2012年02月25日

学校で学ぶこと学べること

中学3年の時、学年トップの不良生徒と同級生になった。いわゆる学ランというやつを着て、見るからにカミソリみたいな顔つきをしたやつだった。
と、普通なら先入観で遠ざけてしまうところだが、なぜかクラスのだれもが彼を遠ざけなかった。それどころか、ずいぶんと仲良く交わり、休み時間などでもわいわい雑談に興じたりして、いつのまにか彼も仲間になって普通に付き合っていた。
じっさい、はじめは彼のほうがとても遠慮がちにしているようだったし、大人しそうだったので、敬して遠ざける理由がなかった。学ランにしても、おかしな服装しているな、くらいにしか思っていなかったのである。
勉強はもちろんぜんぜんダメ。わからないところを教えるなどした結果、だんだん成績が向上し、テストの成績が良かったりすると、「やったじゃん!」なんて周囲が喜んだり、先生に指されて英語のリーダーをすごい早口で読んでいて、またまた「やるじゃん!」ってことになったりして。
彼が学年トップの不良であったとわかったのは、彼と最も仲の良かった生徒が、とちゅうで告白したことによっている。「担任がよ。3年になったすぐにオレを呼んでよ。あいつがクラスに馴染むように、ちゃんとメンドウみてやってくれって頼まれてさ。オレ、ビックリしちまったよ。くれぐれもって頼まれたら、嫌って言えねえじゃん。オレが真っ先に不良やってられねえじゃん。頼まれたからには、やらないと男じゃねえし、有り難いことにあんたらも、ぜんぜん分け隔てしなかったし、助かったよ」というのであった。
うかつにも、そのときまで学年トップの不良だなんて知らなかったから、ため口で話したり、遠慮なく勉強を教えたり、ケンカが始まりそうになると、「やめたら?」なんて平気で口を挟んだりしていたのだ。彼はけっこう素直に言うことを聞いてくれたので、疑うことなど微塵もなかったわけで・・・。いや、告白したその友人が接着剤として絶妙の役割を果たしたのだろうと、いまは思うが。
で、そのことを知ってから、彼に対する態度が変わったかというと、とくになかったと記憶している。テストで彼が見違えるような成績を取る。担任が「よくやったじゃないか」と誉めると、彼が照れくさそうに「へへっ」と笑う。そんな彼を見る周囲の目も混じりっけなしの「やったね!」という感じであったと記憶する。
そして卒業が近くなり、卒業文集をつくることになった。何人かの作文を先生が指名して読ませたとき、彼も指名されて立ち上がり、読み出した。
「ぼくはすごい不良でした。このクラスへきたときも、すごく突っ張っていました。でも1年経って、ぼくはこのクラスでほんとうに良かったと思っています。・・・ぼくは不良をヤメようと思います。真人間になります。みんな、ありがとう」(記憶なので、この通りではなかったと思う。伝えきれないのがもったいないと思う)
そのとき、担任は「うんうん」とうなずいていた。クラスのみんなも、「うんうん」とうなずいていた。そして、読み終わったとき、担任が「よかったな」と言い、いっせいにぱちぱちと拍手が沸いた。
留年制度なんてない時代の話。教師が理念を持って教える余裕があった時代の話である。
今年の2月、彼が主催する同窓会開催の葉書が届いた。気持ちが冴えなくて出席しなかったが、いまの彼に会いたい気がするし、この次は絶対に行こうと思っている。
そして思う。学校で学べることは、昔はテスト以外にたくさんあった。少なくとも留年市長の経験した範囲の外には。
posted by ガンコジージ at 10:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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