2019年04月01日

芸術が既成概念や因習に囚われたら命取り

28面「卒業式『デリケート』指摘 削除の学生に対し謝罪 秋田公立美大」の記事。卒業生代表の女子学生は「常設型迎撃ミサイル基地の配備計画が持ち上がるなど、在学中に地域住民や大学関係者にとって重要な問題が起こったことも事実。新屋という場所に暮らし、学ぶ学生にとって、こうした問題は決して無視できません」「学生および地域の皆様が平和な生活を過ごせるよう願っています」(本文引用)と書いた。「前日(略)大学事務局へ文章をメールで送信。夜、学生課長から電話で『カットできないか』と言われ、理由を聞くと、『政治的でデリケートな問題』と説明されたという」「大学側は後日、『削除を求めるように聞こえたなら申し訳ない』と女子学生に謝罪した」「『削除して欲しいとは伝えていない。本人の判断』と削除の要請を否定」「学長(略)は『強制的に聞こえたならば申し訳ないと思う』(略)自ら電話で学生に謝罪した」(本文引用)。学校側が右往左往している様子がうかがえる。なんでこんなことで右往左往しないといけないのかわからんなあ。「美術大学」というから「表現」には敏感であるはず。自由奔放こそ芸術表現の真髄と自覚していつも時代の最先端をめざすのでなければ、“芸術表現”も時代に媚びへつらう太鼓持ちに成り下がる。それはつまり芸術の死というにふさわしいのであって、拡大すれば人間の存在意義の否定につながる。いまは「芸術」に限って言及したが、これはあらゆる表現について言えることであり、(奴隷制容認や差別助長、殺人教唆などなど)歴史的に否定された概念を含まず、民主主義の原則を踏まえている限り、全て容認されるのが社会の原則のはず。そんな概念すら失った人物たちが「大学運営」に関わるなど、その見識を疑うばかり。ましてや、ああ言ったりこう言ったりと右往左往するなど、本来あり得ないことと言わねばならない。
と、いきり立っても以下のようなことが起こる現実。「官房長官会見での質問をめぐり、首相官邸側から問題視されている東京新聞の望月衣塑子(いそこ)記者を支援しようとインターネット上で署名活動をした東京都の中学2年の女子生徒(14)が、Twitterなどで誹謗中傷される事態になっている」(本文引用)とあり、中学生は「イジメはアカン。イジメはアカンという人をいじめるのは、もっとアカンと思います」「こんばんは。いじめをやめて、いじめはいけない!と、声をあげた人をつまらない難癖つけていじめる社会。いじめられる方が悪いと言う人たちがいじめをやめてと言う人をいじめ倒す社会は、美しくないよね? 人間としての生き方が問われているんです。いじめをやめよう」(「行替え」「行間」を約めて本文引用)と綴る。他者を貶めるものは必ず自らを貶める、と知ろう。
☆「東京新聞の望月衣塑子記者を支援する署名をネットで集めた中2、誹謗中傷に『子どもが何か意見しちゃいけないんだと感じた』」HUFFPOST3月6日
https://www.huffingtonpost.jp/entry/isoko-mochizuki-signature-campaign_jp_5c7e9d3be4b0e62f69e6cc5b?ncid=fcbklnkjphpmg00000001&fbclid=IwAR28EZbtpmI_iTyEqwVRMbS4J95EI5riXn0jZCc2w6R3z7efrxmOs8fEJEI
いまや某国営放送局まで政権に忖度し、しっぽを振る浅ましい状態に成り下がっている。自分たちのやっていることが、ちまたにミニ版忖度社会を蔓延させていく。そのことを自覚できないのかと思ったが、いや違う。彼らは自覚的にやっているとしか思えない。「『月刊日本4月号』では、安倍政権に不都合な報道が抑えられ、安倍総理を持ち上げる『提灯報道』一色になり、『安倍様のNHK』と揶揄されることについて(略)報じている」(本文引用)。この記事は3月30日当ブログ紹介の毎日新聞の記事に重なる。言論封じは民主主義を標榜する組織にも忍び寄る根深い悪弊と自覚したい。まず自らが侵食されないために。
☆「なぜNHKは政権による嘘と誤魔化しに加担するのか<永田浩三氏>」ハーバービジネスオンライン3月21日
https://hbol.jp/188405
posted by ガンコジージ at 09:55| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする