2021年02月21日

各々の課題に共通する前提があること

8面「社説余滴」は「本土に向けた『辺野古ノー』」。最近の20数年間が概観されている。97年、普天間の代替施設建設の是非を問う名護市民投票は反対が過半数で決着したかに見えたが、市長は受け入れを表明して辞任。09年、「最低でも県外」とした民主党政権だったが実現しなかった。そして2年前には辺野古移設をめぐる県民投票があり、7割を超える反対票が集まったが政府は無視して埋め立てを強行。基地は当初、撤去可能な海上ヘリポートとされていたが、現計画は沿岸部埋め立て、1800メートルの滑走路2本を持つ計画に変わっている。問題はここからだ。「2年前の県民投票では、辺野古移設を含む安全保障の問題に関して、沖縄だけでなく全国で議論が深まることへの期待もあった」「『新しい提案実行委員会』は県民投票から1カ月後、辺野古移設をめぐり『国民的議論を求める』との陳情書を全国の市区町村と都道府県の計1788議会に送った」(しかし、意見書の可決や「趣旨採択」は沖縄県内6、県外33のみ)「沖縄で起きていることから目をそらさずに、自分たちの問題として受け止める。何度も示されてきた『辺野古ノー』との民意は、本土で暮らす人たちにも向けられている」(本文引用)。要約以上のように記事は書く。思い出すのは同じ頃、玉城沖縄県知事がAERAのインタビューで行なった発言だ。「自分たちのところで引き受けられるのか、国民の皆さんにまず考えて欲しいんです。引き受けられないのであれば、なぜ今まで沖縄に押し付けてきたのかということを意識して欲しいのです。沖縄県外の人にも問題の本質と県民の思いを共有してもらいたいのです」(本文引用)
これは2019年3月の発言だが、いまこの言葉を記憶している人は少ない。それどころか、辺野古の問題は記憶の彼方に去ったかのように、希薄になっている。なぜだろう。コロナがあったからか。違うだろう。たしかに私たちの周囲にはいろんな課題が怒涛のごとく押し寄せ、ひとつが治らないうちに次の事態が始まる。課題から課題へ、心が震えるまま、横飛びして乗り換えていくのは仕方ないことだろうか。考えてみたい。玉城知事の言葉を「沖縄」から「福島」へ置き換えるだけで、課題の本質は同じになる。そこで気づくのではないか。本土の国民は「沖縄」も「福島」も同じ発想で忘れ去ってく。奇妙なのは「放射線」を微細なまでに怖がりながら忘れていくのに伴い、身近にある「電磁波」を異様に怖がること。「放射線」の脅威は「電磁波」より遠くなったか。放射線の脅威とは何か、電磁波の脅威とは何か。これらは、沖縄とは何か、福島とは何かという自らへの問いにつながっていくはず。つながらなければ、どちらもいつか忘れていく。
コロナで異様な言説が溢れている。マッドサイエンティス的人士まで登場している。科学の世界は日進月歩であることに気づかず、古い知識のまま世間を揺るがす。第1線を退いた科学者は、その時点からあっという間に古びていく。アインシュタインが相対性理論を確立したあとの科学の進歩は驚異的だった。しかし、アインシュタインは量子論の登場に追随できなかった。彼が時代遅れになるのを免れるには、自分自身がつくりあげた進歩の大きさを自覚し、彼以降の進歩がそれをさらに乗り越えていくのを認めることが必要だった。一般人が時代の流れを良く感知して、自分が辿ってきた経験の成果を生かし、遅れをとらないように合理的に重ね合わせて発展させる力を失わなければ、変な言説に惑わされず、その矛盾に正確に気づき、批判的な視線を維持することができるはず。たとえば電磁波と放射線の関係を定性的にしか観ないシロウト的視点が、日光も放射線であることを忘れさせる。日光に対する反応にも個人差があり、ときに過激な症状に見舞われる人がいることにどう向き合うか。「日光も人間には毒だから忌避せよ」との主張を聞いたことはない。だが、日光に敏感な人たちへの配慮を呼びかける必要があるのは確かだ。小麦粉やそば粉のアレルギーも同様で「全部廃止」となるか、それともアレルギー症状を訴える人々に配慮するか。経験を積み上げていくと見えてくるものがある。積み上げないと「全部廃止」につながっていき、最後に矛盾に突き当たる。そのあたりのことを意識していたい。
posted by ガンコジージ at 11:03| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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