2018年12月31日

ILCについての最近の動きなど

今年を終えるにあたって書き残していることをひとつ記しておきたい。それは朝日新聞のWEBRONZAに載ったILCについての記事だ。ILCについて当ブログが触れたのは2013年7月14日の「『核の錬金術』(誰も言わない恐ろしい話ー1)」が最初のこと。「ジュネーブのCERNでLHCという特大の粒子加速装置を建設し、名目上は宇宙のビッグバン直後の状態を解明するなどといいながら、物質の消滅実験をやろうとしている。そこから、原子力マフィアたちが実利の薄い原子力にしがみつく理由がほの見えてくる。彼らはこの研究で核廃棄物処理のフン詰まりを打開しようとしている」のではないかと書いた。核廃棄物は全世界で25万トンもあり、これの処理処分はいつかは世界的な問題として無視できなくなる。その時の準備を進めているのではないか、とも。ちなみに「もんじゅ」では「オメガ計画」として小規模加速装置で計画されていた。その後も幾度かにわたって触れてきたが、話を少し端折ると、佐賀県の背振山地と岩手県北上山系での計画が候補になっていたILCは、学術会議の見解として北上山系が有力候補に上がり、その後、この話はほぼ前に進まなくなったと記憶する。いや、少なくとも一般の目に触れることはほぼ無くなっていた。その当時、ブログ主としては、九州・山口の財界連合がスネたんじゃないか、などと書いたものだったが、今回このブログで取り上げることにした記事にると、学術会議はさらに突っ込んだ意見書をまとめ、「日本誘致を支持するには至らない」(本文引用)とした。
記事の前半部分で純粋科学研究の問題として捉える筆者の論調はそれとして、後半はどうなるのかについてはWEBRONZA購読者でないブログ主にはわからない。だが「日本政府が話し合いを始めなければILCは立ち消え」の項で「このまま日本政府が費用分担の話し合いに入らなければ、ILCは建設されない。つまり、線形の大型加速器の建設は立ち消えだ。将来、中国がセルン(欧州合同原子核研究機関)のLHC(大型ハドロン衝突型加速器)を上回る大きさの円形加速器をつくる可能性はある。そうなれば、中国にセルンのような国際研究センターができることになる」(本文引用)とある中身について、いろいろ考えを巡らせてしまう。ひとつは、日本に造らなくてもいいじゃないか、ということ。いま日本が腰を上げないのは、九州・山口財界連合が自分のところに決まらなかったのでゴネているだけなんじゃないか、ということ。ふたつ目は、平和構築もさることながら、究極の目的がなにやら怪しからん、ということを感じて仕方ないのである。多くの科学者たちは純粋な気持ちで高エネルギー物理学研究のために集まってくるのだろうが、そこに拭っても拭いきれない汚物のような形で、次々々世代原子エネルギー開発の意図がつきまとうのがどうしても否定できない。それは中国が進めようがどこが進めようが、拭いきれない疑惑なのだ。「日本政府が話し合いを始めなければILCは立ち消え」というのなら、それでいいじゃないか。この施設による研究が戦争の武器を作り出すのに使われないような絶対的保証がなされない限り、いまは全世界挙げて手を引くべきだろう。また施設の事故によって世界が危機的状況にならないような保証もされる必要がある。対消滅などの研究はまさに、現在の核兵器などがオモチャに見えるような、凄まじい破壊力を持つものになるということを、肝に命じて起きたい。一円玉1個分の物質と、同じ分量の反物質があれば、広島型原爆の数個分のエネルギーを、瞬時に発生させることができるのだから、これを気にしないわけにはいかない。ダン・ブラウンの小説「天使と悪魔」に出てくる反物質爆弾の威力などちっちゃなものだということに気づきたい。
☆「高エネルギー物理学は終わるのか 日本学術会議が『ILCの日本誘致を支持するには至らない』の意見書提出」WEBRONZA12月24日
https://webronza.asahi.com/science/articles/2018122100006.html/?ref=fb
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2018年12月30日

祝えるほどの新年は来るか

6面の「社説」は「安倍政権2018年 政治責任とらぬ悪例残す」はいつもの2倍のスペースで政権の批判を展開する。「ことしは日本政治史に大きな汚点を残した。財務省による組織的な公文書の改ざんと廃棄である。国会と国民を欺き、歴史を冒涜する。民主主義の根幹をズタズタにする大事件だった。それなのに、安倍首相は麻生太郎財務相を続投させた。麻生氏もみずから身を引くことはなかった。未曾有の不祥事でも、政治責任を取らない。悪しき前例をつくってしまった」「年の瀬に改めて問う。政治責任を顧みず、『多数に従え』という政治を、来年も続けますか」(本文引用)。例示されているのはこの1年分だけだが、これだけかい。他にもいっぱいあったじゃないか。自衛隊の日報問題があった。モリカケは昨年からくすぶりだしてたんじゃなかったか。官僚や閣僚の不祥事はもはや全部を正確に思い出せないくらいたくさんあった。実態としてはボロボロなのに、なんでこれほど支持率が維持されるのか。よくわからん。少なくとも、庶民にとって、政治不信と政治変革への向き合い方とは別物なんだということは確かなようだ。
昨日の我が家購読紙も書いていたが、東証取引最終日の一昨日、日銀は2万円の大台を保つために必死だった。以下の記事には「日経平均が二二〇〇円近く下がった十月は、月間買い入れ額が過去最大の八千七百億円となった。今月も七千九百六十一億円と過去四番目だった」(本文引用)と書かれている。たしかに、最終日の株価の推移は、2万円を切るか否かで上がったり下がったり、ちょこまかとした動きが目立って、こりゃ間違いなく日銀が買い支えに走っているなと、ブログ主のような素人にもわかる動きをしていた。「中央銀行による株買いは、主要国はどこも採用していない異例の策。いまや日銀のETFの保有残高は二十三兆円を超え、時価では日本市場の約4%に上る。日銀が実質的大株主となる企業も増えることで、企業価値が株価へ適切に反映されず、市場にゆがみを生じさせる懸念がある。ETFは、売却しない限り日銀が持ち続ける。将来、株価が急落した場合、日銀は含み損で債務超過のリスクを抱える」「野村総研の木内登英氏は『簿価(取得額)から三割余り株価が下がれば、日銀の自己資本はほぼ無くなる。常に爆弾を抱えているようなもの。買い入れを減らす方向に正常化すべきだ』と指摘する」(本文引用)。来年はものすごく危ない時期に来ていると言わねばならない。「戦後最長の景気にネーミングがない」などと、自己陶酔でぼやいている場合ではないのである。
☆「ETF6・5兆円過去最高 日銀の株式買い、歯止めなく」東京新聞12月29日
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2018122990070321.html?fbclid=IwAR29XIPuzwwu-rBpX3oADxOSKM8VP5ecvLDwZv1-h96lAYYF_UboRp-8R60
「社説」関連で22面に「政治家の性差別発言ワーストは ネット上で投票募る」の記事がある。「政治家による性差別の発言が相次いだ2018年」「公的発言におけるジェンダー差別を許さない会』が、ジェンダーの観点から見過ごせない問題発言についてネット上で投票を募り、ワースト発言を決めるキャンペーンを29日から始めた。投票は来年1月6日まで、9日に結果を発表する」麻生太郎:「(加害者側の)人権はなしってわけですか」、杉田水脈:「LGBTカップルについての『生産性がない』」、加藤寛治:「必ず3人以上の子どもを産み育てていただきたい」(本文引用)。ノミネートされたのは12発言という。「政治責任を取らない悪しき前例」を連発してまったくく恥じない政権のことだから、さらに山のように積み上がりつつ、来年は厚顔破廉恥に改憲街道をまっしぐらに進むつもりじゃあるまいか。それをまた「ほかにいいのがいないから」と続けさせるか、いまは正念場にあるということをキモに銘じて、新年を向かえたい。
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2018年12月29日

地獄の釜の蓋が開いたら「率先忖度」組は?

1面「折々のことば」に厳しく世相を論評することばが増えた。このごろネット以外の言論空間でも言葉が荒れており、なにやらこの国の「やばさ」を憂慮するが、時どき「折々のことば」に救われる。「『全自動忖度機』 私家版・今年の新語大賞 この語、著述家の菅野完さんが使っていて(『月刊日本』2017年5月号など)、それが拡散したと聞くが、今年はさらにそう感じる場面が増した。あからさまな指示がなくとも上の『意向』を察して一様に、無反省に動く。忖度は本来、他人に思いをはせ心中を推し量るという正の想像力を意味するが、それが組織人の悲しいまでにいじましい負の習性を意味するものにずれた」(本文引用)これが今日の文章で、意味は説明の余地もないほど明確だ。我が家購読紙にも「負の習性」に塗れた「忖度」記事が見られるようになった今日この頃、その行間から、記者の本音を読み取る作業がほとんど日常化しつつある。もしかしたらやってくるかもしれない時代に向けて、報道が自らの判断力を磨く訓練の場といえるような状況になっているとも言える。
3面「韓国艦、呼びかけ応答せず レーダー照射問題 防衛省、映像公開」中見出し「日韓の主張、なお隔たり」を読み、事実関係に挟まれる「客観的」論評の流れが、なにやら煽る方向にないか、と気になる。「客観的」の比重が「客観」でないずれを生じているのではないか。そんな気にさせられる程度に、微妙に揺れている。「全自動忖度機」がゴンゴンと音を立てて動いているような感覚にさせられる。報道が好む「両論併記」からさえ遠くなっているからか。この記事には、それとなく「煽る」空気が抜けていない。以下に興味深い記事がある。あの田母神俊雄氏が「危険じゃない」「大騒ぎしなくてよい」と発言して、ネット上で炎上攻撃にさらされているという。それも日頃のお仲間からの猛反発というから興味深い。「いよいよ戦争だ、やれやれ!」と叫ぶものがいる一方、どういった形であれ、「まあ落ち着かんかい」と正当な主張をするものは絶対に必要なはず。外交という手段を用いずに「忖度」「煽り」の片棒をかつぐなかれ。安直に流れに乗って熱狂するなかれ。報道の責任は特に強いはず。
☆「韓国軍レーダー照射に田母神俊雄・元航空幕僚長が『危険じゃない』『大騒ぎしなくてよい』と発言しネトウヨがヒステリー」リテラ12月26日
https://lite-ra.com/2018/12/post-4452.html?fbclid=IwAR1GT74yfLfLwavWGMIaZgbJ9h85r-CiQknTNPQAt2LQut9CQfhW--kFmkQ
6面「東証7年ぶり前年末割れ 『アベノミクス相場』で初」の記事。「日経平均株価の年末の終値は2011年以来、7年ぶりに前年末を下回った。年間下落は12年末からの『アベノミクス相場』で初めて。今年の日経平均は10月初めにバブル崩壊後の最高値圏まで上昇したが、米中貿易摩擦や世界経済減速への懸念が一気に強まり、不安を抱えたまま年を越すことに」(本文引用)とあり、米中貿易問題が落ち着けば株価は安定する、企業業績次第で2万6千円もある、といった強気の発言があるものの、これはすべてが「米中貿易摩擦や世界経済減速への懸念」に起因し、国内的には万事底堅いはず、との妄想に取り憑かれている見方によるところが大ではないか。中見出し「日銀ETF購入過去最高6・5兆円」には「下落基調の株式相場を日本銀行が下支えし」「年6兆円のペースでETFを買い増し」「日経平均は数千円も底上げされているとされ、株価を歪めていると指摘される」(本文引用)。肝心の来年については、以下のような観測がある。
☆「緩和相場が終幕 世界の市場、19年はさらに混迷か リスク資産軒並み下落」日本経済新聞12月29日
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO39563860Y8A221C1MM8000/?n_cid=NMAIL007
首相は「戦後最長の景気にネーミングがないと」不満顔らしい。周囲がそれに「忖度」しているあいだに、いよいよ地獄の釜がフタを開けるかもしれない。そのとき本人はもちろん、「率先忖度」組はどういう顔で事態を迎えるのだろう。
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2018年12月28日

「行動なき良心」がすべてを無残に染める

戦後最長の景気にネーミングがないと苦虫を噛み潰す首相の姿が、TVニュースにあったという。残念ながら観ていないが、「実感がない景気ってやつが鮮明になっているのか」と斜め見的観測をする今日この頃。かっこいいネーミングをして、本人以外だれが喜ぶのやら。日銀はインフレ率2%未達成で「異次元緩和」を続けにゃならぬと頑張ってる。近所のスーパーへ買いに出かけると、実感するんだなあ。小売物価はじわじわ上昇中じゃないのって。「これ、以前はこんな値段だったかな」と買い物の意欲が失せたりして。消費増税の影響を軽減するためにポイント還元なんてやる。9ヶ月しか使わないシステム構築のために830億円も使う。もし、いつもの手口で「国際環境が悪化したので増税やめます」となったら、そのシステムはどうなるのかな。次にまた「消費増税します」となったときのために保存しておくのかな。
12面「社説余滴」は「辺野古埋める『行動なき良心』」の記事。「行動なき良心」ってなんだろう、と興味をそそられて読む。「隣国や民族をのみ込む業を思う。日本の敗戦により、35年の支配から解かれた朝鮮半島。ヤマト(本土)から侵略を受け、『処分』され、約500年の王国を閉じた琉球」「この1年、韓国の記者から多く尋ねられたのはしかし、歴史認識の違いではない。日本人はなぜ怒るらぬのか、という素朴な問いだった」「道理にかなわぬ現職大統領を追いやった自負からか。若い記者の『まるで政治的に去勢されたかのような日本人』とのつぶやきが耳に残る」「初めはピンとこなかったが差別意識をむき出しにする政府を見て、その言葉の意味や重みが増してきた」「『社会変革は「行動する良心」にしかできない』と説いたのは、民主化運動の先頭に立ち、幾度も死線をくぐりぬけた韓国の金大中・元大統領」「『行動なき良心は悪の側にいる』とも語った」「辺野古の海の褐色は無残に広がる。日本政府によって、私たち『行動なき良心』が投じる一握りの土砂によって」(本文引用)
これは注目すべき記事だ。ジャーナリストの良心が書かせた文章だ。最近へにゃへにゃヘタレの我が家購読紙にも、まだ反骨の心意気が残っているってことか。嫌うやつらには嫌われるべし。社内には外から見えない激しい衝突があるのかもしれないが、それでもヘタレ派に抵抗してこそ、報道の面目躍如というものだ。ガンバンベェよ〜!
4面に「慰安婦合意3年 空文化 冷え込む日韓関係 文氏、財団解散 支持層に配慮」中見出し「元徴用工・レーダー問題も懸案」がある。「日韓両政府が慰安婦問題に関する合意を結んで28日で3年。文在寅政権が元慰安婦を支援する財団の解散を11月に決めたことで、『最終的かつ不可逆的』な解決をうたった合意は空文化している。元徴用工や自衛隊機へのレーダー照射をめぐる問題も重なり、日韓は外交関係改善の手がかりを見いだせないでいる」(本文引用)とあるが、中見出しの「元徴用工・レーダー問題」を読むと、韓国側の対応の遅れを指摘する論調が主体で、こちら側の対応はどうか、両者の外交的すり合わせ状況はどうか、については何も書かれていない。「レーダー照射」については、25日の3面「レーダー照射問題平行線 韓国『正常の作戦活動』 日本『危険行為』譲らず」があるが、この問題での硬直化は両国政府にとって望ましくはないはず。軍事的緊張の高まりをほぐすのが外交の力だとすれば、いまこそ「外交巧者」の面目躍如たるところを見せる絶好の機会。「元徴用工」問題も、国家間の関係としていくら「最終的かつ不可逆的」の文言を振りかざしても、個人的賠償の問題は別に考える余地は十分にあり、わざわざ硬直した姿勢をとる必要はない。「民族排外主義」を煽り、国内の政治的経済的困難から目をそらす策を弄しても、いかな「行動なき良心」でも見破る時がくる。でなければ、「辺野古の褐色は、日本政府によって、私たち『行動なき良心』が投じる一握りの土砂によって、無残に広がる」のと同様、「行動なき良心」はこの国を無残な血の色に染めてしまう、と心得ておきたい。
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2018年12月27日

<明治の実相>なにを近代化したのかの探求

23面「文化・文芸」欄に「『自己責任』明治近代化に源流 権力者に矛先向かない『通俗道徳』 今も残る意識 分断進んだ平成」がある。「自己責任論」とはなにか。「20年にわたって口の端に度々のぼり、平成の世相を映し出すキーワードの一つと言えよう」「社会契約によって成立する近代国家では国が守ってくれないならば、国民が納税などの義務を果たす必要はなくなる。自己責任論は権力者の責任をあいまいにする」「こうした現代の自己責任論と、近代化を進めた明治時代の『通俗道徳』という考え方の類似性」「『通俗道徳』は江戸時代後期に市場経済が広がり、人々の生活が不安定になるなか、自己を律するために広まった」「明治になると、村単位で請け負っていた年貢から、個人単位で税金を納めるようになり、助け合いの仕組みは崩れる。新政府に財政的な余裕はなく、弱者まで手が回らない。通俗道徳は政府に矛先が向かず、自分で責任を背負いこんでくれる、支配者にとって都合の良い思想だった」「バブルの崩壊で状況は様変わりした」「従来の仕組みが壊れかけ、かつ、政府がたくさん金を使えない。明治と似たような状況」「『働かないで金をもらっている』との理屈で生活保護受給者など、より弱い者をたたく」「他人のことを考える余裕がなく、誰かを助けていると自分が損をする、と思い込む。連帯の基礎がなくなり、社会の分断が進んでいる」「明治維新から150年がたった。『自己責任論』が日本社会にへばり付いたまま、平成はまもなく終わる」(本文引用)
ブログ主はいま、明治維新と、その後に発生した自由民権運動・困民党のことをいろいろ勉強中なのだが、この記事を読んでかなりの部分、同調できたと同時に、もう少し突っ込んでくれたら大いに読みでのある記事になったのに、と思ったものだった。明治の人権思想家植木枝盛が「維新は第1の改革」「自由民権は第2の改革」と端的に語っているように、明治の10年代以降しばらくのあいだ、明治政府と自由民権諸結社、各地に勃興した困民党の運動は、「第1の改革」が武家社会の下克上の様相を示したのに対し、10数年の遅れながら、はやくも社会変革がこの国の人々のあいだに深く浸透し始めていたことを物語っている。じつのところ日本近代史の中で、この時期の歴史はほとんど語られることがなく、なにがあったかを詳しく知る機会が奪われてきているが、知られてはならない歴史として、封印されてきているとみて差し支えないのではないか。
先の植木枝盛が中心に創った「東洋大日本国々憲按」には、不当不法な政府・官憲に対する武力抵抗権や革命権を定める条文があったという。わずか数年間で民権運動の参加者は30万人を超え、民権結社総数はわかっているだけでも2千数百、おそらく3千を超える結社が全国にひしめいていた。それに対して明治政府は集会条例、新聞条例、讒謗律などを公布、言論弾圧を強めた。困民党運動への弾圧も激化する。西南戦争以降、国家財政が逼迫し、経済恐慌が起こり、さらに全国的な飢饉の大波が押し寄せる。そのなかで、窮地に立たされた明治政府がとったのは自由民権の徹底的弾圧と困民党の圧殺、被支配階層の分断だった。分断の方法はすでに徳川の時代から連綿と続く社会構造の上下分離を近代化し強化すること。つまり情報統制下で江戸期から引きずってきた「通俗道徳」の維持。またはその概念の近代化によって不満の矛先を権力者から逸らし、「我こそは旧体制を克服する改革者」とするイメージの逆転戦略。大日本帝国憲法発布で熱狂を煽り、民族排外主義で敵を外部に創り、日清・日露戦争で強国を演出。徴兵制を軌道に乗せ、皇国史観教育を完成させるに至る。その流れは先の戦争で一時的に抑制されたものの、戦後70数年にわたる旧支配層の必死の画策で延命させられてきた。いわば「自己責任論」とは、支配層の責任が問われないようにするための巧妙な誘導策であり、天皇制をも利用して責任を上下に散らし、盤石の自己無責任支配構造を維持しようとする最良の方策なのだろう。23面の記事は、そのことの周辺をなでてサラリと通り過ぎていった、ある面では重要な、しかしもったいない記事だったといえる。
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2018年12月26日

先行き完全不透明に右往左往の本心アリアリ

10月初め頃から2ヶ月半ちょっとで5000円以上も値を下げた。昨日1日で−1010円。新聞記事は米国発の世界株安と書き、日本の足腰の問題には全然触れていない。12面「社説」の「株価急落 実体経済の動き注視を」も同様で「米国発の世界的な株安が止まらない。昨日の東京市場では、日経平均株価の値下がり幅が1000円を超え、昨年9月以来維持していた2万円台を割り込んだ。10月からの3ヶ月弱で5000円を超える下落である。為替相場も円高に振れており、株価の落ち着きどころが見えにくい展開だ」(本文引用)と書き、そのあとは米国発の問題を列記する。これ以上の動揺が世界的に広がらないように、震源地のアメリカがなんとかしなければいけないとし、「日本政府はあらゆる機会を捉えて、トランプ政権に注意を促すべきだ」(本文引用)と主張する。さらに日本の株式市場は米ほどの過熱感はなく、株価は穏当な範囲と持ち上げ、「問題は、実態経済の動きだ。世界経済の拡大という追い風を受けて景気回復を続けてきただけに、外需が縮小に向かえば悪影響は避けがたい」「景気が反転した場合に、日本がとりうるマクロ経済政策の余地は少ない。経済の持続的な好環境を作り出す正念場に立たされていることを、政府も民間企業も、自覚する必要がある」(本文引用)。つまり、国内は安定しているが、外需頼みの経済が縮小に向かえばひとたまりもない、という。「国内は安定している?」「企業利益は空前の水準?」「実質賃金が目減りし、内需はぜんぜん伸びていないでしょ」「内部留保に溜め込むばかりの一方で、庶民は青息吐息でしょ」。金持ち優遇で、彼らは安泰だろうが、今のままだったら一般庶民はたちまち干上がってしまい、企業は仕込んでおいた内部留保で生き残りだけは果たすという顛末か。それが「国内は安定している」という中身ってことか。
以下のような記事がある。外需頼みとか言いながら、アメリカがどうのと言う前に、すでにガタガタってこと。新聞紙上の見出しは、もっと厳しかった。「日立の英国計画凍結 成長戦略の目玉 原発輸出全滅 財界の安倍離れが加速する」中見出し「目に余る無理難題にソッポ」とある。日立の中西会長はこのあいだ経団連の会長になったばかり。そのときの新聞記事には、たしかアベ政権寄りと書かれていたはずだった。それがソッポだもんね。「『福島原発事故で国内向けの原発建設は難しくなったため、輸出にカジを切ったのです。今井尚哉首相秘書官が経産省時代、旗振り役を務めていた。前のめりの安倍政権に三菱重工や日立製作所などは乗らざるを得なかった。ところが、実際には福島事故を踏まえた安全対策に巨額の費用がかかり、計画は次々と頓挫しました』(経産省関係者)」「原発輸出は、“安倍首相寄り”の三菱や日立にまですべて見切られたわけだ」「『法人税減税や残業ゼロの働き方改革など財界に恩恵を与えてきた安倍政権ですが、企業も原発輸出というむちゃな政策には付き合いきれないということでしょう。安倍首相は最近も、米国製の武器を買い過ぎて、国内の防衛関連企業62社に“返済猶予”を求めるようなこともやった。財界は、無理難題でも言うことを聞くと思い込んでいるようですが、任期3年を切り、これまで従順だった財界でも“安倍離れ”が加速するのではないか』(政治評論家・山口朝雄氏)」と記事は書く。
☆「安倍政権に財界ソッポ 目玉の『原発輸出』日立凍結で全滅」日刊ゲンダイ12月19日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/243961
「武器を買い過ぎて、国内の防衛関連企業に返済猶予」をお願いするというのも哀れ。いよいよ切羽詰まって4面「長期政権 求心力維持に腐心 保守層反発もなりふり構わず」というひどい状況になってきた。さらに、まるで張り子のハリネズミよろしくキイキイと泣き叫び、国連脱退のミニチュア版で国際捕鯨委員会からの脱退を言い出す始末。韓国とも軋轢を深め、レーダー照射ではやたらに息巻いて、落とし所を探る余裕もない。昨日の株価下落から、今日はどれだけ戻せるやら。先行き完全不透明感が強まり、さて来年はどうなるか!
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2018年12月25日

社会に必要な批判的精神の源泉になる表現こそ

午前10時半ごろの株価を見たらマイナス1000円近い下落になっていた。ついに20000円を切った。10月には2万4000円の大台にあった株価が、ここにきてものすごい下落ぶりだ。23日当ブログ「やっぱりTAGじゃなくFTAだった」で、アメリカが日本との貿易協定の目標を公表したことについてちょっと触れた。そのときブログ主には、これは来週の株価に影響するんじゃないか、と予感した。大方のシロウトも同じことを思ったんじゃないか。「FTA交渉に引きずり込まれ、『為替操作を禁じる条項』まで迫られる始末。黒田緩和もターゲットになっているというべきか。アベノミクスにトドメを刺すかもしれない事態に直面し、昨今の経済界の動きを見ると、いよいよ政権の尻に火がつく事態になりつつある」というのは、経済音痴の記述としてはハマったなあというしかない。ちなみに18年1月の当ブログを見ると、27日に「バブル株価」の記事があって「日経平均株価はすでにバブル状態で、2018年末には1万9500円に下落!?」というダイヤモンド・ザイの記事を紹介している。今年の始めはウハウハだった。さて、結末はどうなるか、いま日銀も政権も青ざめているんじゃないかな。滑舌のすぐれないあの人も、激しい檄を飛ばしているのではあるまいか。なんちゃって、午後からどうなるか見ものだ。いくらか戻して終わるかもしれないが、大きな下落傾向は変えられないと思うね。当たるも八卦、当たらぬも八卦だが、以下の記事には「米国株式市場でダウ工業株30種平均が4営業日続落。終値は前週末比653ドル17セント(2・9%)安の2万1792ドル20セントと、2017年9月以来、約1年3カ月ぶりの安値をつけた」(本文引用)とある。これの影響も大きいだろう。ダブルパンチと言えるかもしれない。来月が楽しみになってきた。というか、19年はいよいよ地獄が見えてくる年になるのではないか、とも言われている。鬼が出るか蛇が出るかのきつい1年が待っているような気がしてならない。
NY株、大幅続落653ドル安 政治リスクに懸念広がる」日本経済新聞12月25日
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO39331020V21C18A2000000/?n_cid=NMAIL007
関連ではないが、1面「折々のことば」がこのところ小気味好い。「問題は、家の外でも抑制があり、家のなかでも単に従順ではない個人を、いかにして育てるか、ということに係っている 加藤周一」「文化の成熟は、自分たちを『批判』し『笑う』能力が人々に備わっているかどうかで測れる」「自国の歴史を『自慢話』にしないと気が済まないのは、その社会の未熟をしか示さない。随筆『歴史の見方』から」(本文引用)。この文章自体が、書かれていることの自己証明になっている。それだけ巧みな書き方なのだということに気づきたい。さらに言うなら、このような表現力がこの国のあらゆる表現者に備わるようになったら、それだけで時代が大きく変わってくるのではないか、と思った。いまはまだ、我らが生きるこの社会は、そこまで成熟しているとは言い難い。危機感を煽ると萎縮する精神がはびこっているが、それは煽る側の責任をも意味する。直裁な物言いが忌避される世間ではなく、心にじわっと染みこんで少しずつ残っていく。その積み重ねが連綿と続く作用こそ、この社会に必要な批判的精神の源泉になるのではないか。そんなことを思う。
日本の景気は「いざなぎ超え」だと政府は必死にPRする。GDPの計算を変更して弾き出した結論だろうが、まるで実感がない。トランプ氏との蜜月を演出しても、来年1月から始まる日米通商協議では事前に厳しいリーチをかけられ、下手をすれば数字操作で上げ底のGDPが食い散らされ、マイナス成長へ転落する可能性がある。「改憲、改憲!」とのたうちまわっても、さて思うようになるか否か、こりゃ簡単にはいかないぞ。わがままいっぱいに育ったぼんぼんに、この先の責任をどうとれるか、見ものだね。
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2018年12月24日

いったい明治憲法復活の試みとは何なのだ

16面に「若者追い込む 過酷な労働環境 リーマン・ショック10年 正社員は名ばかり 残業代・賞与なし」の記事がある。「2008年のリーマン・ショックでは、『内定切り』や『派遣切り』などの形で多くの若者が職を奪われた。それから10年。就職内定率が上向くなど、若者の雇用環境は改善しているかに見える。だが、正社員とは名ばかりの不当な働かせ方も横行している」(本文引用)。ブラック企業という言葉を当たり前に耳にするいま、記事を読んで思う。「若者の雇用環境は改善されたか」と。ブラック企業の名が浸透した一方、その存在感は減るどころかいっそう強固になりつつある。記事では「正社員とは名ばかり」の実態が描かれているが、なぜかブログ主の気分の中でも、「名ばかり正社員」と「派遣労働者」「裁量労働者」「技能実習生」などの過酷な労働が結びつかないで、いつも個別の出来事に引きずられる愚を犯している。なぜだろう。ひとつ言えることは、これら個別の出来事はいつも個別に語られるが、本来はすべて同根の原因が背景にあり、現状ではこの「同根の原因」をターゲットにして有効打を浴びせる力が、世の中から消え失せつつあるのではないか、と思わざるを得ない。
かつて労働組合は強力な組織力を背景に、ゼネストを敢行するなどして闘ってきた。一方で、国家は常にその力を削ぐべくさまざまな策を弄して組合つぶしに狂奔した。結果、労働組織内部で有効な対抗策が育たなかったこともあり、労働組合に対する分断工作が奏功功してきた。労働運動は次第に力を失い、組織力を弱めていった。労働組合の組織率はいま、惨憺たる状況にある。そこで考える。国家による切り崩し工作が、勃興する抵抗を最終的にはいつもねじ伏せていくように見えるのには、なにか共通の原因があるのではないか、と。その共通の原因の基本には「分断し統治する」という不動の前提があり、なかでも「分断し」という部分で、連綿とこの国を形作ってきた、「分断しやすい」社会構造があって、これが骨がらみ肉がらみで人々の生活に根深く浸透していることがありはしないか、などと考えたりする。
いま明治を少しずつ勉強しているのだが、この時代は国家の上層部に君臨していた「武家社会」の大変革を目論んだものだったと思っている。「武家社会」の下に「庶民社会」があったわけだが、両方を厳格に分離する壁が突き崩されることがなかったのであり、「庶民社会」は「市民社会」として自立することなく、内部を巧妙に分断され、明治新社会でも支配されやすい構造に改変されていっただけではなかったか、と思う。封建制下の身分制度が形を変えながら、分断を温存して続けられた社会。「市民社会」に発展することを阻害されつつ、「支配される社会」構造を当然の日常として受け入れてきたことが、いまを作っていないか。たぶん、本来なら現在はこの「支配」「被支配」の関係が固定された社会構造を根っこから改造できる絶好の機会ということもできるのに、国家の中枢は明治150年を絶賛し、壊れつつある社会を「150年」の彼方から復旧させようと試みている。よくいわれる「戦前」どころか完全な復古調を目指しているのではないか。
「名ばかり正社員」、「派遣労働」、「裁量労働」、「技能実習生」と、若者はさらに細かく分断され、使い捨ての様相を強めていく一方だ。分断するのは、分断しやすい仕組みがあるがゆえに容易い。「名ばかり正社員」はいまや「周辺的正社員」と呼ばれるほど細分化された分断構造の中にある。いまはまだ「正社員もどきの扱いを受けている者たち」も、「安穏と老後を生きようと思っていた者たち」も、いつか巧妙に細分化された被支配分断の構造を形成する一員に成り下がっていく。「被支配の庶民社会」が「ものをいう市民社会」に成長する以外、この負の連鎖を抜け出る道はない。その方法をみつけ、大きなうねりにしていくための模索が、積み重ねられんことを願うばかり。まずは「自由民権」1874年から「日清戦争」1894年に至る、明治憲法制定を挟む20年ほどを勉強してみよう。現状との深い相関にきっと驚くだろうから!
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2018年12月23日

やっぱりTAGじゃなくFTAだった

8面「社説」に「防衛費の拡大 米兵器購入の重いツケ」の記事。「今年度当初より1・3%増え、5年連続で過去最大」「来年度は『防衛計画の大綱』と『中期防衛力整備計画』の初年度にあたる。中国や北朝鮮の脅威に軍事的に対抗する姿勢が鮮明になり、米国製兵器の購入に拍車」(本文引用)と書かれている。具体的中身はひとまず置くとして、政権がトランプ流の「バイ・アメリカン」にぴったり寄り添っていることに注目。「日米の通商交渉をにらみ、米国の貿易赤字削減に協力する姿勢をアピールする狙いもありそう」「軍拡競争や地域の不安定化につながりかねない兵器の大量購入で、トランプ氏の歓心を買うような振る舞いは、およそ見識を欠く」(本文引用)と指摘。具体的には、米政府から直接兵器を買う有償軍事援助(FMS)が急増し、今年度比で増加分は3千億円近く、12年度の約5倍という。代金は複数年に渡る分割払いのため、将来の予算を圧迫する、と指摘する。20年度以降の払いは約2兆6千億円で、年間防衛予算の半分に迫るという。これはかなり厳しいことになると、側から見ても予測される事態。半分が借金返済となると、間違いなく各年度の運用経費は圧迫される。したがって、12月18日の読売新聞が「政なび」で書いたように、またそれを引用した各種の投稿のように、「いずも」を空母化しようが、最新鋭ステルス戦闘機を大量に購入しようが、イージス艦には空っぽのミサイル発射筒、戦闘機は修理部品不足で地上にはりついたままという状況が目に見える状態になるばかり。解決策は借金返済を急ぐか防衛費を増額するか、または購入をやめるしかない。記事は「歯止めなき予算増は、とても持続可能な防衛政策とは思えない。米兵器の大量購入は将来に重いツケを残すことを忘れてはならない」(本文引用)と書く。以下の記事では「これ以上防衛予算を増やせば国民は戦争で死ぬより先に困窮して死ぬ」(本文引用)と指摘する。そうでなくても防衛のかなめとなる自衛隊をてんてこ舞いさせるのは必定だ。
☆「安倍首相の防衛政策は『張り子の虎』だと書いた読売新聞」選挙ドットコム12月18日
https://go2senkyo.com/seijika/68237/posts/34612
これに直接関連するのが3面「日中FTA締結牽制 為替操作を禁止 米、日本との貿易協定目的公表」の記事。公表された「米日貿易協定」は「物品の関税削減」(日本政府が言うところのTAG)ではなく、日中FTAを牽制する条項や、為替操作を禁じる条項などを盛り込むことが柱だという。ついに日本政府の国内目くらまし作戦がボロを出してしまったか。これまで政府は「FTAじゃないよTAGだよ」と言い張っていたが、トランプ氏からみごとにウソを暴かれてしまった。東アジアの不安定化を狙って大量の武器購入を決めたのも功を奏さず、かえって大量の借金を背負いこみ、かつ絶対にやりたくなかっただろうFTA交渉に引きずり込まれ、「為替操作を禁じる条項」まで迫られる始末。黒田緩和もターゲットになっているというべきか。アベノミクスにトドメを刺すかもしれない事態に直面し、昨今の経済界の動きを見ると、いよいよ政権の尻に火がつく事態になりつつある。
24面「時事小言」には「■『新しい冷戦』という言葉 米中衝突まだ回避可能」の記事がある。かなりの紙面を割いているが、論旨はかなり簡単である。「新しい冷戦」という言葉(妖怪)が世界をうろついている。しかし、事態はまだ決定的なところまでは行かない可能性が高い。その理由は米ソ冷戦との違いを見ればわかる、というのが論の中心になると思われる。この記事で気になるのは、日本が今果たしつつある役割に、ぜんぜん触れていない点だ。経済的裏付けもなくやたらに軍事力を増強し、張り子のトラと化すこの国で、国家の経済政策はほぼ破たん。経済界にまで政府への警戒感が強まっている現在、政権に残された道は、東アジアの緊張拡大しかない。米中衝突はまだ回避可能かもしれないが、緊張の火種は我が身が残す。そのことを見過ごすと、いよいよこの国は、まちがいなく世界の孤児と成り果てる。それでいいか!
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2018年12月22日

落ち目を隠す3代目の哀れに付き合う?

4面の構成が興味深い。まず真ん中に「プーチン氏『日本の基地決定権 疑う』 『ロシア強気』政府警戒」がある。日本は歯舞・色丹2島先行でもいい、支持率向上のためにとにかく成果が欲しい、との腹づもりだったのに、足元を見られている。返還後の2島に米軍基地が配備される可能性を懸念されているらしいが、現状では当たり前のこと。米軍基地ばかりじゃなく、自衛隊基地だって置いて欲しくないに相違ない。以下の記事には、米軍の展開よりさらに突っ込んだ彼の意向が記されている。米国製のミサイル防衛システムを「『防衛目的だと信じていない、システムは攻撃能力を備えている』と語った」「沖縄県の玉城デニー知事や住民の反対にもかかわらず、米軍普天間飛行場の移設計画に伴い同県名護市辺野古沿岸への土砂投入が始まったことについて『日本の主権のレベルを疑ってしまう』と批判的な見解を示した」(本文引用)とある。スガ官房長官はいつもの通り、「コメントは控える」の一点張り。この人は都合のいいこと以外は全てこの調子。
☆「プーチン大統領『在日米軍問題抜きに最終決定難しい』」毎日新聞12月20日
https://mainichi.jp/articles/20181220/k00/00m/030/244000c
「ロシア強気」の隣に「沖縄振興費3010億円 県通さず市町村に支出も」の記事。19年度の沖縄振興費は前年と同額だが、県を通さずに直接市町村へ支出する新制度を実施するという。新制度で30億円計上、県への一括交付金は94億円減額。「新制度について、内閣府は『一括交付金を保管して、年度途中でも迅速・柔軟に市町村に対応できる仕組み』と説明」(本文引用)とあるが、一括交付金とはいわゆる「ひも付き補助金」と違い、基本的に地方が自由に使える「交付金」のことで、民主党が2009年の衆院選マニフェストに掲げたことで知られる。先の臨時国会で災害対策の補正予算が組まれたときにも、自由裁量できる一括交付金で支出すべきという意見があったと記憶するが、今回の沖縄振興費は、額は小さくとも自由裁量できる費用が124億円減らされるのと同じで、県内で優先度の高い支出に回せないことに、国による沖縄いじめを強烈に感じさせる姑息なやり方が覗く。
4面には「防衛費5兆2574億円 5年連続過去最高 『空母化』や長距離ミサイル」の記事もある。朝鮮半島の南北和解を念頭に置いたのか、やたらに防衛費が増額され、「いずも」型護衛艦を空母化する方針の閣議決定や、1千キロの射程を持つ高速滑空弾(固体燃料ロケット推進の超音速巡航ミサイル)の研究費などが盛り込まれたとある。イージス・アショアの導入や垂直離着陸ステルス戦闘機F35を「バイ・アメリカン」に押しまくられ、TAGならぬFTA交渉で少しで有利に取り計らってもらおうと媚を売った挙句に、あれよあれよというまに大量発注してしまうなど、自衛隊でも面食らっているんじゃないかと思うような軍備増強の凄まじさ。「安倍政権下では、イージス・アショアのように米国政府から兵器を取得する有償軍事援助(FMS)が急増。19年度は契約ベースで過去最大の7013億円に達した」(本文引用)という。これが、最初の記事「ロシア強気」に繋がっていくのか、と思うと、この国のやり方がいよいよ場当たり的になるのを目の当たりにしているようだ。
9面にも注目すべき関連記事がある。まず「東証、年初来安値また更新」で、10月2万4千円台にあった株価が、ついに2万円の大台割れ寸前になった。専門家は「いったん値が戻ったとしても、上値は重いだろう」(本文引用)と話す。その横に「計画縮小方針の仏高速炉 国際協力41・5億円計上」がある。今世紀後半まで中身抜きで延長された高速炉計画が、19年度当初予算案に盛り込まれる。計画縮小は正式決定ではないので、従来通り進めるというのが政府方針らしい。そのまた横に「『原発、収益性高くなる』東芝CEO早期再編に慎重姿勢」がある。東芝・日立・三菱を覆う原発斜陽の影。それでもしがみつく沈没船の船長たち。無能が走る21世紀の無惨。日産のゴーン嵐もまたこの国の斜陽を物語る。どうなるのかね、この国は。
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2018年12月21日

明治をどう捉えるか、どう向き合うか

1面の「折々のことば」がいい。「不安にあらがう方法のひとつが、言葉によって、理屈にそって、自分が何におろおろしているのかを、誰かに伝えることなのだ 松沢裕作 世の中には『あまりの複雑さ、わけのわからなさ』に身ごと翻弄される時がある。そういう時の歴史家の務めは、過去に同様の不安に駆られ人々がしたこと、するほかなかったことを跡づけ、伝えることだと歴史学者は考え、『がんばれ』『変わらなきゃ』と人々を競争へと駆った明治期のその心のワナを探る。『生きづらい明治社会』から」(本文引用)という。そこでブログ主は、明治期とは何だっただろう、と考える。長い鎖国政策で世界史的に大きな遅れをとった封建武家社会から抜け出し、新しい下克上の戦いによって(または下級武士の暴力的クーデター、別の言い方でテロリズムによって)、まず、社会の上層支配階級が大きな変化を遂げた。そして、彼らの喫緊の要求に従って、西南戦争で政敵を一掃し、さらに続いた経済恐慌と全国的な飢饉と自由民権を押さえつけると同時に、「生産性」をあげ、「軍事力」を確保し、強国日本となるために教育改革と徴兵制を同時に実施した。そこまで至る過程は、たしかに強引に庶民を引っ張り回し、目まぐるしく社会の表層(旧武家社会と下部構造たる庶民社会)を変えまくったわけだが、おかげで被支配層はあまりの激しい社会的変転にとまどい、究極としては「がんばれ」「変わらなきゃ」の荒波に弄ばれるしかなかった。全国で数千の結社がつくられ、隆盛を極めた自由民権の諸運動が多くの先進的な試みを積み重ねたものの、明治22年(1889年)に大日本帝国憲法が発布されたとき、庶民は「天子様が絹布の法被を下さる」(1)と勘違いし、ドイツ人医師ベルツなどは「東京全市は11日の憲法発布を控えて、その準備のために言語に絶した騒ぎを演じている。至る所、奉祝門、照明、行列の計画。だが滑稽なことに、誰も憲法の内容をご存じないのだ」(2)(1、2ともに岩波新書「五日市憲法」新井勝紘著より引用)という状況に至っている。まさに「折々のことば」の通り、明治政府は庶民が不安に抗うための時間的余裕を与えず、言葉や理屈できっちり考え、誰かに伝えるためのあらゆる手段を奪い去った。その結果が「憲法発布」を「絹布法被」に勘違いさせ、全国的大祝賀パレードに向かわせたわけだ。
そこでふと考える。自分は一生懸命やっているのに目覚めないで眠りこけている国民がいるという類いの不満が、一部の運動家に芽生えているが、それは妥当なのかどうか。戦後70数年を経て、いまだ「言葉や理屈できっちり考え、誰かに伝えるための」有効な手段を確立できていない我等自身の問題、または克服できないでいる明治維新以来の巧妙極まりない抑圧の構造が、目の前にあぐらをかいてのさばっていないか。それほど、この国の社会を形成する精神構造の巧妙を極めた奥深さは、簡単には打ち崩せないような頑丈さで人々を縛り付けているのではないか。「天声人語」に、示唆的な言葉が見える。「普天間飛行場の移設工事として、土砂が投入され始めて1週間がたった。青い海に茶色い土砂が流し込まれる映像は、グロテスクである。しかし本当にグロテスクなのは、なんども示された沖縄の民意を無視し、基地を押し付け続けることであろう」(本文引用)
土砂投入を強行する政府の意図は、「寄り添う」や「真摯に向き合う」などの国会答弁と矛盾するかに見えるが、実のところ彼らが「寄り添う」のは、後戻り不能なまでに埋め立てが進んでしまったとき県民の心に芽生える「あきらめ」の気分に「寄り添う」とか「真摯に向き合う」という意味に他ならない。明治政府が徴兵令を施行したとき反発はあったし、脱法指南書が公然と発刊され、ほとんどが徴兵に応じない時期があったという。しかしそれも束の間、周囲の同調圧力が次第に強まり、国民皆兵は世の常識となっていった。徳川時代を含めて現在に至るこの国の支配原理を覆す試みが簡単にはいかないことを痛感するばかり。完璧に形成された支配構造はいま、社会の隅々にしっかりと根を下ろしている。それとどう向き合うか、厳しい考察と丹念な向き合い方が必要なのだと思う。
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2018年12月20日

哀れさは民の上にも垂れ込める

13面に「日本のアフリカ投資停滞 300億ドル『約束』 140億ドル未達」の記事がある。16年の「アフリカ開発会議」で首相は、16から18年の間に300億ドル規模の投資を表明。「『日本は必ず約束を守る国で、残らず実行いたします』と言い切っていた」(本文引用)そうである。ODAや国際協力銀行など政府系金融機関、民間企業の直接投資などが300億ドルの調達先だったらしい。現状、ODAは約96%を実施済みで、民間の直接投資を河野外相が促してはいるが、目標の達成は困難としている。政府が民間に直接投資をせっつくことについて「日本企業関係者は『政府は中国への対抗心があるのかもしれないが、民間企業にはまだリスクが大きい』(本文引用)としている。なんだ、ここでも政府・政権の思惑が大幅に崩れていってるじゃないか。というわけで、思いつくものを順不同で並べてみると、
1)F35戦闘機147機体制閣議決定で国産ステルス開発置き去り 2)産業革新投資機構を設置したものの民間取締役全員が反旗 3)英原発から撤退で原発輸出全滅 4)もんじゅ後継を狙う高速炉計画は今世紀後半まで図面なしの超延期 5)異次元緩和の出口見えず 6)株価は10月24000円台から12月20000円台に下落中 7)経団連は官製春闘から手を引く構え 8)GDPの民間予測は政府予測の半分 9)対ロ交渉は翻弄されっぱなし 10)経済力は中国に抜かれている 11)軽減税率は消費税増税に向けて社会保障から財源調達 12)軍備増強しても中身は貧弱 13)東京五輪経費は天井知らずで膨らむばかり 14)FTAをTAGとごまかす姑息 15)COP25で日本の存在感ゼロ 16)対北交渉はいまだに蚊帳の外
閣議決定で軍拡をやりきってしまおうというあたり、乱暴も極まれり。民間取締役の造反を頭切りで乗り切ろうなどという浅薄な情勢読みしかできない大臣というのも頼りない。原発輸出が全滅というのにまだしがみつく低劣さ。しかもあくまで核燃サイクル維持を掲げて、今世紀後半までほぼ白紙で計画続行とはこれいかに。一番大事な日銀の黒田緩和は経済恐慌か戦争くらいしか出口がない惨状。それゆえ軍備増強を急ぐのか。株価は2ヶ月で20000円を切るかどうかまで来ちゃったよ。GDPが上がっていると見せかけたって、このところ官僚のデータ改ざんは疑う余地のない事実になっている。官製春闘などといばっていたが、企業がうるさがりはじめているじゃないか。経済力は中国に抜かれ、観光客は中国頼み。対ロ交渉は足元を見られていい顔ができそうにない。軍備増強に金をつぎ込みすぎの一方、消費税対策に増税分以上の大盤振る舞いをする。そのため弱者から財源調達とはこれいかに。国庫が究極の貧弱さに落ちているから、見かけは強大な軍隊じみてきたが、中身は空っぽの実態。安上がりで安全なはずの五輪はやたら費用が嵩みだし、金はいったいどこへ流れていってるんだといういかがわしさ。いかがわしさは対米交渉でも露呈され、実質FTA交渉なのにTAGなどとヘンテコ造語で国内だけでも誤魔化そうとする。COP25では小型原発を調整電源として使うなどと、すでに滅び去った原発ルネッサンスよもう一度の儚い希望に賭けて各国の笑い者になったのか。新聞報道も低調を極めた。そういうえば思い出したが、対北交渉で絶対に拉致問題解決を図るかのように胸を張っていたものの、交渉の席にもつけないテイタラク。ひところ盛んだったJアラートの妙な音響も聞こえなくなっちまった。
いま考えるのは、もしかしたら経済界は、不穏さを増すこの数年をどう乗り切るか、すくなくとも激しく迷走しているアベ政権といっしょに沈没するのはごめんだ、との気にしているんじゃないかな、ということ。焦って成立させてどうなるんだというような法案が、やたら成立していった今臨時国会。落ち目になった政権が、「おねがい、なんでもするから支持してよ」などと経済界にすがりつく構図がみえたようで、なんだか哀れを催すのだが、それは民の哀れでもあるんだよなあ。
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2018年12月19日

少なくとも署名に目をとめる国へメッセージ

たぶん8日か9日から始まったのだと思う。わずか10日で10万筆突破したという。ブログ主が署名したのは13日で、たしかそのとき2300筆くらいじゃなかったかな。署名したと同時に、ブログで紹介した。そしてたぶん14日くらいから署名数がぐんぐん上昇し始め、18日には10万筆突破したのである。やったね。ハワイ在住の沖縄出身の若者が単独で始めた署名だったとか。終了期限は1月7日。そこで22万筆を超えたらトップ3(またはかなり上位)になり、ホワイトハウスのHPでとても目立つところに並べられて、他の人たちの目にも止まるようになるという話。あと22日間ということか。なかなかアメリカ本国では注目されず、「なにそれ?」状態にある辺野古基地問題だ。いっそ20万筆超えをめざそうではないか。ホワイトハウスのホームページに特大広告を掲げよう。というわけで、英語ばかりでは落ち着かない人向けに日本語解説付きの画像を見つけたので以下に添付しておく。とにかく、署名の仕方紹介の3回目。名前はローマ字でね。署名して送信するだけでは正式に署名したことにならない。署名送信の後で、ホワイトハウスから返事のメールが届く。そのメールで所定の場所をクリックするとようやく署名が受け付けられたことになる。ブログ主の場合、ホワイトハウスからの返信はたぶん5分くらい後になったと思う。日本語解説付き画像を参考にして落ち着いて署名し、20万筆突破でアメリカ本土に特大広告を掲げよう。辺野古のことをアメリカ人に広く訴えよう。←画像クリックで大きくなるよ。

辺野古署名.jpg

本日の9面「政府、強気の成長見通し 来年度1・3% 増税対策頼み」の記事が政権の末期を象徴しているような気がする。実質1・3%を見込む政府に対し、民間シンクタンクの見通しは0・68%。米中摩擦の影響がどう出るかによって、政府の強気な見通しは見直しを迫られる可能性があるという。そのすぐ下に「東証391円安 3月以来の水準」がある。メッキがはげつつある異次元緩和にすがりながらの綱渡りが続く。さらにその隣には、「もんじゅ後継計画 実用化目標先送り 経産省が工程表」の記事が並ぶ。これは見通しを大外れさせた悲劇の高速増殖炉「もんじゅ」の廃炉に伴う後継高速炉計画をほぼ無限遠方に先送りする工程表の公表記事。「もんじゅ」は「夢の原子炉」と呼ばれ、1950年代後半から国策として進められてきた。それが今世紀後半に実用化という話。なんだこれは、失敗を積み重ねながら100年を超えること必定の空想話じゃないか。いさぎよく棚上げとか断念とか言えない体質が、延々とおバカな計画を続けさせる。これも世界に知らしめないといけないことだと思う。最終的影響は地球規模に及ぶ可能性もあるがゆえに。
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2018年12月18日

一億総員奈落の底へまっしぐら

1面トップに「日立、英原発計画『困難』 中西会長 国の輸出戦略暗礁に」の記事。中見出し「出資金集め滞る」で、日本側の出資が思わしくないとある。3面「原発輸出政策総崩れ 安全基準強化 企業の投資慎重」には「官民による『原発輸出』で最も実現性が高いとされた英国での計画が行き詰まった」「ほかの国への輸出計画はすでに頓挫しており、総崩れの状態だ」「着工の条件としてきた出資金集めが難航」「原発事故後に原発の安全基準が強化され、その流れが続くと見た企業は原発への投資に慎重になった」「計画を断念すれば、日立は最大約2700億円の損失を被る見通し」(本文引用)とある。思い出すのは、原発事故から間もないころ、元原発技術者の後藤政志氏が「規制基準をできるだけ厳しくつくることで、簡単には原発が稼働できなくする」といった主旨の発言をしていたことだ。当時は「そんなことできるのかね」と半信半疑だったが、これはまさに後藤氏がいう通りの展開といえる。
中見出し「安倍政権 揺らぐ成長戦略」には「政権が輸出にこだわるのは、原発事故後、国内で新たな原発建設の見通しが立たず、海外で原発を建設しなければ国内メーカーの技術や人材を維持できないと考えたからだ」「だが世界的な『脱原発・再生可能エネルギー導入』の流れが逆風になった」「原発の建設コストは1基1兆円に拡大。国内メーカーの競争力は失われ」「成長戦略の失敗がはっきりしても、政権は強気の姿勢を崩さない」「菅義偉官房長官は」「『日本の原子力技術に対する期待の声は各国から寄せられている。世界での原子力の平和利用、気候変動問題への対応として責任を果たしていく』と強調した」(本文引用)とある。強気とはいえ、原発輸出は総崩れ。これは、ただの強がりとしか言いようがない。もちろん原子力規制委の陣容を大幅に入れ替えて、規制基準を大甘に甘くして、なんでもありにする策が、ある日とつぜん浮上するかもしれない。国内でなら強権発動で強引に押し進めることが通用してしまうこともあるかもしれないが、生半可でない抵抗があるのは覚悟すえきだろう。まして国外では強引なやり口は通用しない。
3面には「日本政府・企業の主な原発輸出計画」として英国、ベトナム、リトアニア、米国、台湾、トルコの諸計画が「困難・頓挫・断念」と示されている。まさに無残。これが首相自ら海外に出かけて必死に売り込んだ原発計画の末路であり、20年東京五輪招致で「アンダー・コントロール」と大見得を切った結末なのだ。12月12日の当ブログ「臨時国会からこっちの状況をどう考える?」で「経産省は昨年秋から『リスクマネー供給』の研究会を開催し、産業競争力強化法を改正して『産業革新投資機構』を設置」したものの、機構の民間出身の取締役9名全員が辞任を表明したが、経済界にも政権に対する異論が出つつあるのかも、と書いたばかり。「なにやら、第1次アベ政権末期の教育基本法強行突破に似た状況があるようで」とも。
事態はそんなに簡単に動くものでもなかろうが、なんとなく兆候はある。英国原発建設で約2700億円の損失を抱え込む日立は、6面「送配電事業買収 日立が正式発表 スイス大手から7千億円」の記事にあるように、過去最大のM&A(企業合併・買収)を発表した。7面「春闘 来年は『脱官制』? 首相の賃上げ要請いまだなし」には経団連中西会長が「(賃上げは)経営と労働側の折衝で決めるべきだという大原則がある。それを十分尊重してもらっていると理解している」(本文引用)と発言したという。連合の力が十分弱まってきたからか、何か他の要因があるからか、今は見当がつかない。同じ面「波紋風紋」の「2018年の経済 成長アルゴリズムの呪縛」では消費増税対策として増税分以上の大盤振る舞いをする政府の異常な行為が指摘されている。「成熟社会の日本は低成長、低インフレの元でやっていかないといけないし、やっていける基盤がある。にもかかわらず、政権も日銀も『成長教』のままだ」(本文引用)と、その横に「日銀金融政策手詰まり 景気リスク懸念 緩和維持へ」がある。ここまで来て、アベ政権の危険な行き詰まり状態を見抜けないと、一億全員奈落の底を覗き込むことになる。間違いなく。
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2018年12月17日

COPでこの国が果たしている役割は

たとえばCOP21で日本は環境NGOなどから痛烈な批判を浴び、「化石賞」なる不名誉な称号を与えられた。最終局面でアメリカに梯子を外されおおあわて。それでもひるまず抵抗を続けたのは、当時の新聞にはちゃんと出ていた。15年6月12日当ブログ「どん詰まりで押し返せるか否か」で新聞記事「歐・日米 文言バトル 温暖化対策 G7の内幕」を引用し「議長国ドイツが最初に提案したのは、過去のサミットで合意したよりさらに踏み込んだものだったという。これに日本が反発し、アメリカの応援を得て、『気温上昇を工業化前と比べて2度未満に抑えるには「50年に10年比で40〜70%削減する必要がある」』『「この幅の上方」を目指す』で折り合ったという」「宣言本文に書かれた『今世紀中の世界経済の脱炭素化』も、日本や米国などの懸念から、当初あった『完全な』の文字が消された。『方向を目指すと言うことで、約束ではない』(日本政府関係者)とのスタンスが反映された」「なるほど、これでわかった。ネット上でやたらに『G7でアベシは各国首脳から無視されっ放し』という言葉が飛び交っていたが」「背景にこういうバトルがあったと知り、すごく納得した」と書いた。
ようするに2015年には、地球温暖化国際会議その他で日本はほぼ立場をなくしていたのだ。16年10月15日の当ブログ「混沌とした情勢が生む次の混沌の先を夢見る」ではCOP22へのヘタレ的対応が表面化し、惨憺たる状況を示したことを書いた。「11月4日に発効する地球温暖化対策の新しい国際枠組みパリ協定。『その第1回締約国会合に日本が参加できず、出遅れる恐れが強まっている』『締約国会合に正式メンバーとして参加するには今月19日までに協定を批准しなければならないが、日本はまだだ』と我が家購読紙」という状況。これはトランプが大統領になるか否かで対応が違ってくることを踏まえ、モタモタしていた時期のことだ。たしか協定批准が間に合わず、モロッコでの会議ではオブザーバー参加の憂き目にあったのではなかったか。そしてCOP23に至ってどうなったか。17年11月14日の当ブログ「海の外ではジリ貧を隠せない国」には「このところ日本は、国際政治でアメリカに置き去りにされるケースが目立つ。COP21からCOP23に至る地球温暖化国際会議においては、オバマ政権から続いてトランプ政権でも、後足で砂を引っ掛けられながら、国際的孤立化の道をまっしぐら。COP23では存在の薄さ甚だしく、国内の新聞記事にもならないオソマツ」と書かざるを得ない状況となっている。
そうだ、ついに新聞記事にならないような、惨憺たる状況になった。いやいや、新聞報道が政権の意向を忖度し、みっともない姿を国民に知らせないように抑制する姿勢が強まったというべきか。ここまできて、本日の1面「パリ協定 ルール採択 温室ガス削減 先進・途上国共通」と2面「温暖化対策 なんとか合意 パリ協定共通ルール」中見出し「対立点 来年に持ち越し 会期延長し交渉 最後は歓声」と「削減目標引き上げ停滞 『2050年に排出実質ゼロを』報告の評価割れる」の状況に至る。記事中で最も気になるのは、日本の対応がほぼ書かれていないことだ。なんという存在感の薄さ、と思うが、「2050年に排出実質ゼロ」への日本の抵抗姿勢は、COP21からすでに明白だったこと。また、「温暖化対策に小型原子炉を」なんぞとのたまう咋今の状況を見ると、たぶん今度の場合も姑息極まりない策を弄したのに違いない。2面記事のラストに、若干意味不明の文章があり、ブログ主的に要約すると「G7で50年までの削減目標を策定していないのは、仏、伊、日、米」ということになるか。「小型原子炉」を過去の遺物群の中から引っ張り出して、「地球温暖化」を「原発ルネッサンス」回帰へ向かわせる目玉にしようとする意図があからさまになっている。ドイツのメルケル政権の後退基調も含めて、こんな状況変化があることを厳しく認識していくのが必要と感じる今日この頃。
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2018年12月16日

我らが積み重ねた30年とは

13日のブログで「ホワイトハウスに直接署名を送るシステム」があり、いま「辺野古埋め立て工事中止」を誓願する署名が始まっていると紹介した・・・つもりだった。その記事を読み返して気が付いた。なんの署名を呼びかけたのかわからないじゃないか。というわけで、あわてて紹介し直しておくことにした次第。署名開始から30日以内、1月7日までに10万人の署名が集まれば、ホワイトハウスは60日以内になんらかのアクションを取ることになっているという。以下、「辺野古埋め立て工事中止」をホワイトハウスに直接誓願する署名をやる手順。
1)まず以下のサイトに進む。
WEthePEOPLE「Stop the landfill of Henoko / Oura Bay until a referendum can be held in Okinawa」
https://petitions.whitehouse.gov/petition/stop-landfill-henoko-oura-bay-until-referendum-can-be-held-okinawa
2)次に画面右側にある3つの細長い四角の中に、一番上は名前、次が苗字、最後にメールアドレスを、みんな半角英数字で書いて、その下にある薄緑の四角「SignNow」をクリックする。
3)しばらくすると自分宛に「We the People:Your Voice in Our Government」という表題で、ホワイトハウスから返事が届くので、そのメールの中頃にある青い文字「Confirm your signeture by clicking here.」を、48時間以内にクリックすると署名が完了する。まだ始まって間がないけれど、かなり進んでいる模様。署名くらいでは微動だにしないこの国の政治を考えると、いくらかでも手応えがあるのは悪くない。効果がどれくらいあるか過度に期待はしないけれど、やってみる価値はある。
その「辺野古埋め立て」関連の記事で、最初に目につくのが、1面「天声人語」だ。「なんども反対の民意が示されても、工事をやめない政府の姿」「一方で、沖縄から佐賀へ米軍機を一時移送する計画は、佐賀県の反対で撤回された。この違いは何なのか。『沖縄は一つの県ではなく、植民地なんでしょうか。植民地の意見なんか聞かなくていい、ということなんでしょうか』」「安倍政権に、政治センスを感じることがある。人々の関心が高いとみるや、様々な手当を試みる。消費増税の緩和策などがそうだ。しかし大多数の関心が低いと判断すれば、とんでもない無茶をしてくる。辺野古での政権の振る舞いは、私たちの鏡かもしれない」「まだまだ引き返せるという訴えは、間違っていない。全国の人々が、目を向けるならば」(本文引用)佐賀県では「撤回した方がいい」と判断し、沖縄県では「圧倒的力で押しつぶしていく」とした判断理由はなんなのだろう?
関係あるかどうかわからないが、3面「日曜に想う」の「大みそかの夜 平成に耳をすます」は、世相の憂うべき現状を書く。記事はかつて話題になった物語「一杯のかけそば」から始まる。「大勢を泣かせ、感動させた要素のひとつは母と子のたたずまいであろう。描かれているのは『理想の弱者像』とでもいうべき姿である。置かれた境遇で健気につつましく生きるイメージの弱者(あるいは少数者)に世間は同情的だ。ところが、そうした人たちが声を上げて権利や不満を訴え始めると、今度は非難が沸き起こる」「『物言う弱者』は袋だたきにあう」(本文引用)。そして「一杯のかけそば」には、ここに書かれていない後日談がある。この物語は映画化された。だが「かけそばを金を払って食べるのなら、そば玉を3つ買ってきて湯を沸かして醤油味で食え」という奇妙な主張があり、映画の公開は見送られた。そうだ、弱者が社会の前面にしゃしゃり出てきて「物言うそぶり」を見せた途端、やっぱり袋叩きにあい、ひっそりと社会の片隅に葬られたのだ。次に、記事は「分をわきまえろ」の論理に言及。「寛容の気風は伸びゆかず、平成という時間をくぐってこの国は、政治も社会も険相を強めているかに思われる」(本文引用)と書く。平成の始まった年に「一杯のかけそば」を密かに葬った世間は、「険相を強めて」平成を終わらせようとしている。我らはそんな30年を重ねてしまったというべきか。
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2018年12月15日

経験を積み上げる努力が抵抗の力を創る

1面「辺野古土砂投入を強行 政府の基地建設 後戻り困難に 想像してほしい これが自分の街なら」の記事にジョン・レノンの「イマジン」を思い出した。「安倍政権は、行政機関から不利益な処分を受けた市民のための行政不服審査制度を、防衛省も一市民であると強弁して使い、『身内』の国土交通省に埋め立て承認撤回の効力停止を申し立てて、認められた」「奇策や強硬策を連発し、躊躇することなく民意を踏みにじる。『なぜ辺野古か』『なぜ急ぐのか』の説明を尽くそうともしない」「ここまで強硬な姿勢を見せた政権はない」(本文引用)。民主主義の根幹を強引に壊す政権の意図を明示する強い書き方だ。16面の「社説」で新聞の主張はさらに読み手に深く突き刺さる。(「たまにはこんな記事を書かないとダメだよ!」と言いたくなるくらい、このごろ酷かったのだが)「中国や北朝鮮を念頭に、日ごろ『民主主義』や『法の支配』の重要性を説く安倍首相だが、国内でやっていることのギャップは目を覆うばかりだ。その首相をはじめ政権幹部が繰り返し口にするのが『沖縄の皆さんの心に寄り添う』と『辺野古が唯一の解決策』だ。本当にそうなのか」「戦後間もなく米軍が行った『銃剣とブルドーザー』による基地建設と見まごう光景が繰り広げられる」「沖縄に対する政権のやり方が通用するのであれば、安全保障に関する施設はもちろん、『国策』や『国の専権事項』の名の下、たとえば原子力発電所や放射性廃棄物処理施設の立地・造営などを巡っても、同じことができてしまうだろう」(本文引用)の指摘は、本来ならこれ以上ないくらいの強さで、読む者の心に突き刺さるはず。「原子力発電所や放射性廃棄物処理施設の立地・造営」と例示する項目は、はじめたら最後、どこまでも強引に押し通そうとする現政権のやり方が前例となり、全国のどこかの地に強権的に決定され、地元の反対も虚しく建設されていくことになる。「放射性廃棄物処理施設の立地・造営」は、いつかどこかが引き受けなければならないが、いまはどこともわからないから最終的に地域が決定されるまで固唾を飲んで黙っているのか。自分たちの近くでないとわかったらほっと安堵し、日を経ずして忘れ去るつもりでいるのか。今までと違うやり方をする政権という認識を身の内に固めなければ、ことが表面化したときにはすでに遅くなっているのに!
30面「読書」欄に「日野行介著『除染と国家』」が紹介されている。「原発事故による放射能汚染に対し、国は土木工事による巨額の『除染』事業を行ってきたが、汚染土の保管・貯蔵をめぐる責任の所在は明らかではない。非公開のワークンググループで、汚染されたがれきや土を『資源』として『再利用』する計画が進められ、開示を求めてきた資料から発言が削られるなど、密かに事態が進行している。毎日新聞記者の著者が警鐘を鳴らす」(本文引用)とある。すでに外堀は着々と埋められつつある。にも関わらず、これに持続的注意を払う声が聞こえない。それどころか、11年の後半には来年のために耕作地を耕し終えた土の汚染状況が低いと知って安堵してしまう軽々しい対応がすでに蔓延していたし、今も世上はその延長で軽々しく忘れていくばかり。
13面「平成とは」の「この国と原子力7 熱かった『国民的議論』」には、民主党政権下の12年夏、大々的に行われた「国民的議論」についての記事がある。あのとき野田政権が打ち出した「30年代に原発ゼロ」という方針は、「『即時』でなければダメだ」という激しい批判に迎えられたが、さて、だからあの「国民的議論」でゆるい結論が出たことをひたすら批判するのが得策だったのかどうか。その約2年後、アベ政権下の経産省は「第4次エネルギー基本計画」案でパブコメを実施し、原発の賛否を分類しなかった。記者が情報公開請求して独自に分類すると「脱原発」94%、「維持・推進」は1%。何らかの縛りをかけて次へのステップにする発想を育て忘れた運動はゼロと熱狂の間を揺れ動き、持続性を欠く。歴史の経験として積み上げて次世代につなげることを学ぼう。だからこそいま辺野古の埋め立てを「イマジン。想像してほしい。これが自分の街なら」と!
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2018年12月14日

生きる人間であり続けるために

14面「社説余滴」の本日は「『恨』を解くためには」の記事。02年の大阪高裁判決について触れている。「戦時中、ふたりは平壌で、技能を習得できる旨の広告に応募し、大阪に渡った。工場と寮で監視下に置かれ、途中から徴用扱いの告知を受けるとより厳しくなった。食料は足りず、空腹のまま危険な作業に長時間従事。会社側は戦後、賃金を国に供託しながら本人には通知しなかった」(本文引用)。高裁判決では「違法な強制労働」の実態を認めたが、未払い賃金については訴えを退けた。その後の経過では、13年にソウル高裁の差し戻し審で新日鐵住金が賠償を命じられ、今年10月には、「大法院は『反人道的行為』に対する慰謝料支払いを同社に命じた」「募集、官斡旋、徴用と形式を変えつつ、日本は国策で、戦争拡大により不足した労働力を植民地朝鮮にも求めた」(本文引用)とある。
とりあえずここで注目したのは「技能を習得できる旨の広告に応募」したという部分だ。どこかで見かけそうな「広告」の話ではないか。2面「実習生8年で174人死亡 野党『不審死・過労死の疑い』」があり、新入管法が成立したあとの13日、法務省は、「10〜17年の8年間で174人死亡していたと野党合同ヒアリングで明らかにした」(本文引用)。作業中の事故だけでなく、自殺や交通事故死も含まれ、なかには「不審死」を疑うケースもあったという。たしかに、婦人子供服製造業務で1月に溺死するとは考えにくい。寒すぎて泳げるはずもなく、また業務で水を大量に使うところでの死亡だったら、労災に認定されてしかるべき状況。「病死」にしても、すでに判明している長時間労働の過酷な実態などを考え合わせると、あきらかに「過労死」の疑いが浮上する。
外国人技能実習生の過酷な労働環境と、「技能を習得できる旨の広告に応募」「途中から徴用扱いの告知を受け」「未払い賃金」という戦時下の状況が重なって見えてくる。「日韓請求権協定で補償問題は完全かつ最終的に解決済み」とする日本政府のかたくなな態度の先に、これから激化するかもしれない外国人実習生たちの訴訟に対する事前の準備が隠されている、と考えるのが正解ではないか。いまは「徴用工」の時代とは比較にならないほど情報が一般に広く共有できる。そんな状況下にあって、こんな昔と同じような制度では、日本を目指す人々が減りこそすれ増えることは滅多にないだろう。甘言で釣らない限りは・・・。
以下の記事では、日本の年間最低賃金がまだ高いように示されているが、実態として外国人技能実習生が手にする賃金は、これとは比較にならないほど低いはずだろうし、過労死を招きかねない過酷な長時間労働で加味された分は、差し引いて考えなければならない。それにしても1年で7000人が失踪、8年で174人が死亡。そのなかにはあきらかに不審死と思われる事例が含まれる状況に、この国がいま現にあるということを、深刻な気持ちで受け止めたい。巧妙に形を変えた植民地主義が横行している現状があり、それを宗主国の国民は知って知らないふりをして見過ごす。そして、いつのまにか自分たちも過酷に搾取され、最底辺で喘ぐ外国人労働者と、その近辺で路頭に迷い続ける最底辺国民の存在を忘れ、そんな現実を作ったものに個人の不安の解消をすがり、わずかなおこぼれをありがたく受け取って生きる。なんという悲しい状況であることか。なんという恥ずべき生き方であることか。入水自殺を「溺死」と片付ける神経を共有したくない。「過労死」をただの「病死」で誤魔化す鉄面皮と同じ仮面をかぶりたくない。金儲けのために人間を人間とみなさなくなるカネの亡者に成り下りたくない。ただひとえに、生きる人間であり続けたい、と思う。
☆「日本には来ないとベトナム人実習生、新在留制度で労働環境は変わるか」Bloomberg11月16日
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-11-15/PHV4AT6JIJUO01
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2018年12月13日

成長戦略の失敗が明らかになってくる

11面に「官民ファンド 農水も苦戦 減損47件 設立以来赤字」がある。昨日「機構がゾンビの救済機関になろうとするとき社外取締役にとどまる理由はない」と我が家購読紙に書かれていた役員の発言がやはりポイントだったか。以下記事も「空中分解必至の官民ファンド『産業革新投資機構(JIC)』。社外取締役を辞任した星岳雄・米スタンフォード大教授は『ゾンビ企業の救済機関になろうとしている』とJICの姿勢を批判していたが、この通りであれば、役員の高額報酬以上に大問題」「3日に官邸で開かれた『官民ファンドの活用推進に関する関係閣僚会議幹事会』によると、14の官民ファンドに対する政府の出資金は9月末時点で7926億円に上り、さらに2兆9849億円の政府保証が付いている。ファンド経営が行き詰まれば当然、巨額の税金はパーになるワケだが、実に9ファンドが累積赤字を抱える惨憺たる状況だ」(本文引用)と書かれている。約6割が累積赤字を抱えており、14ファンド中12ファンドが第2次アベ政権後の発足。下記記事は我が家購読紙と同じ「農林漁業成長産業化支援機構(A−FIVE)」を実例としてあげている。我が家購読紙記事では農水省内の幹部の対立にも触れ、さらに「会計検査院の担当者は『A−FIVEの場合、変なところに資金を使わずにまだ残っていてよかった」「農水省内には『もはや整理しかない』と同省所管の他団体との統合を指摘する声もある」(本文引用)という。「変なところに資金を使わず」というあたり、「官民ファンド」のあやしい実態が浮かび上がる。14ファンド中12ファンドがアベ政権下で発足し、「A−FIVE」は13年に経産省がすでに所管していた2つの官民ファンドを真似て作ったというが、いよいよこれはアベ式成長戦略の大失敗を物語る、惨憺たる実例になってきた。これが国会で問題になったら、あの人のことだから、「民主党政権時代から」云々などのイチャモンをつけて金切り声を上げるんじゃないかと思うが、さて通用するかな。
☆「JIC騒動で露呈…官民ファンドは血税しゃぶる“天下り集団”」日刊ゲンダイ12月12日15:00
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/243556
ところでいま、ホワイトハウスの署名サイトに直接声を届けるための署名運動が行われている。ブログ主は署名運動があんまり効果を生まないこの国の現状に照らして、いままで署名には消極的だった。ところがアメリカというところはいちおう「民主主義」を建前として世界に君臨する国家らしく、ホワイトハウスに直接署名を送るシステムがあり、署名開始から30日以内、1月7日までに10万人の署名が集まれば、ホワイトハウスは60日以内になんらかのアクションを取ることになっているという。面白い国だ。
1)手順はまず以下のサイトに進んで、
WEthePEOPLE「Stop the landfill of Henoko / Oura Bay until a referendum can be held in Okinawa」
https://petitions.whitehouse.gov/petition/stop-landfill-henoko-oura-bay-until-referendum-can-be-held-okinawa
2)右側にある3つの細長い四角の中に、一番上は名前、次が苗字、最後にメールアドレスを、みんな半角英数字で書いて、その下にある薄緑の四角「SignNow」をクリックする。
3)しばらくすると「We the People:Your Voice in Our Government」という表題でホワイトハウスから返事が届くので、そのメールの中頃にある青い文字「Confirm your signeture by clicking here.」を、48時間以内にクリックすると登録完了。
こういうシステムがなくて、たとえ何千万の署名を集めても無視する国に住んでいることを思う。なんらかの行動をしなけりゃならなくなるというのがいいねえ。これでうまくいかなければ別の署名、たとえば「『アメリカは辺野古が必要とは思っていない』と明言せよ」とか「『嘉手納も辺野古もアメリカには不要である』と宣言せよ」の署名運動とかも有り得る。何か前へ進めば、さらに次のやり方が浮かんでくる。いいじゃないか。
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2018年12月12日

臨時国会からこっちの状況をどう考える?

7面に「革新機構 経産省に誤算 頼りの幹部も辞任◼️認可ファンド清算」中見出し「官民ファンド 集約見通せず」がある。この件については昨日、当ブログにて「ほんとうに『報酬』なんてゲビた問題がこのドタバタ劇の本質なのかどうか、まだよくわからないでいる。(中略)だが、この国の政治がぎりぎりと音を立てて歪み、いままさに極大のたわみにまで達しているのを感じる」と書いたばかり。7面記事を読む限りでは、経産省が「JICが導入を目指した高額報酬を認めないと発表」(本文引用)し、うるさい田中氏だけ辞任に追い込む算段でいたのが、民間出身役員全員が辞任表明して、事態がややこしくなってきた、ということくらいしか見えてこない。「機構がゾンビの救済機関になろうとするときに社外取締役にとどまる理由はない」「法治国家の政府機関として、法律的に納得を得られるものではない」(本文引用)という社外取締役のコメントの意味も不明で、「両方ともセコイのか、それとももっと水面下の問題があるのか」、経済問題に弱いブログ主には、よくわからない展開に「?」マーク点灯だった。「もっとわかりやすい解説がないかね」という状況で、この件についてはペンディングとなっていたが、14面「社説」の「官民ファンド『事務的失態』なのか」を読んで、すこし納得ができたのだった。
経産省は昨年秋から「リスクマネー供給」の研究会を開催し、産業競争力強化法を改正して「産業革新投資機構」を設置。機構が円滑に動き出すかに見えたとき、当初示されていた報酬案が突然撤回。「問題の根幹は、政府内の調整過程が不透明で、どこで何が決まっているのかが外部に見えにくいことだ。機構の運営を阻害しただけでなく、国民への説明責任も軽んじている。なぜ方針が揺れ動いたのか、いまだに納得できる説明はない」(本文引用)とあるように、どこかわからないところからの横槍で細かなことまで指図される体制でなにができるのか、というあたりが不満の根源かと感じられた。機構がやろうとしていることの中身にいちいち口出しされるるのを虞れたのではないか。「不振企業の延命や、有効性の定かでない政策のための便利な『財布』として使われる」「既存の官民ファンドにはそうした例が目立ち、整理と責任の明確化が問われていた」「官民ファンドは、そもそも性格があいまいだ。国の資金を使う以上、政策効果や収益性、報酬制度などを含め国民への説明責任は重い。一方で政府が頻繁に介入すれば、意思決定が遅れ、成果も望みにくくなる」(本文引用)との指摘に、ここしばらくのあいだ国会で追求されていた妙な金の流れに関するあれこれのスッタモンダをさし挟むと、機構の民間関係者の危惧の根幹がこのあたりにありはしないか、などと推測したのだった。「『延命』や『財布』になるための仕事か!」「あとで問題になったとき、尻拭いをやらなきゃいかんのか」といった気分が湧くのは当然かと思う。そこからさらに思うのは、誰のために「延命」「財布」「尻拭い」するのかということで、察するに政府・政権の強力な締め上げが、いままでのようにうまくいかなくなっていることの傍証になる事態なのかな、などと推測をたくましくしたわけで・・・。
経産省は「報酬」の問題に矮小化し、民間の9人が駄々をこねているかのように世論を誘導しているが、「そんなことでいまや落ち目となったやつばらを懸命に支えるなんぞの義理はない」という意識が経済界の内部にもあるのかな。そういえば今臨時国会では、なんで13の奇妙な法案が怒涛の進撃で成立してしまったのか。新入管法にしても、水道法にしても、そこまで焦って強行採決する必要があったのか。さらに、今日の新聞を見ると、1面「事実上『空母化』を明記 防衛大綱骨子案 与党了承」があるが、これもそこまで急ぐ必要があるのかどうか。なにやら、第1次アベ政権末期の教育基本法強行突破に似た状況があるようで、さらに考えるとこれもまた来年は改憲一本槍で突き進むための駆け込み整理なのかと疑ってみたりもする。緊張がまだまだ持続する。考え方をしっかり固定しておかないと、どこで自分が脱線するかわからない状況。いっそう注意が肝心だと思う!
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2018年12月11日

我らは未来への重い責任を背負いこんでいる

本日は14面「経済気象台」の「トップダウンの文化」から。記事は米発祥の野球やアメフトと英発祥のサッカーやラグビーを比較。(英発祥競技は)「試合が始まったら選手に任せるのが基本。各選手の的確な状況判断や創造性が求められる。一方米国型競技には、首脳陣の意志で選手の行動をコントロールしようとする発想が強い」「米国型競技から見えてくる、日本型上下関係と米国型組織の意外な親和性。ともにトップダウン型の両者が合体すれば、トップの暴走をとめるのは難しい」(本文引用)とする。へえなるほど、である。話の終わりを日産で発生中のスッタモンダでまとめるところはいただけないが、「日本型上下関係と米国型組織」という表現に、もしかしたら微妙な意味が含まれているのかもしれない、と思う。ほんとうは日産なんていうチビた話がしたいのではなく、この国で現在進行中の構造的問題の象徴である、政治の暴走を暗に指し示しているようにもみえる。
1面「革新機構 社長ら9人辞任 報酬問題 民間出身の全取締役」の記事を読んで、ほんとうに「報酬」なんてゲビた問題がこのドタバタ劇の本質なのかどうか、まだよくわからないでいる。この事件の背景に、ゴーン前日産会長の逮捕劇が、実質どんな影を落としているのかいないのか、それもわからない。だが、この国の政治がぎりぎりと音を立てて歪み、いままさに極大のたわみにまで達しているのを感じる。その関連で、13面の週刊誌広告の大見出し「創価学会の“最終決断”自民に『NO!』 学会の抵抗が改憲を止めた/参院選と統一地方選にらみ二階・自民党幹事長が公明に譲歩して『先送り』/安倍家3代と学会会長とのホットライン/公明の“自民化”に地方組織の不満爆発/沖縄県知事選は『創価学会の“敗北”』/公明山口代表が恐れる学会婦人部/石破茂、枝野幸男・・・」がなんとなく刺激的だ。そして1面に戻ると小さな記事で「2020年 新憲法施行の目標『気持ち変わらず』 首相、国会閉幕受け改憲」がある。すでに国会会期中の外遊などで議論から逃げ回る作戦は、やり過ぎて国民周知の事実と化している。たまに議会に出てきてもいい加減な答弁しかできず、それを報道されてはかなわないと、テレビに自粛させているかのような風情アリアリ。そんな傲慢を通り越した幼児的ともいえる振る舞いに、もしや周辺も頭のてっぺんに?マークを点けだしたのではあるまいか、などという気分が浮かんでくるのを止められない。
16面「社説」の「国会の空洞化が加速 政権の暴走が止まらない」では、総裁3選後はじめての臨時国会で、政権のめちゃくちゃな振る舞いがいっそう際立ったと書くが、「独善的」という表現ではとても足りない。抑制が全部外れた「幼児への後退現象」ともいえる暴走。首相のいろんな問題発言を見てきたが、技能実習生69人が3年の間に凍死、溺死、自殺などで死んだことを問われた首相が驚く様子も見せず、「初めてうかがった。私は答えようがない」(本文引用)と、哀悼の意もなにもない表情で答弁したということに彼の倒錯した神経が見て取れ、「こりゃ、もうだめだ」という気にさせられたものだ。これはあの、放言しか口にできなくなって哀れな姿を巷に晒す、麻生財務相の脳みそ雪崩現象と軌を一にするものとみて差し支えない。
その口から「2020年、新憲法施行の目標の気持ち変わらず」発言が飛び出す。言うなれば、「あのオモチャ欲しい、買って、買って。でないとぼくちゃん言うこときかないんだから」的なわがまま坊主の寝っ転がり足バタバタ作戦の空気しか漂ってこない。60歳過ぎて「ぼくちゃんやだもん」は病気以外のなにものでもない。これはすでに「トップダウン」なんて段階を超えた意識退行の表れなのかもしれない。公明党の「最終決断」が間に合うか、遅きに失するか、いまはそんな時期に差し掛かっている。そして彼の足バタバタ作戦の結果は、この国の未来に、すでに大きな暗闇を用意している。我らはその闇を乗り切らなければならない、未来への重い責任を背負いこんでいる。
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2018年12月10日

けっきょく「緩和」の底意があふれている

どうも規制緩和というのが怪しい。今度の臨時国会でも、水道法やら入管法やらがほとんど審議もされずにどんどん決まっていく。あれも決まっちゃったの、とかいうのもあり、追いかけるのに忙しくてしょうがない。働き方改革なんて過去の話。種子法、森林経営管理法、漁業法も中身をちゃんと詰める時間もなく、デタラメな統計資料を根拠に、時には黒塗り、または恣意的に改ざんし、追求されても「オラ知らねーよ」で押し通す。加計やら森友やら規制緩和で事件が起こっても、押し通す。「緩和」こそ唯一の我が道、なんていう調子なのだ。それがまた一段と拍車がかかっているようで、恐ろしい限りなのだが、気分的に圧倒されてあれよあれよという間なんだから困ったものだ。この大枠の動きが、あまりのスピードに幻惑されてなかなか見えてこないのではないか。ひとつひとつの問題がクローズアップされ、その問題の大きさが途方もないから、個別の印象が強くなり、大枠の「規制緩和」の悪行が見えなくなる。一億みんな奇妙な幻覚のなかにある。なにをそんなに急ぐんだ、と思っていたら、黒田日銀の「異次元緩和」がそもそもこの文脈の中心にある。というより、これこそ「緩和」の頂点にあるもの。ようするに「緩和」「緩和」「緩和」の親玉なのだ。
あらゆるものを緩めていく。企業が動きやすくする。企業が儲けやすくする。それで経済がうまく動いていけばシメたもの、というのだろう。いまになってさらに拍車がかかったのには、もっと理由があるかもしれない。「なんでも緩和」路線に陰りが出てきて、アベノミクスがいよいよ危なくなってきているのではないか。そのことを企業も感じ始めているのではないか。だから政権としては、大切な味方をつなぎとめておくため、必死になってあれもこれも「緩和」「緩和」「緩和」と突き進んでいるんじゃないか。そういえば思い出すのは、加計学園問題が追求たけなわのころ、彼は特区をもっと広げたい、などと口走っていたっけな。とにかくでろでろと迎え舌みたいにみっともなく溢れ出す「緩和」「緩和」「緩和」の大波が、ついに堤防決壊よろしく溢れ出しているという他ない。この流れの中には「電力自由化」や「太陽光発電」の乱雑な拡大策も含まれる。それによって、結果がどうなるかは老獪な官僚たちや電力業界の動きを見ていたら丸わかり。いや、丸わかりのはずなのに、変な理屈をつけて「再エネ」は「原発の補完物」なんて定義をして全否定するおバカもでてくる咋今。たしかに、怒涛のごとく溢れ出てくる「緩和」「緩和」「緩和」の恐ろしい姿は、目まぐるしくて困る。しかし、せっかくの武器を敵に譲り渡しておいて、さらに「原発の補完物」に成り下がらせる愚かさは、とてつもない愚行ではないかと思う。武器を捨ててただがなりたてるだけの無為無策流戦法という他ない。
「地球温暖化対策のために小型原発」を作るという発想も怪しからん。これは現在の「地球温暖化対策国際会議」の主流に対する、公然たる反旗に他ならない。これぞまさしく「地球温暖化」を利用した「地球温暖化対策」潰し。「地球温暖化」はインチキと叫ぶ訳知り顔の人たちはこれをどう考えるのだろう。やっぱり「地球温暖化」はインチキだった、などというのだろうか。論理が捩くれ曲がると、思考の水脈はたらたらと思いもかけない迷路へ流れ込んでいく。「地球温暖化対策のために小型原発」を作るという発想は、同時に「地球寒冷化対策」まで含む狙いを内包している。彼らにとっては「温暖化」も「寒冷化」も、どうでもいいのだ。ただひとえに、利益を貪るきっかけになるのであれば、どんな論理にも潜り込んでいく。そのことを踏まえて、潜り込んでくるやつらのしっぽをつかまえないと、けっきょくは逆にやりこめられてしまう。敵に猟場を荒らされ、自分達にはなにも残らなくてもいいのかどうか、じっくり考えるべきだろう。「緩和」「緩和」「緩和」のでろでろ魔人は、幻惑するのが格別に巧みなことを忘れたくない。本日は休刊日なので、いま思っていることをとりあえずたらたらと書いてみた。
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2018年12月09日

怨嗟の声は間違いなく地に満ちている

3面「日曜に想う」の表題は「過去も未来も見据えた審判」。「先の見えぬ混迷のうちに2018年が暮れゆく。求心力を失う政権が続き、今やレームダック(死に体)化は世界規模で政治のキーワードとなった観がある」(本文引用)として、メルケル首相や蔡英文総統、英仏の統治力低下、移民問題に揺れる欧州連合、剣が峰に立つトランプ氏などの例を並べ、「安倍晋三首相は、進むか退くか。咋今の首相の言動は一つの枠を超えたかのごとく見える。自ら目標の次元を設けて難題の解決を次々と掲げる。消費増税も全世代型の社会保障も憲法改正も日ロの平和条約締結もみな同じだ。これは何を意味するのか」(本文引用)といい、選挙の話に移る。まずは安倍政権の目論見はなにか。政権信任選挙か、政権選択選挙か。最も自然なのは後者。つまり衆参ダブル選挙の可能性を言う。ただし、「今はまだ選択肢の拡幅期間なのだろう。ただ、ここにきて立憲民主堂の枝野幸男代表の言動も研ぎ澄まされてきた」「政局の平原においてにわかに両極がむくむくと隆起する思いがする」(本文引用)と、ここまでが政局についての言及で、論述は有権者の動向に移る。これまでさんざん行われてきた政権信任か政権選択かなんて、有権者にはあまり意味がないんじゃないか、と論を転換する。有権者の目線からすると、選挙技術に寄りかかった与党のさもしいやり方にたいする不信感は根強いものがあるだろう。しかし、野党には民主党政権の「政権交代で生じた民意の巨大な期待を瞬く間に失望に変えた(略)過去がある」「得心のゆく未来を語らぬ者に対し有権者は万全の支持を送らないのではないか」「今日レームダック化の真の危機にあるのは政党政治そのものである。過去と未来のデータが十分に出そろって審判がなされることこそ、日本がその危機を回避する王道になる」(本文引用)と、これがシメ。
どうなのかねえ。彼我の力量の差がどこまで縮まっているのかはわからないが、2009年の政権交代のとき(はっきり記憶していないのでなんとも言えないが)共産党は意図して全選挙区におしなべて候補者を擁立する作戦をとらなかった。つまり党独自の判断で上げ潮に乗る民主党を圧勝させ、政権交代を完全な裏方として成功させたような気がしているのだが(勘違いだったらごめんなさい)。それがなぜ、いまはその作戦をとらないか。よくわからない。レームダック化したとはいいながら、彼我の力量の差がこれほどまで開いてしまったら、なにがなんでもその差を縮めることから始めるべきじゃないかね。それは必ずしも野党共闘のような単純な数合わせになるとは限らない。もっと現実的な路線があり得る。老獪な共産党のことだから、そんな選択肢もじっくり検討しているんじゃないかと想う。有権者の本心が現れにくくなっている選挙制度の中で、それでも世の大きな流れを見据えた選択を、まずはカギを握る政党が大胆にやってみせる、大事な時期に来ているんじゃないか。この国ではとりあえず中間政党が伸びていかないと、まだ自立した民意が育っていきにくい環境下にある。まずは民意が育つような、前向きに時代を考えることができるような、民意の土台をつくることが先決の課題ではないかと思うのだが。
ところで2面に「米国製品を買おう『バイ・アメリカン』国内防衛産業苦境」の記事がある。アベノミクスや異次元緩和で経済政策がうまくいっているかに見せながら、身内にさえ首を傾げられる状況が目立ち始めている。水道民営化も新入管法もおそらく?マークが点灯しているだろう。種子法しかり。原発輸出はひとつも成功していない。地球温暖化国際会議をネグレクトしつつ、温暖化対策のために小型原子炉を言い出す。核燃サイクル温存のために中身抜きの長期計画をたてる脳内お花畑。森林を民間の自由に任せる法。漁業権まで取り上げてしまおうという支離滅裂。社会保障のための消費税アップというのは昔の話か、軽減税率による消費増税減収分の4割を「低所得者の医療や介護の負担を軽くする『総合合算制度』の導入を見送ることで確保」するなど、矛盾だらけ。もう完全支離滅裂の状況。潜在的な怨嗟の意識は、巷に満ち満ちているはずだ。
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2018年12月08日

報道の弱さは否めないが心意気はまだある

法案が通ったあとで大報道。1面「外国人受け入れ拡大 改正入管法4月施行 『使い捨て労働力』広がる懸念」。他に2面、3面、4面、14面、35面にも重要関連記事がある。問題点を実に丁寧に解説している。わかりやすい。でも法案審議中にあるべき大キャンペーンが不足した。2面「首相指示、10カ月で成立へ 急ピッチ 実務追いつかず」が的確に問題の根っこをあぶり出す。「外国人労働者受け入れ拡大のための改正案は、安倍晋三首相が指示してからわずか10カ月で成立する」「関連法案は11月2日に国会へ提出され、与党ペースの審議の結果、1カ月あまりで成立の運びとなった。しかし、ペースがあまりに速く、法務省側の作業は追いついていない。同省は検事や事務官を入国管理局に増員して対応したが、幹部は『次から次に課題が出てくる。スピードを優先せざるを得ないのが現状だ』と嘆く」(本文引用)。同面「入管法 実態ぼんやり」にも「首相の指示で法改正の作業は急ピッチで進んだが、決まっていないことはあまりに多い。新たな在留資格で働く外国人の人数は。『技能』はどのように判定するのか。日本人と同じ社会保険制度を受けられるのか」「数多くの疑問を抱えたまま動き出す」(本文引用)と指摘し、首相の鶴の一声で馬車馬となった官僚たちの哀れな姿が浮かび上がる。その奥に、外国人技能実習生らの奴隷的労働に呻吟する姿が隠されているのを忘れてはいけない。こんなことでは、日本を目指す労働者たちは激減するしかない。そもそもこの法は、海外からやってくるのは人間ではなく、超低賃金でも文句を言わない使い捨て労働機械としか考えていないのが丸見えだ。
3面「東南アジア・欧米も報道 新たな就労機会▪️近代化の分岐点」には、東南アジアでこの法案への関心が高く、欧米メディアなども記事を発信しているという。ただ、その内容は「好意的」な見方が多いように書かれているが、ほんとうだろうか。一方で、実習生たちの情報交換は進みつつあり、労働条件や賃金などについて、SNSによる意見交換が盛んになっていて、日本の実情については次第に知られるところとなっている。その落差は今後どう埋まっていくだろう。徴用工問題で浮かび上がってきた論点のひとつは、強制労働ではないという主張の欺瞞性だったと思う。その内実がいかに過酷なものだったとしても、先方が望んでやってきたことだと主張する論法は、さすがに影を潜めつつあると思うが、入管法の不備がもたらす不利益が集団訴訟となる事態に及んだとき、おなじ論法が使える余地はほとんどない。
それにしてもアベ政権のやることにチグハグ感が目立っている。すべての歯車の噛み合いが悪くなっており、不具合が丸見えのまま、様々な分野で七転八倒のテイタラク。7面「1兆円減収 穴埋め策めど 軽減税率 社会保障の歳出減など」には、軽減税率で目減りする1兆円の穴埋め策として、そのうち4000億円分を「低所得者の医療や介護の負担を軽くする『総合合算制度』の導入を見送ることで確保」(本文引用)とあり、これは所得税増税やたばこ増税などを含めて、すでに早々と決まっている項目。のこり3000億円分がまだ決まっていなかったのを、インボイスどうのこうのというわけのわからない項目導入による増収と「社会保障改革による歳出減などをあて」(本文引用)て確保するとのこと。なんだ、社会保障をできるだけ削ることで、軽減税率でできた穴を埋めるということじゃないか。弱者はただひたすら耐えるのみ。彼らにとっては、じつに抑え込みやすい対象ってことなんだな。
11面「平成とは」に「この国と原子力2 取り込まれたメディア」がある。このところ影が薄い感のある朝日内良心派ジャーナリズムの痕跡が、ここにまだ生きているぞ、と声をあげる。自社内の元職が電力会社の情報誌の編集をしたり、よいしょ記事を書いたり、「残念な話だが、朝日新聞のOBも、東電から不用意に仕事を引き受けていた」(本文引用)。この意志が残っているだけでも良しとしなければならないが、それくらいの世の中になっているのか、と思うと気分が重い。
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2018年12月07日

品位もなにもなくなった現今の政治は

「迎え舌」というのだそうである。あの人のやっているのを見ると、料理を口に入れるとき、舌を突き出すのではなく、でろんとあふれ出すような感じにする。つまり、口いっぱいに広げたままの舌が、でろでろと外に出てくる。だから、とても気持ち悪い。突き出すのには意志があるが、でろでろには意識とは別に「あふれ出てしまった」というイメージが漂う。ううっ、これ以上の形容はヤメておこう。表現するだけで気持ち悪くなる。箸の持ち方にも異論があるが、この「迎え舌」は妖怪変化のなせる技としか言いようがない不気味さがつきまとう。超級の裕福な階層の出身なんだから、それなりの教育やしつけを幼少時から仕込まれたはずだがなあ、と思う。それが60過ぎてこのテイタラク。ちゃんと教育する環境になかったのか、家族や関係周囲がみんな同じような人たちだったか、それとも本人がわがままいっぱいでどうしてもいうことを聴かなかったのか。そういえばこのごろ国会答弁や記者会見での滑舌の悪さを聞いていて思う。もしかしたら、舌の動きが何かの原因で不自由しているのか、などと。持病の治療に使う薬の副作用であったら、気の毒に思う。そんなの関係なしに彼の生育歴に関わる性癖であったとしたら、「やめたほうがいいよ」と言うばかり。国内では寛容寛大な世論によって許されるのかもしれないが、海外では「なに、この人は」と、各国要人から目をひそめられること請け合いだろう。それだけでも信用を落とすことになる。
信用を落とすといえば、今臨時国会の運営は酷かった。トランプ氏なんぞはG20が終了したらそそくさと帰国してしまったのに、首相はやらなくてもいい外遊で逃げ回り、南米諸国に「北朝鮮への圧力」をいっしょうけんめい説いて回る。帰国第1声は「(G20から帰国した)時差が激しく残っているなかにおいて、明日は(参院)法務委員会、2時間でてややこしい質問を受ける」(6日4面「首相『ややこしい質問受ける』 入管法案の審議めぐり発言」より引用)などと、言わんでもいいことを、でろでろとしゃべってしまう。これも舌に宿った妖怪変化のなせるワザなのか。さらに、彼に取り憑いた妖怪の毒気に当てられて恐れおののく周囲の忖度行動のなせるワザか、1面トップ「水道『民営化』法が成立 運営権の売却容易に」の記事が、唐突に庶民の前に踊り出す。その記事のすぐ脇に「入管法案 きょう成立方針」もある。2面「水道『民営』不安拭えず」では、様々吹き出た疑惑もなんのその、電気やガスよりはるかに公共性が高く、民間利益の範疇で恣意的に運用したら多くの支障が伴うとわかっている法案が強行採決され、日を経ずして入管法がさらに強行される可能性大。いったい今国会における首相の答弁にはどれほどの時間が費やされたのか。昨日の「ややこしい」発言にしても、「2時間」は委員会への出席時間であって、答弁時間の合計ではない。「でろでろ迎え舌」で思ったように、彼の人生は徹頭徹尾「守られて利用される」という、太鼓持ちに支えられた〇〇殿様のあり様と言うしかない。
9面の週刊誌広告に「失言を批判されてもなぜか元気満々 桜田義孝5輪担当相地元・千葉で怪気炎『オレは総理を目指す』」とあるのは、どんなボケぶりを発揮しても、太鼓持ちの意向に沿ってやっていれば、裏の傀儡師たちがいいようにやってくれるから、オレでも総理くらいできるさ、という認識になるのではないか。2面「首相、従来答弁を連発」で、首相本人が典型的な見本を示してくれている。毎日同じ答弁を繰り返していたら、どれほど寛容な国民であろうとも怒り出すだろうが、時間を置いて繰り返される同じ答弁なら、緩みが出てくる。そんな計算があるのではないか。外遊を時間稼ぎに使い、「ややこしい質問」を「人間自動音声再生装置」方式でやり通す。これぞまさしく子どもでもできる国会答弁術の極意。その結果が、いつか国民の頭上に堪え難い災禍になって降り注ぐとしたら、笑っていられない。4面記事によると、参院選は7月21日が有力とか。向こうでは作戦会議たけなわである。
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2018年12月06日

まっすぐでも最初が悪ければそれまでよ!

1面「折々のことば」が興味深い。「ゆっくりと歩む人でも、つねにまっすぐな道をたどるなら、走りながらも道をそれてしまう人よりも、はるかに前進することができる デカルト」(本文引用)。その下の天声人語にも興味深い記述がある。山手線の新駅の名称が「高輪ゲートウェイ」に決まったという。公募1位の「高輪」でも「芝浦」や「芝浜」でもなく、130位の案が選ばれた。政府がよくやる「パブリックコメント」と同質で、結論は決まっていたのか、と疑ってしまう。「つねにまっすぐな道をたどる」のと「走りながらも道をそれる」の差は、この場合どう適用できるか。そりゃあ根っこの立場が違うからでしょうと言うしかないが、いいように勘違いする人は多い。1面には「トルコ原発計画断念へ 政府・三菱重 事業費かさむ」や「改憲4項目提示を断念 自民、今国会 参院選前発議、困難」もある。このふたつはどちらにハマっているか。立場の違いで違う方向へ向かう典型といえる。
首相が原発輸出に乗り出したのは、原発事故で世界中が騒然としていた11年9月だったと記憶する。まだ自民党が野党だったころ、民主党内の一部議員も含む議員団がインドへ急遽向かった。当初は何をしにいったのか、ぜんぜんわからなかったが、その後の経過を見ていて「こりゃ原発輸出のためだな」と推測した。2面「原発輸出政策 また失敗」中見出し「費用2倍、トルコ『失望』」「破綻しかけの成長戦略」「トルコ、中ロ接近加速か エネルギー自給 原発も柱」をみると、「ゆっくり」「着実に」「まっすぐ」辿ってきたはずが、「失敗続きの『原発輸出』政策は行き詰まっている」「『失望した』。水面下で伝えられたトルコ側は怒りを隠さず、3月に予定していた調査報告書の受け取りを拒否」「そこで政府は来年1月、世耕弘成経済産業相をトルコに派遣し、原発の代わりに最新鋭の石炭火力発電所をつくる計画を示す方向だ。『「断念」という言葉まで使うかはわからないが、石炭火力の話を持っていくと言うことは、そう言う意味だ』(政府関係者)」(本文引用)←負け惜しみ?
いつものやり方が揺れる。絶対に諦めないで何十年でも突っ走り、大敗北でも目覚めることなくなし崩しで逃げ切るのは国内だからこそできる。外国向けに同じ手法で進めない苦肉の策を、「『断念』という言葉まで使うかはわからない」なんぞと包んだ言い方で誤魔化すのが精一杯。しかも、トルコはすでに中国との接触を語り始めている。
1面「改憲4項目」断念は、「走りながら道をそれる」の典型とも見える。しかし、「断念」とは「『改憲4項目』の今国会提示を断念」(本文引用)するに過ぎないし、いまもまだ首相自身はいじいじと執着し、諦めていないだろう。3面の「首相『改憲シフト』裏目 『職場放棄』発言■憲法審の開催強行」には、公明党からはもちろん自民党内部からも異論が出始めている様子がうかがえる。一方で、改憲派の集会では、今国会でなんとかしたいという強硬な姿勢が語られ、さらに「ある首相周辺は『鍵は国民民主党。その一部とは連立さえ考えてもいい』と党勢が低迷する同党に誘い水を向ける」(本文引用)。国民民主党が価値を持っているのは来たる参院選前まで。水面下での隠密工作が事態をどう展開させていくか。「断念」といいながら、土壇場で奇策をひねり出すかもしれず。油断は禁物の状況にある。
原発に話を戻すと、11面に「台湾 初の原発廃炉開始 『ゼロ』化には不安の声も」の記事がある。国民投票で「25年までにすべての原発を止める」と、法に明記されていた条文を削除することが決まってしまったが、蔡英文政権はとりあえず国内に6基あるうちのひとつを廃炉にする手続きを開始した。こく味野津表について詳細な報道がないのでわからないが、逆風はきつかっただろう。危機感を煽り、再エネへの批判も強力に進められたと推測する。あの原発大国フランスでさえ縮小の方向に入る現状。30面には「非常電源の配線当初から不具合 泊原発3号機」の小記事がある。地震が泊原発稼働中でなく、また直近でなくてよかったと言うべきか。寒気のする状況がいまも続く。油断は禁物!
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2018年12月05日

あらゆることが破綻し始めているのに

14面「社説」に「高速炉開発 まだ破綻を認めぬのか」がある。「『もんじゅ』の失敗を顧みず、高速炉の実現を目指して巨費を投じ続ける」「もんじゅは20年あまり(略)運転できないまま2年前に廃炉が決まった。その際(略)高速炉開発会議の作業部会が今後の工程を検討し、初めてまとめたのが今回の骨子」「もんじゅの後継炉の運転を今世紀半ば(略)、今世紀後半に高速炉を本格運用するという」「具体的な形式や出力の規模も示さず、採用する技術は5年ほどかけ絞り込む」「高速炉開発を断念すれば、核燃サイクルの破綻が鮮明になる」「再処理工場をどうする」「たまっている使用済み燃料をどう取り扱う」「難問(略)を避けるには、高速炉の開発を続け、核燃料サイクルの破綻を取り繕うしかない」「より技術的に難しく経済性でも劣る高速炉の実用化に、現実味はない」「そんな現実を、なぜ冷静に見つめることができないのか」(本文引用)。まとめで将来性のある再エネの方がよっぽどマシじゃないか、と書いてある。だが政府の進む道は真逆だ。悪知恵を働かせるより、もっと前向きな方向を探る方がよほどこの国の将来に役立とうものを、一度決めた道はなにがなんでもまっすぐ突き進む愚かの極み。再エネについても、陰湿な策を弄して健全な発展とは程遠い状態にじわじわと追い込みつつある。その手法はかなり巧妙で、シロウトが彼らの詐術を見抜くには、そうとうな眼力が必要になる。付け焼き刃はかえって丸め込まれるばかり。また、再エネの問題点は全くないわけではないが、原発政策をしゃにむに推し進める愚は、自分の罪が他人に転送されるまで進めなければならないという強迫観念に突き動かされた愚行だ。誰かが連鎖を閉じなければならない。その任務を引き受ける勇気のある官僚・政治家・経済人はいないのか。以下の記事を見ると、アベ政権が進めてきた原発輸出が次々に破綻・断念に追い込まれているのがわかる。世界中を飛び回り、大枚ばらまいて、順調にいっているのがあるかね。
☆「トルコ原発、建設断念へ 三菱重工など官民連合」日本経済新聞12月4日
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO38499400T01C18A2MM8000/?fbclid=IwAR1qO-lY-mhmA2HbgCALV11I-3TZ7bO2wlPihiSthGLCIWHWOKEzgmceU7w
うまくいっていないのは原発政策だけではない。多方面で同時多発的に目論見が破綻しつつある。東アジアで孤立を深めるいま、「38度線南下」論が政権の内部で幅を利かせている。想定される対象は「中国・韓国・北朝鮮」というバカげた主張があるが、15面「リレーおぴにおん」の「『原子の火』怖いのは人の欲」で高村薫氏が書く。「米軍がイラクで厚さ5メートルの地下壕の壁を貫く爆弾を打ち込んだと新聞で読み、わっと思いました。この爆弾だと原発の建屋に穴が開くんじゃないかと。日本海をミサイルが飛び交うようになったら、日本の原発はあっという間に破壊されます。そうしたら日本は壊滅です」(本文引用)。日本海側にイージス・アショアを2箇所つくるというが、どんな効果があるのやら。以下の記事では、2日間の日程で行われたG20が終わった途端、トランプ氏は記者会見もなしにあっというまに帰国してしまったとある。危うい一線を超えてしまうか否かのボーダーライン上で世界が呻吟している。ところがこちら側では、そんな世界的な不安定さを利用するつもりか、さらに不安定な火種にあえてなるかの振る舞いで東奔西走し、世界から注がれる非難と疑惑の視線もものかわ国内を引っ掻き回す。明治憲法改訂版を実現しようとおバカな頑張りを持続する。たとえ世界が火に包まれても、国内が最悪の事態に陥っても、強大な権力を行使できる状況を現実化しておけば上々。下層庶民たちが塗炭の苦しみにあえいでも、国家権力は維持できる。そんな目論見がいよいよ鮮明になりつつあるような気がする。深く憂慮!
☆「第3次世界大戦は止められるのか 20首脳会議が残した不安」AERA12月3日
https://dot.asahi.com/aera/2018120300081.html?fbclid=IwAR3qsAFvnDC-w9rc0LhONRNyk6z3STEhN5fYXZ92TUgboW1fuCeCt3XpNRY
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2018年12月04日

国家が独自の意志を持つことの重大な意味

1面「失踪実習生2870人聞き取り『最低賃金割れ1939人』 野党が分析 政府公表と差」の記事。「法務省は当初、約87%が『より高い賃金を求めて』失踪したとしていたが、11月になって『低賃金』を理由に失踪したのが約67%だった、と項目も数字も訂正した」「法務省は『聴取表の「最低賃金以下」にチェックが入った数字をありのままに報告した』としている」(本文引用)。賃金はかすめ取られ、労働時間は過労死ライン突破。暴力行為、セクハラ、ゼロ円労働など、なんでもござれのタコ部屋状態。これを未来の政治は、強制ではなく自主的就労である、なんて言い方で国家として保証しない、個人請求権もないなんて誤魔化すか。かつてと違い、いまは記録がいろんなところに残っていく時代だ。その時の政治がどんなやり方をし、だれがどのような発言をしたか、歴史的にどんな責任を負うべき位置にいたか、生きている限り、いや死んだあとでもきっちり追求されると肝に銘じておくべきだろう。
6面「国内労働力 潜在的に余力? 入管法改正『人手不足が課題』」と言うけれど」には、政府がこの法案の成立を急ぐことへの疑問が示されている。「深刻な人手不足が喫緊の課題」(本文引用)と首相は言明。ところが総務省の労働力調査では、「職に就けていない25〜54歳の男性が相当いる」(本文引用)という。驚きの指摘は「97年の金融危機以来、一部の経営者は低賃金で労働者を雇えるのが当たり前という異常な感覚に陥った。政府はそういう『低賃金依存症』の経営者と距離を置くべきだ」。「副作用も大きい金融緩和政策を取ってきたのは、インフレと賃金上昇を目指したためだった。このタイミングで、高賃金ではない外国人労働者の受け入れを拡大することは、その効果を相殺させるようなもので、政策の整合性が取れない」(本文引用)など。たしかに首相の「深刻な人手不足が喫緊の課題」発言には、景気をほんとうに戻す意図があるのかどうか、はなはだ矛盾だらけで信用できない。外国人労働者をタコ部屋まがいの労働環境でこき使い、その一方で国内労働力の有効活用にはそっぽを向く。支離滅裂の極地の中で、なにをやっているのだこの政権は、と言うしかない。
3面「もんじゅ後継運転『今世紀半ばにも』 経産省が工程表 炉系・規模示さず」には、別の支離滅裂が示されている。「もんじゅ」は16年に廃炉が決定された。その後継としてフランスと共同開発を進めようとした「アストリッド」計画は、早い時期に規模縮小が語られていたが、このたびめでたく2020年以降、計画を凍結することに決まった(フランスが決めた)。これで実質的にとっくに破綻している核燃サイクルは維持困難となったはずだが、まだまだあがく経産省。なにをどうするという具体的な案もないまま、とにかく「今後の開発方針となる工程表の骨子を公表」「今世紀半ばごろに運転を始め、本格的な利用は今世紀後半になるとしたが、具体的な炉型や出力規模は示さず、先送り」(本文引用)。まさに「とにかく続けるんだ〜」の気分だけは維持しておきたいわけで、これもまた支離滅裂の極み。
そして1面「辺野古14日に土砂投入 防衛相表明 玉城知事は反発」の強引押し切り策が断行される。「真摯に」とか「丁寧に」とか言葉ではいくらでも言うが、記者会見で防衛相は「1ヶ月にわたる対話も含めて話し合いは行ってきたので、十分に丁寧な段取りを踏ませていただいた」(本文引用)と発言した模様。「琉球セメント」の桟橋を使う奇策は箝口令を敷き、先月末でも知っていたのは官邸や防衛相の一部幹部だけという極秘作戦だった。ということは、「うんうん、聞き置くけど言うことは聞いてやらないよ」と「1ヶ月に及ぶ対話」の正体がすかし見える。政権は茶番を演出して沖縄を翻弄した。これは県による「埋め立て承認撤回」を防衛省と国交省の「身内なあなあ」で蹴っ飛ばしたのと同じやり方かそれ以上の悪辣さといえる。国家のこのようなやり方が巷に蔓延し、まさかの市民団体の運営にも影を落とさないことを祈る。我らは意外に簡単に感化されやすい性癖を持っているがゆえに。
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2018年12月03日

聴き、語ることで自分の問題を知る

34面「『沖縄』を考える 土砂投入を前に 『土人』発言 心の奥底の差別 俳優津嘉山正種さん」のラストが印象的。「何らかの差別意識は僕も含めてみんなにある。僕は役者として人間の心の奥底に根深く残るものをあぶり出し、表現する仕事をライフワークにしていきたいと思っています」(本文引用)とある。「何らかの差別意識は僕も含めてみんなにある」というところに最も強く共感したのは、このごろの世間の風潮ゆえか。なんらかの差別が社会の表層で語られるとき、差別に対する怒りや批判が一気に盛り上がる一方で、ことさら居直りとも見られる差別表現が対立的に噴き出すという、望ましからぬ構図が目立つようになっている。なぜ目立つようになったかの原因を語ることはそれほど難しくはない。しかし、それで「何らかの差別意識は僕も含めてみんなにある」というところへ踏み込むことができるかというと、必ずしもそうならない。なぜだろう。どうして2項対立になってしまい、互いの心の奥まで踏み込んだ語り合いになっていかないのだろう。そんなことを考えてしまう。
たぶん、人間の中には、長い歴史の蓄積が山のように積み重なっていて、おぎゃあと生まれたての時にはまっさらであったとしても、親から何かを語られた瞬間から、または誕生するまでの過程で先天的に与えられた苦痛や疎外感覚などによって、それらの複合した影響によって、さらに成長するに従って獲得していく社会的経験のあれこれによって、人間は思考の前提を複雑化し、複雑であるがゆえにそれを理路整然と整えることに困難をきたしていくのではないか。そんなことを思う。困難に直面したとき、つまり岐路に立ったとき、論理的に乗り越えるか、感覚的な選択で乗り越えるか、筋道が先か、直感が先か。いろんなパターンがありうるが、岐路における選択が最終結論ではあり得ない。その後も克服のための努力が積み重なる必要がある。むりにそうしなくても、新たな岐路が自らの前に立ちふさがり、選択の深化か方向転換か、いずれにせよ厳しい自問がそこに立ちふさがり、安易な考察に待ったをかける。無理やり突破するか、あえて苦痛をともなう熟考に挑戦するか。
このごろ思う。一人で何かを実践して結論にたどり着くのは、個人では果てしない労力が必要となる。その難しさに果敢に挑戦するのもありうる方法として、また一方で、人との関係の中で自分のありようを探る方法もあるような気がする。自分の中にある弱さを探りながら、その弱さを露呈し尽くした人々の思考回路を知ることも方法としてある。徹底的に聞くことによって閉ざされた回路を突き抜ける糸口を(相手の中に、自分の中に)見つけることもありうる。そういった関係にならずにすっぱりと2分される不幸が、いまは助長されているような気がする。理屈で押さえ込んでいた差別的感情が、ふとした拍子に本音を炸裂させる。できれば、その本音が引き起こされた根っこの原因を聞きたい。それを知って、自分自身の内部に隠れている差別の根っこを確認し、互いに修正するきっかけとしたい。そういう関係を持ちたい。そういう関係を安心して持てる社会を目指したい。近ごろそんなことをつくづく思う。聞く関係の確立には、かならず聞かれる関係も付随するものだ。他者の声を聴く力が、自分のことを話す力に転換されれば、相互にいい関係を生み出せるのではないか。相互の論理に深みが増し、付け焼き刃的な考え方で無理するのではなく、自然な深みがお互いのなかに備わってくるのではないか。または、そうなるような手法を目指したい。それが対話の社会的一般的手法として完成したら、社会全体の深みの形成にきっとつながっていく、などと考えたりする。考えるだけで、その果てしない道のりを思うと気が遠くなるけれど・・・。
米の社会派テレビドラマで興味深い言葉が聞こえた。要旨以下の通り。「差別を表立って出てこないようにはできる。しかしそれは形を変えた抑圧であり、次に表立って出てきた時には抜き差しならないほどにねじれている。それとどう向き合うかだ」。不毛を突き抜ける道はあるか。
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2018年12月02日

持続し成長するものであればこそヘタレない

2面「考/論」の「『分をわきまえろ』という論理」が興味深い。中見出し「自己責任論 国に従う意識背景 杉田」と「ポピュリズム招く『ヘタレ』根性 長谷部」の中に、「長谷部 国が組織体になると、国に個人の生き方を決められてしまう。戦前の日本がそうでした。ですから日本国憲法は、組織体ではなく、『広場』を国のあり方として提示しているのです。広場には共通の目標なんかない。個人を出発点に、なにをするか、どういう生き方をするかは各人が自分で決める。国は各人が行動して守るべきルールを定めて、あとは衝突が起きないように見守るだけ。日本国憲法はそうした国家像を描いています」「杉田 国家を組織体とみなしている人ほど憲法に国家目的を書き込みたがるわけですね。個人が出発点なんて気にくわない。共通の目標を掲げるべきだと。安倍さんも10月の所信表明演説で、憲法は国の理想を語るものだと述べました」「長谷部 ただ、広場で生きるのが大変なことは確かです。どう生きるか、どう行動するのかを自分で決めるなんてできない、やりたくないという人にとっては強力なリーダーが引っ張ってくれる組織体の方がよほど居心地がいい。そんな『ヘタレ』根性がポピュリズムを引き寄せています」(本文引用)。ちょっと長い引用になったが、込められた意味が深いので、余計な部分をも含みつつ、つい長々と引用してしまった。
ここで語られていることのポイントは、個人が自分を出発点に、なにをするか、どういう生き方をするかを自分で決める、という点だろう。国は各人が行動して守るべき(最低限の)ルールを定めて、あとは衝突が起きないように見守るのが役割であって、「分をわきまえる」とは、個人にあっては「個人が自分を出発点にしてことを決められる力を持てるか」ということであり、国にあっては「個人が自ら考え、自ら決める主体として、自分の生き方を決められるように場を調整する機能を持つ」ことが求められている、ということではなかろうか。個人が主体として成り立つように、国が場の環境を整える。そのあり方は「広場」の概念に通じると、論者は言っているように感じた。具体的な指摘として、論者は辺野古埋め立てを例示し、「衝突する多様な利害や見解を包み込みながら調整し、国全体の中長期的利益を実現するのが政治というもの」(本文引用)と語る。これは興味深い論議だった。そして、「広場」たる国の内部におけるより小さい単位の組織でも、民主主義を標榜する限りにおいて、同じ原則が貫かれるのではないか、と思った。なかでも直接民主主義を前提とする小組織においては、中心に位置する責任者は、よりいっそう具体的な調整役として機能しないと、組織運営を誤るのではないか、と思った。
直接民主主義が前提になる組織では、組織を構成する「個人」も「リーダー」も、ともに各々のあり方に対するしっかりした自覚が必要で、その自覚が両方に欠落したら、組織は民主主義の体を為さなくなり、形として残るかどうかは知らず、実態として崩壊し、無惨な骸を晒すことになる。市民団体がこういった過程を経て勃興し、そして衰退していく。その結果、初期の運動が掲げた崇高な理念と多くの経験的蓄積が失われ、次に起こる組織は、過去の経験を踏まえることなく、また同じ地点から問題意識を芽生えさせ、同じ道筋をたどって結末に至る。その繰り返しでいいのかどうか、じっくり考える必要がある。
「考/論」には、中見出し「熟議避ける与党 採決強行連発 杉田」「野党の欠席『時間切れ』も武器 長谷部」がある。最後に残る問題は、形として持続する組織(国家)が、実態として崩壊してもなお、無惨な骸を晒しつつ存在し続けることではないか。それがあるとき、ぱたっと途絶える。そのきっかけは、国家であれば、たとえば敗戦であり、経済崩壊であったりする一方、市民運動組織では自然消滅という形をとる。しかし、そうなることは、絶対に食い止めないといけない。これから続く世代のためにこそ。
posted by ガンコジージ at 10:39| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする