2020年11月05日

当事者意識の薄さが積み残していくもの

13面「耕論」の「核のごみ 解はどこに」が興味深い。まずは、いまも稀代の憎まれ者小泉純一郎氏が語る。自民党の関係者は選挙に勝つために、現役時代は手もみ脚すり、強い者にすり寄る。政策を吟味する意欲など皆無で突き進む。そのなかで、この人の転変ぶりは際立つ。自民党はいまや面従腹背も八方美人もかなぐり捨て、言いようのない気持ち悪さと不気味さ漂う政治と利権の意図を丸出しし、適当な弁舌でごまかすこともめんどくさがって、薄汚い姿を隠そうともしない。小泉氏に向かって、「どうぶっこわすかと思ったら、こんなにしちまったじゃないか。お前、ひどいぞ」と責めつつ、彼の「核のごみ」についての見解「国民の合意、原発ゼロ前提」を読む。「産業廃棄物の会社だったら処分場がなければ都道府県知事は許可しない。ところが原発は、『核のごみ』の最終処分場がないのに政府が許可している。これはおかしい」「今まで出たごみはなんとかしないといけない。(略)『ごみはもう出さない』『原発はゼロにする』という前提でないと国民の合意は得られない」「原発をやりますなんて言ったら、だれもOKしない」(本文引用以下同様)。途中、オンカロの大変さと日本の適地のなさに言及し、10万年の危険を乗り切る困難さを説く。そして、現在の最終処分場選定に話を移す。具体的解決策は表題の「国民の合意、原発ゼロ前提」以外にはなく、最後の反省の弁で終わる。よく考えると、原発反対を叫ぶ人たちの多くも「原発ゼロ前提」は主張する。だが、ブログ主周辺に限られるかもしれないが、「国民の合意」には背を向ける場合が多い。政府への不信感が大きいからだ。「合意なんてできるわけない」という意識が「ここへは来るな」との主張につながる。財政確保が困難な地方自治体の受け入れ容認が推し進められても、「ここではない」という気分が邪魔になり、全国的に意義を広げた運動になりにくい。
「ここへは来るな」から「ここではない」に至り、その先に核ごみ処分場があり、辺野古の基地がある。思い出せば、東日本大震災の震災がれきの受け入れ反対の先に、受け入れ先がみつからず、震災地元での選別と簡易的な焼却でほとんどが処分されて終わる。受け入れ反対の筋は間違っていない。それが震災地元処分に収束していくのは理解しがたい。そこでもうひとつの主張「選定基準 都市部も議論を」が出てくる。「核のごみの最終処分場選定をめぐる問題は、私たち全員が当事者だという前提に立ちづらい。普通のゴミなら自分も出しているとわかりやすいが、『原発の建設を頼んだわけではない』と反発が起きる。環境やエネルギーをめぐる合意形成の中でも、最も難しい問題です」と語るが、具体的な進め方については国の拙速を指摘しつつ、「日本でも原子力発電環境整備機構(NUMO)が、議論を都市部でも背曲的に進めるべきです」というにとどまる。他の論と組み合わせるなら、ここで「原発ゼロを前提にしなければ国民の合意は得られない(または合意を得るための話は進められない)」という最大の関門を、大沼進教授は主張するべきだった。
原子力市民委員会がかつて提唱した受苦圏と受益圏の関係は、かつても今もしっかり語られていない。原子力市民委員会の提言の基礎となった日本学術会議の提言について、いま語られることはさらに少ない。優れた提言を学術会議が示していたことや、それを元につくられた原子力市民委員会の提言が、「核のごみ」処分問題が現実化しているいま忘れられていることに危惧を感じる。「原発ゼロ」の前提をより具体的に表現する力が市民運動に備わっていないのか、いつも同じ次元から意見が分かれていく。東洋町で起こった出来事のしこりがいまも残る現実を、現町長松延宏幸氏が語る。過疎の町は3400人から2300人ほどに減ったが、再び文献調査に応じるつもりはないという。ひとつは町おこしを進めていること。もうひとつは「美味しい話には裏がある」こと。辺野古の例を引いて権力への不信感を語る。その言葉の奥に、全国的に広がる「当事者」感の欠如への不満と諦めを感じる。それはあらゆる運動の中にある構造的欠陥なのだと自覚したい。
posted by ガンコジージ at 12:47| Comment(0) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする