2020年09月30日

世界で100万人を超えたその先にあるもの

結核より少ないじゃないか、と言うのかな。世界中の交通事故死を集計したらもっと多いぞ、とか。なにやらいろいろ集めてきて比較して、あっちの方がよほど多いぞ、なんてのもあるかもしれない。1面「コロナ 世界死者100万人 結核の年150万人に迫る」の記事に注目。2面「100万人たった9カ月『社会の変化 数年で1世紀分にも』」では、ペストから新型コロナに至る14の大量死または重大な死を概観している。ブログ主が疫病に関心を持ち始めたのは、エボラ出血熱からで、ラサ熱、エイズ、孫呉熱などについて、ぽつぽつと個人的に調べたり、ときには学習会などを開いて議論したり。その感覚を元に2面の一覧表で感じたのはSARS、MERS、エボラ出血熱で、とても人数が少ないのに、感染症に限らず全体の比較の中で自らの重要性を正当に主張している点だ。エボラは1万人超。だがSARSもMERSもわずか800人前後なのに、なんでこんなに注目されるのか。実はSARS、MERSともに、過去の流行期に世間が騒いだほどブログ主は関心を持たなかった。SARSは空港検疫などで国内侵入を防ぐことができると感じていた。厚労省の防疫体制もちゃんとしていると思っていた。まかり間違って国内へ侵入してくる可能性がないではないと思ったものの、危機感は強くなかった。エボラについては、逆にその感染力の強さゆえに感染から発症までの期間が短く、重症化しやすさが半端でないと思っていたので、世界的に拡大するのはよほどのことという気があった。だから、エボラ患者がヨーロッパで出たと報道があったとき、やばいかも、という思いが初めて生まれた。エボラの発生地では防疫関係者の命がけとも言える努力が繰り広げられており、その努力は英雄的とも感じ、感染拡大を防ぐ彼らの本気さを実感した。そして新型コロナの世界的流行に至る。
新型コロナの正式名称はSARSーCOV2でSARSの系統に属するコロナウイルス。つまり、変異種ということになる。その理解が間違っていないとしたら、感染性が強まったか、毒性が強まったか、その両方か、またはよく言われるように、人の移動が大規模になり、空港や船舶での検疫が追いつかないことによる感染拡大があったか、そのほかの理由があるか。にわか仕込みの知識では、それから先はよくわからないが、懸念はその先に集中する。変異が何回も続いた後では、発症後の症状はさまざまに変化する。さらに悪質な特性を持つに至ることもあり得る。予想もつかない変化を遂げることもあるだろう。既存のワクチンが効かなくなる可能性も高い。同じことは豚インフルにもいえる。いまは人に感染する可能性のあるウイルスが発見された段階にとどまっているが、いつなんどき豚→人→人に感染するウイルスに変異するかわからない。だから、豚を一気に殺処分する。さらに口蹄疫でも同じことが起こり得る。ウイルスは変異して生き延びる。免疫力を強めれば簡単に克服できるという楽観は通用しない。「15世紀末にコロンブスが米大陸を発見して以降は、ピサロやコルテスらが率いた欧州からの征服者たちから米大陸に天然痘などの病原体が持ち込まれ、免疫を持たない先住民の8〜9割が命を落としたとされる」(2面本文引用)とあるが、当時の南北両米大陸推計1億人の最大9割が死亡したということは、免疫力はあっても免疫を獲得するのが間に合わないうちにそれだけの死者が出てしまったということになる。それだけ伝播力が強く、致死性が高い疫病に、米大陸の先住民たちの免疫力は追いつかなかったこと。わずか800人程度の流行に神経をとがらせる。それは故なきことではない。どの時点でどのように食い止めるか。それが重要なことなのだと知る。
☆「豚インフルの新タイプ、中国で拡大 人で広がるおそれも」朝日新聞DIGITAL7月3日
https://www.asahi.com/articles/ASN7162KBN6ZULBJ013.html
☆「口蹄疫ウイルスと口蹄疫の病性について(総説)」農研機構動物衛生研究部門
http://www.naro.affrc.go.jp/laboratory/niah/fmd/explanation/018087.html
posted by ガンコジージ at 11:32| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月29日

政治の過渡期が揺れている

29面週刊誌広告に大きくなってきたスガ批判が登場。「来年の総裁選までに政局激化“菅おろし”も」として、「12・6衆院選? 注目58選挙区当落予測 スガ自民24議席減 おしまいDEATH!」細かい小見出しは割愛。「『議論堂』対談 志位和夫X田原総一朗 『政権奪取なら閣外でも構わない』(志位)『野党で一番柔軟性ある共産党』(田原)」にまず注目。かなり前、野党共闘が言われだしたころ、ネットの議論で「共産党は野党勝手連に徹する覚悟をすべきだ」なんて主張したことがある。もちろん共産党支持者から「そりゃ無理だ!」と反論されたが、今でも思う。あの当時、潔ぎよく「勝手連」をやっていたら、今の情勢は大きく違っていたかもしれない、と。「閣外でも構わない」という志位氏の発言は、「勝手連」とは違うけれど、共産党がかなり柔軟な党になってきた証のような気がする。よく調べないでいうのはなんだけど、民主党政権成立前夜、共産党が選挙の立候補者数を大幅に減らしたことがあったんじゃなかったか、と思う。勘違いでなければ、それが民主党政権誕生をしっかり後押ししてなかったか。記憶が正しければ「勝手連」の試みはずいぶん前にやっていたじゃないか、ということになるけれど、これはブログ主のただの白昼夢かもしれない。野田民主党政権がどんどんボロを出し、庶民の気持ちが民主党政権から離反していくとき、いまさら下支えしても詮無きことという局面にはあったものの、もうすこし違う対応もありえたのではないか。などと過ぎたことを思い返すことがある。野党時代の自民党で、本来の保守本流に戻る、との言説が湧き上がっていて、危ない兆しがあるなあと思ったが、まさかの気分の方が強かった。いくらなんでも先祖返りの暴挙、愚挙はできないという判断の緩みがあった。それが本気だったと気が付いたときは遅く、あれよあれよというまに7年8カ月も経ち、後戻りがすこぶる難しい時期に、いま差し掛かっている。お祝儀相場的にスガ内閣の支持率が異様に高い。報道が街頭で拾う通行人の意見表明とは別に、安倍政権が終わってよかったという潜在的な気持ちが、庶民の中にあるのではないか。そんな気がしている。
新政権の動きを見ていると、まるっきりハンコを押したような政策とも言い切れないような慎重さがみられる。週刊誌広告には「政局激化」の文言が見えるが、だから「対岸の火事」なんて見方をするより、それを越える向き合い方をして漁夫の利を占めるという方法もあるような気がする。ただのシロウトが勝手なことを言っているだけだろうか。記事の小見出し中に野党の落選候補が散見されると同時に「泉田裕彦vs.米山隆一」とか「小沢の罠」とか「河野太郎が戦いの狼煙」などとある。そして志位和夫氏の発言。何かあってほしいという願望が、ブログ主の胸中に浮かぶ。7年8カ月は長過ぎた。いま世に出たばかりの若者たちにとっては、前政権の姿しか目に入らない時期が続き、それだけが人生経験の全てと言っても過言ではないほど、しっかりと記憶に刷り込まれているに違いない。より良い時代を期待するには、ここがどん底と認識することが必要になるが、同時に、たとえ一瞬でも後継政権がよりマシである時期を用意すれば、判断材料の少ない世代は「より良く変化していく」可能性を信じてしまうだろう。どうすればその矛盾を乗り越えられるだろう。愚直に実直では対応できない年月を経て、経験を蓄積し直す努力が必要になっているのではないか。「政局激化」がある一方で、現状のスガ政権は地道さを漂わせる政策を小出しにして、世間の反応を見ている。これから本格化する(だろう)コロナの感染拡大が、それにどう影響を与えるか。7面「菅印の行方」には「地方再生 急いだ訪日客誘致」「コロナ直撃 GoToにも限界」があり、スガ的冷酷さを内に隠した地道路線が成功するかどうかはまだ未知数。第2波コロナの収束段階がそのまま第3波につながる可能性もある今、まさかの情報操作で巧妙に乗り切るか。現状のデータの推移は、どちらへ動くかまったくわからない。そしてついにコロナの死者は、世界で100万人を超え、経済の痛手も甚だしいものになり、日本では第3波の兆候が顕著に出始めている。GoToから五輪へ、思惑は進む!
posted by ガンコジージ at 11:31| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月28日

500年経てたどり着く流動と変化の時代

今日の新聞は、ブログ主的には読むところがない。したがって、書くことがない。で、ストックしておいた報道資料からめぼしいものをピックアップして書く。以下の記事には「『3つのバブル』が崩壊する瞬間が近づいている 短期のコロナバブル崩壊はきっかけに過ぎない」との表題があり、「大きく言って、バブルは『短・中・長期』の3つがある。最悪の場合、この3つのバブルが同時に崩壊するだろう。少なくとも、2つのバブルは確実に崩壊する。そして、3つ目のバブルが崩壊すれば、時代は大きく転換し、新しい社会が生まれる。コロナだけでは社会は本質的には何も変わらないが、もしすべてのバブルが崩壊するのなら、社会は『まともなもの』に戻っていく。ひとことで言えば、約500年前のような状態に戻る」(本文引用以下「」内同様)。コロナショック救済で膨らんだ短期バブルは必然的に崩壊する。09年以降11年間続いた株バブル、不動産バブルと、それを生み出した世界的国債バブル(中央銀行が作った金融緩和バブル)はコロナ発生を受けて、バブル崩壊に至るどころか新しい短期バブル(コロナバブル)によってさらに膨らんで、人類史上最大の救済策(前代未聞の金融財政出動)で資産市場は加熱、ロビンフッド現象と呼ばれる状況を出現させる。だが、コロナショックはいつか終息し、バブル崩壊を引き起こす。「コロナショックバブルは膨らみ続けることはできない。なぜなら、膨らませる手段が尽きてしまっているから」。だが「『COVID-19』が最後のウイルスであることはありえない」。次のウイルスが襲ってきたとき、すでに財政も中央銀行も限界を超えており、「金融市場のバブルは崩壊し、財政は破綻する。このどちらかは少なくとも必然であり、金融バブルと財政破綻が同時に起きる可能性が最も高い」「金融緩和、財政出動と手段を出し尽くしてしまっているから、このバブル崩壊を救うためのバブルを作る余地はまったくない」そして、「短期バブルの連続だった、中期バブルも崩壊する」「中期バブルの循環のなかで、短期バブルが繰り返されたが、それはバブル崩壊の処理を先送りするために作られたバブルであった、バブル・アフターバブルである。この中期バブルが、コロナショックバブルの後、完全に崩壊することになる。もはや新しい短期バブルが作れないからである。そして、世界は財政破綻、金融危機に見舞われるだろう」
その後、どうなるか。3つ目のバブル(長期バブル)崩壊がいよいよ浮上する。「ここで長期バブルの循環とは、経済システムの循環であり、現在の長期バブルは、1492年以降の、世界の流動化以来始まった、近代資本主義というバブルである」。ここまできてブログ主は「ついにこの世はここまできたか」という思いになる。ブログ主は「資本は永遠に増殖していき、停滞も縮小もありえない」と教わってきた。500年前にコロンブスがアメリカ大陸に到達した時から始まった近代資本主義が、あらゆるものの流動化を促進し現在に至る。この長期バブルが「ついに今回で終焉する可能性が、僅かだが、あるかもしれない。加速がこれ以上起きようがない、流動化がこれ以上起きようがないかもしれないからだ」。記事は「かもしれない」と書く。世界の動きが巨大すぎてなにが主導して動きを促進または停滞させるか、はっきりと予測できる段階にないからか。しかし過渡期が出現するのは予測できる。「第3のバブルである長期バブルが終わるかどうかは、現時点ではわからない」「しかし、その前の中期バブルが崩壊し、一定期間、激しい変化と流動化の時代から、違ったペースと様相の時代が来ることは間違いない。その”ミニ”新しい中世がどんなものになるか」。ブログ主が学んだことのひとつに、「どんなに腐っても、倒すものがいなければ壊れるはずのものも壊れない」という法則がある。文明の感覚は昔あったものへの回帰を完成型と見なさない。経験を積み重ね、新しいものに変わる。だとしたら、どこかでその考察が進んでもいい。500年を経た流動性は、希望をもたらすこともできるもののはずだ。
☆「3つのバブル」が崩壊する瞬間が近づいている 短期のコロナバブル崩壊はきっかけに過ぎない 小幡績」東洋経済9月24日
https://toyokeizai.net/articles/-/377045
posted by ガンコジージ at 12:05| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月27日

同情は無力で無罪を主張して全てを忘れる

1面「天声人語」で五輪が取り上げられている。なにがなんでも五輪をやるために、延期でかさむ費用を圧縮しなけりゃならぬ。しかし節約は数百億円。ケチったなあ。米テレビの放映権料があり、コロナの重しがあり。巨額のマネーをめぐって、有象無象が利権を守ろうと必死になっている。「絶対に五輪はやる。絶対に俺たちは儲ける」の気分だけが走る。3面の「『コロナに勝ち、五輪を』 菅首相、初の国連演説」で、首相は約11分の動画メッセージの大半をコロナ対策に割いたという。「東京五輪・パラリンピックについては、『人類が疫病に打ち勝った証し』として開催する決意を表明した」(本文引用)。たしかに、コロナを完全に制圧し、五輪を成功させ、コロナ恐慌を乗り越え、世界に冠たる大日本帝国を再建することが彼らの悲願なのだろう。しかし、コロナが封じ込められるかどうか。世界が自分たちのために動いてくれるかどうか。前首相が「アンダー・コントロール」と豪語した福島原発事故の後始末もできていないのに、いまも前のめりをやめられない。首相は昨日、福島原発事故現場を視察。汚染水処理について「できるだけ早く政府として責任もって処分方針を決めたい」「福島の復興なくして東北の復興なし。東北の復興なくして日本再生なし。私の内閣の基本方針だ」(本文引用)と述べたという。その福島原発事故の記憶は、日々の報道からも遠くなり、庶民は忘れ去ったかのようだ。
3面「日曜に想う」の「抗議のマスクと一編の詩」には「あなたの身に起こっていないからといって、それが起きていないということにはなりません」(本文引用)という大坂なおみ氏の言葉がある。記事の執筆者はそれにスーザン・ソンタグの言葉をつなげる。「『彼らの苦しみが存在するその同じ地図の上に我々の特権が存在し、在る人々の富が他の人々の貧困を意味しているように、われわれの特権が彼らの苦しみに連関しているのかもしれない』」「『特権』とは富豪とか高貴とかいう意味ではない(略)日本のようにまずは穏やかに統治された国に居住し、抑圧されたり、戦火におびえたりせず、遠くの人々の苦痛をニュース映像などで視聴できる立場にいることをさす。つまり私たちのことである。同情は無責任だとソンタグ」「善意であっても同情は『われわれの無力と同時に、われわれの無罪を主張する』からだ。理不尽は私のせいではないーそうした意識のことだろう。言われてみれば同情にはどこか甘美な諦念が含まれている」(そして執筆者の言葉はしだいに読者の心の奥へ分け入っていく)「思い浮かべるもう一編の詩がある。石川逸子さんの『風』という作品だ。次のような一節がある。  遠くのできごとに/人はうつくしく怒る  自分から遠い理不尽に対して人は美しい正義感を抱く。だがそうしたときの怒りや、他者の痛みへの共感は、感傷や情緒のレベルに終わりやすい」(本文引用)
「同情は無責任だ」「善意であっても同情は『われわれの無力と同時に、われわれの無罪を主張する』からだ」との指摘は、ブログ主の心に強く響く。「遠くのできごと」に「うつくしい正義感」で「うつくしく怒る」ことはできるが、「そうしたときの怒りや、他者の痛みへの共感は、感傷や情緒のレベル」に終わる。かつて福島へ放射線測定に通っていたとき、このあたりでは名の知れた活動家で通っている女性に問われた。「福島へ行くの怖くないですか」と。ブログ主は意味がわからず、少し考えて、「怖くないです」と答えた。なぜそんな質問を、という疑問はずっと残り続け、やっと思い当たったのは数年後。「あの人自身の気分として放射能が怖いってことか」と気づいて、さらに不思議な気がした。いまそこに人が住んでいるひとたちはなぜ避難しないのか。避難先から戻る人がいるのはなぜか。避難先で心の不自由さを抱え込む人がいるのはなぜか。安んじて生きられる場所をなくした人たちがいるのはなぜか。彼らはなぜ孤独なのか。ブログ主は阪神大震災のとき被災地のはずれにいた。周囲にも被災者がいたが、我が家はほぼ無事だった。事情によって1年後に引越ししたとき、引き裂かれるような心の痛みを感じた。あの痛みは何だったか。自問は続き、そして福島の痛みを共有することの難しさを知る。何かが失われていること。その“何かの重たさに打ちひしがれながらそこにある孤独”の意味を思う。
posted by ガンコジージ at 11:32| Comment(0) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月26日

どさくさ紛れみたいな状況か?

1面「天声人語」は昨日の当ブログで書いた件について、短いけれど鋭い一撃を加えている。「『一斉休業が望ましいという専門家会議の見解を踏まえ』という文言を方針案に加えたい。そう提案したのは政府側だ。しかし一斉休校について専門家会議で意見をまとめたことはない」「森友・加計の例を挙げるまでもなく、このごろの政府は会議も文書も中身を伏せたがる。だがこうやって討議の内容が明らかになれば、私たちはその経過を吟味でき、是非の判断もできる。結論だけ示されて、さあ従えと命じられるのとは随分違う」(本文引用以下「」内同様)。専門家がお墨付きを与えてくれたので実行するんだよ、というニュアンスなり「断言」なりを根拠に、失敗したときの安全パイをきっちりと確保する。責任回避のもっとも初歩的な手法だ。「あいつが言っていたから、やったんだ。ぼくちゃんには責任ありません」と言われて唖然とした経験は誰にもあるはず。「おれ、そんなことを言ったっけ?」などと考えている間に、事態はどんどん責任の所在を一点に集中させていく。1面トップの「GoTo 来月拡大 イベント・商店街・イート開始 トラベル東京追加 全世界からの入国も緩和」にも経済再生相の同種発言が見える。「分科会の提言を踏まえて感染防止を徹底し、キャンペーンは進めていく」の後に分科会の提言が要約されており、これがなければ従来通り分科会が責任を被ることになっただろうが、今回はそうはいかなくなった。分科会の指摘は 1)感染が拡大している都道府県は対象から除外することをためらうべからず 2)年末年始の密を避け、少人数やオフシーズンの旅を選ぶよう「強力なインセンティブを伴う施策」を打ち出せ。これを受け、菅内閣最初の対策本部で首相は「経済再生のためには国際的な人の往来の再開が不可欠」と強調。国家安全保障会議の緊急事態大臣会合で入国緩和を決めた。159カ国・地域の入国拒否措置は維持し、例外を拡大。観光客は認めず、入国枠は1日千人とするなど細かな制限は維持しつつ、すでに交渉中の16カ国・地域は別枠で1日1600人程度の入国枠を特設。これら枠内で留学生の入国は全面解禁するという。まさかと思うが、分科会がしっかり釘を刺しているのを尻目に、どんどんコトを進めて、国民が細かいコトを忘れた頃に、「やっぱり分科会が悪い」なんて見方をしだすのではないか。または、イケイケドンドンに変身するのではないか。心配だねえ。
ジョンズ・ホプキンス大学のサイトでJapanを見ると、感染者数が微妙に下げ止まり傾向に移行中の気がする。死者数も減少傾向にあるものの、まだ大きな動きになっておらず、もしや秋冬の流行期へずるずるとのめり込んでいくのではないか。世界で注目を浴び続けているSwedenでは、感染者数が早くも上昇し始めており、死者数が土日ゼロという不思議な現象を継続しつつ、やがてやってくる増加の可能性を考えたくなる状況。一昨日の11面「感染爆発の欧州 制限再び 対象地区の出入り禁止◼︎パブの営業午後10時まで」では西、英、仏、米を例に、次の感染爆発を示唆している。「新型コロナウイルスの感染爆発が再度起きているフランスや英国、スペインで、行動や営業の制限を再び導入している。不十分な検査体制などに市民の不満も高まっており、『第2波』の封じ込めができていないとして、『2度目の失敗だ』と政府が批判を浴びている」(本文引用)。米の死者は20万人超。季節性インフルの比ではなくなって世界最多。現在も1日1千人近く死者が出ている。GoToもさりながらこんなのでオリンピックは大丈夫か、と心配になるが、本日3面「五輪簡素化 IOC委員の厚遇見直し 聖火リレー短縮見送り『限界あった』との声も 開催へIOCは意欲」の記事では、ツール・ド・フランスが20日に全日程を無事に終え、五輪開催に追い風との見方が強まっているとある。バッハ会長はワクチンがなくてもできる、とやる気十分。日本の「五輪命」派と共同歩調をとる。まさかの一億総特攻ならぬ人類総特攻? でも、世界史に「東京ウイルス」の悪名が残るくらいにはなるかも。ところで4面に「中曽根氏の葬儀 政府9600万円支出」とあり、どういうことじゃそりゃあ、と目を剥いているところ。例の予備費から支出するんだと!
posted by ガンコジージ at 11:33| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月25日

コロナ初動の混乱が垣間見えてくる

3面に「一斉休校 政府に『お墨付き』与えず コロナ諮問委 政府側が『専門家会議の見解』異議続出」がある。「4月16日に開かれた新型コロナウイルス感染症に関する政府の基本的対処等諮問委員会で、学校の全国一斉休校について専門家の『お墨付き』を得ようとした政府提案が委員の反対を受けて撤回されていた。内閣官房が公開した議事録で明らかになった」(本文引用、「」内以下同様)。緊急事態宣言の全国拡大が主要議事となり、文科省の提案を諮問委事務局が「『5月6日までの間、学校を一斉休業することが望ましいという専門家会議の見解を踏まえ』という文言を対処方針に加え、今後取り組む考えを示した」。つまり、会議に諮る前に専門家会議の判断だよと押し付けてきたということで、専門家から抗議が続出した。「判断するのは政府であるはず」「不公平が生じるから一斉休業をするというのは、流行のコントロールという目的と異なる」「感染拡大している状況であっても子どもが教育を受ける権利をしっかり保障すべき」(尾身会長は)「重点的な取り組みが必要な『特定警戒』の13都道府県を除く34県について『諮問委員会として、一斉に(休校を)やるのは無理がある』と指摘。『専門家がここを認めたとなると、あなたたちは何をやっているのかということになる』などと述べ、最終的に政府側の提案を退けた」という。
4月から7月にかけて、政府の新型コロナ対策は激しく錯綜しており、7月8日の当ブログ「軽微と錯覚させ情報隠して五輪開幕へ導くか」では、“コロナ対策専門家会議の記者会見が開かれたのは24日。翌日当ブログ「近頃体調悪く睡眠不足の折ですが・・・」で新聞を引用。「専門家会議メンバーの記者会見とほぼ前後して、政府による『新会議「政府発表前倒し」が行われたとあり、「25日に発表する予定だったが、急きょ24日夕に」と報じる。専門家会議の記者会見に先立ち水面下の意見調整を試みたが果たせなかったようだ。(尾身氏は)「『ここだけはという大事な部分は譲らない。客観性や中立性を我々は守ってきた。新しい会議メンバーにもそうしてほしい』こう語った直後、政府が新たな会議体を立ち上げることが伝わり、質問が出ると(略)『私はそれは知りません』と答えたとあって(略)専門家会議との会合のあとで記者会見したとき、首相の言動には『慎重に』責任回避する意図がうかがわれ、尾身氏などがたまりかねて、割って入る場面もあったような気がする。専門家会議メンバーの記者会見は、政府批判を込めた実質的な辞任ということができそう”と書いた。
以下の6月6日の記事ではその辺りのことが「議事録」を中心に語られており、コロナ関連の会議一覧によると、政府の新型コロナ会議は対策本部・連絡会議・専門家会議・基本的対処法浸透諮問委員会の4つがあり、各々の会合で議事録有り、条件付きで有り、全くないものの3種類に分けられていたのがわかる。6月24日の専門家会議の記者会見と政府による新会議「政府発表前倒し」騒動をみると、コロコロコロナと方向が変わり、議事録保存がいっそう曖昧になっていった可能性が高い。経過はすこぶるややこしい。本日朝刊のコロナ諮問委は議事録があったから、白熱の議論が垣間見えた。これは詳しく調べなけりゃならないと思いつつ、熱暑の夏の後遺症で頭がふにゃふにゃになっているわが身ゆえ、いまはネグレクト。どうせ責任を回避するためのくだらない工作がやられているんだろう。そこで考える。前首相が6月中頃から急に表舞台から逃げ、野党の臨時国会開催要求にも応じず自宅引きこもり。料亭や高級レストランなどで食べ歩きざんまい。挙げ句の果てに持病が悪化したと辞任してしまったオソマツ。危機に弱い迷宰相の面目躍如で逃げたのは、ひとえにコロナ対応のスッタモンダによるものだったというわけか。思い出すアベノマスク。そして新政権はいまも、コロナは「軽い」と勘違い路線を走っている。
☆「新型コロナ議事録、何が問題? 複数会議で発言者示さず―ニュースQ&A」JIJI.COM:6月6日
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020060600160&g=pol
posted by ガンコジージ at 11:20| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月24日

重要記事満載でも惑わされないように

今日の朝刊は重要記事が満載。菅氏の新首相就任が9月16日。その後のおよそ1週間はコロナをはじめとして重要と思われる報道が激減していると感じていたので、これは溜まりに溜まった情報が怒涛になったか、と勝手な推測をたくましくしている。まず1面トップ「東電再稼働の『適格性』認定 柏崎刈羽原発 規制委、審査終結へ」「『社長に安全責任』保安規定」「重い問い丸投げの政府」の記事。これは2面「時時刻刻」の「東電を監視 規制委に重責」「安全姿勢困難なルール化」「地元同意見通し立たず 新潟知事『三つの検証』結果待ち」「再稼働 5原発9基 相次ぐ運転停止」と14面「社説」の「東電と原発 運転を認めていいのか」につながる。1面からまとめると、柏崎刈羽原発6、7号機の再稼働審査で、原発に対する社長の安全責任や経済を優先させないとするなど7項目を、規制委が法的拘束力のある保安規定に盛り込ませ、東電はこれを規定に明記することを表明。守らなかったら違反と認定できる形式が整ったとみて、規制委は設備の詳しい設計と保安規定を認可することに決定。新潟県は花角知事が検証委の作業が終わるまで再稼働を判断しないとしているが、政府はどうかというと、再稼働は絶対必要というものの、規制委が安全性を確認した原発は再稼働との立場をとり、最終判断は規制委と新潟県に丸投げ。
一方、2面記事は「あれだけの大事故を起こした事業者に再び原発を動かす資格があるのか」(本文引用)と書く。規制委は「東電の安全に対する姿勢などを見ていくことは、規制委として責任を負う」(本文引用)として責任を取るつもりらしい。その腹づもりが政府を甘えさせるというべきか。東電も政府の尻馬に乗る。規制委にいくらかでも投げ返す根性があったらいいのに、と思う。14面「社説」では規制委の歯痒さに新聞がゆるゆると批判の声をあげる。「7項目にはあいまいな部分もある。規制委が厳しくチェックできるか、不安が残るといわざるをえない」(本文引用)として、東電の福島事故賠償への対応に言及する。損害賠償の和解案を拒否している姿勢。処理済みの汚染水を国任せで乗り切る姿勢。データの公表に消極的な姿勢。大半は東電への苦言で、「政府は東電の事実上の大株主として、事業計画の見直しを東電に促すのが筋である」(本文引用)だけが政府への注文になっている。責任の中心がない、まさに日本的強権支配のだらしない構造。それの容認がまかり通るこの国。
その政府はといえば、3面「電通設立の法人に委託 経産省補助金事業 1者応募9割4013億円 15年度以降」では、電通が設立した「環境共創イニシアチブ」に経産省が委託した事業で、9割(54件)で1者しか事業者が参加せず無競争だったことが判明。しかも、事業は全て電通に再委託されていたという。新コロでも電通だったことを思い出す。いや他にも山ほどあるんじゃないか、と邪推されても仕方ない状況。そういえば東京五輪はどうだっけ。11面には「福島原発処理水 日本が反論 IAEA総会 韓国の懸念に対し」がある。韓国の懸念に日本は、「国際法に従い、関連情報を適切な方法で国際社会と共有している」(福島の廃炉作業は)「IAEAにも評価されており、今後もIAEAに完全に協力していく」(本文引用)と胸を張る。日本はIAEAにゲタを預ける算段。国内では東電がデータ公表に消極的で、海洋放出に地元が同意しなければならないようじわじわ締め付け、「最後の判断は地元が決めた」と言いつくろう腹づもり。責任回避の日本的ファシズム本領発揮。29面週刊誌広告には「大反響第2弾『日本の新型コロナは11月に消滅する』第3波はもう来ない」なんて見出しが踊る。そして4面「臨時国会来月23日か26日 政府・与党調整 早期解散に慎重論も」がある。いま新政権は支持率が異様に高い。庶民はアベ政権が終わってホッとしているが、それを利用し解散総選挙へ持ち込む算段が見え隠れする。10月末に臨時国会を開催し、ワクチンによる健康被害の賠償責任を製薬会社に負わせない法案を審議し、11月までにコロナ報道を封じ込め、総選挙に打って出て大勝さらに五輪強行。そんな彼らの目算が浮かび上がったものの、重要記事が多すぎて目が回った今朝!
posted by ガンコジージ at 12:03| Comment(0) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月23日

大本営は五輪を決してやめられないか?

1面トップに「全世界から入国来月再開 観光客除き1日1000人程度 政府検討」「留学生は全面解禁」「感染収束見通せず」がある。全世界からの新規入国受け入れを来月から一部再開する検討に入ったとか。3ヶ月以上の中長期滞在者を主な対象とし、ビジネス関係者を含むが、観光客は除外。2週間待機などの条件があり、1日最大1千人程度。あわせて外国人留学生の入国を全面解禁するという。いま日本が行き来を中止・禁止している国は159カ国・地域で、例外はアジアなどの16カ国・地域で、ビジネス関係者の往来再開を交渉してきており、7月末以降、タイやベトナムなど7カ国が往来再開。感染拡大が見られなかったことから、同じ条件で全世界の入国を緩和することになったという。経済の回復を目指すという前提があるのは感じられるが、それよりなにより五輪開催に向けて安全が高まっていることをアピールしたい心根が透けて見える。そんな思いになるのには、小見出し「感染収束見通せず」の記事があるからで、新規感染者が1日あたり2ケタにとどまっているのは大きなところで中国くらい。米、印、英、仏、西など8〜9月にかけて感染者増が目立ってきているのがどうしても見逃せない。日本自体が100カ国・地域以上から何らかの入国制限をかけられている状況なのだ。日本では感染者数や死者数が減少途中で横ばい傾向になりつつあり、秋冬の感染拡大期に向けて微妙な動きになっている。5輪を開催するかどうかの最終判断はじりじりと先延ばしの状況。いまはワクチン頼みで来年1月あたりが最終リミットという。世界の製薬会社がワクチンがそんなに簡単にできないと連名で声明しており、巷の観測では、たとえまかり間違ってワクチンが実用化されたとしても世界中に行き渡るのは来年いっぱいかかる可能性が高くとても間に合わないだろう、と言われている。
そんな拙速でうまくいくとはとても考えにくく、かえって副作用の危険を招くのは必定。シロウト目に見て、どう考えても五輪はほぼ100%ムリ、というのが正解じゃないか。開催のために費やした費用が、すでに五輪史上最大といわれる規模になっており、開催決定を引き延ばすほどに費用がかさんでいく現状、ようやく開催できたとて、当初目論んだ収益には届くわけもないとなったら、何の意味があって強引に開催せにゃならないのか。こうなると、無謬性の神話に囚われて死臭ふんぷんたる荒野を突き進む大日本帝国の亡霊の愚行。本音は「もうだめだ!」と知っていて突き進むのだとしたら、そのツケを払うのは自分たちではなく国民だ、としっかり思い定めているからに違いない。「おい、大丈夫か、国民よ。心細くなってくるなあ!」とそんな心配をよそに、1面掲載の写真は「上高地 賑わい戻った 各地の観光地でも」と、浮かれ気分満載。昨年9月と比べて客が増えている観光地もあるという。新聞論調が終息の雰囲気作りに奔走しているように見える。新聞はこんな流れにあえて棹差す気概のある言葉を発して欲しいものだと思う。
連休明け株価はマイナスで始まっている。なぜかとみれば、4面の「NY株3週間で2000ドル下落 米経済不安定要素が山積」には、「米ニューヨーク株式市場で、今月初めまで過去最高値圏で動いていた株価が一転、下落傾向にある」「経済の先行きをめぐり不安要素が積み重なって」「『恐怖指数』とも呼ばれる米国株の変動率指数(VIX)は先行き不安が高い状態とされる『20』を超えて動いており、当面は不安定な相場展開が続きそうだ」(本文引用)とある。なるほど、コロナが再び欧米で勢いづくなかで、さらにそれを追い討ちをかけるように、政治の思惑が入り乱れて相場を押し下げている。9月2日に半年ぶりに2万9千ドル台に乗せたのがピークで、以後じりじり下げてきたという。日本の相場がそれほど大きく下げないのは、日銀やGPIFがけんめいに介入し調節しているからなんだと理解する。当面の目標は2万4千円台回復だろうが、それがいつ成功するか、官製相場はいつまで続くか、わかるものはいない。人間の思惑など斟酌しないコロナに立ち向かって勝てるか。またはどう勝つつもりか。適切な戦略がなければ、ツケは庶民が背負うことになっている。
posted by ガンコジージ at 11:38| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月22日

知恵の試みが育たないこの国

1面の「折々のことば」は「これほど知識が溢れているのに、それが知恵に結びつかない時代は、実際これまでの歴史にはなかった ティム・インゴルド 知識は世界をある程度予測可能なものとすることで人々の不安を振り払ってくれる。が、いちど知識による武装を得たら、人はそれ以上世界に注意を払わなくなる。知恵とは、逆に世界に飛び込み、それと語らう中で『道』を探すこと。今はこのバランスが崩れていると人類学者は憂う。『人類学とは何か』(奥野克己・宮崎幸子訳)から」(本文引用)。知識にしがみつく。知識を自分にまといつかせ、武装する。知識が知恵となるには様々な紆余曲折があって、自分がこれまでに積み上げてきたものを総動員し、自分の内部にぴったりはまるように再構築するとともに環境を満たし調和し、自分のありようを確保する。そこに知恵が育つ。ただひたすら自分が見つけた知識が誘導する救いにしがみつき、それに溺れていくだけでは得られない。自分のありようが、世のありようと結びついて、視界が広がる。文章を読んで再構成する作業に集中していると、なんとなく「あ、そういうことか」などと気がつく。さらり通読するだけではわからなかったことが、自分の言葉にまとめることでじわっと見えだす。そして貴重な何かが記憶に残っていく。知識は忘れるもの。記憶に残された貴重なものも再現するのは困難。しかしエキスは残る。いつか世界に飛び込み、それと語らう中で「道」を探そうとするとき、残されたエキスは「道」をたどるための手がかりを、自分の内部から紡ぎ出す。多分そんな感じ。知識は知恵に結びつかないと、表現力につながらない。表現力は「道」へたどり着く内発的な導きの糸。だから何歳になっても伸び続ける。若い頃からの積み重ねが、老いてもなお「表現力」を磨かせる。と、書いているうちに、だんだん何かがまとまっていく。すぐ忘れるだろうけれど、これを書いたときの気持ちのなにがしかは、心のどこかに必ず刻印されていくものと信じる。
6面「社説」の「戦争の伝え方 『炎上』の教訓踏まえて」の冒頭に「若者たちに歴史を伝えることの意義と難しさ。その双方を改めて噛み締めながら、明日につながる教訓を引き出したい」(本文引用)とあり、何のことかと思いつつ読む。NHK広島放送局の企画「1945ひろしまタイムライン」という番組が批判を浴びた。この企画と連動する番組も放送され、「当時13歳だった男性の日記どおり、20キロの米をかついで同じ道を歩き、あるいは防空壕を掘ってみて、当人の気持ちを想像して投稿文を作る。男性が違和感を持てば、それが何に由来するものかをその頃の社会状況を踏まえて説明し、両者の間の溝を埋めてゆく。そんな様子を取材した好番組だった」(本文引用)。とても好感が持てる番組だったらしい。しかし「注釈のないまま『朝鮮人の奴ら』といった言葉がツイートされ、差別を助長するとの指摘が多数寄せられた」(本文引用)。当時13歳だった男性の日記に基づいた連動番組での言葉。日記にはない言葉だったこともあり、批判が広がった。そこですぐに思い出すのは、アメリカ映画における「差別」の描き方だ。名作「風と共に去りぬ」は黒人差別を色濃く残し、近年それが問題になっている。初めて真正面から黒人差別を描いたのは(個人的記憶では)「アラバマ物語」だったと思う。その後、ネイティブアメリカンの悲劇を描いた西部劇「ソルジャーブルー」などもあり、ハリウッドは大きく変容していく。
「差別」を語るとき、米映画にはかなりしっかりした下地ができている。日本ではどうだろう。最初に思い出すのは井上光晴著「地の群れ」と熊井啓監督の同名映画だ。原爆差別と被差別部落と在日朝鮮人の差別と分断を、社会構造全体を示しながら読むもの観るものに突きつけてくる。これは衝撃作品だった。それほど優れた作品があるのに、「折々の」に戻ると、なぜ日本では、いまになっても知識と知恵の断絶が続くのか、と改めて思う。1957年に映画「村八分」というのがあったのをついさっき知った。知恵の広がりに竿を指す分断の試みが延々と続いているのを感じる。知恵の試みが育たないこの国。
posted by ガンコジージ at 11:35| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月21日

9年前にあった報道沈静化と現在の状況

新政権になってから途端にコロナ関連の記事が激減した。本日2面に「コロナ感染者データ 国・自治体で共有 HER−SYS道半ば」があり、中見出しは「医療機関入力進まず 保健所に負担」「使いづらさへの不満対応中」「データ精度 確保課題」。なんだか現状のデータが信用できないという書き方になっている。まず言えるのは、第1波の情報共有システムの古臭さが招いた混乱を、いまごろになってやっと検証するなんぞ、「なにやってるの?」。次にデータがどうのと言ったって、中央へ吸い上げるシステムが電話や手書きファクスからオンライン入力に変わっただけで、感染者の経過など入力項目が最大120〜130項目にものぼって保健所の業務量はかえって増えた? 保健所職員にしたら業務内容によってはファクスやメールでの連絡の方が楽じゃないの? 厚労省は項目に優先順位をつけて最優先に入力する項目を40程度に絞るというが、新しいシステムを使いこなすようになるのも、導入してすぐは無理でしょ? 2009年の新型インフルSARS騒動のとき、ほんとうなら改善をしておくべきだったのではないの? 世界的感染拡大のど真ん中で新方式に転換するなんて、やるべきことかなあ? と言いつつ、すでに現実なんだから、せめて保健所や医療機関の体制を拡充する施策も講じておくべきだったんじゃないか? いや、それもすでに2019年麻生政権以前からの悪習が山積みされ改善する意思もなく政権崩壊し、その後を受けた民主党政権は東日本大震災と原発事故によってそんなきめ細かな政策は行えなくなっていて、悪習の全てがアベ政権に積極的に引き継がれてしまった経緯がある。アベ政権の頭の中には2009年の記憶と「新型コロナはインフル性肺炎」の先入観があり、厚労省もアベシの脳中にも「軽い軽い」という気分しかなかった。HER−SYS(ハーシス)にはいまのところ「感染者の情報の入力漏れや間違いが一定程度確認され」「厚労省が日々公表する感染者数は都道府県の発表を集計したものでハーシスは使っていない」(本文引用)と、これがおおまかな記事の内容になるが、さて、これで何を言いたかったのやら。23面「新型コロナウイルス感染者」の表は信用できるのか否かさえあやしくなってくる。また、「新政権になってから途端にコロナ関連の記事が激減した」のとあわせて、不安感からくる不信が深まるように、データが政治的な動きをしている可能性を感じる次第。
情報操作と言うべきか。「そんなに心配することはない」「ただのウイルス性肺炎」「これまで騒ぎすぎ」などの言説が巷に広がっていくことを願う政治の動きが、いよいよ加速する。このごろ気になることがひとつある。スウェーデンでは、7月2日に首相が死者が多すぎるのを心配し、コロナ対策検証委を立ち上げ11月に結論を出すと発表した。その日から急に死者数が減り始め、感染者数も激減していく。さらに不思議なのは土日の死者がゼロになっていくき、月曜に土日分が反映されるかと思えばそれもない。たしかに海外では「とてもただの風邪とは思えない」ような感染状況が広がっており、秋冬の感染拡大期が始まっている気配が濃厚。外国のことを気にしている場合じゃないかもしれないが気になって仕方ない。そこをあえて翻って日本の場合、感染者数がやや横ばいに変化し始めたことと、新政権になってから死者数が減りだしたようで、昨日などは激減の4人になったのが気になる。最初に触れたHER−SYS(ハーシス)の話に戻ると、こういうデータのあしらい方は、これまでにもよくあったではないかと気づく。「かつて鳥インフルエンザの国内拡散の危機を連日報じていたTVが、たしか橋下府知事の『不安を煽るだけだからもう報道するな』といったような一言(記憶だから不正確)でパッタリ報道を途絶えさせてしまったことがあった」「まるで鳥インフルエンザの流行が治まってしまったような不思議な感覚にとらわれたものだったが、『そんなことはあるまい?』と思い、国の関係機関のHPを参照して大流行があったと知り、唖然とした」と書いたのは9年前の7月26日「報道の情報操作が定着してきていないか」。今、同じことが始まろうとしているのを感じるのは、ブログ主だけか?
posted by ガンコジージ at 11:23| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月20日

コロナ報道が激減しつつあるのはナゼ?

新型コロナについて9月13日時点でわかっている情報が、以下に紹介されている。感染者数や死者数の日々に変化する現状を書いておくと、全世界の感染者は3066万人を超え、死者は954000人を超える勢い。アメリカ、インド、ブラジルが3強で、感染者数の3分の1強を占め、死者は42万人と半分に迫る。アメリカは財力に任せて強引にねじ伏せることも可能だろうが、インドとブラジルは、いまもって深刻な状況下にある。新型コロナは新型インフル(SARS-CoV)の変異したものらしく、SARS-CoV-2と呼ばれている。日本では今年1月15日に最初の症例が報告。9月19日現在、感染者78662人、死者1504人と報告されている。感染者数の日推移は、現在第2波の状況下にあることを示しているが、終息への進み具合に、9月初旬以降すこし異変が感じられる。棒グラフが順調に下がっていかず、やや停滞の傾向を示す。夏季流行の終わりが、秋冬の流行の始まりと重なりつつあるかも知れない。死者数は9月19日に至って第2波の終息を示している可能性があるが、GoToの影響が出てくるかもしれず、東京と大阪では感染拡大の様相を示しつつある。
新型コロナの潜伏期間は1〜14日と幅があるが、多くの人がおよそ4〜5日で発症。初期症状は風邪やインフルエンザと似ている。風邪は、微熱を含む発熱、鼻水、鼻詰まり、ノドの痛み、咳などの症状がみられることが多く、またインフルエンザも風邪と似ているが、風邪に比べると高熱が出ることが多く、頭痛や全身の関節痛・筋肉痛を伴うことがある。風邪はインフルに比べるとゆっくりと発症し、微熱、鼻水、ノドの痛み、咳などが数日続く。インフルは比較的急に発症し、高熱と咳、ノドの痛み、鼻水、頭痛、関節痛などが3〜5日続くが、風邪やインフルが新型コロナのように1週間以上続くことは比較的稀(ただし咳や痰の症状だけが2週間程度残ることはよくある)。この記述のあと、新型コロナの症状の解説が続く。ここは重要なのでヘタな要約はしないでおく。
「日本国内の新型コロナ入院患者のレジストリ COVIREGI-JPの中間報告によると●入院までに7日かかる(中央値)●入院期間は15日間(中央値)●7.5%が死亡」(以下、「」内は本文引用)。入院患者の「7.5%が死亡」とはキツイ。無症状感染者の比率はどのくらいかまだつかめておらず、およそ3〜4割くらいと推定されている現状。この領域が曖昧なので、世間では過剰に診断しているという批判があるが、ブログ主的には過渡的に必要な用心と言えるのではないか。「新型コロナウイルス感染症のその他の症状」には多くの症例が並んでいる。まだ明確な関連がわかっていないものもあるようだ。次の致死率の折れ線グラフの分母はなんだろう。入院患者数とすると、つじつまが合うような気がする。世界的に致死率は低下傾向にあるという。「この原因として検査体制が充実しこれまで診断されていなかった軽症例まで診断されるようになってきたこと、治療体制が確立しつつあり効果が出てきていること、など」が挙げられていて、それは喜ばしいが、次の「重症化しやすい人」の項で、60歳以上の致死率が急上昇するのはツライ。「新型コロナの後遺症にはどんな症状がある?」は、細かく気にすると意識過剰に陥りそうになるが、適当に距離を置いて忘れずにいるのが肝心。
「PCR検査・抗原検査・抗体検査」には、いつものとおり、素人には紛らわしい記述があって、とまどう。専門家は、自分がわかっている常識的部分を省いて語ってしまう悪癖がある。発症者を感染者とするべきとの意見もあるが、それはまだ印象判断としか言いようがない。医療の進歩で潜伏期の感染性ピークが有症状期に重なるようになるまでは潜伏期も感染期に含めざるを得ないと思う。以上、現状わかったことの解説を読んだ感想!
☆「症状、予防、経過と治療… 新型コロナウイルス感染症とは? 現時点で分かっていること(9月13日時点)」忽那賢志:YAHOOJAPAN!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20200913-00197970/?fbclid=IwAR3Vf5MuCcYYSBIbTPYFS5oEdVZ0vrJpq8D2HIsoFzjkCCyihGqEJp0Vvqo
posted by ガンコジージ at 11:02| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月19日

コロナが左右する新政権の命運

4面「菅内閣 船出は高支持率 支持65% 与党に解散待望論 野党警戒感」の記事。すでに与党内に解散待望論が出てきているそうで、身びいきの発言は横に置いて、過去には急落する事例も多くあり、「これだけ期待値が高いと、何か失敗した時の転落も早いと思う。新型コロナの収束や、ワクチンの治験で失敗すれば、大バッシングがくると懸念」「これだけの高支持率に対し、与野党内からは、菅首相が早期の解散・総選挙に打って出るのではないかとの観測が強まって」「自民党幹部は『支持率に便乗して早く解散した方がいい。11月以降だと新型コロナがどうなるかわからない』と指摘。ある閣僚経験者も『自分が首相だったら解散だ。政治家なら、この数字の誘惑には勝てない』」(本文引用)と話したという。臨時国会は10月開催の可能性が高い。モリカケサクラ案件を追及されて、スガシの本音が炸裂してしまったら、せっかくの支持率が急落するかもしれない。公明党からは、「首相答弁でボロが出る可能性がある。首相の所信表明演説と代表質問が終わったら解散するのではないか」(本文引用)などの観測もでている。コロナとの競争になるんだろう。とりあえず情報操作してコロナから国民の関心を反らし、少々のことでは感染爆発がわからないところまで「終わった感」を醸成できたら、感染者や死者が増えていく状況下でも選挙・投票をそそくさと済ませてしまうなんて離れ業もありうる。臨時国会は10月中。すぐ解散で投票日は10月末か11月はじめ。街頭演説や宣伝カーや党首討論会は「コイケ都知事の前例を真似しよう」などとタカをくくっていける。なにより2009年夏の新型インフルの苦い記憶を持つアソウ副総理が、ズルズル引き伸ばせば自らの短命政権時代と同じ致命的敗北を喫し、まかり間違えば政権交代まで行ってしまうかもしれない、と本気で焦っているはず。アベシがズルズルと政権にしがみついていたとき、業を煮やして引導を渡したのも、もしかしたらアソウシかもしれない。
秋から冬にかけてインフル・コロナがダブル流行期に入る可能性が高い。対応に失敗すれば、7〜9月期のGDP年率換算大幅マイナスをかろうじて粉飾した、自賛「GoTo景気回復」が、すべてパアになるかもしれない。09年のとき、前年から始まっていたリーマン・ショックがさらに拍車をかけて、アソウ政権は不名誉な短命に終わった。「えーい、くやしい」と歯噛みして10年。金持ちのおぼっちゃまは敗北感にはめっぽう弱い。ナチスに学んで起死回生を図る、いまそんな気分でいるのかな。新型インフルはタイミングよく下火を装ってくれた。そもそも新型コロナみたいにアクマチックに流行しなかった。今度はどうだ。第1波と比べて第2波の感染者数は多いが、死者数はそれほどではない。夏の流行は治まりつつある。下火と確認できるまであと3週間は必要か。総選挙と重なって第3波流行期になったらどうする。綱渡りだなあ。ヘタをすると10〜12月GDP速報値はもっと落ち込むだろうか。そうたびたび数字のごまかしはできないかもなあ。などなど、アソウシは古ぼけた頭を巡らして、いっしょうけんめい知恵を働かしているのかな。
ところで投げ出した人はいま、どうしているんだろう。以下の記事は病気説を前提にしているが、記事中に登場する人物たちの言動はけっこう厳しい。「『1強政権』のあっけない幕引き。自民党は各派閥が幹部会合を開くなど、早くも『次』を見据えた動きが始まった。官邸関係者は非情に語った。『2度も突然辞任する事態。今後、政界に影響力は働かせられないだろう』」(本文引用)。
☆「『投げ出し批判、死んだ方がまし』安倍首相、麻生氏の説得応じず」西日本新聞9月14日
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/639810/?fbclid=IwAR33Z7ffFFD0vQiu1HoS63GurF5_lBT1l7kxwmF3i_p-Khj0FzDE8wWxDSc
そして取り残された人々は孤軍奮闘中!
☆「河井前法相が公判後に弁護団を突然解任 衆院解散に備え、出馬準備訴えてキレる」AERAdot.9月15日
https://dot.asahi.com/wa/2020091500070.html
posted by ガンコジージ at 10:42| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月18日

イベルメクチンとワクチンとGoToと

33面「新型コロナ 抗寄生虫薬が効く?」に注目。抗寄生虫薬のイベルメクチンの効果と安全性について、製薬会社ではなく医師主導による治験が始まるという。北里大病院を中心にして、国内の複数の病院が参加すると書かれている。すでにコロナの増殖を妨げる効果が細胞レベルで確認されており、ほんとならかなり有望じゃないか。イベルメクチンは貧しい国の劣悪な環境下で頻発する寄生虫による病気を治療するためにつくられた。すでに治療現場で薬効が確かめられており、人体への影響も他の新型コロナ治療薬に比べたら、(おそらく)かなり安全なものと推測できる。さらに貧しい国でも十分に入手可能なほど安価な薬であったと記憶する。コロナ治療薬としての効果が認められたら、即席ワクチンじゃないし、とにかくこれは画期的。効き目が大きければ、たとえ感染しても重症化の可能性が大幅に減るかも知れない。そうなれば新型コロナは「インフル性肺炎」と言っていいものになるかも。季節性のない要注意疾患のままではあろうけれど、適切に知って適切に対処できる病気になる。製薬会社主導でないことも含めて、とにかくいい結果が出てきてほしい。同時にこういった薬は、製薬業界には大きな利益をもたらさない。イベルメクチンはかなり前からコロナ治療薬として研究対象のひとつにあげられていたが、なかなか表舞台に受け入れられず、ようやく「医師主導試験」というかたちで登場した。ブログ主は「なぜ本格的検討の対象にならないんだろう」と以前から疑問を持っていた。邪魔がはいっているのかなあ、などと思ってもいた。遅い登場だがともあれ期待したい。
18面週刊誌広告には「支持率60%で臨む前代未聞の勝負 小沢一郎も菅直人も海江田万里も落選! 11・1総選挙 全国289選挙区当落完全予測 『自民43議席増327議席、立憲29議席減78議席』 菅政権が歴史的勝利 小選挙区のマジック、10%票がひっくり返っただけで恐ろしい結果に。史上最強の新政権で、菅の復讐劇が始まる」などという恐ろしい予測が書かれている。4面では「衆院比例区投票先は 自民48% 立憲12%」の記事がある。確かにこのままの勢いだと、早ければ早いほど自民に有利になりそうな気配がある。長期政権でボロが山盛りになったアベ前政権には、さすがの選挙民も、内心では愛想が尽きていたのではないか。コロナ対応もめちゃくちゃで、アベシ本人は宣言解除前から自分の失敗をわかっていたんだろう。4〜6月期のGDP年率換算が大暴落することを知って愕然とし、何をやっていいのかわからなくなってしまったのではないか。危機に弱いリーダーであることを露呈するより、理由はなんでもここは逃げるに如かず、となったのではないか。あとを任せるのにふさわしいのは、2年前に決めたあいつしかいない。病気がどんな状態だったかは知らないが、結果的にいうと、退陣するのはこれ以上傷口が開かないようにできる今しかなかった。ブログ主個人としては、そんなふうにしか思いつかない。そしていつもの解散総選挙のみそぎを経て、自民党はふたたび活路を見出す。筋書きってのは、こんなもんなのかねえ。力が抜けるな。
4面の記事では「自民は7月の19%から今回は33%」「立憲は14%から11%」「18〜29歳の58%が自民」(添付棒グラフでは)「比例区投票先は 7月自民35%〜今回48%」「立憲13%〜今回12%」(本文引用)とある。モリカケサクラ追求もひとつの戦略だが、動かしがたい現実であるコロナ恐慌の追求と対案。たぶんコロナの感染拡大に対する冷酷な対応による被害拡大の可能性を指摘し、医療体制の拡充を具体的に提案する。アベノミクスの継続がさらにコロナ被害を広げていき、コロナ恐慌が4年では済まなくなる可能性に対する明確な防止策を示す。なにより秋から冬にかかる感染蔓延期に「GoTo」が悪影響を及ぼし、報道規制による事実隠蔽が拍車をかける。いまは一億総特攻の時代ではない。国を守るために国民が身を以て難事と向き合う。そのための「自助・共助・公助」という主張。これをひっくり返す主張が必要になる。いつのまにか自らの死を容認する方向へ操られる。それはかつてあったことの再現なのだと知るべきじゃないか。切実にそう思う。
posted by ガンコジージ at 11:44| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月17日

コロナの渦中でどんな舵取りになるか

3面「コロナと経済 両立は」「イベント制限緩和・GoTo東京追加・・・経済前のめりに懸念も」「五輪開催可否 難しい判断」「追加対策辞さぬ構え」では、「首相が16日の就任会見で最優先課題に挙げたのは、新型コロナウイルスの感染防止と経済再生の両立という難題」「倒産や失業が増えるなか、経済活動の再開を優先させる姿勢が目立つ菅氏だが、感染再拡大の懸念は消えていない。来年の五輪開催も控え、難しいかじ取りを迫られる」「菅氏が実施の前倒しを指示した観光支援策『GoToトラベル』は7月22日に開始」「東京を除外したものの、政府関係者は『GoToは絶対にやめないというのが首相官邸の基本スタンスだった』と明かす」「19日には大規模イベントの制限を緩和。10月1日からは『トラベル』事業の対象に東京を加える」「飲食店やイベントを支援するキャンペーンも今月や来月から順次始まる見通し」(本文引用)。人が動けば感染者が増えるとの指摘や季節性インフルとの同時流行の懸念、患者が病院に押し寄せて医療体制がパンクする可能性もある。そのとき新政権は経済再開のブレーキを適切に踏めるか。ここでブログ主は、感染者や死者の詳細な情報が隠蔽され、あたかもコロナ禍などなかったかのような空気を醸成するために、いつものD2巨大宣伝機関を最大限利用するのではあるまいか、と邪推する。09年夏、新型インフルが流行したときそんなことが行われた、と薄い記憶にある。あの時の情報操作は、実にうまくいったと思う。
五輪開催については、とうてい無理という判断が大方だが、それでも強行するつもりらしい。いままでつぎ込んできた巨費がパアになり、これから儲けるつもりだったのもパアになる。このイベントを開催する意義はすでに消えかかっており、さらに汚物臭漂う競技場や数多ある施設の維持管理。安上がりのはずが五輪史上最大の金が注ぎ込まれた虚飾の祭典。森喜朗が「2年延期」を提案したのに、なぜ前首相は「1年だ」と強硬に主張したのか。そのときすでに、彼は政権の維持が難しくなっているのを感じていたのではないか。17年に衆参両院で3分の2を確保してピークを迎えたものの、18年に原発輸出が頓挫し、いよいよ経済運営に暗雲が立ち込め、頼みの官制株相場が大きく揺らぐ事態にまで発展していた。経団連の中西会長が19年の年頭所感で危機を訴えたのも、情勢の悪化を感じさせた。次々に発覚する疑惑、不祥事、外交の失敗。五輪開催を2年先に引き伸ばしても、前首相の宿願には届かない。「1年でも届かないかもしれない」と思っていたのではないか。そのとき、コロナ禍がはっきりするまでまだ少し間があったが、危機はすでに世界に広がっていた。国内で遅れが出たのは、当初から「新型コロナはインフル性肺炎」という認識があったことと、04年から何度も警告されてきたWHOによる世界的大流行の警鐘が小規模で済んだ油断の上に、20年以上に渡って続いた公衆衛生部門の大幅削減が重なり、政府としては「新型コロナは軽微」との共通意識で固まっていた。意外に軽微に終わった新型コロナ第1波を「日本モデル」と誤認。消費増税の失敗は歴然としており、対コロナ政策の失敗でついに経済破綻が決定的な次元にまで至ってしまった。
新総理誕生の経緯をこう考えると、いろいろつじつまが合う。アベノミのピークが2018年という見立ては、あらかたの報道記事で一致している。そのとき次の総理は岸田ではなく菅だと固まっていたというのも、ほぼ間違いなさそうだ。「日本モデル」と豪語したものの、これはすでに崩壊している。既定方針が「コロナはインフル性肺炎」では、推し進められようとしている「GoTo」もたかが知れている。さらにまさかの季節性インフルとの同時進行となったら、どうなることやら。それでもおそらく新政権は、「自助、共助、公助」の旗を高く掲げ、経済がこれ以上はげしく落ち込まないよう、全力を挙げるだろう。そのまず第一は、やはり「情報操作」か。活発な経済活動が優先され、いつのまにかコロナの感染者・死者は国民の目から隠され、「やっぱりコロナは風邪だった」という風評が成り立っていくのではないか。それが国の施策だということに早く気付きたい。
posted by ガンコジージ at 11:38| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月16日

アベノミからマイナスが流れ出す年月の始まり

1面「天声人語」の「抱き合わせ販売」が面白い。「機動戦士ガンダム」のプラモデルを買うのに、売れないおもちゃを抱き合わせで買わされたという話にひっかけて、安倍政権を振り返る。景気回復はだれもが求めたが、安倍政権は売りにくい改憲をセットにした。世間は改憲に目をつぶった。改憲抱き合わせ作戦は失敗したが、別の嫌なものを押し付けられた。記事は森友学園を例に挙げるが、他にも山ほどある。モリカケサクラから自民議員のカネまみれ疑惑のてんこ盛りは、いまや複数の裁判が進行中である一方、いつの間にかウヤムヤになってしまったものも多い。官僚までがお付き合いして、国会で虚偽答弁をばらまく。記事はそれら惨状をつまびらかに書き連ねるほどスペースがなく、列挙するだけでも与えられた紙面をはみ出してしまう。「加計も桜も、人々が飽きるのを待つかのような対応だった」「問題は、『衣食が足りるなら、礼節はないがしろにして構わない』という政権の姿勢である」(本文引用)。記事の筆者は「経済対策に限れば、安倍政権は満点には遠いが及第点だった」(本文引用)と考えているらしい。しかし中身はとんでもないものだったじゃないか。非正規を増やし、賃金を激減させ、コロナ下ではGDP年率換算マイナス28・1%にまで落ち込ませ、彼らのゆるい見積もりでも4年先まで回復の見込みを持てない状況。アベノミの中身は、とても「及第点」とは言えない。
7面には「日立、英原発撤退を表明へ 『凍結』の計画 きょう結論」とある。日立は経団連中西会長の出身企業。2018年中頃、すでに原発輸出がひっくり返る局面に至っており、中西会長は経産相に「なんとかしてくれ!」と泣きついている。それでも「なんとか」なることはなく、政府はなんの手も打てなかった。ついに中西氏は2019年の年頭所感で危機感を世に発信する挙に出た。2017年から今に至る国会での出来事を時系列に並べようとすると、あまりの混乱に記憶がごちゃごちゃになってしまうほど。じっくり時系列の出来事をまとめてみたいが、目がくらむような乱雑さに戸惑っている。その乱雑がコロナによって完全に破綻したというのが現状ではないか。
政治が無理やり主導してきた経済運営の行き詰まりに、まるで「ついにそうなったか」という覚悟を示すように、7面「日立、英原発撤退を表明へ」の記事がある。「そうか、『凍結』だったか」と感慨にふけっている場合ではない。「凍結」から「撤退」へ、記事には「日立は2019年1月に、『民間企業としての経済合理性の観点から判断した』(略社長)として、計画の凍結を表明した。『事実上の撤退』との見方が広がったが、英政府や『インフラ輸出』を成長戦略に掲げる安倍政権には計画再開への期待があった」(本文引用)とあるように、政権べったりだった経団連中西会長の意固地な執着に押し切られたのか、いじいじと今まで引っ張ってきたようだ。「原発輸出はアベノミクスの成長戦略の目玉だった。だが失敗続きで、実現の可能性が残る案件はひとつもない。東芝は18年に米の原発事業が失敗し、経営危機に陥った。その後は海外での原発建設は受注しない方針に転換した。三菱重工業も同年、トルコでの原発建設計画を断念する方向でトルコ政府と協議を始めるなど『総崩れ』となっている。国内での新増設が難しい中で、活路を求めた海外輸出の道も断たれつつ」(本文引用)あるとか。
アベノミクスの成長戦略の目玉がこれだ。たしか昨年4月には、国連の温暖化対策国際会議に向けて、政府の有識者会合は懲りもせず小型高速炉や熱核融合炉などの小型モジュール炉構想を持ち出していたと記憶する。この構想には中西氏も一枚噛んでいただろうが、これも先行き不透明な現状で、トランプ政権も同様の構想を発表しているものの、何がアベノミクスは及第点だ、と言いたくなる。その延長線上か、菅新政権は地銀の再編を口にしている様子。いったいなにを企んでいるんだろう。かなり神経を使って情勢を読むべき時期だと自覚する。自覚するだけで、頭の中身はすぐにあっちの方へ飛んでいく今日このごろ。やってられんなあ、と慨嘆しきり。困ったことに、これが個人的にいまもっとも気になるところなのだ!
posted by ガンコジージ at 11:25| Comment(0) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月15日

福島第一原発事故のトリチウム処分に寄せて

汚染水タンクには「水と性質が似ているトリチウムを除く大部分の放射性物質を専用の装置で取り除いた処理水がおよそ111万トン保管されている。しかし、このうちの7割は運用当初の設備の不具合やフィルターの交換頻度が少なかったことなどから、放射性物質を十分に取り除けず、基準値を上回っている」(以下より本文引用)という。「トリチウムを除く大部分の放射性物質を専用の装置で取り除いた処理水」ではあるが「このうちの7割は」「放射性物質を十分に取り除けず、基準値を上回っている」。つまり大部分取り除いたが、7割が十分に取り除けなかった、ということか。2年前の公聴会では、これをトリチウム水として海水で薄めて海へ流させてくれ、と言ってたわけだ。7割もあったといえば、ほとんどそんなのばかりだったということになる。汚染水の7割とあるが、物質の濃度または総量、あるいは単位あたりの放射線量はどのくらいなのか、と考えてしまう。住民たちが諦めて「容認」してしまったら、それらは今頃あらかた海へ流されていたことになる。7年ほどで終了させる予定だったと記憶しているから空恐ろしい。いま公開されている数値は立方センチあたりのベクレルなので、すごく少なく錯覚してしまう。77万7千トンでいうと総量でどのくらいか。それも看過できない。たとえば0・01bq /㎤というと10bq /Lで、1万bq /トンで、それが77・7万トンだから、ガンマ線で総量いくら、ベータ線ではいくらになるか。生態に対する影響はどのくらいになるか。
☆「基準値越え処理水 専用装置での二次処理の性能試験を9月15日から開始<東京電力・福島第一原発>」福島テレビ9月11日
https://news.yahoo.co.jp/articles/e3ec9cefa65630da063321e005294699ad44795b?fbclid=IwAR3exYMU0JccZHxS17SzS-uHDDqKnrKagY7cSn7vH2Mx4L-XRH8yvSqpZw8
2年前はデータをすっぱ抜かれ、満タンを回避するギリギリの現在になるまで、この話はほぼ中断。だが、いったん決めたことの変更を極端に嫌がるのが、権力を持つ者の頑なさで、2年かけてまずは「専用の装置で再び放射性物質を取り除く『二次処理』の性能試験を開始することになった。分析結果は早ければ年内にも判明する予定」(本文引用)という。ギリギリのギリギリで、これが時間の限度だよ、というわけだ。ちゃんとデータを示して納得してもらおうという姿勢があるのかどうか。以下の記事では、汚染水の生態への影響について、次のような試みもするとか。「処理水について、東京電力は環境へ放出する場合、この水の中で魚を飼育するなどし、事前に安全性を確認することを検討している」「敷地内に保管されているトリチウムを含む処理水の処分方法ついて、国の小委員会は、蒸発させるか薄めて海に流す方法が現実的としている。東京電力では、処理水を環境へ放出する場合、国の基準を満たすよう2次処理を行う方針だが、関係者によると、この水の中で魚を飼育するなどし、事前に安全性を確認することを検討しているという。処理水の処分方法については漁業者などから風評を懸念する声も上がっていて、まだ決まっていない」(本文引用)
☆「第一原発処理水問題 魚を飼育し安全性確認(福島県)」福島中央テレビ9月10日
https://news.yahoo.co.jp/articles/2d77c5c1616282f3caeb01ffd05408cfdd548e07?fbclid=IwAR3Ll2HqxU-772NL3cBo3GwH9abv21RyHFoMgkuVu4WNydpNHdxRiwjUUkU
蒸発か薄めて海に流すのが現実的というが、基準がよくわからない。魚を飼育して何がわかるか不明。最初から「何にもないよ!」というための材料と勘ぐるばかり。他にも方法があるだろ、と言いたくなる。たとえば超大型貯留タンクで50年ほど時間をかけ、そのあいだにちゃんとした方法を探るとか、トリチウムを蒸留分離して240年ほど保管の後に放出する一方、他の放射性核種はできるだけ長く保存する、という方法が有効とする主張もある。事故を起こした責任を感じるなら金と時間はかかるが確実な方法を選ぶ、道義的責任もあっていいはず。それが被災者の被った苦痛に対する誠意というものだ。ゼニや時間を惜しむなんぞは失敗者にあるまじき根性と言わねばならない。
posted by ガンコジージ at 11:33| Comment(0) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月14日

コロナより2年早く破局は始まっていた

2年前の6月7日、ブログで「いままさに破局に直面していること」という記事を書いていた。雑誌「月刊日本」に載った「日本は破局的状況に突入した」という対談記事の紹介だが、冒頭の「先の大戦を除き、国家が崩壊するという経験をほとんどしたことがないため、国家は永続するものだという幻想を持っているように思います。しかし、国家というものは、国民や政府がしっかりしなければ崩壊します。我々はいまやその瀬戸際にいるということを自覚しなければなりません」という記述に、2年後の現在の状況をすぐさま連想し、「重大な出来事は構造的必然性から生じるもの」「歴史が繰り返すならカタストロフもいよいよ近い」という白井・片山両氏の言葉に恐ろしい共感を覚えた。
☆「いままさに破局に直面していること」2018年6月7日
http://ji-ji-wanwan.seesaa.net/article/459852992.html
以下の記事では同じ2018年9月、田原総一郎氏が首相から、ポスト安倍は誰がいいか、問われたとある。「『菅さんがいいと思う』という私の答えに、安倍首相も『そう思います』と同意」(本文引用)したという。日本経済はこのとき、すでにひっくり返りかけていた。今年7月31日の朝刊には「景気拡大 戦後最長届かず 71カ月間 18年10月で終了」の記事がある。2018年10月12日の当ブログ記事「昨日の株価はびっくりしたなあもう!」には、「NY急落、日本やアジアに波及 世界同時株安の様相」。そして、原発輸出総敗北の翌19年、経団連中西会長は年頭所感で泣き声で訴えた。破局はコロナより前、2018年から始まっていたのだ。
☆「安倍首相が2年前に決めていた『ポスト安倍』」アゴラ言論プラットフォーム9月12日
http://agora-web.jp/archives/2048061.html?fbclid=IwAR2X3JzO6YJvN9OG1VK4Q7Dx6sHrOohg5mOMUE07gkd_ky9fZHRjP7bRNsk
次は査読前論文を紹介する以下の記事から引用。(冒頭の部分)「英国Francis Crick InstituteのKevin W. Ng氏らは、COVID-19確定例の血清とSARS-CoV-2非感染者の血清を用いて、高感度フローサイトメトリーを利用した抗体検査を行い、非感染者の一部が、SARS-CoV-2のスパイク蛋白質(S)に反応する抗体を保有すること、それらはSARS-CoV-2中和活性を持つことを示唆する結果を得て、bioRxivに2020年7月23日に報告した」(次に続く部分)「MERS-CoV、SARS-CoV、SARS-CoV-2以外に、4種類のコロナウイルスが知られているが、それらはいずれも軽い呼吸器症状を引き起こすに留まる。また、従来のコロナウイルス(HCoVs)のいずれかに感染すると、交差反応性を示す抗体が誘導されて、別のコロナウイルスに感染しにくくなる、と考えられてきた」(本文引用)。「次に続く部分」はMERS-CoV、SARS-CoV、SARS-CoV-2は呼吸器症状が引き起こされる点で共通するが、それ以外の4種のコロナウイルスは軽い呼吸器症状に留まる、という。この部分はほぼ確定された事実と理解した。「従来のコロナウイルス(HCoVs)のいずれかに感染すると、交差反応性を示す抗体が誘導されて、別のコロナウイルスに感染しにくくなる、と考えられてきた」という部分は、「考えられてきた」とあるので、確定するにはまだ何らかの実証が必要かと推測。そして「冒頭の部分」で、査読前論文は「考えられて」いることの延長で実験した結果、それなりの効果があることを示唆する結果を得た、ということらしい。非感染者の一部が、SARS-CoV-2のスパイク蛋白質(S)に反応する抗体を保有すること、それらはSARS-CoV-2中和活性を持つことを「示唆する」結果が得られたのは確か。もしや新型インフルの感染者か、それ以外の4種のコロナウイルスの感染者が、SARS-CoV-2にも交差反応を持つ可能性が確かめられた、というところまでは、具体的にわかってきたのかな。交叉免疫以外の可能性もありうるから、まだ確定的でないものの、「東アジア独特のなにか」が突き止められる可能性が出てきたと感じた。
☆「コロナウイルスの抗体は交差反応するか? 従来のコロナウイルス感染者とCOVID-19患者の抗体を調べる」日経メディカル8月27日
https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/t344/202008/566851.html?n_cid=nbpnmo_fbad_2008
posted by ガンコジージ at 09:57| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月13日

個人を支持して自分の根拠を失うなかれ

8面「社説余滴」の「すがすがしくおめでたい」の表題が何を意味するかすぐわかる今日この頃。冒頭の「主張にせよ議論にせよ説得にせよ、政治という営みは言葉を手段として行われる。どのような場面で、どのような言葉を、どのように用いているか。そこにはおのずと、政治家のひととなりがあらわれる」(本文引用、以下「」内同様)とあり、(シンは)「こんな人たちに負けるわけにはいかない」(スガは)「地位に恋々としがみついていた」(記者は)「『恋々と』で十分伝わるのに『しがみついていた』とまでいう。たたくだけでは済まさない。たたき潰す。とことんやるタイプなのだろう」「なにより官房長官が一方的な人格攻撃を行うのは異様だ。沖縄への『粛々』たる冷遇や東京新聞記者への嘲笑含みの対応なども考えあわせれば、政治技術として『いじめ』を使うことをいとわない政治家の姿が見えたり隠れたり」「精神科医の中井久夫氏は、いじめを『孤立化』『無力化』『透明化』の3段階に分け、これは奴隷化の過程だとしている」「孤立無援であることを被害者に実感させる『孤立化』。反撃は一切無効と観念させる『無力化』」「いじめが風景の一部としか見えなくなる『透明化』。被害者は自ら誇りを掘り崩し、加害者に隷属してゆく」「世論調査で、菅氏の数字が跳ね上がった」「私は、日本社会がこの8年弱の間に『無力化』に傾いたからではないかという直感をひとまず手放さずにおく」。これら指摘が、やけに身にしみる。
そしてほんらい興味などないはずの4面「自民党総裁選討論会」の記事にちょびっと注目。「冒頭発言」の石破氏の主張がいい。「一人一人に『居場所』があり、一人一人が『幸せ』を実感できる国」という。石破氏の考え方に共感は持たないが、この人は党内で孤立状態になりながら、多くを学んだかもしれない。「一人ひとりに居場所があり、幸せを実感できる国をつくらなければいけない。だれかを犠牲にして成り立つ社会は弱い。生活保護の受給世帯は増えている。限界集落に住むお年寄り、過重労働に苦しむ人。非正規のシングルマザーの所得は先進国最低で、男女間の所得格差も先進国第2位だ。被災地の人はどんな思いでいるだろうか。自分の居場所がない方々が大勢いる。居場所を持っていただき、その持っている力を最大限に引き出したい。コロナはいろいろなことを気づかせてくれた。地方でも十分に教育が受けられ、雇用と所得がある。そういうことが新しい社会だ」の言葉には、おそらく党内で冷遇されてきた自分自身の立場が反映されている。軍事オタクで沖縄への対応ではアベ政権をしっかり後押ししていたし、徴兵制に言及したり、原発は積極的推進派だからとうてい納得しかねるわけだが、これからの彼の動きには注目していたい。「居場所」を失ってすさまじい冷遇に耐えてきた経験が、どこまで彼の思想に影響を与えたか、期待はしないが興味を持つ。
そして3面「日曜に想う」の「恐怖が深めた分断 劣化する政治」の冒頭に想いが戻っていく。「もしかして、あれは『わな』だったのではあるまいか。住民と住民の絆を断ち切るためのーー」。なんのことだろう、と思って読み進むと、「分断」「分極」が進む米の現状が徐々に浮かび上がる。良かれと思った「難民受け入れ」提案に「イスラム教徒が来る」「受け入れる度に多額の報奨金」などのデマがSNSで飛び交う。「分断を読み解くキーワードは『恐怖』だ」「トランプ氏の場合、『根拠がない話でも繰り返し言い続けることで、人々の心に恐怖を刷り込むのに成功している。解決の具体策は示さないで、「自分を支持しろ」としか言わない』。結果として、トランプ氏を信じるか、それとも否定するかの間に超えがたい分断が刻まれる」。この指摘が、「20年ほど前から、米国のモデレート(穏健層)は居場所のないホームレスになりつつある」につながっていく。そして「一人一人に『居場所』があり、一人一人が『幸せ』を実感できる国」という言葉が、いまの日本に染み込んでいく。どうとらえるべきか。良い兆しか、さらに深い分断への分かれ道か。すくなくとも、「根拠がない話でも繰り返し言い続け」「解決の具体策は示さないで、『自分を支持しろ』としか言わない」ヤカラの跳梁が、いい結果を生まないことは確か。気をつけていたい。
posted by ガンコジージ at 11:00| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月12日

もっとも舵取りが難しい時期に来た

1面トップは「演劇・映画館 満席容認 イベント開催制限緩和了承 分科会」。第2波新コロナは山場を越えたようだが、感染者数は下りだしている一方、死者数はまだ「じわりと減っている?」くらい。季節性インフルの時期と微妙に重なり、先が見えにくい中間的状況。そんな現状にあって「GoToトラベル」も含めて、政府はかなり大胆な緩和に踏み切る。ブログ主の大好きな映画などは収容率も人数上限も制限なしになる。拙速だなあと思いつつ、これはオリンピックに向けた段階的緩和処置の一環かな、という思いも過ぎる。2面「制限緩和 期待と懸念」「菅氏肝いり 観光業は歓迎」「地方『待ってました』『対策は緩めない』」には、菅氏の見解で「これまで少なくとも780万人が利用し、(支援策の関係で)判明している感染者は7人にとどまっている」(本文引用、以下「」内はすべて同様)という。GoTo事業は菅氏の肝いり。「政府は7月、当初の予定を前倒しし、全国一律での実施を発表」「ところが東京を中心に感染者が急増」とあるから、ほんとうに7人だけか、疑問に思わざるを得ない。2面下には「『油断したらまた感染増』 専門家『混み合う時期・場所避けて』」では、国立国際医療研究センターの医師が「油断したらまたすぐ感染者は増えるだろう。『第2波』は一部では、秋か冬かと予測されていたが、6月末からあっという間に増えた。国内で感染した人、免疫を持っている人もまだわずか。また流行するだろう」と話す。医療現場の警戒感も強く、順天堂大教授は「これまでの新型コロナの発生状況をみれば、何人までなら安全、危険とは単純に言えない」「移動時を含めて3蜜を回避できる環境で実施できるのか。マスクを着け、3蜜を避けるなど、参加者の意識も重要になる」と指摘。経済を維持しつつ感染も抑制できる体制とは、いったいどんな体制やら。
経済も国民も一定の犠牲を強いられざるを得ないのはどんな対応をしようとも不可避で、4〜6月期GDPの年率換算マイナス28・1%と公表される現状からの回復について政府は2024年までかかると予測する。実際にはもっと長くかかると、大方の専門家は言及し、もちろん五輪はほぼ開催不能。その痛手も大きいから、ポストアベ政権は、経済運営をかなり大胆に変更しない限り、たった4年ではムリとすぐ知ることになる。3面「菅氏、消費増税発言を釈明 与党内に不安 野党は『選挙の争点』」では、次期総理が目前になった菅氏が、10日のテレビ出演で消費増税引き上げについて肯定する意志を見せたとある。しかも翌日には、「あくまで将来的な話」と急いで打ち消したとか。そりゃそうだろう。経済の回復目標を4年後に置いている現状。世界恐慌どまんなかで、消費税なんかあげられるわけがない。10年先でも見込みがあるかどうか。恐慌下で株だけ元気がいいというアベ的不思議世界を持続せねばならないドエライときに、菅氏は政権を担うわけで、彼にいったい何ができるのやら。
政権の座を降りるあの人は、1面「首相、『ミサイル阻止』談話 新政権に判断委ねる」によれば、閣議決定で新政権に引き継がせる予定だった案件につき、なんと「談話」を発表したとか。「ミサイル阻止に関する安全保障政策の新たな方針」なるもので、「敵のミサイル基地などを直接攻撃する『敵基地攻撃能力』を保有する必要性をにじませ」・・・「にじませ」というわけで院政にしてはなんだか腰が引けている。あらら、去る者は日々に疎し状態になりつつあるのかな? 4面には「首相の持論 辞意でブレーキ 『ミサイル阻止』退陣前に異例談話」「慎重公明『リセットだ』」「閣議決定・党内手続きなく」で、かなり辛辣な記事が出ている。公明党は「辞めゆく首相。どうぞご勝手に」とそっぽを向くし、官邸幹部は「菅政権になれば、敵基地攻撃能力の議論に踏み込むことはない」と断言し、記事は「実際は打撃力保有の必要をにじませるのが精一杯」と書く。これで菅政権が短命になればさらに状況が変わる。4面には「菅陣営主導権争い激化 存在感増す二階氏 焦る主要3派」があり、冬コロナ到来で五輪中止となったら、いよいよ彼らの混迷は深まる!
posted by ガンコジージ at 12:05| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月11日

最初に決めたことを簡単に翻さない面々は

トリチウム汚染水を処理する工程はとてもややこしい。建屋に侵入した地下水が事故で壊れた原子炉のデブリと接触して高濃度に汚染され、建屋に溜まる。まず「セシウム吸着装置」でセシウム、ストロンチウム等を取り除く。次に淡水化装置で塩分を除去し、一部を壊れた原子炉のデブリ冷却に用い、残りを貯蔵タンクへ移す。それをALPS(多核種除去装置)を通して「大部分の放射性核種」を除去し、「処理水(トリチウム以外の大部分の放射性核種を取り除いた水)」として貯蔵タンクへ移す。ALPSで除去したトリチウム以外の放射性核種は別途厳重に保管する。今日の新聞では大雑把でわからないが、東電のサイトでは各処理工程の途中でいろいろな核種について放射線量を計測している。たとえば「汚染水処理設備-既設ALPS--AL-出口水A水」などとして、詳しいデータが示されている。しかし単位が「Bq/cm3」とあり数値もたとえば0.01614などと極小で、全量のイメージが湧きにくく、分かりにくい。ブログ主のようにまったくの個人がこれらデータを全部理解し尽くすのには、果てしない時間がかかり、チームを組んで解析しようにも共に労力を払うのも厭わないお仲間はいまのところ身近にいない。だが、それをやった人物や報道機関があった。2018年8月に「トリチウム水」の海洋放出についての公聴会が福島と東京で開催された。その少し前の23日に河北新報、27日にフリーランスの記者が「トリチウム水」にはヨウ素129などの放射性核種が基準を超えて含まれていることを公表し、公聴会は大荒れになったという。
今日の新聞1・2面には、「3・11の現在地」として、汚染水が取り上げられている。先月7日、双葉町伊沢町長は、「『根本的な問題解決を先送りせず、国として責任をもって対応策を早急に決定していただきたい』(と)これまでにない踏み込んだ言葉で国の判断を迫った」(当時規制委員長だった田中俊一氏は3013年12月18日、すでに次のように国に訴えていた)「汚染水対策の一環として、海洋への放出も検討されるべきだと考えます」(茂木経産相は)「様々な想定をしながら検討していきたい」(本文引用)と引き取ったが、結果としては世間をごまかすための議論をして時間を稼ぎ、逃げていだだけだった、と記事は結論する。2面に移り「汚染水対策 場当たり9年半 国『増加ゼロ いつになるか分からない』」「国と東電 低姿勢で譲歩迫る 漁業者『時間はあった。また見捨てるのか』」には経過が書かれているが、事故直後4月の民主党政権下で矢板打ち込み式防護壁建設が浮上し、官僚や東電の抵抗で頓挫した事実が触れられていない。記事では2013年に五輪招致のため首相が「アンダー・コントロール」の大見得を切ったあと、一転して国は「前面に立つ」として「凍土壁」建設を表明。工事費約345億円。16年にを凍結開始したものの、規制委に「すだれ」と揶揄されるテイタラク。当初400トン/日ほどあった地下水や冷却水はいま200トン程度まで減ったものの、「すだれ」はやはり「すだれ」のままだ。
18年に発覚した、基準を超えた放射性核種の漏出から、それなりに除去努力はしているのかもしれない。しかし、どんな状態にまで至っているか、しっかりした説明があったのだろうか。記事から感じられるのは、基本的に「絶対大丈夫」と保証するデータの提示や説明はない、ということのみ。「東電は漁業者への説明会で『放出しなければ汚染水が海に溢れ出る可能性がある』と繰り返した。低姿勢ではあったが、実際は『計画を認めず汚染水が海に漏れていいのか』と迫られたに等しかった」(本文引用)。記事では分かりにくいが、東電も国も、最終刻限を切って、あとは地元の当事者たちがあきらめて海洋放出を認めるまで待ち続ける戦術をとっている。つまり、「国は判断せず、最終判断は地元がした。国の責任は免れた」という決着を望んでいる。積極的に望まずとも、時間がそのように勧めてくれる、と見積もっているのだろう。官僚主義は最初に決めたことを翻すことなく、さまざまな方策で決め事を守り抜く。コロナでも典型的に現れていることに気づきたい。官邸や厚労省が「コロナはただのインフル性風邪」と軽視する姿勢は、汚染水同様いまも変わっていない。
posted by ガンコジージ at 12:14| Comment(0) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月10日

失政のツケがあちこちに溜まっているのにね

2面「最先行ワクチン 一時中断 コロナ英製薬治験」「日本1・2億回分の供給合意」「9社『安全が最優先』 急ぐ各国に懸念声明」の記事から。アベ政権の末期に至り、これでもかとコロナが圧力を強めている。「感染対策と経済活動の両立をめざす政府にとって、ワクチンへの期待は大きい。官邸幹部は『ワクチンができれば新型コロナもインフルエンザと同じ扱いの感染症になる』とみてきた。東京五輪・パラリンピックを開催するためにも、ワクチンが必要との声は根強い。治験は一般的に100人以下で安全性をみる1相、数百人で効果や安全性をみる2相、数千人で発症や重症化を防ぐ効果をみる最終段階の3相というステップが必要になる。ワクチンは健康な人にも接種するため、薬以上に安全性を慎重に見極める必要がある」「(最終段階は)接種する人が大幅に増えるので、副反応が見つかる可能性は高まる。接種した人が感染してはじめて出てくる副反応もあり、それは3相でしか見つからない」「ワクチン開発は通常10〜15年かかり、過去最短とされるおたくふくかぜでも実用化には4年かかっている。第3相の治験までこぎつけても安全性や効果が証明できず、断念するケースは珍しくない」(本文引用)とある。五輪前のめりのアベ政権が下した政治判断が、またひとつコケたわけだ。1・2億回分の供給が合意されていたということは、全国民への投与が実施されて重篤な副作用が顕著に出てきたら、辞任や2カ月雲隠れでは済まなかったということになる。以下の記事に全面的に賛同するわけではないが、「感染被害がより甚大であって都市封鎖や地域間の移動禁止まで実施した欧米諸国と比べた時、移動や営業の自粛にとどまった日本の落ち込みはもっと小さくてもよかったはずであり、被害の程度の割には、経済への影響は大きかったといえよう」「安倍政権が健康上の理由などでコロナ対策に機動性を欠く結果となったことがこうした経済的な大きな落ち込みを招いた一因とも考えられる」(本文引用)とあり、アベノミの脆弱性が露呈したと理解すると、すべて説明がつくようで、この部分にはおおむね納得。
☆「『統計データは知っている』安倍首相が突然の辞任を決めた本当の理由」プレジデントオンライン9月7日
https://president.jp/articles/-/38585?page=1&fbclid=IwAR18ZQRUJtHyuEfvbZ9E9ViADcNJx1YVfgJXzMJnQh9p9Dl0tA5Dyn-OWR4
アベ失政は3面「次期政権の課題考4」の「福島『3割復興』戻らぬ人『予算増え 対話おろそかに』」「汚染水や中間貯蔵先送り」にも顕著に表れている。事故からおよそ9年半。あらかたの避難指示区域が解除され、残るのは帰還困難区域のみ。帰還困難区域には特定復興再生拠点が設けられ、除染やインフラ整備が進んでいるが、それは帰還困難区域の8%に過ぎない。現在、飯館村で帰還困難区域とされている長泥地区の復興再生拠点から外された16軒を救済するため、村は地区に公園を整備し、地区住民が公園へ行けるように道路をつくり、道路周辺の空地や田畑の天地返しなどを実施。その名目の範囲で朽ち果てた家屋の取り壊しなども認めるよう、国に要望を提出している。これを受けて、国は帰還困難区域全体を解除する検討に入っている。つまり、国が責任を持つのではなく、住民自らが自発的に帰還困難区域の解除の方法を選んだという位置付けで、国の最終責任を回避しながら、全面解除に向かおうとしている。記事添付データには、「避難指示が解除された地域の復興状況」として、住民らの居住率30・9%。営農再開面積の割合32・2%。商工業者の地元再開率30・9%とある。中見出し「汚染水や中間貯蔵先送り」では、アベ首相は誰が後継者でも基本方針は変わらないとして、東北復興、福島復興の方針を不動のものとして強調。しかし、日量180トンの汚染水処分は、政府・東電の放射性物質データ発覚で県民の猛反発を受け、暗礁に乗り上げたまま。汚染土の中間貯蔵施設は2045年までの県外搬出を条件として事故現場周辺に積み上げられているが、受け入れ先を探す政府の動きは鈍い。県民の苦渋の判断を期待して最終決定を引き延ばしているようだ。記事は除染土の農地利用には触れていない。これも時間稼ぎと誘導策の一環か!
posted by ガンコジージ at 11:56| Comment(0) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月09日

いままさに混沌の時期

3面の「GDP下方修正 年28・1%減 4〜6月期2次速報 設備投資下振れ」に注目。本日もっとも重要な記事ではないか、と思った。今回の2次速報は先月公表の1次速報で物価の影響を除いた季節調整値というもの。とても重たい意味を持つらしい。1次速報の年率換算27・8%が下方修正されたのはゆゆしい、という書き方だ。ただでさえ記録的な落ち込みがさらに拡大したと、内閣府が公表したのだから、単純な話ではない。個人消費はわずかに上方修正。民間在庫は原材料の在庫が上方修正。設備投資の落ち込み分を少しだけ修正したが、追いつかなかったとか。「民間エコノミストからは『内容は見かけより悪い』との指摘が出ている」(本文引用)という。次の7〜9月期は経済活動の再開が進んで年率10%台を予想する専門家が多いが、28・1%の落ち込みを挽回するのは無理筋とか。これから冬に向けてコロナ蔓延の再拡大が予測されるので、「GDPがコロナ前の水準に戻るには3〜5年かかるとの見方が大勢」「7〜9月のGDPは反動で大きく伸びるが、持続性には疑問符がつく。感染への警戒や制約が残るなか、10月以降の回復ペースは鈍化する可能性が高い」(本文引用)という。
次に、あんまり触れる気のしない自民党総裁選につなげて考える。2面「菅氏、狙う本格政権 出陣式に派閥領袖 支持勢い」をみると、新総裁といっても任期は現首相が放り出した1年分しかない。党内には、残り任期の暫定政権という声も多いそうで、ヘタをするとGDP回復が3〜5年かかると予測される状況で、経済悪化の責任をアベシからスガシに付け替えるのに1年だけ必要、という腹づもりが党内主要派閥にあるんじゃないか、などと考えてしまう。その目論見を決定づけるのが新コロの感染拡大で、例のごとくジョンズ・ホプキンス大学の集計を見ると、第2波の動きは感染者数で減少を見せているが、死者数では下がる傾向にあるものの、なかなか終息を予測できない状況にある。さらに冬の季節性インフルと重なったら、ここまで下落した経済をどう回復させるか、狡猾な番頭としては有能だったかもしれないが、それはアホな大店の主人アベシが居ればこそだったスガシに、主人と同じアホヅラができるかどうか。多分そりゃ無理じゃないか、と思うばかり。狡っ辛いあの面構えで生意気な薄笑いを浮かべられたら、いくらアベノミクス有り難や教の信者たちでも、引くこと間違いなし。うまく政権を運営したつもりで衆院選に臨んでも、カネにつられた国民が淡い期待を持って自民党支持に従来通り回れるかどうか、それは簡単にはいかない・・・と思う次第。しかしそんな想いも簡単にはいかないのが世情なんであって・・・トホホ!
そんなワケがあってか、今日の15面の週刊誌広告の、おかしな見出しに目がいく。「菅総理『姑息な“同情”総選挙10・25』へ 『安倍官邸乗っ取り』で“無念の退陣”を利用する」「『あの女は寝首をかく』 女帝・小池百合子との潰し合いが始まる」「天敵記者・望月衣塑子が語る『菅さんは台本なしで喋れない』」「対談 長期政権のあと『負け戦内閣』の悲哀 佐藤優X山口二郎」などの表題に、こんな期待は胸の奥にあったし、教のブログでも書いているところだけれど、なぜか「なに、これ!」の気分は免れない。もしかしたら、1年かければかえって「負け戦内閣」確定の可能性が高いってか。今朝のテレビ報道でも同様の話が流れていたところを見ると、当たらずとも遠からずの可能性は十分にある模様。景気回復までの道程が長くなれば、いよいよ先行きが混沌としてくる。厚労相が軽症者の「宿泊療養を基本」にするとしたのは4月23日。施設が不足した場合は自宅療養を容認するとしたのは8月7日。その危機感がありながら、なぜかコロナ関連報道が減ってきている矛盾。また、巷では軽症者を感染者に含めるな、という主張が目につく。危機感を煽ったり、それを沈静化する動きがあったり。軽症者を含めないと新コロの死亡率が高くなり、含めれば感染対策がたいへんになるし経済対策を実行しにくくなる。政府も巷の妙な動きも、いったい何を狙っているのやら。魑魅魍魎の混沌が続く。
posted by ガンコジージ at 10:56| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月08日

コロナ気にせず五輪やるとIOC会長が強気

11面「欧州右翼政党支持伸びず コロナ禍 響かぬルペン氏の主張」が興味深い。「新型コロナが猛威を振るったフランスとイタリアで、政府の対応を批判してきた右翼政党が支持を伸ばせないでいる」「非難に終始する姿勢は危機下で国民の共感を得られず、裏目に出ている」(本文引用)。フランスの例が挙げられている。マクロン大統領のコロナ危機管理が無能でアマチュアとしたのは当然あり得る批判だが、経済政策が大企業向けで小規模事業者を忘れているという批判がどうして受けないのか不思議。主張の流れを見ていると対案が綿密でなかったかもしれない。この記事だけで判断するのは無理がありすぎるけれど、それでもあえて思う。いま、アベ首相が院政を目指して自宅へ引っ込み中。コロナ報道がぐんぐん勢いを失う一方、自民党総裁選は着々と進んでいる。最大野党結成の報道がかすみ、分が悪い形勢にあるのは仕方ないとして、欧州の情勢に何か学ぶことがあるはず。コロナ騒動は批判だけでは乗り越えられない。きちんと知ってきちんと対応すればどうってことはないのに、政府がやっているのは「コロナは大したことない、普通のインフル性肺炎」などとタカをくくり、世界中が大騒ぎし始めて慌てて同調してみたものの、付け焼き刃でもたもたし、第1波は運良く東アジアに独特のファクターXに助けられた。それに味を占め、「日本モデル」なんぞと胸を張ったけれど第2波到来。経済がどん底に落ちてGDP27・8%ダウンで真っ青。09年夏の新型インフル蔓延にも勝る状況のまっ只中で「GoTo」なんてとうてい両立しない経済振興策を実施するなど、傷口を広げてしまった。いま政権を支えているのは、情報統制による国民のコロナ疲れ沈静化。つくられた平穏の構築、安心、安堵。こんな状態の中の国民に対し、欧州右翼政党と同じやり方で野党が向き合うのは良策とは言えない。いま国民は正常性バイアスの罠に絡め取られようとしている。必要なデータを知り、それを自分なりに解読し、自分なりの自律的指針を立てる。そのような方向へいざなうには、筋の通った言葉と、現実にそれが有効であると示せる実績が必要になる。
では、なにをすればいいのか。たとえば世田谷区長の提案する「誰でも・いつでも・何度でも」のPCR検査実施の実をあげ、それの有効性を証明するのもひとつの方法かもしれない。医療側の努力と成果をしっかりと世に知らしめること。政府による不備がなければもっと対応を強化できること。今後またやってくるだろうパンデミックを防ぐためには、公衆衛生を全国的に強化するなど、アピールが必要だろう。安全・安心をやみくもに求める正常性バイアスの罠から人々を引き戻すのは、たぶん容易ならない努力が必要になるはず。先の戦争のとき、戦火が我が身に及ぶまで、本気で危機感を持った人たちは過少だった。硫黄島が陥落しても、沖縄決戦があっても、自分の上に火の粉が落ちてこなければ、平常な暮らしを信じて、人々は日常を過ごした。本土空襲が始まっても、彼方の夜空が紅蓮の炎で染まっても、内心に浮かび上がる不安を胸の奥に押し込んで耐えた。頭上から焼夷弾が落ちてきて恐怖に逃げ惑っても、神の国が負けるなんて毫も思わなかった。その確信は無条件降伏によってもろくも崩れ、残ったのは空っぽの心だけだった。正常性バイアスはそれだけ強固なものなのだ。ぎりぎり満杯まで心を占領し、それを取り外されたら何も残らないところまで肥大化してしまう。政府がいま必死になって誘導しようとしているのはそんな恐ろしいことなのであり、しかも有効な対立軸が存在しないため、いまのところ着々と前進中なのだ。自分たちのまわりにどんな動きが見え始めているか、改めて感じてみる必要がある。
コロナは不思議な反応を社会にもたらした。欧州右翼政党が勢力を拡大していったのは、国民の心の容量にまだしもスキマがあったからだろう。そのスキマをコロナが代わって埋め尽くし、現状維持に大きな貢献を果たしている。たったいまTV報道があり、IOC会長が、コロナがあろうとなかろうと東京五輪を実施する、と発信したようだ。「GoToオリンピック」か。正常性バイアスの行き着くところ、後戻りなしの熱狂アリ!
posted by ガンコジージ at 11:33| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月07日

矛盾を追いきれなくなって混乱する

3面「時期政権の課題考 1」は「PCR増やせず10年 新型インフル教訓置き去り」「『経済と両立』政策に矛盾」には民主党政権時代の施策が、そうとは書かずに触れられている。「09年から流行した新型インフルエンザを受けて翌10年、有識者らでつくる国の総括会議は、次のパンデミック(略)を見据え、提言をまとめた。保健所やPCR検査体制の強化が主な内容だった。それから10年。新型コロナの流行で、提言が置き去りにされていたことが浮き彫りになった」(本文引用)。民主党政権下では、提言に基づいてドライブスルーによるPCR検査の模擬訓練も実施された。保健所の縮小は1996年からはじまる。全国に845カ所あったが、いまは469カ所に減っている。原発事故のせいかどうかは知らず、提言を実行する意思は民主党政権にはあった。「新型コロナの流行で、提言が置き去りにされていたことが浮き彫りになった」「首相は退陣を表明した8月28日の会見で、新たな対策を発表した。簡易抗原検査の能力を8月時点の1日2万6千件から20万件に拡充。かかりつけ医に相談・受診できる流れを作る。人員強化も含む保健所体制の整備も盛り込んだ」「だが実現は容易ではない。行財政改革が進む中、職員が減らされてきた保健所で、人材を増やす具体的な手立てが示されたわけではない」「教訓の放置は許されない。この冬を乗り切るだけでなく、10年先を見据えた対策が求められている」(本文引用)。言いっ放しは誰にでもできる。「経済と感染症対策を両立させる」と主張した政権だが、具体策はワケワカランことばかり。各種の一時金分配は事務を民間企業に任せ、必要なところへ届かず、膨大なカネがお友だち企業に流れた。カネの流れの怪しさは退陣表明とともに消え去るかにみえる。アベノマスクも異様な高値で聞いたこともないような企業に発注され、送られてきたマスクは幼児用かと思うほどの小さなものでしかなかった。お肉券、お魚券は消し飛んで、第2波が進む中、強引にGoTo事業を実施、感染拡大を許した。その間、通常国会を終えてからずっと、雲隠れし続けた首相はついに退陣するに至ったが、影から操る院政を敷こうと、まだ暗躍を続ける。
厚労省は新型コロナを「ふつうのウイルス性肺炎」と呼んで、安心を振りまいていた。アベ政権も然り。初動を軽んじ、経済との両立を言うことさえ遅れをとって退陣間近の隠れ家からの遠吠えで、何をやっているんだかわからない状態に陥った。以下の記事ではドライブスルーについて、「厚生労働省は当初、『この方式を採用しない』と言い切り、普及に慎重な姿勢を示して」(本文引用)いたとある。歴史の文脈から考えると矛盾が生じる。民主党政権時代で模擬訓練が行われたときドライブスルー方式も試みられている。それは無かったことか。厚労省は何に拘って時期を失したのか。「厚労省は3月15日、公式ツイッターに『「ドライブスルー方式」のPCR検査を実施しない理由について』と題したツイートを相次いで投稿した」(本文引用)という。「ただのインフル」という考えを捨てなかった理由とともに、これも後々はっきりさせる必要があると思う。「ただの風邪」「ただのインフル」説は厚労省とその後ろから支配を強める官邸の意向を背負ったトンデモ説に受け継がれ、コロナ疲れの気分漂う世相を広がっている。もうひとつ下の記事には、政府が、入院は重症者を優先して無症状・軽症者は宿泊・自宅療養とするという方針を発表したとある。これもトンデモ説と絡んでくる。「感染=病原体が体内に侵入したこと」というのがブログ主の認識で、体調や侵入程度ですぐ発病するか、発病せずに済むかが分かれる。安易な線引きは感染拡大を防げないと知っておきたい。
☆「ドライブスルー検査、当初否定した厚労省 初動遅れなぜ」朝日新聞9月4日
https://www.asahi.com/articles/ASN923S03N7WUTFL001.html?ref=hiru_mail_topix1
☆「政府が方針転換『コロナ無症状者軽視』が招く危機」日刊ゲンダイ9月6日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/278314?fbclid=IwAR3cbAZpO-Swy-XCF07iXphzwnquLcOuEwABpH5T7p797MrEg7AZXUwr9z4
posted by ガンコジージ at 11:08| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月06日

ここに焦点を当てるべきと思うのだが

1面「天声人語」が興味深い。ブログ主は保健所は戦前からあったと思っていたが、「診療所でしかなかった」とある。貧民診療所みたいなものだったか、と思って少し調べてみたらそれほどでもなかった。昭和12年4月に制定された「保健所法」の主旨に「健民健兵」という建前があって、「国民ノ体位ヲ向上セシムル為地方ニ於テ保健上必要ナル指導ヲ為ス所」という記述がみられる。でも、地域の公衆衛生を担う場所としての機能は薄弱だったようだ。「敗戦直後の日本に降り立った米占領軍のクロフォード・サムス大佐はいきなり頭を抱えた。蚊が多く、街には浮浪児。何より天然痘など感染症の多さに驚く」(本文引用)とあり、患者の個々の診察ではなく、地域の公衆衛生を担う役所であるべきとして、各地に施設を増やしていった。しかし、「サムス大佐が帰国すると、たちまち人員も削られた。『保健所たそがれ論』がしきりに言われ」(本文引用)とある。なるほど、公衆衛生なんてまっさきに建前を捨てられ、縮小されたのだ。それでも保健所は生き残って、いろんな功績を挙げた。転換点は1994年の法改正だったという。そのとき1000近い保健所があった。それがいま469カ所とおよそ半分に減っており、新型コロナが蔓延したとき、都市部の保健所はたちまち人材も機材も機能不全に陥り、職員に過激な負担がかかって、「退職者や他の部署からの応援を得てなんとか持ちこたえている」(本文引用)状態にあるという。安倍政権は保健所の機能を強化する措置はほとんど講じず、激務のうえさらに激務を重ねる対策を積みあげるばかり。このことに触れる報道は過少で、気付く者も少ない。保健所からの情報が関係部局に上げられるのも手書きのファックスで行われるというテイタラクは、保健所の責任ではなく物的にも人的にも削り続けてきた結果による。それが現在、どんなふうに改善されているのか、よくわからない。これ以上の深追いは別の機会にするとして、サムス大佐が帰国したらたちまち人員も予算も削られてしまったというオソマツさのなかに、「美しい日本」の原風景があるんだなあと、変な感慨を持った次第。削って余ったカネをどこへまわしたのか。その魂胆のウソ寒さが知れる話。完全に今につながっている。
6面「社説」に「コロナワクチン 社会の合意丁寧に築け」がある。多くを語る必要はない。「医薬品の審査を行う独立行政法人は今月2日、海外で臨床試験が実施され、有効性が認められたワクチンであっても、国内での臨床試験を必要とする考えを示した」「肺炎を起こすウイルスの病気に対しては、感染を予防できるワクチンが実用化された例はないといい、政府の分科会では過度な期待を戒めるべきだとする意見も出ている」「アビガンをめぐって安倍首相は(略)月内の承認を目指す考え」「だが、臨床研究で十分な効果は確認されないまま、今に至っている。政治の側からのこうした前のめりな発言は厳に謹んでもらいたい」(本文引用)と、もっともな指摘。一方で、「研究」の側での不可思議な振る舞いも散見される昨今。なんだか世の中乱れてるなあと慨嘆する。「社説余滴」の「うがい薬騒動 科学者の責任」では「新型コロナウイルスの感染者がポピドンヨードを含むうがい薬を使うと、唾液検査で陽性率が低くなるとした」「府知事らの発表で全国に波紋が起きてから1カ月」(本文引用)、記事は「研究」を取り仕切った医師の言動に疑問を示す。「研究は学会誌などに論文投稿し、複数の査読を経て受理される。今回は査読論文にされていないとの批判があったが、そもそも投稿自体が難しい段階」(本文引用)であったという。研究が認められるためには、それなりの段階を経るもの。研究者なら誰でも知っていて当たり前のことだが、近頃これを怠って最前線で未知の出来事に立ち向かっている研究者の努力に、民間レベルから異議を唱える元研究者まで出てくる。シロウトがシロウトなりに理解しようと頑張るのはあるべきだが、仮にも元研究者が研究ではなく一般論を武器に竿を指す。それも研究者に対してではなく、一般人向けに論を進め、政治を操って、病気との戦いに竿を指す。査読前の論文を批判し、自らは査読前論文さえ示さない。これは奇妙な行状でしかない。ポピドン先生も含め不思議で仕方ない。
posted by ガンコジージ at 11:36| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月04日

混迷深まり寄る辺なく漂う世相

ちかごろコロナ関連の報道が少なくなってきた。そろそろコロナは卒業だ、という気分が巷に蔓延してきたのを見越して、ウイズ・コロナに駆け込んでしまおうという空気作りが始まっている。第2波の死者数を見ると、第1波の上昇局面に似ている。第1波は医療現場が混乱した。第2波は治療の体制がある程度整い、症状に応じた治療薬も見つかっており、大きな混乱に至る状況にはない。昨日の新聞論調も、26面「コロナ感染『緩やかに減少』 専門家会議 福岡・沖縄など注視必要」では検査で多くの軽症者が見つかって結果的に致死率が下がった可能性と治療法の改善などを減少の要因に挙げているが、高齢者の致死率はほぼ変わらない推計もあり、今後検討していくという。しかし、これから季節性インフルの流行期に重なっていく。まだ要注意の時期は続く。感染者数を増やし、死者数を削り、死亡率を低く見せる。そして、気分だけ「ウイズ・コロナ」に誘導され、創られた「安心・安全」に絡め取られていかないよう気をつける必要がある。過去に同じ事例があるがゆえに・・・。
3面に「東証終値、半年ぶり高値 2万3465円 コロナ急落前の水準」がある。「2008年のリーマン・ショック時は危機前の水準に戻るのに約5年かかったが、今回は約半年で値を戻した」(本文引用以下「」内同様)アメリカでダウが半年ぶりに2万9千ドル台まで回復したのに続き、金融緩和の影響があったか。一方、今日はヨーロッパ市場全面安を受けて大幅安で始まった。そしてアメリカの市場はとみれば、また下落中。日本では一時的に値上がりが激しかったので、調整ぎみという解釈が語られていた。期待や落胆など、気分次第で景気が変わる。新聞では「新型コロナの影響で世界で株安が連鎖し、日経平均は2月25日から4日間で計2200円以上落ちた。3月19日には1万6552円まで下げたが、その後は各国の金融緩和や内政政策で回復。ワクチン開発や経済活動再開への期待から持ち直してきた」「一方で、市場には『実態経済が追いついてこなければ再び下落に転じる事もありうる』」との警戒感も示され、たしかに景気が自力で回復するにはまだ時間がかかりそう。日銀もGPIFもあんまりがんばらず、息切れした後のことを考えろ、と言いたい。7面「株価 回復まだら模様 IT・ゲーム好調 鉱業・空運は低調 雇用危機続く米 市場加熱」の記事。「米株価に続き、日本の株価も2〜3月のコロナ・ショック前の水準に戻った。大規模な金融マネーにも支えられ、企業回復への期待が高まる。ただ、業種によって回復度合いは明暗が分かれる」「今の日米の株価水準は回復期待をそのまま映したものなのか、『バブル』なのか。『金利低下で債券投資などの魅力がなくなり、少しでもリターンを見込める株が買われている。こういう説明がつく時点でまだバブルではない』(略)との声の一方で、市場には加熱への警戒感も漂う」。この状況を加熱と感じ、バブルかどうかで意見が分かれる。つまり、「大規模な金融マネー」はバブルを引き起こす場合もあるということか。いまはやはり、実感のない景気上昇ということなんだろう。株をやるものだけが一喜一憂する愚者の楽園。ブログ主はそんなことに縋るのは大っ嫌いである。
12面「社説」には「森友・加計・桜 説明なき退陣ありえぬ」の記事がある。「退職するのだから、もういいだろう。安倍総理がそう考えているなら大きな間違いだ」「『私や妻が関係していれば、首相も国会議員も辞める』と首相が言った直後に改ざんは始まったのだ」「加計問題も結果的に、首相の『腹心の友』が優遇されたように見える」「首相案件」「総理は自分の口からは言えないから、私が変わって言う」「発言者は否定するが、聞いた側が嘘をつく理由もない」。そして首相は恥もなく国会答弁を突然ひるがえす。「桜」も疑惑満載で、参加者を広く募り、その名簿を野党が資料請求した直後に破棄。「前代未聞の公文書改ざんは、政治史に負の遺産として刻まれる」と。こんなのを支持した暗黒時代の庶民として我らは歴史に刻まれる。ドンはほぼ自宅に引っ込んだまま、敵基地先制攻撃を鮮明にしようと画策。恥の限りを尽くすその姿は、見るに耐えない醜さを世界に向かってさらけ出す。はずかしい!
posted by ガンコジージ at 11:23| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月03日

安定した生活より株でカネを恵んでくれる人

1月中旬、日本で最初の感染者が出た。そのとき首相は「コロナは大したことない」として議論を避けた。厚労省もコロナを新型肺炎として軽視する文書を発していた。事態が急転したのはダイヤモンド・プリンセス号だった。船内で感染が急速に広がり、あわてて対応を強化し、それから迷走が始まる。いや、対応は最初から迷走だったが、世界的にコロナ対策が進み出し、あわてて世界がやることに同調し始める。ところが長年かけて保健医療行政をボロボロにしたツケが回っており、指示を出せども現場は右往左往するばかり。コロナ初動の混迷はこうして始まった。お魚券、お肉券なんぞの発想は、「コロナはそんなに大騒ぎするほどの病気じゃない」という初期からの認識を前提として浮上したものだから、とても珍妙な対応としか一般には理解されなかった。緊急事態宣言だとか小中高の休校とか3密もそうだが、GoToなどの経済対策も「コロナはすぐ終わる」という気分が根っこにあった。一方、オリンピックが延期になる。2年くらいは覚悟したいところ1年にしたのは、自身の総裁任期内に開催したかったからだ。ワクチンをやたら急ぐのも然り。心積りは「コロナは大騒ぎするほどのこともなし」という観念がいまだに改まっていないからで、菅氏はGoToを「やらなかったことを考えたら大変なことになっていた」(4面「野党、菅氏と対決姿勢」GoToめぐり『根拠のない発言』)と民放番組で発言。偉大なる首領様は危機にからっきし弱くて、まともに向き合えなかった。アベノマスクは大不評。10万円で右往左往。ときどきPCR検査を増やすと言ってもなかなか増えやせぬ。「なんでそうなるの?」と思えば、保健医療行政は極限までやせ細っており、首領様がいくら叫んでも出来ることは限られていた。いまさら保健所を元の数まで増やせとか、感染研の年間予算を拡大しろとか、大胆な軌道修正ができない見栄っ張りが災いする。
首領が手を拱いていると、身内から助け舟が出る。「コロナはただの風邪」「コロナはただのインフル」と、専門家まで巻き込んで大合唱しだす。それはありがたいが五輪は無理筋になってきた。「もうぼくちゃんの手に余る」とつくづく思っているまに、家来の議員たちの不祥事に司直の手が容赦なく伸びてくる。いよいよ自分の身辺にまで捜査が及びそうになる。「どうすりゃいいんだぼくちゃんは。コロナは風邪でしょ。インフルでしょ。ほっとくと経済がたいへんなことになる。めんどくさい。だれかなんとかして」・・・というわけでGoToを強行したら、かえって感染者が増え出し、タイムラグで死者も伸びてくる。夏から秋へ、まさかの<季節性インフル+コロナのコラボ禍>勃発があるかの瀬戸際になっちまった。首相は病気悪化による辞任表明をしてからも、「ほんとに病気が悪化したの?」と首を傾げるくらい、けっこう元気に仕事してる。病気だもんだからあんまりたくさん仕事はできないけど、これくらいならなんてコトない、という範囲の「軽微」な仕事をしている。以下の記事では「在任中に敵基地攻撃能力保有の方向性を示す意向を固め、与党幹部に伝えていたことが31日分かった。秋田と山口への配備を断念した地上配備型迎撃システム『イージス・アショア』計画の代替案の考え方も同時に打ち出す。複数の政府関係者が明らかにした。次期自民党総裁が選出される前の9月前半に国家安全保障会議(NSC)を開き、安全保障政策の新方針に向けた協議推進を確認する見通し」「敵基地攻撃能力の保有は、『専守防衛』の理念を逸脱する懸念がある。具体策は次期政権に委ね、協議を継続する。公明党に異論が強く、首相の意向通りに決着するかどうかは不透明だ」(本文引用)。しかし世間はよくまあ、こんな人物を支持し続けるものだ。アベノミクスが成功していて足元がどれだけぐらついても株は堅調だから? 「先のことなんか来なけりゃわからない。みんな同じに落ち込むんだから、今を楽しまなくっちゃ」というのかね。「おカネ大切」でコロナも吹っ飛ぶってか。
☆「首相、在任中に敵基地攻撃方向性 与党幹部へ伝達、9月前半NSC」共同通信8月31日
https://this.kiji.is/6731361197401713
posted by ガンコジージ at 11:23| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月02日

カネが入ればすべてを許すってか

「最長政権考4 森友・加計・・・説明責任果たさず」の表題はいいが、勢いの良かった第1回目と比べてとても遠慮がち。2回目からいきなり1面トップが自民党総裁選になっちまったのだから、ゲンナリくるのは当たり前か。やめてくれないかな、というところ、頭の中で配置を逆にして「森友・加計・・・説明責任果たさず」をトップにしたら、紙面の意味が全く変わってとてもしっくりした。ついでに「8月最も暑かった」を縮小か他の面へ移し、「合流新党代表10日に選出へ 枝野・泉氏出馬検討」を大きくしたらさらに良し。で、「考」の記事で最初に印象に残ったのは「モリカケ問題が連日報道される中、ある政権幹部はこんな指摘をしている。『問題は完全に政治化し、国民が「反安倍か、親安倍か」「好きか、嫌いか」になっている。ファクト(事実)かどうかは力がなくなっている』。疑惑が持ち上がってもコアな支持層には響かない、との自信を示したものだ」(本文引用、以下「」内は同様)という部分。森友で追求が始まった頃、首相は「私や妻が関係していたことになれば首相も国会議員も辞める」と発言。その後、佐川改ざんの発覚で「妻の関与について『贈収賄は全くない、という文脈の中で一切関わっていないと申し上げた』」というあたりから首相の答弁が言語破壊度を加速させていった。近畿財務局職員が自殺し、妻が今年3月に、この言語破壊的発言が改ざんのきっかけを作ったとして再調査を求めたが首相は頑として応じず、さらに加計学園問題で、「総理のご意向」文書を(総裁選に立候補した)菅氏が「怪文書みたいな文書」として切り捨てたあと、再調査したら見つかっちまったオソマツの極み。しかし、支持率は急落しても総選挙で勝ってしまう不思議。「ある政府高官は『世論の批判は一過性、国民はすぐに忘れてしまう』と冷静だった」。辞任会見で説明責任を問われた首相は「十分かどうかについては、国民の皆様が判断されるんだろうと思っております」って破廉恥の極みに押し上げたのは誰だ!
27面は「考」の延長戦。「アベノミクス恩恵に格差」「株投資の主婦『うちには成果』 就活に追い風『うまくいった』 生活困窮者『関係なかったな』」がある。アベノミクスで儲けた中間層が保守化している様子がうかがえる。この人たちはバブル・ショックのとき、どんな経験をしたのだろう。ウハウハで儲かって、笑いの止まらなかった人たちが、あのときもいた。株をやらない奴はバカだ、という顔つきでのさばっていた。やれば儲かるとばかりに借金してでも投資し、さらに儲けた。それがある日始まった大暴落でまっ青になった。盛大に爆沈し、もうこの世が信じられないという顔になり、家庭内戦争まで勃発させ、落胆のあまり体を壊し、以後は株の架空取引で遊びはしても、カネはつぎ込まない日々を暮らすことになった。ブログ主は「儲けたときが花なのよ。いい加減でやめてたら得したのにね」などと思ったものだ。株をやらなかったものにはいっそ小気味よかったものだが、さて、その経験はいま、どこにも生きていないのか。バブル絶頂期と同じ紙面がいま目の前にある。そしてあの当時はこれほどまで多くなかった、「恩恵」が届かない人たちの姿が浮かび上がる。NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」の理事長が語る。「安倍政権は子どもの貧困対策など貧困に陥る手前の支援には力を入れたが、生きる権利を保障するという視点は弱かった。長期的な社会の安定につながったとは言えない」。そして3面「求人倍率7カ月連続悪化 7月コロナ失職計5万人超」「『6月危機』派遣労働16万人減 政府の雇用維持要請強制力なし」が現代の危機を鮮明にする。先の敗戦の後も多数の国民が貧困に喘いだが、今度の貧困は、膨大な中間層の保守化というおまけ付きで広がっている。中間保守はいつもどおり「明日は我が身」という危機感を持たないまま、今日も浮かれまくる。彼らはたとえこれから没落しても、その没落を恥とし、経験をぜったいに次の世代には伝えないだろう。それが歴史を繰り返させる。そんなものなんだろうか。末世のあさましさ!
posted by ガンコジージ at 12:01| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月01日

生前追悼記事?いやそりゃないでしょ

一昨日から始まった「最長政権考」シリーズが今日で3日目。日を追って大人しくなっていく。まず1面「最長政権考 3」「対等な日米関係 姿見えぬまま」によると、首相は31日にトランプ氏に電話し、辞任を決めた経緯を説明したとか。「『大統領との深い信頼関係のもと、日米関係がこれまでになく強固になった』と強調すると、トランプ氏も『日本の歴史の中で最も偉大な首相だ』とたたえた」(本文引用、以下「」内は同様)とある。そうか、たたえられちゃったか。院政を続けようという底意があるんだけどね、と付け足したいところ、事態の進展はどうなるかまだ不明。「首相は政権復帰した2012年、民主党政権時代を『外交敗北』と批判。歴代政権が踏み込まなかった集団的自衛権の行使容認を、日米の『信頼の絆』とみて同盟強化に取り組んだ」(自著で首相は)「『集団的自衛権の行使とは米国に従属することではなく、対等となること』だと強調。一方、『戦後の歴史から日本という国を日本国民の手に取り戻す戦い』とも語っている。『対等』な日米関係構築と、戦後のアジアでの『謝罪外交』に区切りをつける」「そうした安倍外交が浮かび上がる」。14年には集団的自衛権の行使容認を憲法の解釈変更という荒技で決めた。米の求めに応じて特定秘密保護法も強行突破。辞任会見で「助け合うことができる同盟は強固なものになった」と誇った。そこで思い出す。トランプ氏が大統領選で勝利するや、間髪を容れず、大慌てでトランプタワーにすっ飛んでいったのはダレだっけ。ヒラリーが勝利すると見ていた首相は、同年9月に訪米した際はトランプを無視し、ヒラリーとだけ会談した。カッコつかなかっただろうな。客観的に見て、あれほど大慌てでゴルフ道具のお土産持参で駆けつけたのはお笑い種。それで足元を見られることになって、ほとんど言いなりでカネを貢がされたのではなかったか。まあ、自分のカネじゃないし、痛くも痒くもなかったでしょうがね。あの機嫌のとり方はみっともなくて見ていられなかったけれど、プーチン氏にまで同じようなご機嫌取りの仕方をしているのを見て、当方あきれて口をあんぐり。彼はご機嫌をとるとき、平気な顔で露骨にやって恥じない人のようで、そのように育ってきたのだとしか思えなかったものだ。
☆「なぜ安倍政権はトランプ勝利を予測できなかったのか? 即座のトランプ詣では正しかったのか?」BestTimes2016年11月26日
https://www.excite.co.jp/news/article/BestTimes_3724/
3面「拉致『痛恨』米に翻弄され」「対ロ・韓国『戦後の総決算』未完」「対中牽制か連携か 政府内に対立」は、拉致問題から論評を始める。12年末、首相は拉致被害者家族会メンバーを官邸に招いて力強く語った。「もう一度首相に就いたのも、なんとか拉致問題を解決しなければとの使命感からだ。必ず安倍内閣で解決する」と、はっきり宣言し、北への圧力路線を展開し始める。17年の国連演説でも「必要なのは対話ではない。圧力だ」と対北強行姿勢を訴えたが、その半年後に米朝首脳会談実施が表明されるとコロリ、「北朝鮮の変化を評価する」。その会談の中止が発表されると、「トランプ大統領の判断を尊重し支持する」とまたコロリ。その3ヶ月後に米朝首脳会談が実現すると、「相互不信の殻を打ち破り、日本と北朝鮮が直接向き合い、解決していかなければならない」として「前提条件なしの対話」を呼びかけコロコロリ。北朝鮮に足元を見られる始末。「ありとあらゆる可能性、様々なアプローチ。私も全力を尽くしてきたつもりだ」って、外交といえば、どんなに関係が悪くなっても、ちゃんと話の通じるチャンネルを確保していて当たり前の世界。それをおろそかにした罰がもたらした結果なのにどこが全力やら。対ロ外交も同様で、もう言うことなし。自分がいいカッコできると思った局面で勝手に振舞い、失敗するパターンを繰り返しただけだった。おなじことは後手後手に回ったコロナ対策でも露呈。全国の保険医療体制をぶち壊し、危機に直面してなにもできないことが発覚しても、前後の脈絡なく掛け声をかけるばかり。ついに社会・経済・医療が崖っぷちに追い詰められあわてて遁走。それでも院政で影から政治を操るんだと息巻くいじましさ。この流れを追う記事であって欲しかったのに、残念!
posted by ガンコジージ at 11:41| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする