2021年03月01日

本日は2つブログを書きたくなったので

1面「天声人語」はコロナの後遺症について書く。「天声人語」の筆者に友人が、新型コロナ回復から8カ月にして残る後遺症の顛末を知らせてきた。「目を閉じて食べると、ピザかパスタかパンかわからない」「コーヒーはガソリン、肉は金属のような味」「排泄物は良い香り」「水道水は臭くてシャワーを浴びるのが嫌になる」(これを受けて筆者は)「英国などではコロナ後遺症のうち、若者や女性に目立つ傾向が報告されている。日本でも厚生労働省の研究班が調査を始めたが、原因や実態がはっきりしないのがもどかしい。呼吸困難や脱毛などと比べ、これくらいならと我慢している人はいないか」(本文引用)という。ブログ主の身近に、「PCRを減らせ」とか「2類から5類に下げるべき」などとおっしゃる方たちがいる。主張の骨子は、大げさにするから医療逼迫が起きるのであって、新型コロナは大した病気じゃない、だからそんなに大げさにしなくてもいい、無症状感染者なんて論外、というものらしい。それを受けてかどうか、厚労省は積極的疫学調査を減らし、プール法の実施にかこつけてPCR検査のサイクルを減らすように指導し、検査の縮小をじわじわとやりつつある。妙な人士たちの応援と重なって寒さが緩み、季節が春へと向かい始めていることもあって、厚労省の巧みな検査縮小策は功を奏したかに見える。「天声人語」の記事に戻ると、妙な主張をする人たちはガソリン臭のするコーヒーとか、金属味の肉とか、排泄物は良い香りなんて話は眉唾とか陰謀とか思うのかな。近頃つくづく思う。コロナに限らないが、信用できる情報は刻一刻変わる状況に合わせて新しい客観的科学的な知見を与えてくれる情報であり、曖昧なものをすこしずつ明らかにしていけるなら、たとえ不完全な情報であっても、じっくり吟味しながら真実へ近づく手段として付き合っていける。その逆に、最初に与えられた情報に曖昧さがあってもそれに従い、状況の変化にも動じずにすがりつく立場は、拒否したい。なぜなら、変化しない状況はありえないからだ。科学の進歩は概ねそんなもののはず。最高の研究者でも第1線の研究から遠ざかって1年したら、すでに浦島太郎。コロナについては、特にその感が強い。10年、20年の停滞は、研究者をしてマッドサイエンティストに落としてしまうことを自覚しておきたい。古いことしか言わない研究者は、彼らが第1線の研究者たちとのパイプを失っていることを意味し、信用できない。
3面に「ワクチン 途上国供給へ一歩 『コバックス』開始 公平な分配に課題 145カ国割り当て まずガーナ」「必要数足りぬ◾︎不正接種に懸念」がある。金持ち国同士の醜いワクチン争奪戦と貧しい国の金持ちや権力者によるワクチン不正がすさまじくなっている。さまざまな不公平が完全に野放し状態で、知人優先のVIP向け予防接種などは「ワクチンゲート」と呼ばれているとか。まだ接種対象でない富裕層や有力者の割り込みや、空の注射器で接種のフリだけするとか、保存期間が短くて不安定なワクチンが転売されるとか、大丈夫かね。貧者の特効薬と期待されたイベルメクチンなども、個人的に調べたら、なかなかワクチンの恩恵に与れない一般庶民のあいだで奪い合いになり、入手したのはいいが、治験が足りず適正な服用量がわからないまま好き勝手に服用する状態。家畜用のイベルメクチンにまで手を出し、いくら副作用が少ない薬であっても、好しからぬ影響がが出てくるんじゃないかと、誰しも疑う状態。さしものWHOも警告を出したい気分になってきてる現状じゃないか。世界のことだと達観していられない。日本でも個人で輸入して適正な処方なしに服用する動きがあるらしいとどこかで聞いた。薬に限らず、ほとんどのものが限界を超えないように向き合わないと、とんでもないことになる。気をつけよう。調子が悪くなっても知らないよ。コロナを軽視するのと同じように、コロナをまるごと恐怖で受け止めないほうがいい。きちんと知識を集め、よく知って、よく判断し、心を落ち着けて、適度に怖がって向き合うことが、いまとても大切だと思う。
posted by ガンコジージ at 00:20| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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