2012年05月02日

小さいタネでも育てば大きい木になる

小学校の同級生の何人かから同じような思い出話をされる。「君はあの先生とものすごく対立していたね」とか「ひとりで戦っていたね」といったこと。
そうだ、6年間の小学校生活のうち2年と5年6年をあわせて正味2年半ものあいだ、某女教師と熾烈な闘争を繰り広げたのだ。あらためて、そんなにすごかったかな、と思う。じっと考えてみて、確かにそれは戦いであったと気がつく。
なにしろその担任とはウマがあわなかった。目の敵にされ、かなり激しく抵抗もした。ストライキまがいの煽動までした。
1年生の教室の掃除をぼくのクラスが担当させられたとき、1年の担任がやたらぶうぶうと文句を言うのでみんな困り、我が担任の指導で「なぜ文句を言われるのか」について反省会をした。だが、みんな「きっとわたしたちが悪いのだと思います」「謝ろうと思います」なんて意見ばかり。おもしろくなくて、「ぼくらは悪くないです。だから、先生が謝るまで掃除をやめたらいいと思います」と提案した。
すると、「それ、いい案!」というささやきが追随したのだ。流れが変な方向に行きかけたことを察知した我が担任が「弁士中止!」ならぬ「反省会中止!」を宣言し、ストライキ作戦はすぐ潰された。
また6年生のとき、「補習授業なるものをやるから残りなさい」と言われたとき、みんな「ええーっ!」と不平をならしたのに、「嫌なら帰りなさい!」と教師に怒鳴られ、全員たちまち凹んでしまった。とそのとき、ぼくひとりだけ間髪をいれずに立ち上がり、とっとこ家へ帰ってしまったのだ。先生も生徒もポカンとして見送ってくれたっけ。カッコいい? いえいえ、トイレに行きたかっただけなんだけどね。
算数の授業で図形を書かされたとき、担任は生徒一人ひとりのを見て回り、ぼくの図形をちらっと一瞥、「やりなおし!」と突き放した。ぼくは「ちゃんと見ていない」と感じ、2度目に回って来たときも同じ図形で押し通した。担任→「なんで描き直さない」。ぼく→「まちがっていません」
周囲のみんなドキッとしたらしい。なにかのことで反省文を書かされたときも、みんな「反省文」を書いたのに、ぼくだけ「反省しない文・・・大人の方が勝手だ文」を書いたっけ。ひとりずつ立ち上がって「反省文」を読まされ、順番がぼくに回ってきたとき、とつぜん担任は「そこまで。みんな、よくわかりましたか」で、ぼくの「反省しない文」は読み上げられることはなかった。
考えたらこんなことばかり。よくやったもんだと思うけれど、意味もない反抗なんかあるわけがない。こういうことには、必ず原因があるものだ。
子どもでもあるし、発端は他愛もないことであっただろう。とりあえず小学校2年生のときの記憶を探ると「オーッ、あった!」
2年生のとき、午前中の休み時間に、目尻を切って大出血し、病院へ連れて行かれたが、そのまま昼食から午後の授業を続け、シャツの胸いっぱいに広がった血が乾いてゴワゴワの姿で帰宅したことがある。そのシャツ、その後も長く着ていたけど、あのころからすでに、手に負えない子どもと思われるなにかがあったんだな。きっと・・・。
いじめもその延長であったのかもしれない。以後、なにかにつけて反抗的であり続けたのも、遠因はそのへんに帰着するように思う。
で、強引に現在の世情にくっつけて考える。いくら当面をうまく取り繕えても、大人しい民の心に植え付けられたタネは、本人が気がつかないままでも、きっと育っていくものだということ。反抗の木が育つと、どれだけ大きくしつこいものになるか。押さえつけるヤカラたちよ、ユメユメ侮るなかれ、である。
posted by ガンコジージ at 19:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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