必要な措置を講じていないのは北朝鮮だ』(中略)ボルトン大統領補佐官はFOXニュースのインタビューで不満を述べた」「ポンペオ氏はこの2ヶ月間、北朝鮮が所有する核弾頭の60〜70%を、6〜8ヶ月以内に、米国か第三国に引き渡すことを複数回にわたって提案したという」「米政府内には、韓国が北朝鮮に譲歩しすぎるのではとの警戒感が根強い」(本文引用)
昨日紹介した映画「タクシー運転手」の優れた論評に「文在寅保有国」という言葉が出てくる。それほど高い評価を受けている大統領が、韓国として最大の難局に立ち向かっている。一方で3面「改憲案『次の国会提出』 首相、3選後の求心力意識か」では、党内事情を見るといまだ針の穴を通すような困難な状況を、人事や選挙公認などの圧力で締め付けつつ乗り切ろうとする首相の私的意志が貫かれようとしている。3選後はレームダック化するともささやかれ、改憲4項目はあくまでたたき台とする意見もある中、党内外の造反によって3分の2を得られなければ、死に体以上の存在になるしかない。それゆえか「首相動静」をみると、地方の支持を得ようと走り回る愚者の姿やあわれ。落日の悪あがきに翻弄されるか、この国の庶民は!
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2018年08月13日

映画「タクシー運転手」の論評を読む

映画はまだ観ていない。しかし、優れた論評を読むことができた。記憶から遠くなった出来事だが、当時の新聞にあった写真の数々を、いまでも鮮明に覚えている。まだ我が子たちは幼かったから、いつか「君たちの子ども時代にこんなことがあったんだよ」と教えられるよう新聞を残していた。論評を読んで思い出し、探したけれど見当たらなかった。
この事件があったとき、当時の我が国の報道機関は、かなりがんばって報道していたと思う。いまとは段違いの迫力を感じたものだった。論評では10日間の出来事となっているが、気分的にはもっと長かった。現地で取材に当たっていた人たちはどれくらいいたのだろう。生々しい写真が新聞に掲載され、TV画面に映し出され、大通りをぎっしりと埋めたバスや乗用車、トラックの分厚い壁が軍隊と対峙する様子にびっくり仰天。縛り上げられて連行される人々や、おびただしい死体の写真。銃を持って武装する市民たちの姿。すぐ隣の国で、いま現にこんなことが発生している。なんだこれは、と思った。論評を要約したいけれど、長いので困難。抜粋して紹介にとどめざるをえないのがとても残念。
「韓国は光州事件以降、民主化と反動を揺れ動いてきた。事件後、焼身などの過激な手段で衆目を引き、光州の真相を告発しようとする政治的自殺が漸次増加していった」
「本作は前述した通り、主人公マンソプが、光州での体験を通して揺れ動く心理を描写することで、物語にいっそうの厚みをもたらしている」
「ひとつは、昔から韓国社会に連綿とあった、光州を中心とした全羅道(チョルラド)に対する疎外と差別の意識をいかに乗り越えるか。全羅道は高麗時代より風水上、反逆者の土地として忌避され、また朴正熙時代の経済開発では朴の地盤である慶尚道(キョンサンド)が偏重される一方、冷遇された全羅道は『韓国の第三世界』と蔑称された」
「もうひとつは、苛烈な冷戦構造下におかれた分断国家で、民主主義を希求し、社会変革を主張する声から目を背け、運動を白眼視し、『アカ』のレッテルを貼って排除するといった意識を、いかにして乗り越えるのか(これについては、物語の冒頭で、学生運動のデモと遭遇した主人公が苛立つシーンが象徴的だ)。
これら二つの偏見のくびきを逃れて、曇りのない目で現実に起きていることと向き合い、受け止めること。そこで自分が何をすべきか、葛藤しながらも考え抜くこと。主人公が愛車とともにたどる道行きは、こうしたプロセスそのものを投影している。そして、この展開を現在のまなざしで俯瞰する韓国の観客たちの絶対多数は、そこに自らのこの30年余りの来し方と自画像を重ねずにはいられないだろう」
「この時期、イルベと呼ばれる韓国版ネット右翼の間で、セウォル号と並んで、民主化、光州といったワードをめぐるヘイトクライムが問題化する。そうした中で、セウォル号遺族たちに連帯する意思を示した文化人や芸能人に対するバッシングが過熱し、後に判明したところでは、彼らは朴政権が作成したブラックリストにも載せられた。ソン・ガンホもそのひとりである」
「セウォル号事件を機に求心力を失っていた朴槿恵政府は政権批判的な文化人や芸能人のブラックリストを作成していた」
「ソウルと光州を往還しながら揺れ動くマンソプの心の軌跡は、『光州』との間を行きつ戻りつしながらも、最後にあの巨大なろうそくデモに連なった『大韓民国の国民の一人』たちがたどってきた30年間にほかならない」
「今、映画館で私たちが目にしている『タクシー運転手』は、偶発的な歴史展開の連続と、そこに生起する出来事の一回性の中で創造された、きわめて稀有な作品なのだと、今さらながら感嘆せずにはおられない」(紹介終了)
☆「犠牲者193人・・・韓国国民が38年前の『虐殺事件』を振り返るワケ 映画『タクシー運転手』から考える」gendai.ismedia:8月12日
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56953
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2018年08月12日

丸見えで下世話な密室政治と里山再生の夢

本日は「天声人語」がちょびっと面白い。だが、素材として厚みがだせない。3面に「首相 地方議員も囲い込み 3選に強い意欲 石破氏包囲網 求心力維持へ『圧勝』狙う」がある。しかたない、まずこれで書いておくか、と重い腰をあげる。首相はついこのあいだの大豪雨も猛烈な酷暑も全然気にしていない様子。3選を「圧勝」に導くため必死になっている。かなりの差で必ず勝つのに、なんでさらに必死になるのか。自然災害で呻吟する地域の苦境を捨ててでも頑張らないといけない理由は何なのか。「自民党内では大半の派閥が首相を推し、『ゲームオーバー』(二階派幹部)との受け止めが広がる。それでも、立候補を表明した石破氏への攻勢を緩める気配はない」(本文引用)というのだから異常。圧倒的に勝利しても、これではかえって党内に深いシコリを残すだけ。陣笠議員たちも、潮目が変わったらすぐに次のご馳走狙いで走り出すに決まってるじゃないか。落ち目の時が、かなり怖そうな気配である。
中見出し「参院でほころび」に「青木氏は『今回の勝負は、勝とうが負けようがいい』と意に介さない。『石破カード』を手にすることで、安倍政権が不安定化した際の政局の主導権を握る狙いが透ける」(本文引用)とあり、やはり陣笠議員どものケツの軽さオツムの軽さと違う、「いかにも自民党」の感が漂う。首相が改憲に成功しようがしまいが、あとは腑抜けに成り下がる。2020年の東京五輪を待たずに引退表明もありうる。そうでなくてもボロが次々に出てきて、政権は立ち行かなくなる、そんな読みがあるのかもしれない。それにしても首相側の切り崩し工作はあくどい。「野田さんを推薦するという話があるが、傷がつきますよ」「石井さん、来年選挙ですね。潮目が変わるかも知れないね。吉田さんにも伝えておいて」「総裁選で石破氏の支持に回れば、党の支援に差をつけるとも受け取れる内容だった」(本文引用)と、こんな薄汚い内部工作が行われ、それが公然と漏れてくる。さて、「圧勝」の姿はどうなるか。「圧勝」後の政局はどうなるか。というわけでさっさと次の記事に移る。
「天声人語」が触れている内容は、かなり地味なものだ。廃校を利用した水族館がオープンした。「むろと廃校水族館」といい、長く飼育されている生き物を「在校生」、定置網に引っかかって展示されたのは「転入生」と呼ぶ。「人口減の波にあらがえず廃校に」(本文引用)なったが、この夏、水族館は盛況である。記事はラストに「『廃校シアター』『廃校市場』『廃校自動車学校』何だってあり得る。地域の柔軟な発想が問われる大廃校時代である」(本文引用)とまとめる。うーん、面白いといえば面白い。しかし、発想がいつも人集めに傾くのがなんとなく月並みな気がする。人の意識は気まぐれ気まま。アイデアがとめどなく湧いてこない限り、盛況もいっときのことではあるまいか、などというのは過酷かも知れない。でもあえて言ってみたくなった。
人が来てくれることと同時に、人が意識してくれるところになる必要はないか。そんなことを思った。たとえばそこで良質な木材を産出し、家具・調度品の高品質な特産品をつくり、名品の地として宣伝し広めていく。時間はかかるが、建築や家具用材の加工・生産も付随させる。そのための山林を確保し、計画的に維持管理できる体制をつくっていく。森林の育成と田畑の維持は、材料と食料の確保という基本的な要求を満たし、生産拠点の前に生活拠点として成り立たせる。次の加工と販路の確保は自然と一体化した循環的生産の場をすこしずつ創り上げていく。そんな試みがあってもいいではないか。いっぺんに目指すのではなく、最初は個人的な試みからでいい。それを支援する周辺が居て、事あらばすぐ馳せ参じて克服できる体制があれば充分。たったひとりからはじめて複数になり、周辺に裾野が広がっていく。荒れ放題の自然林から、自然に限りなく近い人工林(天然林・里山)へ森林が移行していく。それは自然の脅威と折れ合って、地域のありうべき自然を形成する。そんな目標があったらいいな、などと思った。大雑把だけれど・・・。
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2018年08月11日

明治維新について少しだけ考える

このごろ明治維新ってなんだったんだ、と思う気分が強い。それで本日の我が家購読紙11面「ひもとく 日本の歩み 150年 切り拓いた人たち(上)」を、いつになく熱心に読んだ。「この150年は、福沢諭吉の『福翁自伝』(1899)の『門閥制度は親の仇で御座る』という言葉から出発した」「福沢にとって維新前後の激変は、『一身にして二生を経る』ごとき体験だった。しかし、門閥制度は本当に打破されたのか。戦前は藩閥や軍閥・財閥が動かし、いまは自民党の政治家の多くは二世、三世。安倍政治について欧州では『クローニズム』と指摘され」「福沢によれば、藩や職業によって言葉使いも違う数千万もの『窮屈な小さい箱』に閉じ込められていた人々が、日本という一つの箱に解放されたのが明治維新だった。一方で、中央集権国家になった結果、地方が弱くなったという問題もある。中国や朝鮮へのある種の蔑視も書かれて」(本文引用)いる、との言葉に興味がわく。続けて別の語り手が、言葉にもヒエラルキーがあったと語る。文語と口語の乖離が大きな問題となり、「言文一致」の流れを生み出したという話。
興味は尽きないが、3回連続の初回。ブログ主の注目点は7月28日の当ブログ「『五日市憲法』新井勝紘:岩波新書」の書評から引用した、「「本書によると、全国の民権結社は、1874年から90年までの17年間で2128を超えたという。これらの組織が中央政府への自由民権運動の下支えになっていた、と著者は見る。つまり民権憲法擁護の勢力でもあったのだ」という一文との関連だ。「福翁自伝」は1899年刊行。自由民権運動後の時期に書かれているが、様々な主張が溢れかえっていた時代の空気を、幾ばくか背負った出版物であったのは確かなようだ。五日市憲法についてはまだ詳しく知らない。だが、国民の権利を憲法でどう守るかに力点を置いたものらしく、かなり興味がある。その一方で、福翁自伝は「学問による独立自尊」を唱えているものの、「中国や朝鮮へのある種の蔑視も」書かれており、自由民権の流れを一部まといつつ、日清戦争(1894ー1895年)・日露戦争(1904ー1905年)へと続く時代の空気を敏感に感じ取った著作であったことをうかがわせる。ふたつの戦争に勝利してのち、日本はいよいよ国を挙げて軍事拡大路線を前面に掲げて突き進んでいく。今日の「ひもとく」対談は、このあたりのことを主眼としていない。
そこで注目しておきたいのは、「門閥制度は本当に打破されたのか。戦前は藩閥や軍閥・財閥が動かし、いまは自民党・・・」という設定だ。クローニズムを「超絶コネ社会」と表現する文章があった。以下の記事は「権力者が身内や取り巻きを重用することを縁故主義という。その対象が身内の場合ネポティズム、取り巻きの場合クローニズムと呼ぶ。これがはびこると、ひとびとは『おこぼれ』を求めて権力者の身内や取り巻きに群がっていく」(本文引用)とあり、ほぼ1年前の記事だが、なるほどと思う。明治維新後、急速な近代化を推し進める中で、江戸時代に周到綿密強力に形成され連綿と続けられてきた身分差別のシステムが壊れていく。それは自然発生的に理想主義の流れをつくるが、「1874年から90年までの17年間で2128を超えた」民権結社は、時の流れの中にあえなく姿を没していった。中央集権国家がそれを許さず、民権結社が大きな勢力となる前に、時代が押しつぶしていった。この時期、世界は激動の只中にあり、第1次世界大戦へ続く道を次第に辿りつつあった。ヨーロッパではパリコミューンがあり、アナーキズムが力を伸ばしつつあり、マルクスも強い影響力を発揮していた・・・と書いているうちに、あちこちへ文章が飛び始めた。めんどうなのでそろそろこのあたりでストップ。続きは次の「ひもとく」が出てから考えるとしよう!
☆「『安倍政権』と『東南アジア的縁故主義』を比較すると見えてくる“問題点”」文春オンライン17年8月24日
https://www.excite.co.jp/News/society_g/20170824/Bunshun_3681.html
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2018年08月10日

「気分」に翻弄されて「自分」を失う前に

ひんぱんではないが、福島へ放射線測定に出かけることがある。最初の頃、訪れた家で線量の高さやその分布状況にすこし動揺しため息が出た。その家の人が「どうかしら、引っ越した方がいいでしょうか」と不安そうに聞いた。ブログ主は返答に窮した。涙が出そうになったが、かろうじて答えた。「どうすればいいか、ぼくにもわかりません。でも、高いことは確かです」。無責任だったろうか。そう言われても仕方のない答え方だったと思う。ずけずけと物を言う人だったら「ここを出るべきです」などと即答する人もいるだろう。だが、それは言えなかった。
8月4日我が家購読紙の「be on Saturday」の10面人生相談コーナー「悩みのるつぼ」に30代女性の相談が載った。漫画「はだしのゲン」を小学生の頃に読んで以来、広島は「怖い場所」とのイメージを持つようになったとある。結婚して夫の実家へたまに訪れる時には「いい街」と感じられたのに、いざUターンで市内に引っ越すことになり、帰省と永住が大違いであると感じて、広島に対してモヤモヤした気持ちでいる、という。読んでいてふと思った。この人の心には、ふたつの思いが交錯している、と。ひとつは気分の奥底にこびりついて離れない、「広島=怖い場所」という意識。もうひとつは「夫の実家で暮らすことへの不安」。これが未整理のまま混ざり合って、心の混沌をドロドログチャグチャにし、気持ちをいっそう抜き差しならなくしているのではないか、まずは気持ちを整理すべきではないか、と思った。
夫の実家の近くへ引っ越すことで嫌が応にも迫ってくる煩わしさと、原爆の街「広島」を生理的に忌避する気持ちが混沌のまま重なり合っている状況をまず整理しないと、この質問者は「原爆」と「広島」をまとめて生理的ストレスの只中へ放り出してしまうことになりかねない。いや、半分はすでにそうなっており、「嫌悪」の感情に押し流されている自分がいるのを、直感していないか。いまは「実家に近くなる」ことと「原爆」のふたつの悲惨に押しつぶされそうになっているが、その気分は猖獗して「広島嫌悪」「広島忌避」に至ってしまうのではないか。そこまで至った魂は、容易なことでは救い難いものに転じているかもしれない、と思った。一歩手前で踏みとどまって気持ちを整理する力を持たないと、相談者の将来は明るくならないのではないか、と・・・。
そんなことを考えたのは、放射線測定で心にこびりついた記憶の重みによっているのではないか、と思う。「やっぱりここはまずいんでしょうか」との問いに答えられなかったことへの自責の気持ちが、人生相談の相談者と重なったからではないか。たとえば以下のような記事がある。「『原発避難』がいじめの原因にもなっています」「大人のいじめもあります」「いじめに遭った子どもは、調査した782人中、55人(7%)でした。一方で、大人は782人中359人(46%)」(本文引用)。記事は(大人の場合)「かわいそうな人たち」から「放射能を浴びているから避けたい人たち」へ意識が移り、それがさらに(賠償金をもらえる)「うらやましい人たち」へ転じていく心理を指摘した。そんな方向へ心理が転換してしまったら、元へ戻るのは困難をきわめた作業になる。そのことを知っておきたい、と思った。
☆「『3.11』被災者のPTSDが7年目に増えた理由」DIAMOND online:3月11日
https://diamond.jp/articles/amp/162869?display=b
ところで、なんでこんなことを書く気になったかと言うと、身近なお仲間から奇妙な質問をされたことも影響している。「福島へ(放射線測定に)行くことは怖くないか」と聞かれた。だが、「怖い」より先に確かめたかっただけだ。身近な問題として理解したかっただけだ。それゆえ「怖い」などという気分は湧かなかった。逆に質問の奇妙さに首を傾げた。よく見ればその人は、福島を「怖い」という括りで表現しつつ、辺野古へは私費で馳せ参じている。その矛盾をどう克服するのか。沖縄と福島の違いは何に起因するのか、と。
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2018年08月09日

映画から見る戦後史の雑感(暑さで走り書き)

米映画監督オリバー・ストーンの言葉に以下のようなものがある。「第二次大戦で敗戦した2つの主要国家はドイツと日本だった。ドイツは国家がしてしまった事を反省し、検証し、罪悪感を感じ、謝罪し、そしてより重要な事に、その後のヨーロッパで平和のための道徳的なリーダーシップをとった」。ここでいつも思うのは「イタリアはどうだったの。イタリアについての見方がないのはなぜ?」ということ。戦後史をまともに学ぶ機会がなかったゆえか、イタリアの位置が、日本の教育現場では鮮明に見えてこないのである。
個人的な学習で最近ようやく知ったのは、第2次大戦時におけるイタリアの反ファッショ抵抗勢力はかなり強大で、最も強かったのがユーゴスラビアのチトー軍。次がギリシャの対独パルチザン。そしてイタリアへと続き、連合軍が北アフリカ戦線からヨーロッパへ反攻を開始した時、イタリアの抵抗勢力は重要な役割を果たした、ということだった。ハリウッド映画ではそのあたりが不鮮明で、意図的にはずされているのか、それとも連合軍がイタリアの抵抗勢力をあえてはずして戦いを進めたのか、個人的には詳らかにできていない。共産党系勢力がかなり強かったせいがあるかもしれないが、それもいまは個人的に推測の域を出ない。そして東西冷戦が始まり、西半分で勢力を強めたアメリカがイタリア、ギリシャの反対勢力を押さえ込んでいった経過が現在の状況を示す。
オリバー・ストーンの言葉が重くなるのはそれからのこと。あえてイタリアを別格として扱いつつ、「第二次大戦で敗戦した2つの主要国家」ドイツと日本の歩んだ道筋の決定的違いを鮮明にしてみせる。東西冷戦真っ只中にあって、曲折はあったものの、ドイツはかろうじて、しでかしてしまった事を反省し、検証し、罪悪感を感じ、謝罪し、そしてより重要な事に、その後のヨーロッパで平和のための道徳的なリーダーシップをとった。その詳細な経過は、日本ではまだ不鮮明な気がする。個人的に推察するのは、1950年代後半からヨーロッパ全体で燃え広がった反戦平和の動きが山場を迎える60年代、フランス知識人が果たした役割はかなり大きかったのではないか、と思う。アラン・レネをはじめとする映画人の表現力は、沈滞していたドイツ映画界に大きな影響を与えたはず。近年公開された「顔のないヒトラーたち」には、ドイツの若年層に広がる無関心と、戦争世代の不気味な懐古的動きは描かれているが、内部で疑問を持った少数派があえて立ち上がるところから歴史の転換を描く。しかし、当時のヨーロッパの世相が強い影響を与えているはまちがいない。歴史的にはカルチェラタン闘争が目を引くが、同じ時期にあったアウシュビッツ裁判は強く影響を受けたはず。それが「顔のない」で描かれなかった不思議!
煎じつめて考えると、ヨーロッパは地続きであるがゆえに、各々の国が政治的に孤立して勝手に動くのが難しい(少なくとも地続きであることを利用して、相互補完性を持てる)関係にあるのではないか。しかしアジアの東端では、そんな構図は描きにくかった。中国は思うようにいかない結末を迎えた。朝鮮半島もようやく休戦状態に持ち込めただけだった。インドシナ半島ではベトナムの頑強な抵抗がフランスに続いてアメリカを苦しめた。こうした不安定さの中心に、アメリカの東アジア戦略に丸乗りした日本が鋭いトゲとなって突き出していたというべきか。これが戦後日本の姿を決める。戦後の世相はすでに敗戦時(または敗戦前)から決まっていた。戦後映画でいえば、「雲ながるる果てに」「亡命記」などに限らず、反戦物というより厭戦物というべき作品が量産され、「真空地帯」「野火」「人間の条件」すらその風潮に飲み込まれていった。72年「軍旗はためく下に」がほぼ最後のあだ花と言うべきか。その頃には、厭戦気分の正当性が通用する世相ができあがっていた。オリバー・ストーンの論評にはそんな思いが重なる。そして次の敗戦時のあるべき姿を思う!
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2018年08月08日

「自然に返す」だけでは崩壊は止まらない

3面「てんでんこ」が興味深い。「九州と豪雨(17)流木」で、表題は「災害はいろんな要因が重なる。『だから、人間もたくさんの工夫をして備える』」というもの。
林業家の実践的視点に瞠目する。「トラックでほぼすべての木の近くまで行ける」「山には、林業のなりわいと災害に強い森林を両立させる工夫がこらされている」「作業道の幅は(中略)一般的な作業道より狭いが、雨が直接当たる面積が小さく、道の土砂が流失しにくい。強い風の通り道にもならない」「削り取る斜面が低く抑えられるため、豪雨でものり面が崩れにくい」「強風を受ける尾根や土の質が悪く崩れやすい場所は、広葉樹や針葉樹が共存する自然林のままにする。深さや形が異なる多様な根が地中で複雑に絡み合うことで、山が崩れにくくなるからだ。雨水の流れが集中しないよう、排水路をつくる位置も見極める」「災害はいろんな要因が重なって起こる」「だから自然を観察し、人間もたくさんの工夫をして備えるしかない」「林野庁の調査では、山の崩壊は深さ3メートルまで達していたところが多かった。一般的に、木の根が張るのは深さ2メートル程度まで。未曾有の豪雨に、自然林も人工林も、根こそぎやられていた」「自然の変化をきちんと察知できる、人のなりわいを続けること。それが災害に強い山につながる」(本文引用)
非常に示唆的だ。近年、美しい森を守り未来につなげる、といった運動が盛り上がっているが、木を切って丸坊主にし、そこへさまざまな構造物を立てるなどするのが問題であるのはもちろんとして、すべからく「自然に戻せ」と主張していくことは、あまりに空想的すぎないか、と常々思ってきた。自然林も根こそぎやられる豪雨を前に、自然に返すのが最適解ではない、と思う。山の崩壊は自然であるがゆえに自然の流れとして当然あるものと考えるのが正解だろう。山が崩壊に向かって次第に変化していくのが不可避なら、人間の生き様はそれもできるだけ緩やかに受け止めていくやり方で、自然と共存していくしかない。そこに「自然の変化をきちんと察知できる、人のなりわいを続けること。それが災害に強い山につながる」といった発想の成り立つ根拠がある。自然の崩壊が一挙にもたらされるのではなく、できるだけ緩やかに穏便に進行するように山をなだめ、寄り添わせてもらう。そんなやり方が、「災害に強い山」をつくる実際の方法なのだと感じた。自然はギリギリまで耐えて、時に急激に形を崩す。「自然に返す」だけでは突然の崩壊を避けられない。自然と入り混じって暮らす人間の営みにとっては、やはり「自然に返す」だけでは「自然」も「人間社会」も守りきれない、と切実に思った。
以下はブログ主の当面の結論である。「自然の変化をきちんと察知できる人のなりわい」は緩やかに自然とつながることを意味する。それは自然をあるがままの「美しい自然」そのものに返すことではない。限りなく自然に近づいた人工林=天然林の形成が最善ではないか。天然林とは里山林につながるのかもしれない。薪炭林というかもしれない。そして山をよく知り山に寄り添う仕事として、林業がある。決めてしまったやり方をひたすら連綿と続けるのではなく、どんな些細な現象であれ自然の変容を察知し、きちんと向き合っていける山の専門家集団があるべきではないか。問題は、かつてあったはずの森とのつながりを多様なかたちで維持するやり方が、近代に入って壊され続け、伝統が壊滅させられてしまったことにある。そして森林の破壊、農業の衰退は、いまも無策のまま放置され、「自然に戻る」ままにされている。「自然に返す」といった空想的ロマン的スローガンではこれを克服できない。国家が極限まで崩壊させた農山村の営為の記憶を、現在のように大きく変化した自然の中で再び蘇らせる試みが、唯一と言わないまでも、かなり有力な方法ではないか。本日の「てんでんこ」はそんな基本的なことを学ばせてくれた。ブログ主の模索はまだまだ途上だが・・・。
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2018年08月07日

「経験してから次は逃げる」でいいのかな

10面「経済気象台」が「日銀の弥縫策の問題点」として、アベノミクスの根幹である異次元緩和について鋭くついている。記事はまず米の例を挙げる。「『いつか景気後退が来ることは歴史が教えている。景気が穏やかな時を利用して、いつか来る嵐に備える慎重さが必要なのだ』これは(中略)NY連銀総裁(中略)の言葉だ。FRBは、いつか来る景気後退に備え(中略)今年の終わりには短期金利を2・5%まで持っていくつもりだ」「年内にそれだけの利上げができれば、景気後退が来ても少なくとも2・5%幅の利下げができる。だからこそFRBは景気の良い今、あえて人の嫌がる利上げを続けている」「それが本来の中央銀行の姿であり、そのための独立性なのである」(本文引用)。日銀は異次元緩和を強化するが、異次元緩和はすでに市場や金融機関に大きな副作用を生じさせている。記事の筆者は、「物価上昇率2%」を達成できない中で長期金利を引き上げたら異次元緩和の放棄のように見え、円高に振れるかもしれないと日銀は考えている、と指摘する。異次元緩和の放棄「のように見え」るというあたりに、日本特有のレトリックがあるような気がする。いったん動き出したらこの方法は間違っていないという無謬性の神話が決定者の意志と関係なく自動的に動き出す。決定者は無謬性の奴隷に成り下がる。神話の奥に、彼を奴隷にして骨の髄までしゃぶり尽くそうとするものたちの姿が見える。そこで日銀は「異次元緩和を来秋の消費増税による景気への影響が消えるまで続けると宣言」(本文引用)し、「緩和強化」の空語でくるんだ芥子粒程度の「長期金利」引き上げを恐る恐るやってみる。記事のラストは厳しい。「弥縫策ともいえる宣言で、本来着手すべき景気後退への備えはさらに遠くなった。いずれやって来る景気後退では、FRBとの差が歴然となって現れるだろう」(本文引用)
「来秋の消費増税による景気への影響が消えるまで続ける」というが、いつまでか。本音では簡単には消えないと知っている。そこで準備しているのが日本的「民族の祭典」=東京五輪だろう。これで民心を狂乱に誘導し、熱病が冷める前に原発再稼働に踏み切り、軍事国家を完成に導く。9面に「『CVID』文言なしARF議長声明 北朝鮮意向、影響か」がある。ASEAN地域フォーラムの議長声明に「北朝鮮の核問題をめぐり、完全な非核化を促す文言は入ったが、草案にはあった『完全かつ検証可能で不可逆な非核化(中略)』との文言は盛り込まなかった」「トランプ米政権も最近、CVIDの表現を嫌う北朝鮮に配慮してか非核化交渉でこの表現の使用を控えており、こうした参加国の姿勢が議長声明の取りまとめに影響したとみられる」(本文引用)
一方の日本だが、4面「日朝会談に意欲 安倍首相会見 本格交渉見通せず」には、首相の言葉とは裏腹に手詰まり感が漂う。北朝鮮からは「ほら吹き」呼ばわりされても言い返す言葉もない。昨日の新聞記事ではないが、ASEAN各国は、東アジアに大きな変化をもたらす可能性のある米朝対話の行方に高い関心を持っている。CVIDの文言が議長声明から消えたのも、そのことの現れだ。ひたすら経済制裁強化とCVIDを主張し続け、莫大な費用をかけてアメリカから軍需装備品を買い込み、緊張緩和へ舵を切らない政府の姿勢がすべてを物語る。やがてくる景気後退を異次元緩和の無謬性神話でズルズルと先延ばしさせ、民族排外主義を助長しつつ、東アジアの緊張激化を利用して強引に乗り切っていく。実際、経済制裁がどれほど過酷か、1面「通貨下落・物価高 イラン苦境 きょう米が制裁発動」が実例を示す。経済制裁は経済を軸に戦われる戦争だ。些かでも手綱を調節している米に比べて、日本だけやたらにいきり立っており、北の好戦性を誘発しようと躍起になっている姿がみてとれる。ついでに「天声人語」をみると、携帯から頻繁に流れる避難警報に「避難しなかった理由は『今まで、こんな災害の経験がなかったから』」(本文引用)とある。経験してから次は逃げる。それでいいのかな。
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2018年08月06日

報道が政府の御用聞きになっちゃダメでしょ

昨日の当ブログ記事は我が家購読紙の解読から、米朝協議の現状を、やや足踏み状態と理解して書いた。ASEANに外交攻勢をかけた北朝鮮との論調、さらに「ASEAN外交筋は『各国ともメリットはあまりないが、北朝鮮が近寄ってくるから付き合っているというのが本音だ』と指摘する」と記事の末尾にあったことから、まだかなり曲折があると見た。でも、以下の記事が同じ新聞のネットで速報され、翌日の朝刊に載り、なんで別々に報じられるのかな、と首を傾げた。今日は4面「北朝鮮・李外相に会談申し出次々」で、内容は以下のものとほぼ同じだが、今日の記事の方がダイジェスト気味だった。
☆「北朝鮮、モテモテ状態 各国から会談の申し出殺到」朝日新聞デジタル8月5日
https://digital.asahi.com/articles/ASL853QTNL85UHBI00F.html?_requesturl=articles%2FASL853QTNL85UHBI00F.html&rm=407
「北朝鮮の李容浩外相に、各国から会談の申し出が殺到した」「米朝対話の影響を受けたとみられる」「李外相は2日間で、カンボジア、ラオス、インド、インドネシア、タイ、中国、ベトナム、フィリピン、EU、ミャンマー、ニュージーランドの外相らと会談」「昨年の会議では」「中国とロシアのほかはASEAN議長国だったフィリピンと会談しただけだった。同関係者は『実際、より多くの国から会談の要請があった』と説明。フィリピンのように国際会議場で直接、北朝鮮に会談を申し入れた国もいくつかあったという。同関係者は『時間が足りず、立ち話で済ませた国もあったが、すべて実現できなかった』と述べた。現地の外交関係筋によれば、米朝対話の行方に関心を持つ国は数多い。李氏との会談で、北朝鮮の対米方針を見極め、自国と北朝鮮との関係構築に役立てる狙いがあったとみられる。北朝鮮側は会談で、制裁の緩和などを訴えたという。北朝鮮は日米韓3カ国の外相とは会談せず、それぞれ立ち話だけで済ませた。日本人拉致問題の解決を重ねて求める日本や南北経済協力に慎重な韓国に対しては、正式な会談に応じないことでそれぞれ政策の転換を促す圧力をかけた形だ。また、ポンペオ米国務長官は金英哲(キムヨンチョル)朝鮮労働党副委員長との間で協議を行っている。米朝対話が停滞するなか、核問題などの詳細な実務協議を担う北朝鮮外務省は今回、出番がなかった格好になった」(本文引用)。読んでいて感じるのは、この記事にしてもまだ引っかかるものがあって、できるかぎり有りのままであろうとする意志からずれているような気がする、ということ。まあ、一枚岩なんてことを求めても仕方ないのだから、こういった記事の流れからも、できるだけ真実をより分ける視点を個人として鍛えることが必要んだろう。これだけ情報統制が強化されてしまった社会にあってはね。
以下の記事は日経ビジネスのもので、けっこう面白い。アソウ氏やスガ氏が近頃とみに横柄で乱暴で呆れた言い様であると指摘。「誰もが互いの意図を斟酌し合ってはオノレの行動をチマチマと制御しているこの国にあって、常に一貫して空気を読まない小動物じみた頑迷さが、見物用のキャラクターとしてのこの人の挙動に、ある種の魅力を賦与している」(本文引用)などと茶化してみせる一方、記者の不甲斐なさをなげく。そうだ、骨っぽい記者はどこへいったのだ。政府の御用聞きになり下がっちゃダメでしょ、というわけで、「大臣が横柄に振る舞うのは、番記者が常に迎合的に振る舞っていることの裏返しなのであって、大臣の恫喝的な一挙手一投足は、それを歓迎ないしは容認している記者諸君のチキンハートとワンセットで考えなければならない」(本文引用)。そうだ、もっと言ってやれ。報道の力を復活させて、政権を追い詰めてやれ。そうしたら当ブログも、もっと擁護して書いてやるからさ!
☆「麻生さん菅さんはなぜあんなに威張るのか」日経ビジネスONLINE8月3日
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180803-43952293-business-pol&p=1
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2018年08月05日

米朝首脳会談後の状況は・・・

1面に「非核化への措置 北朝鮮譲歩せず ASEAN会合 日米は制裁訴え」がある。(北朝鮮外相は)「朝鮮戦争の終戦宣言が行われない限り、次の非核化措置を取らない従来の姿勢を強調。一方、日米などは経済制裁の履行を訴えた」「ポンペオ国務長官は(中略)記念撮影の際、李氏に近づき両氏は笑顔で握手して言葉を交わした。ただ、本格的な会談は開かれなかった」「李氏は(中略)北朝鮮が望む『新たな朝米関係の樹立』『朝鮮半島の平和体制構築』と、米国が求める『朝鮮半島の完全な非核化』『米兵の遺骨発掘と送還』を、同時に段階的に履行すべきだとした」「ポンペオ氏は(中略)北朝鮮が非核化を実現するまで、『圧力の継続が重要』と主張。各国に対し制裁の着実な履行を訴えた」(本文引用)と、だいたいこんな感じ。
3面には「非核化手詰まり 北朝鮮『終戦宣言を』『米『行程提示が先』」中見出し「制裁維持の米、中ロを警戒」がある。まったく外交交渉は時間がかかる。しかも、双方のすれ違いがある瞬間に急速に拡大し、交渉破綻という局面に至る場合もないことではない。対立した方が利にかなうと見れば、あえて合意する気にはならないというわけだ。「北朝鮮の李容浩外相は日米韓それぞれの外相との会談に応じなかった。次の非核化措置に踏み出す条件にあげる朝鮮戦争の終戦宣言に見通しがつかないためだ」(本文引用)とあるが日米韓3国の思惑は3様に違う。ちょうど米を真ん中に、日韓が真逆の方向に引っ張り合いをしているようなものか。添付イラストを見れば分かる通り、米韓に中を加えた3国には対話のルートがあるものの、日本は「日朝首脳会談を打診、拉致問題解決を要請」とある一方、北は「関心を示さず」という状態。「ポンペオ氏は4日の記者会見で、『北朝鮮の完全な非核化を実現するため、制裁を維持することが重要だ』と指摘した」「トランプ米大統領は会議がひらかれる前の2日、『(北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と)近いうちに会うのを楽しみにしている!』とツイートし、米朝の再会談の可能性を示唆した」(本文引用)というように、米は交渉上の道具として制裁を維持しているだけ。「日米外相は全ての大量破壊兵器と弾道ミサイルの『完全かつ確認可能、不可逆的な廃棄』を目指す方針を改めて確認。(中略)『瀬取り』への対策で引き続き協力することで一致した」(本文引用)とあるが、米朝の交渉において、日米の固い結束が保たれたものとは必ずしも言いがたい状況のようだ。もちろん、交渉がどちらに転ぶかをいま即断するのは早計に過ぎる気はする。それでも、日本を除く東アジア諸国が緊張緩和歓迎の方向にシフトしていることは大きな力になっているのは間違いない。なかでも最大の当事者である韓国の姿勢は貴重といえる。
7面「北朝鮮と対話ムード ASEAN本格改善は様子見」をみると「北朝鮮は(中略)ASEAN諸国に外交攻勢をかけた。朝鮮半島情勢の緊張緩和を歓迎するASEAN側も多くの国が応じたが、本格的な関係改善についてはなお様子見の状況だ」「ASEAN外交筋は『各国ともメリットはあまりないが、北朝鮮が近寄ってくるから付き合っているというのが本音だ』と指摘する」(本文引用)として、各国の微妙な対応の様子を列挙しつつ、最後に皮肉たっぷりの否定項を入れて記事をまとめる。ラストは客観性を強調するためのご愛嬌というべきか。7面には「日朝外相が接触 北朝鮮、会談相手に日本含めず」がある。「6月の米朝首脳会談後、安倍晋三首相が日朝首脳会談の早期実現に向け調整を支持してから、日朝の閣僚接触は初めて」(本文引用)つまり、今は昔の米朝首脳会談が過ぎてずいぶん経ってから、ようやく言葉を交わすことができたということ。いったいどのくらい話し込んだのかね。米朝中韓ロ日の6カ国中で、箸にも棒にも引っかからないのが、いまのこの国の状況といえる。そんな状態が、スカスカの新聞記事からようやく看取することができる近頃の状況・・・。
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2018年08月04日

最終的には瓦解するしかないのに

今日の我が家購読紙はぜんぜん活気がない。そこで他紙や他誌の情報を使ってブログ記事を書く。最初はサンデー毎日に載った室井佑月氏の連載「しがみつく女」から「品位なんて糞食らえ!」。「なんじゃ、これは?」と目を剥く表題で、この人特有の語調はそれとして、内容は至極正当だ。「『カジノより学校にエアコンを!』『カジノより被災者を助けて!』 当然のことでしょう?」「議院の品位ってなんだよ? 議院とは、国政を審議する場所、国会のことだよな。嘘はつき放題だわ、嘘のデータまで出してくるわ、質疑応答のキャッチボールがなされてないわ、安倍政権下において、もうとっくに品位なんてないじゃんか。山本、森、糸数氏の行動は、国民の代表としてまともだと思うけど」「太郎ちゃんがいってたよ。『選挙妨害を暴力団に発注する人物(安倍晋三首相)が、クリーンなカジノを目指すなどと言ってる意味がわからない』」(本文引用)。以下略。西日本大豪雨でいままさに対応が必要なとき、何をトチ狂ったかカジノ法案に固執し採決を強行しちまった。山本太郎氏はよほど腹が立ったんだろう。選挙妨害をやらせて約束のカネを出し渋り、自宅に火炎瓶を投げ込まれるなど、首相自身が国会で「私は被害者」と証言したくらいだから正真正銘の事実だろ?
☆「ポスト『モリカケ』か? 安倍首相に浮上したもう一つの『重大疑惑』」ハーバービジネスオンライン6月26日
https://hbol.jp/168997?display=b
暴力団が怒って火炎瓶を投げつけるようなことをする人なんだ。そんな人だからか、総裁選は圧勝が見えているのに楯突くものが許せなくて、以下のようなことになる。おかげで彼の周囲に集まってくるのは、陣笠議員ばかり。今日の新聞にもかろうじて載っているのは4面「『生産性ない』主張 地方議員反発 謝罪・撤回求め声明」、昨日の1面には「自民、杉田議員に指導」がある。杉田議員はさすがに「誤解を与えた」なんて言えなかったようだが、「謝罪」も「訂正」もしていない様子。首相にしても、豪雨災害を尻目に総裁選圧勝まっしぐらの口から「人権」とか「多様性」とか言われても、党内粛清意欲全開ではぜんぜん真実味がない。
☆「総裁選の票読みは安倍圧勝・・・早くも始まった壮絶“石破潰し”」日刊ゲンダイ7月28日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/234203
権力者の疑心暗鬼ほど恐ろしいものはない。以下の記事はネット版の表題だが、同日の朝刊には表題「政府も党も 進む『私的機関』化 選挙情勢・石破氏発言 内調が収集」「首相個人と『公』境界あいまいに 党大会映像 ほぼ首相のPR」で同文が掲載されている。対立者のスキャンダルネタを探したり発言の言葉尻を捕まえたり。「内調の現在の関心事は9月の自民党総裁選。安倍の対抗馬と目される(中略)石破茂の発言は、講演会など公式の発言に加え、非公開の場での発言も収集対象だ」「安倍を支持する人たちは、安倍に批判的な言動をする人を『公』への批判者と捉える」「安倍本人の意図の有無とは無関係に、政府職員や自民党関係者が『安倍私的機関』のスタッフのように動くことは、一般社会にも影響を及ぼしつつある」(本文引用)という。
☆「『日本版CIA』、首相演説ネタや石破氏発言まで官邸へ」朝日新聞7月27日
https://www.asahi.com/articles/ASL7S5QBKL7SUTFK023.html?iref=pc_rellink
そして、奢れる自民は以下のような発言を平気で垂れ流すようになる。しかし、どうなんだろう。安倍独断専制政治はたぶんかなり早く終わるのではないか、と思う。そのあとで自民党はどうするつもりなんだろう。そのときに安倍的圧政を持続できなければ、方向の如何は別にして、最終的には瓦解するしかないだろうに。
☆「安倍総裁3選支持の麻生氏『負けた派閥、冷遇の覚悟を』」朝日新聞7月4日
https://www.asahi.com/articles/ASL6T53PXL6TUTFK014.html
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2018年08月03日

日々変化していく状況に遅れないために

8月1日の「プルトニウム上限47トン」で触れていないものにつき、記録の意味で書いておく。1面「日本はPuを国内に約10・5トン、再処理を委託した英仏に約36・7トン持つ」「3年後に完成する予定の再処理工場がフル稼働すれば、年間約7トンのPuが取り出される」「(電事連は)原発16から18基でプルサーマルを導入すれば、再処理工場がフル稼働しても保有量を減らせると試算する」。3面「英国で保有するPuについて、(英は日本が)『十分にお金を払う』ことを条件に引き取ることを提案」「だが、電力会社は否定的」「政府関係者も『あくまでプルサーマルで燃やす』と言う。お金をかけて取り出したPuを『資源』として利用する核燃料サイクルの前提に矛盾してしまうからだ」「欧州では、英国に余剰分を引き取ってもらう動きが広がる」「12年、ドイツは英国に保有する4トンのPuを引き取ってもらった。英国はスウェーデンなどからも引き取っている」「77年に再処理をやめた米国も、解体した核兵器から出たPuの処分に悩む。MOX燃料にして使おうとしたが、予算超過などで16年に加工工場の建設を断念」「(英の)約21トンは、現状では日本に持ち帰るのが難しい事情もある。英国のMOX燃料工場は2011年に閉鎖され、燃料に加工できない。燃料に加工する前のPuを日本に輸送すれば、核拡散への懸念から国際問題に発展しかねない。このまま『塩漬け』になれば多額の保管料を払い続けることになる」(若干要約含み本文引用)と、ここでも日本的「無謬性」神話の呪縛ゆえに、核燃サイクルを進める以外の道が閉ざされている。
以上のことは原子力市民委員会の「原発ゼロ社会への道2017ーー脱原子力政策の実現のために」の136ページ「3.2.3 プルトニウム」に記載されている内容とほぼ一致するか、またはもうすこし具体的に事態が進んでいることを示している。また、関連で8月1日、下記の記事にあるように、廃炉ごみに関する規制基準案が原子力規制委員会で了承された。「活断層や火山の影響が想定されない場所で、深さ70メートル以上の地下に埋め、放射線の影響がほぼなくなる約10万年後まで保管することが柱。原発の廃炉で出る低レベル放射性廃棄物は、放射能の強い順に『L1』から『L3』に3区分される。今回の基準案の対象はL1で、制御棒や燃料集合体を入れるケースなどが該当する。東京電力福島第1原発事故後の規制強化で廃炉が相次いでいるが、これまでL1の規制基準はなかった」「廃棄物は埋設後約300〜400年間、地下水に放射性物質が出ていないか定期的に監視する。その後は、国の許可なく処分場周辺を掘削することを禁じる」(本文引用)。低レベル放射性廃棄物というが、2017年版「ゼロ社会への道」148ページ「3.3.4.2 廃炉廃棄物の区分と量」には、「L1=α核種1000億、β・γ核種1京(以下各ベクレル):L2=α100億、β・γ1000兆:L3=α – 、β・γ100億」と書かれている。また、「3.3.4.3」にはL3といえども含有核種が凄まじいものであることが書かれている。
今回の基準案の対象はL1。同「道」150ページ「3.3.4.4 中深度処分」に、16年8月に規制委がまとめた「炉内等廃棄物の埋設に係る規制の考え方について」を元にした解説がある。これについては、2014年版「原発ゼロ社会への道」の「3−7 プルトニウムの処理・処分」「3−8 高レベル放射性廃棄物の処理・処分」「3−9 低レベル放射性廃棄物と各施設の処理・処分」と対照して、ここ数年の進展状況とそれへの運動側の対応を新規に練りなおす必要がある。事態は刻々と変化している。その変化に対応することで、原発への向き合い方が錆びつかないように努力したい。
☆「規制基準案 廃炉ごみ、地下70m以深で10万年保管」毎日新聞8月1日
https://mainichi.jp/articles/20180802/k00/00m/040/070000c
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2018年08月02日

異次元緩和策修正=ダメノミ逃亡?

昨日は詳しく触れなかった日銀の政策修正について、今日の「社説」から考えてみる。表題は「日銀政策修正 不透明さ増すばかりだ」。まず引用「3年まえに達成するはずだった『2%』の物価上昇目標は、今から2年後の20年度でも手が届きそうにないという」「煎じ詰めれば『時間はかかるがいずれ達成する』という以上の説明はない」「今回の決定で、すぐにも具体的な変化につながるのは、長期金利操作と上場投資信託(ETF)買い入れの弾力化だ。いずれも『異次元緩和』の副作用を減らす狙いがある」「長期金利操作の副作用としては、値動きがなくなることで国債市場が凍りつくことや、金利低下で金融機関が経営困難になることが挙げられてきた」「ETFは、買い入れ額を弾力化し、より幅広い銘柄からなるTOPIXを主体にする」「なぜ現時点までそうしていなかったか、という反省はないのだろうか」「方針転換をしながら、自分たちは常に正しかったという『無謬性』にこだわる。そのあまり、政策は屋上屋を架した迷宮と化し、不透明さが増していく。それでは目的地も遠のくばかりだ」(本文引用)。ラストの無謬性にこだわるという部分はまさに日本的体質。このごろCSで時代劇をよく観るが、江戸物で「無謬性」を装う武家社会の姿にしばしば出会う。そして思う。明治以降は封建体制が一新されたと信じていたが、150年後の現在でも「無謬性」神話は連綿と息づいているなあ、と。
10面「経済気象台」には「金融緩和の転換点」の記事。冒頭、日銀の金融政策決定会合を受けて、市場の関心は「日銀が長期金利の上昇を容認するかどうか、株の買い入れが変わるかどうかだ」「結果から言えば」「今回の発表による大きな市場の動揺はひとまず避けられた。しかし」「金融緩和の転換をめぐり市場は疑心暗鬼に陥っている。疑心が生まれる背景の一つは米国が世界を相手に仕掛ける貿易戦争だ」「今のところターゲットは中国の人民元かもしれないが、その矛先が日本や欧州に向けられる可能性は否定できない」「この数年の日本経済の好調さを支えたのは円安だ。ところが円安でもうけている大企業はもうけを社内に留保」「その結果、物価上昇は限定的」「金融緩和が物価上昇につながらないうちにその限界が見え」「金融緩和を求める声は国内の銀行業界からもあがっている」「今のような低金利環境では融資を行っても高い経費をまかなえないからだ」「後から見れば今が金融緩和の転換点になるのかもしれない」(本文引用)。ラストの部分は「社説」とつながる。無謬性にこだわって、政策は屋上屋を重ねた迷宮と化し、目的地はどんどん遠のいていく。「後から見れば今が金融緩和の転換点になる」が、いまは曖昧模糊のままさながら坂道を転げるが如し。だれも火中の栗を拾うことなく、「あのときもっとしっかり決断していれば」という識者の語る声が、未来の混沌の空に虚しく響く。
7面「日銀の緩和修正 今後の影響は?」で経済の専門家が語る。両者ともほぼ同じような見解を示す。H氏「『短期決戦』から『持久戦』になるのはやむを得ない」「今後は、緩和が続いている間に、景気後退が始まる可能性が高い。リーマン・ショック級でなくても、次の景気後退局面では金融機関への副作用が噴出する恐れがある」、K氏「日銀は事実上の正常化にかじを切ったといえる」「長短金利操作は次第に崩れていくだろう」「2%達成には白旗を揚げたようにも見える。2%を短期から中長期目標へ柔軟化する布石なのではないか」(本文引用)。ここでフト思い出すのは以下の記事。あの33兆円は今度の日銀決定とどんな関係になるのか、と。ついでに同7面「自民党総裁選」に16年5月の伊勢志摩サミットでG7各国首脳に手渡された出所不明のデタラメ資料についての記載があることに注目。なんと首相秘書官の今井尚哉氏らが作成したと、さりげなく書いてある。どこの誰が書いたんだと騒がれ、G7首脳もあきれていたっけな。
☆「日銀が33兆円過大計上 安倍首相『家計は豊か』のデタラメ」日刊ゲンダイ7月29日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/234314
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2018年08月01日

あいまいでなにが目標だかわからない

4面月刊誌広告に目を剥いた。「安倍『賞味期限』はいつまでか 総裁選でかくも必死になる理由」とあり、惹句に「圧勝と予想されるのに、現役首相が総裁選に全力を挙げる見苦しさ。3期目早々の『死に体』化を恐れるからだ。『進次郎イジメ』まで始めたが、かえって地方党員の離反は進む。一強は名ばかりだ」とあり、なんだか小気味良過ぎて笑ってしまった。追加は「財政秩序を『放棄』した財務省 ー 国難招く『次官人事』全真相」「総裁派閥『清和会』に人材なし ー 後継育成ができない安倍の限界」「通商外交『亡国』の安倍政権 ー 米国の狼藉に無抵抗の『腰抜け首相』」さらにオマケに「白けて空疎なる『安倍三選確実』政界スキャン」ときてふと4面の新聞記事に目をやると「2018自民党総裁選 参院竹下派 石破氏支持傾く 竹下氏と近く直接会談」とある。これはもう絶妙の配置。工夫してるね、と思った次第。
3日前のブログで「認識しておきたい要点」「それは強権政治がかならずしも盤石ではないこと。なにやらほころびを感じさせること」と書いた。3日前は独り言みたいな感じだったが、いまはそんなふうに考えるのがいるんだってことだけで十分。そして我が家購読紙を改めて眺めると、「ほころび」がいっぱいぶらさがっている。1面に「日銀、緩和策を修正 副作用に対応 金利上昇容認」中見出し「謝り認め簡潔に説明を」、「プルトニウム上限47トン 原子力委 現有分削減には課題」があり、関連記事が各面にどっさり。7面には「経産省『下請け』化」中見出し「外交手土産 官僚が奔走」「エネ政策 官邸の枠内で」。今日は面白い記事がオンパレードだね、と思いつつ、全体に難しい内容ばかりなのが、少し気になった。
判るためには記事を丁寧に読まないといけない。日銀記事の場合、「大規模な金融緩和策の修正を決め」「一定の金利上昇を容認し、株高を支えている上場投資信託(ETF)の買い入れを見直す。金利の下がり過ぎや株価の歪みといった緩和の副作用が無視できないためだ」「新たな物価見通しでは達成は2年以上も先」(本文引用)とあり、黒田日銀の異次元緩和策の失敗が明らかとなったのに、総裁の説明がややこしくて、シロウトにはわかりにくい。で、「視/点」が1面に出て「誤り認め 簡潔に説明を」ということになるのかな。2面「時時刻刻」の「日銀 追い込まれた末」には、長期化する異次元緩和策の副作用を減らすのを目的としつつ、事情が混乱しないように今後も低金利を続けるという「どっちつかず」のため、「米欧が金融緩和を終える『出口』へ向かう中、日銀は取り残されるばかりだ」「黒田総裁は(中略)『長期金利について、ちょっと変動しても差し支えないとするだけだ』『これまでの基本的な考え方をより明確にしただけだ』」(本文引用)とある。その結果、どうもあちこちから反発が出ている模様。
プルトニウムの話に移ると、記事にある「上限47トン」とは現状の保有量を超えないようにするという意味で、それについては6月17日当ブログ「日米原子力協定自動延長のその先になにが?」で「米の削減要求に対して『保有量を増やさない』『プルトニウムを使う量に応じて再処理できる量を制限する』という妙な目標」「違うでしょ。削減要求だよ。誤魔化しちゃあいけない。本音、減らす気なんかないのと違うかね」と書いたっけ。やっぱり減らす気なんかなかったんだと思うばかり。日銀の異次元緩和策と同じで、すでに出来上がってしまったプランを変更するのが大変な国なのだ、ということを再確認させられる。最初の話に戻ると、首相もここまで惨めったらしくなってまで、なんで権力の座にしがみつくのかね。「死に体」で「改憲」を成就させ「勇退」するなんてヘンテコな引き方はありえない。みっともないだけの人生を選ぶか、まだしも「ここまで頑張ったけど惜しくも倒れた」くらいの心意気で終わった方が身のためかもね。いまのままでは薄汚くみえるだけだよ。
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2018年07月31日

松本龍氏について想うこと

ブログ記事を調べると12年9月29日に、「復興担当大臣であった松本龍氏が広域処理の指示を出したのは、阪神大震災のあとで厚生省がつくった『震災廃棄物対策指針』に基づいていたという。昨年7月頃の、まだ事態が混沌としていたときのことであり、放射性物質の拡散について、おそらく大臣自身はそれほど深い認識はなかったのではないかと思われる。大臣の指示に従い、環境省は広域処理に突っ走った。ここでやはり問題になるのは、官僚がどれだけがれきの汚染について把握していたかということだろう。放射性物質のみならず、各種有害物質が混然となったがれきである。官僚が優秀なら、案を具体化していく過程で、やみくもな広域処理が適切かどうかに気付き、大臣に提言し修正を加える余地は、本来なら残っていたかもしれない。だがしかし、大臣は短期間で辞任させられてしまった。広域処理の指示だけがそのまま継続されていった・・・なるほど、ことが混乱した背景にはこういうことがあり得たか、というふうに気付かされた」とある。
☆「ボタン掛け違えてもカエルのツラ」
http://ji-ji-wanwan.seesaa.net/article/294710190.html
松本龍氏は不運であったというべきか。彼が復興相を辞任するきっかけとなった村井宮城県知事との面会時における激しい口調には、新聞記事で見たブログ主も首をかしげたものだった。しかし記事にはしなかった。なにかしらの思いがあって書く気にならなかったのだが、すでに7年余が過ぎて記憶は鮮明でない。かなりの暴言ゆえに怒りが湧いてきそうなものを、そうならなかったのは、自分の感覚の奥深いところがなせるワザだったのだろう。以下の記事を見ると、死者に鞭打たない記事の常という側面はあるものの、彼本来の優しさと、それとは矛盾するような言動の持った意味を垣間見せてくれる。
☆「追悼・松本龍元復興相 サングラス会見、サッカーボールを蹴って被災地放言の裏に隠された意外な素顔」アエラ7月24日
https://dot.asahi.com/dot/2018072400064.html
以下の記事の表題にあるように、彼はたしかに感受性が強過ぎた。「復興相時代、被災地の知事を怒鳴り付けて辞任に追い込まれましたが、当時の高圧的な姿など想像もできないほどやせ細ってしまって」「晩節を知る知人は『失言問題以降は失意のどん底。心身ともにつらい日々でした』と嘆く」「震災発生当初から防災担当相として被災地に入り、『子供の命を返せ』などと被災者に責められていた。赤坂の議員宿舎に戻ると、『俺に任せておけ』『助けてやる!』と叫ぶ声が部屋の外まで聞こえた。(6月に)復興相になる前からノイローゼだったんだ」「失言問題直後に九州大病院に入院し、『気分障害による軽い躁状態』と診断された。旧友は『(中略)感受性が強すぎて被災地の惨状に耐えられなかった』と語る。周囲の反対を押し切って『ボロボロになっても被災地に尽くす』と12年の総選挙に出馬するも落選、政界から身を引いた」(本文引用)。彼の辛かっただろう日々が思われる。
☆「感受性が強すぎた復興相、松本龍は失意のどん底で亡くなった」文春オンライン7月26日
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180726-00008272-bunshun-pol
翻って近頃の国会である。人間を「生産性」の枠内で裁断して恥じない議員。大豪雨災害の真っ只中で酒盛りをし、その後の会見で酒盛り中でも指示を出していたと弁明したもののすぐにウソがばれた大臣。「生産性」議員は自民党幹事長に守られ、まだ胸を張って議員バッジをつけている。ウソをついた大臣の背後では、2万人余の自衛隊員たちが指示を待って待機していたのに、なにもできなかった。首相とその周辺は言い訳・言い逃れ・詭弁・時間稼ぎ・責任転嫁に明け暮れ、言葉に字義通りの意味を持たせることもなくここまで来てしまった。感受性が豊かだった人は心に重荷を抱えて死に、無神経なツラが国の運命を左右する。やんぬるかな、末世の国!
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2018年07月30日

ヒトラー最後の1週間くらいかな?

4面「政治断簡」の「『政治の生産性』が毒す社会」は毒を含んで辛辣だ。内閣不信任決議案に対する自民党金田元法相の反対答弁「ただ反対のみを叫んだり、時間稼ぎを目的とする野党ではなく、建設的で提案型の野党がおられることは、国会を活性化し、政治の生産性を飛躍的に高めます」(本文引用)に対し「『政治の生産性』の毒性も侮るべきではない。自民党にはすでに毒が回っているし、社会にもじわじわとしみ出ている」「してもらったためしがない『丁寧な説明』。熟議をすっ飛ばし連発される採決の強行。国会に招いた参考人への『いい加減にしろ』というヤジ。横暴な与党に眉をひそめつつ、野党の抵抗は『無駄』だと嫌悪する世論。豪雨への警戒を気象庁が呼びかけるなか開催され、首相が出席した『赤坂自民亭』」(本文引用)。惨たらしさをいや増す政治の惨状を浮き上がらせる。いや、これは表面に出たものばかりで、大手の報道があえて書かない記事は他にもあるが、我が家購読紙では触れたことがないのか、残念ながら例示されない。
たとえば以下の記事は「政治断簡」以上に、厳しく「政治の非生産性」を断罪する。民主主義は肝心の党内にも皆無となっている。総裁選で対立候補を支持したグループには報復人事が待ち構えている。いや、それより先に猛烈な切り崩しがある。気がつけば、立候補の要件である議員20人を確保できなくなる。スキャンダルを洗い出し、脅しに屈しなければ暴露して貶める戦術も念頭にあるか。そんなにネチネチしなくても圧勝はほぼ間違いないのに、なんで自分の恥部を晒すようなことをあえてしてまで、対立するものを一掃したいのか。3)の記事は、その裏事情を暗示させる。すでに首相の体調はぼろぼろではないのか、と。本日4面に9行極小記事「首相、きょうは出邸」では「政府は29日、台風12号への対応を協議するため、30日午前に首相官邸で非常災害対策本部会議を開くことを決めた。安倍晋三首相は30、31日の2日間、首相官邸に出邸しないことになっていたが、同会議に出席するため30日は出邸する」(全文引用)。「政治断簡」の官邸ツイッターの記述では、BGM入りのPR動画が紹介されている。被災者の話を聞き、握手する首相の「1分動画」。そして、30日は休みたいのに、非常災害対策本部会議には30分にも満たないにせよ顔見せくらいはしなけりゃならぬ。いやいや、4)では、「西日本豪雨の中で開催された『赤坂自民亭』への批判が大きかったことから、警戒感を強めている」「安倍氏からすれば、12年は党員票では石破茂氏に敗れたという苦い経験があり、票の掘り起こしに躍起だ」「動静などにも載らない『極秘』の会合も目立つ」「岸田氏は不出馬を表明した7月24日の会見で、23日に首相と直接会談したことを明らかにしたが、この日の首相動静には、やはり掲載されていない。ここでも『極秘会談』が行われたとみられるが、菅義偉官房長官は7月25日の会見で『(首相は)会ったことはない、ということだった』と、面会の事実を否定している」(本文引用)。カケ理事長との極秘会談を首相動静を根拠に否定したのに、動静に載らない会談が現にあることを暴露する自爆的オソマツ。いよいよ浮かぶ末期の様相!
1)☆「安倍1強になびく"ゾンビ議員"たちの最期 政治が停滞し、利益追求が横行する」プレジデントオンライン7月28日
http://president.jp/articles/-/25777
2)☆「総裁選の票読みは安倍圧勝・・・早くも始まった壮絶“石破潰し”」日刊ゲンダイ7月28日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/234203
3)☆「気力も体力も限界か? 安倍晋三首相が判断ミスを連発している」フライデー7月28日
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180728-00010002-friday-pol
4)☆「動静に載らない安倍首相の『極秘会合』 相手から見えるその目的は?」JCASTニュース7月27日
https://www.j-cast.com/2018/07/27334880.html
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2018年07月29日

いまわたしたちはどこにいますか

8面の「社説」から始める。表題は「私たちの現在地 深まる危機に目を凝らす」。「うその答弁に文書の改ざん、言いのがれ、開き直りーー。民主主義をなり立たせる最低限のルールも倫理もない。異常な国会が幕を閉じて1週間になる。豪雨被害、そして酷暑に人々の関心は移り、不都合なもろもろを、このままなかったことにしてしまおうという施政者の思惑が、少しずつ、しかし着実に世の中を覆っていく。私たちの日本社会はいま、危うく、きわどい地点にさしかかっているのではないか」(本文引用)
「報道の本義は権力への鋭い視点」といった表現をどこかで読んだ記憶がある。この姿勢が必要なんだと思う。その姿勢が久しぶりに我が家購読紙に再登場したようだ。文章は次に「忠誠が生み出す罪悪」の副題で、現在岩波ホールで上映中の映画「ゲッペルスと私」の紹介に移る。登場する人物は映画製作時103歳。第2次大戦時にゲッペルスの秘書を務めていた女性である。「私は、言われたことを忠実にやっていた」「『私に罪はない』とポムゼルは言う。たしかに自分もその一人ではあった。でも、みんなが同じく加担したのだ、と」「アイヒマンを思い起こす人も少なくないだろう」「大きな流れの中で一人ひとりの罪の意識は薄まり、上に立つ者の意を踏まえた無責任の構造が、『悪』を行うことへの抵抗をなくしていく」「ナチスの所業と安易に対比することはできない。だが、森友問題でこの国の官僚が見せた態度に、相通じるものを見る」「もう一方の加計学園問題でも不可思議な話が尽きない」(本文引用)
モリカケにつなげていく論調は鋭い。例示される「奇怪な記録と記憶」(副題引用)は、すでに新聞読者なら記憶にしっかり刻まれているはずのもの。そして副題「手遅れになる前に」へ論評は続く。政権のひどい答弁や力まかせの悪法制定、憲法のねじ曲げなどを指摘し、それでも内閣支持率が高いことに言及する。引用すると長くなるのでブログ主の感想を入れる。つまり「大きな流れの中で一人ひとりの罪の意識は薄まり、上に立つ者の意を踏まえた無責任の構造が、『悪』を行うことへの抵抗をなくしていく」という先の引用が、庶民の末端にまで及んでいる可能性を、論評は暗に示している。末端まで浸透してくるころには罪の意識は極端に薄まり、ときには「いつでも被害者になれる」ところまで気分を行き着かせる。すべてが灰燼に帰したその後、徹底的に痛めつけられた心が残り、傷心をかかえて焼け跡に佇む。「私は被害者」と言いだす前に、せめて「あの時が来るより早く、小さくてもいい。声を上げていたら」という後悔の念を持ちうるか否か。いやそれよりも「この時」を捉えて意思表示する覚悟を持つことが、「私は被害者」などと言い訳するだけのか弱さを演じるよりずっと楽なのだと気付くのが最善の道と自覚したい。
「民主主義は、適正な手続きと真摯な議論の交換があって初めて成立する。その土台がいま、むしばまれつつある。危機の兆候を見逃したり、大したことにはなるまいと思ったりしているうちに、抜き差しならぬ事態に立ち至る。歴史が警告するところだ」「政治への関心を失わず、様々なルートや機会を通じて社会と関わり続ける。あきらめずに行動し、多様な価値観が並び立つ世界を維持する」「なんだか息苦しい。そう感じた時には、もう空気が切れかかっているかもしれないのだ」(本文引用)。この引用部分は、このごろふにゃふにゃだった我が家購読紙自身に向けられた刃の、鋭い切っ先でもある。
3面「参院竹下派、石破氏支持も」には、党内に異論を許さないほど狭量になった首相のただならない様子がみてとれる。こうして党内から異分子が消え、独裁で固められる。それがいつしか国会に広がり、さらに国民の末端にまで及ぶ。短編「最後の一句」の「お上の事には間違はございますまいから」に至る道筋を唯々諾々と受け入れるか、いま押しとどめるかの瀬戸際に、認識しておきたい要点がひとつある。それは強権政治がかならずしも盤石ではないこと。なにやらほころびを感じさせること。だから、いま!
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2018年07月28日

「五日市憲法」新井勝紘著:岩波新書

23面「読書」欄に「五日市憲法 新井勝紘<著> 民権国家の夢と明治の躍動映す」がある。評者の保阪正康氏は近代日本の草創期の選択すべき国家像は4つあったとし「1)先進帝国主義の後追い 2)帝国主義的道義国家 3)自由民権思想の国家創設 4)幕藩体制を継承する連邦制国家だが、明治初年代から10年代には民権国家の誕生もありえた。それほど自由民権運動は広がった」(本文引用)と書く。このあたりの歴史は不勉強でよくわからないが、50年ほど前、若干の議論の端っこに参加した記憶があり、まるっきりというわけでもない。そのかすかな影響ゆえ、最近になって「明治維新ってなんだったのか」という想いが強くなり、次第に国家権力上層部の内部争い(クーデター)だったのではないか、という説に徐々に近づいていた。明治維新というポイントに合わせただけの浅い考えだったが、この書評の一文「明治初年代から10年代には民権国家の誕生もありえた」に接して新しい考え方に目覚めさせてもらった。旧体制内のクーデター派によって引き起こされた変化が、次のステップへの可能性を開きかけた、ということがあり得たのかも・・・と。
「本書によると、全国の民権結社は、1874年から90年までの17年間で2128を超えたという。これらの組織が中央政府への自由民権運動の下支えになっていた、と著者は見る。つまり民権憲法擁護の勢力でもあったのだ」(本文引用)。ほほう、なるほど。クーデターによってはじまった変革の波は、そこにとどまらず、より広い人民階層を巻き込みながら、大きくうねっていこうとしていたということか。幕末の「ええじゃないか」騒動のなかにも、おそらく直感的な起こりはあったのではないか、などと想像した。「天から御札(神符)が降ってくる、これは慶事の前触れだ」(ウィキ引用)。この動きが維新後、どこへどう消えたのか、不勉強のままでいたけれど、パッと出てパッと消えるなんてことはあり得ない。「新憲法の制定は、伊藤博文ら政府の限られたメンバーで密室で行われたのに対し、民権憲法は各地の結社を中心に各層の公議公論によってつくられた、との分析は興味深い」「民権憲法が主流になっていれば、との思いに改めて駆られる」(本文引用)。2段階革命の可能性があったことを思わせ、その動きがまだ生まれたばかりの新権力を揺るがすものとなり得たとき、明治政権がかなりの危機感を持って弾圧に臨んだ可能性も感じ、その歴史を追いかけてみたくなった。これは現在にまっすぐ通じる物語のはじまりを理解する思考訓練の旅になる、そんな気がした。
五日市を地図で探すと、奥多摩湖に近く標高929メートルの御岳山のふもとにあった。八王子はそこから直線で20キロほど。テレビの娯楽番組で、江戸町奉行所の配下で昼行灯を装う闇の仕掛け人中村主水がしばしば八王子に飛ばされそうになって震え上がる場面がある。「えっ、あんな辺鄙なところへいくの?」というのだが、五日市はそれよりさらに辺鄙なところだったようだ。そこで五日市憲法という歴史に記されるべき優れた憲法が編まれた。幕末「ええじゃないか」騒動の自然発生的ポピュリズムから抜け出た本当のポピュリズム運動が、当時は打ち捨てられたかのような山村の中から、満身の底力を発揮して浮かび上がってきた。そう思うとなにやら希望が湧いてくる。目指すべきところが見えてくるような気がする。まだ気分であるだけだが、いま市民運動は課題から課題へ迷走している。その迷走に惑わされることなく、大きな流れを形成するための、細いけれども確実な水脈をつくっていく動きの大切さをひしひしと感じる。あ、この「水脈」という言葉、いまはあんまり好きじゃないんだよね。どうしてこんなおかしな先祖返りが起こるのか。現在の政権の迷走が過去の亡霊を引っ張り出したというべきか。これも明治維新がなんであったの、その後の時代がどのようにつくられ、どのようにここまできたかを知る、ひとつのサンプルではあるのだと思うけれど。あの人の存在そのものがマンマ亡霊なんだよな。
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2018年07月27日

なにやら悪意を持った時代の中で

なぜか6日の7人以上にびっくり。わずか20日の間隔しかないことに驚いたのか。それともあわせて13人という人数に仰天したか。12面「オウム 終わらない」の副題「真実 わからないままに」にあるように、なぜ事件は起こったかという問いが解かれないまま、すべて闇の向こうへ消えていくからか。上川氏の法相在任中の死刑執行が16人と最多になることに単純に驚きを禁じ得なかったからか。これに大きく反応しない世間を感じたからか。上川氏の「個々の死刑執行の判断に関わるので答えは差し控える」というぶっきらぼうな説明にも違和感を覚え、被害者や遺族への配慮を枕に、裁判所の審理を防壁にしたうえで、「慎重な上に慎重な検討を重ね、執行を命令した」(本文引用)という言葉の用い方に、責任を他者に転化し、中身を語らず、国際社会からの批判にも向き合わない、つまり現政権の基本姿勢と酷似するものを感じ、これらすべてが重なって、胸の内に思いわだかまりを生じたからか。個人的な感情としては、通算16人もの人生を順に閉じさせることができるこの人の神経に、ある種の脅威を禁じ得なかった。
☆「上川法相『1カ月2度の死刑執行初めて』 24日に署名」朝日新聞7月26日
https://www.asahi.com/articles/ASL7V43J0L7VUTIL022.html
28面「オウム法廷 すさんだ時代の象徴として」に、近ごろとみに主張が曖昧になった我が家購読紙には珍しい文章がある。「もともとはこの社会に居場所がないと、世界を放浪したり、大学での勉強の生活を放棄したりし、出家した青年たちだった」「彼らが行き着いたのは、社会に『救済』という名の戦争を仕掛けてたくさんの人を殺すことだった」「彼らの言葉を聞きながら思ったのは、人が人を崇拝し、その前に服従するということの醜さ。そして、組織、集団が暴走を始めたとき、人はどれだけそれに抵抗し、流されずに踏みとどまることができるだろうか、ということ」「まるで事件をきっかけにしたかのように、すっかり変質してしまった私たちの社会を思うとき、彼らに対する国家の報復措置によって、さらに傷口を広げてしまったのではないかと、私は心配する」「オウム事件はこの大量処刑とともに、私たちのすさんだ時代の象徴として、改めて記憶されていく」「しかし、なぜ私たちの社会に、私たちの時代に、あのような集団が生まれ、事件が起きたのか。私たちはその真相を知る機会を永遠に無くしてしまったのかもしれない」(本文引用)。オウム事件とその関係者の一斉大量処刑は、時代の先駆けをなす出来事だったのだろう。いまは同じ質を纏ったものたちが、国家という巨大な組織を使って究極の完成形を目指している。その中心にある存在は、自分以外のものが同じことをやらないように、社会全体にきついタガをはめようと、あれこれ画策することに余念がない。「首相動静」をみると、彼は総裁選圧勝に向けて阿修羅と化して全力を注いでいるようだ。まさにゴーイング・マイ・ウェイ=強引愚昧道!
☆「総裁選3選へ着々 安倍首相の“戦略”は?」日テレNEWS24:7月24日
http://www.news24.jp/articles/2018/07/24/04399585.html
ただ一人残った石破氏は出馬で冷遇されるのも覚悟か、対立色を強める。岸田氏が出馬を見送ったあと「ものすごい苦悩があったと思う。かつて、中川一郎先生が総裁選にお出になった後、自ら命を絶たれたことがあった。それほどつらく、苦しい決断の末に岸田さんの判断があったと思う。新聞報道でしか私は存じませんが『今さら何だ』『扉が閉まる前に駆け込んだのか』『岸田派なんて人事で徹底的に干せ』、何ですか、この自民党は」(本文引用)。この人は好みではないが、いっそもっとやれと言いたくなる。
☆「石破氏「『岸田派を干せ』とは何ですか、自民党は」朝日新聞デジタル7月26日
https://www.asahi.com/articles/ASL7V72DVL7VUTFK01B.html
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2018年07月26日

国内はいよいよ混沌の度を増すけれど

以下の記事は、いろいろな統計資料を使って今回の猛暑に迫る。正解かどうかはわからないが、けっこう可能性があるような気がする。ただし、寒冷化説がどんな見解を出すか見極めたい気分。気候変動は温暖化説、寒冷化説どちらの場合でも有りうるとしていたように思う。寒さが厳しければ寒冷化説優位、暑さが厳しければ温暖化説優位という主観だけでウロウロするのは止めよう。さらに国際政治の局面から見ると、いまは温暖化説のなかでも脱原発を志向するグループが主流を占めており、その動きに棹差すのは、客観的に得策とは思えない。ヨーロッパは地政学的にみて脱石油を目指すのが妥当だ。まして寒冷化説には原発推進派のテコ入れがあり、核融合炉の実用化がカギを握る。また、石油資源は十分あるという主張では、中東の混乱に距離を置けない。寒冷化説は原発推進派の介入を食い止め、中東の石油戦争を収束させる策を同時に深く考察する必要がある。原発推進派の生き残りに手を貸さないためにも・・・。
☆「なぜこんな暑い夏になったのか・・・究極の原因が判明」GIZMODO:7月25日
https://www.gizmodo.jp/2018/07/find-out-wthats-really-warming-the-world.html?utm_source=facebook&utm_medium=feed&utm_campaign=bcb49ca441ae2cebfba476af8badb734
世界中に金をばら撒きすぎた政権は、猛暑の中、義務教育の場で学ぶ生徒たちの健康管理もできないほど関連予算を痩せ細らせた。市町村が小中学校の設備整備をする際に国に申請する「学校施設環境改善交付金」制度で、愛知県では空調設備を申請した67校全部が認められなかった。「文部科学省によると、昨年度の補正予算と今年度当初予算で約2000億円を概算要求し、認められたのは約1344億円という。担当者は『一般的に冷暖房の設置より耐震化の方が優先される。よりよい教育環境の提供のため予算の確保に努めたい』としている」(本文引用)。外交のアベは金をばらまくことで世界の歓心を買おうとしたが、国内は放ったらかしでも支持率は下がらん、とタカをくくっていたわけだ。
☆「<愛知県>国の空調交付金67校申請で認定ゼロ 知事明かす」毎日新聞7月23日
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180723-00000091-mai-soci
下の記事ではいよいよ見るも無残に破綻していくアベ政治を「いずれ日本は、見るも無残なガラパゴス状況に陥ってしまうだろう」(本文引用)と喝破する。新エネルギー計画では、2030年の電源構成で約30基の原発の稼働を目指している。記事にはないが、それを根拠づけるため、2021年には決定的に電力不足になる、とする見方が示されている。理由づけの背後で、基幹電源と位置付けている石炭火力を停止する算段でおり、大手電力や主要銀行はその目論見に向けて着々と準備を進めている。
☆「エネルギー政策は支離滅裂でカジノが成長戦略の安倍政権」日刊ゲンダイ7月25日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/233949
その一方でこんな記事が出る。
「安倍首相 総裁選で敵対した者は推薦人含め『干す』覚悟も」(NEWSポストセブン7月24日)
党内で異論が出るのを恐れるのか「総裁選で敵対すれば“推薦人を含めて干し上げる”という覚悟を示した。推薦人の締め付けで野田聖子・総務相を出馬できなくしたうえで、ライバルを石破茂氏1人に絞って圧勝する戦略だ」(本文引用)という。岸田氏さえ以下のような仕打ちにあう。八百長試合との噂もある中、冷血というより内心にある怯懦の気分が彼を動かしているのか。末期の政治!
☆「迷った岸田氏、何も得ず 首相は不信感、宏池会冷遇も」産経ニュース7月25日
https://www.sankei.com/smp/politics/news/180725/plt1807250008-s1.html
☆「側近も欺いた岸田政調会長の総裁選不出馬 野田総務相も消え、官邸が用意する意外な『かませ犬』」週刊朝日7月25日
https://dot.asahi.com/wa/2018072500019.html
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2018年07月25日

言葉と感性の隙間を埋めていく試み

10面「社説 LGBT 自民の認識が問われる」が興味深い。「自民党の杉田水脈衆院議員(比例中国ブロック)が『「LGBT」支援の度がすぎる』と題した月刊誌『新潮45』への寄稿で、同性カップルを念頭にこんな持論を展開した。『彼ら彼女らは子供をつくらない、つまり「生産性」がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか』」「さまざまな性的指向を認めれば、『兄弟婚を認めろ、親子婚を認めろ、それどころかペット婚や、機械と結婚させろという声も出てくるかもしれません』という主張」「驚いたのは、昨日の二階俊博幹事長の記者会見である。『人それぞれ政治的立場、いろんな人生観がある』『右から左まで各方面の人が集まって自民党は成り立っている』 杉田氏の見解をまったく問題視しない考えを示した」「杉田氏はSNSで自身への批判が広がった後、ツイッターで『大臣クラス』の先輩議員らから『間違ったこと言ってないんだから、胸張ってればいいよ』などと声をかけられたとつぶやいた。こちらが自民党の地金ではないか」(本文引用)
同面「どう思いますか がんとともに」に、慢性骨髄性白血病と診断され、職場で上司に報告したところ、その日から勤務時間や給料を削られ、ついに退職に追い込まれたとの事由が語られていた。上司に問うたところ、体を気遣って配慮しているとの言葉が返ってきたという。気遣って配慮した結果が退職へ追い込むことか。退職とは働く機会を奪うことであり、生きるすべを失わせることであり、それは配慮というより紛うかたなき切り捨てのこと。杉田水脈議員の寄稿文にせよ、がん患者を邪魔者として切り捨てようとする労働環境とそれを維持するのに疑問を持たない上司にせよ、まずは自分が疑いなく「正常」の範囲にいて、そこにある秩序を維持するために正しい判断ができる人間であるという不動の前提があって、自分はそれによって守られているからその規範を大切にするという、恐ろしく固い塊の存在を感じる。いや、いつか自分自身がその固い塊に拒絶される時が来るかもしれない不安を胸の奥に秘めているが故に、頑なに規範を守り、同時にその規範が揺らいだらいつのまにか揺らぎにあわせて変化していく器用さも持ち合わせている。そんなご都合性も同時に持っているのを感じた。
いやいや、自分の中にもそんなご都合主義が潜在する可能性を感じて震えてしまう暑い今朝、1面「天声人語」の言葉がいつにない重みと共に心に響く。「数十年に一度の雨。そんな言葉を前に、人は『仕方なかった』と考えがちだ。そうではなく、もっと救える命はなかったかと振り替える作業が要る。次に備えるためにも」(本文引用)。「仕方ない」は己が心の崩壊を防ぐ魔法の言葉。この国に生まれ育った人々のうち、支配階級として保証された者以外のほとんどが叩き込まれてきた、被支配者として生きる知恵、無力感に苛まれたあとでもそこに立っていられる最後の方便。いつか読んだ「てんでんこ」に、500メートル離れて津波の情報さえ知らないまま家に閉じこもっていた人々の有りようにも通じる気持ち。支配者の手先となって、そんな気分を恐ろしく乱暴に引っ掻き回す、タイコ持ちたちの哀れな姿。今日の3面「てんでんこ」には、「仕方ない」を打破する試みの着実なありようを感じ、注目した。
蛇行する川が氾濫して一直線に住宅地帯を押し流していく。復興のために二つの川を残すか、元の流れに戻すか。川べりはコンクリート護岸にするか、自然を回復させるか。九州北部豪雨の「調査・復旧・復興支援団」は、言葉でも圧力でもなくイメージそのもので受け止められるよう、発泡スチロールで集落模型を作り、住民の納得を得た。なるほど、言葉は感性の外化したもの。それゆえ現代人にとって、言葉から出発して感性が触発されるところまで戻るのは容易なことではない。タイコ持ちたちは、言葉とイメージの隙間を突いて、被支配者に混乱を持ち込む。突破口はここにあるかもしれない、と思った今日!
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2018年07月24日

魑魅魍魎の思惑入り乱れて続く災害的現実

1面トップに「『災害級』41・1℃ 熊谷国内記録」とある。気象庁は昨日夕方、緊急記者会見を開き、「命の危険がある暑さ。一つの災害と認識している」(本文引用)と危機感をあらわにした。昨日の昼間、ブログ主は県道をおよそ1時間かけて某所まで車で走り、その途中の道路標識の温度表示を見て驚いた。41℃もあるじゃないか。決められた観測地点の外で、知らない間に「災害級」の高温状態になっている。西日本豪雨を「数十年に一度の重大な災害が予想される『大雨特別警報』」とし「6日から7日にかけて9府県で(警報を)出した」が、今度は記録的な暑さを「災害級」として危機感を示す。7月に入ってから異常気象による災害がずっと続いている。近頃はすぐ「首相動静」に関心が向いてしまうようになっており、23日分を見ると、なにやら忙しげに人と会っているけれど、特に「災害級」に関係する対応はしていないようだが、いいのかね。また、対応遅れになるんじゃないのかね、などと心配したりして。気象庁は今日の記者会見で、長い目でみて「地球温暖化」との関係があると指摘していたほどの事態なのにねえ。
話は飛んで7面「原発新増設『とても競争力持てない』 IEA元事務局長 原発推進派の田中氏」の記事に注目。「原発を新設した場合、『(経済性の)競争力は太陽光発電に比べてない』と指摘」「IEAが昨年の報告で『多くの国で太陽光が最もやすくなる』と指摘したことにショックを受けた」「原発の新増設について(中略)『1基1兆円以上かかり、べらぼうに高い。とても競争力を持てない』と述べ、新増設に否定的な見方を示した」「柏崎刈羽原発の再稼働は『難しいだろう』」「米国などと共同で、経済性のある次世代原子炉の開発を進め、信頼回復に努めるべきだとの考えを示した」(本文引用)と、これは自然エネルギー財団が主催したシンポジウムでの発言。彼の言にも興味があるが、IEAが去年、新しい報告を出しているとはつゆ知らず、「さっそく探して読もう!」と思った次第。
同7面に「石炭火力投融資 大手銀が見直し 環境への配慮無視できず」の記事。各大手銀行の対応に違いがあるけれど、それは細かいこと。「背景には、地球温暖化対策の国際枠組み『パリ協定』を受けた動きがある。欧米を中心に、投融資をCO2排出の多い石炭火力から、再生可能エネルギーへ移す金融機関が相次いでいる。欧米に比べて目立って石炭火力への融資が多いとされる日本勢も無視できなくなっている」(本文引用)。某銀行の元取締役で気候変動に関する有識者会合の座長の弁「石炭火力融資を続け、環境意識の低い銀行だと国際的にみられれば、格付けが下がったり、投資家から敬遠されたりといったリスクを今後は負うことを邦銀は認識する必要がある」(本文引用)
「へえ〜」である。気候変動の有識者が銀行の元取締役だったとはねえ。銀行以外のことにもずいぶん造詣が深いんだ、などと皮肉を言ってる場合じゃない。気候変動を「ソロバン勘定」で論じる会議なんだね。そういえば元IEA事務局長も東大経済卒の経産官僚。原子力関連の仕事にも長く就いていた人だ。両者の考え方の基本が「ソロバン勘定」。大手銀も、「ソロバン勘定」で政府との関係に距離を持とうとしている。政府が新しいエネルギー計画で石炭火力を「基幹電源」と位置付けた。それをにらんで、政府が支援するなら投融資しないでもないが・・・などと国に色目を使う。同面「再エネ比率『30%に』提言 政令指定都市の協議会」では政府のエネルギー基本計画が再エネの「主力電源化」を掲げつつ、目標を低く設定している矛盾が批判されている。大手銀が懸念する「ソロバン勘定」的リスク。金がかかりすぎる原発新増設。問題山積みで2020年発送電分離の時期が近づく。国の支援がないと維持できない原発を抱えてひたすらあがく大手電力。魑魅魍魎入り乱れながら極端に暑い夏、極端に寒い冬が続く。嫌だねまったく!
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2018年07月23日

暑苦しいし報道統制は酷いし強引愚昧道だし

それにしても我が家購読紙の惚けた状態は如何ともしがたい。いつからだったかな。調べるのも面倒で、ざっと考えて7月に入る直前くらいからだったか。あの政府広報紙みたいなおぞましいヤカラにまで落ちぶれてはいないものの、読むべき記事のないことといったら、あまりに酷過ぎて目を覆うばかり。もしかしたら、あの有名な寿司友グループに、会社経営陣が丸ごと飲み込まれちまったか。よく見れば並み居る週刊誌も現在はおしなべて腑抜け状態。商売だから仕方ない面はあるにせよ、「政府ヨイショ紙にまで堕落していないだけマシ」では本気のところ認めがたいんだな。「まともに戻ってくれないと、他紙に変えてしまうぞ!」と叫びたくなる今日この頃。暑苦しい日々が続く。
☆「信頼度は"最低"?『朝日新聞』凋落の理由と復活へのたったひとつの道」週プレニュース7月14日
https://wpb.shueisha.co.jp/news/politics/2018/07/14/106586/
以下の記事を載せたのは東洋経済誌。表題に「止まらぬ『ゴーイン(強引)グ・マイウェイ』」とあるが、せめて「強引(ゴーイン)愚昧(グマイ)道(ウェイ)」ぐらいにしてほしかった。311後の補正予算成立過程を参考にすると、被災地域が広く被害額の算定に膨大な時間がかかると想定されたため、当年度と次年度予算の予備費を活用。次年度第1次補正予算は年度を超えた4月22日に閣議決定し、28日に国会提出。5月2日に成立した。その後、2次3次の補正があり、(調べきれていないのでよくわからないが)10兆円以上の巨費が震災復興に投じられることになった。今度の大豪雨の場合、発生時期が年度のなかばにあり、原発事故こそ重なっていないものの規模の広大さにおいては東日本大震災を超え、被害は甚大を極める。しかも猛暑が続き、世界的な気候変動の状況から大豪雨はさらに続発するおそれがある。復興に取り掛かるべき地域がさらに次の災害に直面する可能性も否定できない。
そんな中で、なんとか国会を乗り切った首相は、次は災害復旧の大仕事に・・・と思いきや、モリカケなんか眼中になし。心はすでに9月の総裁選に移ってしまったかのような雰囲気である。いや、総裁選も反旗を翻したものにはそれなりの制裁がありうるみたいなことをほのめかし、陣笠議員の拡大にこれ務める日々に突入している。まずは総裁選圧勝。それをてこに、参院選前の改憲発議にこぎつけておけば、「2019年の秋口にも国民投票で改憲を実現できる」「さらに、党内では『一気呵成に年内発議に持ち込めれば、来夏の参院選と同時の国民投票や、衆参同日選と国民投票のトリプル選挙の可能性すら出てくる』(自民幹部)との憶測も出始めている。首相の3選後は、天皇陛下退位に絡む皇室行事や東京五輪の日程などからみて、『衆院解散のチャンスは来夏か2020年秋の2択となる』(首相経験者)とみられており、首相にとって来夏の衆参同日選も有力な選択肢となるからだ」(本文引用)
東洋経済記事は、野党の弱体化が極限にまできているといった表現に収束しており、そのうえ大災害が続いても対応さえ間違えなければ政府の得点になると、すでに次の災害も含めてたかをくくっている状態。「『圧勝での3選は確実』と読む首相サイドは、『史上最長の安倍政権で憲法改正を実現し、東京五輪も成功させれば3年後の任期切れまで1強首相が続く』と自信満々だ。石破氏ら対抗馬をかつぐ自民党内の反安倍勢力も『このままでは来夏の参院選も自民が勝ち、首相の1強体制は崩れない』とあきらめ顔だ。このため、永田町には『3選後の政局波乱は首相の体調不良しかない』(竹下派幹部)と慨嘆する声が広がる」(本文引用)。まさに強引愚昧道まっしぐら。体調不良だけはホントらしい。
☆「安倍首相『出馬表明はお盆開け以降』の裏事情 止まらぬ『ゴーイン(強引)グ・マイウェイ』」東洋経済7月22日
https://toyokeizai.net/articles/-/230430
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2018年07月22日

従来の災害と同程度と思い込みたいの?

3面「改憲議論足踏み 今国会 自民案提示せず閉会へ」小見出し「改ざん問題で与野党対立」「首相周辺からは強行論も」の記事。自民党は「今国会で自民案を議論し、与党や改憲に前向きな勢力が衆参両院で3分の2を占めることが確実な来年夏の参院選までに発議する日程」(本文引用)を考えていた。首相が改憲案を示したのは昨年5月3日。今国会が召集された今年1月22日には、首相は自民党の両院議員総会で「結党以来、憲法改正を党是として掲げ、長い間議論を重ねてきた。いよいよ実現するときを迎えている」(本文引用)と息巻き、今国会こそ念願の憲法改正を発議できる最大のチャンス、と強く意識していた・・・ようだったのだが。
昨年ずっと続いたモリカケ問題は強引に抑え込めた、と思っていたらしい。だが今年3月に財務省の公文書改ざん発覚。内閣支持率の下落。その後も不祥事続出で、ニッチもサッチもいかなくなってきた。それでもなんとか降りかかる火の粉を振り払い、ようやく国会の終盤に至って西日本大豪雨災害が追い討ちをかけるように発生。このごろ首相の顔色にはツヤなく、表情も冴えない。彼にしてみたら、とうとうここまできたかという万感の思いと裏腹に、身から出たサビの不祥事が次々に出てくる。それをなんとか乗り越えたかと思えばまた次が。そして極め付けが大豪雨。被害がどんどん拡大中の夜にニコニコと飲み会開催。これでは格好がつかない、というわけで、全然気乗りしないが少しは「やってる感」を演出することになったのか。対策会議に申し訳でも顔を出し、聞こえのいいことをしゃべってすぐ退席。やる気ないから私邸でのんびり、と思ったら、サボりがバレちまったというオソマツ。もういやだ勝手にやってくれと駄々をこねるから周囲がソンタクソンタクと飛び回り、野党の災害対応による政治休戦提案をはねつけ、豪雨禍などたいしたことないかのように振舞って、なんとか改憲を次のステージに持ち込みたい構えなんだな、と、これはブログ主の主観的観測!
豪雨禍対策の補正予算を早急に決めなけりゃいかんのに、なにをしているのやら、本人の腰が重くてなかなか動きが見えない。今回の豪雨禍はこれきりでは済まず、8月9月と連続する可能性がある。そもそもこんな異常気象は地球規模の変動の一端に過ぎず、はじまりは過ぐる冬の大寒波からつながっているとみて差し支えない。以下の記事には、「今年6月は世界各地で異常な暑さを記録し、7月もその異常気象が継続した状態」「6月28日、オマーンのマスカット南部で1日の最低気温が42・6度という異常な暑さを記録した。アルジェリアのサハラ砂漠では7月5日に、最高気温51度を記録。観測史上最高の暑さだった可能性があるという。米国でも7月8日、カリフォルニア州にあるデス・バレー国立公園で52度を記録」「カナダ西部では突然冬の気候に逆戻りし、降雪を観測した地域もあった。気温は氷点下1度まで下がった」(本文引用)とある。昨日のブログに紹介した「今秋、エルニーニョ発生」の観測も重なり、事態は首相とその周辺が思うほど簡単なものではないのである。
☆「7月は世界各地で異常気象 WMO報告 『最低気温が42度』の地域も」ITmediaビジネス7月11日
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1807/11/news099.html
以下の記事には、今回の豪雨禍で発生した土砂災害は、広島県南部だけでも5000カ所もあったとある。全体ではどれほどのものになるか。いつものように統計数値のごまかしがなければ1万カ所を優に超えるのではないか。今回災害で数兆円規模の補正を要する災害という。それを一過性のものとみなして侮れば、いよいよ政権はドツボにはまる。政治休戦して本気で取り組めばよかったのに、東日本大震災と釣り合いが取れなくなるとみたか。姑息な判断が続き、瓦解の予感が漂う。
☆「西日本豪雨 広島南部土砂災害5000カ所超 分布図分析」毎日新聞7月21日
https://mainichi.jp/articles/20180721/k00/00e/040/265000c?fm=mnm
posted by ガンコジージ at 11:16| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする