2015年10月28日

iPadで長文を書くのはたいへんだ

九州へ用事で出かけている途中の新幹線車内。暇で仕方ない。本を持ってくるのを忘れたからだが、景色もつまらないので仕方なく週刊誌を買った。
新聞広告で興味深い見出しを見ていたのでなんとなく購入。興味深いものはそれなりの読み応えを感じたが、おおむねくだらない記事が多かった。最初はいろいろ興味を持って読んだものの、あまりのつまらなさにげんなりしてしまった。ここで紹介することもないものばかりでオールカット!
全体に低俗路線。いろいろ取り混ぜてはいるものの、最終的には御用報道ここに極まれりだった。他の週刊誌もそうなのか、そうでないのもあるのか仔細は不明。でも、ネットでは週刊プレイボーイや女性自身などでときどき光る記事を目にすることもあるから、たまたま手にしたのがサイテーだったのかもしれない。
週刊誌の売り上げが低迷しているそうで、ネットで格安でまとめ読みできるシステムもあるらしい。読みたい記事があったとき、余計なところを読まずに済み、値段もネットの方が格安だったらいよいよ売りあげ低迷になりそうな気配濃厚なのを感じた。
読んだ記事中では唐牛健太郎の生涯を丁寧にルポしたものがよかった。調べ尽くすのは不可能としても、もっと突っ込んでいたら彼の不思議な人物像を圧倒的迫力で描けたのではないか、と思った。もったいない気がしつつ、破壊的な人生の遍歴者が背負う物悲しさを感じることができた。 当時の学生運動のリーダーたちには、中国からの帰還者が多かったという。
かつてよく聞いた名前がゾロゾロ出てきたが、なんとなく彼らのその後が浮かび上がってきて、そこにもどうしても漂うなにかしらの複雑な色彩を感じ、物悲しさを共有したような気がした。 なんだろう。いったん踏み込んだら骨の髄まで取り込まれて生涯離脱不能になる、強烈ななにか。そんな危険ななにかに取り憑かれ、あがき続けた人たち。遠い彼らから、誰の心の底にも潜む悪魔的生き様を見せつけられた気がした。
身近には存在しなかった類の人たちである。だが、気がつけばすぐ隣にいたと思える人たちでもある。さらに、いつのまにか自分自身の内部にも潜んでいる恐ろしい存在であることも否定できない。まさに人間のすぐ隣でぽっかり口を開け、踏み外したものが落ちてくるのを待ち構えている闇。または闇に飲み込まれながらうごめき、他人をもひきずりこもうと腕を長く伸ばす不穏な生き物の姿を見た気がした。
posted by ガンコジージ at 08:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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