2010年04月28日

ヤコブ・ラプキンづくし

いまちょうど彼は来日中。そこで当ブログでもヤコブ・ラプキンづくしをしてみようかな、と思った次第。
まず第一に・・・

日本記者クラブにおけるヤコブ・ラプキン教授の講演


を紹介する。
講演は4月15日に行われたらしい。全長が1時間半に及ぶ講演録であるが、講演そのものは前半50分程度。あとは質疑応答のようなので、ジージはくたびれてしまい、後半については割愛させてもらった。
疲れた頭でうろ覚えにちょこっと記憶しているのは、まず08年と09年の両戦争において、イスラエルバッシングが世界的に起こった、ということ。そのなかでイスラエル内部はいっそう頑なになっていくようにみえたということ。
これはすごく示唆的であると思った。国家の内部において強固な同一性を持った人々に対して制裁なりバッシングなりを加えるとき、このような対立的な反応を増幅してしまう可能性がある、ということのひとつの具体例を示しているという意味において・・・。
もうひとつは、アメリカ在住のユダヤ人に、いまのオバマ政権のイスラエルに対する対応をどう思うか、という質問をすると、およそ55%が指示すると答えるが、同じ質問をイスラエルでするとたちまち10%以下になってしまうということ。
これもまた先に書いたことと同様の見方を補強する現象であるように、ジージは思ったものである。

次に「Yakov Rabkin、historian and auther」というサイトの日本語部分を紹介をしておく。

ヒロシマと世界:悲劇は特権を与えない


ユダヤ教徒がシオニズムに反発する理由


前者については記者クラブでの講演でも語られていたが、ホロコーストで世界の同情を呼ぶことは難しくなってきている、ということが書かれている。以下の引用でほぼすべてが語られているといっていいと思う。
「イスラエルが今までの姿勢を変えず、1948年以来パレスチナ人に対して行ってきた不当な行為を正そうとしないのであれば、存亡の危機がなくなることはないであろう。(中略)
悲劇はその犠牲者たちに正しい行為をとらせるわけでもない。ホロコーストの遺産を受け継ぐ者たちであり、ユダヤ人を代表する集合体だと主張するイスラエルが慢性的に犯す暴力行為は、このことを疑問の余地なく証明している。(中略)
中東に平和をもたらすには、イスラエルをナチスの大量虐殺の集団的犠牲者であり、ユダヤ人の歴史の悲劇的結果として扱うことをやめなければならない。そしてイスラエルを独自の歴史、利害、価値を持った国として見るべきである。」
ホロコーストの記憶に頼るのは既に悪用されすぎているとさえ彼は発言している。まったく厳しく、客観的な視点を持っている人だ、とジージは感じ入ったのである。
後者については、このブログで書いた記憶がある。ユダヤ人の内部からこういう人がでてきたことに、すごく勇気づけられた気がしたものだった。そしてキリスト教シオニストという不思議な定義についても知った。詳しくは当ブログ「パレスチナ問題のひとつの見方」(09年10月20日)を参照されたい。

彼の著書「トーラーの名において」はパレスチナ問題の枠を超えて、必読の書かもしれない。ものすごく分厚くて、ものすごく値の張る本だけれど、がんばらなくっちゃいかんかもしれんなあ、と思った。
posted by ガンコジージ at 09:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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