2012年01月03日

漫画「JIN ー仁ー」

例年、正月になると、わが家には漫画がたくさん持ち込まれる。帰省した家族が運んできてくれるのである。今年の目玉はTVで人気になった「JIN ー仁ー」(村上もとか)と「テルマエ・ロマエ」(ヤマザキマリ)。
「JIN」は幕末と現代を医者の主人公が、タイムスリップして行き交う。「テルマエ」は古代ローマ帝国の浴場設計技師が、様々な時代の日本の浴場とローマの公衆浴場のあいだをタイムスリップして行き来する。よく考えるとストーリーのとんでもなさを解消するのにタイムスリップという手法を使うのは、映画でも漫画でも共通して見られる、やや安直なやりかたのようだ。
発達した現代と遅れている過去とのあいだにあるギャップをどうとらえ、どう克服していくか、そんなところをテーマとするのが基本のようだ。
前置きはこれくらいにして、そろそろ「JIN」に移る。これは全20巻を超える大作らしい。今回わが家に持ち込まれたのは11巻までだから、読んだといってもおよそ半分だけである。
現代の進んだ医術を幕末に持ち込んだ医師南方仁が神業のような技術で時代に新風を吹き込んでいく。それはすでに過ぎてしまった時間の中身を大胆に変えていくという、まさに神の所業に似た行為であった。
とまあ、縦糸横糸の複雑さはいろいろあるとして、半分までの読了では、作品の大テーマはそれほど鮮明に見えてこない。それより、次から次へと登場する難題に真正面から向き合っていく南方仁の、知力を尽くした直球勝負が見所となって、わりと退屈しないストーリー展開ではある。
全巻を見ていないから総論的にはなんともいえないが、ひとつだけ書いておきたいことがあったので、あえてここに書く。
それは単行本2巻目のコレラとのたたかいにおける人間模様。幕末期のコレラ大流行の恐ろしい状況と、現代の東電原発事故とが対比され、いささか複雑な気分をともないつつ、感じ入ってしまったのである。
身近でコレラ患者が発生したとき、人びとは怖れ、忌避し、遠ざけて目をふさぐ。いいかげんな医療がまかり通って、患者の増大を止められない。死が日常と化していく。そのとき緒方洪庵の協力を得て、南方仁はコレラとの真っ向勝負に臨む。
史実では緒方洪庵が「水分補給」の方法を考えつき、大流行を押さえ込んだのではなかったかと思う。そのあたり、うまく事実をねじ曲げながら描いているものだと感心しつつ、それよりも、南方仁のやり方でコレラを克服できるかもしれないと知ったときの、人びとの心の有り様が、放射能禍におとしめられた現在の日本列島の状況と鏡に映った鏡像ように重なるのを感じて、いたく感動させられるのである。
助かる方法がある。それならそのことのためにみんなで力をあわせよう、という共同意識が静かな決意とともに、南方仁を囲む人びとのあいだから沸き上がってくる。そこには恐怖も忌避もない。目をふさいで遠ざけておくエゴイズムもない。
単純なことなのである。方法がわかれば向き合える。有効であることがはっきりと示されれば混乱しない。事実から目をそらして虚偽の善意で意識をちりばめなくても済む。まやかしの方法に惑わされないでいられる。凛とした姿勢を保っていられる。そういうものなのかもしれない。
漫画は単純だけれど、ときどきこんなふうに真実を垣間見せてくれる力も持っている。それはもしかしたら、読むものがなにを求めているかによっているのかもしれない・・・などと思いつつ、「うんっ、これはなかなか良いなあ」などと感じ入ったのだった。
posted by ガンコジージ at 11:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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