2020年11月12日

まさかコロナ不況下の無理押し?

3面に「女川再稼働 地元が同意 宮城県知事表明 被災原発で初」の記事がある。「東日本大震災で被災した東北電力の女川原発2号機について、地元宮城県の村井嘉浩知事は11日、再稼働の前提となる地元同意を表明した。2011年の震災で被災した原発の再稼働に地元が同意するのは初めて」「BWRの再稼働への地元同意も全国で初めて」(本文引用、以下「」内同様)とある。女川原発について当ブログでどう書いてきたか調べると、地震発生の翌日の3月12日「女川原発で炉心冷却不足の報道があった。ちゃんと聞きそびれたが、非常用の発電機を動かす燃料が不足しているとかどうとかというのであった」「そのあとどこかの原発で1号タービン建て屋から煙が上がったとの報道が続いた。なんじゃそりゃ、と緊張した。さらに、燃料輸送車が急遽燃料を運んでおり、自衛隊からも緊急に車が向かっているという。聞きそびれたので、『いったいどこへ?』と、いよいよ気になった」と、これは報道の情報が錯綜し、はっきりしたことがまるでわからないときの緊迫した内容。次に触れているのは1ヶ月近く後の4月9日の記事「女川原発(宮城県)=外部電源3系統中2系統遮断。ディーゼル発電機起動。使用済み核燃料槽水漏れ。翌日の新聞の要約では、非常用発電機2台のうち1台は使えない状態にあった。外部電源1系統のみで冷却系を維持した」とある。不覚にも事実関係が直感的に浮かび上がってこない記事になっている。
次は翌年6月15日の当ブログ記事で「女川原発の地質的な状況について、安全保安院は『国土地理院によれば、女川原子力発電所が位置する牡鹿半島の電子基準点「牡鹿」で約1.2mの地盤沈下し、水平方向の変動量(東南東)は約5.3mと報告されている。また、東北電力の報告によると、GPS測量による地形解析を実施した結果、地震地殻変動により敷地は1m程度沈下したが、その変動量は敷地内で上下・水平方向に一様であり、地盤の傾斜は生じなかったとしている。』と報告」「しかし原発の敷地はかなり面積が広大で、それが地震で上下・水平方向に一様に動き、地盤の傾斜は生じなかった、などということはにわかに信じがたい。女川原発にもなにかあったのであり、そしていまも続いているらしいことを暗示させるデータが、目の前に転がっていた」「福島第一原発は350万平方メートル。東京ドーム75個分にあたる。これも地震でなんの影響もなかったというのは、あまりに強弁に過ぎるといわねばならない。本来なら、安全・保安院の再調査指示は、国内のすべての原発において実施しなければならないものだろう」とある。
事故からおよそ15ヶ月後にしてようやく目にすることができた驚愕のデータ。「地震で上下・水平方向に一様に動き、地盤の傾斜は生じなかった、などということはにわかに信じがたい」のは当然であったが、これも記憶に残ることなくここまできてしまった。新聞記事には「東日本震災時には高さ13メートルの津波に襲われた。13・8メートルの敷地は、ギリギリ津波をかぶらなかったが、2号機では原子炉を冷やす設備の一部が使えなくなり、原子炉建屋で1千カ所以上のひび割れが見つかった。1号機は2018年に廃炉が決定。3号機は再稼働に向けた審査の申請を準備中」とある。80センチの危機だったが、たしか女川町民の一部は津波から避難したとき原発の敷地内へ逃げたのではなかったか。東日本大震災で最も高い死亡率となったのが女川町で、約56%に達したという。最大津波高は20メートルだったというから、原発が助かったのは、震源と原発の微妙な位置関係が幸運だったのか。津波が入り組んだ海岸線にぶつかって原発の被害を小さくしたのか。福島第一原発は太平洋とまともに向き合っていた。それが明暗を分けたのか。以下に「女川町 東日本大震災記録誌」がある。また、原発事故の際の避難路についての不安も聞こえてくる。まさかコロナ不況下での無理押しか。
http://www.town.onagawa.miyagi.jp/shinsai/index.html
☆「一本しかない“避難道路”…原発事故が起きた際、安全に避難できるか? 女川町の区長が視察〈宮城〉」仙台放送11月5日
https://nc.ox-tv.co.jp/news/detail/5996/
posted by ガンコジージ at 11:29| Comment(0) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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