2010年05月21日

読書「ジプシーの歴史」

副題は「東欧・ロシアのロマ民族」とある。著者デーヴィッド・クローウェという人については知らない。図書館でほとんど衝動的に借りただけである。
かなり分厚い本で、読みはじめてすぐに、マイッタと思った。まず東欧の各国々ごとに、歴史を概観している。それがまたものすごくおおざっぱで、資料的なのである。
これは読むのにくたびれそうだぞ、と思いつつ、最初のブルガリア編からゆっくりゆっくり読み始めた。全編読み終えるのになんとまあ苦労する本であったことよ。途中経過はほぼ読んだその先から頭を素通りしていったのであった。
おしまいの「むすび」と「解題 ジプシーと呼ばれる人々 ー ロマ」さらに「訳者あとがき」を読んで、読みづらさの意味をようやく納得した。ジージはもともと、ジプシーに流浪の民という潜入観念を持っていて、いささかロマンチズムにまみれ過ぎていたらしいのである。
このロマンチズムは世間一般に広く流布していて、それによって多くの誤解が生まれているのだという。彼らが非常に差別的な状況に置かれ、あらゆる権利を制限され、文字を学ぶ機会も得られないまま、差別による忌避(西)や強制からの逃亡(東)を余儀なくされてきた実態は語られることが少なく、非ジプシーの世界で語られているジプシー幻想を否定する試みもほとんどなかったことが、ロマンチズムを固定していった原因という。
また、東欧・ロシアの歴史の複雑さは、ジージの浅学ではとうてい整理することが不可能であるうえに、ジプシーたちの放浪は範囲が広く拡散しすぎているという事情もあって、第2次大戦後に生まれた国別にわけて分析する本書の方法は、やり方自体が不適当という指摘も書かれていた。
唯一おもしろかったのは、東欧・ロシアと限定してまとめる場合、社会主義との関係でとらえる視点がポイントになる、というところであったと思われる。
レーニン指導下の社会主義成立初期においては、ジプシー問題は民族自決の権利としてとらえられていたが、次のスターリン時代にはいって抑圧的政策に切り替えられていったという指摘。
個別の事例では「へえっ、そうなのか」という事柄がいっぱいあって、いろいろと驚かされた。たとえばクラシックに「ツィゴイネルワイゼン」があるが、ジプシーの呼び名のひとつ、「ツィゴイナー」に関連した曲名らしい。彼らに対する蔑称が、そのまま楽曲の名となっているわけだ。
全体として東欧は抑圧的だが定住させる事を模索した傾向があり、一方で西欧は忌避排除する傾向があった、と思われる。
ナチスドイツの強制収容所で絶滅の危機にさらされたジプシーは相当な人数になるものと思われるが、正確な実数は知りようがなく、さらにジプシー自身がその被害についてまとまった声をあげなかったため、ユダヤ人への対応はあったものの、戦後ずっと無視され続けてきたという事も改めて知った。
彼らは歴史の狭間にいまも置き忘れられている。そして、いまも極端に貧しい生活を余儀なくされているのである。
四苦八苦して読み終わり、もうすこし概括的に読める本を探そうと思った。ジージはあまりにも彼らのことを知らなすぎる。反省!
最近ではジプシー映画が多数公開されるようになっている。ジージの記憶に残っているのは「ジプシーのとき」(ユーゴ)、「僕のスウィング」「ガッジョ・ディーロ」(仏)がある。東欧の映画には、ジプシー文化の色彩が色濃く漂っているのが見てとれる。アルバニアの「ティラナ零年」などもそうだし、題名を忘れた多くの映画がジプシー文化を濃厚に表現していたと思う。
「耳に残るは君の歌声」ではジョニー・デップがジプシー役をやっている。ほかにも無数の映画があり、印象に残ったものは多いが、ジージの健忘症により、題名をほとんど忘れている。
posted by ガンコジージ at 09:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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