2021年01月01日

気がついたら正月になっていた

昨日、速報で東京の感染者が1337人と発表され、愕然とした。今朝のTVでは、年末で検査機関が駆け込みで積み上げたから、みたいな意味のことが語られていたので、「それなら今日は減るのかな?」などと思った。安心とかいうのではなく、逆に疑心暗鬼にかられたのだ。今朝の新聞紙面に謹賀新年の空気感はなく、1面トップは「吉川氏に現金さらに1300万円 鶏卵業者供述 農水相在任前後に」で、コロナもなんとなく小さい。そして全体に元気がない。初詣での賑わいなど不謹慎で書けないというのか、いちばん気になる大都市の神社仏閣への人出などにも触れていない。1面「コロナ下 ベネチアは澄んだ 観光・経済ストップ 水質改善」はSDGs関連で、2面「経済再開また大気汚染悪化 人間の活動 気候や生物種を左右」「大量消費・環境破壊『コロナは警告』」「危機と教訓を記憶し ものの見方を変えるとき」の記事に緊迫感はない。「コロナ後の世界を想像することは、現時点では難しいかもしれません。けれどもワクチンが行き渡った時、私たちは危機意識がなくなってしまって、コロナ禍の中で考えたり悩んだりしたことを全て忘れてしまうのでしょうか」(本文引用)との言葉にも無力さが漂う。3面にはこの記事のすぐ横に「救命瀬戸際 コロナ拡大 急患受け入れ態勢機能不全に」「対応60%台に低下 入院先見つけるのも難航 心臓病や透析治療後回しになる恐れ」と「ビジネス往来も停止方針 11カ国・地域 変異型『市中感染』なら」があるが、なぜか緊張には程遠い扱い。コロナは1面トップの扱いでよかったはずだ。そこを外れたがゆえに、緊張から遠くなったような気がする。
12年前の麻生政権でもあったと記憶する。だれかの「いいかげんに大騒ぎやめたらどうなの」の一声で報道から新型インフルについての報道が瞬時に消えた。以下の記事の末尾に「新型インフルエンザから10年。メディアとしては2009年の際には事前に備えながら結果として過熱報道につながった経験を省みる必要がある。そして多くの人が経験している季節性インフルエンザについて正しい情報を伝え、インフルエンザの正しい知識を深めてもらうことこそが、新型インフルエンザが再び発生した際の混乱をできるだけ少なくする備えの礎になる」(本文引用)と書いてある。まさか、「過熱」を抑えて気分的沈静化を図る作用がじわじわと浸透し始めているのか。12年前と現在では、感染症の次元が違って、質的量的拡大がいっこうに治らない。日本は世界トップクラスとは比較にならないほど拡大が少ないものの、東アジアではフィリピンとインドネシアに次ぐ感染拡大国だ。そのことを考慮せずに、混乱の沈静化を唱えてもどうもならない。
☆「2009年新型インフルエンザ ―「未知の感染症」をどのように報じたのか?― 日本経済新聞社 編集局社会部次長 前村 聡」内閣官房新型インフルエンザ等対策
https://www.cas.go.jp/jp/influenza/kako_09.html
以下の動画は具体的に危機の克服の仕方を訴える。14分後くらいに「1)感染源を抑える…感染者を発見し、保護・隔離する 2)感染電波を抑える…政府の対策はこればかり しかも『個人の努力』 3)宿主(ヒト)の感受性を低める…免疫力を高める/ワクチンを接種する」とあるが、いま政府がやっているのは(2)のみだと指摘。「3密を避け、家から出ず、静かな正月を」などと個人の努力こそ最良の策とし、政府としてはほとんどなにもせず、切り札のGoToに執着し続ける。地方自治体に責任を押し付け、自粛しなかった国民が悪いと責めたてる用意だけは周到なのだ。1)のカナメの医療体制は放置されたまま。3)の免疫力を高めるための最大方策は生活支援だが打ち出す施策はもたもたするばかり。ワクチンは冬のあいだに間に合いそうもない。そして五輪はもう不可能なのに、すがりついたまま、転換できない石頭で死屍累々の荒野をひた走る。先にあるのは闇だけ。みんな、これに気づこうではないか。
☆「コロナ敗戦 菅の暗いお正月 GoTo新規入国停止 安倍と二階 吉川 炭ゼロ【山田厚史の週ナカ生ニュース】」12月30日
https://www.youtube.com/watch?v=h_oWczPL1GU
posted by ガンコジージ at 11:10| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする