2011年08月20日

「人間と環境への低レベル放射能の脅威」序章から生態学的考察まで

判りにくいところが多く、そういうところはすっ飛ばして読む。それでもなんとか理解することは出来そうである。まず序章から要約してみる。いま最もオドロイているのは、以下に「***」で括って要約した部分である。わかりやすくするために、一部、原文に変更を加えている。
***ペトカウは1972年3月「リン脂質細胞膜に対するナトリウム22の影響」という論文を発表した。その中で「X線の短時間大量照射にも耐えられる細胞膜が、放射性物質による、弱いが長時間持続する放射線照射によってたやすく破壊される」と書いた。***(つまりずいぶん早い時期の研究であるということがわかる)
関連した記述***この細胞膜の障害は、核兵器や医療被曝などのように、細胞核中のDNAに打撃を与えるのとは完全に違う、生物学的メカニズムによっている。細胞膜は放射線によって生成する活性酸素で破壊される。***
ジージとしては、それなら極めて高い線量率による活性酸素の大量発生は、いっそう大量の細胞膜破壊を生むのではないかと思うのだが、そうではないらしい。
***活性酸素が同じ場所にたくさんつくられると、互いにぶつかりあって安定した普通の酸素に戻ってしまう。だから、高線量のほうが細胞を破壊するのには非効率ということなのである。***
ようするにぎゅう詰めに押し込められると、お互いで潰しあって細胞をやっつけるまもなく活性酸素はなくなってしまう、ということらしい。
この本の著者であるグロイブの「低線量放射線において威力を振るう間接的な活性酸素型の障害は、骨髄の中で前駆細胞から常に新しく生まれ変わらなければならない免疫系の細胞にとっては、とくに深刻である。」という記述もある。
序章まとめ***その後も続けられた研究によって、さまざまな疫学的証拠が確認されたが、残念なことにそれらは、大規模な核実験や無数の原子炉が世界的に建設され、長い年月がたってのちのことだった***

第I章 生態学的考察
ここは基本的に足早に過ぎていくだけだが、以下の引用は特記されるべきところであると思う。それゆえ、文章の順序を少し変えて書き記しておく。
***我々は太古の時代から長い間、自然放射線の泉の中で無害のまま生きてきたという主張があるが、それは、そもそも生存に関する経過を無視している点で誤りである。以前は自然淘汰のおかげで、人間は自然放射能に曝されてもその障害は消えていき、将来の子孫には伝わらなかった。
(だが・・・)医学の進歩のおかげで、近代社会では病人と虚弱者がより長生きできるようになった。これにより人類の持つ責任は、新たな大きなものになった。いまは、自然であれ、人工的であれ、遺伝的障害を与える影響は放射線量ゼロの地点から始まるということに、誰も疑問を持っていない。
自然の放射能も高すぎる線量の放射能を持っており、放射線はどんなに少量の増加も防がなければならないのである。***
まとめると、自然放射線も遺伝的障害を与えるが、これまでは自然放射線障害は自然淘汰で次代に継承されることはなかった。医学の発達した現代では、人類は自然放射線の影響を無視できなくなってきている。・・・というわけで、表現にいくらかの違和感を感じつつ、生態学的人類の捉え方の厳しい一側面として、いまはとりあえず理解しておきたい。
posted by ガンコジージ at 08:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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