2020年11月08日

なぜこの頃の記事には劇的要素が少ないの?

2面月刊誌広告に注目。「緊急特集 学術会議任命拒否問題 ファッショの構図を読み解く - 本丸は学術学会潰し、そして・・保阪正康x上野千鶴子 私はこう考える 杉田敦、大沢真理、前川喜平、古川隆久」があり、ついに政治はファッショの領域を鮮明にした、というか、かなり前からそうなっていたんだけど。11面の週刊誌広告では「スクープ摘出 菅首相『自己礼賛本』『政治家の覚悟』 印税の災厄8年前の“元本”は『政治資金から686万円』で出版 - 『不都合記述削除』より深まる謎 - 封印された『支払い記録』を公開」と「集中連載⚫︎森功(ノンフィクション作家) 偶人宰相菅義偉を操る面々 第1回 GoToキャンペーンを推進した『ぐるなび・滝久雄会長』との腹合わせ」がある。ファッショで偶人(操り人形?)のヘンテコ宰相。そして3面「日曜に想う」は「『政治的方言』に慣らされない」で広告の表題の中身をつまびらかにする。「注目していた初の所信表明演説は肉付きの乏しい印象だった。実務的に各論を積み上げる流儀はわかるが、流れを漕ぎ上がっていくような言葉の力がない」「所信表明から2日後、日本学術会議の任命除外について菅首相は『多様性が大事なことを念頭に判断した』と国会で答弁」「その奇妙な弁明を聞いて」「シェークスピア劇の『悪魔も手前勝手な目的のために聖書を引用する』というセリフがふと胸をよぎった。多様性や異論をむしろ配したと見える6人除外を、『多様性』という言葉を味方につけて正当化しようとする不条理」「それにしても答弁はおぼつかなかった。不器用というのでもない」「聞いていると、首相はこれまで頼みにしてこなかった言葉から仕返しを受けているように思われる。長かった官房長官時代には『差し控える』『問題ない』『当たらない』を連発し、自前の言葉で説明する手間は徹底して避けた」「擁護できないものを擁護しようとするとき、政治の言葉は婉曲と論点回避と曖昧性が露わになる」「今回の学術会議の問題をめぐる説明も、モリ・カケ・サクラと同じ型にはまり込んでいる」(本文引用以下「」内同様)。
スガ政権は次に来る何かのつなぎということか。アベ第2次政権がモリ・カケ・サクラ・IR・選挙違反・お友達優遇・コロナ無策その他諸々の山盛りでニッチもサッチもいかなくなって、2回目の投げ出しに至った。しかし権力への執着は捨てがたく、当面の難局をつなぎの操り人形で後始末させ、まさかの3選を目指す。そういう構図が浮かんでくる。つなぎの偶人宰相は愚人でいい。余計に長くやらなくてもいい。「やっぱりオレでなくっちゃはじまらん」という舞台を作るのだけが役割なのだ。彼の任期はコロナの去就に関わり、五輪問題終息前後。前政権がコロナで迷走し始めたのは1月後半からだった。決定的になったのは、五輪延期が決まったとき。あとは逃げる道しかなかった。だが、第1次政権のときみたいな屈辱にまみれた結末は考えたくなかった。シナリオがあったかどうかは想像することもできないが、事態は偶人宰相をして短命の道をひたすら歩ませている。ただし、「たたきあげ」宰相は、せっかく掴んだ権力の座を簡単に明け渡す気はないようだ。本音がポロポロ見え隠れし、斜陽自民党の隠れ内紛(ファッショの内紛)が浮かび上がっている。これからどうなるんだろう。コロナ下の世界はどこへ向かうのだろう。
2面の月刊誌は特集を組む。「『自助か連帯か』コロナ災害下の貧と困」として、「コロナ災害のもとのSOS」「脆弱化していた日本経済」「貧困がつくられる社会と雇用」「キャッシュレス社会のワナ」「女性を直撃するコロナ災害」「労働世界の変革」と、危機を内包する表現が並ぶ。ただ、「異常気象が異常でなくなった世界」と「核兵器の終わりが始まった - 核兵器禁止条約発効の意味」の並びのなかに、なにかの可能性を見る。いや、前者ではなく、後者の「核兵器の終わり」の意味するところが、世界的な原子力推進に歯止めがかかり、いよいよ「さよなら原発」が具体的目標として成り立つようで、ここから新しい方向を定め、全てはこれに向かって進むべき時に来たと楽観的に思った。楽観的に思いたかった。確証も何もないけれど。
posted by ガンコジージ at 11:00| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする