2019年07月31日

動き出したら方向転換できない悪癖

今日、米連邦準備制度理事会(FRB)は連邦公開市場委員会(FOMC)で利下げを公表する。欧州中央銀行(ECB)も9月の利下げを示唆している。7面「『予防的』追加緩和検討も 日銀会合『現状維持』を決定」中見出し「欧米の利下げ警戒」「政策余地は少なく」「財務省 景気判断は据え置き」によると、「欧米中銀の緩和強化で為替市場で円高が進む警戒感が、日銀内で高まって」いるという。「海外のリスクに危機感」とか「日銀だけが動けないという市場の観測を払拭し、円高が進行するリスクを減らす、口先介入的な意味合いが強い」などの見方が交錯するとある一方、日銀内では「現時点で見直すと、政策余地がない『手詰まり感』が露呈する」、「副作用が蓄積され、追加緩和のハードルは上がっている」、「景気が腰折れすれば、6年長もやってきたことが無駄になってしまう」などの意見が出ている。さらに財務省は、昨日開いた全国財務局長会議で微妙かつさらに微妙に「回復に力強さが戻りつつあるとの見方をにじませた」(以上「」内本文引用)とある。これに記事添付イラスト「追加緩和に前向き姿勢の黒田・日銀総裁 欧米と比べると、カードは限られている」にあるように、FRB・ECBの日程が明示された利下げの動きに対し、「13年の異次元緩和後、一度も引き締めできず」(本文引用)との言葉通り、打つ手なしの日銀の立場が鮮明に示されている。財務省の景気判断も概ね同じ状況にあるようで、だいたい記事自体が、国内が問題なのではなく海外経済の減速感が基本であると強調しており、どうも記事に鋭さが感じられない。「政策余地は少なく」という中見出しの表現は、本来「行き詰まった政策 余地はほとんどなし」と書いてもいい状況ではないか。どうせ異次元緩和をやるなら、政府は景気を底上げできるような政策をもっと大胆に打ち出すべきだった。アベノミの恩恵は大企業や株主にしか回らず、庶民に対は「そのうちトリクルダウンがあるかもね」といった良い加減さが災いして、金持ちは溜め込むばかり、税金逃れに走るばかり、庶民の財布の紐は緩まず、低賃金に喘ぐ労働者の群れが巷にあふれ、恩恵はすずめの涙ほども落ちてこず、反対にトリにクルばかり。
2016年5月にあったG7伊勢志摩サミットで出所不明のペーパーをかざして「リーマン・ショック前の状況と似ている」と主張して各国に財政出動を迫ったとき、メルケル首相は「何を言ってるのアンタ」とばかりに首を傾げ、「財政出動ではなく、長期的な視野に立った成長戦略、構造改革を」と反論していた。それにもめげず、「実を生まない異次元緩和」と「偏った経済政策」でこの国を疲弊させ尽くし、世界がこぞって調節に動き出そうとするときにも、身動きできない状況に自ら落ち込む愚策。流動する世界経済の状況に合わせて機敏に動ける体力をなくし、ただひたすら「現状維持」の迷路にはまっている姿は、アブナイとしか言いようがない。さらに4面「日韓悪化の一途なぜ 主張どう食い違い」中見出し「元徴用工『解決済み』×『判決尊重を』」「国内世論を意識 強硬姿勢崩せず」「輸出規制強化 来月に第2弾も」の記事には、なんとも煮え切らない書きっぷりが目立つ。もうひとつ下の引用記事では、韓国から重要な矛盾を突きつけられる始末。それでも政府は第2弾の規制強化策を出すという。フッ化水素は半導体を作るためにウェハーを削るエッチングに使う。これが猛毒サリンやVXの原料になる。下の記事には日本の輸出にはWTO違反になるケースがあるという主張が書かれている。両刃の剣を引き抜いてしまった日本政府には、ちゃんとした目算があるのだろうか。やりだしたら止まらない悪癖が、至るところで傷を広げようとしている。
☆「激動の瞬間が近づきつつある」当ブログ2016年6月10日
http://ji-ji-wanwan.seesaa.net/article/438823954.html
☆「中国・台湾にはフッ化水素を包括許可、韓国には規制・・・『明白なWTO協定違反』」HANGYOREH:7月30日
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/33998.html?fbclid=IwAR0SPwnsOPraJUlygT12lLproELMufYkFvxSQDAD6eLyagst6wl8NMIvkGg
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2019年07月30日

めちゃくちゃの極地を疾走する人々

1面「原発甘い備えの象徴解体へ」中見出し「福島 機能しなかった『事故対策拠点』」「機密性ないドア」「教訓消える懸念」。3面に関連で「前線基地 放射能に無防備 オフサイトセンター解体へ」中見出し「雑居ビルのよう」「対策勧告を無視」「語られない失態」がある。記事を読んで思い出すのは2012年3月の朝日新聞記事。施設内の写真で、「放射線班」の机上に「ヨウ化カリウム丸」と書かれた箱が置いてあって、当時、この記事には驚いたものだった。避難が遅れて約90人の患者のうち50人の患者がバスや避難先で死んだ双葉病院まで車で1〜2分の距離にあったセンターで安定ヨウ素剤が配られていた事実。三春町では同時期、役所が独自判断で町民にヨウ素剤を配り、そのため轟々たる非難を受けている。当ブログ記事を参照すると、配布したのは三春町、富岡町、いわき市の3自治体とある。いまは詳細不明。当時のオフサイトセンターは記事にあるように、まるでただの雑居ビル。正面入り口かどうかもわからないドアが写っており、放射線防護の意識はなかったことがわかる。「うるさいから、適当につくっとけ」という類の認識しかなかったことがありありと伺える。そして今、ようやく解体。原発震災の「負の遺産」として保存する考えもあろうものを、住民に問うこともなく町の意向で解体する。立地する大熊町は、ひとつ下の今年4月当ブログで「大熊町の避難指示解除 帰還困難区域除く 原発立地自治体で初」の新聞記事を紹介している。町面積の約4%が解除され残りは帰還困難区域のまま。「町の中心部だけは『特定復興再生拠点』とし、除染などを進めて22年春に避難指示を解除する。センターはこの拠点内にあり、町は周辺を住宅拠点にするため、建物を所有する県と管理する国に解体を求めていた」(本日1面新聞記事本文引用)。なんたる無残!
☆「4号機倒壊と安定ヨウ素剤配布」当ブログ12年12月26日
http://ji-ji-wanwan.seesaa.net/article/309965405.html
☆「意図せずに自分に仕掛ける自縛の罠」当ブログ2019年4月10日
http://ji-ji-wanwan.seesaa.net/article/465065835.html
こんな無残を強制するのは、国の原子力政策のなせるワザ。7面には原子力を生き延びさせる姑息でややこしいワナがいままさに始動しようとしているのを見ることができる。7面「割安な電気 新取引市場 大手が提供 新電力と競争促す」中見出し「値下げつながるか」がある。原子力・石炭火力・大型水力などを「べースロード電力」と名付け、液化天然ガスなどでつくった余剰電力を売るスポット市場の大きな価格変動を抑制するのが目的という。これは昨年7月の猛暑時にスポット市場で1KW時あたり100円超をつけて新電力の経営を苦しめた事例を、改善するためと称して実施される。大手しか保有しない大型電力の市場で、再稼働していない原発の固定費を含む価格設定が自由にできる。つまり、原発を延命させるための裏工作というオソマツ。こうしたさまざまな画策は、一般市民運動の知らない間に着々と進められている。また、幾つもの流れが出たり引っ込んだりして複雑に動いていくので、単純な論理で動く市民運動では追いつけないほど複雑化していく。それゆえ市民運動は現状、翻弄されるままになっているケースも目立つ。以下に参考資料多数!
☆日経エネルギーNEXT|ニュース&トレンド|連載コラム」目次
https://tech.nikkeibp.co.jp/dm/atcl/feature/15/031400070/
4面はそんな動きを進める政権の横暴がぎっしり詰め込まれている。「萩生田氏の議長交代論波紋 『有力な議長をおいて、憲法改正シフトを』」中見出し「幹部『人事口出し 処分もの』」があり、官邸が自民党を強引に引きずりまわし、イエスマンだらけにする意図アリアリ。さらに「統計の監視 内閣官房で 不正防止策『第3者性に疑問』指摘も」が横暴を加速。次いで短記事で「厚労省閣議後会見『議論の場でない』 遺骨収集見解問われ」があり、官房長官と同じ姿勢が閣僚にも蔓延ってきた。じつにバカげている!
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2019年07月29日

浅い記事にこそ報道の意図がにおう

今日の我が家購読紙にはブログに取り上げたくなる記事がない。そんな新聞を深読みし、なんとか記事の奥にあるものを引っ張り出そうというのがこのブログの趣旨。1面トップは「南の島揺さぶる北朝鮮籍船 制裁決議違反 米領に拘留3カ月」の記事。2面に関連で「『石炭密輸出』米から情報 拿捕『北朝鮮に大打撃』」が続く。経済封鎖といえば「準戦争」といえる戦争。砲弾が飛び交うのではなく、経済が疲弊して国がつぶれるようにゆっくり誘導していくやり方で、物理的俊速破壊に一歩手前の戦争ということになる。経済封鎖された国は(爆弾による破壊に比べたら少し人道的に見える方法で)ゆるゆると追い詰められていく。そのため、経済制裁をやっている国の庶民にとっては、すこぶる平和的な手段とみなされやすく、制裁されている国が密輸などで切り抜けようと必死になる様子もほとんど伝わらず、かえってその国の政治が間違っているから国民が疲弊するのだ、とした見方の方が優勢になりやすい。ブログ主の友人にはその思考の罠にはまった人も多い。たとえばベネズエラなどの苦境にしても、国内政治の混乱が原因で経済危機が発生しているとみられやすいが、この奥には間違いなくアメリカの策謀が蠢いている。政権転覆を狙って経済混乱を誘発し、さらに内政の撹乱にまで手を染め、同国沿岸に大規模な海軍兵力を展開して威嚇する。でも、報道が政権の失政によって国民は疲弊しているかのような報道をすると、背景がわからない読者はベネズエラの政治が基本的に悪いとする誤解に陥ってしまう。
イランの現状もそれに近くなっている。4面「核合意制限破り撤回に条件 イラン、仏大統領に書簡『一定の貿易額で』」中見出し「欧州の妥協狙う」「石油取引再開見えず」には、ベネズエラ産の良質だが重い石油と違って、扱いやすい石油が有利に働き、現状で国力もかなり安定しており、過去に軍事クーデターなどでCIAの暗躍があっても、なんとか乗り切ってきた経験もある。米はベネズエラでは騒乱を起こすのに、かなりアカラサマ戦術をとっているが、イランでは欧州の関係も無視できず、争いを大きくするのに手間がかかっている。北朝鮮は、朝鮮戦争休戦から約70年、いまだに戦争は休止しているだけで実質継続中のため、かえって簡単に動かせないほど難しい独特の政治情勢が出来上がっている。南北間で長く続けられてきた政治経済文化の相互の発展は、簡単に合流するのが難しいくらい、違いが際立ってきている。東西ドイツの統一に似た形を取りうるのかどうか。米はそれを狙っているのか。日本は、イランでも北朝鮮でも、トランプとの良好な関係を日本国民に演出して良いとこ取りを狙っていたが、いまや蚊帳の外。イランではただの足軽くらいに扱われているだけ。北朝鮮では「今度こそ日朝首脳が膝を突き合わせて」なんぞと息巻いても相手にしてもらえず、米中貿易戦争のさなか、なにを思ったか韓国に向けた経済制裁の真似事をやりだす始末。以下の記事では「反日集会」となっているが、「参加者は『NO安倍』と書かれたプラカードを掲げ」(本文引用)とあり、ほんとうは「反安倍」集会。もうひとつ下の記事は英語版で、「我々は日本人が嫌いじゃない」として「安倍批判」の立場を鮮明にしている。
"We are not here to hate Japanese people. We are here to talk about justice," Jeon Woo-yong, a historian, said. "What Abe is doing is militarism and it's our responsibility to fight for world peace."
Another participant called the boycott of Japanese products "an objection to Abe's dream of reviving militarism without a proper reflection on the atrocities Japan committed."(本文引用)
☆「ソウルで数百人が反日集会 輸出規制強化に抗議」日本経済新聞7月27日
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO47885190X20C19A7EA2000/?fbclid=IwAR0Qge4ADFoD0jox_V9Gj_AwLmh_OCwkfHGByGKDxMveU1sowzP47nTv9WM
☆「Protesters hold anti-Abe vigil in central Seoul」YONHAPNEWSAGENCY:7/29
https://en.yna.co.kr/view/AEN20190727003000325?fbclid=IwAR0esCvN0rbsrYVxJshCyFHY5T7S90GW4L_MBDBJNWR-P8lA3DuWVs-DVa0
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2019年07月28日

権力者の責任押し付け合いは最後にどこへ

今日の我が家購読紙には福島第一事故現場の汚染水問題と、福島第二原発廃炉の問題が大きく掲げられている。汚染水については2面「汚染水 制御しきれず 福島第一建屋地下高濃度1・8万トン」中見出し「水位下がらぬ理由不明」「セシウム流出 違う試算も」と「視/点 潜在リスク直視を」がある。福島第一にとっていま最大の問題が汚染水なのかはわからないが、とにかくこれが難航していることは確か。首相は13年の五輪招致演説で「状況はコントロールされている」と、世界に向けてきっぱり明言した。それからおよそ6年、五輪まであと1年もない現在、「アンダーコントロール」と大見得を切ったわりに、制御できていない。「原子炉建屋などの地下にたまる高濃度汚染水はなお約1万8千トン。計画どおりに減らせていない場所もある」(本文引用)。格納容器内に残る核燃デブリの取り出しは2号機から始まる予定。冷却プールの使用済み核燃料体取り出しは3号機からの予定となっている。「事故当初、1〜4号機の原子炉建屋とタービン建屋の地下にたまっていたのは約10万トン。東電は、井戸から地下水をくみ上げたり、建屋の周りの土壌を凍らせる『凍土壁』をつくったりして地下水の流入を減らしながら、地下の汚染水の水位を徐々に下げてきた。事故から8年が過ぎた今、1万8千トンに。20年度中に6千トンに減らし、最下階の床をほぼ露出させる目標だ」(本文引用)という。
だが3号機の問題の区画だけなぜか地下水が下がらない。この作業と同時に、規制委は津波対策も求めている。国の地震調査研究推進本部が千島海溝で東日本大震災級の地震が切迫している可能性を指摘。「津波時に汚染水の流出ルートになりうる開口部を約50カ所閉じる工事は21年度末」「巨大地震の津波も防げる防潮堤の増設は20年度末までかかる」(本文引用)。首相の力強いアンダー・コントロール発言にも関わらず、そのとき事故現場はあちこちから汚染水が漏れ出てシッチャカメッチャカの状態にあった。と、記事の指摘は当然として、今は汚染水流出はほぼ止まった一方、流出する「放射性セシウム」はまだある、という指摘には若干の疑問が残る。単純に「放射性セシウムだけじゃないだろう」という思いが残る。それは東電もちゃんと計測しているはず。記事でちょこっとでも触れないと、科学的知識のない読者はセシウムの問題だけと思い込んでしまう可能性がある。放射性セシウムはその他の多くの核物質を代表するものであるという基本を忘れたらまずいのではないか。それともうひとつ、トリチウム放出の問題が残る。これもセシウム同様にとらえる視点と、放射性物質としてのトリチウムの危険性とはなんぞや、というかなり科学的に深い見解が求められ、難しい側面はあるものの、報道としてぜったいに無視できるはずのないものであり、チャレンジしてしかるべきではないかと思う。
福島第二の問題では8面「社説」に「福島第二廃炉 世代超えて背負う責任」がある。東電は福島第一を含めて10基の廃炉作業を進めることとなった。いま全国にいくつの原子炉があって、そのうちいくつが廃炉に向かっているのか、調べてみたらややこしくて勘定を間違えそうなので、あとでちゃんと調べることに決定。とにかく東電はこんな状況下でも柏崎刈羽に執着する。経営なんてこんなもんかと思うが、「廃炉はカネばっかり食って儲けを生み出さない」とみなして「このうえ柏崎刈羽の7基まで廃炉なんかにできるか」と突っ張る姿や哀れ。じっさい民間企業にまかせっきりにしたら、事故原発4基を含め廃炉17基同時進行で東電の経営はかなり難かしくなるだろう。こうなったら民間企業としては破綻させ、完全国家管理に移行して、新しい電力供給のあり方を巡る大改革の先頭に立たせ、新時代を担わせていくしかない。つまり現状は、やるべきことを放棄した国が民間企業に国策の重荷を背負わせ、自分は洞ヶ峠で原子力推進にしがみついている状況がアカラサマになるばかり。「国破れて山河在り城春にして草木ふかし」の漢詩にあるように破綻しても国は残る。その国はすべての重荷を民に背負わせ、自らは逃げの算段に走る。そんな行く末が、東電の潰れそうで決して潰れない姿から見えてくる。犠牲は誰に?
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2019年07月27日

短兵急に攻め立てる愚・・・過去に学ぼうね

4面に「国民・玉木氏 改憲論議前向き? 『首相にぶつける』すぐ火消し」中見出し「野党 真意いぶかる」の記事。ネットでは奇妙で不穏な発言が飛び交っていた。その中身を詳しく書く気はない。とにかく過激な批判で野党の列から追い出しするような言説が多く、「なんだこりゃ?」と思った。いうことはカッコ良いけれど、ちょっと言葉がぐらついたからといって、いま首相がさかんに秋波を送って「こっちへおいで」と吹きまくっているときに、なんで「そうだ、さっさとあっちへいっちまえ」などとホザくのか。食い止める発想がないことに、違和感を覚えた。別にへりくだってお願いする必要はない。もっとまともな言い方で、彼らの居り場所をこしらえてやるくらいの度量がないのだろうか。ごっそりあちらへいってもらっても構わないというのか。悪質な引っ掻き回しに思えてならなかった。単純に考えて、あちらは「ややこしいのはいらないから、あと数人ほどこちらへ回せばいいんだよ」と勘定しているだろうし、場合によったら「国会発議の後はあんたらの役割は終わり。もう不要だから」と切り捨てるのが目に見えている。「そのあたりを踏まえて判断すべきだよ」くらいの言い方で諫めることだってありうる。なにかあるとすぐ、切り捨て御免で遠ざける風潮は、百害あって一利なし。もうやめてほしいものだと思う。すくなくとも、こういうときほど冷静であるべきだろう。ひいきの引き倒しみたいな逆効果へ向かうことを厭わないなんて、「あんた、どちらの立場なの?」と言わざるを得ない。国民になぜ小沢一郎が入ったか考えつつ、あえて正直に言おう。「追い出しを計るなんてバカげてると思わないか。もっと他の方法を考える頭を持とうぜ!」
1面に「『有志連合』日本に参加要請 統幕長、米軍と会談へ」の記事。9面には「『有志連合』指名は踏み絵? 日・英・仏・独・ノルウエー・韓・豪」の補足。「ポンペオ米国務長官が25日、中東のホルムズ海峡などでの船舶の安全を確保する『有志連合』構想について、日本などを名指しして参加を要請したと明かした。米国が対立を深めるイランに対する包囲網の性格が強い『有志連合』参加に慎重な国に『踏み絵』を迫る狙いがありそうだ」(本文引用)。英は欧州主導の共同護衛を提案しており、有志連合から距離を置こうとしている。「15年に結んだイラン核合意の維持へ努力を続ける意向を示し」(本文引用)仏・独は英提案支持に傾いているという。これについて米国防長官は歓迎の意を表明。日・韓・豪はいまのところ明確な姿勢を示していない・・・「ん、そうだっけ?」と首をかしげたブログ主。以下の記事を読んで、すこし先入観があったかもしれないと思い返した。「トランプさんにお願いをされ、安倍首相が断れると思う? そんなことができているならもうとっくにしているわ」「選挙後に話すのだろうか? 新聞によれば米国の打診が10日だったから、きちんとした返事はしていないまでも、方向性は決めていると思われる」「かつて、田中角栄氏は、憲法9条を盾に、泥沼化するベトナム戦争への派兵要請を断った。それはつまり自分が盾になり、米国と戦う覚悟だったということだ。そんな大人は少なくなった。この国は、見た目は大人の、グロテスクな子どもばかり。ちゃんと大人になろうじゃないか」(本文引用)と書いている。そうだわな、「そんな大人は少なくなった」現在のこの国であの首相のことだから、「きちんとした返事はしていないまでも、方向性は決めている」との思い込みが進み、情報もないまま「返事はすでにしている」と断定していたか。先に書いた国民民主の玉木代表の発言に対する荒っぽい批判をエラそうにたしなめていながら、ブログ主自身が思い込みを強くしていたのか。いやいや、でもさ、動揺的な人を「あっちへ行け」というのと、確信的な対立者を「さもありなん」で括るのは質が違うとも思う。ただし、「さもありなん」と「思い違い」は区別しておくべきだな、と反省したけどね。
☆「室井佑月『大人がいない国』連載「『しがみつく女』」AELAdot.9月25日
https://dot.asahi.com/wa/2019072400006.html?page=1
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2019年07月26日

悪夢の後始末を抱え込む日々がくる

まず昨日の紙面から。3面「福島第二の廃炉 東電、県に伝達 全4基作業完了に40年」は、8年前に津波で3基が冷却機能を失い、過酷事故を免れたが、いままで運転を停止していた2Fの話。廃炉費用は4基で2800億円。1万体の使用済み核燃料を乾式貯蔵施設をつくって保管する予定という。「小早川社長は、乾式貯蔵施設で一時保管する使用済み燃料は廃炉が終わるまでに、県外に全量搬出する方針も示したが、搬出先は『検討中』とした」(本文引用)。事故を起こしていない原発の廃炉に40年超を予定。1F事故現場の収束作業がどれだけハードか、推測するに余りある。これで東電には柏崎刈羽と東通が残るのみとなった。富岡町と楢葉町は電源3法に基づく電源立地交付金を受け取っており、今年は各10億円。廃炉決定の翌年度から交付が終わり、かわりに廃炉交付金が10年間支給される。「楢葉町長は『(帰還を進めるには)住民サービスのレベルを上げないといけない。電源立地交付金に変わりうるものを国に要望している』と述べた」(本文引用)。本気で街を再生しようとするなら、いよいよ本気で原発に頼らない方法を模索する必要がある。帰還をやたら急ぐのではなく、安全・安心をどのように確保するかの正念場に立つ。住民サービスの中身は、「国が安全と言っている」などの理由による「帰還」ありきではない。町独自の判断で「これだけの安全確認をする」と自信を持てる施策を示してはじめて、不安のない町再建が果たせる。くれぐれも性急な「帰還」にならないことを!
東電は柏崎刈羽原発再稼働を急ぐ。だが原発再稼働で本当の経営安定などできるはずがない。本日1面トップ「日産 営業利益98・5% 4〜6月期 1万2500人削減へ」の記事を読むと、一層その感が強まる。日産は19年4〜6月期決算が目も当てられない大減益となり大慌て。自動車事業では米国での落ち込みが激しく、前会長の強引な値引販売戦略がいまになって影響しているとか。生産ラインを縮小し、従業員の約10%を削減する大ナタを振るうことになった。まずは事業縮小、人員削減で乗り切ろうとする、決まり切ったやり方でとりあえず今の時期を乗り切ろうとする。これが上策なのかどうか、直近には日米通商交渉がある。トランプが強硬に出てくることも自明だ。さらに7面「欧州9月にも利下げへ 米中摩擦受け 米も10年半ぶり」「FRBデフレを警戒」がある。欧州中央銀行(ECB)が近い将来の利下げを示唆、緩和路線復帰を鮮明にしたという。米連邦準備制度理事会(FRB)も30〜31日の連邦公開市場委員会(FOMC)で10年半ぶりとなる利下げを決定する。「リーマンショック直後以来の利下げだ。パウエル氏が懸念するのは米国の『日本化』。デフレが長引く日本の失敗を繰り返さないとの決意だ」(本文引用)。日銀の金融政策決定会合はFOMCの直前29〜30日で日銀が予防的に対応策を出すか注目が集まる。しかし対策は限られている。緩和策というより緩和姿勢を演出することがせいぜいとは頼りない。FRBの利下げは市場ではすでに織り込み済みだから、利下げしても円高進行は限定的とみている模様。打つ手のなさを感じる。
7面に「西川新体制厳しい船出 V字回復見通せず」があるが、そんな簡単にやりすごせるかどうか。4面「問われる安倍政権の『終わり方』 首相官邸担当キャップ・田伏潤」はいよいよ安倍政権の「終わり方」を語り始める。「側近議員によると、首相の口から『もう色々やった』『疲れた』との言葉を聞く機会が増えた」(本文引用)。首相はまだ解散カードを温存し、改憲で最後の勝負に出ることを否定できない。だがモリカケ、統計不正、文書改ざん、災害対策臨時国会開催を拒否し続け、開催したら小粒の規制緩和法乱発で終了し、次の国会で予算委開催要求ネグレクト、同日選回避、外交案件総敗北、原発輸出完全崩壊、G20で各国首脳からガン無視、そして迎えた参院選でステルス演説など、ひたすら逃げ回った彼の2年半を思う。油断は禁物としても、立場の違いを超えて、誰もが「安倍政権の『終わり方』」を本気で考えるべきときに来ているのは確かだ。東電、日産、日銀、経済界、それどころか国民すべてが・・・!
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2019年07月24日

感覚で停止せず間断なく進歩する頭脳たち

今度の選挙は「れいわ」にするか「おしどりマコ」にするかすごく迷った。結果、「おしどり」にしたけれど、彼女の得票数はかなり少なかった。原発事故で彼女が果たした役割は、限りなく大きい。壊れた原子炉からどんな放射性核種が飛び出てくるか。環境中でどんな経過を経ながら存在し続けるか。人体に与える影響はどうか。これらの見方について基本の筋道を与えてくれたのは彼女だった。彼女は一生懸命だったし、いまでも一生懸命に走っている。たぶん、気持ちが萎えてしまいそうにツライときもあっただろう。財政的な逼迫も含めて、感情の大きな揺れを感じる瞬間もあろう。相方の「おしどりケン」の包容力がなければ彼女は倒れていたのではないか。それくらい大きな荷物を抱えた8年だったはず。世間の関心が変化してきたのか、それとも元から理解が難しい科学の領域で活躍しているせいか、彼女の評価は広がらなかった。<自分で知って、自分で調べて、自分で考える>といった彼女の口癖をどこかで聞いた。最初は東電記者会見を通じて、報道陣の知識の拙さに驚いたことだろう。自分自身の知識の不足も悟っただろう。そこから立ち上がった切実な思いがあっただろう。いまだにこの原則に立たない市民運動家が多い。さいしょに直感の領域から立ち上がるのは誰でも当然のこととして、ずっと直感のままだったら運動の質は劣化する。そう考えて以下の資料を思い出した。2012年8月21日の文科省のプルトニウム関連調査資料だ。おしどりマコはその翌日に衆議院第一議員会館で行われた「野田首相に申入れする『福島現地からの声』についての記者会見」で、詳細な資料分析をもとに、政府を追及している。これはすでにこの時点で彼女がいなければ成り立たなかった追及であり、運動の質を一気に高めたといえる。元になった資料は以下のもの。2番目の記事は、文科省資料をいち早く読んで理解し、政府に突きつけたときの彼女の発言要旨。はずかしながら、当時のブログ主の緊張度もかなりのものだったから、読み返すといまよりずっと深掘りした記事を書いているのがわかる。この頃がとても重要な時期だったのだと改めて思う。というわけで文科省資料の周辺で書いたブログ記事も、3番目に記しておく。
☆「文部科学省による、プルトニウム238、239+240、241の核種分析の結果(第2次調査)について」放射線モニタリング情報:原子力規制委員会
https://radioactivity.nsr.go.jp/ja/contents/7000/6030/view.html
☆「超重要!!!おしどりマコの会見(福島の現状、被曝病気、プルトニウム)」
http://pfx225.blog46.fc2.com/blog-entry-1319.html
☆「緊張が高まりつつある」当ブログ2012年8月26日
http://ji-ji-wanwan.seesaa.net/article/288450157.html
ひるがえって現在の状況を思う。「おしどりマコ」の存在がそれほど認識されないのは、高レベルな知見を必要とする領域であることによっているのは否定できない。そんな議論に追随できない市民運動家に特徴的な、皮膚感覚から眺める放射能への恐怖感が、「安全神話」を掲げる側からの批難につながり「放射脳」という言いがかりを生み出す現状がある。以下の記事は山本太郎についてのものだが、彼自身も最初はだれもが感じたのと同じ直感から出発したのがわかる。そしていま、直感を超えて被曝をどう受け止めるかという次元にまで論理を高めているのがわかる。今の彼は「チェルノブイリ法」もきっちり学んでいる。感覚で止まるのではなく、論理を積み重ねて変化していく柔軟さを確保している点で、彼はおしどりマコとまっすぐに繋がっており、これからもよく学んで成長していける人なのだとわかる。希望はこれらの人たちを生かすところから生まれる。そんな気がした今回の選挙だった。
☆「元東電・賠償担当者からみた、山本太郎氏らに向けられた「放射脳」という“風評被害”」ハーバー・ビジネス・オンライン7月23日
https://hbol.jp/197574?cx_clicks_art_mdl=6_title
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2019年07月23日

「議論」しない政党が「議論」を促すって?

1面「改憲『自民案にとらわれず』 首相、野党に協議入り求める」中見出し「公明・野党から異論続出」の記事。「野党に憲法改正の具体案づくりに向けた協議入りを呼びかけ」「9条への自衛隊明記を含む自民案について『最善と考えるが、とらわれることなく、柔軟な議論を行なっていく』と述べ」「公明党や野党から異論が続出」「参院選の結果を『国民からの力強い信任を得た』と総括」「『少なくとも議論すべきだという国民の審判は下った。野党は民意を正面から受け止めていただきたい』と主張」「山口那津男代表は(略)『憲法改正を議論すべきだと受け取るのは、少し強引だ』」「『改正する必要は今、どこにあるのかはっきりしません』と(略)距離を置いた」「野党では(略)枝野代表が(略)『議論を今、進める必要はない』としている」(本文引用)。4面の「自民『一人区』10敗の波紋」を読んで、1面を思い出すと、首相の前のめり発言が、いっそう虚しく聞こえてくる。中見出し「首相・菅氏足しげく応援 軒並み苦杯」「岸田派現職次々落選『ポスト安倍』暗雲」とある。そして5面の「連立20年 自民 失った単独過半数 公明『歯止め役』再び?」を読んで、その感はいっそう深くなる。2016年に取り戻した参院単独過半数を失ったことは、「自公双方にとって重い意味を持つ」「今回、再び過半数割れした自民に対し、公明は逆に議席を増やした。両党の関係は今後どうなるか」(本文引用)と書く。さらに2面の「改憲議論 首相アクセル」中見出し「2/3確保へ 野党ゆさぶり」「国民民主は前向き 広がる波紋」「自民内に距離置く声 公明も慎重」をみると、首相の言葉の虚しさが際立つ。「議論を前に進める政党を選ぶのか、それとも議論すら拒否する政党を選ぶのか。それを問う選挙だと繰り返し申し上げてきた」(本文引用)というが、予算委を100日以上も開催せずにオロオロ逃げ回り、災害対策の臨時国会開催要求も無視し、開催したと思えば各種規制緩和関連法を成立させて再び逃げに転じるなど、「議論をする政党を選ぶか」などとどの口が言わしめるのか。
国民民主党にことのほか思い入れがあるようで、やたら秋波を送っており、国民側も「議論する国会を国民は求めている。選挙中は特に感じた。議論しない国会を改めなければならない」(2面本文引用)と前向きな様子。しかしこれ、ほんとに改憲論議に応じるという意味なのか、いやいやありうることではあるが、予算委開催要求を無視して逃げ回ったことへの怨念が重ねられた発言じゃないかと思えて仕方ない。改憲論議に応じる最大条件は予算委をたっぷりやり、強引な幕引きで逃げないこと、という前提が必要だろうが、「改憲いのち」の首相にはそんな約束も紙屑同然なのだろうから、変な妥協はやらないほうがマシである。国民は自党のことより、公明
のみならず、自民内にさえ異論が吹き出ていることに留意したほうがいい。石破氏の発言はタカ派的な意図を強く含んでいるものの、党内でもいっこうに議論が進まないまま、首相の胸先三寸で国会議論の内容が強引に変更されていくことに苛立っている様子が見て取れる。ようするに首相はいよいよ裸の王様になっていき、それゆえに周囲の言うことに聞く耳を持たなくなりつつあるということだろう。いまあるのは、首相のご乱行に取り巻き連中があたふたしつつ走り回るの図というべきか。落日の感をどんどん強めながら、政治の乱れが深まっていく。
3面に「れいわ旋風 野党ラブコール 『捨て身』山本氏落選でも『前進』」中見出し「発足3カ月で2議席 消費税廃止訴え SNS戦略奏効」「連携に条件提示も」がある。今回の選挙で見えたのは、野党共闘の大きな穴ではないか、とブログ主は思っている。つまり、野党共闘はれいわのように突然降って湧く先行き不明の挑戦に対して、排除的に働くということ。野党共闘には泡沫とも思える弱小組織に対する配慮の余地がない。緑の党などは、それゆえに立ち入ることができずに蚊帳の外に置かれてしまったが、そのことに触れる発言を、いままで聞いたことがない。これも議論の対象となるべき新しい課題になった。
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2019年07月22日

暴君が最も暴君になる瞬間

「もしも・・・だったら」と言わせてもらおう。「もしも、予算委議論での逃げ回りが効を奏し、災害対策の臨時国会ネグレクトが成功して災害が軽微なものと国民に刷り込まれていたとしたら。国会会期中の外遊やら大阪G20がみるからに大成功し、統計不正もなんのその、国民の目に触れさせたくない文書は受け取らないで神(紙)隠し大成功。選挙でのステルス戦術が国民から好意をもって見られていたら。彼独特のガキ的レトリックを国民が徹頭徹尾納得していたら。その他モロモロがうまくいっていたら、低投票率作戦は成功していただろう。組織選挙で社員や従業員をガチガチに絞めていたはずだから、圧倒的な勝利だったはず」・・・すべてこれは仮定であるが、枝野と民主をセットにして無効票を増やす戦術も、「議論しないのは野党」という転倒した言いがかりも、ステルス選挙演説で「ヤメロ」コールをあからさまに圧殺したことも、地デジを使って大宣伝をやったことも、投票日当日に新聞に選挙の宣伝広告を出したのも、みんな含めて今回の選挙は裏面で人為的に目論んだ圧勝から大外れしたということなんだな。本来なら、これだけいろんな奸計を弄したのだから、間違いなく圧勝コースだったはず。改憲3分の2は軽く達成できていたはず。それなのに、わずかに届かなかっただけという格好はつけられたが、最終目標を達成できなかった。低投票率が最後の切り札だったのに効き目が薄かった。やはり彼のピークは2016年の解散総選挙だったと言わざるを得ない。その後にボロボロと出てきたモリカケ騒動やらなにやらは、短期政権なら隠しおおせた汚点を、ずるずると露呈させることになった。
これから彼はなにをやるんだろう。昨夜のテレビ番組で「『国民の皆さまはちゃんと(憲法改正に向けた)議論をせよということだったんだろう』と(略)述べた。その上で、『私の使命として、残された任期の中で、憲法改正に当然挑んでいきたい』と強調」「『改憲勢力』は憲法改正の国会発議に必要な『3分の2』を割った。ただ、首相は『国民民主党の皆さんの中にも憲法議論をしっかりしたいと言ってる方がおられる』と指摘」(1面「改憲勢力2/3は届かず」本文引用)と強がってはいるが、いつものは呵々大笑破顔寸前の表情は見られなかった。ただし、どこかに伏兵がいるかわからないのが、近ごろの永田町界隈。口車に乗せられて転がる人士がコロリと飛び出て来る可能性は否定できない。そのとき一気呵成に、ことを急ぐことがないとは言えないわけで、追い詰められた獣が必死の牙を剥くことは否定できない。
1面「天声人語」では、「横綱自民党」という言葉があるが「首相の街頭演説では、野党をなじる言い回しが耳についた。『大うそ』『無責任』『あの野党、あの時代』。政権与党は国会で予算委員会の開催をかたくなに拒み、『老後2千万円』の報告書を受け取らないという挙に出た」(本文引用)と「横綱」の貫禄はどこへやら、その実態はかぎりなく小さくなっていき、しかも往年の威風堂々を羽織って「俺だって痩せても枯れても横綱なんだ」とわめきまくるみっともなさ。こんな時期が最も怖い。やることなすことうまくいかなくなるのを直視できず、いっそう横暴な振る舞いをあからさまにするのだから。
機嫌を悪くした暴君はどんな行動を起こすだろう。4面「『素晴らしい発表』トランプ氏予言 貿易交渉加速へ 秋に妥結も」ではトランプに足元を見透かされている様子。米国産農産物の関税引き下げは、国内農家に大打撃を与える。自動車は。為替条項は。「政府幹部は『なんらかの「成果の演出」が必要になるだろう』と話す」(本文引用)。そして同面「イラン情勢注視の首相『有志連合』どう対応」が重くのしかかる。さらに米FRBの利下げに日本はどう対処するか。日銀に追加緩和の圧力がかかるが、これ以上の緩和策は困難なご様子。ほんとうならこれらの矛盾が極大に達する前に悲願の「改憲」を達成して、本人は悠々と花道を飾るつもりでいたのだろう。「あとは野となれ山となれ」の心境であったものを、自分で蒔いたタネの後始末を自分でやる羽目に陥ったというべきか。そして、こんなときこそ、暴君が最も暴君そのもになる最悪の瞬間がくる。油断は禁物!
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2019年07月21日

不安を「管理」するか「解消」するか

3面「日曜に想う」の「期待を語れず不安を管理する政治」の冒頭に「もうなにかを期待することは忘れた。それより、なにかを失うかもしれない不安が拭えない」(本文引用)とある。「なにか」を期待しなくなった。そして、「なにか」を失う不安に取り憑かれている。「なにか」に「なにかしら」の期待をして裏切られ、「なにかしら」の不安だけが残っていく。そんな不安定さが漂う時代。この混迷を作ったものは誰だったか。過去に答えを求めようとあがく。「いま」を否定するより「過去」に原因を求める方が、「いま」を「不十分」であれ「よりまし」と受け止めることができる。だからここまできてしまった責任は「過去」にあり、「いま」はその重荷にあえぐ時代。「またなにかを失って『悪夢』の時代へ逆戻りする」かもしれない、不安に満ちた時代なのだ。フランスの経済学者エリック・モラン氏が「社会の中で今までの階層から転落し地位や仕事を失う苦境に陥る現実と、そうなるかもしれないという不安や恐れとは別のこと」(本文引用)と10年前に語った。「たとえばトランプ大統領らのポピュリストを支持する人たちは必ずしも『経済的な激しい痛みを体験している人たちではない』、むしろ失うものが最も多く、『今はまだ物質的には安楽に暮らしているけれど、将来は甘くないのではないかと深く恐れている人たち』。自分は快適な地区に暮らしているけれど、『少し先の通りのもう少し貧しい地区の住環境が急速に悪化したのに気付いた人たち』。彼や彼女は、『急速に変わっていく世界の中で、自分の居場所は大丈夫だと思える楽観的な感じが欲しくてたまらないのです』」(本文引用)。エリック・モラン氏の指摘は皮肉たっぷりかつ的確だ。
いまでいう「楽観的な感じ」とは何だろう。経済が安定している感じ。自らの収入がこれ以上悪化しない感じ。すぐ近くにいる他者の生活レベルと比べてほんのちょっとでもマシな感じ。天変地異があちこちで起こっても、自分の近くでは起こりそうにない感じ。ミサイルが飛んでくるかもしれない不安に、政府がちゃんと対応してくれている感じ。恐れおののいた原発事故も、いまはそれほど怖がる必要もなくなった感じ。急速に変わっていく世界の中で、自分の居場所は大丈夫だと思える楽観的な感じ。いまもまだ続いているような気もするけれどそれは錯覚で、とりあえずあの「混迷の時代」に戻らなくていい感じ。ああ、それなのになぜ、気持ちの奥底にじわじわと滲みてくる不安はなんだろう。あまり身近にあって欲しくない感覚だ。そうか、自分が感じているこの不安、見通しが立たない将来への不安は、「あの混迷の時代」がつくりだしたのか。原発事故の放射能不安も、あの時代がなければ「なにも起こらなかった」のか。テレビや新聞の報道でも、いまはほとんど報じられることはない。「安全」が確保され、「安心」が広がっている証拠だ。それでいいじゃないか。あえていま表沙汰にして不安を煽るなんて、なんの益もない。かえっていらぬ不安をかきたてられるだけだ。というわけで有ったことが無かったものとなり、無かったものが有るものと化す。これは不安の塊になった人間の心理が必然として行き着くところ。そして、「日曜に想う」は絶妙のまとめで記事を締める。「しかし、不安の管理と、不安の原因である問題の解決とは別のことだ。不安を管理しても危機は去らない」(本文引用)。「不安を管理」するとは「不安を解消」するのではなく、「不安を操る」ということ、と言うのだ。
今日の新聞1面に「軍事か財政 支援要請 『有志連合』米、60カ国以上に説明」中見出し「日本、対応検討へ」があり、3面「『有志連合』迫られる日本 『海自派遣?』『財政支援?』法的根拠、不透明」中見出し「イランとの関係悪化も」「同盟国 目立つ慎重姿勢」がある。「トランプ米政権が、中東ホルムズ海峡などで船舶の安全を守る『有志連合』の結成に動き出し」「軍事面か財政面での貢献を求めた」「米主導の『イラン包囲網』への参加には慎重な国が目立ち、日本は厳しい対応を迫られている」(本文引用)。「不安を管理」して乗り切るやり方は、「不安を解消」する手立てを探るより良いかどうか。気持ちの寄って立つところの違いで、判断は分かれていく。
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2019年07月20日

どん詰まり社会をどこへ向けて再生するか

「福島第二廃炉、月内決定 全4基 東電が方針 県に伝達へ」の記事は、1面にありながらそれほど大きくはない。昨年6月、県知事に対し「廃炉の方向で検討」と伝えていたが、月内に取締役会で正式に決定する方針だという。福島第二の4基は82〜87年の運転開始から30年過ぎ、40年の運転期間まであと数年となっていた。運転再開には安全対策などに数千億円規模の費用が必要で、一方、廃炉費用は4基で計2800億円。正式決定されたら東電は柏崎刈羽7基と東通原発だけとなる。柏崎刈羽は県民の反対が根強く、稼働が見通せない。東通も建設が遅々として進まず、福島第一事故現場は、まだ収束作業の糸口もつかめていない。この状況でなおも原発にしがみつくのは、まさに車輪が壊れた荷車を無理やり引きずる牛馬の如し。そんな無理をしなくてもいいではないか。いっそのこと大転換を図って原発のくびきからすっぱり抜け出たらどうか。昨日のテレビ報道で、経団連が韓国との関係について政治とは一線を画し、友好関係の維持につなげていきたいと表明した旨、テロップが流れていた。今朝になってそれについての報道がないかと探したが、いまのところ明確なものはない。見つけたのは以下の記事で、具体的に映像もあるので、あるていど発言を追うことができるが、真意はまだ不明という感じ。原発輸出で大失敗した経団連会長は、政府に泣きついたあとしばらく世論喚起に精を出し、いまは病気療養中の身の上。参院選後には、怒涛のごとく押し寄せるトランプ式ディールの大攻勢に、経済界は製造業を中心に激震に見舞われること必定。農業の打撃も大きいはず。首相はやけっぱちで「改憲改憲!」と叫びまくるが、取り巻きたちの狂騒だけが巷に虚しく響きわたり、足元はぐらぐら。いいかげん第3の道を選択しないと、一将の願望叶って万骨枯る、なんてことになりかねない。万骨にはとうぜん経済界の多くの部分も含まれる。できるだけはやく泥船から降りる算段をしないと、「地獄へ道づれ」の運命になるんじゃないか。この国のやり方ときたら、一致協力して大波を回避するのではなく、犠牲は幾万ありとても自分たちに影響なければそれでよし、というやぶれかぶれがおおかたの歴史的経験則。古いやり方しかできないと、この国は世界の孤児になって終焉することになるよ。
☆「『韓国企業との交流続ける』経団連が表明」四国放送7月19日
http://www.jrt.co.jp/nnn/news162135402.html
34面に「縮みゆく村 遠い選挙 補助金頼るか抜け出すか」の記事が奇しくも語る。「村が票を差し出し、引き換えに党を介して補助金を引き出す。長年、この補完関係の元に村は栄えた、という」「村議(略)が反論した。『(略)もうハコモノに頼る時代じゃねえだよ』」(本文引用)。村の5年後を村内の若手と話し合う村議は、「まずは自分たちで策を考えないと村が沈む」(本文引用)。そんななか、参院選があることも知らない村民がいる。この記事の下に、「首相にヤジ 警官が囲む 大津での演説」がある。首相は国民と対話する大切な機会にステルス作戦を実行。次はどこで演説するやら、国民にはまるでわからない。国会ではかつてヤジ将軍のごとく暴れまわった経験もある首相が予算委も臨時国会もネグレクトしっぱなしで、ヤジられるとボロが出るとばかりに逃げ回り、選挙民がかろうじて探知した会場でヤジったらさっそく排除。この記事は「縮みゆく村 遠い選挙」の隣に、同じ分量で掲載されるべきだった。20年ほど前、村は観光振興のために大きなつり橋を造ったという。だがいまは「周辺は草が生い茂り、観光客のかわりにシカやタヌキの通り道となっている」(本文引用)とか。いつも対案として最初に出てくるのが観光客頼みの施策。手っ取り早いが、持続的でない企画はすぐに廃れる。持続性のある案を模索する気風が育つには、まだ多くの時間が必要ということだろうか。農地解放からおよそ70年。村は痛められ続けてきた。地域を育てる貴重な年月が失われた要因は何だっただろう。今からそれを克服するとしたら、どんな視点が必要になるだろう。考えなければならない。できるだけ早急に。
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2019年07月19日

政治の危険度がマックスになっていること

13日の新聞1面に「輸出規制の強化 日韓かみ合わず 両国担当者が会合」と3面「輸出規制『会合』6時間 日本『WTO違反せず』主張」中見出し「不適切事案明かさず」の記事がある。「日本が韓国向けの半導体材料など3品目の輸出規制を強化したことをめぐり、日韓政府は12日、事務レベルの会合を開いた」「韓国側は今回の措置の撤回を求めているが、日本は正当性を強調」「日本側は今回の会合は『事務的な調整の場』で、当局間の正式な協議ではないとしている」(本文引用)。「徴用工問題の解決策」とか「輸出管理に関する不適切な事案」とか、前者はやりすぎの感が強く、後者は中身不明。本日2面には「日韓対立長期化の様相 韓国、『利下げを前倒し』 日本の輸出規制継続に危機感」「仲裁委の設置 韓国拒否 元徴用工問題 日本は様子見か」があり、事態が前へ進まない様子が書かれている。というか、日韓両国とも「長期化」を念頭に対応策を練り始めた様子だ(記事ではそんな書き方になっていないけど・・・)。「規制の影響は日本側にも出始めている」「韓国製の半導体は多国籍企業のスマホやテレビなどに使われ、製造が滞れば、部品供給網を通じて世界的な生産に影響が広がり、日本に批判が向かう可能性もある」(本文引用)。日本政府は当初、元徴用工問題で信頼性が損なわれたことを指摘していたが、最近は「輸出管理の適正な運用に必要な見直し」(本文引用)と、言い方を変えてきているという。「不適切事案」についてはいまも建前上「不明」なまま。「元徴用工問題」の進捗も、まだ霧の向こうにある。日本政府は日韓請求権協定で完全かつ最終的に解決済みとして、1月には協定に基づく協議を要請。5月には日・韓・第三国による仲裁委員会の設置を求め、いまは第三国のみの仲裁委設置を求めているとか。そして「一貫して『国際裁判も含め、あらゆる選択肢を視野に入れ、毅然とした対応を講ずる』と表明」「韓国政府は6月、被告の日本企業が韓国企業と資金を出し合い、勝訴が確定した原告に賠償相当額を払う『解決案』に日本政府が同意すれば、協議に応じるとの提案をした」(本文引用)。あと細かい流れはあるが省略するとして、いまは緊張が続きながら膠着状態にあるということか。
7月17日付の47ニュースでは「日韓関係は『戦後最悪』に 収拾困難、歴史的転換点か」との表題で、日韓両国が先の見通しもないまま戻れない一線を超えた可能性を語っている。元徴用工問題に先立つ5月末、日本は韓国産のヒラメや貝類などにつき、食中毒が続いたための措置として、輸入検査を強化すると発表。実態は韓国による福島産農水産物の禁輸への対抗との見方が強い。しかし原発事故現場からの汚染水放出などが問題になっていることもあり、韓国産水産物の残留放射性物質検査は、ブログ主としては逆に作用するのではないか、と思ったりする。ともあれ両国の関係には、修復し難い亀裂が次第に広がりつつあるという見方は、47ニュースにも見られるように、それほど間違っていないのではないかと思う。世界10位圏の経済強国となった韓国の力量を軽く見ることができるほど、日本に余力が残っているか否か。冷静を保つための判断基準はそのあたりにあるのではないか。いまのところ、首相の怒りは「煮え湯を飲まされた」と47ニュースで表現されるレベルのものらしい。しかし、これを「煮え湯」とするのはどうなんだろう。調整可能な問題をムキになるほどの対象と認識するのは、現状の政治認識としては度が過ぎている。個人的に思うのは、かつての「韓国併合」のDNAというか先祖返りの尻尾がピクついて仕方ないだけじゃないのか。「戦後最悪」の関係に怒涛となって流れていく先にあるのが「38度線南下論」だとしたら、いまこの国は、極東の果てにあって米中韓をなんとか手玉にとって「次の絶対勝てる戦争」の主役として美味しいところを貪ろうと、邪な意図の塊になっている、と推察するしかない。面従腹背をかなぐり捨て、本音をいよいよ露わにしているのだとしたら、政権の危険度は絶頂に達していると見ていいだろう。それにしても、国民が政治に関わる最初にして最後かつ最高の権利が「選挙」とはなんと心許ないことか!
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2019年07月18日

地方も原発もお任せでは向き合えない

今日の新聞「社説」は2題。「参院選地方対策 将来像が見えない」と「原発耐震対策 最新知見を早く生かせ」で、「地方対策」の記事には環境保護・人間保護の観点が不足している。参院選投票所総数は4万7千カ所。18年前より6千カ所減り、人口減少が影響しているという。自民党は「地方創生」の看板を掲げ、14年から人口減少の克服を目標に東京一極集中の是正、出生率の向上など、15年度から5年間を第1期とした政策を展開してきた。20年までに東京一極集中を是正するとしたが、是正どころか進むばかり。政府機関の地方移転もほとんど進捗なし。計上した予算額は累計9千億円近く、目立つのは公共事業を含むバラマキ政策のみ。手詰まり感ありありで、そもそもお上が地域に金を配って政府が決めた事業を進めさせるという上意下達のやり方は、今どき流行の「上から目線」。「社説」は「現場を知らぬ国が補助金や交付金を配るのではなく、自治体に恒久的な財源と権限を渡す分権を大胆に進める必要がある」(本文引用)と指摘する。「地方分権」は確かに基本だが、その内容に触れていないのが残念。「森林経営管理法」や「国有林法一部改正」などは地方分権と真逆で、民間企業への利益集中を容易にするための施策に他ならない。放置され、荒れ果てていく山林や田畑を、民間企業が利益を吸い上げやすいようにするだけで、地域の林業や農業の持続的発展は視野に入っておらず、森林は乱伐・乱開発の嵐に巻き込まれ、耕作放棄地のうち集約しやすい場所は大規模に囲い込み、あちこちに分散している小規模な田畑は荒れるに任せることになりかねない。農業林業の担い手が減っていけば、必要な時に臨時に投入される労働力に頼らざるを得ず、農薬漬けが横行し、土砂流出などの災害の発生につながることも十分ありうる。
記事は残念ながら、そのあたりに触れなかった。そして、「驚くのは、自治体側から大きな不満が聞こえないことだ。全国の地方税収が過去最大を記録するなか、仕事も責任も増える分権より、交付金の方が都合がいいのだろうか」(本文引用)とする。これに付け加えるべきは、地方行政の姿勢もさることながら、地域住民自身の末端からの盛り上がりが必要だ。地方行政は直接民主主義に限りなく近い。だが、いまや骨の髄まで中央に依存するしかなくなっているのかもしれない。野党が主張する「一括交付金の復活」は、骨がらみ肉がらみとなった地方を中央から分離する出発点となるだろうが、金を受け取る地方に自律する能力が不足している。ならば地域住民の具体的創意工夫が金を積極的に活用する唯一最大の切り札となる。予算編成期に課題ごとに公募で円卓会議を結成し、地域住民の声を吸い上げるシステムがあってもいい。地域住民が「自らの地域のことを知り、自ら調査して、自ら考えをまとめ、実行する」そんな自発的な動きが結集されるシステムをつくり、新住民・地元住民を含む市民参加を促していく。地域の知恵を集中していく施策が成り立つ土壌を作っていく試みに、自発的動きが連動していく。そんな関係ができれば、荒廃する山林と放棄されて荒れ果てていく田畑を再生する未来を見通す目が生まれてくるのではないか。そんなことを思う。
今日の新聞からはもうひとつ、「原発耐震対策」について書くつもりだったが、1日の記事分量が尽きつつあるので、短く触れておくことしかできない。原子力規制委が「最新の知見をもとに規制が見直された場合、既存の原発にも対策を義務づける『バックフィット制度』にもとづく」「原発の耐震対策に欠かせない計算方式の見直し案をまとめた」(基準地震動は)「原発ごとに@海溝型地震や原発周辺の活断層による地震A全国どこでも起こりうる『震源を特定できない地震』」(があるが)「今回、検討チームが見直したのはAの揺れの計算方法」「規制委は、対策が終わるまで運転停止を命じることもでき」「猶予期間を設け、運転の継続を認めてきた」(本文引用)が、事業者は猶予期間を対応の先延ばしに利用していた。今回、規制委はこの要望を却下。「自然災害やテロは、対策が整うのを待ってはくれない」(本文引用)。企業が都合のいいように規制機関を操ろうとしても、そうはいかない。地方のことも原発のことも、同じ目線が必要なのだ。
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2019年07月17日

「排除」で転落不安から身を守る中間層

1面に「『階級社会』中間層襲う転落不安」の記事。「閉塞感と不安、変化と希望…。私たちはどこにいるのだろうか」「昨年1月に世に出たその本は、筆者の予想をはるかに上回る反響を呼んだ。『新・日本の階級社会』 閉塞感が漂う日本社会の現状を見るには階級という視点が不可欠、という警鐘」(本文引用)。この本の作者・橋本健二氏はすでに06年「階級社会」を出版していたが、「総中流」との意識が社会的に一般だった時代では反響は少なかった。そしていま「階級」という言葉がリアリティーを得て広がりつつあるという。60歳未満の「アンダークラス」の平均個人年収は約185万円。氏の試算では若者から高齢者まで含めて900万人以上。「日本経済はジリ貧傾向が続き、社会保障制度など『安心』の仕組みの未来は心もとない。自分や家族もいずれ『転落』してしまうのでは」「(自身が転落しないという前提で)広がる格差を認める中間層と是正を求めるアンダークラス。潜在的な対立が深まっている」(本文引用)。そして論は3面「格差 広がる『自己責任』論 階級内部分かれた意識」につながる。「アンダークラスという新しい階級が1990年ごろから生まれた」「80年代後半以降の『フリーター』の増加を皮切りに、非正規雇用の割合が増え」「一時的な現象の帰結である『世代』ではなく、恒常的な『階級』として捉えたほうがいい」「近年の大きな変化と言えるのが、(新中間階級など)中間層が転落することを現実的な恐れとして抱くようになった」(本文引用)こと。問題は「新中間階級」に約60%もの自己責任論への傾斜があることだが、階級内部には格差を是正すべきとする部分も増えてきており、分化が進んでいると氏は見る。今後10年ほどでフリーター第1世代がアンダークラスとして60代に入っていく。「危機の程度はもはや手遅れと言ってもいいかも」「アンダークラスは現状への不満が強く、再分配重視の政策を求めていることもはっきりしている。この階級が最も『自己責任』論に懐疑的で」「ただ、政治への参加意識が低い」(本文引用)と危機感を強める。
「アンダークラス」と同様の概念は、昔からあった。中間層はとりあえず現状を維持できる層といまにもアンダークラスに落ちるかもしれない層に分かれる。労働者階級も比較的安定した雇用を得ている層と極貧への道を歩まされている層に分かれる。いまでいう新中間層と労働者階級の内部分化、と言えばいいだろうか。この内部分裂は当初は内部対立の様相を見せ、対立が混乱を増幅し、相互不信を根深くし、排斥し合う関係になる。嫌悪感さえ持つ場合もありうる。最終的にこれらの階級分布が完全に固定化されると、分断社会が完成する。橋本氏は衝撃的な見方を示す。「新中間階級の現在の象徴が超高層・タワーマンションです。象徴的な意味としてですが、格差拡大を認める傾向が強まったのは、新中間階級が、集まって生活する中で自分たちを正当化する階級意識に目覚め始めた表れかもしれない。タワーマンションとは、日本版の(周囲と分離された)『ゲーテッド・コミュニティー』」(本文引用)ではないか、と指摘する。コンクリート壁で囲まれたほぼ同じ生活レベルの集合体。そのレベルから外れたらたちまち転落への坂道が姿をあらわし、異分子として排除され、壁の外へ出ていかなければならなくなる。近頃の洋画でよくみられるテーマである。それがさらに進むと「ゲーテッド・コミュニティー」の内部が空虚な聖域と化し、実態としては「アンダークラス」の実態を示しだす。残された中間層は、ちぶれた自分たちの姿を認められず、ひたすら虚栄の残り火を燃やし続け、煉獄の火に焼かれていく。その後、彼らはどちらへ向かって進んでいくか。たぶん、栄華の夢を引きずる彼らは、アッパークラスからもアンダークラスからも敬遠され、見放され、悲惨な生活に追い込まれる。これが洋画系映像に見られる中間層の末路だが、映画では、最下層のクラスは、陽が射さずジメジメした劣悪な環境下で細々と生きながら、遠い未来に再生の希望を託す姿として描かれる。その先の明るさをどうして実現するかを、いますぐに構想すべき時代になってきたのかもしれない。
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2019年07月16日

明治回帰の歴史修正主義

天候不順のせいか体がだるい。寝不足だし、疲れがたまりやすい。おかげで頭はポワンポワン。なにをやっても中途半端で、ロクなことがない。休刊日はネットでみつけたいろんな記事を中心に書く。以下の記事は約2年前のもの。仏のル・モンド紙の報道を引いて報じている。17年は前年の国政選挙で大勝した勢いでいよいよ改憲に手をつけるかの瀬戸際にさしかかっていたが、年初から森友学園の疑惑が急浮上しており、「まず、ル・モンドは、北朝鮮との緊張関係や中国との対立によって、安倍の『国難』との主張が強化されていると指摘。興味深いことに(略)第二次安倍政権発足以来、防衛予算が増加し続けていることを指摘する一方、『安倍氏は、各国の多くの指導者と比べればとりわけナショナリストとは言えないし、再軍備に熱狂しているわけでもない』と評すが、『その代わり』と続け、こう強調している。〈そのかわり、安倍氏は歴史修正主義者(略)である。たとえば、彼の礼賛する憲法改正は、日本の帝国主義の復興を目指し、1930年代初頭から第二次世界大戦終戦までの日本軍が犯した残虐行為の数々を過小評価ないしは否定しようとする広大な企てのなかの一つだ〉」(本文引用)とする。ここでル・モンド紙が「安倍氏は、各国の多くの指導者と比べればとりわけナショナリストとは言えないし、再軍備に熱狂しているわけでもない」「そのかわり、安倍氏は歴史修正主義者(略)である」と指摘している点が興味深い。ガチガチのナショナリストではないが歴史修正主義者である、とすることの真意は何か。
以下要約すると、「先の敗戦は日本の歴史に深い断絶をもたらし、軍国主義の否定と大正デモクラシーに似た民主主義的な政治状況をもたらした。2013年、米で演説した安倍氏は「Japan is back!」と宣言したが、戻る先は明らかに1910〜20年代の大正デモクラシー以前の時代だった。つまりナショナリストとして次の時代を強引に切り開くのではなく、あくまで懐古的復古的な意味における過去礼賛、過去回帰をめざしている、とル・モンドは分析しているようだ。その分析の行き着く先で、歴史修正の動きは必然的に天皇と対立関係にならざるをえない。これは奇妙なことに思えるが、歴史を振り返ると必ずしも奇妙とはいえない。大正デモクラシーを抜きに考えると、懐古調復古調の行き着く先は「明治の御代」ということになる。天皇を頂点にいただく家父長制国家の最も輝かしかった時代は明治なのだ。G7伊勢志摩サミットは2016年5月に開催された。わざわざ伊勢志摩で開催したのは「明治の御代」への回帰を念頭に置いていたからだろう。伊勢志摩サミットのとき、首相は出所不明の参考資料を示して「世界経済の現状はリーマンショック前の状況とそっくりだ」と発言し、積極的財政出動を主張して各国首脳たちをびっくりさせた。時期的に各国は真逆の対応をしていたからだ。そして、「財政出動」を継続した日本は、いま本当にやってきそうな世界経済危機に向き合う余力をなくし、薄氷を踏む対応に終始している。
参院選は伊勢志摩サミットの2ヶ月後。いちおう圧勝したものの、翌年に勃発したモリカケ疑惑追及で改憲発議に最高の機会を逃し、実質落ち目のいま、最後の機会とばかりに無謀な賭けに挑む。そのやり方といえば、モリカケ疑惑級の修羅場が再現されるのを嫌って予算委を逃げ回り、会期中なのに外遊などで自身の発言機会をスルーし、選挙演説の日程を明らかにしないステルス戦術に徹し、発言するのは他党の揶揄、事実かどうかもわからない実績陳列。そして情報操作。このまま彼の歴史修正主義が現実化したら、その次にあるのは彼の後継による純正ナショナリズム強行。明治回帰の先に大正デモクラシー復活を許さない強圧政治か。だが、今が対決のピークではない。長い坂道はこれからもずっと続くものだと知っておきたい。
☆「仏ル・モンド紙が『安倍首相の改憲の本質は、大日本帝国の復活』と喝破!『天皇が安倍の歴史修正主義に抗っている』との記述も」リテラ2017/10/25
https://lite-ra.com/2017/10/post-3538.html
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2019年07月15日

無視して逃げて統制して自慢する

元気だった我が家購読紙が、本日は一転してふにゃふにゃで良い記事がない。1面「折々のことば」で「虎の威を借る狐 ことわざ 虎に捕まった狐が、私は天帝の使い、私を食えば天帝の意に背くことになると虎に偽る。そして、私について来るがいい、みな逃げ出すからと、虎を引き連れて歩むと、他の獣たちはその虎に怯え、逃げ去ったという故事による。したり顔の狐だったが、本当に怖いのは狐の狡知ではなく、狐がそのうち『威』を借りていることを忘れ、自分が真に強いと思い込んでしまうこと」(本文引用)。めぼしい記事はこれだけ。あえてこの記事に重ねて読むのが、以下の記事。米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)が「『日本は憲法で報道の自由が記された現代的民主国家だ。それでも日本政府はときに独裁政権をほうふつとさせる振る舞いをしている』と批判」「政府のメディア対応をめぐり、海外の視線は厳しくなっている。言論と表現の自由に関する国連の特別報告者デービッド・ケイ氏は6月、日本メディアは政府当局者の圧力にさらされ、独立性に懸念が残るとの報告書をまとめている」(本文引用)とある。「虎の威を借る」狐はいったい誰か。長く続くデフレ環境を異次元緩和を軸とするアベノミクスで奮い立たせ、株主や企業を優遇する一方、庶民から搾り取り、潤った富裕層のおこぼれを庶民が受け取れば経済はうまく回るようになるという幻想にとりつかれ、ぜんぜんうまくいっていないのに「潤った、潤った」とホラを吹く。「狐がそのうち『威』を借りていることを忘れ、自分が真に強いと思い込んでしまう」という自己陶酔にはまり、やりたい放題のご乱行に至る。そんな風情の今日この頃、「虎の威」の皮が剥がれ、それゆえに各所で軋轢が生まれ、屋台骨が軋みだし、「独裁政権」のそしりを免れなくなっている。
☆「『日本、独裁政権のよう』ニューヨーク・タイムズが批判」朝日デジタル7月6日
https://www.asahi.com/articles/ASM7644NNM76UHBI00V.html
自力回復して政治経済が安定しているというのなら、ドッカと腰を据えて批判もなにも受け止める度量が出てきそうなものを、うるさいからと冷笑したり、あげくはあからさまに排除したり。以下の記事は「独裁国家」の面目躍如と言わんばかりの振る舞いに怒ったジャーナリストが、渾身の力を込めて声をあげる。長くて要約しにくいので中身は割愛するが、先に挙げた記事の国連特別報告者デービッド・ケイ氏の指摘もとりあげている。菅官房長官の木で鼻をくくるような態度をみていると、胸くそが悪くなる。
☆「『官邸に記者達が屈服』アンケートで明らかに ― 国連も懸念、日本の報道再生の鍵は?」志葉玲7月12日
https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20190712-00133900/
でも、そんな調子だから以下の記事にあるような憂き目にも合う。「参院選直前に開かれたG20で『外交の安倍』をアピールしようとした安倍首相。だが主役の座は盟友のはずのトランプ大統領に奪われ、残ったのは『炎上』だけ」(本文引用)。G20に出席中のトランプ大統領が、「もし金委員長がこれを見ているなら、非武装地帯で握手して挨拶する用意がある」とツイートし、サミット会場で文在寅大統領に「ツイッター見た?」と尋ね、「文氏が『はい』と応じると、トランプ氏は『一緒に努力しよう』と親指を立てた」(本文引用)という話。一方、議長国の首相として会議を仕切っているあの人は、それを知らされなかった。しかも、徴用工問題で日韓首脳会談をする絶好のチャンスを無視し密かに進めていたのは、参院選対策と目される「半導体材料の対韓輸出規制」というもの。今日の我が家新聞の世論調査では「韓国への輸出規制強化 『妥当だ』56%」とあり、国内向けだけは世論誘導がうまいんだ、と思うばかり。うまいというよりやりすぎて、国際的には馬脚が露わになっている。世界で嫌われていることに気づかないとねえ。
☆「安倍首相、G20主役のはずが“蚊帳の外” 与党内で『オウンゴール』の声も」AERAdot.7月11日
https://dot.asahi.com/aera/2019071000015.html
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2019年07月14日

内容でなく時間で測る議論をする?

3面の「日曜に想う」は「民主主義の『靴磨き』のときだ」。冒頭の言葉がいい。「他人を指さす時は、残りの指が自分を指していることを忘れるな」(本文引用)。よく聞く言葉だ。「『私たちのように議論する候補者、政党を選ぶのか、審議をまったくしない政党、候補者を選ぶのか・・・』(略)これなどは、残りの指が自分を指している一例だろう」(本文引用)。モリカケや年金で国民の関心事から逃げて衆参両予算委員会を100日以上開かないまま国会を閉めてしまったお方が言うからあきれかえる。「一切を棚に上げて自分の関心事については議論か否かと迫るのだから、相当丈夫な棚をお持ちである」「秋には歴代最長の総理大臣になろうという人にして、今だに相手を蔑むことで自信を誇るような振る舞いが止まぬのは不思議である。そうした人は往々に自分への批判には敏感なものだ。ヤジを嫌っての選挙演説日程の非公表などはその表れとも言える」(本文引用)。他者の問いを「印象操作」として一蹴する姿勢や数を頼んで強行採決するのも、「議論をする」姿勢とは真逆。首相の姿勢そのものが「議論をしない」「議論から逃げる」やり方を全身で表している。いま注目されている書籍に「『安倍晋三』大研究」があり、下記で紹介されている。「第2章『最強首相・安倍晋三を考える 〜安倍話法と安倍史観〜』の中からその『話法』に注目してみたい」(本文引用)が秀逸かつ、「日曜に想う」の指摘と同じで、やはりこれほどまで我が国の首相はめちゃくちゃな存在に成り果てていると慨嘆するばかり。個人的に表現するなら、彼の脳内はいまや論理性から完全にかけ離れて、破裂状態にあるのではないかと思うばかり。
「安倍話法を考える@」は「『ご飯論法』で論点をずらす」。これは「朝ごはんを食べたか」聞かれて「パン」を食べたが「ごはん」は食べていないから「食べていません」と答えて質問をはぐらかす術のこと。屁理屈こねるガキが多用する話法だ。加計孝太郎理事長とゴルフや会食をしたかの質問で、「ゴルフに偏見をもっておられると思います。今、オリンピックの種目になってますから。ゴルフがダメでですね、テニスはいいのか、将棋はいいのか、ということなんだろうと思いますよ」(本文引用)なんぞとバカそのものの議論にすり替え、論点をずらしていく。突っ込めばたぶんさらにボロを出していくだろうが、「ガキだねこれは」という心理でも働くのか追求は続かない。
「『安倍話法を考えるA』は、『「一」「1」で強調して否定する』こと」「安倍首相が『一(いち)』や『1(ワン)』という数字を使うときは、根拠なき事実を強調しようとしている傾向が見られると著者は言う。安倍首相の『一』をどう受け止めるか、読者にも考えてもらいたいとも。『一度も』あるいは『一回もない』というのは、非常に強い否定である。自分への疑いを晴らすには効果のある言い方だと著者は言うが、子供の言い訳に近いと個人的には感じる。事実、根拠もないのにはっきり否定してしまうのは幼児性の表れでもあろう」(本文引用)
「安倍話法を考えるB」は、「YES(はい)NO(いいえ)で答えない」。これは巧妙にだらだらと長々しい答弁で時間を浪費し、なにをしゃべったんだか訳が分からないようにしてしまうやり方。引用があるが、いかにも長すぎて、ここでは引用不可能。しかも「簡潔に申し上げますと」なんて言葉まで駆使して、だらだら続けるおバカ答弁がひどい。
「『安倍話法を考えるC』は、『「印象操作」は時間稼ぎのテクニック』」。これは「日曜に想う」と重なる手口。森友学園問題が沸騰した17年2月から多用が始まる。「よほど、それが自身を防御するために有効だと思ったのだろう。著者もその点を突いているが、つまり安倍首相の答弁は、相手が知りたいことに誠実に答えようとするものではなく、『はぐらかすための答弁』だという」(本文引用)こんなのを議論と言い、最後は強行採決を旨とする。空虚な言葉だけが乱舞するなんぞは「一体どこの国の話?」である。
☆「質問・批判をかわす『安倍話法』には4パターンある、その研究」ニューズウィーク日本版7月12日
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/07/4-80.php
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2019年07月12日

戦争が身近になって嬉しいか

2面「有志連合 日本の選択肢は『海上警備行動発令か』『海賊対処法対象外』『有事なら安保法適用も』『特措法 制定に時間』」「包囲網強化・負担減 米は一石二鳥」の記事。「米国が中東ホルムズ海峡などの安全確保のため有志連合を検討していることについて、日本政府の対応が焦点となっている。自衛隊派遣を求められた場合、法的な根拠やリスクなど検討すべき課題は多い」「米軍への攻撃といった『有事』になれば、15年に成立した一連の安全保障関連法に基づく自衛隊派遣が検討される可能性も」「日本が攻撃されるか、日本と緊密な関係にある他国が攻撃され、国民の権利が根底から覆される明白な危険がある『存立危機事態』が起きた場合、集団的自衛権を使った反撃を認めている」(本文引用)。ようするに米は安上がりに、かつ迅速にイラン包囲網を作ることを目指している。記事は、緊張を高めたのはトランプだと指摘。イランとの核合意から一方的に離脱したのは米。イラン産原油の禁輸を復活させたのは米。原子力空母を派遣して軍事的圧力を高めたのも米。そして米は、欧州や日本などにイラン包囲網の強化を呼びかけ、「自国の船は自国で守るべき」と主張する。
そして9面には「『英タンカー拿捕未遂』米報道 イランは全面否定」中見出し「英『航路妨害受けた』」「イラン包囲網 同調広がらず IAEA 米離脱にEUは『遺憾』」と「考/論」の「断定は時期尚早 情報戦の側面も」がある。CNNが「米当局者の話」として、「イスラム革命防衛隊」の5隻が英のタンカーを拿捕しようと接近し、護衛フリゲート艦に阻止されたと報じた。だが英政府は「3隻のイラン船が行路を妨害しようとした」(本文引用)と説明し、どうもCNN報道と食い違う。ブログ主的にはこの時点で「またアメリカはやっちょるね」という感想しか持てなくなる。最も有名なのはベトナム戦争時代の「トンキン湾事件」。最近の事例ではイラク戦争の時の「大量破壊兵器」。アフガニスタンとアルカイダとの関係などを強調したアフガン戦争。どれもデタラメを根拠に始められたことをうかがわせる事例で、ベネズエラ政権転覆を狙って経済混乱を誘発し、それを政治混乱にまで拡大して、同国沿岸に大規模な海軍兵力を展開し威嚇。大きな対立として対中貿易戦争も然り。せっかく世界に希望を抱かせた米朝接近も、けっきょくはこれらの起こすべくして起こした戦争の火種のひとつ、米にとってはまさかのお祭り騒ぎの駒のひとつなのか。
手玉に取られたといえば、「外交巧者」を自認する首相が、米とイランの仲介役として颯爽と出発したのに、まるでコケにされた近時の出来事を思い出す。首相のイラン訪問時、ハメネイ師との会談があった13日に日本のタンカーが攻撃されたタイミングの良さに疑念を持った人は多かったはず。そのときは「なんだかあやしい」的指摘は少なかったが、今回の「英タンカー拿捕未遂」では、さっそく9面「断定は時期尚早 情報戦の側面も」が紙面に出る。これを英タンカーに限定して読むのではなく、日本タンカーへの攻撃も含めて理解することが肝要ではないか。首相が国際的にどう受け止められているのかを客観的に判断すること、なかでもアメリカはどう受け止めているか、イランはどう受け止めているか。これらの関係を想定すると奇妙な構図ができあがる。ようするに、首相の国際政治における存在感は、ほとんど地に落ちていると言わざるを得ない。G20の議長国にも関わらず、ひな壇で全員が集合するとき、彼に挨拶したのがわずか1名だったことに典型的に現れているように、また、ハメネイ師の対応のすげなさに、さらに3回目の米朝首脳会談で蚊帳の外に置かれたうえに、安保条約見直しまで迫られ、北方領土が頓挫し、拉致問題もまったく歯牙にもかけてもらえないテイタラクも、すべて長年培ってきた「外交巧者」のなせるワザ。悲しい結末を認めないリーダーの哀れな末路というしかない。
☆「安倍首相、G20主役のはずが“蚊帳の外” 与党内で『オウンゴール』の声も」AERAdot.7月11日
https://dot.asahi.com/aera/2019071000015.html
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2019年07月11日

「シコォーテイシッ!」は重大な過失

今朝のテレビ報道を見ていたら、FRB議長が今月末の利下げを示唆したというではないか。日銀はどう動くか。株価はどうなるか。いよいよ正念場に。というわけで、まず1面の「憲法 議論迫る矛盾と危うさ」に注目。「今回の選挙戦で憲法を語るとき」「首相はいら立ちを隠そうとしない。3年前の参院選で3分の2の『改憲勢力』を両院で確保したのに、改憲への議論がほとんど進まなかったからだ」(本文引用)とある。選挙演説における首相の発言を聞いていると、そのいら立ちはかなりのものであるとわかる。「憲法について議論をする政党を選ぶのか、しない政党を選ぶのか。それを決める選挙だ」(本文引用)と叫んでいるが、臨時国会開催要求を無視し、会期中に海外へ出かけ、予算委員会を100日以上も開かずに逃げ回った自分のことを棚に上げた発言には驚く以上に呆れてしまう。このところ議論をしないでいられるならなんでもしたのは、誰だったか。13面「憲法季評」の「国民の信託への裏切り 都合優先の政権許すか」は、「統計不正問題から飛び火した毎月勤労統計の調査方法をめぐる官邸関与疑惑は、今年2月、国会で激しい論戦を戦わせたのち、わずか1カ月足らずで収束した」(本文引用)と書き、論評を一切挟まないで「客観的事実」を列挙する。これは全て引用しておきたいところだが、長すぎるので割愛せざるを得ない。だいたい昨年の臨時国会は、豪雨災害への緊急対応で野党が開催要求したのに回避し続けた。また、赤坂自民亭のご乱行を忘れるなかれ。自民総裁選までネグレクトして国際会議に出席。その会議でも影の薄かったことと言ったらみっともないほどだった。この逃げ回り路線は今年も続いている。それが予算委完全ネグレクトであり、悪口雑言言いっ放しであるわけで、彼はいま、いら立ちを隠せない状況に立っている。「議論迫る矛盾と危うさ」とは、「ボクちゃん悪くない。悪いのはあっち」という、駄々っ子が追い詰められた時に最後に言い放つ意味不明の言いわけにほかならず、彼を取り巻く周辺は、それを受けて泡を食いつつ走り回っているように見えてならない。
こんな流れはいつから始まったのか。2016年の参院選で衆参ともに3分の2を確保したあと、彼ら流に考えて、本来ならそこで改憲まで一気に突き進むのが最良だったということか。1面の「憲法 議論迫る矛盾と危うさ」に戻ると、「政権はこれまで、安全保障法制など野党が反対する法案審議を一方的に打ち切り、次々と成立させてきた。ただ、改憲案には国民投票での承認も必要なため、横暴さを印象付ける数の力は使いにくい」(本文引用)という高いハードルがある。一発勝負への逡巡があったか。翌年はモリカケ問題勃発。さらにうち続く豪雨災害に動揺。昨年は10月の株価暴落に原発輸出総崩れ、輸出産業大不振。それでも駆け込む規制緩和法案の乱立。統計処理不正。この政権は、すでに過去の事例で考えると何回潰れていてもおかしくない状況にあった。最後の手段は議論からの逃亡。お得意の「外交」で成果をアピールしたかったのに、日朝首脳会談ではソデにされ、対ロ交渉も頓挫。トランプに弄ばれ、G20で各国首脳からそっぽを向かれるみっともなさ露呈。ついに安保条約にまで踏み込まれる始末。今日の1面では「ホルムズ護衛に有志連合 米方針 日本へ打診の可能性」となってしまった。やるべき時期を次々に外し、「外交巧者」は足元を見られて見る影もない。こうなったら嘲笑する前に嘲笑しまくれというのが、おおむねの匹夫が考えることなんだろう。そんなわけで、7月7日1面「『嘲笑する政治』続けるのか」に指摘されるような、悲しむべき状況に至ったということかもしれない。経済界にも微妙な空気が漂い始めている。中西経団連会長の発言は、政権への泣きつきであり、3大メガバンクの収益も危うく、地銀はボロボロ。そこへ冒頭の「FRB議長による今月末の利下げ示唆」が追い打ちをかける。すったもんだが続き、どちらにしても政権のピークは2016年の衆参3分の2確保だった、と思わざるを得ない。それでもあがくとき、彼のやることは最大の暴虐になる可能性がある。この時期の思考停止は最も重い過ちと知る!
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2019年07月10日

難しい局面にあるからこそじっくり考えたい

7面に「財政赤字楽観論MMT 前ECB総裁『危険』」の記事がある。キーワード「MMT(現代貨幣理論・現代金融理論)」の説明をまず引用。「『独自の通貨を持つ国の政府は、通貨を限度なく発行できるため、財政赤字が大きくなっても問題はない』という考え方が中核をなす。インフレ率が一定の水準に達するまでは財政支出をしてもかまわないとする。経済学の主流派からは『異端』とされる(略)。提唱者の一人、ニューヨーク州立大学のケルトン教授が『日本が(MMTの)実例だ』と述べたことで、日本にも論争が飛び火している」(本文引用)。本記事に戻ってECB前総裁はMMTについて「とても危険に見える。MMTの考えは非常に大胆で、大衆受けもよい。何者かが何の問題もなく、お金をくれるようなものだからだ」「この考えはもろい。世界の他の国が、ドルや円などその国の通貨を信認し続けてくれるという考えを前提にしたものだ。しかし、際限なくお金を使い続ければ、どこかの時点で懸念が高まる。自国民からも信頼を失い、リスクがもたらされることもある」「日本のように大きな公的債務を抱える場合、非常に低い金利のもとで債務をさらに増やし、その低金利(の環境)を中央銀行が提供し続けるというのはとてももろい考えに思える。永久的に非常に低い金利環境にいることはできないことを理解する必要がある。債務の水準に気をつけなければいけないことは常識だ。債務を多く抱えている政府にはこれ以上、債務を増やさないように強く勧めたい」(本文引用)
これは当ブログで昨日書いた疑問や問題提起につながっていくように思った。「日本が(MMTの)実例だ」という指摘を併せて考えると、日本の場合「『財政出動』の方向が株価に向かい、企業減税や株による利益への課税まで大幅に軽減されるなど、ギリシャとは進める方向がまるで違っている。何を重視して『反緊縮』を進めるか。大きな政策を具体的に進めるとき、方向が真逆になると、結果までが大きく違ってくる」「この点に注目するのが、とても重要になるのではないか」という自問。つまり選んだ方向の間違いで「反緊縮」がマイナス効果に至ると判断できた場合、「反緊縮」の範囲内で大胆に向きを変えたらうまくいくか、という疑問がブログ主の頭に浮かんできたわけで、「さて、どうしたもんか」と考え込んだのが昨日のブログ主であった。れいわや共産党の主張は、その内容から見て「財政出動」はそのままに、めざす方向を変えることで、現在停滞し「物価目標2%」未達成のまま目的を失い、ずるずると失敗の深みにはまっていくアベノミクスを大胆転換するよう主張・・・たぶんそんな感じじゃないか、と思う。もっとくだけた言い方をすると、アベノミクスが企業とか富める者とかを優先して押し上げ、その結果として庶民諸階層にトリクルダウンで恩恵が及ぶ、という構想だったとすれば、「反緊縮」の新たな潮流(れいわや共産党)は、「それは幻想で、富める者はさらに富んだものの、お金をしっかり財布の中にしまって、『トリクルダウンなんてヤダモン』と嘯きつつ悦に入っている。これをなんとかしたらいいだけだ」と主張しているようだ。「財政出動」については基本的に大きな違いはなく、あえていえばれいわの「もし機会あらば、政府とも協力できる」としている点くらいか。「緊縮財政」に後戻りするのではなく、アベノミクスが富める者に「反緊縮」、庶民に「緊縮」を強いているのに反対し、「反緊縮」による恩恵を全体にまんべんなく及ぼすという意味で、両方は一致していると思う。
選挙戦における野党各党の主張を詳しく吟味していないが、トリクルダウンなんていう幻想をアテにするのではなく具体的な政策として「反緊縮」の恩恵を国内に深く浸透させることを基準にアベノミクスを批判しているのは確かだ。ECB前総裁の「とてもとても危険」説に戻ると、「世界の他の国が、ドルや円などその国の通貨を信認し続けてくれるという考えを前提」にしている点に、確かに脆さを感じる。アベノミクスの危険は退け際を見失って漂流していること。この状況で世界経済が大きな混乱に至ったら、富める者はいざ知らず、庶民を救済する手立てはない。やがて来る荒波に、どんなやり方が最良かの判断こそ現在の争点だと思った次第!
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2019年07月09日

いまもっとも難しい時期に立つ我ら

7面に「ギリシャ左派政権退場へ 緊縮策に転換 国民の指示戻らず」の記事がある。「ギリシャで7日、総選挙が行われ、チプラス首相が率いる与党、急進左派進歩連合(シリザ)が敗退、野党に転落した。欧州のポピュリスト政党の先駆けとして、金融危機の中で欧州連合(EU)と4年半、向き合ってきたが、政策転換で失った国民の支持は取り戻せなかった」「09年に巨額の財政赤字が発覚して以来、ギリシャに対し厳しい財政緊縮策を求めてきたEUなどに反発し、15年1月の総選挙で第1党に躍り出た」「巨額の債務を償却しつつ、最低賃金の引き上げや脱貧困対策など『反緊縮』を進めると公約」「国民投票で『反緊縮』が多数を占めたにもかかわらず、『ユーロ圏離脱』を突きつけて財政改革を求めたEUに押し切られる形で、緊縮財政に政策を転換した」「昨年8月まで、3回の金融支援を受け経済指標は回復に転じた。だが、企業の税負担を重くしたため国内投資は進まず失業率も18%と高いままだった」(本文引用)。この辺りの書き方に微妙なものを感じたのはブログ主だけか。「反緊縮」失敗。「緊縮財政」へ転換。「経済指標」は回復。「企業の税負担」を重くしたため国内投資は進まず。「失業率」も高いまま。そんな状況に対し、中道右派の新民主主義党(ND)は「国営企業の民営化や企業減税、官僚主義の撤廃を訴えて、経済界を取り込んだ」(本文引用)とある。もともとギリシャ危機は「ND政権時代に年金支給などで巨額の財政赤字が隠されていたこと」(本文引用)が09年に発覚して始まったと書かれている。それが今回、ND党首の手腕を前面に出して政権奪回に成功した・・・なんだかどこかの出来事と似ているんじゃないか。ギリシャの某主要紙は「ギリシャ危機の間、政治力が変わらなかった唯一の政党に、国民は『安定』を求めた」(本文引用)と論評したと書かれており、ますますどこかの国と似てくるのを感じる。これから進むであろう道筋自体が、いつかきた道を連想させる。
よくみると、こちら側の「財政出動」のやり方と、チプラス政権のやり方には大きな違いがある。ギリシャでは「反緊縮」の主要な政策に「最低賃金の引き上げや脱貧困対策」などが掲げられていたし、「企業の税負担を重くする」などがあった。EUとの衝突は「財政出動」でユーロ圏との距離ができ、離脱につながるのをEUが恐れたことによる。英のブレグジット。ギリシャのグレグジット。ともにユーロのくびきが強過ぎたか。日本の場合、「財政出動」の中身がいささか違う。「最低賃金の引き上げや脱貧困対策」なんかやっていない。「企業の税負担を重くする」なんぞは「バカげている」と放言。おかげで大企業は内部留保をがっぽり溜め込み、次の経済危機に十分すぎる備えをしている一方、庶民は「2000万円貯金」なんて「バカげた」空論という状況に追い込まれている。外国人労働者は奴隷労働に限りなく接近中。非正規雇用労働者は拡大を続け、近頃では官邸からのお達しで、官僚は「非正規」という言葉を使わないでいるらしい。つまり、「財政出動」の方向が株価に向かい、企業減税や株による利益への課税まで大幅に軽減されるなど、ギリシャとは進める方向がまるで違っている。何を重視して「反緊縮」を進めるか。大きな政策を具体的に進めるとき、方向が真逆になると、結果までが大きく違ってくる。そうだとしたら、この点に注目する意味が、とても重要になるのではないか。
関連してくるのが1面「くすぶる不安 『未来』に責任を」の記事。現在、国と地方の借金総額は約1100兆円。国内総生産の230%。先進国では最悪の借金という。敗戦後の預金封鎖やハイパーインフレ時に匹敵するとも言い、当時の空気をいくらかでも記憶する身としては、大人たちの苦境が偲ばれ、それがこれから我が身に降りかかると思うと総毛立つ思いがする。まだ幼くしてコトの重大さは理解していなかったが、大人たちの緊張と落胆の様子はビンビンと伝わってきたものだ。いま、何が最も適切かの見極めが非常に困難を極める時期に差し掛かっている。難しい判断を迫られているわけだが、できるだけ深掘りし、自分の方向を見定めていきたい。
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2019年07月08日

改憲を争点にして原発を外す目論見の末は

3面「原発政策 事故当事者の東電 建設前のめり」は久し振りの大きな原発記事。青森県東通村で工事が中断している東電東通原発の現在をルポする。総面積808万平方メートルという広大な敷地。半分は東北電力が持ち、東北電1号機が05年に稼働したが、福島第一原発事故後停止中。東北電2号機と東電1・2号機は着工が1機、未着工2機で運転開始のメドは立っていない。すべて動き出せば525・6万KWになる。東電1・2号機は原発事故後、工事から遠ざかっていたが、昨年8月28日に地質調査を再開。今年3月末、東電は東通村に2億円のふるさと納税を表明し、7月1日には東通村の出先事務所が「青森事業本部」に格上げ開所。「安全で最新鋭の原子力発電所を造り、地域の未来に貢献しなければならない」(本文引用)と、本部長が訓示した。原発事故はこれから建設が大々的に始まるという矢先に発生したため、工事を当て込んで建設作業員向けのアパートや飲食店などのサービス施設が立ちつつあったらしい。事故勃発で思惑が外れたが、「原発建設の早期再開を含めた『地域貢献』を望む声が強かった」(本文引用)といい、ふるさと納税2億円は、そういった声に応えたものか。建設への期待感を細々と維持するための(悪くいうと)工作資金の性格が鮮明だ。「経産省資源エネルギー庁は2月、『事故がなければ原発は完成していたはず』として、村への原発交付金を19年度に10億円積み増すことにした。国会の審議なしにできる交付規則の特例の適用だ」(本文引用)。同2月、朝日新聞世論調査では56%が原発再開に反対するという結果が出ている時期でもあり、10億円積み増しは2億円のふるさと納税と連動した「金で横っ面ひっぱたき」工作とみられても仕方ない。「経産省に言わせれば、再生可能エネルギーより原発のほうが『安定』した電源」(本文引用)とあるが、ひとたび事故ったら「安定じゃなく社会の暗転だ」といいたくなるシロモノを、選挙で主張することもなく着々と進める。日米貿易交渉の最大焦点「農産物」「自動車」「為替」を含めて「すべては選挙後に」か。
3面同記事の中見出し「読まされた復興への思い」には、とんでもないことが書かれている。福島県大熊町で首相と町民5人の「車座集会」が開かれたのは4月14日。「5月の役場再開に先立ち、首相の日程に合わせて実施された開庁式後に、復興庁が企画した」(本文引用)。車座集会とあるが、どうも実態が飲み込めない。記事通りなら、参加者は首相と町民で合計6人。その他に役場や復興庁や商工会、報道陣などがいたかもしれない。でも「車座」だから、大きな集会ではなさそうだ。大勢を集めて大々的に成果をアピールするでもなく、邪魔な発言者たちが混ざらないように配慮した「内内(うちうち)感」が否めない。「これは首相に対する過度の配慮が見えますなあ」と思わず呟きたくなる出来事。町民の一人が読み上げた文章は「復興庁の要請を受け、町が用意した『発言案』」「町からは発言案を読むよう指示されていた。当日、会場で改めて自分の原稿でもいいか聞いたが、『復興庁の職員から「だめだ」と言われてしまった』」(本文引用)。店ができておちついたら娘に任せたい、といった趣旨の発言はしたくなかったので、町案から削った案を作ったがそれも「ダメ」と言われ、苦しい思いで町案を読み上げたようだ。奇妙に感じるのは、「車座の席で、首相から声をかけられた。『喫茶店は「商業施設」が完成し次第、戻ってきたいでしょうね』」(本文引用)。事前に読み上げられる文章を首相は知らされており、それに基づいた言葉であるように感じられるのは、斜め読みすぎるか。言葉の空虚さが高級スーツを着てのし歩いているような気がして仕方ない。そう感じる理由は、31面「首相演説日程 党だんまり」中見出し「HPに掲載せず ヤジを警戒?」の記事でいっそう確信に至る。なんでそんなに気にするのか知らないが、警戒ぶりはかなりのもので、首相への配慮が過剰に働き、周囲をアタフタ走らせているのが露骨に見える。なにやら暗い日常だなあ、と慨嘆する!
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2019年07月07日

だらだらと長く続く敗戦への道

8面「令和落首考」に「それにしても平成から令和へのこの半年は、まことに多事多難」(本文引用)とある。「東日本大震災追悼式で、対照的な秋篠宮さまと首相のあいさつ」(本文引用)との指摘を読んで、「そういえばそうだったか」と改めて思い出し、首相と秋篠宮の挨拶をじっくり読み比べると、たしかに首相の言葉には「放射線」の「ほ」の字もなく、秋篠宮は正確に「放射線量」と発言している。改めて、両者の見識の違いを思い知らされた。なんとやらの式で「願っていません」と本音丸出しで読んでしまったのも思い出し、「この人、どこかおかしくなっていないか」と思ったのも束の間、時間を経るに従って奇矯な発言が続出するようになって、いっそう「????」の感を深くしている。1面「『嘲笑する政治』続けるのか」も、新聞としては丁寧すぎるほど律儀で礼儀正しく同様のことを書いているご様子。「笑いは人間関係の潤滑油だ。ただし、他人を見下す笑いとなれば話は違う」(本文引用)。首相は複数の身内のパーティーに出て、そのつど民主党政権を嘲笑。「悪夢発言」を連発。「民主党政権の失敗と比較して野党を揶揄、こき下ろす。身内で固まってあざ笑うーー。自分が相手より上位にあり、見下し、排除する意識がにじむ」「『イージス・アショア』の配備問題では、防衛省のずさんな調査の発覚で白紙撤回を求める秋田県知事に、辞職あるいは『受け入れろ』と迫るメールや電話が多数届いているという。人をさげすむ政治が生んだ差別や同調圧力の根は深い」(本文引用)
なんでこうなるのか。彼に余裕がなくなっていることは間違いない。ボタンのかけ違いが起こり、その矛盾がつぎつぎに新しい矛盾を生み出しつつある。自分の落ち度が招いた事態が顕著になってきて、足元がぐらついていることは間違いない。これまでならある程度余裕で凌いできたのに、払っても払っても積み重なって、その場凌ぎでは収拾がつかなくなり、本人も動揺しているような気がする。それにともなって周囲にも動揺が広がり、政治がいっそう荒れ果てている印象を受ける。国内は騙せても、国際的には報道規制する手段もなく、簡単には騙せない。そのため、胸を張って「アンダー・コントロール」なんて放言していたのも遠い昔の夢。大阪G20ではなんとほぼ全首脳からそっぽを向かれる仕儀と相成った。東洋経済オンラインを集中的に読んでいて、面白い記事を見つけた。ダニエル・スナイダーというスタンフォード大学教授の記事2つ。この人は読む限りでは、かならずしもリベラルではないような気がするが、それでも手厳しい。一つ目の記事は「目下安倍首相は外交上3つの『悪夢』に襲われている」(本文引用)と始まる。首相が民主党政権時代を「悪夢」と表現するのと対照的で、そこから浮かび上がるのは首相の主観による「悪夢」の強引なすり替えと、身内に対する共感の強制だ。身内はそんな哀れなリーダーをなだめるように、「さげすみの笑い」で応える。なんと悲しい構図だろう。誰に向けた「さげすみ」なのか、彼らにもわからなくなっているようだ。そんな感性の劣化が政治を覆う現状。社会が壊れていく実感。これを理性の領域に引き戻すのは容易なことではない。二つ目の記事は、スナイダー氏が米国務省寄りの視点でみた日韓関係悪化の状況分析。これは参考資料としてのみ置く。個人的に考えると、政権の絶頂は3年前だったのではないか、という気がする。そのあとは、先の大戦で例えれば、ミッドウェー海戦の敗北から本土空襲に至る地獄に差し掛かっているのではないか。贔屓目に見てもそんな思いにかられる今日このごろ。今回の敗戦への道はだらだらと長く続く・・・。
☆「安倍首相が認めたくない外交上3つの『悪夢』 トランプ大統領にだいぶコケにされている」東洋経済ONLINE:7月6日
https://toyokeizai.net/articles/-/290792
☆「日韓関係がここまで急悪化している根本理 アメリカや韓国政府はどう思っているのか」東洋経済ONLINE:1月13日
https://toyokeizai.net/articles/-/260086
☆「高まる『嫌韓』、対韓強硬論にこれだけのリスク 事態を打開するには『日韓首脳会談』しかない」東洋経済ONLINE:6月12日
https://toyokeizai.net/articles/-/286090
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2019年07月06日

迂闊にもフォローしていなかった件

1面「板門店で会いたい 米新書で示唆 米朝首脳電撃会談極秘の打診」に、日本政府が「聞いてないよ!」と慌てふためいた事情の裏話が書かれている。G20大阪サミット終了直後の6月30日に電撃的に実現した米朝首脳会談だが、それは政治的意図を持った演出だった。その後の政府の対応は、翌7月1日トランプ流に経済戦争の猿真似を開始、「半導体材料対韓輸出を規制」という処置にでたこと。拙速と思ったと同時に、似たような出来事を思い出した。15年ドイツのエルマウで行われたG7での件。同年末にあったCOP21では環境大臣が泡を食って走り回るというテイタラク。COP22には「パリ協定」国会承認を遅らせ、オブザーバー参加というみっともなさを露呈するに至る。15年6月12日の当ブログ「どん詰まりで押し返せるか否か」で「議長国ドイツが最初に提案したのは、過去のサミットで合意したよりさらに踏み込んだものだったという。これに日本が反発し、アメリカの応援を得て、『気温上昇を工業化前と比べて2度未満に抑えるには「50年に10年比で40〜70%削減する必要がある」』『この幅の「上方(upper end)」を目指す』で折り合ったという」「宣言本文に書かれた『今世紀中の世界経済の脱炭素化』も、日本や米国などの懸念から、当初あった『完全な』の文字が消された。『方向を目指すと言うことで、約束ではない』(日本政府関係者)とのスタンスが反映された」などなど、新聞記事を引用して書いた。そして18年7月4日当ブログ「道筋を描けないのはダレ?」で「翌年のCOP22では、マラケシュで行われたパリ協定最初の締約国会議に協定締約を間に合わせずオブザーバー参加とした。その影響で昨年COP23ボン会議は新聞報道も激低調。ブログ主自身、報道に目が届かず、他の出来事に幻惑されて気づかなかった。今、いろんな報告文を読んで考え方をまとめているが、今日の我が家購読紙を読むと、今年12月のCOP24までになんとしても格好をつけなければいけない状況に陥っている様子がうかがえる」と書いた。
そこでふと思い出す。迂闊にもCOP24の記事を読んだ記憶がない。調べるとポーランドのカトビチェで確かに開催されている。どうも昨年10月に始まった株価大暴落と、臨時国会のとんでもない動きに幻惑されていたのか。新聞記事にもあったかどうか、調べると確かにあったようだが、ブログ主は疲れていたのかもしれない。以下に「国連広報センター」の記事と、環境省の「結果概要」について紹介しておく。思えば、今年に入って中西経団連会長が原発について妙な発言をし、主要大手銀行が石炭火力への融資に否定的になり、政府の有識者会合で石炭火力の扱いが転々とする一幕もあり、高速炉を推進する案が浮上したり、核融合炉への期待を膨らませたり、報道が定まらないのか政府の姿勢が定まらないのか、おかしな動きばかりあると感じていたのは、この報道姿勢にのせられたブログ主の迂闊さ加減に原因があったと見るべきか。大阪G20で各国首脳が首相にひどくつれなかったことの背景にこれは大きく影響していたのかも。なににせよこの国が国際環境下でかなりひどい顰蹙を買っていることが偲ばれる出来事だ。また、このような国際関係におけるモタモタぶりは、この数年間いっそう著しくなっているように思えてならない。対米関係で言えば、オバマにもトランプにも手玉に取られ、いいようにあしらわれる惨めさに必死に耐えて、いっしょうけんめい追随していく姿は、哀れを通り越して悲惨である。なぜそこまでするのだろう。施政者の悲惨は最後にどこで解消されるのだろう。
☆「COP24で、締約国がパリ協定実施に向けた具体的な方策に合意」国際連合広報センター18年12月20日
https://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/31570/
☆「国連気候変動枠組み条約24回締結国会議COP24結果概要」環境省地球環境局18年12月
https://www.env.go.jp/council/06earth/cp05_mat04.pdf
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2019年07月05日

「梅雨闇」の世相に「虚栄」を抱えて佇む

1面「折々のことば」が深い。「『書く』ことから『虚栄』を引き去ってなにが残りうるか 磯田光一 戦争が終わり何の『傷』も負わなかったはずのない文学者が、開き直り、人を揶揄し、時に道化めいたりしつつもついに誰一人筆を折らないと、苦々しい思いでやはり書いた文芸批評家・伊藤整。その述懐を引き取るかのように、同じ文芸批評家はこう書いた。『虚栄』以外に残るものがないのなら、この『絶望の意味を問う』ところまで立ち戻るしかないと。『戦後批評家論』から」(全文引用)。「虚栄」を取り除いたら空っぽだった、という話。空っぽに立ち戻ってそこから始める。長い人生の中で、人にはそうしなければならない瞬間が必ずある。時期が時期だけに、この指摘の重さを痛感する。今日から参院選。1面「天声人語」もなにやら言葉の向こうに選挙を問いかける様子。「避難したが自宅は無事で『無駄足だった』と感じた人もいたかもしれない」「『無駄足でよかった』と思いたい」「昼なお暗いこの時期の空は『梅雨闇』と呼ばれる」「この闇から抜け出すまでには、まだ辛抱と警戒がいる」(本文引用)。なるほどねえ。いつも言われることだけど、しっかり考えしっかり判断しようってことだな、とつくづく思う。
選挙が大きく報道されていて、3面「『WTO提訴含め措置』 韓国副首相 日本の輸出規制に対抗」などの記事が霞んでいる。首相は、元徴用工問題は日韓基本条約と請求権協定で解決済み、と主張。「原則においては国際社会の国際法の常識に従って行動していただきたい」(本文引用)という。過去の政府答弁との整合性が疑問。8面「WTO違反の指摘『レアアース規制とは違う』 対韓輸出規制 政府ピリピリ」中見出し「半導体材料『脱日本』懸念も」で、日本政府は中国の対日レアアース輸出規制がWTOに認められず敗訴した件を気にしているという。さらに懸念されるのが、あまり規制を厳しくすると、韓国が「脱日本」化を進める可能性が出てくること。中国の対日輸出規制の場合、「日本ではレアアースの使用量を減らす技術開発が進んだ」(本文引用)とある。商工会議所会頭は「(韓国は)一部、自国でつくる方向に動く。そういう意味では影響が出てくる」(本文引用)と話した。「脱日本」されたら、かえって日本の打撃が大きくなり、ただでさえ輸出産業が苦しい思いをしている現状、自分から首をしめる結果になりかねない。さてこの結果、吉と出るか凶と出るか。「かなり難しいんじゃないかな」と危惧する次第。なにしろ、G20終了直後で米朝首脳会談にぶつかったのは、最悪のタイミング。世界の目は、「なにやってんの?」てな調子なんじゃないかな。
その影響があるかどうかは知らないが、株価が振るわない。マイナスにこそならないものの、プラスの幅がわずかすぎる。9面「NY株 最高値更新 9カ月ぶり FRB利下げ期待」中見出し「トランプ氏『口撃』激化」には「米ニューヨーク株式市場で3日、大企業でつくるダウ工業株平均がほぼ9カ月ぶりに史上最高値を更新」(本文引用)とある。利下げへの期待の高まりがあるのだとか。「米中貿易摩擦などで世界経済に不透明感がくすぶる中、市場は金融緩和頼みの様相が濃くなっている」「市場では、今後の米中協議も難航するとの見方が根強く、株価上昇の勢いは限られている。米中摩擦のあおりを受け、肝心の米企業業績も減速気味だ。今週末に発表される6月の米雇用統計など経済指標の内容次第では、利下げ期待が急速にしぼむ可能性もある」(本文引用)というわけでトランプはFRBに早く利下げをさせようと焦っている。「中国と欧州は大々的に為替操作し、(金融)システムにお金を注ぎ込んでいる。我々も合わせるべきだ」(本文引用)という。「あれ、日本が抜けてる?」と思ったのはブログ主だけか。お金がなくて「大々的に為替操作」するわけにはいかないから仕方ないのかも。NY市場で「利下げ期待が急速に」しぼんだとき、日本株はどうなるか。トランプは「貿易摩擦で経済が失速した場合に備え、責任をFRBに負わせておく計算もありそう」(本文引用)って、こちら側ではそんな計算をする余地が残っているのかな。
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2019年07月04日

迷走しつつ終焉に向かう

1面に「対韓輸出の厳格化発動 政府まず半導体材料3品目」の記事。「政府は4日」「韓国への輸出規制強化策の『第一弾』を発動する。半導体などの材料3品目を対象に、輸出許可の手続きを厳密にする。韓国メーカーが材料不足で半導体などを十分つくれなくなれば、これらを使う日本を含む家電メーカーのスマートフォンなどの製造も滞り、世界経済に影響する恐れもある」(本文引用)という。「えっ、自分の首も締めるの」と唖然。3面「韓国半導体危機 日本に余波 輸出規制 韓国『在庫数カ月分』」中見出し「日本の電子機器 生産減る恐れも」に、主旨が書いてある。「影響は韓国の半導体メーカーと取引がある日本企業や世界のサプライチェーン(部品供給網)に広がるおそれがあり、日本の関連企業からも懸念が出ている」「半導体は韓国の国際競争力の源泉で、輸出が減ると国の成長率が鈍るほど依存性は高い」「在庫は多くて数カ月」「日本からの輸入許可の審査が90日程度かかるとすると、在庫が底をつく可能性もある」「世界の半導体市場に占める韓国勢の存在感は大きく、日本企業への影響も避けられない」「ソニーは(略)『生産できずに商品が枯渇する可能性も含めて対応を検討中』」(本文引用)。日本商工会議所会頭は容認発言。経済同友会代表理事も交代したと思ったら態度がコロリと代わり政府寄りの発言。いつもの「政権による〇〇」があったのか。肝心の経団連会長はまだ病気入院中か、ここには書かれていない。輸出製造業が苦境に陥っているときに、なんでこれをやるんだろう。中西経団連会長は昨年10月からの株価大暴落を受けた今年1月1日、とても面妖な念頭発言をして、巷に「??」の渦を巻き起こした。結果的にそれは、輸出産業の危機を政権に訴える泣きの会見だったわけだが、その後の奮闘も虚しくついに病魔に倒れた。まだ病院にいるのだとしたら、彼は病床でなにを思っているだろう。忸怩たる思いでいるとしたら悲しすぎる。逆に病気から復帰し、「それ行けドンドン」になるとしたら・・・それはまだ考えないでおこう。
世界の流れは微妙に変化しつつある。米中は通商協議再開へ向かい、米の関税「第4弾」は回避された。株価は急上昇。米朝首脳会談が電撃的に行われ、日本は「家の外」に捨て置かれ「聞いてない」と目をパチクリ。大枚叩いて米から購入した陸上イージスも無用の長物と化すかもしれない現実。本日3面には「陸上イージス不信 山口も 防衛相、知事らに謝罪」中見出し「ブースター落下懸念」では、秋田に続いて首相の地元山口でも「町をあげて反対」の状況にある。そういえば墜落したF35の導入について、ドイツは取りやめの意向であるとか。そしてトランプお得意のディール外交発動で、6月30日の新聞に「『日米安保、変えるべきだ』 トランプ氏『首相に伝えた』」の記事が載る。その一方で9面には「北朝鮮核開発に譲歩案か 強硬派は猛反発 米高官『凍結を検討』」がある。猛反発しているボルトンは知る人ぞ知る武闘派。ベネズエラに対しても「国際的な支持がなくともマドゥロを打倒する」と息巻く人物で、これを抑えてまで「譲歩」の意向を示す大胆な手法。文在寅氏のプッシュも効いて、板門店では米韓朝の3首脳がにこやかに向き合う劇的演出まであった。こうして何から何まで揺さぶられっぱなしのこの国が世界に印象付けられたあとで、「対韓輸出の厳格化発動」だ。G20で各国首脳から無視されたのは、ただの偶然じゃなかった。まるで、敗北の色が濃厚なのに無理して強硬策を打ち出し、いよいよドツボにハマっていく敗将を見ているようで、付き合いきれない。
27面に「映画『新聞記者』久々の政治エンタメ 官僚は言った『この国の民主主義は形だけでいいーー』」の記事がある。「内閣官房と女性記者の攻防をハードに描いた映画『新聞記者』が143館で公開され、『アラジン』や『スパイダーマン』とともに興行収入ランキングでトップ10入り」(内容は)「痛快さでなく、閉塞感が全編に漂っていた」(本文引用)とあるように、まだ未来を見通す視点はないかもしれないが、満席の映画館もあったというから、それが希望だと思う。始まりはここからになる。
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2019年07月03日

5人? 6人じゃないの? ぼくちゃんは?

ブログを検索して以下の記事を見つけた。「朝鮮半島問題、5カ国協議の必要性で一致=ロシア」というもので、6月30日の出来事が偶然じゃなかったらしいのを感じた。「ロシア外務省は10日、朝鮮半島の緊張緩和のため、米国と韓国を交えた5カ国協議が必要だとの認識でロシア、中国、北朝鮮が一致したことを明らかにした。ロシア、北朝鮮、中国の外務次官が9日にモスクワで会談し、関係正常化のため5カ国協議に支持を表明したという」(全文引用)。ただし、ブログの該当記事のURLは、どういうわけか全然別のものになっていたので訂正しておいた。ちなみに当ブログ記事はこれを紹介して書いている。「『あれ?』である。6カ国協議じゃなかったの。で、よく見ると、5カ国には『我が国』が混ざっていない。どこまで現実的かわからないが、これほどあからさまに提起されると、この国が外交面でかなりどん詰まりになっていることが鮮明になるばかり」というわけで、知らぬは国民ばかりなり。いや、もしかしたら首相自身にもこんな恥ずかしい情報は伝わっていないのかもしれない。でなけりゃ、G20で各国から屈辱の対応(IWJ岩上安身氏ツイート)を受け、その直後に5カ国協議で「ひとりはずし」の憂き目を晒し、平気でいられるはずがない。自己嫌悪から逃げる唯一の方法は、いつもいうように、真っ先に自分を騙すこと。梯子外しの運命も認識できないほど自己欺瞞に酔う。この国は本格的にイカレ始めているようだ。
☆「朝鮮半島問題、5カ国協議の必要性で一致=ロシア」REUTERS:18年10月10日
https://jp.reuters.com/article/northkorea-nuclear-russia-idJPKCN1MK1B3
昨日、安富歩氏の演説を聞いていて驚いた。「学校は軍隊の予備校だ」といったような話をしていたが、明治の歴史を見ると「まさにその通り」と思うしかない。最近、各所で似た内容の話をしているが、あまりに歴史を知らない人が多すぎて愕然とする。明治5年、学制が施行され、国民すべて学校で勉強すべしということになった。並行して徴兵制が施行され、国民皆兵が進められた。命令をよく聞く画一性を確保する教育が重要だと明治政府が認識したからだった。ただ、学ぶことには多様な可能性があり、学ぶことそのものは画一性に対抗する武器を持つことにもつながる。学校を対抗する武器を得る場所に変えるか、それとも画一化の波をそのまま容認していくか。両刃の剣の理解は難しい。よく陥りがちな「そんな学校は不要だ」は単純短絡思考。学ぶとはどういうことか、を自らのものとして確立していくことが重要だと思う。運動をする人たちの中でも、学ぶというより「謙虚に」教えてもらう、「謙虚に」聞く、「謙虚に」読むという行為に埋没し、「積極的に」疑問を持ち、「積極的に」調べ、「積極的に」まとめるという自発的行為に昇華させる努力が不足しているのを感じる。「疑問を持つ」「調べる」「まとめる」という行為の中で、「まとめる」が最も効果的だ。「まとめる」には、文章として矛盾を含んでいないか、曖昧な部分はないかの詳しい検討が伴うからだ。「軍隊の予備校」である「学校」には、「疑問」と「調べる」と「まとめる」の要素はない。根拠を問う行為も、わからないなら調べるという行為も、まして自分なりにまとめる行為も否定され、ただひたすら無条件に「納得」して、無条件に「頭に叩き込む」しかない。これを無条件にやる人間を育てるのが「軍隊の予備校」の役割だ。疑問を持たず、調べず、まとめもせず、ひたすら「確信」にすがるだけでは、「軍隊の予備校」と内実は同じことになる。自らの論理性を錆び付かせるだけだ。
市井の個人がいうと「突飛もないことを」と一蹴するが、同じ「学校は軍隊の予備校」との指摘が安冨歩氏から語られたら「すぐ納得する」。前者は「初めて聞いたけど本当だろうか。調べてみよう」という姿勢とかけ離れた。後者は権威に従属する思考。根拠なしに情報の断片だけで構成された言葉は、主張にはなるが論理にはならない。いま、北東アジアの重要な会議で各国首脳から弾かれてなお権力にしがみつくあの人と同様、「真実一路」の道とは違うあり方だと思う。
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2019年07月02日

映画「路傍の石」や「真実一路」から考えた

今日の我が家購読紙では、徴用工問題で韓国に事実上の対抗措置をした件と商業捕鯨再開の件、加えて2000万円問題と若者層に広がる自己責任的諦観が、不思議にもみんな繋がって見えた。これに週刊誌広告で自民党惨敗の可能性を語る記事も含め、さらに東京5輪関連も・・・などと思ったりして、高校までのブログ主の在りようを考えるきっかけとなった、27面「『安倍支持』の空気2019参院選」で識者が語る。「日本経済が好調だったころの自民党は、現状を肯定する層が支持していた」(その後)「イメージチェンジを図って」「生活不満層や若年層、格差容認層など新たな層を取り込みながら、保守政党としての性格は少しずつ変化している」(本文引用)という。かつてのブログ主は「生活不満層」の「若者層」だったが、かろうじて「格差容認層」ではなかった。だから「自民支持、格差拡大の容認、貧困層…。調査からは、これらの間に一定の関係が結べる」(本文引用)とされる見方の範囲にはいちおう属さない。不満や怒りの矛先が政権党に向いていたことは確かだが、対抗する野党や市民運動の主張に、過度の濁りのなさを感じ、馴染めないでいた。泥臭ささえ漂わせる社会党が感性的にもっとも近い存在だったと思う。投票するとしたら社会党で、市民運動や学生運動には反発を覚えこそすれ、シンパシーはあまり持たなかった。
綺麗な主張が濁りのなさを連想させ、それは直線的に身ぎれいにできる階層の自己満足的正当性を表しているようで、そこに連なることを潔しとしない気分にさせられたのだ。一方で、在日の人々や被差別にあえぐ人々全体への距離感は、そこに自分の居り場所をみつけられず、遠目でいるしかなかった。のちにこれらの感覚は少しずつ修正されて現在に至るが、「格差容認層」でなかったことだけが救いだった、と思う。いつもなにかに繋がっている自分を切望していたのかもしれない、とも思う。いまは、繋がる前に自分の立ち位置を確保することの大切さを感じている。被差別や格差に苦しむ人たちへの想いも、自分の立ち位置を「善意という名の不確かなもの」で包んで関係を結ぶのではなく、きちんと確かめて自分の責任の範囲で連携する。できるだけそのように心掛ける。「真実一路」という小説があり、そのなかに「真実一路の道なれば、真実鈴振り道をゆく」という言葉があったと記憶する。「真実」は自分をごまかすためにあるのではない。常に自分を確かめるためにあるものだ。そして「自分を確かめる」とは「自分を責めること」ではなく、また「他者に真実の判断を委ねる」のでもなく、「自分を確かめ、自分のいまいる場所を知る」ことだと思う。「真実鈴振り道をゆく」のは、自分の手に持った鈴を頼りに、自分の道をゆくということに他ならず、道を誤ったら修正するという勇気も、鈴を振りながら進むがゆえに、自分自身の中に確保されると言えるのかもしれない。まだ修行途上の身なれど!
今日こんなことをふと思ったのは、戦前の傾向映画に「路傍の石」というのがあったと思い出したからだ。1938年山本有三原作、田坂具隆監督、片山明彦主演。小学校の校庭にやぐらを組んで作られた即席スクリーンで上映され、小3だったブログ主はものすごく衝撃を受けたと記憶している。主人公の愛川吾一が、ラストシーンで小学校時代の友人に出会う。友人は巨大な大八車を引いて働いている。ふたりの会話と光り輝く空の高さは、モノクロなのにとても印象的だった。その衝撃の強さゆえ「真実一路」(1937年版)も期待して観たが、これは残念ながらブログ主にはよくわからなかった。反軍国主義が理屈で語られていたゆえに、小学生には理解不能だったのかもしれない。または、主人公の少年の生活環境が自分とひきくらべてずいぶん上だったことに反発したのかもしれない。ただ、「真実鈴振り」の言葉だけ印象に残った。そして1面トップ「半導体材料 対韓輸出を規制 元徴用工問題事実上の対抗措置」を思う。「自己責任論」に絡め取られて「格差容認」に至り、施政者の誘導に乗って怒りの矛先を狂わせるな。すべては自分の頭上に必ず戻ってくる。それを阻止するために、まず自己責任論の自虐を乗り越えないと!
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2019年07月01日

「蚊帳の外」か「家の外」かの現在地

1面トップ「米朝 非核化協議再開へ トランプ氏が北朝鮮入境 現職で初 板門店 正恩氏と3回目会談」の記事が大きい。中見出し「実務者チームの設置合意」と「解/説」は「隔たる主張 進展は不透明」とあるが、4面「トランプ氏『ホワイトハウス招待』 境界線 正恩氏『ここで会えるとは』」の写真でトランプ、金正恩、文在寅の3人が並んで歩いていることに注目。2面「時々刻々」の「米朝『電撃』演出」で「中国 対話再開へ説得か 韓国成果求め『黒衣』に」を読むと、中国やロシアの動きが背後にあったとの推測が成り立つ。「するってえと、なんだねえ」と立川談志楼師匠なら言うだろう。「6者協議じゃなくって5者協議が着々と進行中じゃねえか。アベさんはいったいなにをしてたんだい?」というわけで昨日のブログ記事を見ると、G20の過程でたくさんの各国首脳と立ち話も含めて会談や会話をやっているけれど、韓国とはたった8秒間の握手になったというお粗末が際立ってくる。「議長国なので、日程が詰まっている。総合的に判断していきたい」なんて言い草は、「話す気ありまっシェん」と明言するのと一緒だから、自ら近隣外交の好機を放棄していたと見るべきかと・・・。ほんとうなら、米と北の3度目の接近について、「我が国も積極的に裏から支えてたんだよ」と言うべきところ、足引っ張りにもなっていないどころか、完全に「あんたの出る幕ありません」とソデにされているじゃないか。立川談志楼師匠が驚いていたように、各国のほぼ全首脳が「ご苦労さん」とか「さすがの手腕で」などと主催国の労をねぎらうところ、ガン無視されたんだから、ブログ主でさえ、冷ややかに見るよりも可哀想で胸が痛んだくらいの状況だった。昨日の当ブログ記事の表題にある「ヌル・リア」とは、「リアルさゼロ」という意味で使わせてもらったのだが、世界から放ったらかしにされる国に成り果てた証明だとしたら、その悲惨と悲哀は、国のトップのみならず私たち庶民の上により多く降りかかってくるのを警戒すべき、としか言いようがない。
世界が激動の真っ只中にあるとき、1面トップ記事の下に、「2019参院選」として、「『改憲議論する政党か しない政党か』 首相、争点化改めて強調」の記事が、ちょこなんとへばりついている。昨日、ネット番組の討論会に、与野党6党首が集まった。そこで首相は今国会で予算委を目いっぱいネグレクトしたのも念頭にないかのごとく、「憲法のあるべき姿について議論をするのか、しないのかを問うのが、この参院選だ」(本文引用)と語ったという。通常国会での論戦を避けてネットの動画配信サイトで言いたい放題を発信する。ようするに国会での議論を逃げ回り、言いたいことの言える場所で言いっぱなしを楽しむ。これは由々しい事態だ。いまの状況を考えると明らかになるのは、首相が「まず自分を騙せたら、半分は成功」との妄執に陥っている、ということ。ブログ主は自分を瞞せない性質だから、晴れの国際舞台の主役としてこんな哀れな結果になったら、自己嫌悪に苛まれ、半年か1年くらいは立ち直れないだろう。もし自分を騙せたとしたら、彼のように「大成功だったんだもん」と、国内的に胸を張って威張ってみせるに違いないとは思うが、そりゃ無理だ。
彼はいま、かなりのエネルギーを費やして自分を維持しているのだろう。これは、無理が無理を読んでポキンと折れる寸前の状態といえる。改憲を主張する人たちは、それでもやりぬくつもりだろうか。危ないことだ。そんなことをしたら、彼ら自身にとっても不本意な未来が避けられない。進むばかりで後退を知らない旧日本軍の精神そのままだったら必ずそうなる。新しい時代を生きているいまだから、勇気を持って退く選択があってもいいはずだ。そのほうがよほど賢明じゃないか。2017年のG20にすでに予兆があったことを知って、そんなふうに思った。2度道連れにされる経験をした庶民に、3度目を要求するのは甘すぎる。歴史はいつもとんでもない大揺れを経過し、最後に悲劇と喜劇が混ざり合った結果をもたらして、究極の勝者を決める。そのことを念頭に置いた選択ができるか否か。いまこそ自問したい。
posted by ガンコジージ at 11:37| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする