2019年11月30日

大きな前提といま取り掛かるべき端緒の関係

13面「耕論」に「なぜ止められないのか」の記事。「日本の政府や組織の体質は、太平洋戦争時と何ら変わっていない」「海軍は(略)『米国とは戦えない』と言えませんでした。対米戦を名目に政府の予算を獲得していたからです。陸軍も日中戦争で(略)引くに引けなかったのです」「日本型組織のもう一つの特徴として、きっかけさえあれば驚くほど方向転換が早い点が挙げられます」「海軍は沖縄戦の敗北で(略)終戦を働きかけ」「陸軍は(略)『国体護持』という大義名分がたつと、降伏を受け入れました」「マラソンの開催地変更も『国際オリンピック委員会の決定』という土壇場の変更を受け入れ」「『一億総特攻』から『一億総懺悔』という変わり身の早い国民性は今も変わっていない」「あの戦争から日本人は何を学んだのでしょうか」(本文引用)と一ノ瀬俊也氏は語る。納得は半分くらい。この体質は太平洋戦争からら変わっていないのではなく、もっと前からなのではないか。「大学のえらい先生のおっしゃることを、えらそうに批判する」などと言われそうだが、誰にだって言う権利はあるし、「えらそうに」ということ自体が「えらそうに」しながら自分の意見を中身抜きにぶつける「問答無用」に等しい。要は議論すればいいだけだ。いろんなことを言うのは、「論壇風発」という良き風習を定着させる端緒になる。などと言い訳しつつ思う。まず、「大義名分」を重要視する風潮は、別に太平洋戦争といわず、ずいぶん昔からあった。明治維新で「錦の御旗」の威力は絶大だった。徳川家康も自らを天皇に擬することはしなかった。織田信長でさえ、本音が出すぎて謀反にあったけれど、とりあえず「幕府再興」の大義名分を押したてた。「天皇陛下バンザイ」は明治が起源らしい。これが、かたちを変えながら連綿としていまにつながる流れ。その太平洋戦争版が「一億総特攻」「国体護持」「一億総懺悔」じゃないか。
別の論者が書く。「五輪には成功か、失敗かの明確な基準はありません。この先何が起ころうとも、運営側は、東京五輪は大成功だったと言い張るでしょう」「ここ数年、森友・加計学園問題をはじめとする不祥事が相次ぎ(略)安倍政権の本質が見えてきました」「最近、気になるのがメディアや国民に『批判疲れ』が目立つこと(略)あきらめムードが強まっているように見えます」「とりわけメディアは、問題点をしつこく指摘するのが仕事です。なぜ落とし所を探して諦めるのか。それは政権の思うつぼです」(本文引用)。武田砂鉄氏によるこの指摘に納得しつつ、でも、あきらめムードの源流がどこにあるかを突き詰める必要がないか、と思う。かつては一揆や乱といったかたちの抵抗があったが、歴史の大きな流れを決定づけることはなかった。そんな経験を持つこの国の民にとって、一揆とか乱は「やっぱり無駄だった」というあきらめを心の奥底に埋め込ませてしまったのではないか。この国には(支配層が形成する)「お国」があって(被支配層としての)「民衆」がある。時代に合わせて変化してきた「お国」の巧妙な戦略が、いまも「民衆」のあり方をざっくりとした大枠にとらえ続けているのではないか。その大枠から抜ける発想が育たない限り、これからもおなじことが起こり、おなじ結果で終わる。そんな気がしてならない。あっ、これも出口を書けない以上、あきらめの表現か・・・?!
もう一人の論者福井秀夫氏は言う。英語民間試験や東京のマラソン開催は「早い段階で撤退を決められませんでした」「大目標は批判しにくいためです」「典型が公共事業です」「社会情勢が変化して妥当性がぐらついてからも、なかなか撤退できない」「支出によって潤う業界や政治家が続けさせようと、総力を挙げがちになるのが主な要因です。『大きな投資をしたからやめるわけにはいかない』という考えも、止められない一因です」「損失を拡大しないで済む『よりましな選択』を考えるべきです」「いま求められるのは、政府や自治体みずからが計画の妥当性を証明する仕組みです」(本文引用)。これは端緒になりうるだろうか。ヒントを自ら深掘りしたくなる自発性が呼び覚まされるまで突っ込まないと、「そりゃむりだ」と一蹴されそうな気がする。非力ながらブログ主も、可能な範囲で深掘りしてみたい。
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2019年11月29日

社会不安は疲れた心に熱狂を呼び起こす

1面「農産物の関税撤廃率 政府公表『37%』 本社試算『61%』 日米貿易協定」の記事が強力。イラストに「米国産農林水産物の関税撤廃率 品目ベースと金額ベースで大きく違っている」(本文引用)とあり、政府公表の品目ベースは「日米交渉で抑制」して大成果。ところが金額ベースだと抑制はほとんどなし。「なんでそうなるの?」と読み進めると、金額ベースでの算出は複雑だからやらなかったのだと内閣官房。それならと新聞社が独自試算して公表するとは「なんじゃらほい」。記事は「関税撤廃率が高くなれば、消費者にとっては関税が下がって安く買える農産物が増えるメリットがある。一方、農産品の輸入が増える可能性が高く、国内農家には打撃となる。金額ベースの方が影響をより正確に反映する。政府は国内農家への影響を小さく見せていたことになる」「TPPより45ポイントも抑制し、影響を受ける農家を念頭に譲歩は限定的だったと成果を強調した形だ」(一方)「協定で日本は、牛肉や豚肉など米国の関心が高い品目はTPP並みの関税引き下げを認める一方、関心が低い品目の関税引き下げは認めなかった。金額ベースの撤廃率が品目数ベースほど下がらないのは、関税撤廃を見送った品目の大部分は実質的に輸入がないからだ」(本文引用)。品目ベースで関税撤廃を見送った大部分は実質的に輸入がないのだと。国内農家に影響ない部分で抵抗して、そのぶん「日米交渉で抑制」したと言い張る。それがバレるのが怖くて金額ベースの計算はしなかったのか。これで自動車関連の関税撤廃がなければどうなるの?
7面「揺らぐ『日米ウィンウィン』 農産品関税撤廃率『2割以上』高く」では、自動車関連の関税撤廃が実現しないと「日本の輸出時の関税削減額が政府試算の1割強になることに加え、金額ベースの農林水産品の関税撤廃率が品目ベースより『2割以上』高い」(本文引用)ことになるという。そんなのを「日米ウィンウィン」とは言わない。政府は自動車関税の撤廃は確約されているとするが、「協定の関連文書では『関税の撤廃に関してさらに交渉する』としか書かれていない」(本文引用)。真相はあとではっきりする。うまくいけばいいが、危惧した通りになったときの言い訳はどうするやら。19日当ブログ「日本的『ポピュリズム』解釈が蔓延している」に書いたことを思い出す。「来年1月に協定が発効すれば、5月までに決める段取りだ」「日本政府の交渉関係者は、『日米貿易交渉は今回の合意で終わりだ』と漏らす人もいる」「『終わり』とは『第2段階はない』という意味だろうか。いかなる根拠でそうなるか。まさか、トランプ再選はない、と読んでいる???」。米大統領選は来年の11月3日という。足元が危うくなったトランプ氏にはすでに余裕がなくなっている? どうかなあ。いったい何を根拠に「今回の合意で終わり」と言えるのか。つぎのまさかは、アベ政権の終わりを意味するのかな、なんてことを思ったりするのは、全然根拠のない空想ではあるが・・・。
23面「テレビ欄」に「記者レビュー ナチスに熱狂する若者」という記事がある。BS1は我が家のテレビでは映らないが、「ヒトラーユーゲント ナチス青少年団の全貌」という番組が放映されたそうな。「ナチス傘下の青少年団=ユーゲントは1929年には1万7千人だったが、10年後には若年層の98%にあたる800万人以上になった。ユダヤ人排斥の歌を歌い、肉体鍛錬を重ね、戦場では使い捨て要員となった」(本文引用)とある。思い出すのは、59年ベルンハルト・ビッキ監督のドイツ映画「橋」。戦争に駆り出された童顔の少年たちが何の意味もない橋を守るために凄まじい戦闘を展開し、ほぼ全員が死ぬ。劇場公開時に観て、かなりショックを受けた記憶がある。次は2015年デンマーク映画「ヒトラーの忘れ物」で、これはデンマークの海岸に埋められた地雷撤去に動員された少年兵たちの苦難を描く。ドキュメント映画で地下要塞のヒトラーが少年兵を閲兵する場面も印象に強く残った。「ガキどもよ、熱狂してやたら死に急ぐな」と言わねばならないが、それに対置する希望をどう紡ぎ出すかも提示しなければ、彼らを救うことはできない。そんな複雑な思いがよぎる。
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2019年11月28日

読書「チェルノブイリ被害の全貌」(7)

第1部:第5章「チェルノブイリ大惨事後に見られたがん以外の各種疾患」その2
「内分泌系の疾患」の冒頭は「チェルノブイリ由来の放射性降下物は、被曝した人々のあらゆる部位に深刻な悪影響を及ぼしている」として、放射性ヨウ素が甲状腺や脳下垂体に集積される割合を示し、「内分泌系のこれら2つの重要な構成器官が、大惨事発生直後から数週間の『ヨウ素期』に過度の放射線に暴露した」と書く。ベラルーシ、ウクライナ、ロシアにおける「重度汚染地域(15〜40Ci/㎢[=55万5000〜148万Bq /u)]」と「1〜15Ci/㎢[=3万7000〜55万5000Bq/u]」の比較で各種症状に変化が見られるもの、またはすべての放射能汚染地域で「目に見えて増加した」ものを列記している。こうして示される計測結果が我が国ではどうなっているのか。少し調べてみたくなった。本書では、少なくともいろんな疾患や症状について比較し、明らかな差が出ていることを示している。疫学的にはたしかにあり得ると思える結果が続々と記述され、さらに深い調査が進められるべきことを証している。「5・3・2 甲状腺の機能障害」では、「すべての放射能汚染地域で、非悪性の甲状腺疾患が顕著に増加している」とある。ベラルーシの項で、「笹川プロジェクトの一環として診察を受けた大惨事当時10歳未満だったウクライナ、ベラルーシ、ロシアの子ども11万9178人に、甲状腺がん62例およびその他の甲状腺疾患4万5873例が認められた」とある。報文執筆者の一人「Yamashita」は、「ニコニコ」講演のあの人のことらしい。
結論として、「これまでに提示してきた情報にもとづいても、チェルノブイリ大惨事による被曝でホルモン機能を損なわれたすべての人びとについて、地球規模の全容は描ききれない。それは、医療統計が[放射線に由来する]これらの疾患を一貫した方法で扱っていないためだ」「新たなデータの収集により、このような矛盾に答えが見出せることをわれわれは願う」「注意深く調査すれば、こうした矛盾が、当時曝された異なる同位体の影響によるものか、異なる放射性同位体の組み合わせによるものか、被曝したタイミングか、臓器によって異なる適応か、あるいは別の要因によるものかが解明されるだろう」「重要な知見の1つは、甲状腺がんの症例が1例あれば、他の種類の甲状腺疾患が約1000例存在することである」と書かれている。
「5・4 免疫系の疾患」は、結論から先に書いておくと、「本節のデータは、チェルノブイリ由来の放射性降下物が免疫系とその機能に与える強力な影響を示している。断片的なデータとはいえ、この影響の規模が莫大なのは明らかだ。チェルノブイリ由来の放射性核種で損なわれた免疫機能は、チェルノブイリ事故による追加放射能にさらされたすべての人びとに例外なく悪影響を与えたとみられる」。最初の部分に「チェルノブイリエイズ」として知られる各種疾患についての記述もある。「リクビダートルの免疫指標と、染色体異常の数値から産出された放射線被曝量には相関があった」という。わずか数行の記述にも、きちんとした裏付けがある。(Baleva et al.)と書かれているのが、論文の執筆者たちのことで、出典の存在を示している。
「5・5 呼吸器系の疾患」は、当ブログ11月2日「40年以上前のセシウムボールの話」で書いたこととつながる。「チェルノブイリ由来の放射性降下物に汚染された地域ではどこでも、呼吸器系疾患の罹患率が著しく上昇した」「『チェルノブイリ・ダスト』とも呼ばれるホットパーティクル[放射性粒子]は、金属を含む建設資材や土壌等の粒子と、溶けた核燃料から発生した放射性同位体が混じり合った粒子によって構成されている」「初期段階においては、ヨウ素131とルテニウム106、およびセリウム144が呼吸器系に最も深刻な影響を与えた」「ホットパーティクルのうち、大きめの粒子は上気道で捉えられるが、5μm以下の粒子は容易に肺の最深奥部にまで到達する」とある。
「5・6 泌尿器系の疾患と生殖障害」は、「チェルノブイリ由来の放射線による泌尿生殖器の機能的な変化についてはいくつか研究例があるものの、深刻な変化のすべてを説明するに足る情報はいまだ存在しない」とあり、それゆえか逆にページが多い目に割かれている。結論は「生殖機能の不全はもっぱら心理的要因(ストレスの多さ)によると主張する者もいるが、精子の異常や生殖障害、子どもたちにみられる先天性異常をストレスのせいにすることは難しい」とあり、このあたり、泌尿器系の疾患と合わせて考えてみたい。
   **その(8)へ不定期に続く**
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2019年11月27日

すべて見抜かれているのにまだ言い逃れする

2018年4月のことだ。首相は新人官僚に向かって「高い倫理観を持て」と訓示したという。ブログ主も記憶している。いや、ご立派。さすがに憲政史上最長の通算在職日数を経てきた人だ。しかし高い倫理観を持つ高潔な人物が、近頃の世論調査で大手紙は別として、地方紙では軒並み支持率を低下させている。16日付け高知新聞をネットで見たが「内閣支持率26%」とある。他は十勝新聞24%、埼玉新聞16%、日本農業新聞7%、神奈川新聞5%、岩手民放3%とか。大手紙と全く違う結果に唖然だが、考えれば当然。この政権になってから地方、なかでも農山村は疲弊を極めている。そしてついに最後のダメージとばかりに森林経営管理法や国有林管理経営法一部改正によって、いよいよ全国各地の森林が大手民間業者のほしいままになろうとしている。後継者不足、従事者不足で森林や田畑が荒れている。その苦境を逆手に強引に森林の伐採を進めるため、再造林の義務もないまま、民間企業に伐採の権利を長年月に渡って与えることになった。森林の荒廃が行き着くところまで行ってしまうか否かの時代が来た。孤立した農山村はなすすべもなく佇む。都会から移り住んだ新住民たちは、そんな地元民の苦渋を横に、美しい自然を満喫する。田畑や森林が勝手気ままに収奪され、恒久的な救済計画もなく放置される。放置して原生林に戻るか。それでちかごろ過激を極める気候変動の嵐に向きあえるか。なんらか有効な対策をとって、地元民と新住民が思いを共有し、困難に挑むことなしに自然を美しく守れるか。人間と自然が共生する空間はどうしたら再生できるか。簡単ではないが、現在に生きる以上、何か手を打たなければ、やがてくる厄災から逃れる道はない。以下の記事では、森林ジャーナリスト田中淳夫氏が危機を訴え、批判を展開している。とりあえず参考まで。
☆「国有林伐採後放置法案? 再造林も義務なしの仰天」
https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakaatsuo/20190508-00125250/
☆「森林経営管理法案、抱き合わせ部分の怪しさ」森林ジャーナリスト田中淳夫
https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakaatsuo/20180227-00082028/
こんな重大な時期、「高い倫理観」を持った首相は、なぜか「桜を見る会」の不祥事により刑事告発を受けることと相成った。モリカケ事件で、いたずらな刑事告発がかえって国会での追求を鈍らせたのと同様の危惧を感じて、「なんで、いま」と思っていたが、なにしろ疑惑が次から次へと出てくる。以下の記事で、「税金私物化を許さない市民の会」は「桜を見る会の前夜に東京都内のホテルで開かれた懇親会の会費の一部を首相事務所や後援会が負担していたとすれば、公選法が禁じる寄付行為に抵触すると指摘。会費をいったん首相側の収入にしながら政治資金収支報告書に記載していなければ、政治資金規正法に触れるとみる」(本文引用)との主旨と知った。疑惑てんこ盛りの事件だ。この告発がスルーされてもさらに別件で告発できる。それなら「じゃんじゃんやれ〜!」である。公文書を片っぱしからシュレッダーで廃棄するなんぞ、敗戦前後の戦争指導部と完全相似形。やましいところがなければ、シュレッダーは不用のはず。いつもの言い草で「民主党政権でも」と言ったところで、すでに政界を引退した鳩山氏は「呼ばれたらどこへでも出ますよ」と言うだけでよく、痛くも痒くもない。「だからあんたも一緒に出ようよ」と首相を誘う手もある。どちらがしっかり発言するか競うのも一興。「憲政史上最長の通算在職日数」を誇る人の末路がみっともないかぎり。本日「社説」も「高い倫理観」の人を追求する。予算委に出たがらず、記者会見からも逃げ、答弁言いっ放し、問題をすり替え、「説明責任」と言い募る。「疑念を持たれたら、求められずとも、すすんで説明するのが筋ではないか。首相は逃げずに、その責任に向き合うべきだ」(本文引用)。当然だね。
☆「『桜を見る会」首相を告発へ 市民団体」東京新聞11月19日
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201911/CK2019111902000146.html
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2019年11月26日

議論から逃げ回る強権政治はどこへいく

対米従属と面従腹背は対立概念ではない。隅から隅まで徹底的に従属しているなど、実際にはありえない。いつかきっと牙を剥いてやるくらいのことはだれの意識にもある。狡猾を極める政治屋たちがその狡猾さで何を思い、何をしようとしているか。完全従属で腹の底から満足か。昨日の新聞1面をみて思った。「ローマ教皇 核廃絶訴え 長崎・広島で 『核の威嚇に頼り平和提案できるか』『武器開発 テロ行為』」の表題で「日本政府が署名していない『核兵器禁止条約』にも言及し(略)政府に行動を促していく決意を述べた」(本文引用)とある。2面「INF条約失効・核の傘…『相互不信止めなくては』 動かない政治 踏み込む教皇」では、政府の態度が鮮明になる。「教皇のスピーチについて、日本政府関係者は『力強いメッセージだった。日本の考えとは異なる部分もあるが、究極的な目標は共通している』と述べた」(本文引用)。究極的な目標はただの理想だから「賛成!」だが、近い目標は行動が必須だ。「理想はいいが、本気でやる気はない」←これが面従腹背の本音で、たとえば地球温暖化の国際会議で2050年までの数値目標に反対して努力目標にしようと画策するのも同じ。努力目標なら達成しなくてよく、「趣旨には賛成。ずっと未来の話ならね」というわけで地球温暖化なんかどうでもいい、という本音がこんなねじれを生む。辺野古の新基地建設は米軍のため? いやいや、いつの日かかならず国軍の基地にする。いまなら米軍を悪者にし、日米安保条約があるから弱い日本はつくらにゃならぬ。左右を問わず安保条約は邪魔と叫ぶ。奇妙な一致がコトをうまく運ばせる。くびきの日本国憲法が覆されたとき、「真の独立」を果たす安保条約破棄の中身は、軍事国家建設・国軍創設の大義名分と完全に一致する。それまで政府にとっての米軍は、イヤな役割を請け負ってくれる刺身のツマに過ぎない。
核拡散防止条約(NPT)署名にあたって日本政府は「条約第10条が自国の利益を危うくする事態と認めた時は脱退する権利を有するとしていることに留意(略)『条約が二十五年間わが国に核兵器を保有しないことを義務づけるものである以上、この間日米安全保障条約が存続することがわが国の条約加入の前提』『日米安全保障条約が廃棄されるなどわが国の安全が危うくなつた場合には条約第十条により脱退し得ることは当然』との声明を発表」(ウィキより)。これは日米安保条約が絶対のものではなく、いつまでも従属したままではない、という認識の表明に他ならない。ここにも、政府の悲願(=大日本帝国再建)が隠れている。米の要求を背景に「戦争ができる国」へ傾斜していく現状は、「日本国憲法」を空洞化し「大日本帝国憲法」へ実体化させる道筋の途上を示す。その時が来たら、衣を脱ぎ捨て重武装の軍事国家が姿を現す。完全従属だけではできない荒技!
米を外人傭兵部隊として雇っているから、これまでは膨大な軍事費を費やす必要がなく、そのぶん経済発展を優先することができた。国民に不利益があっても、国軍への不満よりよほどしのぎやすかった。政府にとって国民とは、絞れば絞るほど貢いでくれるものであり、面従腹背の本音を隠すのにちょうどいい道具に過ぎない。それがうまくいかなくなったのは、バブル崩壊後の長い低迷期に入ってからのことだ。経済発展が望めなくなり、資本が自己増殖の力を失ってきて、政府はついに禁じ手に手を出し始めた。国民から搾り取り、経済が体裁を整えるためにすべてを資本に集中させ始めた。歯車が狂ってきた。国際的にも狂いようは隠せなくなってきた。経済が壊れ、政治が混乱をきたしている。国民は血を流している。これからも従来のやり方でうまく凌げるだろうか。切羽詰まって面従腹背が本音をさらけ出しつつある。いまはそんな時期か。元徴用工問題で国内的には一切妥協していないふうを装う。やっていることと実際が釣り合わなくても、強気でいれば国民は支持する。それでどこまで突っ走れるか。日米貿易交渉で積み残された部分はトランプ落選でしのげるか。対米従属の一変形たる面従腹背の化けの皮が全面的に剥がれるとき、すでに落ち目のこの国はいっそう国際的に孤立化していく。そして国内では・・・。
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2019年11月25日

読書「チェルノブイリ被害の全貌」(6)

第1部:第5章「チェルノブイリ大惨事後に見られたがん以外の各種疾患」
ここから各種疾患について詳細な検討がはじまる。著者たちの凄まじい努力に驚く。冒頭に「事故による被曝の結果引き起こされた悪影響が、調査対象としている全集団に認められた」「これらの数値の変化がもっぱら社会経済的な要因によるとする説明は信憑性がない。本章では大惨事がもたらした健康に対する負の影響を数多く例示するが、それは何百万人という人々に関わるものだ」とある。まず血液・リンパ系の疾患として、「血液および造血器の疾患」について、ベラルーシ、ウクライナ、ロシアの疫学的検討を試みる。なかでも、リクビダートルの罹患と死亡について詳しく触れている。読んでいて、ブログ主のような素人が記述を過剰に受け止めることの危険性をひしひしと感じた。「調査報告」と「フォーラム勧告」はあまりに乖離しており、見解が重なっていく可能性が見えない。日本の現状はどうかと探し、「放射線防護に関する市民科学者国際会議」の「『福島県甲状腺がんの発生に関する疫学的検討』ーー厚生労働科学研究費補助金・食品の安全確保推進研究事業(H26-食品-指定-006)『食品安全行政における政策立案と政策評価手法等に関する研究』平成26年度 総括・分担研究報告書」という文献に出会った。
http://csrp.jp/posts/2291
また、厚労省の「人口動態調査」のデータによる「放射線被曝の争点 福島原発事故の健康被害は無いのか」という詳細な調査結果の報告もある。他にもあるのではないかと思う。
https://www.hmv.co.jp/product/detail/7026629
以下は上記結果をグラフ化しzipにしたもの。
☆全47都道府県分 約11MB https://yahoo.jp/box/aPQLvU
☆東北関東14都県分 約5MB https://yahoo.jp/box/7aVNQ1
これらの調査・研究が積み重ねられ、大きなまとまりとなることを期待する。その一方でまず自分に課そうと思うのは、受け止め方を過剰に単純化しないこと。「安全」と「安全でない」のあいだに深い溝を置くことの無駄を知っておこうと思った。しつこく繰り返すが、高線量と低線量で症状が違い、個人の耐性(たとえば被曝の修復力)で差が出、まだら汚染で被曝が個人ごとに違う場合もあり、放射性核種の違いによっても差が出るという複雑さ。放射性核種の化学的性質も判然とせず、いまは被曝線量だけが判断基準になっており、それも十分に記録集積されていない。こうした不十分さを克服せずに被曝と向き合い「安全」か「安全でない」か判断しようとするのは早計と感じた。かつて小出氏が○禁説を唱えたとき周辺に拒絶反応があったが、個人的には低線量被曝の時代はいつかかならず現実になると、厳粛に受け止めたものだった。そして「調査報告」は恐怖を呼び覚ますことを目的にしていない。逆に、本書第4部「チェルノブイリ大惨事後の放射線防護」以降には過酷な状況下を生き延びるための模索がある。ここにある希望を胸に刻みつつ、この本に向き合いたい。
「血液および造血器の疾患」と「心血管系の疾患」について、「結論」には「血液および循環器系の病理はその全貌が明らかになるには程遠い状態だが、これらの機能的障害に共通する原因の1つが、血管(の内側を被う)内皮の放射線による破壊にあることは明らかだ」とある。疫学では関係はわかっても、それから先の詳細は別の研究に委ねられる。それゆえ、「全貌が明らかになるには程遠い状態」にあるという言葉が、これからも全編で同様に繰り返される。次の「遺伝的変化」は「染色体突然変異」「ゲノム突然変異」について触れているが、専門的すぎてブログ主にはわからない。「たんぱく質の遺伝的多型とその他の遺伝性疾患」以下いくつも検討項目が続くが、詳細に書くには、ブログ主の知識が不足し過ぎているのを痛感する。だれがこれを読むにしても、過小に見せようとする言説に惑わされず、かつ過大に評価して危機感の迷宮に陥らないことが重要だと思う。ここまでの結論には「チェルノブイリ由来の放射線は、広島や長崎で放出されたものより遺伝学的にはるかに危険である。なぜなら、チェルノブイリのメルトダウンで放出された放射性核種は量において数百倍も膨大で、種類も多いからだ」とある。わが国でも国際的な原子力推進の流れは事故を軽くみせようと躍起になり、事実がなかなか表に浮かび上がってこない。隠そうとする意図をはねのけて、自らに降りかかる災厄を振り払う意志を、嫌悪の迷宮に陥らずに持つことが唯一、生き延びるための力となる。そのことをいよいよ確信する。
   **その(7)へ不定期に続く**
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2019年11月24日

教条主義に対抗する意志

3面の「日曜に想う」は「壁崩壊30年 マルクス未完の問い」。「つまり、マルクスはマルクス主義者ではなかったと?」「その通りです。彼はマルクス主義政党が主張してきたような、どんな問題にも解答をもたらした思想家ではなかった。資本論も全ての経済問題を解決する書物ではありません」「そこに答えがあるわけではなくてもマルクスを学ぶ意味はあると博士は言う。『彼が立てた問いが、私たちの問いとしてあるからです。どうして経済システムが失敗し不平等が広がるのか。とくに2008年のリーマン・ショック後、解決策が示されていないにしても、彼は私たちの社会がどう機能しているか考える視点を与えてくれる。それが彼を今日的な思想家にしています』」「『リーマン・ショック後、さまざまな思想家が将来社会ビジョンを語るときにマルクスを参照することが増えている印象です』と佐々木教授」「たとえば(略)トマ・ピケティ氏も近著『資本とイデオロギー』で、自分の分析手法はマルクス主義とは違うと断りつつ『私的所有の神聖化』などを批判的に論じている」(本文引用)
そして記事は、左派政党が衰退し代わって登場したポピュリスト政治家たちを「昔の教条主義的左翼みたいなレトリックを繰り返す」(本文引用)と裁断する。実のところポピュリストと呼ばれる政治的潮流が「昔の教条主義的左翼」なのかどうかブログ主には不明だが、彼らの論理がマルクスが指摘したこととケインズ左派と呼ばれる人々の主張のどちらともいえないような立ち位置にあるのは感じる。トマ・ピケティ氏の言う「自分の分析手法はマルクス主義とは違う」との言い様は、ケインズとマルクスの歩みがほとんど同じところへ帰結してきたということを示しているのではないか。先んじていたのはマルクスかもしれない。でも、そんなことはどうでもいいし、ブログ主にこれをつまびらかに論じる力はない。問題は、ケインズ左派もマルクスもいまはまだ資本主義社会の理解においてほぼ同じ位置にあるということで、そこから各々が論理をどう発展させ、現在を超える視点を提示できるかということ。ポピュリスト政治家たちの主張は一面で「昔の教条主義的左翼」みたいなレトリックを繰り返すように見えても、学者たちの到達点を現実の中で検証していく役割を担うのだと思う。
MMT理論が注目を集めているが、これが現在の混沌に終止符を打ち、次の時代を作り上げる端緒たりうるかどうか、個人的にはまだ半信半疑。現在、MEGAが刊行するマルクス・エンゲルス全集既刊分は67巻。完成まであと10年はかかるという。記事は「完結するころ、問いに答えは見つかっているだろうか。政治は教条主義を遠ざけることができているだろうか」(本文引用)と締める。ポピュリストの主張が政治の世界で定着していくとき、訴える側と受け取る側双方が徹底的な検証を同時進行させていかないと、一定の成功を収める時はあってもけっきょくは矛盾を露呈し、資本主義的独裁に負けるのではないか。「あなたたちを虐げているのは特権階級の連中だ」(本文引用)とは、必ずしも間違ってはいない。だが、特権階級の抵抗もいままでにないほど激しくなり、これに対抗するのは簡単ではない。この困難をどこへ向けてどう超えるか。これまでブログ主的には、地方政治の領域で小規模なユートピア(とでも言い得るような地域共同体)を対置することに夢を抱いてきたが、このごろ、それだけでは一時の夢に終わるのかも、と思うようになってきた。「小規模なユートピア」では一揆を超えることはできない。その先に何があるのか。個人の範囲で終わる妄想の域に達しつつあるのを感じる。
ひとつの抵抗・・・。「それはアンタの考えでしょ」という反論の意味を思う。いろんな妄念が頭の中を動き回り、たしかにブログ主個人の発想が奇妙な論理に至る場合がある。この頃では「温暖化と寒冷化は原因が違う場合には同時に起こり得る」という考えに取り憑かれているが、こんなことを主張する学者はたぶんいない。聞いたことがないから、人は「アンタの考え」と突き放す。それもいいが、突き放すのは、自分が考えるのではなくひたすら権威の考えを借用しているゆえではないか。つまり、日本的ポピュリズムの罠に陥っていないか。たとえ思考の迷宮にハマリ込んでも、自力で考え続けることの重要さは手放せない。そう想う今・・・。
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2019年11月23日

一度も市民革命を経験していない

昨日の13面に、元サッカー日本代表監督岡田武史氏へのインタビュー記事「『自立』なき国の五輪 自ら決めて行動を スポーツも社会もおかしなこと多い」があった。「通信制のN高が人気だけど、そこの理事が言うには、そこに通う子どもたちは落ちこぼれではなく、優秀すぎたり何かに特化したりして自分の生き方を選択している、上からの『ふきこぼれ』だと」(質問)「ーーなぜ日本人は自立できないと思いますか」(返事)「一度も市民革命を経験していないから、とはよく言われるね。『お上に従っていたら間違いない』というのが染みついている。自分たちで勝ち取った民主主義とか、自由とかいう発想がないから、命令された仕事をこなすようになる」「パワハラがなくならないのも、選手が自立していないからだと思う。コーチの言いなりの方が短期的にはいい結果が出る。社会でも、どう考えてもおかしなことがまかり通るくらい、人が自立していないんだよ」「たとえば日本って今、貧困なんだよ。子どもがいる一人親世帯の相対的貧困率は5割と、主要国の中で最悪のレベル。それなのに、みんな関心ないじゃない。『日本人は素晴らしい』という本が書店に並んでいるけれど、日本人の多くは自分の生活が来週、どうなるか頭がいっぱい」(本文引用)。「一度も市民革命を経験していない」「お上に従っていたら間違いない」という指摘はなんとなく清々しかった。一昨日、当ブログで植木枝盛の「第2の改革」について触れたばかりだったから、ピンピン響くものがあった。
28面「ナショナリズムの迷宮 すれちがう日韓」の「万歳が『日本人』を作った」中見出し「国レベルの一体感、一瞬で」「優越性強調、無意識のうちに」に、「『万歳!』の慣習は江戸時代にはなく、初めて行われたのは1889年の大日本帝国憲法発布時のことだ」「1894年に日清戦争が始まると各地で戦勝祝賀会があり、人々は日の丸の旗が掲げられる中、万歳を唱えながら、通りを練り歩いた」「『万歳』は今も生きている」「即位を祝う『国民祭典』の祝賀式典では約3万人が集う中、少なくとも16回、『天皇陛下万歳、万歳、万歳』が繰り返され」「『即位礼正殿の儀』でも、安倍晋三首相の万歳3唱に参列者が続いた」(本文引用)とあり、いま「万歳」がやけに目につくようになった背景には、現政権の明治回帰、なかでも大日本帝国憲法発布への倒錯的憧憬があるのに気づかされる。つまり、首相にとって「改憲」にしがみつく執念の底には維新ではなく、明治をはっきり確立した大日本帝国憲法発布のイメージが焼き付いている。それはとりもなおさず、植木枝盛が指摘した「次は市民による第2の改革だ」という市民革命の思想が頓挫したことと直線的につながっている。つまり「一度も市民革命を経験していない」ことの発端はここにありそうだ。「1889年の大日本帝国憲法発布」と「1894年の日清戦争」の関係を現代に引き写すのはどんな出来事になるだろう。国民が挙げて提灯行列の波に飲み込まれる出来事とは。
もしかしたらそれは来年の「五輪」だったのかもしれない。だが、条件的に間に合うかどうかが疑わしい。周辺国との政治的対立をいたずらに煽り、疲弊した人々の心理をナショナリズムに釘付けにして、「日本は素晴らしい」と持ち上げ続けるか。10面にはトランプ落選の可能性を書く「経済気象台」、さらに「投資/透視 業績悪化でも株高はなぜ 空売り投資家が見誤ったカネ余り相場」、「知りたい投信なるほどリッパー 10月までの資金動向 株価上昇でも資金は流出傾向」の2記事が並ぶ。トランプ落選は19日の当ブログで(政府は)「まさか、トランプ再選はない、と読んでいる???」と書いたばかり。後の2つは投資家じゃないから、株式投資に詳しくないブログ主としてはさらっと流すしかないが、株価が下がることで利益を得る投資手法である「空売り」ってものがあって、これが「一時2万3000円台半ばまで買われる強気の展開」(本文引用)とあるのに注目。先週の動きは「ナニコレ?」感が強かったが「空売り」が原因だったとは。これで「五輪」後の景気冷え込みに対応する余力があるのか。国外に敵を求める民族排外主義くらいしか次の手法がないなかで、政権はすでに詰んでいる。もしかしたらいまは「第2の改革」の好機なのか。
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2019年11月22日

読書「チェルノブイリ被害の全貌」(5)

第1部:第3章「チェルノブイリ大惨事後の総罹病率と認定障害」、第4章「チェルノブイリ大惨事の影響で加速する老化」
この章の最初に、「電離放射線が健康に及ぼす影響にしきい値はない」「自然のバックグラウンド放射線『環境放射線』にごく微量の放射線が追加されるだけで、被曝した人やその子孫の健康は遅かれ早かれ統計学的な(確率的な)影響を受ける」とある。ブログ主的にはまだこれには半信半疑である。これから先、読み進むにつれて放射性核種が健康に及ぼす影響の複雑さが明らかになってくる。たとえば放射性核種がもともと持っている生物化学的、生理学的な影響というものがある。これは各々の核種の放射線強度とは違う意味で健康に影響を与える可能性がある。また、それぞれの半減期を経て別の核種に変化していった放射性物質が示すそれ以前とはまったく違った影響、たとえば元の核種と違った放射性を示す場合もあること。元の核種と変化してできた核種との共存で思いも掛けない悪影響を環境に及ぼす可能性など、個別の放射性物質について詳しく調べられていない事柄が多くある。細胞内に取り込まれやすく、長く居座りやすい核種がある。有機化合物の一部となって血液や骨肉、遺伝子など生体の重要な一部に紛れ込むものもある。またはありうる。それら挙動の一切合切を「ごく微量の放射線」と一言で片付けるのは、誤解を招きやすいような気がする。これまで本書が批判の対象としてきたIAEAやWHOの見解に近づきすぎていないかとも思い惑う。いや、この章以降で詳しく読み進めていくと、ブログ主の疑問はかなり解消されていく。さらにいえば、原発事故の影響を過小に評価したがる国際的包囲網に抵抗しながら刊行された疫学調査の報告であることを考えれば、これは要求しすぎなのかもしれないと思う。本来なら、手酷い妨害に遭いながら徹底的に反証を試みる科学者たちを孤立させない試みが、これから連綿と続けていかれなければならないはず。実際のところ、福島第一原発事故における現状は、08年の刊行になる本書の域を超えるどころか、まだ足下にも及ばない。それともブログ主ごときの知らないところで、着々と抵抗の根が広がりつつあるのか。その感触は確かにある。いまは基礎的な研究・調査が積み上がりつつある状況のような気がする。
この章は「総罹病率」とあるように、研究者たちが最初にあげた疫学的原則に則り、可能な限り多くの疾病について、チェルノブイリ大惨事以前と以降でどんな違いが発生しているか、また、大惨事の影響を受けたか否か以外の要素は対称として有意な差がない地域とのあいだでどんな違いがあるか否かを検討している。ベラルーシ、ウクライナ、ロシアをはじめとしてフィンランド、イギリス、ハンガリー、リトアニア、スウェーデン。「たしかに、チェルノブイル大惨事の影響とこれらの数字とを直接結びつける証拠はない。しかし、問われるべきは(略)放射能汚染の値が上昇したまさに同じ時期に病気と障害が増加した原因がチェルノブイリ事故にないとすれば、ほかの何によって説明できるだろう」とあり、本書はここが出発点になっている。また「IAEAとWHOは、こうした罹病率の上昇について、社会的、経済的、心理的要因による部分もあるとチェルノブイリ・フォーラムで示唆した」と本書は断じる。IAEAとWHOの「社会的、経済的、心理的要因による部分もある」との指摘は、「笑っていれば放射線は平気」(個人の記憶で正確ではない)と講演した人物にもしっかり受け継がれている。残念なことに。
第4章冒頭には「老化の加速は、電離放射線による被曝がもたらす、よく知られた影響の一つである。この現象は、チェルノブイリ由来の放射性核種に汚染されたすべての人びとに、程度の差こそあれ、はっきりと見てとれる」と書かれている。疫学とは思いもかけない事実をも炙り出すものかと驚く。だが、この事実は従前から指摘されていたことのようだ。ネットで「老化」について検索すると、すぐに「ゲノム不安定性」という言葉に突き当たる。また「フリーラジカル」なども目につく。深く追求したことはないが、ブログ主には、これらの語は原発事故以来のお馴染みになっている。老化については、放射線の影響が線量のみで語られることより多くの影響を人体に与えていると見る方が、合理的なように感じる。「フリーラジカル」については「人間と環境への低レベル放射能の脅威」という本で見た記憶がある。あらためてその本を開いたら、トリチウムについて記述があったので「読み返そう!」と思った。
   **その(6)へ不定期に続く**
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2019年11月21日

詰んでるのにしがみつく妄執の果て

本日は「調査報告 チェルノブイリ被害の全貌」について書きたかったけれど、世の中が騒いでいる。記録としてこれも書かないとけないと思い、明日へ延期と決定!
普通ここまでくると「詰んだ」ということになる。しかし彼の場合、そうはならない。第1次政権の凄まじい敗北感が、彼のトラウマとなっている。だから、彼の気分では退陣などあり得ないが、倒錯した脳から出てくる言葉は支離滅裂。周囲もあっけにとられているのではないか。1面トップ「首相、招待関与認める 桜を見る会 昭恵氏も推薦」中見出し「官邸・自民関係5割超」には、(8日)「私は招待者の取りまとめ等には関与していない」、(20日)「私は、内閣官房や内閣府が行う最終的な取りまとめプロセスには一切関与していない」、(だから)「先日の答弁が虚偽だったとの指摘は当たらない」「桜を見る会には『後援会の関係者を含め』参加希望者を募ったと説明した」(本文引用)とある。20日の答弁には「最終的な」「プロセス」という表現があるが、「最終的でないプロセスには関わっていた」という意味を含む。「最終じゃないからいい」ということにはならないのだが、本人の脳内では「だから関わっていない」という論理のすり替えが成立している。別のところにも同じ言い訳がある。「私人」と閣議決定した昭恵氏が「内閣の公的行事」の選定過程に関わっている。それについて官房長官と首相が口裏を合わせたか、最終的に決める部分に関わっていないからセーフですと。「招待者の取りまとめ」と「推薦者について意見」を使い分けても、文脈はそんな便利な結論を導いてくれない。「推薦者についての意見」を聞き「関係するところ」が取りまとめる。これが一連のプロセスで、どこにも区切りはない。1万5千人の5割を超える官邸枠・自民枠・副総理と官房長官枠が、第2次政権下でうなぎ昇りに増えていく。前夜の夕食会はそれと無関係ではない。端で見ていると、現状は「いやだ、ボクちゃんやめたくない。絶対やめないもん」と駄々をこねているとしか見えない。
6面週刊誌広告トップ「安倍晋三総力特集 『桜を見る会』『虚偽答弁を許すな』 ▼後援会大量招待 安倍『前夜祭』音声『長州男児ここにあり』▼ニューオータニ総支配人は『安倍総理は天皇の次の人』▼アッキー枠はあった 本人が直撃に『何人か推薦……』■追及『共産党女性議員は早稲田で革マルと戦った』■上田会長交代必至 NHKガチンコ取材に官邸が慌てた■出席したAV男優も苦言『これが税金なんですか』(以下略)」。週刊誌がついに攻勢に出た。さらに4面に「国民投票法成立見送りへ 改正案 今国会、政府・与党が調整」の記事があり、「政府・与党は20日、憲法改正の手続きを定める国民投票法改正案について、今国会での成立を見送る方向で調整に入った」「野党には引き続き採決に応じるよう求める一方、応じない場合でも『採決の強行はしない』として、今国会での成立は見送る方針で一致し」「自民党幹部の一人は『桜を見る会で批判されている中での採決強行はよくない』」「改正案の採決を来年の通常国会に持ち越した場合、自衛隊の憲法9条への明記を含む『改憲4項目』の早期審議を描く自民党の算段も崩れることになる」(本文引用)。そして20日の「首相動静」はなぜか、「6時39分、東京・平河町の中国料理店『上海大飯店』で内閣記者会加盟報道各社のキャップと懇談」(本文引用)。へえ、報道と会食し、そのあと東京・富ヶ谷の自宅。ここまで追い詰められても「いやだいやだ」としがみつく。明治以来の政治閥の家系に育ったことの不幸が、彼に重くのしかかっているような気がしてならない。その重しに耐えられず、いま彼は必死に足掻く。それに引きずられて彼の創った地獄へ落とされるか否か、庶民の背中にかかる重圧がいよいよ現実味を帯びてくる。彼は歴史の方向を過激に時代錯誤的に捻じ曲げようとし、社会に恐ろしい矛盾を生み出している。ひとつの対抗軸は、自由民権運動の最も先進的な論客だった植木枝盛の「第2の改革」を対置することだろうか。150年を経て、やり通せなかった「改革」の大波は、彼らのみならず、こちら側にも可能性として存在する。
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2019年11月20日

モソモソと一人で考える今日のこと

1面左隅に「安倍首相在職 最長に 2887日 第2次政権7年続く」がある。106年ぶりの記録更新という。51歳で戦後最年少、戦後生まれ初の首相になったとある。よく読んでみると、第1次政権の約1年を加算しているらしい。まっすぐ最長は3番目の佐藤栄作氏。そうか、次はこれを狙うわけか。ついでにノーベル平和賞狙いもありかな。などと冗談はさておき、1面はほぼヨイショ記事で、読むべき内容はない。肝心なのは2面「時々刻々」で、「最長政権 陰る足元」「支持率安定 不祥事にも強気 好調な経済 選挙で成果」「『安倍1強』任期は残り2年弱」「党内の異論 じわり表出」とある。でもあまり新鮮さはない。「『有力なポスト安倍候補』と『強い野党』が不在だったことも長期政権を支える大きな要因だった」「首相周辺は『首相がこだわっているのは、石破氏を首相にしないことだ』という」「『トランプ米大統領が再選されれば、相手をできるのは安倍首相しかいない』そんな首相の4選論はいまもくすぶり続ける」「首相は『任期中の憲法改正』の旗を振り続けるものの、野党の反対だけでなく、与党・公明党も慎重姿勢を崩さないまま。政権与党内でも任期中の改正は難しくなっているという見方が強まりつつある」(本文引用)と表現は弱い。4面「ポスト安倍候補、長期政権評価 意欲や課題語る」は次期候補たちの「ヨイショ」満載。同面にある「日米貿易協定、衆院可決 車関税撤廃なし試算示さず」もほとんど既視感のある内容ばかりでカスミっぱなし。
「そうか、今日はヨイショの一日か」と思って11面の週刊誌広告を見ると「『官邸の番犬』が前代未聞の忖度捜査! 安倍総理『秘書ご子息』のケンカに捜査一課を投入した次期『警察庁長官』 ▼すぐ逮捕しろと強権発動!▼突如手錠をかけられた加害者は茫然自失▼伊藤詩織さんをレイプという総理べったり記者の逮捕状は握り潰した警察国家の雄」なんて見出しが躍っている。その隣に「狂い咲き『桜を見る会』はバカ騒ぎでも 安倍首相『前夜祭』の釈明21分間に二つの墓穴」がカスミそうな書き方。14面の政治マンガはメビウスの輪の中でウロウロと歩き続ける首相の姿が秀逸。4面で次期候補たちが翼賛的言動に酔いしれている一方で、政治経済の実態は目も当てられない惨状。国会でヘタなヤジを飛ばし、ウソをついて逃げ回り、書類は隠蔽・破棄。拉致も北方領土も一歩だに進まず、変な取り巻きやお友達に囲まれ、意味不明の改憲にまっしぐら。メビウスの輪の中でうろつく姿は、「おれ、なにやってんの」という虚しさに満ちている。けっきょく本人にはこれといった芯がないのだろう。政権の取り巻き連が「御し易し」とみたのは間違いなかったが、「正解」じゃなかったのかもしれない。もしや、傀儡として踊りまくるには器が小さすぎたというべきか。それとも日本的な責任転嫁横行社会の悪弊が、取り巻き連も含めて広い範囲で、最後の一歩を踏み出す力を得られないでいるのか。アメリカのポチからの脱出が、取り巻きたちの究極の本音だろうが、時期はまだそれを表立って進める段階へ至っていない。
14面「社説」の「歴代最長政権 『安定』より際立つ弊害」では、現状で、日本国憲法を過去に例がないほどないがしろにするという、彼らにできる最高の成果を達成したものの、傀儡がメビウスの輪にとらわれている状況を操りきれない事情があるようにも感じられる。「個人的な信条から、長期政権のレガシー(遺産)を、強引に憲法改正に求めるようなことがあれば、政治の混乱を招くだけだろう」(本文引用)という場合の「政治の混乱」とは、どんなものなのだろう。国民を臣民化するのは、どんなに頑張ってもそんなに簡単にはいかない。ましてアメリカのくびきから抜け出て独裁独立を遂げるには、さらに果てしない時間と不可逆のきっかけが必要になる。いまは両極を問わず対米従属論が勢いづいているが、そのうち面従腹背の本音の違いを気づかれる時がくる。そんな瞬間を乗り越える策も必要になるだろう。オリンピックはその契機となりうるか。どうかなあ、などと新聞を読みながらいろいろ考える今朝。でも、けっきょくはたったひとりの考え事にすぎないのだけれど。
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2019年11月19日

日本的「ポピュリズム」解釈が蔓延している

1面「天声人語」が「ポピュリズム」について語る。論調では「ポピュリズム」は本来の意味である「(平民主義)(公民主義)(人民主義)(大衆主義)」「一般大衆の利益や権利を守り、大衆の支持のもとに、既存のエリート主義である体制側や知識人などに批判的な政治思想、または政治姿勢」(ウィキ引用)のことではなく、「大衆迎合主義」として限定して使われている。この語の日本的広がりは、悪い意味で完全に定着してしまったようだ。とはいえ、「天声人語」の論調はそのような揺れからは多少の距離がある。(ポピュリズム的潮流から)「日本は幸いにも免れている。欧米の専門家からよく聞く指摘である」「首相を見ても、旧民主党が政権にいた時代を『悪夢』と言い続け」「安保法をめぐっては従来の憲法解釈をないがしろにし」「あくまで程度問題」「モンクさんの言葉は半分正しく、半分間違っている気がする」「第2次政権の7年は非ポピュリズムというより、半ポピュリズムとでもいうべき時期だったか」「将来嘆くことにならなければいいが」(本文引用)。いやいや、日本的解釈に基づいて正真正銘のポピュリズムでしょう。本来の意味からするポピュリズムからは完全にかけ離れているでしょう。大衆の情緒を利用しながら、というより懸命に誘導しながら、自らの願望を果たそうと足掻く。そんな意味からしたら、モンクさんの言葉は、ブログ主としては「間違っている」気がするけれど、いや、欧米の専門家の見方にもあるのか???
14面「社説」に「日米貿易協定 これでは疑問が解けぬ」の記事がある。「日米貿易協定の承認案が、きょうの衆院本会議で可決される」「政府側は『日米双方にとって、ウィンウィンかつバランスのとれた協定』といった主張を繰り返し、野党が求めた資料提出にほとんど応じなかった」「誠実さに欠ける対応が続き、合意をめぐって浮かんだ数々の疑問点は、解消されていない」(本文引用)。17日の1面トップに「関税削減 車撤廃ないと1割 日米貿易協定 日本不利な可能性 政府は撤廃前提『2128億円』」の記事がある。3面に「車関税撤廃 望み薄 追加交渉 日米とも及び腰」と「視/点 都合悪いデータも開示を」があり、中身がどうなっているのやらさっぱりわからないと書かれている。「今回の協定は物品分野に限った『第1段階』で、日米両国は今後、『他の貿易・投資の事項』を扱う第2段階の交渉を進めることになっている」「来年1月に協定が発効すれば、5月までに決める段取りだ」「日本政府の交渉関係者は、『日米貿易交渉は今回の合意で終わりだ』と漏らす人もいる」(本文引用)。「終わり」とは「第2段階はない」という意味だろうか。いかなる根拠でそうなるか。まさか、トランプ再選はない、と読んでいる??? それは巷の朴念仁には分かりかねること。添付イラスト「政府がいまだ提出していない野党要求資料」では、「米国が自動車関連関税の撤廃を約束しているとする根拠」「日本車への追加関税を課さないと約束したとされる日米首脳会談の議事録」「自動車関連を除いた関税削減効果額の試算」と「農家への支援策などの国内対策をとらない場合の、農林水産品の生産減少額」の4点が指摘されている。これら根拠を示さず「第2段階」はもうない、だけで突っ走らされる関連業界はたまったものではない。そういえば15日の7面「政府、追加対策に前のめり」の記事に「景気の先行きに暗雲が広がる中、政府はすでに追加の経済対策づくりに着手」「柱となるのは、自然災害の復旧や中小企業・農林水産業への支援」(本文引用)とあるのは、日米貿易協定と関係があるのかな?
6面の「米のクビ役員 巨額退職金再び」には「マクドナルド『従業員と関係』→7000万ドル」「グーグル セクハラの2人→計1億ドル超」「働き手の士気に悪影響の恐れも」の文字が踊り、「所得や富の格差をどうただすのかは、20年米大統領選でも主要な争点だ。民主党の指名争いをするサンダース上院議員らは13日、CEO報酬に課税する法案を米議会に提案した」「従業員の一生分より多い額をCEOに1年で支払うことが不条理だと理解できないならば、この法律で分からせてあげよう」(本文引用)。サンダース氏も一般にポピュリストの範疇にあるが、彼を単純に大衆迎合とは言わないよね。
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2019年11月18日

豆粒暴君の暴走がもっともこわいけれど

「民主党政権のときだってやってたじゃないか」という声が聞かれる。自民党内部からの声が最初だったか。民主党3代のうち、鳩山時代だけ開催する機会を得た。彼の場合はどうだったかというと、以下のような次第だった。現在の某政府は招待者の名簿なんてとっくに破棄しました、と答弁していたが、鳩山政権時代には「公開が前提とされていた」「安倍政権は『名簿は破棄した』と説明していますが、この資料からは元々は公開されることが前提とされていたことがわかります」(本文引用)とある。現在の政権の場合、2番目の記事によると、共産党議員が質問準備のため内閣府に資料請求した5月9日、その日に招待者名簿を廃棄したとある。14日の野党合同ヒアリングで判明し、官房長官は15日の記者会見で「従前から保存期間1年未満文書として終了後遅滞なく廃棄する、との取り扱いをしている」(本文引用)とし、5月9日に廃棄したなんて初耳だよ、という顔をしていたようだ。「従前から」って、どのくらい「従前から」だったのか。記事は18年4月1日からと内閣府の証言を記す。これが「従前」という解釈になるのかな。さらに下の記事を見ると、「安倍事務所や後援会が費用を捻出していたとすれば、後援会の観劇ツアー費を補填した疑いで経産相辞任に追い込まれた自民党の小渕優子氏と同じ。安倍首相の場合、翌日に税金で賄われた物品が参加者に提供されているだけに、小渕氏以上に悪質だ」(本文引用)とあり、表題では「公民権停止もある」などと過激な言葉で挑発している。首相はいつもの通り「招待者の取りまとめには関与していない」(13日「社説」引用)などと詭弁を弄するばかり。たしかにそんな細かいところまでせっせと首をつっこむことはありえない。だが、なんらかの関与がなければ公選法違反、政治資金規正法違反の疑い濃厚な所業を、後援会事務所が勝手にこんなに大々的にやるわけがない。だからこそ小渕優子氏は経産省辞任に追い込まれた。悪質さにおいてそれに勝るわけで、「関与していない」などと言えるはずがない。
☆「『桜を見る会』招待者名簿、民主政権時代は公開前提」TBS NEWS:11月17日
http://news.tbs.co.jp/sp/newseye/tbs_newseye3830679.html?fbclid=IwAR21btqBqqa-3-h9a0_vcC92ClAdKgtqCJ3K9Pg1juXQEhiQQpqV9-hiwbk
☆「『桜を見る会』資料当日に名簿破棄 国会追求逃れか 公文書管理まで私物化」赤旗11月16日
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik19/2019-11-16/2019111601_01_1.html
☆「公民権停止もあるぞ 桜を見る会中止で疑惑モミ消しの悪質」日刊ゲンダイ11月14日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/264730?fbclid=IwAR13MprJjgeU7d3nIsmu1FQvtG-fmDgedFs2mYYoqf-yNHYluFWWb7vG7dk
本日3面「政権が責任を果たすとは」で、杉田敦氏と長谷部恭男氏の対談記事がある。中見出しだけでも内容を深読みできる。「真っ向議論の英議会、はぐらかす日本 杉田」「自衛隊派遣は重要問題、国会で決定を 長谷部」、「任命責任、自民なぜ批判しない 杉田」「行為責任と説明責任、腑分けを 長谷部」、「桜を見る会中止だけでは 長谷部」「説明せずヤジ飛ばす首相 杉田」など、かなり手厳しい。(英国は)「政府の決定の合法性が司法審査で問われ、最高裁が違法と判決」(だが日本は)「高度に政治的な問題については判断しないという『統治行為』論に逃げ込む」「日本の国会は、はぐらかしの答弁が横行し、与党議員は政府方針を追認するだけ。議論の場でなく表決だけの場」(本文引用。()内はブログ主注釈)。説明はしないがヤジを飛ばす総理大臣なんて、自分が説明責任の当事者であることを判っていない証拠で、これはかなり深刻だと指摘する。配慮をなくして己が主観のみで突っ走る。米の仲介も無視して日韓の泥沼外交を進める姿は、すでに対米従属の奥に面従腹背の意図が隠されていることを、臆面もなく晒している。過去の自民党的バランス感覚が内包していた底意のタガが外れ、暴走を極めている。自分が歴史に残る恐ろしいことをやっていると認識できない幼児的思考。この国は、豆粒暴君の暴走によって潰れつつある。
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2019年11月17日

読書「チェルノブイリ被害の全貌」(4)

第1部:第2章「チェルノブイリ事故による住民の健康への影響 ー方法上の問題点ー」
冒頭に事故後3年半に渡るソ連政府の診療録隠蔽・改ざんの指摘。ウクライナ、ベラルーシ、ロシアに信頼できる医療統計がなかったこと(なかでもリクビダートルの公式データの再現が困難なこと)。さらにIAEAやWHO、UNSCEARの判定基準によって被爆した人々の死者数、疾患の範囲と程度が極端に過小評価されたこと。被爆データは存在しないか非常に不十分と指摘。一方、影響を被った地域で科学者が集めた情報では「自然地理的、人口統計的、経済条件が等しく、放射能汚染の程度とスペクトルのみが異なる複数の汚染地域における罹病率および死亡率の比較によって、年齢や性別に関わらず被曝と関連づけられる重大な異常や、その他の遺伝的・非遺伝的病理が判明した」とある。
2章の各項以下は冒頭で指摘したことを具体的に論証している。「大惨事から20年後のチェルノブイリ・フォーラムによる公式見解では、関連死者数9000人、また大惨事を原因とする何らかの疾患を持つ人の数は20万人程度」(しかし)「より正確な推定では、4億人近くがチェルノブイリ由来の放射性降下物に被曝し、被曝者およびその子孫は何世代にも渡って破滅的な影響に苦しむことが予測される」「隠蔽体質はソビエト連邦に限らず、フランスや英国を始め他の国々でも、米国においてさえあたりまえだった」「国内および国際的な公的機関、ならびに原子力産業界の、大惨事の影響を小さく見せようというあからさまな要求」があり、そのためリクビダートルに至っては「1989年までに、かれらの罹病データは復元のしようがないほど偽造されてしまった」とある。以後この章では様々な事例でこれを実証している。我が国では、原発事故収束作業員たちのデータが当初からあいまいなまま推移しており、リクビダートルの運命に重なるが、それは原発事故による住民の健康被害を隠蔽する一環として行われる巨大な悪意といえる。また、汚染の野放図な広がりを放置するのは、疫学的調査を今後さらに不確かなものにする意図的行為といわねばならない。
「個人もしくは住民集団への本当の放射能の影響を判定するにあたって、それを困難にする以下の要因が存在する」。1)大惨事に続く数日間、数週間、数ヶ月間に放出された放射性核種の線量を再現する難しさ。2)個々の核種の「ホットパーティクル」の影響を計測する難しさ。3)平均的個人および/もしくは集団における外部放射線被曝ないし内部放射線被ばく線量を決定する難しさ。4)放射性核種の不均一な分布の影響を判定する難しさ。結果として各個人の被ばく線量が、地域の「平均的な」線量とずれる可能性が高いこと。5)ある地域における複数の放射性核種の全てを把握することの難しさ。6)土壌から食物連鎖に至る放射性核種の移行や、それぞれの動物種および植物種の汚染程度を把握する難しさ。土壌の種類、季節・気候条件、年ごとの違いも同様。7)汚染地域から転出した個人の健康状態を判断する難しさ。これにはさらに4項目の調査が不完全として列挙する。これらの点から、IAEA、WHO、UNSCEAR、および原子力産業の基準を科学的虚偽とする。データを厳密に収集する努力無しに、放射能汚染の結果として健康被害と被曝とのあいだに明らかな相関を求めるなど基本が間違っているというわけだ。
チェルノブイリ・フォーラムでは、「科学的プロトコル(手順)」を経ていないとして、多くのデータが批判に曝されという。しかし本書の著者たちは膨大なデータを疫学的に分析し、たんねんに実証し反論していく。ひとつの興味深い論点は、環境放射線がすごく高い場所があって、そこに居住する人間は問題なく生活している、という主張に対する反論だ。本書は「放射線に対する感受性の個体差」を指摘する。ヒト全体の10〜12%は他より低い固有の放射線感受性を持ち、10〜14%は高い感受性を持つ、という。電磁波の影響で感受性の高い人がいるのは確かだ。高い自然放射線の環境下で長年の淘汰によって適応していった地域があるのも納得できる。そんなわけで「チェルノブイリの放射線量を地球規模で平均することは、病院の全入院患者の体温を平均するようなものだ」という指摘は説得力がある。
本書は、放射線の影響を特定する5つの方法について列記する。それは当初、データ収集を精密に行わなかった事実を横に置いて「『証拠の不在』を強調し、集団の被曝線量と健康調査とのあいだに『統計的に有意な』相関がなければならないと主張する専門家」の論理矛盾を覆す主張だ。データを取らないまま「精密な証拠」を求めるなど、方法論的にありえないことなのだから、これは至極当然の主張といえる。
   **その(5)へ不定期に続く**
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2019年11月16日

金まみれ中央の狡猾さに対抗するには

原発関連記事が本当に小さくなった。6面「東海第二支援 関電などに要請」はいちおう3段組だが、表題含めて35行。これに関連する過去記事を探したら、10月31日当ブログ「メンツとかお仲間優遇とかで迷走のカタマリ」という記事があった。当日「社説」に「日本原電支援 東電はまず説明せよ」とあり、3月の発表から500億円増加。そのうち東電2200億円。東北電600億円。残り700億円を中部、北陸、関西3社が負担するというもの。支援額や支援会社名は今回記事と同じ。何が違うのかと思ったら、電力5社の決定を受け、原電が要請というかたちをとること。当ブログでは18年10月25日「安田さんの件、泊・東海第2の件」で当日の30面「那珂市長『再稼働反対』 東海第2事前了解権 6市村で初」を引用し、東海村に隣接する那珂市の市長が「(再稼働に)ノーと言わざるを得ない」「6市村で意見が異なった場合は『一つでも反対すれば再稼働されないと言う認識だ』」とし、「東海村長も水戸市長も多少の温度差はあれ、合わせた発言をしている。これも忘れずにおくべき重要事!」と書いている。その後のことは18年11月29日の当ブログ「どちらがより多く準備しているか」に途中経過が書かれている。「『とめよう!東海第2原発首都圏連絡会』が約4万8千人分の署名を原電に提出しようとしたが、『原電側は玄関に担当者が現れることもなく、受け取りを拒否した』という。すでに複数の市長町長が再稼働に反対の意思を表明している。那珂市長が反対表明をしたときには(略)『原電幹部が「拒否権なんていう言葉はない」。副社長は「拒否権なんていう言葉は協定の中にはどこにもない」と語った』という。たしかにやり方を誤れば会社が大変なことになるだろう。それを乗り越えるのが経営者の心意気。ただ強引なだけでは、この国のトップ同様、ダメ人間であることを晒すだけ。それでもいいのか、みじめな経営者よ」と書き。同時に、那珂市長の引退記事も紹介している。
そして最近は、東海村長が以下のように発言している状況。「雑誌の対談で『安定的な電力の供給は絶対に欠かせない。BWRについてもしっかりと再稼働していく必要がある』と、東海第二の再稼働を容認すると受け取れる発言」「原発に否定的な人に対し『全ての外部電源を遮断して自家発電だけで生活してもらわなくてはいけない。自宅から一歩も出てはいけない』とも指摘」「福島第一の事故を受けて厳しい新規制基準ができたとして『論理的に考えれば、同じような事故はまず起こらないと思うはずだ』と述べ、周辺住民に『「何かあった時には福島の二の舞いになる」という心理』があり再稼働への理解が広がらないとの認識を示した」(東京新聞以下記事本文引用)。今日の我が家購読紙にあった、あまりにもさりげなく焦点の定まらない記事の背後に、こんな動きが隠されている。昨年から周辺6市村が結束して原電と向き合っているように見えたが、事態がそのまままっすぐに進むわけではないことがよくわかった。村長は「本紙の取材に『BWR全般の話をしており、個別の発電所の話はしていない。私は以前から原発を容認しているので、PWRだけの再稼働はないであろうと申し上げた』とメールで回答」(本文引用)しており、従来の考え方を変えたわけではないと分かる。6市村が結束していたらそれに従ったかもしれないわけで、どこが結束の中心となるかでこんなふうに事態が急変する。弱さを狙いすます原子力界隈の狡猾さに揺さぶられたら、地方などひとたまりもないということか。だからこそ弱い立場のものは弱いなりに力をあわせる必要がある。地方はいまや中央の捨て石、草刈り場として翻弄される立場に置かれている。豊かで美しい自然を未来へつなげていこうとするなら、豊かな農山村の構想が重要な課題になる、と痛切に思う今日この頃。
☆「原発否定なら『自宅から出るな』 東海第二の再稼働 村長が容認発言か」東京新聞11月9日
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201911/CK2019110902000143.html
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2019年11月15日

国破れて・・・山河はどうなる人はどうなる

1面に「GDP鈍化年率0・2%増 7〜9月期 増税前駆け込み効果薄く」がある。「今年7〜9月期の国内総生産」「プラス成長は4半期連続だが、伸びはわずかで、景気が減速傾向を強めていることを示した」「10月からの消費増税を前に、駆け込み購入が個人消費を一定程度押し上げたものの、輸出の不振もあり、GDP全体では多くの民間予測を下回る結果となった」(本文引用)。消費増税を姑息な対策で乗り切ろうとしたものの効果はほとんどなかったと言うべきか。7面「プラス成長 辛くも維持 7〜9月期 増税前でも鈍い消費」中見出し「10〜12月反動減予想」「政府、追加対策に前のめり」では、「7〜9月期のGDPでは、景気の減速傾向がはっきり見えたが、10月の増税実施後はさらに厳しい。増税前の駆け込み購入は需要の先食いにすぎず、反動減は避けられない」「景気の先行きに暗雲が広がる中、政府はすでに追加の経済対策づくりに着手している。柱となるのは、自然災害の復旧や中小企業・農林水産業への支援、五輪後の景気下支えの三つ」(本文引用)。しかし、春闘の賃上げ次第で消費が本格的に冷え込むとの予測もあって、ことはそう簡単に進みそうにない。政府は米中貿易摩擦を海外発の下方リスクと捉えているが、内閣府は、消費増税がまずかったとは絶対に言えないと、頭を抱えている。新天皇即位、東京五輪などで民心をそらす試みがある一方、「桜を見る会」騒動が持ち上がり、来年度開催中止で幕引きに必死だが、不安材料はまだ山盛り。日米貿易交渉はどうなるか、徴用工問題で冷え込んだ日韓関係はどうなるか。モリカケはモチロン、関電疑獄も忘れるなかれ。
「追加の経済対策」で三つの柱を掲げているが、「すでに」と形容できるシロモノではない。「自然災害の復旧」といえば、先の3連続風水害からどれだけの時間が経ったやら。西日本で発生した豪雨災害や九州・北海道の地震などどれだけ適切な対応があったやら。「中小企業や農林水産業への支援」は昨年末の臨時国会で駆け込み成立させた農林・水産関係諸法や、一部改訂された国有林法によって農林水産業が受ける打撃を見越してのことであり、バラマキによる地方の補助金依存を助長し、衰退と崩壊を先延ばしする愚策。五輪後の景気下支えなどは五輪がなければ不必要。大阪万博もカジノも先が見えている。12日の当ブログ「不安の時代におぼろな拠り所を求める」で地銀の危機が本格化しつつあることや「上場企業3年ぶり減益」などについて書いたばかり。そして本日の7面には「3メガ銀 そろって減益 9月中間決算 低金利響き3年ぶり 立て直し急務 不透明感も」がある。株価上昇傾向とは裏腹の経済の現状に背筋が寒くなる。3メガ銀の減益の理由として、記事は「日本銀行の大規模な金融緩和で、超低金利によって利ざやを稼ぎにくい環境が続く。さらに金融市場の不透明さから投資信託販売など個人向け事業も低迷」「頭が痛いのは、さらなる金利の低下だ。日銀の追加緩和策の一つがマイナス金利の『深掘り』だが」「『円の貸し出しに大きな影響がある』と表明。各グループとも、マイナス金利を『0・1%幅』増やすと数百億円の減益を招く(略)。合わせると1千億円近い減益になる」(本文引用)と書く。銀行界には「口座維持手数料」の導入議論があり、「おいおい、国による増税の次は銀行が『税金』徴収かい」と言いたくなる。当面は経費削減で収益を高めるとかで、大幅な人員削減を進めるらしく、社員への圧迫がいちばん手っ取り早い手段として浮上中。この記事にコバンザメのごとく張り付いて、「不動産投資偏重 スルガ銀行見直し 中期経営計画」の小記事がある。こんな記事を見ていると、現政権はいまや引くにも引けないところに来ており、手を引いた途端に袋叩きにあう状況か、と推測。アベシに至っては全国津々浦々から立ち上がる訴訟の泥沼に落ちかねない。先の戦争で負けが込んできたとき強がって戦争を続けた者たちの末路が浮かび上がる。まさか、ボロ負けしても沈没しないだけの余力を残すのに必死になっているということか。庶民が疲弊し尽くし、個人の立ち直りに集中せざるを得ない状況に持ち込めば、その先の時間を稼げるという戦術か。「国破れて山河なし」の時代となるかの正念場!
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2019年11月14日

読書「チェルノブイリ被害の全貌」(3)

第1部 チェルノブイリの汚染ー概観ー
 第1章 時間軸と空間軸を通してみたチェルノブイリの汚染
いよいよ本編に入る。第1章は、チェルノブイリ事故現場から放出された放射能雲が、どのような規模でどのようにして地球を汚染していったかを概観する。さらに、本書の専門家チームは、チェルノブイリ・フォーラムでIAEAやWHOができるだけ事故の影響を小さく見せようとしたことを批判する。「チェルノブイリ事故に由来する放射性核種全量の50%以上を被った他の国々への放射能汚染の影響を完全に無視した事実には、合理的な説明が見当たらない」「放射性物質を含む複数の雲は高度1500mから1万mにまで達し、地球全体に広がって、おもに北半球に放射性核種と放射能を帯びた塵の沈着を残した」(原発4号機からは放射性核種の)「放出がいまも継続している事実に注意を払うことが非常に重要だ」
「放射性雲に含まれる気体状あるいはエアロゾル状の放射性核種のうち、ヨーロッパに降下したのは約68%から89%」「その分布は著しく不均一だった」(そして)「ヨーロッパ全域の汚染についての正確な計測データを、われわれのだれももっていない」。とはいえ、図表では大雑把ではあるが、およその様子を知ることができる。汚染の進行についてヨーロッパ全体を概観し、次にベラルーシへ移り、ウクライナからヨーロッパ側ロシアへ、そしてその他のヨーロッパ諸国から北米、北極圏、アフリカ北部、アジア、南半球を概観していく。アジアの項目では「日本:1986年5月初旬および下旬に、チェルノブイリ雲が日本の上空を2度通過した。最初の雲は高度約1500mで、2度目の雲は約6000m」「大気中のヨウ素131が最大値に達したのは5月5日」「全部で20種類以上の放射性核種が観測された」「微量のセシウム137の降下が1988年末まで観測された」とあって、引用された論文には、小出氏など福島の事故以来よく知られた人たちの名前がある。海に囲まれており、福島第一原発事故の初期の放射能雲が太平洋へ流れていった日本では、その放射能雲の真っ只中を通過した米空母ロナルド・レーガンの運命がよく知られている。チェルノブイリではすべてが地続きで、とくに高い山がないこともあって、放射能汚染は日本とは違ったものになった。
この章での注目は「1・4汚染の生態学的側面」の項で「もっとも重要な3つの要素は、不規則かつ不均等な汚染沈着物、『ホットパーティクル』の影響、放射性核種の生物濃縮」のなかで「ホットパーティクル」の言葉だろう。当ブログ「40年以上前のセシウムボールの話」で書いたが、いまもそれが「謎の」と呼ばれるところに、我が国の度し難い情報過疎の現状を感じる。「揮発性元素のパーティクルは、数千Km以上の範囲に拡散した。放射性核種が雨滴の中に濃縮された場合には『液体ホットパーティクル』が形成された」という。これを日本の現状に当てはめるとよりいっそう現実味が湧く。さらに、「1・4・1不規則かつ不均等な汚染」に図表には放射性核種の密度のばらつきの激しさが示されていて、なるほどと思わされる。「1・5放射性核種の線量スペクトルにおける変化」にあるように、放射性物質の崩壊過程で「数十年後には、あるいは数百年後でさえも再び危険になることが予想される」核種もあるという事実には戦慄せざるを得ない。「1・6鉛による汚染」では、爆発した原子炉に投入した2400tの鉛が、燃え続ける原子炉の内部で溶解、沸騰し、気化して大気中に出ていったことも語られている。鉛毒の影響も周辺ではみられるようだ。テレビドラマ「チェルノブイリ」では、ホウ素の使用が描かれている。鉛やホウ素が原子炉にとって毒(ポイズン)と呼ばれているのは、笑えない皮肉といえる。
第1章の結論は、チェルノブイリ由来の放射性核種の最大57%はソ連の外側に降下。「世界中の数千万人の人々が、これからの数十年を慢性的に続く測定可能なレベルの放射能汚染の下で生きることは明らかである。たとえ一部の地域で外部被曝線量が低減したとしても、爆発当初の数日間から数週間の非常に深刻な汚染が今後数十年にわたって新たに加わり、また変化し続ける放射能の状態とあいまって、住民の健康と自然環境に影響を与えることは避けられない」。減るばかりではなく、半減期を経て新しくできた放射性物質がまるで息を吹き返すように凄まじいものになる場合もある、と結ぶ。なるほどそれもありか、と思うと背筋が寒くなる。
☆参考資料「『調査報告 チェルノブイリ被害の全貌』 用語解説」
https://docs.google.com/document/d/1xDRQv10iM84G3n5dkkVVrbHFBcQEQg__EtU_9vYhq_I/edit
   **その(4)へ不定期に続く**
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2019年11月13日

また予算委から逃げ出すつもりかな

1面「天声人語」がついにいつもの元気を回復したというべきか。「検索すれどもすれどもネットのどこにも見つけられない。首相主催の『桜を見る会』に出席した地元の県議や市長らのブログのことだ。共産党の調査資料には載っているのだが、一斉に削除されたのだとしたら、よほどやましいのだろう」「野党は安倍晋三首相の後援会関係者がきわだって多かったと指摘」「『自治会やPTA等で役員をされている方々もおられ、(後援会員と)重複することも当然ある』と首相は答弁した。津々浦々に自治会やPTA役員の方々はおられるが、その功をもって観桜会に招待された人にはお目にかかったことはない」「『桜を見る会』が毎年開かれてきた新宿御苑を訪ねた。会ではお酒が提供されるのだが、園内には酒類の持ち込みを禁止する掲示が」「一般の入園者には禁じておきながら、ずいぶん都合のよい話である」(本文引用)というわけで、1面トップは「首相事務所ツアー案内 公費『桜を見る会』地元有権者に 首相、取りまとめ否定の答弁」となった。首相事務所がどのように「桜を見る会」に取り組んだか。2面「桜を見る会一体ツアー コース選択 首相夫妻と夕食会 すんなり入場」「『首相枠では』追及」には、これでもかとばかりに安倍晋三首相事務所の関わり方が記され、これでは申し開きのしようがないね、と思いきや、内閣府はあれこれ言い訳に終始する。(事務所の関与について)「個人に関する情報。お答えを差し控えている」。(「招待客名簿」の公開要求について)「終了後に遅滞なく廃棄した」。(予算委開催要求について)「自民党は応じない構えだ。自民党幹部は『民主党の鳩山政権時代も、同様のことをやっていたのでは』と述べ、野党の追及には限界があるとの見方」(本文引用)。すぐに出てくる「民主党だって」の殺し文句。悲しい言い訳じみて、なんとなく寂しい風情が漂う。「10メートル歩いたら、山口県の人に出会うわよ〜」(本文引用)と某氏が公言するほどたくさんの山口県人が押し寄せていたという。これはいくらなんでも調子づいた大ボラと思うが、大々的にやっていたというのは否定しようがない。やっと予算委逃げ回りが中断したと思ったがまた「応じない」という。集計していないのでわからないが、この1年間で開催できた日数は、まさかの一桁になるかもね。これだけみっともなく逃げ回るのは、さしもの首相も、精神的にバテバテになっている証拠じゃないのかい。
こんな浮かれポンチ露呈の2面から3面に移ると、右側に「IS戦闘員送還 トルコ強行 国外退去 ギリシャ国境で立ち往生」、その左に「老後レス時代」として「想定されない女性たち」の記事。「IS戦闘員送還」の記事が重要でないとは思わないが、まず国内に目を向けて、「老後レス時代」を3面トップにしてほしかった。政治を好きなように操ってお友だち優遇に励む一方、政権が選択的に見捨てた人々のなんと多いことか。現在のみならず、将来まで先取りして食い散らかされている。「老後を年金だけで暮らすのは不可能です。長く働き続けるしかありませんが、体力も落ちる。私たちの世代は努力がまるで報われない」「退職金もなく将来生きていくのであれば生活保護しかない。安楽死施設を開設してほしい」「いつまで働き続けられるのか、老後にどれほど貯蓄が必要なのか、誰も教えてくれない。非正規シングルの女性たちは、社会から想定されていない人たちなのです」「親と同居の女性は、死別後に困窮する。結婚で仕事を辞めた女性は離婚すると非正規で働くことが多い。貯蓄が少ないと80代、90代までもちません」「『想定されていない』人たちもいずれは高齢化し、支えが必要となる。非正規雇用で低コスト労働力に甘んじてきた女性たちの老後に、日本社会は遠からず向き合うことになる」(本文引用)とある。分断され、圧倒的不利益にさらされる。その背景として、33面「上司『労組抜ければ、不祥事を握る』 JR東・傘下社員 救済申し立て」の記事があるが、あまりに小さすぎる。いつかこれも3面で書いてくれ。「わたしたちは十分すぎるくらい働いている。それなのに報われていない。なぜだ!」の声を載せるべきだ。
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2019年11月12日

不安の時代におぼろな拠り所を求める

昨日は我が家購読紙は休刊日。病院へ行く日でもあり、かねて予定していた「チェルノブイリ被害の全貌」をアップしたが、病院から帰宅してパソコンを開き、以下の記事が目に入った。地銀がいよいよ危なくなるとは昨年から言われていたが、ついにこうなるか、という気がした。そして本日の我が家購読紙1面トップは「上場企業3年ぶり減益へ 9月中間 米中摩擦 輸出不振」の記事。株価はこのところ順調に細々と上がり続けていたが「実際はこうなんだ」と知った。「企業業績の落ち込みが鮮明になっている。上場企業の2019年9月中間決算は純利益が前年同期より1割近く減り、3年ぶりの減益見通し。長引く米中貿易摩擦などで、輸出に頼る製造業の悪化が大きい」(本文引用)。輸出製造業は前年同月比20・5%の減益。もしかしたらリーマン・ショック直後の09年3月期以来とか。3面の「製造業の業績悪化拡大」には「長引く米中貿易摩擦の影響で、国内の製造業に業績悪化が広がってきた。中国市場での早期の需要回復は望み薄で、堅調だった非製造業の勢いにも陰りがみえる」(本文引用)。この記事の真上は「至近距離 迷わず発砲 香港デモ 一般市民も非難」で、中国の情勢はいったいどうなるやら混沌・迷走の真っ只中。7面「景気の先行きに暗雲? 落ち込みの指標相次ぐ 増税・台風・米中摩擦が影響 街の景況感、大幅下落」には「景気の実感や見通しに落ち込みが目立ち始めた。内閣府が11日発表した10月の景気ウォッチャー調査では、商店主らが3ヶ月前と比べた景気の実感を示す指数(季節調整値)が(略)大幅下落。設備投資の先行き指標とされる9月の機械受注統計も悪化し、内閣府は基調判断を引き下げた」「内閣府は『前回の増税時はアベノミクスの初期で、景気が上昇基調だった。いまは米中対立のあおりで製造業が悪化しており、「景気はこれ以上良くならないだろう」と思う人が多いのでは』」(本文引用)。同面「経常収支の黒字幅、また縮小 19年度上期 輸出不振で4期連続」の記事も重なる。また「三井E&S、大型商船撤退 千葉工場の用地売却 千人規模削減・配転」の記事もあり、さらに地銀の四苦八苦が続き、そんななか韓国との関係はいまだ改善の見込み薄く、日米貿易協定の最終合意はどうなるか、これも見当つかず。
☆「地銀再生、異業種に活路 福島銀がSBIの出資受け入れ」日本経済新聞11月11日
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52014750R11C19A1EA2000/?n_cid=NMAIL007_20191111_H
あーそれなのにそれなのに。この国の政治は何をやっているのやら、「なになに、『桜を見る会』がどうしたって?」と、以下の記事に目が吸い寄せられる。新聞4面にも「『桜を見る会』強まる追及 首相主催 公費支出も参加者も増加傾向 野党『説明求める』 首相、招待関与否定」があり、支出が右肩上がりと指摘しているが、グラフを見ると半端じゃない上昇。さらに当初予算額は1767万円としながら、支出額はどんどん増えていき、来年度概算要求額5729万円。1万8千人も集める意味も不明。奇妙奇天烈なヤジ騒動も重なって、もう正気の沙汰じゃない。そこへ追加で、もしや11月解散で衆院選があるかもしれないとの噂まである。連続する災害で疲れきっている被災地をそっちのけで選挙かい。実態はボロボロだが、いまならまだ架空の強さを演出でき、惰性で大勝利も不可能じゃない。勝利したら改憲強行だ、なんて思惑を優先してもこれは大バクチ。33面「『陛下万歳』何度も 感想は不気味?一体感?」では、3万人が集まって「万歳」の声が48回も響いたとか。「万歳」の初出は1889年の大日本帝国憲法発布の日。それほど古くないからか、紀元は2600年超、日本創造神話までくっつけて、ありがたがる人はどれだけいるのやら。
☆「安倍首相『桜を見る会』の税金を使った不正が国会で明らかに!『地元の自治会やPTA役員を招待』と白状 萩生田・稲田・世耕も…」リテラ11月8日
https://lite-ra.com/2019/11/post-5079.html?fbclid=IwAR1W5Ow9vZV80faqc3_5DpASKoGHS-2ZyqVae96hWHuJLXvxHRO_2Vi0rbQ
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2019年11月11日

読書「チェルノブイリ被害の全貌」(2)

[序章]チェルノブイリについての厄介な真実
まず本文から引用。(「」内はすべて引用。以後、すべての章で同じ。)
「チェルノブイリ大惨事では『リクビダートル』、すなわち現場で放射能漏出を食い止めようとした事故処理作業員が危険を顧みず未曾有の技術的危機に徒手空拳で立ち向かった一方、われわれの見るかぎり、公職者は卑怯な臆病ぶりを露呈し、何の落ち度もない住民が想像を絶する害を被る恐れがあることを警告しなかった」「この25年間で、原子力には核兵器より大きな危険が潜んでいることが明らかになった。チェルノブイリのたった一つの原子炉からの放射性物質の放出は、広島と長崎に投下された爆弾による放射能汚染を数百倍も上回った」「一つの原子炉だけでも地球の半分を汚染できる」「チェルノブイリ由来の放射性降下物は北半球全体を覆った」「どれほど多くの放射性物質が世界に拡散したのか」「原子炉を覆うドームの中に依然としてどれくらいの放射能が残留しているか」「最終的に何人のリクビダートルが事故処理にあたったのかすらわからない」
「2005年4月(略)第3回チェルノブイリフォーラム会合がウィーンで開催された」
IAEA、UNSCEAR、WHO、国連、世銀、ベラルーシ、ロシア、ウクライナなどが参加したという。フォーラム報告書の医学関連部分の結論は、被害者9000人で、死亡ないし放射線誘発がん発症。自然発生がんを考慮すると、「死亡の正確な原因を特定するのは困難」というもの。甲状腺がん手術を受けた子供は4000人。汚染地域の子供とリクビダートルに白内障増加。汚染地域に広がる貧困、被害者意識、運命論的あきらめのほうが放射能より危険と主張する者もいた。原子力産業と結びついた専門家は健康への悪影響は重大なものではないと主張した。一方で、コフィ・アナン国連事務総長はそれらの主張に反論。さらに、懸念を抱いた医師たちは汚染地域で病気が顕著に増えていることを指摘。増えた理由を集団検診の実施によるとしたり、社会的経済的要因で片付けることは不合理であると主張した。
ブログ主の記憶が蘇る。たしか、甲状腺に異常が認められるのは大規模な集団検診をしたからで、原発事故との因果関係は認めがたいといった見解を、かなり身近なところでつい最近も聞いたことがある。世界の原発推進派が寄ってたかって福島でも原発を守ろうとしている。さらにこの国の政府は、原発離脱の世界的な流れに抗しつつ、懐古的ともいえる強硬路線を維持している。
「なぜ専門家の評価にこれほどの食い違いがあるのか」「1つには、放射線による疾患に関して何らかの結論を出すには疾患の発生数と被ばく線量の相関関係が必要だと一部の専門家が考えているからだ」。しかしこれは様々な理由で不可能だと序論は書く。いろんな説明が書かれているが、ブログ主が全編を通して読んできた感想では、同じ地域でも放射性雲の降下に不規則なばらつきがあり、さらに放射性核種が人体に与える影響の多様性、化学的生理学的特性の違いも含めて複雑な要素が絡み合っていることがあげられると考えるのが適当ではないか。放射性雲は単一のものではなく、雲の内部は様々に分散した塊で構成されているとみたほうがいい。内部被曝の現実は、雲内部の複雑な濃淡によって、すぐそばにいた者でも違う核種の影響を受けることは大いにありうる。そしてもちろん、その多様性ゆえに疫学的調査が意味を失うわけではない。
「第2の理由は、一部の専門家が、結論を出すには、広島・長崎の被爆者の場合と同様、放射線の影響は放射線の総量に基づいて算出するしかないと考えていること」(それに対抗して)「民族的・社会的・経済的には同一の性質をもちながら、放射線被ばくの強度だけが異なる様々な地域について独立した調査を行い、人々の健康状態を比較している科学者たちがいる。時間軸に沿った集団間の比較(縦断研究『長期的調査』)は科学的に有効であり、こうした比較によれば、健康状態の差はまぎれもなくチェルノブイリの放射性降下物に帰される」。つまり、放射線の総量で影響を算出するのではなく、原発事故の影響を受けた地域と、受けていない地域とのあいだで、放射線以外の影響は同一とみなせる比較集団を設定して疾病の状況を比べることで、健康状態の違いは明確に得られる。これが本書の主張のキモだ。ここでもブログ主は思い出す。福島原発事故のとき、政府はどれだけ放射線の総量を計測する努力をしたか。どちらかといえば、政府の中枢をも置き去りにし、原発維持を目指す官僚と電力業界が勝手にコトを進めたのであり、放射線総量を測っていたかどうかも不明で、いまは事故などなかったかのような流れを進めている。
   **その(3)へ不定期に続く**
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2019年11月10日

映画「サタンタンゴ」その(1)

数ヶ月前、DVDの安いのを見つけて購入したら英語字幕版だったというオソマツ。四苦八苦しながら観たので、要所の会話がわからない。だから、批評を書くのはちゃんと日本語字幕版を観てからにしようと思っていた。しかし初期の印象は日々薄れていくばかり。少し焦りがでた。記憶はどんどん散逸中。この映画を理解するための背景から攻めるとして、ストーリーをほとんど忘れていて批評できるかしら。監督はタル・ベーラ。公開は1994年。ハンガリーの社会主義政権崩壊から数年後の制作で、公開までの4年間はかなりの混乱期にあった。94年には社会党が政権に復帰している。歴史を逆に辿ると、ハンガリーは他の東欧諸国同様に長くオスマントルコの支配下にあった。中間の複雑な歴史は端折って、第2次世界大戦ではドイツと共に戦いコテンパンにやられた。という惨憺たる年月。あとは小説や映画その他雑知識を総動員して作品に挑む。頼りの小説は「異端の鳥」と「悪童日記」。映画はルーマニア「虐殺の森」(かな?)とハンガリー「マジャール人」。小説は二つとも第2次大戦中の過酷な状況を子供が生き抜いていく物語。「虐殺の森」はオスマントルコの支配下にあった時代の話。「マジャール人」はドイツ側で戦って散々な目にあう農民の話。
映画のバックグラウンドとして、この4つの作品についてまず書く。「異端の鳥」だが、探したけれど本が見つからなくて不確かな記憶だけ。舞台は第2次大戦末期の東欧某所。田舎に預けられた少年が、預け親の死を契機に死んだばかりの老婆が眠る家に放火し、あてのない旅に出る。その旅の凄惨さにびっくりしたものだったが、ラスト、孤児収容所に入れられ、仲間と抜け出してする悪さはさらにむごい。強制収容所から助け出されたユダヤ人達の乗る列車を転覆させ、多数の死傷者が出るのを駅舎の屋根から見物し、意気揚々と収容所へ戻っていく。「悪童日記」は同様の過酷さにまみれた日々を、表現を少し緩くした程度で描く。あとで詳しく書くだろうけれど、これらの設定は、「サタンタンゴ」で少女が猫を殺し、自分も猫いらずを飲んで死ぬ場面に重なるようだ。
映画「虐殺の森」(題名も制作国名も定かでない)は、東欧がオスマントルコの支配下にあった昔、オスマン帝国は村々の少年を本国へ連れ去り、徹底的にイスラムの教えを叩き込んで、成人後に生まれ故郷へ支配者として送り返す政策をとっていた。返されたオスマンの兵士は、幼少時の村の記憶を残しているが、帝国の呪縛から逃れられず、過酷な統治を行う。処刑の仕方がすさまじく、これは後に串刺し公とかドラキュラ公と呼ばれたヴラド・ツェペシの残虐な復讐の原型になった。オスマントルコの仕打ちは、ハンガリーの歴史に深い傷となって残ったようだ。「サタンタンゴ」のラスト、ただ一人の生存者校長が教会の廃屋で鐘を鳴らしながら「トルコが来たぞ」と叫ぶ場面は、彼の地の歴史の懲りない繰り返しを暗示している。
マジャール人とは、複雑に入り乱れるこの地に古くからいる人々のこと。ひたすら素朴な家族が、過酷な運命に翻弄される様子を描く。ユダヤ人が連行されていくのを目撃しても、彼らが誰で、なぜ連れて行かれ、その先で何が起こるのかさっぱりわからない。頭上を急降下爆撃機スツーカが飛んでいっても、なんのことやらわからずただ恐れおののくばかり。そして、戦争に駆り出された父はアフリカ戦線で死ぬ。彼が出征していくときのいかにも情けなさそうな背中が哀れを通り越して滑稽で、映画の観客がクスッと笑ったほどだった。情けなさそうに父がつぶやく。「わしらのつくほうが負けることになってるのにな」。彼の戦死に劇的仕掛けはなく、ただの小さい写真になって映画のラストを飾る。「サタン」の背景はこれくらいにして、あとは作品の流れに沿って概観することになるか。いつか日本語字幕版を観たらその(2)を書こうと思う。6歩進んで6歩戻る。同じことの繰り返し。経験を積み上げず、終末の周辺をうろつく。これはいま悪あがきの只中にいる何処かの国に似ていないか、と思いつつ。
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2019年11月09日

「客観報道」に逃げるのはやめてほしいね

13面「オピニオン&フォーラム」の「真山仁のPerspectives:視線」を読んで7日の当ブログ記事を思い出した。2面「加計関連文書『あなたが作ったのでは』」に「加計問題で野党に追及された首相がぷっつん切れて、めちゃくちゃな答弁に突っ走った様子が描かれている(略)というか、すごくおとなしい書き方」と指摘。じつは政府が公開している国会中継の当該場面を事前に見ており、新聞の書きようがあまりに大人しすぎて、「違うんじゃないの」と思ったのだ。同じ報道でも、以下の記事だと多少は臨場感が伝わってくる。他の新聞記事を並べたら、もっと鮮明に違いがはっきりするはず。実感が伝わる報道がある一方、客観と称して味も素っ気もない報道がある。読み手としては「なにをいいたいの?」と言いたくなる記事は不要なのだ。逆に本日4面「首相ヤジ、立憲議員に『共産党』 審議中断に与党も苦言」を読むと、さすがに我が家購読紙も実感しやすい書き方になっている。他紙はどうかと探してみると、この記事関連では山ほど見つかるが、ほとんど共同通信の配信で中身はほぼ一緒。違うのは他紙が「再びやじ」とあるのに、我が家購読紙の表題に「再び」がないこと。7日の紛糾の後、「棚橋泰文委員長が西村明宏官房副長官を呼び、『閣僚席からの不規則発言を慎むように』との申し入れを行った」が、懲りずに翌日も酷いヤジを飛ばす。報道で浮き彫りにすべきはこの辺りのはず。予算委を200日以上逃げ回り、開いたかと思えば2日連続で意味不明のヤジ。議運委員長や世耕氏にまでたしなめられる。杉尾氏は周囲に「安倍首相は相当うっぷんがたまっている」(本文引用)と指摘する。これはもう尋常ではないと思わざるを得ない。その感覚を伝えることこそ、求められるべき報道の使命じゃないか。客観報道は、すべての味を抜き取った無味乾燥とは違う、一味違った鋭い感触を持っているはず。
☆「安倍首相やじで審議中断=『つぶやいた』と釈明―衆院予算委」JIJI.COM:11月6日
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019110601253&g=pol
今日の重要記事は4面に集中している。ただし、いささか内容的に軽い。「中西氏発言 議事録に載らず 社会保障検討会議『勤労意欲減退せず』」の記事は、「高齢者の就労意欲を損ねているとして政府が見直しを検討している在職老齢年金制度をめぐり、政府の全世代型社会保障検討会議で中西宏明・経団連会長が慎重な検討を求めた意見の一部が、議事録に記載されていないことが8日、明らかになった。会議事務局の職員は8日の野党会合で経緯を説明した。経団連側に9月20日の初会合の議事録案を確認してもらった際、中西氏の『勤労意欲を減退させるとの議論があるのは承知しているが、経営者の目から見ると、そんなことではないのではないか』などの発言を加える修正を求められた。修正の意図を問うと、『議事録案で結構です』との返答があったという」(本文引用)。これと1面「『月収50万円台前半』案 働く高齢者の年金減額対象 厚労省」の記事はどうつながるのか。全体像が見えてこないが、中西会長がどんな意図で発言したのか、もっとよく知りたい気がした。次に、小記事で「外交文書不開示『趣旨に反せず』 政府、答弁書閣議決定」がある。「外務省がHPで公開している外交文書と同じ内容を朝日新聞の情報公開請求に対し不開示にしていた問題で、政府は8日、『情報公開制度の趣旨に反するとの指摘はあたらない』とする答弁書を閣議決定した」(本文引用)。なんだか官僚の仕事がいい加減になってきているように感じる。これも政権末期の空気蔓延によるのかな。他に小記事で「首相主催『桜を見る会』 『親睦に利用』野党が批判」と「野党反発で退席 与党は『空回し』 衆院外交委」など。小記事だけれど、「桜」は首相へのヨイショ。「空回し」は国会の悲惨な劣化。「知事選、わからぬよう応援を 自民・吉川氏 水産庁職員らを前に」は「水産庁の皆さん、わからないように応援してください」(本文引用)って、読むのがイヤになるくらい、すべてが小粒になっていく惨状を示すばかり。それでもあの人は必死に居座ってるんだなあ。
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2019年11月08日

読書「チェルノブイリ被害の全貌」(1)

ようやく3分の2を読み終え、忘備録の意味でぼちぼちまとめを書くことにした。まず、日本語版の序で崎山比早子氏が書く。
「この本にはこれまで断片的にしか知られていなかった、放射線が生物に与える影響が系統的に多くのデータとともに記載されている。特に衝撃的だったのは、被爆者に多種多様なガン以外の疾患が多発していること、放射線障害の特徴は老化に似ていること、子供の健康に与える深刻な影響等であった。『汚染地域に住む子どものうち健康な子どもは20%以下である』という報告は、いまだに信じがたい思いもある一方、ありうることだろうとも思える」「ヤブロコフ氏らが以下の『序論』で述べているように、ここで引用された多くの論文において、放射線の線量が正確にはわかっていない。放射性の影響を考える場合、線量が正確でないというのは大きな欠陥であり、論文が受理されない理由ともなる。しかし、それだけをとって論文の中身を全て捨ててしまうのも一方的すぎるだろう」
「原爆被爆者、各施設の労働者等々に白血病や肺ガンをはじめとする各種のガンが発症しているのは周知の事実」「心臓血管系の疾患等非がん性疾患が線量に比例して増加すると報告されている」「なぜチェルノブイリの被爆者には小児甲状腺癌しか発症しないのか、それを説明する方が難しい」
「放射線によって生じる活性酸素類、いわゆるフリーラジカルがDNAを損傷し、細胞内の種々の分子を傷つけ老化を促進させる」「放射線の持つエネルギーは膨大であり、それが作用すれば正常な分子の反応は簡単に破壊されてしまう。そうした場合、細胞はどう反応し、それが健康にどう影響するのか。このような視点に立った研究がこれから重要になるに違いない」「本報告書に報告されている健康影響は、疫学調査が主体となっている」
この「疫学調査」については、ブログ主も福島第一原発事故発災の年にネット上で主張したと記憶するが、「被災者をモルモット扱いにする」といった主張に押し切られてしまった。本書を読んでいて思う。疫学調査は被災者の健康を守る上で重要な役割を果たすはずだった、と。いまこの国では、綿密な疫学調査がなされておらず、ひたすら根拠のない「アンダー・コントロール」の掛け声のもと、避難者や居住者、なかでも子どもは「甲状腺検査」に限定した、乱雑な対応が横行し、規模を縮小していこうとさえしており、原発事故との関係をいまだに明言していない。帰還促進一色で、自主避難者への住宅支援では家賃を2倍にするとか正気を疑う施策が目立つ。
次の「まえがき」を読むと、現在の政府のこういった過酷なやり方が、チェルノブイリ以来の世界的流れの一環なかであることがわかる。さらに、この政府だからこそ増幅された行為が、いまは目立っている。「まえがき」は(事故後)「原子力発電はすぐに『高くつくもの』になった。こうした反応は、多くの国の政府、国際機関、原子力技術を担当する公的機関にとって都合が悪く、そのためチェルノブイリ大惨事で直接障害を負った人々の問題、また慢性的な放射線被曝が汚染地域の住民の健康に及ぼした影響にどう取り組むかをめぐってねじれた二極化が生じた」と書く。
ひとつは、低線量被曝の放射線学・放射線生物学的現象を客観的包括的に研究し、起こりうる悪影響を予測し、可能なかぎり住民を守る適切な対策をとる立場。もうひとつは、「実際の放射性物質の放出量や放射線量、被害を受けた人々に関するデータを統制」する原子力推進の立場の二極化。
「セシウム137の線量尺度のみにもとづいて被ばく線量を算出する決定では、実際の累積実効線量を明らかに過小評価する」(また)「内部被曝の方が大きな損傷を与えるが、これもまた無視された」「子どもの悪性甲状腺疾患に関して非常に具体的なデータがあり、これについては、病気の主因として『放射能恐怖症』説を支持する陣営でさえ否定していない」(ウクライナ領内の)「いくつかの地域には、もはや健康な子どもは存在せず、事実上すべての年齢層で罹患率が上がっている」
「『チェルノブイリを忘れる』ことは不可能であり、また誤りだ」
そして「はじめに」の文章となる。本書は、2005年のIAEAとWHOによるチェルノブイリ・フォーラム報告の不十分さをきっかけに高まってきた機運によって、執筆された。フォーラムが取り上げたのは英語文献を中心にわずか350点。本書では1000本の文献。スラブ系言語中心に5000以上の印刷物やネットにある記事の内容も反映しているという。これが並大抵の執念で作られた書物でないことが伺える。
   ****その(2)へ不定期に続く****
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2019年11月07日

報道がちゃんと伝えないとわからないこと

国会答弁がめちゃくちゃなようだ。ヤジで訳のわからんことを叫びまくる。指摘されて答弁に立っても支離滅裂、答弁のかたちを成していない。3連休でちゃんと休養してないのかなと思うほどで、たしかに声が枯れているようだ。2面「加計関連文書『あなたが作ったのでは』」に、加計問題で野党に追及された首相がぷっつん切れて、めちゃくちゃな答弁に突っ走った様子が描かれている。いや、描かれているようでそうでない、というか、すごくおとなしい書き方で、「今井氏は『大変な侮辱と反発』。首相は『座席から言葉を発したことは申し訳なかった』とヤジ自体は陳謝した。その後、棚橋泰文委員長が西村明宏官房副長官を呼び、『閣僚席からの不規則発言を慎むように』との申し入れを行った」(本文引用)と、これでは記事にするほどのこともないじゃないか、という感想に落ち着きそうになる。でも、なんだかおかしい。首相は疲れている。焦っている。堪え性がなくなっているようだ。いますでに、彼の神経はぼろぼろになっていないか。この状態で首相を続けさせるのは過酷じゃないか。かわいそうじゃないか。それでも彼を持ち上げてなにがなんでも改憲につなげようとして、どこかが必死に下支えしているみたいだ。平日で国会会期中にも関わらず新聞報道が低調。記事が躍動していない。書き手の熱気が伝わってこない。ブログ主は「マスゴミ」という言葉が嫌いだ。せっかくの情報獲得手段を自分で捨て去るようなマネはしたくない。本格的に情報統制されてしまったら、氾濫するゴミ情報の中からでも真実を嗅ぎ分ける力を持っていないと、「マスゴミ」批判と言いながら、気づかないうちに情報難民になりかねない。また、マスコミがこぞって「ゴミ」化に邁進してしまう愚を犯してもらいたくない、という思いも強い。読み取る力と真実を潜ませる筆力があってこそ、「ゴミ」と呼ばれようともその内部から報道の品性が匂い立つ。そんな立場を維持してほしいと思う。紙面からそんなことを感じた、寒い今朝だった。
タブロイド紙の一方の雄として日刊ゲンダイがある。ブログ主はこの新聞の表現には少し馴染めない気持ちも持っているが、その果敢な精神は評価している。まったく現政権は「腐ったみかん箱」さながらの様相を呈している。「巨悪を眠らせない」はずの検察までどうにかなってしまい、以前だったら絶対に追及されていただろう事案でも、簡単に見過ごされてしまう。東電原発裁判では、あれだけの大事故を起こしても経営者たちが責任を一切問われない不思議国日本が、全世界に向けて鮮明になってしまった。そのおかげで、もうひとつ下の中日新聞記事にあるように海外にまで腐ったみかんの影響がにじみ出る。36面の「土砂災害 過去最多の821件」では、「台風19号による記録的な大雨に伴う土砂災害は20都県で計821件だったことが、国土交通省のまとめでわかった。一つの台風がもたらした被害としては記録が残る1982年以降で最多」「宮城が249件で最も多く、岩手97件、神奈川90件、福島78件、群馬67件(略)崖崩れが394件、土石流が383件、地滑りが44件」「昨年の西日本豪雨の土砂災害は32道府県で計2581件にのぼり、一つの災害としては最も多かった」(本文引用)とあるが、台風19号災害で福島県の犠牲者が多かったことの意味は伝らない。原発事故後8年余を経て、治山治水がおろそかになったことが原因ではなかったか、若干の疑問がわく。少ない情報からは、その程度の深読みしかできないのが辛い。10月26日の東京新聞には「底にたまる汚染土心配 福島・木戸ダム 台風で大雨流入」の記事があるそうだが、まだネットではお目にかかれないでいる。
☆「腐ったみかん箱…歴史に残る犯罪者集団となった安倍政権」日刊ゲンダイ11月6日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/264227
☆「ウィーン芸術展の公認撤回 国交記念事業で日本大使館 安倍政権批判を問題視か」中日新聞11月6日
https://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/entertainment/news/CK2019110602100023.html
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2019年11月06日

ペーター・ハントケのノーベル賞の意味とは

30面は「文化・文芸」欄。本日は「終わりと始まり 池澤夏樹」とあり、「ハントケにノーベル賞 文学は政治に何ができるか」という表題になっている。個人的には「ハントケってだれだっけ?」という気分で読み始めてすごく納得。ヴィム・ベンダース監督の映画「ベルリン・天使の詩」の脚本を書いた作家だとか。この映画については特段の印象がなく、引用されている冒頭の詩の抒情性に追随できず、深読みする意欲が沸かなかったと記憶している。それはさておき記事は、「今年のノーベル文学賞の受賞者はペーター・ハントケ、と発表された。同時にこの受賞に反発する声が外電で伝えられた。それを要約して、例えば週刊文春は『選考委員は文学の鑑賞には長けていても、生身の人心を読むのは不得手ということか』と言う。ああ、あなたは全く何もわかっていない。これはノーベル賞委員会によるペーター・ハントケの名誉回復なのだ。彼はずっと四面楚歌の状態にあって、それに耐えてきた。ことは旧ユーゴスラビアの解体過程で起こったいくつもの内戦、それに対する西側諸国の介入などを巡る歴史の評価に関わる」(本文引用)と、のっけから不思議な展開をみせる。そういえばあのときブログ主は、納得できる情報がぜんぜんなくて、セルビア側がすごい悪党だらけでひどいことをするやつらという報道に動揺し、「わけわからん?」という状態だった。それがなんと西側列強がセルビア弱体化を目論み、メディアがあげてセルビア人を「悪の権化」よばわりし、ルーダー・フィンという米の広告代理店に至っては「民族浄化」のふるまいにおよぶやつらというレッテル張りをしていたという。ブログ主はそうとう濃密なフィルター越しに事態を見ていたのだ、と今日の新聞記事を見て気づかされた。真実とは関係ない事実を、自在に創造できる広告代理店の恐ろしさに誘導されていた自分を、この記事から思い知らされたのだ。
今日の記事を書くにあたってネットで調べてみると、いまだに「セルビア=悪」みたいな記事に多くぶち当たる。つまり、池澤夏樹氏の指摘を読むまでは、ブログ主の胸の奥に「ユーゴスラビア紛争」についての疑問がわだかまってはいたものの、解き明かされるヒントにお目にかかることもないまま、今に至っていたわけだ。「誰がいいか悪いか」なんて決めるのは、それほど簡単なことではない。あっちにいるのはばけもの、こっちにいるのは無垢な犠牲者、みたいにはっきりした色わけにしたのが広告代理店で、そうさせたのは西側列強の政治的思惑だった。それによってNATOのセルビア空爆は免罪符を与えられた。それでいいのかという疑問を抑制させられていた自分を自覚する記事にようやくたどり着いた気分と言おうか。目からかなりたくさんのウロコが落ちた。世界が「悪の権化」セルビア叩き一色に染まっているとき、ペーター・ハントケは果敢に異を唱えた。そのとき彼は、四面楚歌・完全孤立無縁だった。「ユーゴ解体の初めから彼の主張に反発する知識人は多かった。NATOの空爆に反対したのはソルジェニツィンやアンゲロプロスなど僅かで」「あのソンタグが宣伝に乗ってジェノサイドという言葉を鵜呑みにしている」「広告宣伝が世論を誘導し、爆弾とミサイルがそれを実現する。ユーゴで実験され、イラクで実証され、今の世界の日常になっていることだ。それらはすべて政治に属する。政治に対して文学に何ができるか、ペーター・ハントケはそれを身をもって訴えた。20年を経たのちのノーベル賞受賞は文学者としての彼を顕彰するものだ」(本文引用)。「ベルリン・天使の詩」をじっくり見てみたい。天使役がピーター・フォークであることの意味も考えてみたい。全体に、まだちゃんとした像を結んではいないけれど、とにかくこの地域のバックグラウンドはとても複雑で、簡単に色分けして何か決められるようなものではないことは確かだ。レッテル貼りや空爆で解決しようなどということ自体がヨコシマだったのだ。そして合理化できる戦争などない。無理に理屈づけるプロパガンダに騙されない自分を確保していきたい、と思った。
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2019年11月05日

再エネ利権から森林木材利権へ

1面トップに「自治体電力 進む大手寡占 24道府県、新電力から回帰 本社など調査 自由化進展危ぶむ声」がある。「やっぱりこうなるよなあ」という感想のみ。「電力の小売りは日本では2000年に大口向けで始まり、16年4月に家庭向けを含め全面自由化された。だが自由化によってかえって大手の寡占化が進み、電気料金が上がった英国やドイツなどの例もある」(本文引用)。詳しく読むと、一般競争入札で大手が1〜2割前後安く落札するケースがあるという。電力市場の今までの経緯を見ていると、一般の目につかないところで新電力への締め付けが少しずつきつくなっていく様子が見て取れる。電力市場の形態がとても複雑で、素人では、なんでこんなに複雑なのか理解するのも困難な状況にある。そんな中でけっきょく得をするのは大手電力で、1〜2割前後の安値で落札するなんて芸当を軽くやってみせる。ブログ主は常々「このままでは新電力はつぶされる」と主張してきた。しかし今は、生かすも殺すも自由自在の状況に置いて、自然に減っていくことを狙っているように思えてならない。その過程で、大手電力はめぼしい新電力をつまみ食いしていく。そして気がつけば大手電力の寡占体制が整っているという寸法だ。表面では地球温暖化防止の世界世論に追随しながら、その内容はすでに色あせてしまった原発ルネッサンス回帰を狙う。そのために国は再エネ電気を進めるように見せて、自滅を誘う政策を進めている。この国の政府がお得意とする「面従腹背」の論理がここでも貫徹している。おもえば2018年7月に満期を迎えた日米原子力協定が自動延長されたのも、面従腹背の本領が発揮された。いま、協定は双方どちらかが通告すれば半年で破棄できる仕組みに移行している。本音ではうるさいだけの協定を、時期が来たらいつでも破棄できる状態に移行しておく。そんな思惑を秘めて今の日米原子力協定は成り立っている。これはある意味、この国が危ない道へ半歩を踏み出したことだと思うが、新電力を追い詰めつつ育成するそぶりを見せるという離れ業の中にも、同じやり方が見えがくれする。こういう巧妙さに幻惑されていると、結果は危ういことになる。そう思えて仕方ない。
18年7月4日当ブログ「道筋を描けないのはダレ?」に、「日本はCOP21で2050年に向けた2酸化炭素削減の数値目標を努力目標に変えてしまうことに成功。やったぜとほくそ笑んだのもつかの間、世界からブーイングの嵐に見舞われ、翌年のCOP22では、マラケシュで行われたパリ協定最初の締約国会議に協定締約を間に合わせずオブザーバー参加」と書いたことを思い出す。このとき国会開催中だったと記憶する。特に緊迫した論議があったわけでもなく、いまにして思えば、国は意図してマラケシュ会議に間に合わせなかったのではないか、と思える。要所要所で適当な捨石を置いていくやり方と言えるだろうか。それが時を過ぎて効果を発揮する。巧妙にして老獪、というよりまったく嫌なやり方をするものだ。つまり、「新電力はせっかく育成してやったのに、経営能力が低かったために自滅していった」というのが、政府が最後に用意している言葉なのだ。「再エネの買取価格は20年過ぎたら1桁に下落する。そのとき、あぶく銭に群がった利権ゴロは施設を放り出し、全国の山野にガラクタの山が残る。『主力電源』の末路がすでに予想できる。そのとき、政府が再エネをどこへ進めるつもりだったかがようやくわかる。それを阻止する有効な方策を持たなかった者たちは、各々の立場から『それみたことか』と呟く。自分の立場は合理化できても荒れた山野は残る。その対案を持たなかったことが禍根として地域に残される」と書いてから1年余。再エネ利用と銘打った乱開発はいま、森林の伐採を民間に委ねるという名目で、次の乱開発に突き進もうとしている。たぶん今度の「自然破壊」は再エネの比ではない可能性がある。昨年末の臨時国会で明らかになった「森林経営管理法」や「国有林野管理経営法の一部改正」などがきっかけとなって、そんな動きがこの国の山野に広がる豊富な森林資源に向けられている。じきに利権の争奪戦が始まる。記憶しておきたい。このことは農山村地域に必ず致命的な損失をもたらす。
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2019年11月04日

グラグラだがあちらは大きく動いている

3面に「2030 SDGsで考える 邦銀の挑戦 問われる覚悟」がある。「1面から続く」とあるので、「そんな記事があったの」と首を傾げつつ1面に戻ると、「社会の課題解決 融資でも 『世界の167銀行「責任原則」に賛同』」という記事がたしかにあった。しかし表題がすごく地味で目立たなかった。と、自分の迂闊さを棚に上げてぼやいている今朝。「地球温暖化や貧困、格差拡大といった問題の解決を支える『社会のための金融』に世界の銀行が取り組む枠組みができ」「日本から3メガバンクなど4社が」(本文引用)参加とあるけどホントかね? 国連事務総長が「温室効果ガスを大量排出する産業を支える銀行に方針転換を迫った」(本文引用)とあるが建前と違う本音はどこへ向かうやら。2年前から原則作りがスタートし、最初はどこの銀行も資源採掘や電力や鉄鋼などの大口融資先を持っていて、「脱炭素社会」構想には激しく抵抗したとある。日本はいつもの通り「面従腹背」路線なんだろう、と疑いの目がムクムク。政府が温暖化対策に「原発ルネッサンス」の旗印を掲げて恥じない現状だから、石炭火力融資が減るといっても、目指す方向は信じがたい。2面記事には化石燃料関連の融資で世界で上位にあり、「邦銀の活動が東南アジアの森林破壊につながっているとの批判」(本文引用)もあるという。関連17面「科学の扉」に「進むリチウムイオン電池 不燃化と長寿命化『脱炭素社会』の支え手へ」があるが、鉱物(ニッケルやコバルトなど)の採掘に東南アジアで森林を破壊し、河川を土砂や有害廃棄物で汚染する事態が発生しているとは書かれていない。ニッケルやコバルトなどレアメタル系を使わないリチウムイオン電池が台頭してきており、レアメタル系は衰退していくと思うが、企業活動は撤退するときでも利益を計算に入れる。撤退は遅れがちになり、イジイジと続行するケースも出てくる。どちらにしても「持続可能」と建前で言っても、本音の利益追究欲を捨てるわけはなく、利益に反しなければどこへも行けるよう彼らは器用に動く。だから変な方向へむかわせない注意は欠かせない。
思い出すのは4月26日の当ブログ「あちらの内部はけっこう揺れている」で、4月24日の新聞にあった「消えた『石炭火力全廃』 温暖化対策 有識者懇の提言」中見出し「座長案に産業界が反発」「『秘密』会合2度 議事録も作らず」と、その隣の「長期戦略案 政府が公表」の記事。政府の有識者懇が、今度の国連主導の「責任銀行原則」とまるで違う提言をしていることに気づく。いや、日本のメガバンクの思惑としては、石炭火力では違っていても、原発では同じなのかもしれない。さらに関連で11月1日当ブログ「鏡の盾を持って相手と向き合う」で月刊誌広告の「巻頭インタビュー 日本の原発はこのまま『消滅へ』ー 田中俊一(原子力規制委員会前委員長)」と「関西電力」特集で「官邸も経産省も検察も、超弩級スキャンダルの幕引きに必死だ。パンドラの箱の奥には、自民党と北朝鮮の利権構造や、広く深い原発マネー汚染が潜む。全貌が明らかとなれば、関電はとても持たない。」という奇妙かつ興味深い表題を紹介した。そして昨今の連続する閣僚辞任劇や「身の丈」発言での急転英語民間試験見送りなど。簡単には見通せないものの、政権がコケツマロビツ必死になりながら改憲にむかって突進しているのを感じる。現状の動きの直近の起点は去年前半にあった。たしか原発輸出が完全敗北に終わったあと、去年中頃に経団連会長が政府に泣きつき、時を経ずして株価の大下落があった。そして年末の臨時国会で、政府は馬脚を表しつつやり残しの規制緩和策ラッシュで逃げ切り、年頭の中西発言に続く中、今年3〜4月にかけてメガバンクは、「責任銀行原則」に向けて動き始めていた。アベ的神通力に陰りがあるのは確かとしても、強権の最後の悪あがきは、いつでも最悪の事態を引きずりながら、場合によったら地獄の結果に向かって驀進する。<東芝救済に動く3メガバンク+日本政策投資銀行の1・3兆円><基本料金すでに1兆円の日本原電に電力5社が3500億円支援>など救済活動ばかりが目立ついま、情報過少で現状把握の難しい状況が続く。
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2019年11月03日

道を歩けば個人情報が吸い取られていく時代

シンギュラリティーという言葉がある。「どういう意味だい?」と思ったら「技術的特異点」とか。あと20数年で人工知能やロボットが人間の能力を超え、人類そのものの存在意義に大変化が起きると指摘する考え方だとか。イヤな時代になってきたね。AIとかITとか横文字で語られると頭がこんがらがってくる。今日の新聞には膨大な個人データを一括管理する巨大なコンピューターに情報を送るためのセンサーをあらゆる街角、さらに家の中まで配置して情報を個人を管理し、「おっと便利だね」「あら安心ね」と喜んでもらえるシステムが少しだけ不安気味に書かれている。当ブログでも何回か書いてきた量子コンピューターを念頭に置いて考えると、少しどころではない不安気分が浮かび上がって来る。家庭用のスマートメーターが家庭内の全情報を詳しく知られてしまうという危惧レベルでは、いまのところ対抗する手段や方法はある。だが、家庭内外を問わずあらゆる場所の人や物の動きをすべて集積し、実用の域に達した量子コンピューターに送り、特定の利益追求のために組み立てられたアルゴリズムで分析される。そんなシステムが企業のみならず国家によって恣意的に利用されるようになったらどうなるか。便利さを装った向こうにある怖さが見えてくる。
このところ量子コンピューターでIBMとしのぎを削るグーグルの動きに注目している。スパコンでは得られない巨大なデータを、スパコンでは達成できない超高速で処理できる量子コンピューター。これにつながるかたちで発展し続けるAIが量子コンピューターの完成を待つように大規模情報集積システムの現場実験を進めている。4面「シンギュラリティーにっぽん」の「つながる街 個人情報どうなる」に書かれているのは、恐ろしい近未来へ続く道といえる。それで「これを阻止する方法はあるのか?」という疑問が生まれてくる。個人が家庭内でなんとか阻止線を貼ることは、いまは可能かもしれない。だが将来、国家の強権がこれを突破して侵入してくることは大いにありうる。当面ほとんど阻止しようがないのは、個人宅を出たあとの個人情報。それがイヤで家に居続けても、パソコンや携帯などで個人情報はすでに外部にダダ漏れになっている。小手先の抵抗でアレコレしても、すでに遅いのかもしれない。そんな危惧が頭をもたげる今日この頃。国家の中枢を担う政治家たちがこれをきっちり認識し、情報統制国家への道を模索しているとは思えない。どちらかといえば、彼らも操られる道具と化している可能性はある。自分たちは操る側にいると錯覚させられながら・・・。でも、いったい誰に?
3面「日曜に想う」に興味深い記事がある。「解けてしまった30年前の魔法」で、「大量の核兵器で威嚇し合う軍事的緊張関係によって築かれていた第2次世界大戦後の東西2極体制。それが武力衝突もなく消えていった」「これから世界は民主主義と市場経済によって平和で豊かになっていく、と楽観的な気分が広がった」「しかし、冷戦が終わった直後から急務と言われていた『新しい国際秩序』の構築はちっとも加速しなかった」「むしろ経済のグローバル化をうまくコントロールできないまま『無秩序』ばかりが広がり続けている」(本文引用)。そういえばCSでレーガンやサッチャーを英雄のようにもてはやすドキュメンタリー番組を見た記憶がある。そしていま、TVドラマ「チェルノブイリ」を観て、逆に福島第一原発事故以降の日本の情報隠蔽の凄まじさを思う。けっきょく社会主義国への対抗としてあった資本主義国の自由とか民主主義とか豊かさとかが、配慮しなければならない対抗軸をなくして野放図に暴れだして今に至る・・・そんな気がしてならない。東西の軍事緊張をバックに発達し続けた兵器の行き先がなくなり、対テロ用に過剰な武器を使う時代が続く。そのためとは言わないまでも、30年前より今の方が悲惨な戦争が多いような気がする。そして、ベトナム戦争当時よりはるかに戦争の具体的情報は過少になっており、まるでその穴を埋めるように、個人情報をどこかへ集積していく日常が蔓延しつつある。やっぱり、社会主義に対抗するために掲げていた金看板が不要になり、本音だけが走り出すと、こんなことがおっぱじまってしまうのだろうか。
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2019年11月02日

40年以上前のセシウムボールの話

週刊誌でセシウムボールについての記事を読んだ。と同時に、書庫を整理中に、かなり昔の古い資料を見つけた。そのなかに、興味深い記事があり、読んでみると「なんだ、週刊誌記事と同じものが、チェルノブイリ原発事故でも飛散しているじゃないか」と思った。まず週刊誌記事の要約を試みると、放射性プルームが関東地方を通過したのは3月15と20日がピークという。15日の大気サンプルはフィルター表面の色に変化はなく、20日のものは真っ黒になっていた。各々のフィルターを硝酸で煮出すと、15日のものは解けずに残る物質があった。20日のものはセシウムが溶け出した。次にフィルターの微細粒を電子顕微鏡で調べると、1〜2マイクロメーターの球状粒子が検出されたとあるが、これがどちらのフィルターから検出されたものかよくわからない。記事をじっと読むと、セシウムは水溶性で、酸で処理すると溶けると書いてある。そしてもう一つの記述では、「原子炉の爆発で核燃料から溶け出したセシウムが原子炉に含まれる珪素などに付着し、冷えて固まったのではないかと推測」(本文引用)とあるので、15日のフィルターに着いていたものとわかる。読み進むとやはり15日のフィルターにセシウムボールが付着して、関東一円にこれが降り注いだようだ。これが東京にはおよそ2兆個飛んできたと言われている。肺に入ったセシウムボールは排出されにくく、長期にわたって健康被害を与える可能性がある、というのが週刊誌記事の内容だった。
☆「福島原発事故で東京にも飛散 内部被曝を誘発する“謎の微小球体”」FRIDAYDIGITAL10月26日
https://friday.kodansha.co.jp/article/73988
次に、古い資料を読む。資料名は「日本の軽水炉原発での核暴走事故の危険 チェルノブイリ事故の教訓から」。反原発科学者連合1987年4月発行の資料で、9ページに週刊誌記事と同様の記述がある。「核暴走による大量のエネルギーの発生で燃料は瞬時に内部から溶融・気化し、粉々に砕け散り、引き続いて発生した水蒸気爆発、水素爆発、その後の火災、崩壊熱による加熱で、炉内に蓄積していたほとんどの核種が大量に放出された。放出された粒子は、燃料と同じ組成の放射性物質を含む直径0・1ミリメートル以上の大きな破片状のものから、単一の放射性元素からなる1ミクロン以下の球状の超微粒子まで様々な形状と放射能組成のものからなっていた」「原子炉から放出された多数の放射性物質は、ヨーロッパや日本などで続々と検出された」「ヨウ素、セシウム、テルル、プルトニウムをはじめ13種類以上の元素の放射性核種が検出された。米のラスムッセン報告は沸騰水型炉原発で起こる最大級の原発事故をBWR−1としている。その際放出されると考えられた放射性核種のほぼすべてが、実際に今回の事故で大量に放出されたのである」(本文引用)。「ホットスポット」で観察された球状の放射性物質の写真がある。直径も週刊誌記事のものと同じ。ただし、週刊誌の写真には「0・0002ミリ」となっているが、単位を一つ間違えているようだ。事故の初期には爆発が何度も発生し、その後の火災によって放射性物質は千メートルもの上空に吹き上げられた。初期の段階で放出された核種をみると、ヨウ素・セシウムが大量に検出され、テルル・ルテニウム・セリウム・ネプツニウムなどは少ないという。事故の3日目頃から数日間、炉心の温度が上昇し続けていたため、上記テルル以下の放射性物質の放出率は高くなっている。
そういえば、1F原子炉はBWRー1型で、爆発後も炉心温度は上昇し続けていなかったか。いましっかり確かめることはできないけれど、それなら、チェルノブイリと同じことが起こっていたとみて差し支えない。そしてラスムッセン報告が福島第一のBWRー1型炉の危険性を指摘していたことを思う。なるほど、そういうことであったか。冊子表題が「日本の軽水炉原発での核暴走事故の危険」であったことの重たい意味を知る。これが30年以上前の研究会パンフレットなのだと思うと、忘れっぽい自分がなんだか情けなくなる。ラスムッセンって何やら薄い記憶はあるけど、本気で考えていなかったんだなあ。
posted by ガンコジージ at 08:25| Comment(0) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月01日

鏡の盾を持って相手と向き合う

今日の我が家購読紙は、最近の低調な書きぶりと比べて様変わりの感がある。トップ記事は「河井法相も辞任」。すぐ隣に「首里城焼失」があり、12面「社説」には「首里城全焼 失った宝の大きさよ」として、とても重要なことが書かれている。「日本を形づくっている地域が決してひと色ではなく、多様で豊かな要素からできていることを、目に見える形で教えてくれる貴重な宝を失なった」(本文引用)。「川柳」欄には沖縄戦の記憶が蘇る一方で、負の遺産の象徴である辺野古新基地建設が着々と進む姿を浮き彫りにする。そして、文春砲の威力はすごかった。発売前から国会を揺るがし、新聞に広告が載ったと思ったら即、法相が辞任した。2面の「連続辞任 求心力に影」の中見出し「政権の緩み 自民からも批判」とあるように、公明を含め与党から批判が噴出している。改憲勢力が描いていたシナリオが、足元から崩れていく末期的な様相となりつつある。文春砲はいつもこんな調子で政界を揺るがすが、これはリークがないとできないことだろうな、と思う一方、4面月刊誌広告にも狙いすましたように「辞任ドミノ」の文字。「『安倍・菅』関係は末期症状 菅が素性の悪い子分をねじ込んだ挙句の『辞任ドミノ』。任命責任を問われる安倍は怒り心頭だ。だが、それでも官邸ナンバー2を制御できないほど、権力内部で安倍の存在感が薄らいでしまった。■大臣『辞任ドミノ』で見えた官邸の地割れ」「ポスト安倍の『キングメーカー』は誰か ー 官邸内の密かな冷戦」とあり、世間が狭く情報は新聞とネットからという当ブログでも同じようなことを感じていたほどだから、大手報道の内部では、もっと正確な情報があったんだろう、と推測する。4面には月刊誌広告の見出しを受けるように「菅氏、側近閣僚辞任で逆風 『ポスト安倍』争い影響も」の記事。いよいよ首相引退、院政へ進むか否かの「密かな冷戦」が始まる予感。そういえば月刊誌広告には「巻頭インタビュー」として「日本の原発はこのまま『消滅へ』ー 田中俊一(原子力規制委員会前委員長)」がある。一方で「企業研究」の「関西電力」特集では「官邸も経産省も検察も、超弩級スキャンダルの幕引きに必死だ。パンドラの箱の奥には、自民党と北朝鮮の利権構造や、広く深い原発マネー汚染が潜む。全貌が明らかとなれば、関電はとても持たない。」という奇妙かつ物騒な記事がどぎつい書き方で躍る。これに「『政権の忠犬』を検事総長に据えたい官邸『政界スキャン』」と「関電問題『お咎めなし』の幕引き役」を絡めると、ここにも大きな動きが垣間見える。いったい何があるのか!
続いて3面には「どうする緩和 分かれた判断 日米」、「英語民間試験 文科省は『防戦』」「北朝鮮が短距離弾道弾 日本海へ2発発射」。6面「東北電、原電へ600億円支援 東海第二再稼働しないと損失も」、「スペースジェット受注の4分の1 米で100機キャンセル」などが、様々な局面でこの国が危機に直面していることを明かすように並んでいる。極めつけは12面の政治マンガで、政府の面々たちがおのれの愚劣を晒す。これを鋭く批判する記事が10面「経済気象台」の「鏡の盾」というべきか。米国内の油田から2千キロのパイプラインが延び、途中の都市部は迂回する一方、先住民の聖地一帯やミズーリ川の地下を通り、埋蔵文化財の破壊や水質汚染が懸念される。先住民側は激しい抵抗を続けてきたが、「その中心地スタンディングロック・インディアン居留地の抵抗運動の象徴は鏡の盾」「居留地のデモ隊が警察と対峙する際に用いられた。そこには、鏡に映る自分の姿を見ることで、自分が何をしているのか、権力の側に我に帰って欲しいという願いが込められていた」(本文引用)。40X120センチほどの板にアルミホイールを貼っただけのものだが、その気持ちのあり様が胸を打つ。「日本の原発をこのまま消滅へ導いていくための(相手側の)現実的材料」はすでに整っている。必要なのはこちら側の立ち位置の持ち方なんだなと思う。心が拡散しないように、どうすればいいか、考えるよすがにチェルノブイリ関連の本を読み始め、国内の情報の少なさに今更ながら驚いている。
posted by ガンコジージ at 11:06| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする