2020年10月31日

第2波から第3波へ東アジアタイプの効力は

14面「社説」は「欧州コロナ再燃 『対岸の火事』とせず」。ヨーロッパで新コロ第2波が深刻になっている。フランスは全土で外出禁止令を発した。これは大きい。ドイツもイタリアもスペインも、それぞれの対応をやむなくされている。他の諸国も程度の差はあれ同様だろう。まだかわらないが、スウェーデンの状況も予断を許さない。ジョンズホプキンス大学集計では、この国の土日の死者がゼロになる奇妙な傾向がある。週明けにまとめて累算するのかと思えば、月もそのままゼロが続く不思議。とはいえ感染者数は増えつつある。死者数集計を絞り過ぎていないかと思ったり、感染者が増えても医療体制が万全だから死者数は激減したのかと思ったり。情報過小で真実は不明。新コロ禍は東アジアでは比較的少ない影響しかみられない。だが、感染者数が10万人を超えた日本は、社説では触れていないが、アベ前首相が「日本モデル」と胸を張った対応とは裏腹にいまや中国を抜いてダントツの感染者数を示すに至り、さらに独走中。東アジアタイプの一員だったが、その群から抜け出る算段かと気をもむばかり。「菅首相は『爆発的な感染は絶対に防ぐ』と繰り返すが」(本文引用、以下「」内同様)東アジアタイプという貴重な資産を食いつぶす様相鮮明。スガ政権がなぜこれほどまでGoToを急ぐのかといえば、ひとえに日本経済の落ち込みが看過できないほど激しくなっているからに他ならない。すでに30年も続くデフレ不況のなかで駄目押しのように突発した新コロ禍。04年から09年、17年と繰り返されてきたWHOの警告があったにも関わらず、自民党政権は保険医療行政の縮小を強行し、保健所は最盛期の半分に減少。人員も機材も完全に不足しており、いまも旧態のままだ。そして、「全国知事会からは、休業要請に実効性を持たせる措置やそれに伴う協力金に関する要請が繰り返し出されている。臨時国会が始まったが、こうした検討はたなざらしにされたままだ」。そんな状況にありながら、新コロ第1波を検証した民間臨時調査会の報告書では、政府の対応を官邸スタッフは以下のように自己評価する。「泥縄だったけど、結果オーライ」。前首相自慢の「日本モデル」も、「様々な制約条件と限られたリソースの中で、政策担当者が必死に知恵を絞った場当たり的な判断の積み重ねであった」。過酷な状況が続いているなか、第1波の検証がこれでは、第2波から第3波にかけての対応がどうなるか、推して知るべしといわざるをえない。
死者数に注目すると、第2波が落ち着くと同時に重なるように第3波が訪れている感触がある。専門家が危惧しているのは感染クラスターの発生で、それを抑え込めば感染拡大は食い止めることができるという判断。GoToをどうしてもやるというのなら、感染クラスターが拡大しないよう検査を拡大し、突発する危険を食い止めることが前提となる。そのための設備・機材・人員・カネなどを拡充することが必要となる。ここで足かせになるのは、前政権から顕著になってきた財政出動のあり方で、とりあえず企業を潤せば、その利益は国民にもトリクルダウンであまねく行き渡るという甘い見通し。それが現在も延長され、経済優先で、国民への配慮は二の次三の次になっている。目玉である経済優先自体が「泥縄」で「場当たり」の判断だから、ともすれば経済再建どころか、コロナもろとも破綻へまっしぐらになりかねない状況になっている。第2波が落ち着かないまま突入する第3波の爆発を抑えているのは、官邸ではなく必死に持ちこたえている医療現場であることは間違いない。
世界の感染拡大とまるで違う東アジア独特のパターンとはいったい何か。よくわかっていない。ブログ主の記憶では、同様のパターンはエイズウィルスの脅威が広まってきた段階ですでにいわれていたことだった。そして、交叉免疫については09年の新型インフルのとき有意義な研究が進められていた。今回の新コロで、さらに研究が深化する。それを待たずに全体を云々する愚は犯したくない。「コロナは風邪」とするなら、欧米のコロナは何なのか。日本とどう違うのか。明快な説明がつけられなければならない。
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2020年10月30日

本日の新聞はコロナ特集か

1面「国内感染10万人超 初確認から9カ月 微増の傾向続く」は、国内感染者数が29日に10万人を超えたという。死者数は1761人(DP号含む)。「下げ止まっていた新規感染者数は10月以降、微増の傾向が続く。インフルエンザなどが流行する冬を前に、専門家は警戒を呼びかけている」(本文引用、以下「」内同様)。ここでちょっと違和感。第2波の感染者数は8月初旬をピーク9月初旬までは順調に下がってきた。その下降線が止まって微増し始める。いや、微増ではないだろう。本来なら順調に下がり続ける下降カーブを思い描くと、日を追って増加していく傾向が感じとれ、これは微増どころではないと思えてくる。減る傾向と別の原因による増加傾向が影響しあって微増に見えるだけで、これは優しく表現しても第3波が増加中と見た方がよくないか。または第3波はまだ顕著ではなくGoToが原因か、などと勘繰りつつ、とりあえず警戒は必要と思う。警戒ポイントは感染者数もさりながら、死者数の遷移にありそうにも思う。第1波は劇的に上がり、劇的に下がった。第2波の上昇は緩やかでピークは第1波ほどではなかった。これが夏場の感染ゆえか、医療体制の拡充が原因か、よくわからない。そして10月中旬から微妙な変動があり、現在はややフラットへ移行するかどうかの瀬戸際にある。もう少し先で顕著に上昇し始めたら、今年の冬はヤバくなりそうに思えてくる。これは個人的な感想に過ぎず、専門家はもっとたくさんのデータを使って綿密に予測する。第2波が夏であることを考慮すると、第1波の南半球の傾向を逆向きにした形になる。オーストラリアを例にとると、彼の地の3〜4月と7〜8月ごろの両ピークは北半球と真逆にで、両半球の共通点は夏は冬より軽微ということか。
2面「時時刻刻」の「第2波 死者数に地域差」「大阪・福岡・愛知感染 歓楽街から高齢者施設へ」「東京 早い検査・治療 院内流行防ぐ」「再拡大の兆し 対策不足懸念」では、感染者数が多いことについては単純に触れるだけで詳しくは語っていない。確かにそれだけを論じるのには紙面が足りないだろう。しかし、無症状の感染者が感染源になる可能性が高いのなら別立てでも解説すべきと思う。無症状の感染者は感染者として係数するのが適当ではないとする見方が広くはないが巷にある。ブログ主は無症状の感染者でも感染力を持つのであれば、警戒するに越したことはないと思っている。もともと伝染病の感染の定義は、体内に病原体が入ったことを感染とする。そこから何らかの症状が出るまでの期間は、それほど長くなく、また感染したものの発症するに至らず治癒していくケースもある。それが一般的なのであって、新型コロナでは無症状期間がどんな推移をたどるか、はっきりしない時点では最大限の注意を払うのは当然と考える。いまようやく一定の結論が出て、臨床現場の厳密な調査が新型コロナの全体像が判明しつつある。PCR検査も同様で改良が進行中。やたら不信感を煽るのは出口を塞ぐのと同じで、生き抜くためには何の足しにもならない。
27面に「『Qアノン』陰謀論 米大統領選に影響?」があり、注目できる指摘をみる。Qアノンは、「アメリカは『ディープステート』(影の政府)に支配されている」と主張する。これは既存の陰謀論にさらに現実味を持たせようとする意図を感じさせる。そして記事の論者の一人は、Qアノンの本質を的確に指摘する。「既存の権威に疑問を抱くのは民主主義的に健康ですが、陰謀論の支持者は不遇の原因を外に求め自分を納得させたいだけで、現実を変える意思に乏しいように見えます。というより、現実の問題が解決したら陰謀論は成立しなくなるので、かえって変革を拒む勢力にもなる」。別の一人は、「最初の現れは、オバマ政権下の『ティーパーティ(茶会)運動』で」、従来は保守派内で淘汰されていたものが「ソーシャルメディアで直接組織化され、表舞台に出てきた。Qアノンはそれに続く動き」とする。それがインターネットの発達で世界に広がり「保守派内」から「表舞台に出てきた」という。あらためて「現実を変える意思に乏しい」ことを意識すると、「コロナは風邪」の主張と保守派の緊密なつながりが見えてくるようだ。
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2020年10月29日

スカスカで短命でボロボロの運命か

「多様性」「総合的、俯瞰的」「バランス」といった言葉が、多様性を認めず、自ら政治のバランスを崩し、総合力俯瞰力なんぞ気にしない人から発せられる。重要なのは、戦前戦中に国家に従属し、戦争協力してきた学問の世界が、敗戦の荒野に立って「もう2度と戦争協力なんてするもんか」と固く誓ったところから日本学術会議が生まれたこと。その責任を背負って国家に対し的確に提言する役目を堅持する。国家はその意義を日本国憲法の精神に則って尊重する。自らの立ち位置を明らかにする基本姿勢として、日本学術会議法を設け、厳格に自分自身を縛る。日本学術会議法は学術会議を縛るものではなく、国が守るべき法として立つ。政府が行う形式的な任命は、学術会議が背負っている2度と戦争協力しないとの強い意志を尊重する立場から異論なく「任命」し、趣旨に則って予算を差し出す行為。その趣旨を大切と思うから、過去ずっとそうしてきた。だいたい「任命」というのが変な表現なのかな。法律用語の古い体質の残りカスがこびりついているのかもしれない。1面の記事は憲法論議ではなく、典型的なご飯論法答弁を明示する。憲法6条の規定「天皇は、国会の指名に基づいて、内閣総理大臣を任命する」を引いて首相に問い糺すと、「法文の文言のみで比較することは妥当ではない」「必ず推薦の通りにしなければならないわけではない点は、政府の一貫した考えだ」(本文引用、以下「」内同様)と答える。「多様性」も「総合的、俯瞰的」も「バランス」も、その前提とする「戦争に加担しない」という誓いの一点にかかる表現であり、「学問の自由」も「思想信条の自由」も「なにをやっても自由」という意味には決してならない。当たり前が通用しない政治!
2面「時時刻刻」に「初陣の首相 攻める野党」「枝野氏『まず自助 考え時代遅れ』」「菅氏『自助・共助・公助』の順 強調」「学術会議 菅氏の『多様性』発言 『支離滅裂の答弁』批判も」がある。首相の発言は学術会議の成り立ちを無視し、学術会議は国家に帰属する機関という、徹底的に錯誤した観念に偏執的なまでに取り憑かれているもの。それゆえ、学術会議の人事を政府機関の「人事」と思い定め、そこから一歩も動こうとしない。「人事に関することで答えを差し控える」という答弁がそれを物語る。学術会議の人事は、政府に対してこのような人事で提言していく、という意思表示であって、政府に「人事権」はなく、示されたものを真摯に受け止める立場があるだけ。考えれば考えるほど学術会議の問題は日本国憲法の真髄に関わる問題なのだ。首相の「人事に関することで答えを差し控える」との答弁は、権限のはき違え。日本国憲法の真髄が頭からすっぽり抜け落ち、それを空洞化し、ワイマール憲法のごとく扱える状況を具体化するための、巧妙かつ姑息な画策の一歩に他ならない。
4面には「杉田氏問題 署名受け取り拒否 菅首相『党判断を尊重する』」があり、「女性はいくらでもウソをつける」発言の杉田水脈氏の謝罪や議員辞職を求める署名の受け取りを、自民党が拒否している件につき、署名については、国会議員の出処進退は自ら判断するものであると考えており、取り扱いは党の判断を尊重する」「政治家は発言に責任を持ち、有権者から信頼を得られるよう自ら襟を正すべきだ」という。政治家スガにそのまま戻っていく発言。これをアッケラカンと言える心臓が「政治家」には必要なのか。この記事の下に週刊誌記事があり、「『第二の森友事件!』 『菅総理』タニマチが公有地でぼろ儲け」の文字が踊る。一般競争入札をせず、値引き交渉に応じ、さらに・・・都合3度も全面譲歩した異常すぎる「払い下げ」とはなんぞや。そして16面の週刊誌広告「強度不足で崩落の危険、すでに亀裂が・・・ 二階派副大臣と蜜月企業 高速道手抜き工事を実名告発する」は「コロナ油断大敵」特集記事も霞むデカ文字。ワクチン専門家が「最低5年」と語り、ネアンデルタール人との関係が日本人コロナ死者の少なさに関係するかもなどなど、興味深い記事だがこれは涙を飲んで割愛。どうも自民党内でスガ降ろしの動きがあるのかなと、気になる空気が漂っているのを感じる今朝の我が家購読紙!
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2020年10月28日

激動を予感させる記事が分散して並ぶ紙面

1面トップに「期日前激増 混乱含み 郵便投票開票遅れ懸念も 6470万人既に前回超え」「最高裁判事バレット氏就任」の記事がある。郵便投票のめんどくささを含む問題点が少し語られているが、トランプ氏が「詐欺投票」と批判して開票作業が終わらないうちから「選挙の公平さに疑念を投げかけることなどが懸念されている」(本文引用、以下「」内同様)ということと、「最高裁判事 バレット氏就任」がどうつながるかは、1面だけでは伝わらない。2面「2020米大統領選 結果判明遅れたら・・・混乱の3シナリオ」「郵便集計待たずトランプ氏『勝利宣言』? @投票日『赤い蜃気楼』」「判事の承認急いだ共和党 A接戦なら法廷闘争も」「『物理的衝突』懸念も Bトランプ氏、結果受け入れず」という不穏な表題に接して、ふいに「?」の気分が湧いてくる。@の「赤い蜃気楼」とは何か。それは共和党のシンボルカラーで、開票序盤はトランプのリードで進むが、バイデンが徐々に追い上げ、ついにトランプが逆転されてしまうことをさす。まさに赤い共和党の勝利は「蜃気楼」になるというわけだ。なかでも開票に時間がかかる郵便投票が問題を複雑にする。「トランプ氏は早々と『勝利宣言』を行い、郵便投票の集計を中止しようとする恐れがある」とし、開票結果が出ても、接戦だったら再集計か法廷闘争。Aでは、トランプ氏はすでにそれを意識するかのような発言をしており、加えて「トランプ氏が最高裁判事に指名した保守派のバレット氏の承認を共和党が急いだのは、選挙をめぐる争いが最高裁に持ち込まれた場合に備え、有利にしたいという思惑も」と指摘する。アメリカの選挙制度のおかしなところがそれに拍車をかける。「結果を最終的に決めるのは、州などに割り当てられた538人の選挙人」で、ややこしい手続きを経て正式に大統領が決まるのは来年1月6日。混乱を引きずって、もしやBの事態へ移る可能性もあるとか。つまり、トランプ氏の過激発言を支持する者たちが、トランプ氏とともに落選結果を受け入れない可能性がある。とまあ、新聞記事は並列した3つというより、3段階の混乱のシナリオを示している。
コロナが世界的流行の絶頂にあり、アメリカがブッチギリで先頭を走っている。そうなるとアメリカの混乱はコロナによる混乱を背景に、いよいよ険悪なものになる。「奢れるアメリカも久しからず。ざまあみろ」などと達観していては、気がつけば世界中がシッチャカメッチャカになっていたってことになりかねない。混乱の深層については10面「2020米大統領選 分極社会」の「ヒスパニック票の行方は 『壁』のある街で」「国境警備『仕事が楽に』◼︎人権団体『同胞を引き裂いた』」「コロナ禍で揺れる『民主党守ってくれない』『再選の方が怖い』」「多様な『最大のマイノリティー』」が、米国内限定で少し深掘り。「『ヒスパニック』は、スペイン語圏の中南米・カリブ地域の出身者や、その子孫を指す。『白人』や『黒人』のような人種を表す概念ではないが、マイノリティーの一つとしてとらえられ、人口統計でも『ヒスパニックを除く白人』という分類が用いられる」「人口は急増し(略)今年の大統領選では有権者の13・3%を占め、黒人を抜いて『最大のマイノリティー』になると推計。特にフロリダやアリゾナ、テキサスなどの州では有権者の2割以上となり、ピスパニック票がカギを握る」という。論旨をまとめるのが難しいので、大規模に縮めていうと、中南米諸国で政治的経済的その他の困難のため、故郷を離れてアメリカを目指した人々の子孫がヒスパニックと呼ばれ、いまやアメリカで強力な階層を形成している。そんな彼らがアメリカの衰えを実感し、政治的に流動しているという。数年前の「移民キャラバン」を思い出す一方で、「多様なものの見方をする、多様な人たち」と言われ、分厚い一枚岩とはいえない層とみられているが、そんな彼らがいま流動している。いろんな階層がごった煮で存在するアメリカ。世界の富が集中し、富めるものはどこまでも富をかき集めて巨大化する。湾岸戦争を経て、911から始まった21世紀、そんな国家が没落するかもしれない。いつもの延長上の混乱で済むはずがないのを感じるが、報道はその奥を見据える目を持たなくなっている気がしてならない。
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2020年10月27日

新型コロナ退治の世界的つながりがみえた

以下の映像でまず感じたのは、新型コロナの医療分野における取り組みが、第2波の只中で大きく前進していること。注目は、免疫機構とコロナの関係が、かなりはっきりしてきた点で、治療は医療現場で様々な試みを経て進歩していくが、新型コロナの基礎的な捉え方がしっかりしないと焦点を定められず、治療を効率よく進めていけない。そこで、基礎医学的な取り組みを同時並行するのが重要になる。個人的に注目していたのは、交叉免疫とHLA(ヒト白血球抗原)の2つで、児玉教授はなんと今回の映像で、これをセットで取り上げていた。前回の映像でなにやら感触があったけれど、「早いね!」と思ったものだった。交叉免疫については彼のグループが前から指摘していた。今回は種々なウイルス間で交叉免疫があることを示し、サンディエゴ大学の報告で、風邪コロナの細胞性免疫が40%程度の人に存在することが示されたと指摘。もうひとつは遺伝子上にコロナファミリーへの中和抗体に近い自然抗体が存在すると報告されたこと。これは、歴史的にコロナについての遺伝情報が伝わっていることを示しており、ブログ主は、コロナに対する抵抗が自然抗体として遺伝的に継承されているということと理解し、半年ほど前にブログで書いたHLA(ヒト白血球抗原)に刻まれた遺伝情報に至る結論だと思った。世界はいまざっと観てこの2つで新型コロナに肉薄しているということか。さらに思うのはこの2つは別々のものではなく、大きなひとつの免疫機構の中にあって一連の流れとして協同して働いているということ。HLAは風邪コロナから新型インフル、新型コロナへ変異し、さらに繰り返していく変異の記憶を持ち続けるのだろう。ここまでのコロナはいつか克服できるとしても、次の段階のコロナ、またはコロナのもっと先へ変異するウイルスとの戦いは続く。それゆえ、「ウィズコロナ」ではなく、とりあえず「ウィズアウトコロナ」ということになると児玉教授は言いたいのか、と思ったものだった。
☆「ウィズアウトコロナへ〜経済を動かし日常を取り戻すために【児玉龍彦X金子勝 新型コロナと闘う】」デモクラシータイムズ10月13日
https://www.youtube.com/watch?v=EsXZxtT34nI&fbclid=IwAR2AAmU1VCGN80KmZw7hpedJyZfabbptVP7LxxoeyMjca7dLuh7lnWK0eTg
興味深いのは以下の記事にあるスウェーデンの報告で「カロリンスカ研究所の研究では、抗体検査で陽性と判定された人数の2倍の人々に、特異なT細胞が見つかった。感染した細胞を特定して破壊するT細胞だ。これはCOVID−19の症状が軽かった人や無症状だった人にすらみられた」「T細胞は抗体と同様、記憶力をもつ免疫システムのごく一部だ。特定のウイルスを一度認識すると、そのウイルスに感染した細胞を素早く狙い、殺してしまう。インターロイキン7と呼ばれる薬は、T細胞を一気に増やすことで知られる」(本文引用、以下「」内同様)。
☆「新型ウイルスの免疫、予想上回る人が保持=スウェーデン研究」BBCNEWSjapan7月3日
https://www.bbc.com/japanese/53266612
さらに以下の記事は、キューバがすでに開発していたインターフェロン・アルファ2bについて指摘する。「インターフェロンは感染に際して警告反応し、細胞に抗ウイルス防御を高めるよう『合図する』たんぱく質である」という紹介は、インターロイキンと重なる。ウィキではさらに重なりを持って書かれているが、医療シロウトとしてはこれ以上立ち入らない。それでも、さまざまな方面からの探求が重層し始めているのを知って希望を感じた次第。インターフェロンは40年ほど前にすでにキューバとフィンランドとの共同研究があったとも書かれている。このあたりが後にスウェーデンと関連していくきっかけとなったのかもしれない。これも興味深い。
☆「新型コロナウイルスに有効?/医療先進国=キューバが開発したインターフェロン/ヘレン・ヤッフェ(イェール大学出版ブログ、2020年3月12日)  翻訳 脇浜 義明」note4月21日
https://note.com/jinminshinbun/n/n88413f3ce8cd
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2020年10月26日

公助の経済こそ社会の免疫力強化

コロナ関連にはいろいろな誤解が含まれている。典型的なのはワクチンが治療薬という勘違いだ。ワクチンは予防薬で、感染しないようにする薬。感染したら必要なのは治療薬。開発に長い時間がかかるワクチンと違い、治療薬については無数にある既存の薬品群の中からでも有効なものがみつかっている。副作用が起こらないように慎重に使っているものや長年の開発で安全性が高いもの、さらに広く一般に普及して安価になっているものもあり、症状の様々な段階において適切に使い分けする指針も出来上がってきている。ワクチンはウイルスの構造において、特徴的だが発症に関わる毒性と関係ない部分などを人体の免疫機構に感知させ、抗体を作ることでウイルス本体が体内に入っても、早期に撃退してしまうのを目的としている。だから、毎年のように推奨される、季節性インフルエンザに対するワクチンの「予防接種」というものがあるわけで、季節性インフルに感染し発病した段階では、感染予防ではなく発症した症状に応じた治療が行われることになる。つまりワクチンではなく、治療薬の出番になる。とまあ、そのようにブログ主は理解しているのだが、細かいところでは不正確な可能性もあることはいちおう断っておく。
免疫力を高めておけば新型コロナなんかにかからない、という発言をよく見かけるが、このあたりのことを理解しているのかどうかいささか気になる。免疫力ってなんだろう、という疑問に突き当たってしまう。免疫力って、新型コロナウイルスに対する免疫力なら、体内に新コロが侵入してできる以外に、どんな方法があるだろう。体力や気力を鍛えておく方法はあるが、それには社会の根っこにあるべき力=公助が前提になる。共助と自助はそれあればこそだ。栄養状態を良くし、暑さ寒さに耐える力を確保し、空気の乾燥や湿潤に強い体力を持ち、みんなで感染防止を努力する。ただし自助には、なんらかの疾病でやむなく免疫抑制剤を服用するとか、老齢で必然的に身体機能が落ちているとか、公助の不足によって免疫力を鍛える余裕もない低所得層やコロナによる失業者層など、経済的困難をベースとした多様な社会的欠陥によって「免疫力」の確保が十分でない場合とか。それでも自分は免疫力があるから感染しないと誇れるか。気づかないで感染拡大に手を貸していないか。公助を考える余裕を失っていないか。またたとえば、過去から現在へ続く経験の中で、以下のような人々への公助の方法はどうあるべきか。
コロンブスがアメリカ大陸に上陸してからほぼ1世紀で、南北両大陸の先住民の推定およそ9割が、コンキスタドールの持ち込んだ伝染病によって死んでしまったという。南北両大陸の先住民たちが、栄養状態や衛生状態が悪くて、医療知識が乏しくて病弱であったから絶滅に瀕したわけではない。大陸に到着したスペイン人たちの衛生状態は最悪だった。コンキスタドールたちの持ち込んだ疫病のタネはアメリカ大陸にはかつて存在しなかったものであり、先住民たちには、密林の苛酷を耐え抜く体力・気力はあっても、新参の病気に適切に対抗する免疫機構は持たなかった。約1割が生き残ったのは、集団の密度が極限以下になるなど様々な偶然の結果によって全滅から免れたためか。孤立した先住民が感染症で重大な状況に至るのは、彼らが身体的に弱かったからではないし、免疫力が低かったからでもない。文明人が多くの感染症に晒されて、多くの免疫抗体を持っているのに対し、彼らの免疫機構には多様な病原体の記憶が刻まれていなかった。それが基本だろう。スウェーデンとともにブラジルのコロナ対応を賞賛していた人々はいま、アマゾン孤立部族の窮状をどう捉えているのだろう。まさか、体を鍛えて免疫力をつけることが大切などと、いまでも考えているのだろうか。
☆「アマゾン孤立部族に新型コロナの死者、その危険性 病原体にきわめて弱い集団への感染、大量死引き起こす可能性も」ナショナルジオグラフィック4月15日
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/041400232/
☆「《ブラジル》ヤノマミ族=700人以上がコロナ感染=『我々は見捨てられている』」JORNALニッケイ新聞9月29日
https://www.nikkeyshimbun.jp/2020/200929-02topics.html
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2020年10月25日

外野にはわからんことが蠢いてる感じ

8面「社説」の「学術会議問題 自身の戒め忘れた首相」の冒頭に「首相は大臣に窓口になってもらうと言い、(略)担当相は『首相の方で考えていただく』と逃げる。日本学術会議が推薦した会員候補6人の任命を菅首相が拒否した問題で、理由を明らかにするよう求める学術会議側に対し、政権は不誠実かつ無責任な態度に終始」「従来の国会答弁に反することをしながら説明をせず、論点を学術会議のあり方にすり替え、たらい回しで相手の疲弊を待つ。それが『国民の感覚』重視を唱える政権のやり方なのか」(本文引用、以下「」内同様)とあり、続いて「政治家の覚悟」に書かれた考えとまるで違うじゃないかと指摘する。人事権はむやみに行使しないとか間違っても恣意的にやてはいけないとか、いいこと言っているのにアンタ逆をやってるね、と首相に詰め寄る。へえ、そんなことを書いてるの、と関心してしまう。「総合的」「俯瞰的」「バランス」てのはあるかな。読む気ないけど気になる。「あすから臨時国会が始まる。著書で、説明責任を果たすことの大切さにも繰り返し言及している首相が、数々の疑問にどう答えるか、注目したい」。うん、注目したいと思う。
「社説」と似たようなことが他でも起こっていないか。以下の21日記事によると、ジャカルタで記者会見した首相は、原発事故の「処理水の処分に関し『いつまでも方針を決めず先送りすることはできない』と述べた。『風評被害対策にもしっかり取り組んでいきたい』とも語った。政府は海洋放出について月内にも決定する。首相は『現時点で方針や時期を決めたという事実はない』と説明したうえで『これまでの議論や意見を踏まえ、政府内での議論を深めていきたい』と話した」という。学術会議問題も元徴用工問題も、いつものパキポキ紋切り型。
☆「原発処理水『方針先送りできず』首相、風評対策万全に」日本経済新聞10月21日
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO65261020R21C20A0MM0000/?n_cid=NMAIL007_20201021_Y
その2日後の23日、下記の記事によると、「東京電力福島第一原発の汚染水を浄化処理した後の放射性物質トリチウムを含む水の処分を巡り、政府の方針決定が11月以降にずれ込むことが、関係者への取材で分かった。放出処分で起こりえる水産物を中心とした風評被害対策の具体化や、国内外への情報発信のあり方について、政府は関係省庁でさらに議論を深める必要があると判断した」「梶山弘志経済産業相は23日の閣議後の記者会見で、『27日に政府方針の決定はしない。検討を深めて、適切な時期に政府として責任を持って方針を決める』と述べた」とある。記事によると、閣議で意見公募や全漁連の「絶対反対」についての会話があったようで、それと関係があるのかな。延期の是非は判断しないが、学術学会関連で「科学技術担当相は『首相の方で考えていただく』」とした記事と並べたら、なんとなく興味深い。
☆「政府方針決定は11月以降に延期 福島第一原発の汚染処理水の処分」東京新聞10月23日
https://www.tokyo-np.co.jp/article/63761
昨日の当ブログで我が家購読紙の記事「来夏五輪開催 菅首相が訴え『コロナに勝つ証しに』」関連で、首相は「『人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証しとして開催し、東日本大震災の被災地が見事に復興を遂げた姿を世界に向けて発信する場にしたい』と力強く宣言した」と書いた。わずか22行の極小記事という扱いに大きな?マークをつけたその日に、以下のびっくり記事に出くわす。「国民の約85%が来年の五輪開催をあきらめている」。IOCバッハ会長は11月中旬に来日という。元は今月じゃなかったかな。そこで首相に直接「中止」の意向を伝える可能性あるとか。一方、政権が繰り出す奇策が2032年五輪招致。このプランは9月初旬には浮上していたとあり、前首相退陣表明が8月29日。なにか関係があったのかな、などと思ったのは今朝のことだった・・・。
☆「IOCが中止を通知か 東京五輪『断念&2032年再招致』の仰天」日刊ゲンダイ10月23日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/280394
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2020年10月24日

「必勝」以外の選択肢を持たずに進む

イギリスの第2波が第1波より感染者数が多い一方で、死者数が少ない理由が、以下の記事で語られている。非常に合理的な理由と思う。まず1点目は検査数の大幅な増加。これは当然だろう。2点目は病院の対策が第1波の反省をもとによく準備され、院内感染の広がりを食い止めているなどの点。3点目はステロイド系抗炎症剤「デキサメタゾン」の投与により重症患者の致死率が約3割減っていること。4点目は医療防護具の確保などで感染対策が強化されていること。5点目は重症化しやすい高齢者の感染が抑えられていることがあげられるという。「どれが決め手というわけではないが、これまでの反省を生かすことで死者数の急増を防いでいるようだ。実際、足元では新型コロナの入院患者数は第1波のピーク時の3割程度の水準まで高まってきており、上記の対策によって死亡に至るリスクを抑えていると見られる」(本文引用、以下「」内)。ジャパンの場合、感染者数の増大は第1波より第2波の方が圧倒的に大きい。イギリス同様、検査数が多くなったからだろう。死者数は第1波のピーク時に比べ少なくなっているが、上位突出部分を除くとあまり違わないように見える。7月中旬以降を比較すると、第1波を5カ月、第2波を3カ月くらいとして、そのままシロウト的にざっくり算術したら、第2波は第1波の70〜75%くらい。専門家ではないし、シロウトじみた見解を垂れ流しても仕方ないが、大丈夫かなあ、という気がする。なにがというとGoTo。政府には経済再建を急ぐ一方、「コロナは季節性インフルと同じ」という認識があってGoToの影響を軽視しているような気がする。杞憂ならいいが・・・。
2点目の病院の周到な準備はジャパンだって遜色ないだろう。3点目の治療薬はアビガンやアビピラビルなど、症状に応じた治療法が一定程度出来上がっている。重症者への対応には方法ができてきたと思う。ただ、使われている治療薬は、副作用の強いものが多いのも事実で、それはまだ気になるところだ。4点目の医療防護具はかなり改善されている。5点目の重症化しやすい患者の治療も同様。とするとやっぱりGoToがアヤしい。改めてイギリスの感染者・死者数を見ると、第2波の感染者数はいま急上昇中だが、まだ死者数の上昇時期には至っていない。だからイギリスの第2波が少ないと言いきれるのかどうかも不鮮明。スウェーデンも然りで、集団免疫とT細胞免疫で乗り切る作戦は理解できないではないが、人口比で考えると、ジャパンならすでに7万人近い死者が出ている。それでも第2波第3波を乗り切れればいいが、先行きはまだ不透明。各国とも第1波の影響で経済が痛手を被っている。無理に元の状態へ戻そうとするより、新しい政治・経済秩序を構築する方が、よほど前向きではないかという気がしてならない。
☆「第2波(2)英国が第1波より感染者激増も死者数89%減のワケ」日経ビジネス10月23日
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00122/102200052/?P=1
昨日の昼、テレビ報道で、首相が東京五輪をコロナに打ち勝った勝利の大会にするんだ、みたいなことを淡々と語っていた。そして本日4面「来夏五輪開催 菅首相が訴え『コロナに勝つ証しに』」は、表題含めて22行の極小記事。オリ・パラの推進本部会合が開かれ、首相は「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証しとして開催し、東日本大震災の被災地が見事に復興を遂げた姿を世界に向けて発信する場にしたい」(本文引用)と力強く宣言した。「コロナに打ち勝つ」のは一国ではできない。わが国だけコロナに勝利したと宣言しても、世界的に治まっているとはどう考えても思えない。世界が疲弊し尽くしていたら五輪は無理。まだ感染を恐れなければならない国や地域の選手たちは五輪どころじゃない。そしてワクチンは治療薬ではなく予防薬であることを自覚しておきたい。加えて、副作用が出ないように周到に準備できるか。それとも副作用は覚悟のうえか。そのうえで来夏までにどんな対策がとれるか。もしや一億総特攻の亡霊に取り憑かれていないか。不審は尽きない。
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2020年10月23日

年月を超え復活する「必勝」の宿命的因果律

1面トップは「公的マネーが大株主8割 東証1部 4年で倍増、1830社に GPIF・日銀」の記事。GPIFと日銀が、「東証1部の8割にあたる約1830社で事実上の大株主に」(本文引用、以下「」内同様)なっているという。4年前から倍増し、「巨額の公的マネーは実体経済と乖離した株高を招き、『官製相場』の側面が強まっている。『安定株主』として存在することで企業の経営改善に対する努力を弱める恐れがある」。GPIFのような年金運用機関が株を買うのは海外でもよくあるそうだが、日銀型は異例だと指摘する。日銀が「上場投資信託(ETF)」買いを始めたのは2010年12月からで、13年3月には黒田バズーカの呼び名で大幅拡大。空砲じゃないか、という批判を浴びながら、これまでひたすら買い続けてきた。コロナ禍で今年3月には年最大12兆円に倍増。日銀保有額はGPIFを抜いて日本株式市場最大の株主となった。「公的マネーは東証1部の企業全体など幅広い銘柄に投じられるため、業績とは関係なくどの企業も一様に上がり、株価全体を底上げ」「こうしたひずみは経営者の規律を失わせるなど弊害も生む」。毎日の株式市場を見ているとよく耳にするのが、「午後には日銀やGPIFが買いに入るとの予測があり(云々)」といった言葉。少々下がっても日銀やGPIFがなんとかしてくれる、という観測が、日本の株式相場の実態を物語る。「経営者の規律を失わせる」こともさりながら、株式市場のタガが緩んでいて、「日銀やGPIF」の介入待ちというのがもっぱらとなっている。
経営実態とは違う株価の動きは、消費税増税で低迷への引き金が引かれ、コロナ不況で加速され、次に控える(かもしれない)五輪中止による大打撃でさらに莫大な被害を被り、決定的な最後を迎える可能性がある。五輪中止が現実に近づいているという設定などなくても、五輪後には前代未聞の大不況がくるという指摘はあった。五輪中止がホントになったら、あらゆる指標が地獄へまっしぐらとなる・・・その可能性がある。2面の「巨大化する官製相場 公的マネー 日銀主導で株高演出」には「2頭のクジラは個別企業の経営に直接口出ししない。その姿勢が企業の規律や統治を弱めかねないという指摘もある」とある。日銀は金融政策として市場へ資金を流すため、ETFを買い続け、「売ることはなく保有額は増え続ける」ばかり。資金がじゃんじゃん流れ込むので、企業は資金繰りの苦労が減る。日銀は資金を出すが口は出さないのが建前なので経営努力は甘くなる。「『物言わぬ株主』である日銀が企業の大株主になることは極力避けるべき」「やがて東証最大の『株主』になる日銀の場合、巨大さのあまり出口を見つけにくくなる恐れがある」「世界の中央銀行で株価を買い支えているのは日銀だけだ。金融緩和政策を転換し、ETFを売り始めれば株価の大幅な下落を招きかねない」との指摘は、近未来予測として、しっかり心に刻んでおきたい。
このごろ思う。旧日本軍は「必勝」の作戦を立てて戦争を仕掛けたが、ボロ負けしても微修正だけ施して「必勝」策を持続し、さらに敗北を深めていった。なぜかそのやり方はぴりっとも改められることなく現在に引き継がれ、この世を引きずり回している。戦争そのもので言えば、「戦争は負けたら悲惨。次は負けない戦争をやろう」という酷い微修正に傾斜していく。経済の動きとしては、「公的マネーで守られていれば安心。企業は内部留保に勤めて、急場をしのごう」というテイタラクとなる。なにしろ国家が株を支えてくれるのだから、こんな酷い経済環境下でもなんとかしのげる、という気になれる。いや、それでも国策にどっぷりはまった大企業は原発輸出で稼ごうと尻尾を振ったものの、先読みができずに失敗し、涙を飲むことになる。コロナ禍の施策で息を吹き返そうとGoToに走るのもつかの間、第2次第3次の感染拡大で悲鳴をあげ、他に打つ手もないまま突き進み、最後のシメに五輪中止が重なったら、この国に次の打つ手は残されているだろうか。始めたことを果断に修正できない「必勝」精神のなせる技。その精神は、この国の民心にも深く染み付いていて、微調整の罠に、簡単に巻き込まれる。やんぬるかな!
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2020年10月22日

コロナが倒すか五輪の狂乱

東京五輪が中止になるという噂が聞こえてくる。中止するならできるだけ早いほうがいい。来年に延期するにしても無駄な維持費がかかる。訪日客の増加を含めて五輪景気を目論んでいた民間業の目算がさらに狂う。直接の五輪経費に加えて周辺の五輪目当ての民間事業の数々が大打撃を被る。「どうしてもやるんだ!」と悪あがきするほど、弊害は大きくなる。大枚叩いて建設した施設はすべてパアになる。地方が建設した関連施設も使わずにパア。選手たちは今年あるものと決めて、日程とコンディションのベストな調整を組み立ててきたのに計算が狂ったと嘆いていたが、さらに延期するのは過酷だろう。ジャパンのオリンピック招致委員会の面々は、この数年間いろんな意味での高額収入を得てきた。コロナの世界的広がりをものともせず、感染に関しては「日本モデル」と胸を張る結果が爆走しているが、これを世界レベルに適用できないという不思議は、誰も説明できない。コロナの蔓延が日本だけ軽微で済んでいる現状、世界の状況を無視して「コロナは風邪」と言いまくってきた「五輪命」の魑魅魍魎たちは、尻尾を巻いて逃げ出すか。五輪中止となったら、日本経済を支える柱の何本かが崩れ落ちて、巨額の損失が出る。いよいよこの国は再起不能な状況に陥るかもしれない。そういえば、前首相はそれがホントの理由で急に政権を投げ出したんじゃないか。五輪がこけて、カジノがこけて、ついでに万博とか都構想もこけて。どうなるのかねこの国は。お先真っ暗の先に来る近未来を制すのは誰か。いま本気で考えないと、とんでもないことになるんじゃないのか。
以下の記事によると、9月初め頃には、都内の過半数の企業が「来年夏に延期された東京五輪・パラリンピック開催を巡り、東京都内の企業に民間調査機関が実施したアンケートで、『中止』や『延期』が望ましいとの回答が計53・1%となった。新型コロナウイルスの感染収束が見通せない中、開催に慎重な意見が多い現状が浮き彫りになった」(本文引用、以下「」内同様)という。観客を間引いたり無観客にしたりしても、来夏の開催を望む回答は半数にならなかった。さらに、中止や延期や無観客開催をして「悪い影響が多い」との答えが多数に上ったとある。進むも引くも地獄の現実が見える。
☆「都内の企業、五輪『中止』『延期すべきだ』が過半数 3300社が回答」東京新聞9月5日
https://www.tokyo-np.co.jp/article/53358
以下の記事はIOC幹部の揺れ動く発言の真意を探っていて興味深い。「ジョン・コーツ副会長が、『新型コロナウイルスの有無に関係なく開催される』と発言したかと思えば、トーマス・バッハ会長は『安全性の確保が最優先』と慎重な姿勢」。いったいどっちなんだ、と誰もが思う。なにかを意図した陽動作戦か、などと勘ぐる。10月初旬から中旬にかけて、ヨーロッパで第2次コロナ感染の嵐が吹きすさび始めた。フランス・ドイツ・スペイン・イギリスその他の国で、危険な兆候が顕著になってきている。世界の注目を浴びるスウェーデンでも、日々の感染者・死者数に微妙な変化が生じている。そして拙速なワクチン開発競争は紆余曲折の連続で、どうひいき目に見ても五輪に間に合いそうにない。ワクチンが治療薬でないことを知らない人たちは多い。治療用の薬はかなり前進しているが、ワクチンはそれほど簡単に作れない。それも絡むか、9月16日にはバッハ会長の「来月末にも訪日を希望」の観測が流れ、10月9日には来月中旬に首相と会談と事態が進展中。そこで五輪中止が決定的となるか。情報錯綜中!
☆「『東京五輪はコロナ禍でもやる」IOC幹部の揺さぶり作戦に『菅首相』はどう判断する?(井津川倫子)」JCAST会社ウォッチ9月13日
https://www.j-cast.com/kaisha/2020/09/13394160.html?p=all
☆「IOC会長が来月中旬に来日へ 総理らとの面会を調整」テレ朝news10月9日
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000195161.html
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2020年10月21日

もしや新聞も書きあぐねているのかな

このところ小粒な記事しか見えてこない。というか、小粒の奥になにやらきな臭い匂いがしたり、実はとても危険な兆候がほの見えたりしてうろんな空気が漂っているのだが、どうも前政権のように派手に捉えきれなくてもどかしい。前政権は言いやすかったなあ、などと変な感想を持ってしまう。いま進んでいる事態は仮の姿であって、本体はどこかに隠れている。その本体ってなんだ、という気分なのだ。毎日読む新聞記事から読み抜くことはできない。困った時代が来たと思っていたとき、下記の記事に出会って「ああこれなんだ!」と感じた。要約できるほどよくわかったわけではない。だが、どこか同意できるものがある。いろいろ考えてわかったのは、展望がどうのという点ではなく、現実の表層の下に隠れていてみえない実像といったものが明快に見えた気がした。その部分だけ引っ張り出して要約すると、政権が掲げる「行政の縦割り打破」はもう典型的な形では存在せず、6年前の「内閣人事局の創設をもって、縦割りを含めた統治機構改革は完全に終焉したはず」「今さら縦割り打破や行政改革を打ち出すのは、周回遅れもはなはだしい」「首相の『小さな政府』路線には、研ぎ澄まされた思想や体系的な理念が感じられません」(本文引用「」内以下同様)の指摘に納得。さらに「生命維持に必須の水道事業すら事実上民営化し、もう民間に任せられる組織はほぼありません。この30年、規制緩和や行政改革は不況脱出の起爆剤として語られてきましたが、いくら推進しても経済は成長しない。規制緩和によって自由競争が起き、創意工夫を通じたイノベーションを生み出すという建前は『夢物語』のままです」。つまり菅政権は重箱の隅をほじくりまくるのみ。30年も続く不況で庶民の生活は苦しいまま、回復のきざしもない。「たとえ蜃気楼のような株高や好景気でも、失業率が低ければなんとなく政権を支持してしまう」「生活費が下がり雇用がそこそこ守られていれば、低賃金でも十分との考えから抜けきれない」という状況下で、ぼんやりした支持が続いている。このあたりまで納得できた。2018年の臨時国会が最末期だったんだな、と思った。
☆「中野雅至氏 菅政権の小さな政府路線と1億総ゴマカシの限界」日刊ゲンダイ
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/280042?fbclid=IwAR1wIoz6ENlkwIosq046und82k9LlquvPWWgNMcBNLwD6BGeunTdXe2YdPY
菅流「小さな政府」路線に研ぎ澄まされた思想や体系的な理念が感じられないという。具体的にやるのは小粒で、すこし大風呂敷が必要になる施策は前政権の路線をそのまま引き継ぐ。不況脱出の起爆剤だった規制緩和や行政改革は、やってもやっても大した効果は望めず、お友だち優遇だけで終始し、経済成長なんか夢のまた夢。小さくなるパイの奪い合いで儲ける一部が喜び、パイは一向に大きくならない。肝心の霞ヶ関でも若手官僚がどんどん離職している現状、「張り切っているのは財務省や経産省など一握りの官僚だけ」という悲惨がこの国を覆う。30年も続く景気低迷で、ほとんどの若者たちはこれが日常と割り切ってしまう。夢想できる未来がないというべきか。未来を提示できない政治に対抗するように、陰謀論が世間の表層へ顔を覗かせているそんな末世がいま。頼みの菅政権は所信表明もできずにあえて外遊を断行してみせる。4面に「改憲原案『年内』異論 自民委員会 戦力不保持めぐり」の記事がある。自民党が「憲法改正原案を策定する起草委員会」を開いて、「安倍前政権から引き継ぐ『改憲4項目』の具体化に着手した」。しかし「年内とりまとめをめざす起草委の方針に、党内から異論も噴出する」という状況。「戦力不保持を定めた『2項削除』については党内でも様々な意見」があり、「自民幹部は『グリップが効かない暴走列車だ』などと起草委を批判」するという状況にある。主人から店を任された小番頭が、主人と同じ振る舞いをして疎まれるの図。そんな人の暴走は前政権よりずっと怖いのかもしれない。そういえばコロナの感染者・死者数が妙に少なく見える昨今。ワクチン利権のため計数を多く見せていると指摘していた人たちはいま、これをどう考えるのだろう。
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2020年10月20日

とにかく変な政治のやり方だなあと思う

1面左に「南シナ海連携強化表明 首相外遊 対ASEAN演説」がある。所信表明演説もないままなので、彼がなにをやりたいのか前もって知ることができない我ら国民たち。初外遊のベトナムでの演説が断片的表明となるか、新聞から一部がほの見えるだけ。昨日はハノイでASEAN向けの演説をしたそうな。「地域の平和と繁栄に日本が貢献していく考えを示した。海洋進出など影響力を強める中国を念頭に、南シナ海の膨張を高める行為に反対する立場を改めて示し、ASEANとの連携強化を強調」「演説に先立ち、菅首相はベトナムのフック首相と会談。日本で生産した防衛装備品や安全保障技術を輸出する場合、相手国に求めている条件を定めた協定を締結することで実質合意した」(「」内本文引用以下同様)。国内での説明はなんにもない。最初にベトナムを訪問したのはどんな理由によるのだろう。「防衛装備品や安全保障技術」を輸出するのが手始めで、その目的で「人の往来を再び増やすため」条件付きでビジネス関連の短期出張者らの入国を認め、2週間待機を免除し、定期航空便を再開する。この記事の下に「中国7〜9月期GDP4・9%増加 2期連続プラス」がある。中国の国家統計局によると7〜9月期GDP速報値は、2期連続のプラスとなり、世界的な感染拡大下で中国の回復ぶりが目立っている。中国の頑張りが鮮明で、「コロナ禍で需要が増えたマスクや医療機器、パソコンなどが牽引し、輸出は好調」その他諸々。菅氏はそうとう焦っている模様。国内で説明しているヒマはないから、これでも読んどけ、と言わんばかりに3面に自著のでっかい広告を載せる。「私の当たり前を私が実現する」いや違った、「国民の当たり前を国民が実現する」これも違った。「国民の当たり前を私が実現する」という話。重要なのは自分の頭の中にあるプランで、国民の頭の中にある想いではない。なるほどね。
関連は4面「艦船防護 豪に適用調整 米に続き2カ国目 防衛相会談で一致」に見ることができる。「岸信夫防衛相は19日、来日中の豪州のレイノルズ国防相と防衛省内で会談」「自衛隊が平時から他国軍の艦船などを守る『武器等防護』を豪州軍にも適用する方向で一致し、調整に入った。適用されれば、米国に続き2カ国目となる」「準同盟国と位置付ける豪州との連携強化を図り、東シナ海や南シナ海で海洋進出を強める中国を牽制する狙いがあるとみられる」。豪州は今回の外遊の対象になっていない。意図してそうしたのだとしたら、うまくやるもんだと思う。経済本意ではない目的がちゃっかり隠されているじゃないか。この記事のすぐ横に、「首相著書 公文書管理の記述消える」「改訂版発売 以前は『あらゆる記録残すの当然』」がある。2012年に出版した本の改訂版で、まさか国民向けの所信表明演説はこれで済ませるつもりじゃないだろうな。この本で旧民主党政権を批判した章が削除されており、その中に「政府があらゆる記録を国民に残すのは当然です。その作成を怠ったことは国民への背信行為」と書かれていたという。17年の官房長官会見で記者がこれを読み上げ「これを本に記した政治家は誰かわかるか」と問われ、本人は「知らない」と答えていたという。ゴーストライターを雇って口述筆記でまとめさせたから、すべて忘れていて「知らない」と簡単に答えたんだろうか。
この記事のさらに横に「政権失速 任命除外の影 本社世論調査 支持率10ポイント超下落」がある。添付棒グラフによると菅(かん)政権と菅(すが)政権両方とも下落幅が大きい。「菅」の漢字って、もしかして鬼門かね。ところで、ジョンズ・ホプキンス大学の集計で、日本の感染者数・死者数が劇的に少なくなりつつある。感染者数は9月中旬まで下降気味だったのが、若干下げ止まり上向きの傾向になる一方、死者数は順調に下りだし、今月中頃に急上昇があったものの、GoToを再開した10月1日前後から下降傾向をめざして推移しているように見えてならない。意図的な統計操作は2018年の臨時国会以来、お国の定番になっている。こんなところでも数字操作してるのかな。戦時中は味方の被害を少なく公表し、敵の被害を過大に見せて喜んでいたものだったが・・・。
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2020年10月19日

ややこしい理屈で最初の計画を押し通す

6面「社説」に「コメ政策 時計の針を元に戻すな」がある。コメの価格が六年ぶりに下がったとかで、原因はコロナ禍で外食産業の需要が落ち込み、今年の収穫が昨年を上回る見通しになったためという。その原因はなにか。食生活の変化でコメの需要減少がここのところ著しいからという。その原因はなにかと問わば、一つには米価の5年連続の上昇という。それはどういうことかといえば、「政府が補助金を積み増して転作を促した結果、米価は15年産から上昇に転じ」「転作の機運は下がったが、近年の天候不順で収穫が抑えられ、深刻なコメ余りを免れてきた」(本文引用。以下「」内同様)ちょっとややこしい。まず、食生活の変化がコメの需要を減少させてきた。それでコメ農家は苦境に陥り、政府は「減収分の9割を主に国費で補填する保険制度」を設けた。それでも減少ペースが止まらないので、補助金を積み増して転作を促した→米価が上昇に転じ、必然的に転作の機運が下がった→コメ余りが進みかけたとき天候不順の年が続いてコメの収穫が減り、コメ余りを免れてきた→そして今年は「コロナ禍で外食の需要が落ち込んだうえ、今年度産の収穫量が昨年産を上回り、在庫が積み上がる見通しとなった。なるほど、ようするにヤジロベエみたいな状態を毎年続けているわけか。農業って作ってればいいというものではなく、長年の経験が必要で、それでも完璧に調節するのは難しいもののようだ。「高い米価を維持することは、消費者に負担を強いるばかりか、長期的には農家にとってもマイナスになる。今より安い価格でも経営が成り立つコメ農家の育成に、政府は政策の力点を移す必要がある。農地の集約など生産性向上につながる政策に、税金は集中的に投入するべきだ。米作りをやめた農地が無秩序に開発されないよう、目配りすることも欠かせない」。この記述の前半はまだ理解不十分。しかし、新住民としては最後の指摘「米作りをやめた農地が無秩序に開発されないよう、目配りすること」が胸に響く。どちらかというと、今の政府のやり方は農地の集約といえば民間参入を言い、利益を農山村の外へ持ち出すことに留意するのみ。過去にあった小作制度を復活させ、農村を農地解放以前の状態まで戻そうとしているかのようだ。そうでなければ農山村を荒廃するに任せる政策しかもっていない。新住民が「美しい自然を子どもたちに」なんて言っている先に、それを維持してきた農民たちの命運は尽きていく。で、「田畑や山林が荒廃していくのは自然の理。それが元からの自然の在りようなら自然に任せよう」などと達観するのは新住民だけ。そして新住民は、農民たちがいなくなった自然豊かな風景を愛でつつ、継代的にそれを維持していく意思を持っているわけではない。
政府のやり方はいつもなぜか超長期的視点を持てないらしい。手っ取り早く決めて、あとは野となれ山となれ。お題目だけは百年先を見据えたというが、そうではなく、旧日本軍のやり方と同じで、いったん立案したものにそれ以上の妙案はなく、いくら抵抗があろうとも変更せず、ひたすら「案」の実現を推し進めるのみ。最初に結論ありきで、変更は完全想定外と思い定めている。いまも汚染水とは呼ばず、「ALPS処理水」と称する。以下の記事には、いよいよ政府の設定するどん詰まりの時期が迫り、海洋放出しかないとの立ち位置を変えない国に対し、一年も前に代替案をまとめた原子力市民委員会の公表ビデオが示されている。「大型タンクによる長期保管またはモルタル固化による処分」の提案だが、政府・東電でこれが詳しく検討された様子はなく、海洋放出ありきの立場は微動だにしていない。大型タンクによる長期陸上保管の提案は、漁業関係者も含めた多くの人々から支持されており、かなり納得できると思うのだが、政府・東電はなにがなんでも近いうちに決着させる方針でいる。
☆「『ALPS処理水は海洋放出するべきではなく、大型タンクによる長期保管またはモルタル固化による処分を検討すべき』と原子力市民委員会の見解〜10.3福島第一原発汚染水に関する『見解』のとりまとめと関係大臣への送付」IWJ 2019.10.3
https://iwj.co.jp/wj/open/archives/458366
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2020年10月18日

いま全体として進んでいること

3面「小さな芽がはらむ深刻な結末」は「『いやな感じ』が残る小さな本紙記事を読んだのは三年前のことだ。見出しは<『国批判番組に賞、いかがなものか」/文化庁職員、芸術祭賞審査で>」「前の年の芸術祭賞テレビドキュメンタリー部門の審査過程で、自衛隊の国連平和維持活動を検証したNHKの番組(優秀賞を受賞)に対し、見出しのような発言があった」「三年たって、『いやな感じ』がはっきり姿を見せたと思ったのが、今回の日本学術会議における任命除外だ」「思い出すのは(略)反骨のジャーナリスト、故・むのたけじさんが戦時の苦い反省から絞り出した警句だ。『はじめにおわりがある。抵抗するなら最初に抵抗せよ』。歴史に学べば、はじめの小さな芽の中に深刻な結末が内包されていることは多い。手遅れになる前にーーと先達の言葉は教えてくれる」(本文引用、以下「」内は同様)。そしてマルティン・ニーメラーの言葉が続く。当ブログで引用したのは2010年1月17日「庶民による庶民なりの責任のとり方」。今日の新聞記事のほうが翻訳としては歯切れがいいが、一部省略されている。興味深いのは新聞記事が言う「はじめの小さな芽」が、共産主義者が攻撃されたときという点。この順番は、いまかなり違う。最初に狙われたのは総評だった。政府への抵抗勢力として最大の力を誇っていた労働組合連合だった。時の中曽根首相が狙ったのは総評解体で、その目論見は成功した。次の標的は社会党で、その次は・・・。「いまは当たり前の民主的な諸価値が、どれほどもろく侵されやすいかは、最大の用心深さをもって考える必要がある。『歴史は繰り返さないが韻を踏む』(略)その時代時代に応じた貌つきで、良からぬものが立ち現れてくる可能性は常にあるのだと心したい」。権力者は権力を維持するために最大限の努力をする。同じ繰り返しをせず、手を替え品を替え工夫しながら、最も効果的な方法を用いて目的を達成しようとする。結果さえ良ければ、回り道でもなんでも厭わず、ひたすら最終目的を目指す。恐ろしい執着心だ。
昨日の1面トップ「処理水海洋放出へ調整『関係閣僚会議で月内にも決定』福島第一」では、311事故発災当初あれだけ盛り上がった反原発の機運がなぜか次第に力を弱めていく現状を思う。反原発のうねりは直感的な危機感に支えられて全国に広がったが、持続するには、時間の経過とともに向き合い方を柔軟に見定める視点が必要だった。だが、原発事故はいつか特定の地域の問題と化し、汚染水問題も日本列島の限定された地域の問題となった感がある。震災がれき拡散拒否の流れの中にそれの萌芽はなかったかと、いま考える。がれき拡散に反対ならいまあるところで処理処分する、との流れに明確な答えを持つ必要があったが、得られないまま課題は地域化し運動は静まってしまった。その結果、放射能がれきは現地の簡易な焼却炉で焼却処分されて終わった。これは痛恨のことだった。発災当初は新しく設置される護岸堤防内部に安全が見込める時まで厳重貯蔵する案などがあったが、被災現地とのつながりが見つけられずたち消えになった。反省とともにいま個人的に思う。被災現地の意思を知るべきだった。被災現地に明確な意思が育っていなければ、つながりを求めて可能な限り模索すべきだった。震災がれきから汚染水問題へ、課題がつながっているという問題意識を運動全体が共有すべきだった。「歴史は繰り返さないが韻を踏む」という警句への対抗方法がここにあったのではないか。
今日の1面トップに「19歳ひとり親『ご飯ない』と検索 コロナ禍、復職できず『この子を守りたい』」の記事がある。経済の専門家が長く警告を発してきたことの中間的帰結がここにある。いまのままではさらに状況は悪くなる。それを回避するのに、政府は昨日1面「菅首相『五輪やると決めている』就任1カ月 仕事前面、危うさも」の記事そのままに、国民の熱狂を利用して五輪後の経済の落ち込みをごまかし、駆け抜けようとしている。コロナ被害を隠蔽し、経済の悪化による悲惨を自助できないものの他人事として国民に見過ごさせ、死の輪舞の陶酔に引きずり込もうとしている。対抗するための視点に欠けているのはなんだろう。そこにいる仲間を見過ごしている。それがすべてではないか。
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2020年10月17日

正常性バイアスから抜け出すために

以下の記事を読むと、9月末から世界はとんでもない危機に直面しているのだと切実に思う。おおげさか。いや、ごく普通にとんでもないといえる。これを読んで、最悪のことを想定し、よく調べて冷静に向き合うことの大切さを感じる。予測される事態と冷静に向き合えるまでよく調べることの大切さを。この記事の筆者は、トランプ氏がコロナに感染して発症するまでのあいだになにがあったか、のちに訂正された情報まで把握しつつ綿密に調べ、一つにまとめ上げている。そこまで調べたら、どんなことが起ころうと冷静に向き合える。なるほどな、と思った。旧日本軍は勝利を夢想しはしたが、最悪の事態を考えなかった。だから、勝つと思って仕掛けて負けたら、次の手をさらに用意しておらず、とことん負け続けた。最後の切り札として用意しておくべき敗戦の裏交渉の時期まで失して、莫大な損害を出した。それと同じことがホワイトハウスで起きるかもしれない。世界最強の軍事国家で核ミサイルの発射ボタンを押す重大な責任を負うべき大統領がとつぜん入院する。わずか数日とはいえ、政治の空白ができる。副大統領が代行する時間的余裕はあったか。最悪の場合、大統領が重症化し、周辺のスタッフたちがバタバタ倒れ、正常な判断のできるものがいなくなる。これは、かなり上出来なホラー映画といえる。それで記事の筆者は、ホワイトハウスを「幽霊屋敷」と呼んだわけだ。
ひるがえってこちら側のことを考える。6月中頃からだったか、前首相が政治の表舞台から見えなくなった。何してるのかと思っていたら病院へ出かけ、合間にちょこちょこと仕事らしきことをやって、気がついたらやめていた。その間は、おそろしい空白の期間。コロナ禍にあって、年率換算GDPが驚異的に落ち込み、職を失った人たちや自殺者が激増し、収入の途絶えた人たちが生存の危機に立たされ、中小企業が倒産していき、大企業にも危機が迫っている大変な瞬間。そのときなぜかこの国にはトップがいなかった。あったとしたら、それも恐るべきことだったろうけれど副総理が代行することもなかった。そのことに危機感を持つものもいなかった。かく言うブログ主もイラついたものの、弱い危機感しか持たなかった。よく調べてコロナと向き合っていたから? そんなわけない。典型的な正常性バイアスが働いて、まさか最悪の事態にはなるまい、という思いが気持ちの底にあった。思えばこの正常性バイアスという不思議な心理は少しずつ意識を侵食し、極端な場合、確たる根拠もないまま「コロナなんて政府が創り出した幻想だ。ただの風邪だ」と思い込み、いや増しに募る不安から遠ざかろうとする。そのためには、とんでもない危険も顧みなくなる。特に「自分は大丈夫だ」と頑なに信じこむようになり、かえって危険な領域にのめり込んでいく。その典型が、落ちてくる焼夷弾から逃げながら「自分の上には落ちてこない。この戦争は負けるはずがない」というギリギリの錯誤というべきか。
☆「ホワイトハウスに何が起きたのか? 反科学主義的なボスを抱えて幽霊屋敷へと陥った合衆国政権中枢」ハーバービジネスオンライン10月10日
https://hbol.jp/230095
身近などこかで以下のような事態が起こっていても、架空の危機感に煽られてるだけだ、といった感覚で受け止めてしまう。ここでどうする必要があるか、考えたい。保健所がなぜ過酷な状況に陥るか。その原因は何か。原因を取り除いたら「コロナはただの風邪」となりうるか。政府はなぜ「コロナは季節性インフルと同じ」と言っていたのか。なぜ1000近くあった保健所を半分に減らしたか。なぜ保健所の設備は前近代的なのか。いくらでも「なぜ」が浮かんでくるはず。トランプ氏がなぜ自分たちと同じような観念に取り憑かれているか。それがどんな危険をアメリカにもたらしているか。「なんで、なんで、なんで」は果てしなく広がっていくはず。
☆「『昼食5分、トイレも行けぬ』 コロナで疲弊する保健所」朝日新聞デジタル10月12日
https://www.asahi.com/articles/ASNBD6F09NBDULFA022.html
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2020年10月16日

どこへ向かうかこの世の嵐・・・まさに乱世!

2日前のブログで「非正社員の退職金・賞与なし 最高裁『不合理でない』 一部命じた高裁判決変更」の記事について触れた。そして今日の1面トップには「扶養手当や有休格差『不合理』 最高裁、契約社員へ支給求める 日本郵政訴訟」がある。「日本郵政の契約社員らが正社員との待遇格差について訴えた三つの裁判の上告判決で、最高裁第一小法廷(山口厚裁判長)は15日、扶養手当や有給の夏休み・冬休みなど審理対象になった5項目の支給をすべて認めた。継続的な勤務が見込まれる契約社員の労働条件が正社員と違うのは『不合理』などと判断し、同社側の反論を退けた。いずれも裁判官5人の全員一致の結論。従業員約38万人の約半数の18万4千人が非正社員という巨大企業に対する、待遇格差についての初の最高裁判断。13日には退職金やボーナスの支給を認めない第三小法廷の判決が出たが、この日は実質的な原告勝訴で、非正社員の待遇を見直す動きが広がる可能性がある」(本文引用)。細かいことはよくわからないので詳しく触れないが、まずはよかったなあ、という感じ。
次はぜんぜんめでたくない記事で、4面に「『2回目の10万円給付金』偽メール 総務省が注意喚起」と「『中国に協力はデマ』 学術会議元会長、反論」。ウソとデマが乱れ飛ぶ、イヤな渡世である。2回目の支給があるなんて、普通に考えたら「自助」奨励総理がそう簡単にやるわけない。10兆円の予備費はもっと他のところに回すつもりでいるんじゃないの、と眉に唾をつける余裕のある人はいいけれど、いままさに切羽詰まっている人たちはそうはいかない。ワラにすがる思いで信じてしまう人たちの気持ちを思うと腹が立つ。一方、学術会議はいま、菅政権とのあいだで厳しい状況が続いており、デマの発信元はどこかわからないが、こんなのに自民党関係者が悪乗りしたというオバカの極みが書かれている。学術会議が中国の国家事業「千人計画」に積極的に協力しているというデマ話。外国人研究者をたくさん集めようという中国の計画で、自国内でじゅうぶんな研究や技能を発揮できない研究者や技術者が、かなり中国へ流出しているということは聞いている。だが、自分の国の人材を大切にしないから、流出を招くのであって、日本で言えば学術会議が隠謀を企んでなにかしているなんてありえない。甘利明税調会長のブログでも発信されたというからあきれる。学術会議の問題は、こんなデマを臆面もなく発信してしまうほど、政府・自民党に面倒をもたらしていると実感させてくれるのみ。これをひいきの引き倒しというのではないか。15日の野党合同ヒアリングに出席した元会長の大西隆氏は、「どの国もアカデミー(学者の集まり)が提言し、学術的知識に基づいて政策が行われるという信頼感がうまれている。学術会議の問題点が憎いあまり、切ってしまうと国際社会で信用されない国になる」(本文引用)と語ったという。すぐ引っ込めたけど、デマで幕引きなんて天下の大政党がやるこっちゃないよね。
31面に「中曽根元首相葬儀に『弔意表明』通知 教育現場割れる対応」がある。中曽根氏の内閣・自民党合同葬儀は17日に開催。国立大学や都道府県教育委などに弔意表明を要望する(趣旨の)通達を文科省が出した。地元県教委は市町村教委に「通知を周知」(本文引用)した。付属記事「無言の圧力 時代そぐわぬ」には、「強制力がないと言っても、教育現場への無言の圧力として作用しかねず、今の時代にそぐわない。(略)特定政党の政治家について功罪の『功』だけに注目し、国が同調を求めるのは、政治的中立性が求められる学校現場に一面的な評価を押し付けることにつながりかねない」(本文引用)とあり、中曽根氏の場合「功」より「罪」の方が大きいからなあ、と言いつつ1面「コロナ禍 陰謀論の支持広がる」の記事に移る。Qanonと言うんだそうで、もっともらしい言葉で粉飾して荒唐無稽の論をまことしやかに広める。政治的・論理的思考回路が不十分な人たちには、時に有効な主張となる。不安定な確信の罠にはまった人たちを説得するのは、かなり難しい。深入りするほど思考が混乱していくはずなのに、戻り道がわからないほど混乱がひどくなるのだろうか。その先にあるのは何だろう。みんなに騙されたという激しい不信感?
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2020年10月15日

長い長い道のりの途中で

7面の週刊誌広告に「特大ワイド 総合的、俯瞰的に」と題して「学術会議『ウソ情報』がバレて菅首相『国会答弁』猛特訓」というのがあったけれど笑えなかった。首相の国会答弁はまちがいなくサイテーと予測できる。そのサイテーさが笑えるレベルではなく、正真正銘の気持ち悪さに満ちている。グループミーティングだったか、あんな会合でもボロボロになる表現力や語彙力で、所信表明演説さえできなかったのに、いまさら猛特訓してもどうもならんでしょ、と思いつつ3面に目を転じると「杉田副長官6人除外の『キーマン』 学術会議問題 野党4党、国会招致を要求 与党、応じぬ方針」がある。杉田氏は3年前にも会員交代の調整に当たっており、今回は任命できない候補者について首相に説明している。首相は105人の名簿を見ていないなどと、暗に杉田氏にゲタを預けるような言動ではぐらかしを試み、野党は杉田氏を国会で追及したい一方で、与党側は「あまり前例がない」と拒否の姿勢。「あまり」と付けるところに微妙な意図がかいま見える。この政権は、発足当初からみなさん逃げ回っているような気配が漂う。いや、逃げ回る以前に、従来型の政治屋的言い方を放棄した、強権発動の本音100%暴走政権なのだが。
でなけりゃ34面「『中曽根氏に弔意』通知 合同葬 文科省、国立大や教委に」みたいな露骨なことはしないでしょ。内閣と自民党の合同葬というのもヘンテコの限りだけれど、政府が各府省で弔旗掲揚と黙祷を決め、文科省が国立大や都道府県教育委へ通知。記事だけではニュアンスがつかめないが、わずかに閣議決定とは違う姿勢を示しつつ、「お上に従え」的な意図を前面に出した文書になっている。過去にも00年と06年に内閣・自民党合同葬儀はあったらしい。文科省は今回「あくまで行政機関を対象にしたお知らせであり、学校現場や子供達に求めるものではない」(本文引用以下「」内同様)としているが、率先して従うところはありうる。総務省も「都道府県知事と市区町村長に対し、葬儀中に黙祷をするようお願いする文書」を出している。以下の記事によると、「費用は約1億9300万円で政府と自民党が折半」「政府は約9650万円を本年度当初予算の予備費から支出する」とあり、便利な財布、10兆円のポケットマネー。使い勝手は良いわなあ。
☆「公費負担9650万円波紋 最高額に賛否交錯 17日の中曽根元首相合同葬」西日本新聞10月4日
https://this.kiji.is/685235302794888289
14面「社説」は「核のごみ処分 真の『対話』の実現を」。文献調査は神恵内村と寿都町で実施されることになったものの、「3年前に発表された『科学的特性マップ』では、火山に近い神恵内村の大半は『好ましくない特性』がある地域に分類された。寿都町は『好ましい特性』とされたものの、活断層帯が町を縦断している」「放射能が十分安全なレベルに下がるまでには数万年を要する。国の原子力委員会の依頼で、8年前に日本学術会議が発表した報告書は、それだけの長期にわたって地層の安全を確認するには、いまの科学や技術では限界があるとしたうえで、それを『明確に自覚する必要がある』と釘」「経産省とNUMOは全国各地で『対話型』と称した説明会を開いている。『対話』といっても出された意見は聞くが、計画や方針に生かしていく姿勢はみえない」とある。10月9日当ブログ「誰も覚悟できずに先送りしている問題」で、「複数の自治体で手が挙がってきた裏には、数年にわたる経産省の周到な準備があった」「2017年には『科学的特性マップ』を作り(略)原子力発電環境整備機構(NUMO)とともに」「46都道府県で『対話型説明会』を120回重ね(略)勉強会や講演会のための費用を最大300万円『支援』してきた」と新聞を引用したが、そこには「出された意見は聞くが、計画や方針に生かしていく姿勢は」みえず、改める柔軟さなど皆無。どうしたら処分場を確保できるかについては柔軟に、執拗に、最後は強引に、推し進める意図しかない。核ごみ処分は政治の質が転換し、政治への信頼が本物にならないと解決には至れない。しかも、さらにその先に、長い長い道のりが必要なのだ。私たちはそんな困難を背負って、いまここにいる。
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2020年10月14日

今日の新聞は重要記事テンコ盛り

1面トップに「非正社員の退職金・賞与なし 最高裁『不合理でない』 一部命じた高裁判決変更」がある。「非正社員と正社員の待遇格差をめぐる2件の裁判で」「原告側は正社員と同じ仕事なのに賞与や退職金がないのはおかしいと訴えたが、最高裁はいずれも『不合理とまでは評価できない』と判断。一部支給を認めた高裁判決を一転させ」「退職金・ボーナスの支給を認めない結論が確定した」(本文引用、以下同)。労働内容に若干の違いがあったとて、ボーナスとか退職金の「支給を認めない」ことが合理的であるかどうか、その程度の考慮さえしないで「退職金・賞与なし」の判断に至る。どこまで続くか非正社員の拡大。コロナ禍で派遣切りが激増している。「ここにきての派遣切りは精神的なダメージが大きい。通常時に比べてコロナ禍で再就職先の見通しを立てられなくなった」(以下記事引用)という状況。不安、孤立、そして自分を追い詰めていく。裁判所はそんな現状が見えないのだろうか。2面の「退職金・賞与『正社員確保のため』経営裁量にじむ配慮」の中見出しに「格差大きい賃金項目で判決 是正の動きに足踏みも」があるが、「仕事に違い」を探すより同じ部分を探し拡大する必要を感じないのがいまの裁判か。まさに「是正の動きに足踏み」の判決!
☆「コロナ禍の自殺 30代以下の女性が7割も増加した4つの事情」日刊ゲンダイ10月8日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/lifex/279677
13面「多事奏論」の「『空洞国会』と菅政権 最初の論戦 再生への試金石」には、「民主主義の死に方」(レビッキー他)についての紹介がある。法制度に「相互寛容」と「自制心」を加え、これを「民主主義を陰で支える『柔らかいガードレール』」と呼び、ためらいなく壊すトランプに警鐘を鳴らし、さらに菅政権に目を向ける。学術会議の問題は後述するとして、前政権の7年8ヶ月を検証し、国会をなかなか開かず、「法によらない行政が横行し」「首相周辺で政策を決め、国会を通さず役所におろして実施する」「一連のコロナ対策も、本来は法案として提出し、国民の代表が議論して決めるべきだった。国会で議論しなければ記録も残らず、透明性も説明性も失われた」。答弁は空洞化し、つじつまがあわず、気に入らないと議員にヤジを飛ばす。ブログ主的に追加すると、答弁を逃げ、責任転嫁し、独特のウソ論法を展開。議会を引っ掻き回した挙句に雲隠れする。あとを継いだ菅氏は自身を首相に指名した国会を所信表明演説もしないまま、たった3日で終了させ、次々に奇妙な施策で混乱政治を展開するばかり。3面に「杉田長官 首相に事前説明 学術会議『任命できぬ候補』」があるが、これは昨日の当ブログ「旦那から小番頭へ店が譲られて」の最後に書いた疑問の中身に相当する。8月31日に学術会議から名簿が提出され、それから1カ月近く動きのないまま、起案が書かれたのは9月24日で、そのとき名前は99人分しかなかった。長い空白期になにがあったか。政権交代の時期で捨て置かれたか、後任に汚点をかぶせるアベ的策略だったか、と思っていたら、「官邸ポリス」が黒幕らしい。加藤官房長官によると「6人を任命しない、ではなく、99人を任命する決断をした」のだとか。これまた変形ごはん論法。任命しない決断はしていないってか。間の抜けた言い訳だ。
4面に「改憲4項目『年内に成案』自民起草案が方針」「前のめり姿勢反発も」があり、与野党から懸念や反発が出ている状況。同面にはさらに「杉田氏辞職求め13万筆超の署名 自民受け取らず」がある。改憲勢力は満身創痍。でも選挙を切り抜ければなんとかなるこの国の不思議。つづけて同面に「日中韓サミット 首相出席は困難 元徴用工問題解決が前提」があり、「元徴用工問題で日本が受け入れ可能な解決策が示されない限り」首相は出席できないとか。支持率が急落しているなか、国会開催を引き延ばしたまま、いろいろ進めておいて解散総選挙の目論見か。そんなどさくさ紛れ爆走政権のもとで、6面「容量市場落札価格高止まり 新電力への軽減措置『限定的』 審議会委員『最終的に消費者負担』」の記事がある。大手電力温存の目論見が着々と進む。でも、コトの重大性を認識する者たちのなんと少ないことよ!
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2020年10月13日

旦那から小番頭へ店が譲られて

35面に「秋元議員に贈賄 有罪 地裁判決『露骨な接待旅行』」があって、表題だけチラッと見て議員が有罪になったのかと勘違いしかけたが、間違い。贈賄側が有罪になっただけで、秋元議員の収賄罪は起訴されてはいるが、まだ初公判の日程も決まっていない。だが、外堀が埋められ、いよいよ立場が危うくなってきたのは確か。議員の抵抗はもう無理かな。「ぜいを尽くした露骨な接待」「至れり尽くせりの特別待遇」「議員の『印象に残りやすい時期』を狙って、2人が多額の金銭を渡したと認定」「IR関連法について『立ち入った内容の情報提供』を受けた」(本文引用、以下「」内同様)。河井克行・案里議員の件にしても、外堀の埋まる気配が出てきた。起訴から100日以内に判決を出す「百日裁判」に対して、克行氏は弁護士解任で抵抗。判決は来年春以降になる可能性が出ている。そのあいだに衆院選がある。他にも事件があったなあ。「桜を見る会」はどうなった。前首相の疑惑はもちろんだが、あのジャパン・ライフの件は会長が逮捕されている。反社勢力とか悪徳商法とか後援会優遇とか公費濫用とか、もうむちゃくちゃだが、ともすれば記憶から遠ざかりそうな気配がして、何をやってるんだこの国は、と7年8ヶ月のご乱行放置の世相を憂う。
そしてなぜか、1面には学術会議の記事がない。ただし「天声人語」に抵抗の片鱗がのぞく。「総合的・俯瞰的。菅義偉首相が繰り返すその言葉は、どんな意味を持つのだろう」「おそらく、この政権の言う総合や俯瞰は、辞書にある意味とはかなり違う」「政府にうるさいことを言わないのが総合的であり俯瞰的であるとすれば、独立して政策提言をするという学術会議の役割をはき違えている。俯はうつむく、瞰は見おろすの意味だが、『うつむいて黙れ』と言うかのようだ。世の中には人をけむに巻く言葉があり、『諸般の事情を勘案して…』などが典型だ。『総合的…』もその類だと首相は考えたのだろうが、けむに巻くどころか、政権の本質をあらわにしている」。そして3面「学術会議」特集。しかし、あんまりスクープ的な記事はない。左側に「『首相、推薦名簿詳しく見ず』 官房長官『違法性』は否定」があるが、右側の「推薦名簿見ずに任命 無責任」と、分量はそのままでも位置が逆でよかったのではないか、と思った。いまあるべきは、政府関係者の支離滅裂な言い訳を国民にしっかり印象付けること。首相の言う「総合的・俯瞰的」の中身は一列ハンコ状態で「控えさせていただく」と逃げ切れるか。取り巻き連中は、自分の責任は回避しつつ、トップの意向に逆らわないよう気をつけていけば必ずいいことがある、なんて気分が丸見えだ。
4面「任命『考え方を首相に説明』 学術会議めぐり 内閣府担当者」は3面と連動。加藤官房長官の「首相は詳しくは見ていなかった」「一方、誰が6人除外を決めたかについては明確な説明を避けた」「(任命の)決済文書に推薦名簿は参考資料として添付されていた」「参考資料までは詳しく見ていなかったと言うこと」「具体的な経緯の説明は『控えさせていただく』と繰り返し、任命除外が首相の指示で決まったか否かも『(政府内で考え方を)共有した上で任命が行われた』と述べるにとどめた」との発言は、4面で、野党が内閣府の担当者から聞き取りした内容と重なっているのが読み取れる。同時に、「担当者は、99人の任命に関する『考え方』を首相に説明しているので、任命は適法だと強調」「菅首相が105人の名簿を見ないで任命できるのかと追及すると」「『105人の推薦者のうち99人を任命するという考え方について、決済までの間に首相に説明している』と述べた」「野党は、いつ、誰の指示で6人が除外されたのかについても追求。内閣府参事官は(略)名簿を起案した時から『一貫して99人だった』と強調」とある。つまり、起案の段階ですでに削られている。類推になるが、起案を書いた官僚にそうしろと指図したものがいることになる。学術会議が名簿を提出したのは8月31日。起案は9月24日に書かれ、99人の任命は10月1日。この間1ヶ月のどさくさ劇のなかで起案が書かれ、最終の起案は1週間で任命手続きを終了した。そんな感じになるわけで・・・。
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2020年10月12日

突然の既視感。敗戦と崩壊の記憶が・・・

こんな調子だと、けっきょく解散に打って出るのではないか、と思うばかり。さんざんひどいやり方のサンプルを見せておいて、一番有利なときに選挙をする。それで、「サンプルが選挙民に認められた!」とばかりに、輪をかけた暴走を始める。そんな腹積もりが見えなくもない。とまあ、ブログ主みたいな素人に見抜かれるような浅薄なやり方を考えているんだとしたら、形だけでほとんど中身がない人なのか、と思う。それも悪いところばかりをあちこちで教わってきたような、ロクでもないシロモノ。グループインタビューってなんだ、と感じた人は多かったと思う。以下の記事に、正体が書かれている。「当日の朝に開催が決まり、本紙(日刊ゲンダイ)も急いで『日本雑誌協会』を通じて、傍聴希望を申請。前回の落選社が優先され、応募も少なかったようで、あみだくじの結果、本紙は当選した。開始30分前に官邸北門の受付で『総理会見に来ました』と切り出すと、『グループインタビューですね』。あくまで会見にあらずの返事だ。別室で傍聴できる定員は40人。雑誌、外国メディア、フリーなどのメディア向けの10席は埋まったが、内閣記者会の常駐社の30席は10席ほどが空いていた」「インタビューはわずか30分」「仏紙『リベラシオン』と『ラジオ・フランス』の特派員・カリン西村氏は傍聴を終え、うんざり顔(略)『質問者をわずか3社の記者だけに限定し、他は傍聴部屋で映像すら見せない。国のトップがこのような閉鎖的な“会見”をするのはあり得ない。私は20年以上、記者をしていますが、見たことも聞いたこともありません。オープンな会見ではなく、こういう対応になっている理由の説明もない。しかも、今日の3人の記者はそのことを質問しませんでした。代表して質問しているのですから、まず1問目で、これから始まる異常な“会見”についてただすべきでしょう』」(本文引用、以下「」内同様)
まったく異様の極み。昨日のブログで書いのと同じ、誰が6人分を除外したかは明らかにせず、ひたすら「総合的・俯瞰的な活動、すなわち広い視野に立ってバランスのとれた行動をすること、国民に理解される存在であるべきことを念頭に全員を判断している」「一連の流れの中で判断」。で、さらに問いかけても繰り返すのみ。「推薦された方々がそのまま任命されてきた前例を踏襲していいのか考えてきた」も、誰が考えてきて、どう結論して今回の判断に至ったかまるで見えない。そんな返答をグループインタビューでも繰り返し、それゆえ「わずか30分」しか時間が保たない。いや、何時間やろうとも、同じことを繰り返すだけだろう。壊れたレコードという例えがあるが、昔々に壊れたレコードの有り様を経験した人は、ぷつんぷつんと繰り返し同じ音を繰り返すレコードのバカらしさを笑っていた自分を思い出すに違いない。これはこの国始まって以来の悲劇だ。笑うに笑えない悲劇に、国民はいま付き合わされている。そうとしか言いようがない。
☆「菅首相の"えせ会見"に仏特派員も激怒『あり得ない閉鎖性』」日刊ゲンダイ10月10日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/279817?fbclid=IwAR0nMcw6OQwUfzyV9qGFEOof6NSy-jIaZCQ8cYayJnwvxJ71aiCOR9RPZnE
そんなことだから、海外の著名な学術誌や一流紙から激しい批判を浴びる。それでも我が国の首相は、内心はどうあれ海外からの遠吠えくらいにしか感じていない(ふりをしているだけ?)。サイエンス「日本の新首相は日本学術会議との闘争を選んだ」。ネイチャー「ネイチャーが今こそ政治を取材しなければならない理由」。ル・モンド「日本の首相が知的世界と戦争」。フィナンシャルタイムズ「日本学術会議スキャンダルが菅政権の蜜月時代を脅かす」。ロイター通信「日本の菅政権、学術会議の任命拒否の弁明に非難」。とつぜんの既視感。大本営発表を信じた敗戦直前とその後の崩壊の記憶がよみがえる!
☆「日本学術会議の任命拒否問題を世界最高の学術誌「サイエンス」「ネイチャー」が批判、海外の一流紙からも「非情な黒幕」「学問の自由への攻撃」など問題視する声」BUZZAP!10月8日
https://buzzap.jp/news/20201008-science-council-of-japan-overseas/
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2020年10月11日

原発もコロナも被災者を忘れ原因を忘れる

31面「つながるのか 線を引くのか」「原発事故 立場違う相手を攻撃、横行」「災害・コロナ・・・危機の時こそ共助を」に複雑な思いを持つ。10月9日「耕論 新型コロナ 感染者を責める私たち」、10月10日「オピニオン&フォーラム 異論あり」。そして今日は1面「東日本大震災10年へ 3・11の現在」として「不寛容な社会のままなのか コロナ 重なる風景」と31面「つながるのか 線を引くのか」へと記事は連続している。“共助あってこその自助”という記事を読んだ記憶があるが、いま探してもみつからないので割愛。まず、10月9日の「感染者を責める私たち」から始めると、大学教授と歴史学者の意見の中で、微妙にニュアンスが違うが、それでも共通する点に出会う。大学教授は「『人間ってそんなもの』。そう意識することがまず必要だと私は考えます。冷静な時は『非難してはだめ』と考えられるのに、不安や恐怖が強いと差別や攻撃をしてしまうのが人間。その自覚が、心をコントロールするための第一歩になります」と言い、歴史学者は「迷惑を減らすのではなく、『迷惑をかけあえる関係』を築くことの先に、初めて正の個人主義が見えてくる。共助という言葉で美化するより、マイナスも込みで他者を受け入れ、心の垣根を下げてゆくことが大事と思います」(以上「」内は本文引用、以下同様)。論の強度に違いがあるものの、深いところでの趣旨は似ている。なんとなく物足りないところまで似ている。歴史学者の論で、最初のところに「日本では、同調圧力を恐れず、自分の意見を堂々と唱えるといった、ポシティブな意味での個人主義は乏しい」「『正の個人主義』が弱い裏面で、実は『負の個人主義』は猛烈に強い」。なるほど、異議を唱えることの困難さは、ブログ主的に日々感じる。問いかけても問いかけてもダンマリ(完全シカト)で対話が成立しない、という経験は豊富にある。強烈なシカトに頭へ来てしまい、反撃に出ると、強烈な反発に出会う。シカトは無視され、反撃が非難の対象になり「八分」が始まる。そういうことって多々あるもので。
10月10日の「異議あり」は、あまりにふんわりし過ぎで論をまとめにくい。アメリカの現状をトランプ政権の衆愚政治と反トランプ側の『感染が怖い』という思考停止に大きく分け、「その光景を目の当たりにして、とても冷たい気持ちに」なると指摘。「健康主義は、新興宗教のようなもの」「伝統的な宗教が力を失った現代は、人の生死に関わる『健康第一』という宗教が、信仰を集めてしまう」「家族のためにコロナの感染予防をすると決めたなら、他人にうつさないための対策はどの程度やればいいかと軸ができてくる。その上で目的にかなう情報はどれかを選んでいけばいい。人は健康のために生きるのではなく、生きるために健康であるべき」。コロナに感染しないために免疫力を高めることが重要、と主張する人がいた。免疫力が弱い人はどうするの、と聞いたら、努力して免疫力を高めればいい、と返事があった。年寄りとは、体の機能が不可避的に衰えていく存在。また、病気治療で免疫抑制を必要とする場合もある。つまり年寄りはあきらめろということか。寂しい世の中じゃのう、と思った。
本日の「3・11の現在地」では福島県郡山市の女性がコロナに感染し、職場が2週間休業する。同僚の不用意な言葉が心に突き刺さる。その彼女が原発事故2年後の首都圏で、福島県の物産展で同じ経験をする。土壌汚染を言われ、食ってられんと叩かれる。ブログ主は福島へ10回以上でかけているが、食事は農水産物など食べたいものを食べる。空気が乾燥して土埃が舞う季節は行かないが、これからもできるだけ行く。そして思う。事故現場から遠い私たちは、住んでいた人たちや、いま住んでいる人たちの心を思わず、放射能汚染を恐れる。彼らの痛めつけられた心から遠く離れたまま事故と向き合ううちに、放射能汚染の感覚的忌避のみが残留し、基本的な理解さえ薄れていく。結果として支離滅裂の論理に至る。時間とともに向き合い方を変化させていくのは必要だが、ゆがむことを恐れる。基本は、突然の事故によって痛めつけられた人たちの心をどう理解するか。原発事故被災者を忘れ、原発事故を忘れていくことを最も恐れる。それがコロナ感染者忌避につながっている。
posted by ガンコジージ at 11:49| Comment(0) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月10日

詭弁と空論、論点ずらしで最後は強行決着

1面は「6人除外前の名簿『見ていない』菅首相、除外の具体的理由語らず」の表題。「安倍前政権ではなく現政権で下したと説明」「一方、6人を除外する前の推薦者名簿は『見ていない』と述べた。首相が名簿を確認した段階で、すでに6人は除外されていたとした」(本文引用、以下「」同様)。首相が名簿を見たときすでに6人の名前はなかった。つまり誰かの判断を追認しただけ? 「誰が6人分を除外したかは明らかにしなかった」が、「総合的・俯瞰的な活動、すなわち広い視野に立ってバランスのとれた行動をすること、国民に理解される存在であるべきことを念頭に全員を判断している」「一連の流れの中で判断」と。で、誰がと問いかけても答えない。「推薦された方々がそのまま任命されてきた前例を踏襲していいのか考えてきた」も、誰が考えてきて、どう結論して今回の判断に至ったか、まるで見えない。その一方で27面「学術会議の誤情報 ネット拡散 『学士院行き、年金250万円』フジ番組 6人『学者のレベル低い』大学教授」にはテレビ情報番組でテレビ局の上席解説委員が、学術会議に6年いたら学士院へ行き年金をもらえる、と発言。局が訂正し陳謝したとある。ツイッターをしないので分からないが、この誤情報が巷に広がっり、国会議員まで似たような内容で発信。理系大学教授が、除外された6人は、「国際的にはとても学者とは言えない」「思想以前に学者としてのレベルが低い」とツイッターに投稿。文系の論文数が理系より少ないのは当たり前。それを知らずに指摘するのは、理系の狭い判断のなせる技。記事の末尾にある「人は信じたいものを信じる傾向がある。同じ考えの仲間の中で特定の意見がこだまのように増幅され、信じ込みやすくなる」との指摘は傾聴に値する。
3面「学術会議事務局は行革対象 論のすり替え批判の声も 『全く別の話』野党問題視 学術会議あり方の論議」「『対話で早期解決を』93学会が緊急声明」では、首相は9日の記者インタビューで「具体的な理由を語らなかった」「任命の判断基準として、『総合的・俯瞰的な活動、すなわち広い視野に立ってバランスの取れる活動を行い、国の予算を投じる機関として、国民に理解される存在であるべきこと』を挙げた。記者団から『わかりづらい』と指摘を受けても、同様の回答で応じた」「インタビューで『総合的』を14回、『俯瞰的』を16回、『広い視野』と『バランス』をそれぞれ7回繰り返した」という。思想信条が除外に影響したかと問われて「それはありません」と明快に即答するが、「除外の具体的な理由は最後まで語らなかった」というから、まさに発言明瞭、論理不明瞭の典型。「総合的」「俯瞰的」「バランス」などいくら言ったとて空論は空論。これらは根拠があって初めて意味をなす。旅客機が背面飛行しても、車が高速道路を逆走しても、バランスを考えて操縦、運転したで話が通ったら、どんなクラッシュがあっても事故じゃなくなる。福島第1原発の事故も同じ言い逃れの範疇にある。政治的判断にまつわる責任を認めない判決の数々は、判断基準が空洞化していると思うしかない。以下の記事では、国内外の学者らが抗議の声をあげるなか、政府の弁明が空虚を極める一方で「自民党は学術会議のあり方を検討するプロジェクトチームを立ち上げる。その狙いは、得意の『論点ずらし』『すり替え』だ。しかし、菅首相の「負け戦」は明らか」と指摘。年10億円の政府予算が投入されていることを盾に、論点を「学術会議改革」にすり替えようと躍起になる姿が浮き上がる。10億円も、政府の無条件の任命も、国家の介入を許さない「学問の自由」を国が保証することをを意味するのみ。ないがしろにするのは「学問の自由」「思想信条の自由」の履き違えで。前政権下で進んだ憲法の空洞化をさらに推し進める、実務的ファシズムの露骨さの現れでしかない。憲法を守るなら、空洞化を阻止する視点が必要と、いま痛切に思う。
☆「学術会議に攻撃開始も答弁不能・・・菅政権『負け戦』は明らか」日刊ゲンダイ10月9日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/279769?fbclid=IwAR1WttDkB3hRWBRs88QYNUOX_SWb2zbtU9qAISN4_v9kW82exWXeKqfCLbA
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2020年10月09日

誰も覚悟できずに先送りしている問題

1面トップに「核ごみ処分場調査応募表明 北海道・寿都町 きょう神恵内村も」の記事がある。核のごみの最終処分場建設で寿都町が応募を表明、今日は神恵内村が表明するという。添付の表によると、選定プロセスは、自治体が手をあげるか国が申し入れして始まる。第1段階は文献調査2年で交付金最大20億円。第2段階は概要調査4年で交付金最大70億円。第3段階は精密調査で14年間で交付金額は未定。各々の段階で知事と市町村長の意見を聞く、となっている。順調に進んで20年続き、総計90+α億円の金を立候補自治体は受け取る。第3段階で「我も我も」になっていないと国は困る。そうならないように、第3段階の交付金額は状況に応じて、まさかのサプライズがあるのかな。両町村は泊原発の近くにある。神恵内村は泊村の北隣で、原発に事故が起きたら避難対象の区域になる。原発立地地域として、村財政の15%を占める電源3法交付金を得る一方、820人の人口はいまも減り続けている。両町村とも、泊原発が廃炉になれば、廃棄物処分場の直近の場所になる。原発以外も含むと、核関連の施設は全国に無数にある。どちらかに核ごみ処分場建設が決まったとして、各地の地方自治体が人口減少傾向にあるなか、反対を押し切って「我も我も」に雪崩をうつ可能性は否定できない。
2面の「時々刻々」には「核ごみ なお曲折も 町長『交付金は魅力』■反対派『住民投票を』 経産省、複数応募へ周到準備 処分場完成 世界に例なし」には「住民の反対や不安もあるなか、選定への応募に動いた背景には、原発再稼働を推進する経済産業省の周到な準備も見え隠れする」「ここにきて、複数の自治体で手が挙がってきた裏には、数年にわたる経産省の周到な準備があった」「2017年には『科学的特性マップ』を作り(略)原子力発電環境整備機構(NUMO)とともに」「46都道府県で『対話型説明会』を120回重ね(略)勉強会や講演会のための費用を最大300万円『支援』してきた」「背景には、苦い経験がある。07年、高知県東洋町の町長が初めて応募したが、全国から注目が集まり、住民の反発で撤回に追い込まれた」「経産省は今回、『同時多発で批判を分散させる』(幹部)狙いで、複数の自治体が応募する環境づくりに腐心(略)『80団体以上』(梶山経産相)が関心を示し」「経産相幹部の一人は『あと10自治体ぐらいに手をあげてほしい。200億円かかっても高い経費ではない』」(本文引用)という状況。これでいよいよ動かしがたいところまで進めてしまう魂胆が王手をかけるわけか。どの新聞だったか、「国はいったん手をあげたところを絶対に手放さない」と警告を発する記事があった。本日のトップ記事別表に選定プロセスの3段階が記載されている。各段階に付随している「知事および市町村長の意見を聴く」という文言は、「聴く」けれど「尊重」するだけで「撤退」は意中にないという意味。手を挙げてしまった市町村を次へ担ぎ上げていく周到な作戦の、各段階におけるシメにあたる行為なのだと知る。
核ごみ処分に適した場所を探すのに世界が苦労している。「核のごみとは、原発の使用済み核燃料を再処理する過程で生じる高レベル放射性廃液を固めた『ガラス固化体』を金属容器に閉じ込めたもの(略)300メートルより深い地下に埋め」「放射能が天然ウラン並みに減るのは数万〜10万年後。途方もない期間の安全性が問われるだけに、最終処分場の候補地選びは一筋縄ではいかない」「交付金目当ての応募で『本当にそこが適地か』の議論がおざなりになる可能性も指摘され」(本文引用)とあり、やせ細る地域を存続させるために処分場を建設しても、安定のために数万〜10万年が必要ということは、建設後に地域が存在し続ける限り、日々放射能汚染の危機にさらされることを覚悟しなければならない。しかも、これから「数万〜10万年」のやっかいな遺物が日本各地に建設されていくことは不可避であり、さらに、究極の適地は日本列島のどこにも存在しない一方、これを他国に押し付けるなど人道に反する罪になる。どうするか議論するのさえ恐ろしい話だが、列島に住むすべての人々が少しずつ危機を分け合わないといけない。そんな社会的覚悟をどう創るか、向こうは着々やっている。
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2020年10月08日

根拠なき共鳴、漠とした共感を超えるちから

昨日1面「折々のことば」は「楽しくほっこりするだけではなく、時には簡単に答えを出さず、対立したまま別れることができる公共空間が欲しい ロバート・キャンベル 共感は大事だが、『そうよそうよ』『あるある』というふうに漠と湧く共鳴には人の心をさらうところがあると、日本文学研究者は言う。地域でも政治でも『根拠という杭』なき共鳴が最も危うい。批評家・若松英輔との対談『“弱さ”に向き合うちからを』(婦人の友社編集部編『コロナと向き合う 私たちはどう生きるか』所収)から」(本文引用)。そして本日1面「折々のことば」の「今日の哲学教師が、教え子に料理を出すのは、教え子の気に入る味だからではなく、教え子の味覚を変えるためである。 ヴィトゲンシュタイン 哲学だけではない。本当の助言、本当の学びは、同じものでもこれまでとは違うふうに見るよう誘うものである。考えるとは、あれこれと思い量ること。見たいものを見たいように見ることではなく、ものと交わり、ものに促されつつおのれの視力を矯正しつづけること。20世紀の哲学者の『反哲学的断章』(丘沢静也訳)から。」(本文引用)。ふたつの「折々のことば」はまっすぐつながっている。「見たいものを見たいように見る」、「そうよそうよ」「あるある」などの「漠と湧く共感」、「『根拠という杭』なき共鳴」「ものと交わり、ものに促されつつおのれの視力を矯正しつづけること」。どれがどちらの「ことば」であったか、わからなくなるくらい同じことを表現している。これが「折々のことば」の著者が近ごろ特に取り上げたい「ことば」なのだと知る。確かにそうだ。いま必要なことは「漠と湧く共鳴」ではない。「根拠」を確保するためには「漠と湧く共鳴」に雪崩れず、「ものと交わり、ものに促されつつおのれの視力を矯正しつづけること」がいま特別に重要なんだと知る。いつ出会っても同じ言葉で同じレベルの内容を語りつづけることに潜む、「おのれの視力」の曇りを「矯正」できない愚が、公共の場で繰り返される。そして、公共が根腐れしていく。それに気づかないで共鳴を繰り返している自分がいないか。それゆえ「公共」の危機を克服できるきっかけを失う危険を感じないか。
本日1面トップ「学術会議 政府説明あいまい 初の国会質疑」「『総合的・俯瞰的』繰り返す」「『解釈は一貫』矛盾したまま」の記事を見て「絶妙な皮肉だね」と思った。「解釈は一貫して矛盾したまま」と読める。ブログ主的には、『』をつけたことに満腔の「皮肉」が込められていると感じる。終始一貫なんの根拠も示さない。10回以上繰り返された「総合的・俯瞰的」の中身を語らない。必要なのは根拠。その根拠が損なわれているのに、「見たいものを見たいように見る」、そんなおのれの「“弱さ”に向き合うちから」を持つこと。「ものに促されつつおのれの視力を矯正しつづけること」。でなければ「総合的・俯瞰的」「一貫」と聞いて、「そうよそうよ」「あるある」など「漠と湧く共鳴」に雪崩れていくしかない。新政権は前政権のかたちを踏襲したとはいえ、中身がどうも前政権以上にめちゃくちゃ。というか、どこかでだれかが指摘していたように、言葉に論理性なく、語彙力が不足しているようだ。というか、中身なんかどうでもいい、前政権のやり方は成功した。どんな空虚な言葉でも、支持率は高い水準を維持し続けた。信用の鍵は丁寧な説明じゃなく、ひたすら繰り返して中身を語らないこと。繰り返しているうちに最初の頃のことはみんな忘れる。「あれだけ何度も言ってるんだし、きっと最初の頃になにかちゃんと説明してたんだ」と思うようになる。「そうよそうよ」「あるある」など「漠と湧く共鳴」が巷に広がっていく。それでいいじゃないか、ということかな。それで通用したと勘違いしているあいだに、肝心の中身がおのれからきれいサッパリ消えていく。官房長官時代から前政権の空虚さにまみれているから、すでに中身は空っぽなのかもしれない。GoToトラベルでは確たる根拠もなしに、トラベルが原因の感染者はたったの7人とか言い出す。3面「景気『下げ止まり』本格回復は遠く 8月動向指数上方修正」も「それまでの急激な落ち込みからの反動」(本文引用)にしか見えない。いまの状況は政治が必死に持ちこたえさせているに過ぎないという、ただそれだけじゃないのかね。
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2020年10月06日

トランプはGoTo大統領選まっしぐら

10月からGoToが怒涛のごとく始まる。ジョンズ・ホプキンス大学集計で第2波の感染者数は、7月30日をピークに順調に減り続け、9月3日ごろから横ばい。死者数の日毎の集計は9月初旬には明らかに減り始めたが、いまのところ最終の傾向は掴みにくい。横ばいか、順調に死者ゼロまで進むか。中央の集計がどんな効果を発揮するかは、まだわからない。9面に各国の感染拡大の状況が書かれている。フランスはパリの状況が最悪という。経済の本格再開と感染制御の板挟みになって、悪化が止まらないためらしい。いろいろ列挙されている。感染者の自主隔離期間を半分に短縮とか、3月に戦争状態を宣言しておいて、夏には共存を説き、集中治療の病床を大幅に増やすとしながらほとんど増えていないとかetc。フランスとスペインは第2波到来を冬と見込んで準備が遅れたとか。ここに記録しておくことが大変なほどだ。イタリア・ドイツでも状況が厳しくなり、メルケル首相は1日の感染者数が年末には2万人近くに達すると警戒を呼びかけている。韓国でも「集会の自由」をどこまで制限できるかの瀬戸際に来ていて、保守系野党はここを先途と文政権を攻め立てている。厳密な隔離が世界的に評価されるベトナムは、いまも1100人台の感染者と35人の死者で、感染拡大阻止に成功しているものの、経済回復を目指す試みは進まず、厳しさが漂っている。シンガポールはスマホのアプリ普及から、さらに独自の専用端末を全住民に配布する徹底ぶり。いま気がついたのは、台湾が書かれていないことだが、この国は今日現在で感染者518人、死者7人となっている。ジョンズ・ホプキンス大学の集計では世界全体で感染者数3536万6134人、死者数103万9802人となっていて、台湾とスウェーデンのやり方が異彩を放っている。そのあいだにダントツのアメリカ、インド、ブラジルを筆頭に、世界の苦悩が続く。
3面に「トランプ氏病院から外出 支持者へアピール 感染リスク批判も」がある。彼のトンチンカンは「コロナなんか軽い軽い」という根拠に基づいている。大統領ともなれば通常では考えられない分厚い医療体制で守られもしようが、しかしそれに付き合わされる周辺の用人たちや一般市民はたまったものではない。もしかしたらトランプ氏は奇跡的回復を果たすかもしれない。その背後にどれだけの患者群、死者群が残されることか。要らぬ想像をしてしまう。いまTV報道で彼の退院が報道されたが、ちと早すぎる。ネット記事で、投与されたデキサメタゾンは気分をハイにさせる可能性があるとあったが、ブログ主が調べた限りでは「うつ」の副作用は書かれているが、逆は確認できなかった。もしかしたら同時に投与されたレムデシビルとの相互作用になにかあるのかもしれない。免疫抑制作用がかなり強烈。その他、いろんな厳しい用い方が記されている薬物らしい。シロウト考えで、ほんとに早期退院で大丈夫かな、などと思ったりする。
そんなこんなを尻目に、1面「官邸、交代数超す名簿要求 学術会議の17年人事」と「首相、主体的関与を示唆 6人除外『推薦通り任命 よいのか』」など、官邸による学術会議支配が、ついに1面トップになった。今回の事態の発端はすでに17年人事から顕著になっていたという。そのときは学会もいまほど強く抵抗しなかったようだ。なぜだろうと考えて、この年の前後が安倍政権の絶頂期だったと思い出す。都議選の敗北はあったものの、2016年参院選と翌年衆院選の大勝では改憲勢力3分の2を確保している。2019年参院選で再び3分の2を割るに至ったものの、驕り高ぶりが極限に達していたことは想像できる。その記憶が残っているのか、スガ氏はさらに一歩進んで「推薦通り任命してよいのか」と、主体的関与を認める発言をし、前政権から引き継いだはぐらかし論法で理由をいっさい示さず、建前の表層を薄く撫でる発言に終始している。安倍方式をなぞるやり方は、責任転嫁の意図をも含んで狡猾そのもの。まだ改憲の地ならしをせっせと目論んでいるのか、GoTo路線の推移も含めてきな臭さが漂う。GoToを成功に導く最良の確信的方法は隠蔽だ。感染者・死者数を多い目に見せることでは達成できない。
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2020年10月05日

バックグラウンドには膨大な裏付けが必要

1面「トランプ氏『すぐ戻る』米高官は『今後48時間が重要』」で、米大統領府が混乱のご様子。(トランプ氏本人は)「私はすぐに戻ると思う。気分は良くなってきている」(政府高官は)「過去24時間の状態を『とても懸念された』と述べる」(本文引用)という状況。主治医は、だいぶ良くなって、この数日間でなんとかなる、といった見方をしているとか。「コロナなんて大したことないよ」「そのうちこんな騒ぎはおさまるさ」「消毒剤を注射したらどうだ」みたいなとんでも発言を山ほどしていたっけな。世界中に同じような言説が広がって、「コロナなんかただのフェイクだ」みたいに言い、そのように振る舞う人もいた。いまどうなっているんだろう。GoToキャンペーンが始まって、かなり感染者数が減ってきた。昨日は死者が1人になった。そういえば総理大臣が、トラベルで人がたくさん動いたけど、コロナの影響は軽微も軽微、ほとんど何もなかったよ、とおっしゃっていたが、ヘタなブラックジョークの世論操作に笑ってしまった。巷ではPCR検査を増やして偽陽性を多くし、死者も多い目になるように操作している、とする言説もあったけれど、さて、GoTo以来の奇妙な統計数字の動きはどう考えるのだろう。総理はトラベルの影響は軽かったという。それは矛盾だ。国が死者の集計をするのに、地方からの報告数を厳密にするのはお上でやるからみんなひっくるめて送って良しとしたが、それに注目して、死者を多い目に見積もらせていると批判していたっけな。逆にも読めることに気づかないんだろうか。死者数は厳密に検討せずにみんな送れ、とした方が、数を操作しやすいと言えないか。同じような言説を流布している人士たちをみると、圧倒的に保守系が多い。取り込まれた人たちには様々に立場の違いがあるようだが、できるだけ科学的に知ることが重要だろう。統計数字についてちゃんと記録していないので、しっかりした論評になっていないのを自覚しつつ、コロナ軽視の世界的急先鋒だったトランプ氏が迷走していることで、ちょっと触れる必要を感じたので書いた次第。
24面の週刊誌広告で「コロナが蝕む」と題して「大量の失職者が統計から消えた 非正規『116万人減』なのに失業者『38万人増』/『非労働力化』の可能性/影響はリーマンより大きい」と書く。数字の操作というか、記事が書くように「非労働力化」が原因なのか。数字を操作しているとかなんとか指摘するには、とりあえず印象しか持てない現状では言いようがない。116万人の非正規労働者が減り、失業者が38万人増えた。つまり、78万人は労働者としても失業者としても数えられなくなった。だからこれを「非労働力化」と呼ぶ。だが、うっかり読み捨ててしまうわけにはいかない。「非労働力化」の中身に想いを馳せないといけないはずだ。失職したから自宅に閉じこもり? 自宅ってなに? お金は続くの? 単純に考えてもかなり不安な要素が浮かび上がる。この78万人には住む家さえなくした人たちが含まれないか。それも半端な数じゃなくいるんではないか。以下のような記事もある。これは「2020年4月に受給を開始した世帯数は3393件、5月に開始した世帯数は2万6591件、6月に受給を開始した世帯数は3万5241件、7月に受給を開始した世帯数は2万554件にのぼる」「期間は原則3ヶ月、最長で9ヶ月とされており、4月に受給を開始した場合は1月に期限を迎える」(本文引用)。これは様々な要因のひとつに過ぎないから、このまま失業者数に数えられなくなった人々の立場を表すことにはならない。いま起こっていることは、単純に事態をはっきりさせるのが困難なほど根が深い。良いように判断して大筋を見誤ることを回避しつつ核心に近づく努力が肝要だ。事態が複雑を極めるほど判断材料をたくさん集め、全体像の把握に努めなければならない。単純化のバックグラウンドには膨大な裏付けが必要なのだ。
☆「年明けに3393世帯が家を失う可能性も。『自助』ではもたない・・・支援団体が政府に支援の拡充を要望」
https://newspass.jp/a/v7mou?fbclid=IwAR0ZPICjelPmonpivuXty4IktJKT-l3spSmEeeHx7_eImW0M4Vg1NuhQThQ
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2020年10月04日

富裕層の偏在と社会全体の貧困化

冒頭から「コロナによって真っ先に打撃を受けた観光業や飲食業を支えていた多くの非正規女性たち。なんの補償も受けられず、彼女たちの一部は実際にホームレス化にまで晒されている」(自殺者は)「前年同月と比較して240人増。男性は60人増えて1199人、女性は186人増えて650人」「ちなみにこの国における貯蓄ゼロ世帯は、2017年の段階で単身世帯では46・4%。非正規の平均年収が179万円、女性に限ると154万円」「コロナによって真っ先に打撃を受けたのは観光や宿泊、飲食業など。これらのサービス業の支え手の多くは非正規女性たちだった。その多くがなんの補償もなく、突然放り出されてしまったのだ。そしてそんな女性の一部は実際に、ホームレス化にまで晒されている」(本文引用、以下「」内同様)という。08年のリーマン・ショックでは職を失った多くが製造業で働く男性で、年越し派遣村を訪れた99%も男性。年齢構成で圧倒的に多かったのは中高年。今回のコロナ禍では若い世代の割合がかなりを占め、親も貧しいため、「家族」がセーフティネットの機能を失っている様が見て取れるという。「いつでもクビを切れる『雇用の調整弁』の旨味を知ってしまった社会は、困窮する若者に声をかけて働かせてみることをリスクとしか見なさなくなったのだろうか」とある。中小企業も足元が危ない現状、がんばればなんとかなる時代ではなくなっているのか。「誰も助けてくれないか、そこにつけいる貧困ビジネスのカモにされかねない社会だ。ほんのわずかにある、よほど良心的な支援団体に繋がらないと自死に追い詰められてしまう社会である」「そんな現実はコロナで顕在化しただけで、コロナ以前からこの国は満身創痍だったのだ」。長年月の経済的混乱が、この社会をして「明日を思い描けない」冷酷な場所にしてしまったと言える。
☆「自殺者、1849人の衝撃。女性自殺者の急増とホームレス化の背景」HUFFPOST9月24日
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5f6afe4ac5b629afbe989006?fbclid=IwAR3u1p7TUpHCCZjDVr7p1CAeiH3jkX-BgC5ooRR8viW9N0eJ5SznnsWHj6U
記事で筆者は「言いたいこと、要求したい制度はたくさんある。が、まずは『必要な人には、何度でも給付を』と言いたい。できるだけ、簡単な手続きで。それで救える命は確実に、多くある」と主張する。だが、今日の新聞には、上記の提案に水を差すような記事がある。25面「給付金審査 簡素化を悪用 詐欺の疑い『指南役』逮捕次々」「申請『事実上ノーチェック』」「受給者『犯罪になるの?』 相次ぐ自首」がある。本来ならHUFFPOSTの記事が現状をきっちり伝えてのち、「悪用」などに手を染めなくともあまねく給付できる体制があることを示し、「悪用」について注意を促すことが順番ではないか。社会的セーフティネットの不存在が「悪用」を生む。セーフティーネットが社会的に認められていないため「持続化給付金」が「悪」のように嫌われるとしたら、それこそ本末転倒。「生活保護」をヤクザが悪用するからと「生活保護」を攻撃し、審査が厳しくなるなども本末転倒。30年に及ぶこの国の経済的混乱が価値観の転倒をもたらす。
竹中平蔵がベーシックインカムで持論をぶち上げた。以下の記事によると「人々は月々7万円の最低所得補償を無条件に受給できる。一方で、国民年金や生活保護制度は廃止される。また高額所得者は、後でその所得を何らかのかたちで返さねばならない」という主旨らしい。平たくいえば、「7万円やるから国民年金も生活保護もみんなやめちまえ。それでいいだろ」ということ。記事の最後に立憲民主党の主張するベーシックサービスが語られている。「改革」の中身への問いも含まれなければならない、というあたりで論考が途切れているのが惜しい。さっそく立憲民主党の見解を調べようと思う。
☆「竹中平蔵の『ベーシックインカム』はなにが問題なのか。議論のテーブルに付くことの危険性」ハーバービジネスオンライン9月30日
https://hbol.jp/229311/1
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2020年10月02日

小粒なのにやることはダントツでえげつない

東証のシステム障害がトップ記事になり、学術会議の不思議な人事について左側に追いやる紙面。違和感は25面の杉田議員の記事にも浮かび上がる。8面の「社説」にも杉田発言への論評があるが、この人の度重なる発言は看過するわけにはいかない。報道よ、いったいなにしてんだ、と言う他ない。新政権は大風呂敷を広げる作戦は控えているが、小番頭型のいじいじ対応で世間を締め付けに回るご様子。そして今朝のテレビ報道で、加藤官房長官は「結果の違いであって、対応してきた姿勢が変わるものではない」などと記者会見で居直る。説明にならない説明が常態化していくだけ。1面「学術会議会員6人任命せず 首相、会議推薦で初」からはじまる違和感いっぱいの今朝。「政府から独立して政策提言をする『日本学術会議』」「会議が推薦した候補者105人のうち6人を除外して任命」「同会議が推薦した候補者を首相が任命しなかったのは、2004年度の法改正で会議が推薦する方式になって以降初」「アベ前政権で成立した安全保障法制や『共謀罪』法に反対の立場をとってきた人もいる」「9月28日に政府から届いた任命する会員の名簿には99人」「問い合わせたところ、政府からは『事務ミスではない。任命しない理由は答えられない』との説明があった」(本文引用)。官邸は説明せず、官房長官は説明にならない説明でむにゃむにゃ。深掘りして問い詰める記者のいない記者会見。ようするに「問答無用」。排除された小沢隆一氏は安保法制国会の参考人質疑で「憲法違反」と主張。岡田正則氏は普天間移設問題で防衛省がとった法的手続きを批判。宇野重規氏は特定秘密保護法案に反対。加藤陽子氏と松宮孝明氏は「共謀罪」法案に反対。今朝の新聞の時点で確認できたのは以上5人。気に入らないものは問答無用でぶった切る。理由など説明する必要ない。いつもの事務的手続きだ。という乱暴さは、さすがの小番頭内閣。
その一方、身内については甘い甘い。25面「杉田議員 発言認め『おわび』 女性はいくらでもウソをつける ブログで『ご指摘の発言を確認』」の記事では、誰の発言を「確認」したのかわからない。本人が「いくらでもウソをつける」実例を示したってだけ。「これがわたしの言い方よ!」と胸を張ってるのだろうか。これを称して支離滅裂という。たしかに支離滅裂にはアベ前首相の立派な前例がある。多すぎて列挙していると紙面が尽きてしまうほどだ。傑作は多いがひとつ上げておくと、「昨日の発言はわたしの単なる思い違いでありまして、決して嘘をついたわけではありません。私は総理大臣ですから、嘘をつくわけがないということを申し添えておきます」というのは、杉田議員のこれからの弁解にぴったりだな。少し置き換えるだけで使えるセリフじゃないか。「ご指摘の発言があったことを確認した」だから「本人に厳重に注意します」なんて自分で言うんじゃなかろうね。「本人はアンタだよ!」。というわけで自民党はどうかと思えば、下村政調会長が事情を聞いて、自分で改めて説明しろよ、と言うことになり、「党としてはブログでの説明で幕引きとしたい考えで、党幹部は『謝罪したからよいのではないか。党でいま何かすることは考えていない』」「杉田氏の事務所によると、本人が記者会見などで説明する予定はないという」(本文引用)。記者の質問にエアケータイで逃げたり、まともに自前の言葉で弁明したことない。そんな人に年間何千万円の金をくれてやってる。私たちはなんたるお人好し。けっきょくテッペンがあんなだと、裾野の端っこはこんなになる。あの北方4島交流事業で勇名を馳せたなんとかという人を思い出す。ウィキで調べたら、いろいろやってるなあと呆れた次第。
13面週刊誌広告に興味深い記事。「東京五輪に仰天シナリオ 日本、アメリカ、中国と約30カ国だけでの強行開催へ IOCバッハ会長の書簡に記された『開催できる』の本当の意味」とあり、なにがなんでも開催しないと何かがとんでもないことになる、と言いたげな五輪の内幕がほの見えた。普通なら感染拡大の恐れがあれば、用心して再延期か中止が正解だが、身動きできない事情があると推測。武漢ウイルスなんていってたら、東京ウイルスなんて世界で批判される羽目にならないとも限らない。やめたが得だよ。
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2020年10月01日

すべてを過去に捨てさせない試み

本来なら1面トップにあるべき記事が2番手として並ぶ。あえてトップ記事は無視して「原発事故 高裁『国に責任』 集団訴訟・仙台判決 東電と同程度認定」に集中し、まずは他紙の記事も用いて要約する。原発事故では全国で約30件の集団訴訟があり、その中で最大の3650人の被災者が損害賠償を求めている裁判で、一般に「なりわい訴訟」の呼び名で知られている。ブログ主的には、訴訟団の主たる訴えは、「なりわいを返せ、地域を返せ!」のスローガンで知られているように、損害賠償といっても、その本意は、判決がどのようなかたちになろうとも国と東電の責任は決着するものではなく、被災者の心の傷が癒えるまで続く謝罪の意思がきちんと確認されることが求められている、と思う。今回、画期的であったのは、「福島地裁での一審に続き、2002年に国の地震調査研究推進本部が公表した『長期評価』の信頼性が争われた。福島県沖で津波地震が起きる可能性を指摘したものだ」「公表当時、経済産業省がすぐに津波高の試算を東電に命じれば、津波の到来を予測できたとし、『規制当局に期待される役割を果たさなかった』と国の姿勢を批判」「一審では国の責任を『(東電を)監督する第二次的なものにとどまる』としていたが、東電と同程度だとした。賠償の地域は福島県会津地方や宮城県、栃木県の一部にも拡大され、対象人数も約2900人から約3550人に増えて賠償額は一審の約5億円から倍増した」(本文引用)。その点ではものすごい前進だと思う。しかし、賠償したから終わり、にはならない。「なりわい」は戻らない。しかし、かたくなに責任を認めようとしない国の主張を崩した。ステップは次に進んだ。
☆「福島第一原発事故で二審も国と東電に賠償責任認める 仙台高裁」東京新聞9月30日
https://www.tokyo-np.co.jp/amp/article/58768?fbclid=IwAR33fuCf1__JnJKeuGYJGIiwnapMsIzbL3MmlSk1wUGhmf-NXzFoX_89uH0
28面「原発規制『国は役割果たさず』 原告側『後続の裁判へ影響大』 『再び国を断罪』」には「東電旧経営陣が無罪となった昨年9月の東京地裁の刑事裁判では、予見可能性の根拠となった2002年の国の『長期評価』の信頼性が否定された。その後、国の責任を問うた集団訴訟判決は4地裁で出たが、原告側が『1勝3敗』と国の責任を否定する流れが続いた」「仙台高裁判決は、長期評価について『客観的かつ合理的根拠がある科学的知見であったことは動かしがたい』とし」「東電から『信頼性に疑いがある』との報告を受けて津波高の試算の指示を撤回した国の態度について、『不誠実ともいえる東電の報告を唯々諾々と受け入れ、規制当局に期待される役割を果たさなかった』と批判」「群馬や千葉、京都などへの避難者による集団訴訟の審理が高裁で続いている」(本文引用)とある。国はこれからどう出るか。司法判断を尊重するとして賠償をしたから終わり、とする方向へ進むか、力ずくで押さえ込んで強引に終わりへと進むか。その過程で事故現場で溜まりに溜まった汚染水の問題が浮上する。さらに汚染土の問題も続く。薄めて流せば済むか。汚染土を野菜栽培に使ってうまくいったと公言して強行するか。賠償が終わったからあとは知らない、では済まない。汚染水処理も汚染土処理も、失われた「なりわい」を取り戻すためには、判決の趣旨に沿って、被災者の安心・安全を必須の前提として、誠実におこなわれるべきものだ。そして「なりわい」訴訟の究極は、すべての原発を廃棄するところまで続く。なりわい訴訟に限らない。これは「後の世代に『謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません』」などの言葉にくるめて自身の責任に蓋をする権力者と、ちょくせつ対峙する試みなのだ。自分の不都合を「打ち止め」にする彼らの意図を通さないための長い試みの一部だ。その試みのどこに私たちの位置はあるか。心して考えたい。
☆「環境省が秘密裏に進める『汚染土で野菜栽培』放射性物質で汚染された土壌が国民の知らぬまま利用可能となる危険」朝日新聞:論座8月20日
https://webronza.asahi.com/national/articles/2020082500002.html?utm_source=dlvr.it&utm_medium=facebook
posted by ガンコジージ at 11:32| Comment(0) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする