2021年03月12日

避難計画が画餅でないことを・・・

4面に「原発避難計画 備えは今」「30キロ圏外 自治体濃淡」「『50キロ離れても必要』」がある。「原発事故後、避難計画の策定を義務付ける範囲は原発半径8〜10キロ圏から30キロ圏に広がった。対象市町村の90%にあたる121市町村が策定を終えた。国の指針は、30キロ圏外でも避難や屋内退避を想定する」「国は30キロ圏内の自治体に防護服や安定ヨウ素剤、放射線測定器の購入費を支援するが、圏外は支援の対象になっていない」「全国の原発から30〜50キロ圏にある計29道府県143市町村を調べたところ、116市町村が地域防災計画に原子力災害対策を何らかの形で盛り込んでいた」(本文引用)。143市町村のうち116が対策を盛り込んでいるというのはかなりなものかと思うけれど、その各々の中身はどうなのか、いま判りようがない。逆に対策していない自治体では、住民に不安を与えかねないという返事があったという。福島県新地町は約50キロの距離にあるが、発災当時約8千人の全町民の避難計画を、具体的に検討していたとか。町長は秋田県に電話をかけ、副知事から「全面的協力」との返事を引き出していた。福島市は原発から60キロ。それでも一定の準備をした。郡山市はこども6千人を市内の低線量地域に避難させる準備をしていた。福島市渡利地区や郡山市役所正面の開成山公園は線量が高かった。判断が難しいのは確かだしどこへ逃げるべきかも、当時はまったくわからなかった。
50キロ圏内にあった三春町が独自の判断で安定ヨウ素剤を配布し、風向きが変わった時点で、町民に一斉服用させたのは、いま思っても賞賛に値する。以下の記事に「40歳未満または妊婦のいる配布対象世帯の94・9%に安定ヨウ素剤は配布され」(本文引用)たとある。実際には三春町のほかの富岡町・双葉町・大熊町4自治体が服用を実施し、のちに報道などで散々に批判されたが、その決断はやはり素晴らしいことだったと思う。緊急時にギリギリの判断が求められるとき、住民に不安を与えるなどと躊躇していては、守れるものも守れない。あとあとの責任を引き受けるのが役目と心得て決断することで、以下のように現在に役立つ知見をも得られる。福島第一原発事故では、東日本一帯に放射能雲が広く行きわたり、見過ごせない線量が拡散したことを記憶しておく必要がある。「原発事故はアンダーコントロール」「福島は完全に復興した」などとやたらに言いたがる国策に惑わされ、いつかきた道を再び辿ってしまわないために。そんなことをしたら、日本は今度こそ世界からつまはじきにされ、バカにされるだけだと自覚しておきたい。
☆「福島第一原発事故後の安定ヨウ素剤配布後の実態調査を実施―安定ヨウ素剤の情報提供・内服指示に関する課題が浮き彫りに―」The・Journal・of・Clinical・Endocrinology・&・MetabolismDOI:10.1210/jc.2018-02136
https://www.kyoto-u.ac.jp/sites/default/files/embed/jaresearchresearch_results2018documents181210_201.pdf
今朝のTV報道によると、IOCのバッハ会長が中国からワクチンを供給してもらい、東京五輪を成功させると明言したようだ。もしかして彼も「コロナは風邪」「コロナはただのインフルエンザ」と言いたい人なのか。そんな本音がチラチラ覗く。中国からのワクチン供給でしのぐということは、ヨーロッパの先進的ワクチンが品薄で供給不足気味なのに焦っているからだろう。彼はなにがなんでも東京五輪をやらないといけない立場にいるらしい。なぜ「なにがなんでも」か。そこまで頑張るのは、憶測だが、やはり「利権」が絡んでいるのではないか。ここまできて無理でも開催しようなどと強行する意味がないではないか。変異ウイルスは次第に拡大の様相を見せている。コロナを軽視する人は、どうもゲノム解析とPCR検査をごちゃ混ぜにしているような気がしてならない。いや、オオモトの主張はそれらが別物と理解しているかもしれないが、信奉者は区別つけていないように思える。ブログ主はまだ、「PCR検査ってなんだ?」の域を出ていない。事実を追いかけて全貌を知るってとても難しいものだ。
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2021年03月11日

中央集権からの離脱に地方独立の夢をみる

15面「東北『内なる植民地』」「中央に貢ぐ仕組み 原発も五輪も同じ『東京は安全です』」「再生エネを通じ地域の自立の芽 復興まだ入り口」の冒頭近くに、「思い出して欲しいのですが、放射性物質が降っていたエリアは、北関東、東京にも及んでいました。にもかかわらず、福島に限定するように囲い込み、切り離していった」「もともと、東日本大震災からの復興五輪だったはず」「(アベ首相は)2013年の国際オリンピック委員会の総会で、東京は安全だ、福島は『アンダーコントロール(制御されている)』と発言した。(略)そして今は、五輪はコロナに打ち勝ったあかし、ですからね。少なくとも中央=国家から見える地方=東北への視線は10年経っても変わっていないと思います」(本文引用)とあり、そしてさらに植民地としての東北を語る。戦前はまさに「植民地」そのものとして「男は兵隊、女は女郎、百姓は米」を中央に献上してきた。ここでブログ主は思い出す。宮沢賢治が「雨ニモマケズ」で「ヒドリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツハオロオロアルキ」と詠ったように、東北は「内なる植民地」として中央を支えるための苦難を強いられてきた。「ところが福島第一原発が爆発する光景は、戦後の東北が東京に電気やエネルギー、安い労働力を供出してきたことをむき出しにしました」「五輪招致のために『東京は福島から離れているから安全だ』と無邪気に言われたことと、まっすぐにつながっています」(本文引用)
ここまで読んでブログ主は思う。福島独立論や沖縄独立論が語られる。そして、中央と結びついた意識には、彼の地の「独立論」は、非現実としか映らない。地方で「美しい大自然」を語るとき、そこに生き、そこで呻吟する人たちがいることをどれだけ認識できるかがカギになる。でなければ「独立論」が生まれてくる背景を認識できない。どうしてもその発想に至れなければ、「美しい自然」を語る言葉とともに、みずからは中央の呪縛に絡め取られていく。ただの侏儒に成り下がるだけだ。「美しい自然」を子孫に残す。未来につなげる。それは誰の「子孫」か。誰の「未来」か。その気持ちの奥に、いま目の前で呻吟する人たちがいる。それが見えているか。中央集権でなく、地方分権を具体的に目指す意図が意識されなければ、「美しい意図」も「中央」に絡め取られてしまう。「1ベクレルも許さない」という勇ましい言葉が語られる。その発想の延長上に「福島から避難すべきだ」という発想がストレートに生まれる。避難先で生まれる東北差別、福島差別への視点は簡単に認識の埒外へ置かれてしまう。1ベクレルの汚染はじつは自らの住んでいるところにもあるが、それも都合よく忘れ去られる。その一方で、日常的に接する機器の電磁波には極端な嫌悪感を持ち、感受性が高くてほんとうに電磁波障害を被る人たちへの配慮ではなく、自らの電磁波嫌悪感を前面に押し出す。御都合主義の奇妙な潔癖感が漂う。1ベクレルも許さないなら、その1ベクレルを自分で確かめることが必要なのに。
ブログ主が福島へ放射線測定に出かけていたとき、「福島へ行くのは怖くないか」と、しばしば問われた。そのときブログ主は、驚いて相手の顔を伺ってしまった。「あんた本気でそんなことを言ってるの?」と言いかけて口をつぐんだ。あまりの奇妙さに言葉が出てこなかったのだ。なぜ放射能被害が大きい地域に人は住むのか、なぜ避難者が避難先で苦労するのか、彼らはなぜ福島へ戻っていくのか、自分たちが住んでいるところは、いったい電力受益圏であるのか否か。「震災の傷を福島に囲い込み、自分たちには関係ないと思いたい、そんな感情に駆られながらあがいてきた10年だったと思います。ほんの10年ですよ。福島はまだ始まったばかり。復興のイメージすら生まれていない。自分たちの利権やしがらみを捨てて、ただ次代を生きる人々のために何をなすべきかを考えればいい」(本文引用)とはいうものの、市民運動の段階でも考えが次第にぶれ始めている。おそらく「復興」という言葉にも、否定的な反応がありうる。否定するには、そこに生きる人々との向き合い方を、改めて自問する必要がある。いまからでも詳しく学んでしっかり論理性を確保し、次代へつなぐ努力を継続していかないと、市民運動もあだ花で終わる。
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2021年03月10日

敗戦に向けて能面顔が突き進む奇怪な国

1面に「原発汚染水 先送り続く 政府、復興方針で時期示さず」がある。こんなときの政府や東電のやりかたといえば、だいたい相場が決まっている。神妙な顔つきか、能面のような表情か、どちらにしても頭の中はスッキリと爽やかな風が流れ、いくら住民側がイキリ立とうとも「そりゃ聞こえませんわいなあ伝兵衛さん」(←ちと古いか?)の心境でいるものだ。そんな顔つきを脳裏に思い浮かべ「@@@ながら、本文を読む。「東日本大震災から10年を前に、政府は9日、2021年度以降の復興の基本方針を改定し、閣議決定」「改定は19年12月以来。21年度以降の5年間を『第2期復興・創生期間』と位置続け、福島の復興・再生には『引き続き国が前面に立って取り組む』とした。住民が戻らない地域には移住を促す対策などを進める」「処理済み汚染水の対応は『先送りできない課題』としながらも『風評対策も含め、適切なタイミングで結論を出していく』としただけで、具体的な決定の時期は示せなかった」(本文引用)。汚染水問題は昨年2月に経産省の専門家小委員会が、放出基準以下に薄めて海に捨てるのが有力と提言。これを受けて大熊町と双葉町が「早期決定」を要請、昨年9月に誕生したばかりの菅政権が「できるだけ早く決めたい」と応じた。しかし、全国の漁協などが反発し、交渉は難航。2月中旬の福島沖地震で壊れた原子炉格納容器の水位が低下し続けている。減り続けるので仕方なく注水量を増やしたというが、さて、減り続けているって、どこへ流出してるのかワケワカラン。汚染水はまがりなりにもアルプスを通した後の水だが、いま減り続けているのはアルプスを経由せずに、そのまんまどこかへ? よくわからないのである。
と、こんな状況なのに政府は「アンダー・コントロール」なんて大見得を切った以上は、「コントロールできてるんだ。だから五輪をやるんだ」と意味もなくわめき散らし、1面「五輪 海外の一般客断念へ 日本側 IOC、スポンサー枠要望」と、こちらはコロナ禍の混迷に突入する構え。記事を読んでいてわかるのは、日本側が政府、都、組織委で、それにIOCとIPC併せて5者で協議し、「海外一般客ダメ」か「スポンサー枠だけでもなんとかしろ」とか決めるのだと。スポンサーだろうがなんだろうが、コロナはあちらはイイけどこちらはダメみたいな選択はしない。疫学や医療の関係者の意見など介入す余地のない議論をやっている様子。スポンサー関連ってどのくらいの人数になるのかとか、国内の観客はどうなるのかとか、政治枠はどうなるとか、あれこれ考えているとキリがない。これから7月23日のオリンピック開会式まで、福島は徹底的に黙らされる。わずかに残った帰還困難区域が「通り過ぎるのは良いが住んではダメ」で解除されようとしているし、海洋投棄はいまや地元のあきらめを誘う作戦でじわじわ時間稼ぎ、フレコンバッグの中身から土をより分けて農業用土にしようと具体的に実施中。原発損害賠償も時限立法の期限が切れる順番に縮小の構えが覗き、復興のために住民の帰還を促進するとか、そういえば甲状腺検査はどうなった。
ところで月刊誌広告に興味深い表題がある。「走り出したら止まれない『この国の病理』 日本の敗戦『フクシマ』と『コロナ』」「菅総理よ『原発ゼロ』の決断を 再生可能エネルギーで十分やれる」「東京五輪、国民は望むのか」と、表題は勇ましいが、執筆者がなんとなく気になる。ついでに「マルクス『資本論』が人類を救う」があるのが「なんだこれ?」の心境を誘う。さらに30面には「余震『当分続くだろう』 地震調査委 1年間で469回発生も」の記事。政府の地震調査委員会の余震活動評価で、福島沖M7・3も踏まえ、「岩手県沖から千葉県東方沖の広い範囲で『依然として震災前よりも地震が多い状態で、当分続くと考えられる』と注意を呼びかけた。この地域では今月6日までの約1年間に、震度1以上の地震が震災前の約1・5倍にあたる469回発生」(本文引用)という。不気味な動きはしばらく続く模様。それでも「走り出したら止まれない『この国の病理』」はバブル後30年の迷走を経て、敗戦に向かってノッペリ能面ヅラで突き進む。
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2021年03月07日

「脱炭素実質ゼロ」の思惑入り乱れるなかで

2面「脱炭素の裏 原発復権画策」「再エネ掲げ新増設も芽残す エネルギー基本計画改定へ経産省」「原発政策うやむやの10年」「市民交えた討議必要 専門家」。かつて原子力は温室効果ガス削減の切り札として「原発ルネサンス」と、我が世の春を謳歌していた。世界がひっくり返ったのは福島第一原発事故による。それまで温暖化人為説に反対する人たちは「原発ルネサンス」に反発して、人為説を攻撃していた。原発を推進するための理屈づけとして人為説が大いに利用されていた面があったからだろう。そんななか、寒冷化説ではさまざまな仮説が提唱され、興味深い考え方もあったが、原発事故で世界は仰天し、「原発ルネサンス」は急速に衰えた。急先鋒に立ったのはドイツで、緑の党が躍進し、政治の表舞台でドイツの原子力政策を、温暖化防止の側面から大転換させることに成功。時代が大転換した。ホッケースティックが指摘されたのは04年。クライメート事件が騒がれたのは09年。いまでも人為説詐欺を主張する側はこの辺りを根拠にする。しかしブログ主としては、さまざまな反論があるとしても、敵失を探してそれですべてとするのは、根拠が薄弱ではないかと見ている。自分たちの主張の根拠が示されるべきことを理解しておらず、足を引っ張れば正当性を維持できるわけもない。ブログ主自身が地球寒冷化説に傾斜したのは2007年頃だった。まだブログを書いていなかったので、頭の隅に置いただけだったが、ブログを始めてかなり早い時期に、「全球凍結と氷河期」を書き、寒冷化説へのシンパシーを表明しようとして資料集めに勤しんだ。そしてふと立ち止まってしまった。寒冷化説は温暖化人為説とほぼ同じくらい論証が弱いと気付いたためだ。そこで「全球凍結と氷河期1」を書いて次は中止。資料を集めて数年後に「2〜6」を書いた。そこには、寒冷化説は科学的論証をあげ足取りで展開せず、まっとうにやるべきだと書いた。一方、温暖化人為説にも同じような危惧を感じる一方、政治的にそれを利用して脱原発へ舵を切れるならいいじゃないか、の心境でいる。どちらが正しいかなど、現状では判定不能。原子力を乗り越えるならどんどんヤレ。望ましい方向へ向くなら足を引っ張ることはない。邪魔すればするほど「原発ルネサンス」回帰への流れに手を貸すことになる。陰謀論なんてそんなふうにしか現実に関われないってことは、トランプ政治とコロナで立証されたではないか・・・。
パリ協定を日本が意図的にネグレクトしたためにオブザーバー参加となった2016年11月COP22(マラケシュ会議)以降、ブログ主は興味を失って情報を追いかけていなかった。そこへスガ氏が突然、2050年までに温室効果ガスの排出量ゼロを表明。にわかに原発界隈が賑やかになった。おかげで調べ直し作業に新しい課題が積み上がって現在困惑中なのだ。2面は経産省が主導する裏政治の動きが鮮明に見えて参考になる。昨秋の首相の温室効果ガス実質ゼロ発言にあわせ、エネルギー基本計画の改定を検討する経産省の審議会が、原発復権を求める大合唱の場となった。震災10年の節目に原発政策を立て直すとの目的意識が働き、政府の目標として掲げられている、30年度の電源比率:原発20〜22%、再エネ22〜24%を、スガ氏の実質ゼロに合わせてどう変えるか、が議論の中心とか。経産省幹部は「再エネの拡大は、欧州などに比べて地理的な条件の悪い日本では限界がある。目いっぱいやっても、50〜60%すら厳しいとなれば、原発が欠かせないという結論になる」(本文引用)と考えている。なるほどこの底意があるから、太陽光パネルの重金属データをデタラメだらけにする離れ業もやるわけだ。2015年に30年度の電源構成で原発の電源比率を20〜22%としたのには、「新増設の明記はずっと官邸に許してもらえなかった」「既存原発が30基ほど動けば、新増設なしでも達成できるが実現は相当難しく、『将来、代替策として新増設につながる可能性がある数字だった』」「反発が強い新増設を正面から議論するより、将来の原発維持さえ担保できれば、新増設の芽が残せる」(本文引用)と、有象無象の思惑が乱れるなか、再エネ反対の動きは経産省の思惑に引きずられ、いまだに気づかないままでいる。不勉強のなせるワザ!
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2021年02月15日

じわじわ修正しつつ目標を捨てない人々

今日は休刊日。というわけで、原発関連の記事をメモから引き出して書く。さらにコロナ関連で残しておきたい過去記事を見つけたので添付する。関西電力は福井の原発3基をなんとしても再稼働したい。しかし使用済み核燃料の県外移設候補地がみつからない。関電原発の貯蔵スペースは5〜9年で満杯。青森県やむつ市は安易に核のゴミ捨て場となることに反発している。そういえば福井県高浜町で多額の金品が動いていた出来事は、どうなったんだろう。どさくさに紛れてなにがなんだかまるでわからない。このままうやむやになるのかね。まさか!
☆「『核のゴミの行き場がない』原発依存で追い込まれる関西電力の"2度の失態" むつ市を怒らせた『思わず出た本音』」 プレジデントオンライン1月11日
https://president.jp/articles/-/42271?fbclid=IwAR2_lNVOaAwSVUwPwImfOF59qCrH2pLrkUzzVqTVZkhJ2NvQBgsiovoho54
東電が2011年3月20〜24日に無人機で撮影した734枚の写真を公開。高い放射線で近づけない現場の写真を見て思う。こんな状況下で、必死に闘った作業員たちがいたこと、いまもいること。8枚目の写真は4号機。火災と発表されたが、いま見ても真偽は不明。東電が画像を全掲載しているところがあるので、続けて記録しておく。
☆「立ち上る汚染蒸気、屋根に大穴 事故後間もない福島第一原発の空撮写真734枚を東電が公開」東京新聞12月23日
https://www.tokyo-np.co.jp/article/76153?fbclid=IwAR2p6fGnfB4Q_-lHmrDMlPlTR-FcGdws2hG8m2rtLpGzVz6nycANzWGuzHQ
☆「福島第一原子力発電所事故の状況に係る写真」東京電力12月22日
https://photo.tepco.co.jp/date/2020/202012-j/201222_01j.html
以下は3年前の記事だが、帰還困難区域をむりやり解除の流れに組み込もうとする意図がにじむ昨今、じわじわと3月には時効を迎える。「時効を理由に一律にお断りはせず」とはいうが先行き不透明。
☆「原発事故の一律賠償 3月末終了に募る不満 (災害考) 震災前の暮らし、ほど遠く」日本経済新聞2018年2月19日
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO27067570Y8A210C1CR8000
電力容量市場という不可解なものが立ち上がる。将来の供給力・調整力の確保といいながら、約定価格が上限に張り付く。総括原価方式に戻るための布石とも噂される。電力不足の演出は電力卸市場にも忍び寄り、電力を外部に調達する新電力は、売値より買値の方が何倍も高くなり、売れば売るほど赤字になる構図で苦しむ。原発の再稼働が進まず、「厳しすぎる規制」によってコストが高騰し、採算性が問題になっている。原発を生き残らせるために、再エネ比率を抑制し、原発が復権したら、再エネ・新電力を叩き潰して「過去の栄光」を取り戻す。そんな目論見が、おめおめじくじく進んでいる。
「『容量市場は総括原価方式に戻るためのツールだった」容量市場・スペシャル対談(前編)」日経エネルギーNext11月14日
https://project.nikkeibp.co.jp/energy/atcl/19/feature/00001/00037/?n_cid=nbpnxt_mled_nen
☆「楽天でんき新規契約停止、大手新電力から中小、自治体新電力まで総崩れへ 事業撤退に債務超過、今春の業界再編必至」1月27日
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00237/012700011/?P=1&fbclid=IwAR3R70n1FA965zZaXHKG-0eljNt0zC5ZeUDed-y8t9XVz41KYdWQP150zjY
☆「原発は『コストが高すぎて採算がとれなくなった』の衝撃・・・原発産業はこのまま滅びてしまうのか」エコノミストオンライン2020年10月15日
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20201006/se1/00m/020/056000c
コロナ関連で以下の考え方の派生型が、市民運動の一部にも存在する。最初に結論を確定してしまうと、事態の推移が目に入らなくなり、確定した結論に固執して走り出し、極論形成に至る。他山の石として用心したい。
☆「改めて言う!! 新型コロナ《第2波》は来ない【上久保靖彦/小川榮太郎】」デイリーウイルオンライン2020年8月11日
https://web-willmagazine.com/social-history/BwYaR
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2020年12月28日

原発事故を忘却の彼方へ遠ざけないように

コロナや前首相の超絶ウソ発言、現首相の国民に配慮できない単線鉄砲玉的施策に目がくらみ、ていねいに追いきれないのを痛感。年末に至り、原発事故への意欲を己が内部に呼び覚ますため、新聞を引っ張り出す。12月25日3面「デブリ取り出し来年中開始断念 福島第一2号機 国・東電」に、溶け落ちた核燃デブリの来年取り出しを24日断念とある。「11年12月に廃炉工程表で開始目標を『10年以内』と掲げて以来、取り出し規模を縮小しながら目標時期を維持してきたが(略)断念」(本文引用以下「」内同様)。新型コロナ拡大による作業の遅れが原因という。いやいやそんなのじゃなく、とてつもなく困難だからでしょう。専用ロボットアームは英で開発しているようだが、国内での開発はどうなった?
12月26日の29面「除染せず避難解除決定 居住の見込みない地域条件」では政府の原子力災害対策本部(本部長菅義偉)は「25日、除染をしていない地域でも解除できるようにする新たな方式を正式に決めた。人が住む見込みがないことや一定の被爆対策を行うことなどを条件に、地元の要望があれば、新方式で解除する方針だ」「避難指示は、空間の放射線量が年間20ミリシーベルトを超えた地域などに出された」「解除のルールは2011年12月に定められ、新たな方式を加えるのは今回が初めて」。現状の解除の要件は3つで、年20ミリ以下になること、除染が十分に進むこと、地元と十分に協議すること。新方式では2番目を変更。自治体が地表をアスファルトで覆ったり、線量計を貸し出すなど被爆対策が条件となった。金をかけず避難指示が解除でき、自由に人が出入りできて、事業を営むこともできる。ただし、自治体が公園や産業団地に使うなどの計画や要望があることが前提。従来の除染方式も維持してどの方式を選ぶかは自治体に任せる、という。出てきたね。自分の判断じゃなく他人まかせの責任逃れ。「わたしは知らないけど秘書がやったんでゴメン」的言い訳の道筋を残している。「今のところ、帰還困難区域を抱える7市町村のうち、飯館村以外に適用を求める動きはない」。これは着々と進んでいた責任逃れ・責任転嫁の総まとめ。淡々と粛々と自分の判断責任から遠ざかる。
12月27日1面「再稼働へ東電・国、根回し着々 事故処理費用 柏崎刈羽カギ」には「県内では再稼働への反発が強く、知事選への影響が懸念された。東電も経済産業省もそこを意識し、知事の任期が切れる22年6月の1年ほど前、来年6月までに再稼働への同意を取り付けるシナリオを描く。再稼働で収益を改善しなければ、膨らむ福島第一の事故処理費用を賄い切れないからだ」とある。原発政策を根っこから転換するべき時期に思い切った転換ができず、うじうじと時間伸ばしするこの国のリーダーたち。それと有効に向き合えず、他に派手な課題を探して花を求める蝶のごとく飛び回る市民運動の軽薄さ。
10月7日にはこんな記事もある。311直後、我が家近在で反原発が盛り上がっていた最中、自らの田畑を心配した市民運動の仲間が、土壌の放射能汚染を心配し、専門家に計測してもらったことがある。事故由来の放射性物質が検出されたが、専門家のお墨付きで安心し、あっというまに耕して終わったのを思い出す。疑問は今も残る。無関心がはびこる遠因がすでにそこにも見えていた。
☆「除染土使った農地の野菜 環境省『放射性物質十分低い』」朝日新聞10月7日
https://www.asahi.com/articles/ASNB66R5LNB6UGTB003.html
他紙にこんな記事もある。「復興庁は2021年度、東京電力福島第1原発事故で被災した福島県の12市町村への移住者を対象に、1世帯(2人以上)当たり最高200万円の支援金を出す。移住後に5年以上暮らし、就業・起業することなどが条件」「国は6月、福島復興再生特別措置法を改正し、被災地域への住民帰還に加え移住の促進を盛り込んだ」。コロナが世間を賑わし始めたころ、法改正が進んでいた。
☆「最高200万円支給 原発事故被災地域への移住で復興庁」日本経済新聞12月21日
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFB2175R0R21C20A2000000
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2020年12月18日

どさくさ紛れにぞろぞろと

東京のコロナ感染者が822人/日に達し、全国の日感染者数は昨日3千人を超えた。そんな中、1面に「核燃中間貯蔵共用案表明 電事連 地元むつ市は反発」がある。中間貯蔵施設について直近で触れたのは11月3日と12月10日。関西電力が落ちたドツボからの脱出策に便乗して電力各社が使用済み核燃料の中間貯蔵施設の最終解決とすべく、むつ市に圧力がかかりつつある。電力各社は関電が受け入れられるなら我が社もという気持ちで便乗するつもりか。最終的に巨額の札束が飛び交うことになるのだろうか。中間貯蔵施設が決まったら、次は核のごみ最終処分場建設で、これの選定については北海道の寿都町と神恵内村が第1段階の文献調査に名乗りを上げている。うまくいけば中間貯蔵から最終処分まで、まっすぐの一本道が拓ける。3面はその続きの記事で、「老朽原発 再稼働にらみ 貯蔵施設共同利用案 電力大手と経産省」「むつ市長『地元軽視』」がある。「関電は、運転開始から40年を超えた福井県内の高浜原発1、2号機、美浜3号機の3基の再稼働をめざしている。運転40年超の老朽原発の再稼働は、実現すれば全国初だ。だが、その条件として『中間貯蔵施設の県外候補地』を見つけるのは容易ではなかった」(本文引用以下「」内同様)。2年前にむつ市の中間貯蔵施設を東電と共同利用する案を考えたが、むつ市長の反発で断念。業界全体で共同利用する案は、関電だけでは進めにくいのを、いつかは同じ悩みに突き当たる他の電力各社を巻き込むことで一気に解決しようとする意図が露出。スガ政権が掲げる2050年温室効果ガス「実質ゼロ」を背景に(梶山経産相)「今ある原発を最大限活用する」(経産相幹部)「老朽原発の再稼働のためには解決しないといけない根本的な問題。ほかに選択肢はない」という、彼らなりに切羽詰まった状況がある。むつ市は反発しているが、一方で県は電事連幹部と面会の予定で「まずは報告を伺いたい」という立場だ。福井県には「むつ案」を前提とした動きが出ており、「知事の要求は候補地の提示。結果的にむつ市が受け入れるかどうかは問うていない」。また美浜町議会は18日にも美浜3号機再稼働に同意を表明する予定という。
関連の動きは続々と出ている。6面「脱炭素『エネ政策の変革を』 製造業界、政府に注文」「国際競争力に懸念の声」では、様々な産業で大量の電気や石炭を使うなどCO2排出に歯止めがかかっておらず、環境省によると鉄鋼業の排出量がコークス炉や電気炉の使用で14%と製造業中最多。自動車業界は生産時の電力消費の他に、車の走行で日本全体の15%を占めるという。さまざまな取り組みがあるようだが、それは「業界外の取り組み次第」とし、実質ゼロの取り組みは日本の産業競争力を左右するとも書く。世界の趨勢が「脱ガソリン車」に向けてかじを切りつつある状況下で、世界の動きに遅れれば国際競争力の低下が避けられない現状、しかたなく「2050年『実質ゼロ』」を打ち出した。だが、打ち出したはいいがすでに30年続く日本経済不振は、目を覆うばかりの状況にあり、一気に産業構造を転換するような力技をひねり出す余力がない。そこで製造業界を中心に原発再稼働を推進してほしいとの圧力が高まっているという。30年の政治的無策と原発事故を契機に大胆な変化を遂げようとしなかった経済界全体の無策が、ここにきて国際競争力を末期的な水準に貶めている。「脱炭素」大いにけっこうで、産業界の構造変化をうながす政治的力をどう発揮するか、いま問われている。「脱炭素」なんてまやかしなどと主張する前に、まやかし論を支持して利を得るのはだれかよく考えれば、自らの論理が逆転してとんでもない者たちを下支えしているのに気づくはずだ。
原発事故を早期に終わらせてしまおうと下卑た策略が進む。27面「福島原発周辺移住したら最大200万円 来年度から 起業は400万円」では、まだ収束作業が続く原発の周囲に札びらをチラつかせて移住者を呼び寄せようとする。同面には「大飯原発訴訟 国が控訴 設置許可取り消し判決で」もある。国は地裁判決を不服として控訴する一方、原子力規制委は「審査の過程に看過しがたい過誤がある、とした裁判所の判断は到底受け入れがたい」と説明。なんにせよ少しづつではあれ外堀は埋まりつつある。
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2020年12月05日

出かける前の駆け込みですが大飯原発です

1面トップに「大飯原発設置許可取り消し」「『規制委の判断不合理』大阪地裁判決 最大の揺れ検討欠落」「解/説 自然災害の想定十分か」がある。ちかごろない大きな記事に注目。大阪地裁の裁判長は森鍵一氏。「規制委の判断に『看過しがたい不合理がある』と述べ、許可を違法として取り消した」「基準地震動は各電力会社が決め、規制委が内規に当たる『審査ガイド』に従って審査する。大飯3、4号機の基準地震動は最大856ガルとされ、規制委が2017年に設置を許可、関電は安全対策を施した。判決は基準地震動の定め方について『審査ガイド』に福島原発事故後に新たに加わった『(計算式の持つ)ばらつきも考慮する必要がある』という一文に言及。その意味を、震源の断層面積などをもとに計算して導かれる『平均値』になんらかの上乗せをする必要性の有無を検討すべき趣旨だとした」「平均値と乖離するデータの検討自体をしておらず、規制委も必要性をなんら検討することなく許可を与えたと指摘。こうした判断過程は看過しがたい過誤、欠落があるとして許可を違法と認定し、取り消した。国側は関電の基準地震動は実際の断層面積より広く決めており『ばらつき』を考慮する必要はないと反論していたが、判決は『計算式で算出される地震規模を、ばらつきを考慮して検証する』のが審査ガイドの意味だとして退けた」「今回の判決は、耐震設計の審査過程の不備を指摘した。計算が過小評価ではないか吟味する必要があるのに『検討した形跡がない』と断じた。これは、四国電力伊方原発をめぐる最高裁判決の枠組みに沿ったものだ。国による審査の専門性を認めつつ、手続きに不合理な点があるかどうかを重視した。同じように審査の過程が問われれば、他の原発にも波及する可能性がある」「今回の判決は、原発が司法判断に左右される不安定なエネルギーであることを改めて示した。政府は温暖化対策でも原発に期待するが、激しい自然災害が起こる日本列島にふさわしい選択肢なのか、本質的な議論が求められている」(本文引用以下「」内同様)。
皮肉なのはこの記事の左にある「『脱炭素へ2兆円基金』 首相会見 ひとり親世帯支援拡充」で、菅首相は「温室効果ガス排出を2050年に実質ゼロとする目標を実現するため、協力企業を支援する2兆円の基金を創設すると発表」「環境対策を成長戦略と位置づけ『過去に例のない2兆円の基金を創設し、野心的なイノベーションに挑戦する企業を今後10年間、継続して支援する』と表明」。これ、なんだか変。国会で議論してたかな。合意があったかな。ロイターの記事で12月4日付、「グリーン基金2兆円、予備費で一人親支援=菅首相」というのがあった。「[東京 4日 ロイター] - 菅義偉首相は4日、臨時国会の事実上の閉会を受けて記者会見し、来週発表する経済対策として、2兆円の環境関連グリーン基金を設立して蓄電池などの開発を支援するほか、デジタル関連で1兆円以上の予算を組成することを表明した。また、不妊治療の保険適用を2022年度にスタートしたいと述べた。予備費を活用し、低所得の一人親世帯に対して5万円の給付を実施する」とあり、なんだかよくわからないので、あとで詳しく調べようと思う。ついでに、「首相会見」のすぐ下には、小さく「桜問題めぐる捜査 安倍氏『誠実に』」の記事が表題含めて27行で存在する。「安倍氏は4日、国会内で記者団に『事務所に対しては(検察の捜査に)全面的に協力するように申し上げている』とし、『誠意をもって対応していくというのが基本的な考え方だ』と述べた」「これまでの国会答弁との整合性を問われ、『果たして事実だったかどうかということについては、いま捜査が行われている。結論が出る前にここで申し上げるのは適切ではない』と述べるにとどめた。一方で、『(捜査の)対応が決まった段階において、お話しできることはお話しさせていただきたい』とも語った」。追い詰められているのかな。
とここまできて、今日は出かけることがあって書きなぐりになっている。帰ってきたらもうすこし調べたり、書き直したりする予定。乱筆乱文悪しからず。・・・というわけで、帰宅し、誤字だけ修正した。
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2020年11月29日

恐怖感が転じて楽観論に飛びつく

ときどき原発事故と新型コロナを比べてみたりする。反原発の運動をやっている人に聞かれたのはかなり前のことだ。「(福島へ行くの)怖くないですか?」と。ブログ主は基本的に現場主義だ。原発事故で福島はどうなっているのか、調べないでは自分の立ち位置に納得できる根拠を見つけられないので、たびたび出かけて人々が日常的に暮らしている場所を、個人的に計測してきた。そして今の立場がある。また別の人に、「頭で考えていることでしょ。私は現地へ行って、いま彼が彼女がどう考えているのか、直接お話を伺いました」と。違和感はあったけれど、反論はしなかった。だが、農山村地帯の農家を訪れ、除染が済んだばかりの家の測定をやらせていただいたことがある。農民らしい寡黙な、しかし放射能というわけのわからないものに侵略され、どこへ怒りをぶつけていいかもわからない満腔の苦渋をかかえた表情と向き合った。除染後の庭で1μSv。室内で0・4μSvを計測した。彼らの苦渋の表情に、なにも言うことができなかった。「怖くないか」「頭で考えている」という言葉をどう受け止めるべきか。どう答えるべきか。どちらの問いにも正解を持っていない。それから何回も測定行を続けたが、すこしでも線量が低くなっていることを願っていた。そこに住まざるを得ない人々と自分の感覚にズレがないか。あるなら、どう埋めることができるか。いつも考えていた。いまも考えは必要な一点へ集中していかない。そして思う。「怖くないか」と聞いてくれた人。「頭で考えている」と批判してくれた人。いま、コロナ禍で同じ次元の言葉を用いているか。「コロナなんて怖くない」「頭で考えているから怖いのだ」に転じていないか。だから「聞こえないからマスクを取れ」と言う。遠くにあるから「怖い」と遠ざけていられるが、いま「怖くない」のはコロナが身近にあり過ぎて逃げられないからではないのか。ブログ主的対応は、できるだけよく知って、覚悟を決めて向き合うということに尽きる。それは原発事故でも新型コロナでも変わりはない。
続けて言えば、スマートメーターの電磁波についても同様だし、この電磁波への向き合い方は、放射線の初歩知識を持っていればそれほど難しくはない。環境放射線を測定するとき、なぜ地上10pと1mを計測するのか。10pでの計測と1mの計測を比較すると、基本原理では100:1の違いがある。地上10pで1000を示したら、1mでは10を示す。環境放射線でこの差が縮まるのは、放射能汚染がスポットではなく、面で広がっていることを示す。10pと1mを計測することで、面的汚染を確認できる。その違いがわかれば、スマートメーターの場合がどうなるかは推して知るべしということなのだ。新型コロナに広げて考えると、「新型コロナウイルスなど存在しない」「ただのウイルス性風邪だ」などの言説がまかり通るのは、「存在」したり、「ウイルス性風邪」でなかったりしたら恐ろしすぎる、という意識があるからではないか。「免疫力を高めればいいだけ」というが、「免疫力」が低下しているものはどうすればいい。重症患者を救うには免疫抑制剤を使う。免疫抑制剤を使って治療している患者はどうすればいい。考えると、「新型コロナウイルスなど存在しない」「ただのウイルス性風邪だ」「免疫力を高めればいい」などという言説を弄して安心を振りまくことより、いくらかでも注意を喚起し、逼迫する医療現場の苦難を理解し、公助の責任から逃げようとする国や自治体の無策と向き合う方が適策ではないか。PCR検査は増やしても無駄か。そもそもいまは増やしすぎなのか。日本は1000人あたり29人。世界で80位前後の少なさという。これでも多すぎるというか。いや、PCR検査なんぞインチキというか。コロナの時代は不安の時代。不安が人々の心に淀んでくると、抵抗とは違う否定を選ぶようになるか。意図する言説は罪作りという他ない。そのあいだに政治の無策が進み、犠牲者が積み上がっていく。
☆「第3波急拡大 コロナ最新知見とこの冬を乗り切る戦略【児玉龍彦X金子勝 新型コロナと闘う】」デモクラタイムス11月18日
https://www.youtube.com/watch?v=if7MQJPjUv0&fbclid=IwAR2ivwFsa33B_9ukRIb-4eh3Rb54BDZfaW-pD3epdbvzsoQx_gCdu_9YezE
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2020年11月16日

原発関連の大雑把な流れはこんな感じかな?

経団連会長が交代したのは2018年のことだ。18年1月2日の当ブログ「経済界も足元グラグラでアベノミヨイショ?」は、次期会長中西氏の就任記事について書いている。「東芝、日立、三菱、他に何かいっぱいあったかと思うが、経済界はいまや尋常じゃない状況に喘いでいるような気がしてならない。アベノミが危険なやり方であることはたしかだが、これにくっついていけば少しの時間は稼げる。稼いだ時間を使って延命策に精を出せば、なんとかなるかもしれない。なんていう浅い思惑が、経済界トップをして元旦のアベノミヨイショを言わせているのかな」と。中西氏は18年5月31日に会長に就いた。日立製作所は福島原発事故の翌年10月末、英のホライズン社を買収。「国内がダメでも海外があるさ」の精神で着々と準備を進め、2018年には原子炉の建設作業に着手、20年代半ばには発電開始を予定していた。ところが重大な転機がくる。2018年10月に米国発の世界同時株安が発生。同年12月26日の当ブログ「先行き完全不透明に右往左往の本心アリアリ」では「10月初め頃から2ヶ月半ちょっとで5000円以上も値を下げた。昨日1日で−1010円」。新聞記事は「米国発の世界的な株安が止まらない。昨日の東京市場では、日経平均株価の値下がり幅が1000円を超え、昨年9月以来維持していた2万円台を割り込んだ。10月からの3ヶ月弱で5000円を超える下落」「為替相場も円高に振れており、株価の落ち着きどころが見えにくい展開だ」と紹介した。2018年末はとんでもない危機の時期だったのであり、以下記事で経団連中西会長は「日立の英国での原発計画について『難しい。もう限界だと思う』とギブアップ宣言」(本文引用以下「」内同様)。イケイケドンドンの顔が引きつっていた。「2011年3月の福島原発事故にもかかわらず、12年の政権発足後、安倍は原発輸出を成長戦略の柱と位置づけ、自らトップセールスを行ってきた。日立の凍結で全敗になる。菅官房長官はきのうの会見で『日本の原子力技術に対する期待の声はある』と強がったが、もともと無理のある原発輸出は財界が付き合っただけだった」というわけで、東芝の米子会社破綻、三菱重工のトルコ原発断念、日立関連でベトナム・リトアニア・台湾でも凍結・中止。そして、英ホライズンの原発撤退となる。
☆「安倍政権に財界ソッポ 目玉の『原発輸出』日立凍結で全滅」日刊ゲンダイ2018年12月19日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/243961
その後、重大な転機は2019年の当ブログ「失敗山積みでも突き進む猪のオロカサヨ」にまとめがある。まずは以下の記事。「経済界はいまや尋常じゃない状況に喘いでいるような気がしてならない。アベノミが危険なやり方であることはたしかだが、これにくっついていけば少しの時間は稼げる。稼いだ時間を使って延命策に精を出せば、なんとかなるかもしれない。なんていう浅い思惑が、経済界トップをして元旦のアベノミヨイショを言わせているのかな」と書いたのは18年1月3日。同年末には、ようやくの感があるが、経団連会長が定例記者会見で英原発建設に言及「民間の投資対象としてはもう限界だと英国政府に伝えた」「現行の枠組み変更などについて交渉がまとまらなければ撤退を検討する考えを明らかにした」とあり、以下記事が中西会長の責任を問うた。
☆「暴走の果てに白旗『日立』英原発『3兆円』中西会長の責任」JIJI.COM:18.12.18
https://www.jiji.com/sp/v4?id=foresight_00248_201812270001
そして以下の記事に流れは続く。「中西宏明会長は年頭にあたり会見し、今後の原発政策について、国民の反対が強いのに民間企業がつくることはできないとして、理解を進めるために一般公開の議論をすべきだという考えを示し」たという。なにを意味しているのか「?」マークで眺めた人も多かったが、ブログ主的には万策尽きた経済界トップが、頑なな国民を原発推進に誘導してくれ、と政府に泣きついた、と受け止めた。彼の主張は過去の妄想に囚われており、原発推進から離れられない。ただ、経済界がギブアップしたのは間違いない事実。スッタモンダの末、小型原子炉なんてものに手をつけ、ちっちゃいのでいいから作らせてくれ、と頭を下げているのが現状。追い詰められていることは確か!
☆「『原発 国民反対ではつくれない』経団連会長」テレ朝news2019年1月1日
https://news.tv-asahi.co.jp/news_economy/articles/000144312.html
経団連、新成長戦略策定 「新型原子炉の建設に着手を』」TBSNEWS11月9日
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4122769.html?fbclid=IwAR0j3vU3LBLEH9qmkewggW9m0U5u2BX9tuthCE-THuDXZ4KJ_le8y73UzGw
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2020年11月12日

まさかコロナ不況下の無理押し?

3面に「女川再稼働 地元が同意 宮城県知事表明 被災原発で初」の記事がある。「東日本大震災で被災した東北電力の女川原発2号機について、地元宮城県の村井嘉浩知事は11日、再稼働の前提となる地元同意を表明した。2011年の震災で被災した原発の再稼働に地元が同意するのは初めて」「BWRの再稼働への地元同意も全国で初めて」(本文引用、以下「」内同様)とある。女川原発について当ブログでどう書いてきたか調べると、地震発生の翌日の3月12日「女川原発で炉心冷却不足の報道があった。ちゃんと聞きそびれたが、非常用の発電機を動かす燃料が不足しているとかどうとかというのであった」「そのあとどこかの原発で1号タービン建て屋から煙が上がったとの報道が続いた。なんじゃそりゃ、と緊張した。さらに、燃料輸送車が急遽燃料を運んでおり、自衛隊からも緊急に車が向かっているという。聞きそびれたので、『いったいどこへ?』と、いよいよ気になった」と、これは報道の情報が錯綜し、はっきりしたことがまるでわからないときの緊迫した内容。次に触れているのは1ヶ月近く後の4月9日の記事「女川原発(宮城県)=外部電源3系統中2系統遮断。ディーゼル発電機起動。使用済み核燃料槽水漏れ。翌日の新聞の要約では、非常用発電機2台のうち1台は使えない状態にあった。外部電源1系統のみで冷却系を維持した」とある。不覚にも事実関係が直感的に浮かび上がってこない記事になっている。
次は翌年6月15日の当ブログ記事で「女川原発の地質的な状況について、安全保安院は『国土地理院によれば、女川原子力発電所が位置する牡鹿半島の電子基準点「牡鹿」で約1.2mの地盤沈下し、水平方向の変動量(東南東)は約5.3mと報告されている。また、東北電力の報告によると、GPS測量による地形解析を実施した結果、地震地殻変動により敷地は1m程度沈下したが、その変動量は敷地内で上下・水平方向に一様であり、地盤の傾斜は生じなかったとしている。』と報告」「しかし原発の敷地はかなり面積が広大で、それが地震で上下・水平方向に一様に動き、地盤の傾斜は生じなかった、などということはにわかに信じがたい。女川原発にもなにかあったのであり、そしていまも続いているらしいことを暗示させるデータが、目の前に転がっていた」「福島第一原発は350万平方メートル。東京ドーム75個分にあたる。これも地震でなんの影響もなかったというのは、あまりに強弁に過ぎるといわねばならない。本来なら、安全・保安院の再調査指示は、国内のすべての原発において実施しなければならないものだろう」とある。
事故からおよそ15ヶ月後にしてようやく目にすることができた驚愕のデータ。「地震で上下・水平方向に一様に動き、地盤の傾斜は生じなかった、などということはにわかに信じがたい」のは当然であったが、これも記憶に残ることなくここまできてしまった。新聞記事には「東日本震災時には高さ13メートルの津波に襲われた。13・8メートルの敷地は、ギリギリ津波をかぶらなかったが、2号機では原子炉を冷やす設備の一部が使えなくなり、原子炉建屋で1千カ所以上のひび割れが見つかった。1号機は2018年に廃炉が決定。3号機は再稼働に向けた審査の申請を準備中」とある。80センチの危機だったが、たしか女川町民の一部は津波から避難したとき原発の敷地内へ逃げたのではなかったか。東日本大震災で最も高い死亡率となったのが女川町で、約56%に達したという。最大津波高は20メートルだったというから、原発が助かったのは、震源と原発の微妙な位置関係が幸運だったのか。津波が入り組んだ海岸線にぶつかって原発の被害を小さくしたのか。福島第一原発は太平洋とまともに向き合っていた。それが明暗を分けたのか。以下に「女川町 東日本大震災記録誌」がある。また、原発事故の際の避難路についての不安も聞こえてくる。まさかコロナ不況下での無理押しか。
http://www.town.onagawa.miyagi.jp/shinsai/index.html
☆「一本しかない“避難道路”…原発事故が起きた際、安全に避難できるか? 女川町の区長が視察〈宮城〉」仙台放送11月5日
https://nc.ox-tv.co.jp/news/detail/5996/
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2020年11月05日

当事者意識の薄さが積み残していくもの

13面「耕論」の「核のごみ 解はどこに」が興味深い。まずは、いまも稀代の憎まれ者小泉純一郎氏が語る。自民党の関係者は選挙に勝つために、現役時代は手もみ脚すり、強い者にすり寄る。政策を吟味する意欲など皆無で突き進む。そのなかで、この人の転変ぶりは際立つ。自民党はいまや面従腹背も八方美人もかなぐり捨て、言いようのない気持ち悪さと不気味さ漂う政治と利権の意図を丸出しし、適当な弁舌でごまかすこともめんどくさがって、薄汚い姿を隠そうともしない。小泉氏に向かって、「どうぶっこわすかと思ったら、こんなにしちまったじゃないか。お前、ひどいぞ」と責めつつ、彼の「核のごみ」についての見解「国民の合意、原発ゼロ前提」を読む。「産業廃棄物の会社だったら処分場がなければ都道府県知事は許可しない。ところが原発は、『核のごみ』の最終処分場がないのに政府が許可している。これはおかしい」「今まで出たごみはなんとかしないといけない。(略)『ごみはもう出さない』『原発はゼロにする』という前提でないと国民の合意は得られない」「原発をやりますなんて言ったら、だれもOKしない」(本文引用以下同様)。途中、オンカロの大変さと日本の適地のなさに言及し、10万年の危険を乗り切る困難さを説く。そして、現在の最終処分場選定に話を移す。具体的解決策は表題の「国民の合意、原発ゼロ前提」以外にはなく、最後の反省の弁で終わる。よく考えると、原発反対を叫ぶ人たちの多くも「原発ゼロ前提」は主張する。だが、ブログ主周辺に限られるかもしれないが、「国民の合意」には背を向ける場合が多い。政府への不信感が大きいからだ。「合意なんてできるわけない」という意識が「ここへは来るな」との主張につながる。財政確保が困難な地方自治体の受け入れ容認が推し進められても、「ここではない」という気分が邪魔になり、全国的に意義を広げた運動になりにくい。
「ここへは来るな」から「ここではない」に至り、その先に核ごみ処分場があり、辺野古の基地がある。思い出せば、東日本大震災の震災がれきの受け入れ反対の先に、受け入れ先がみつからず、震災地元での選別と簡易的な焼却でほとんどが処分されて終わる。受け入れ反対の筋は間違っていない。それが震災地元処分に収束していくのは理解しがたい。そこでもうひとつの主張「選定基準 都市部も議論を」が出てくる。「核のごみの最終処分場選定をめぐる問題は、私たち全員が当事者だという前提に立ちづらい。普通のゴミなら自分も出しているとわかりやすいが、『原発の建設を頼んだわけではない』と反発が起きる。環境やエネルギーをめぐる合意形成の中でも、最も難しい問題です」と語るが、具体的な進め方については国の拙速を指摘しつつ、「日本でも原子力発電環境整備機構(NUMO)が、議論を都市部でも背曲的に進めるべきです」というにとどまる。他の論と組み合わせるなら、ここで「原発ゼロを前提にしなければ国民の合意は得られない(または合意を得るための話は進められない)」という最大の関門を、大沼進教授は主張するべきだった。
原子力市民委員会がかつて提唱した受苦圏と受益圏の関係は、かつても今もしっかり語られていない。原子力市民委員会の提言の基礎となった日本学術会議の提言について、いま語られることはさらに少ない。優れた提言を学術会議が示していたことや、それを元につくられた原子力市民委員会の提言が、「核のごみ」処分問題が現実化しているいま忘れられていることに危惧を感じる。「原発ゼロ」の前提をより具体的に表現する力が市民運動に備わっていないのか、いつも同じ次元から意見が分かれていく。東洋町で起こった出来事のしこりがいまも残る現実を、現町長松延宏幸氏が語る。過疎の町は3400人から2300人ほどに減ったが、再び文献調査に応じるつもりはないという。ひとつは町おこしを進めていること。もうひとつは「美味しい話には裏がある」こと。辺野古の例を引いて権力への不信感を語る。その言葉の奥に、全国的に広がる「当事者」感の欠如への不満と諦めを感じる。それはあらゆる運動の中にある構造的欠陥なのだと自覚したい。
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2020年11月03日

ゆがんだ「電力改革」が進む

9面に「福井の原発3基 再稼働見通せず 中間貯蔵施設受け入れ先探し難航」の記事。老朽原発の運転延長は4基が認められ、3基は関電美浜3号機と高浜1、2号機。1基は日本原電の東海第2原発。東海第2は2018年に規制委が20年延長を認めたが、県と30キロ圏の6市村から同意を得られていない。関電の3基は、「再稼働では立地自治体の同意を得ることが通例」「だが関電にとってハードルとなるのが、最終的に同意が必要な福井県が条件に掲げている使用済み核燃料の中間貯蔵施設の『県外』候補地の提示だ」(本文引用、以下同様)。候補地選びは難航しており、青森県むつ市の中間貯蔵施設を関電が共同利用する方針が出されたが、むつ市が反発し、「福井県の地元自治体から施設の誘致を求める声も上がるが、今のところ『県外』も『地元』も動きははっきりしない」。関電には、「金品授受問題で失った信頼の回復」という重石がある。「再発防止を進め、地元自治体だけでなく消費者からの信頼も取り戻したい考え。ただ子会社の金品受領なども新たに発覚し、理解を得るには時間がかかりそう」。交渉が長引けば稼働できる年数が減っていく。そのうち再稼働しても採算が取れない状況になっていく。無理に再稼働しても、最後の難関「廃炉」作業が残る。結論を先送りして後の経営陣に全部お任せする。そんなので大電力会社の経営陣としてふんぞり返っていられるなら楽なもんだと言わざるを得ない。原発が夢のエネルギーとして華々しく登場したとき以来、我が世の春が続いてきたけれど、最後の店じまいをする役目はだれも背負う気がない。
危機に瀕した原発を救うかのように新設されたのが容量市場。電力の安定供給の名のもとに電力消費者の懐を狙い、結果として新電力の経営力を奪い、最終的に4年後には原発を再稼働していないと電力供給が逼迫する状況を生み出す。新電力があわてて大規模太陽光発電などに投資する動きも出ている。待ったなしの強行が受け入れられるよう、FITと違って目立たないけれど、電力消費者にはボディーブローのように効いてくる仕組みといえる。以下のところに危機を伝える「声明」がある。容量市場とは「将来的な電源不足に備えて、日本全国で必要な電源容量の確保のために、稼働できる電源にその設備容量の対価を決めるための市場だ。この市場の費用は全ての小売電気事業者、送配電事業者が負担し、その料金は一部を除き、電気料金に転嫁される」「入札は電源単位で行われ、落札すると、約定価格に応札容量と経過措置係数(2010年度末以前に建設された電源に対して支払額を減額する。2024年は58%、毎年7%加算し、2030年に終了する)をかけた交付金がもらえる。たとえば100万kW級の原発の場合、定期点検などを考慮した80%の設備利用率で応札したと仮定すると、66億円が交付金額となる」。新電力はいま、卸電力市場で電気を調達しているが、そのため割高の売電単価になっているが、様々な経営努力で単価を抑えている状況。「容量市場は原発や石炭火力からの電気を使いたくないとして、新電力に切り替えた消費者に対しても原発や石炭火力の維持費を徴収する」。そのため新電力の負担が大きくなり、「新電力は壊滅」「石炭火力・原発が維持され」、エネルギーシフトなど消し飛んでしまい、旧来の大電力独占が復活することになる。さらに下の記事は過去の「密約」を語る。2012年1月「電力システム改革専門委員会」が発足。議論の中心は、「発送電分離」を実行するかどうかだった」。電事連は抵抗。翌年1月、茂木経産大臣が電事連八木会長に詰め寄る。「大きな改革を実行することにした。懸念があるから前に進めることができない、今はまだ決められないでは、困る」。そして電力業界は「『電力システム改革』をしぶしぶ受け入れた」とある。背景には政権との「密約」があったとされている。「発送電分離とのバーターとして、『原発再稼働の約束が結ばれた』と自民党の関係者はいう」!
☆「【原子力資料情報室声明】容量市場、引き返すなら今だ」原子力情報室9月15日
https://cnic.jp/9452
☆「『発送電分離』決定の裏で、交わされたある『密約』」PRESIDENT:2013年3月4日
https://president.jp/articles/-/8586
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2020年10月19日

ややこしい理屈で最初の計画を押し通す

6面「社説」に「コメ政策 時計の針を元に戻すな」がある。コメの価格が六年ぶりに下がったとかで、原因はコロナ禍で外食産業の需要が落ち込み、今年の収穫が昨年を上回る見通しになったためという。その原因はなにか。食生活の変化でコメの需要減少がここのところ著しいからという。その原因はなにかと問わば、一つには米価の5年連続の上昇という。それはどういうことかといえば、「政府が補助金を積み増して転作を促した結果、米価は15年産から上昇に転じ」「転作の機運は下がったが、近年の天候不順で収穫が抑えられ、深刻なコメ余りを免れてきた」(本文引用。以下「」内同様)ちょっとややこしい。まず、食生活の変化がコメの需要を減少させてきた。それでコメ農家は苦境に陥り、政府は「減収分の9割を主に国費で補填する保険制度」を設けた。それでも減少ペースが止まらないので、補助金を積み増して転作を促した→米価が上昇に転じ、必然的に転作の機運が下がった→コメ余りが進みかけたとき天候不順の年が続いてコメの収穫が減り、コメ余りを免れてきた→そして今年は「コロナ禍で外食の需要が落ち込んだうえ、今年度産の収穫量が昨年産を上回り、在庫が積み上がる見通しとなった。なるほど、ようするにヤジロベエみたいな状態を毎年続けているわけか。農業って作ってればいいというものではなく、長年の経験が必要で、それでも完璧に調節するのは難しいもののようだ。「高い米価を維持することは、消費者に負担を強いるばかりか、長期的には農家にとってもマイナスになる。今より安い価格でも経営が成り立つコメ農家の育成に、政府は政策の力点を移す必要がある。農地の集約など生産性向上につながる政策に、税金は集中的に投入するべきだ。米作りをやめた農地が無秩序に開発されないよう、目配りすることも欠かせない」。この記述の前半はまだ理解不十分。しかし、新住民としては最後の指摘「米作りをやめた農地が無秩序に開発されないよう、目配りすること」が胸に響く。どちらかというと、今の政府のやり方は農地の集約といえば民間参入を言い、利益を農山村の外へ持ち出すことに留意するのみ。過去にあった小作制度を復活させ、農村を農地解放以前の状態まで戻そうとしているかのようだ。そうでなければ農山村を荒廃するに任せる政策しかもっていない。新住民が「美しい自然を子どもたちに」なんて言っている先に、それを維持してきた農民たちの命運は尽きていく。で、「田畑や山林が荒廃していくのは自然の理。それが元からの自然の在りようなら自然に任せよう」などと達観するのは新住民だけ。そして新住民は、農民たちがいなくなった自然豊かな風景を愛でつつ、継代的にそれを維持していく意思を持っているわけではない。
政府のやり方はいつもなぜか超長期的視点を持てないらしい。手っ取り早く決めて、あとは野となれ山となれ。お題目だけは百年先を見据えたというが、そうではなく、旧日本軍のやり方と同じで、いったん立案したものにそれ以上の妙案はなく、いくら抵抗があろうとも変更せず、ひたすら「案」の実現を推し進めるのみ。最初に結論ありきで、変更は完全想定外と思い定めている。いまも汚染水とは呼ばず、「ALPS処理水」と称する。以下の記事には、いよいよ政府の設定するどん詰まりの時期が迫り、海洋放出しかないとの立ち位置を変えない国に対し、一年も前に代替案をまとめた原子力市民委員会の公表ビデオが示されている。「大型タンクによる長期保管またはモルタル固化による処分」の提案だが、政府・東電でこれが詳しく検討された様子はなく、海洋放出ありきの立場は微動だにしていない。大型タンクによる長期陸上保管の提案は、漁業関係者も含めた多くの人々から支持されており、かなり納得できると思うのだが、政府・東電はなにがなんでも近いうちに決着させる方針でいる。
☆「『ALPS処理水は海洋放出するべきではなく、大型タンクによる長期保管またはモルタル固化による処分を検討すべき』と原子力市民委員会の見解〜10.3福島第一原発汚染水に関する『見解』のとりまとめと関係大臣への送付」IWJ 2019.10.3
https://iwj.co.jp/wj/open/archives/458366
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2020年10月11日

原発もコロナも被災者を忘れ原因を忘れる

31面「つながるのか 線を引くのか」「原発事故 立場違う相手を攻撃、横行」「災害・コロナ・・・危機の時こそ共助を」に複雑な思いを持つ。10月9日「耕論 新型コロナ 感染者を責める私たち」、10月10日「オピニオン&フォーラム 異論あり」。そして今日は1面「東日本大震災10年へ 3・11の現在」として「不寛容な社会のままなのか コロナ 重なる風景」と31面「つながるのか 線を引くのか」へと記事は連続している。“共助あってこその自助”という記事を読んだ記憶があるが、いま探してもみつからないので割愛。まず、10月9日の「感染者を責める私たち」から始めると、大学教授と歴史学者の意見の中で、微妙にニュアンスが違うが、それでも共通する点に出会う。大学教授は「『人間ってそんなもの』。そう意識することがまず必要だと私は考えます。冷静な時は『非難してはだめ』と考えられるのに、不安や恐怖が強いと差別や攻撃をしてしまうのが人間。その自覚が、心をコントロールするための第一歩になります」と言い、歴史学者は「迷惑を減らすのではなく、『迷惑をかけあえる関係』を築くことの先に、初めて正の個人主義が見えてくる。共助という言葉で美化するより、マイナスも込みで他者を受け入れ、心の垣根を下げてゆくことが大事と思います」(以上「」内は本文引用、以下同様)。論の強度に違いがあるものの、深いところでの趣旨は似ている。なんとなく物足りないところまで似ている。歴史学者の論で、最初のところに「日本では、同調圧力を恐れず、自分の意見を堂々と唱えるといった、ポシティブな意味での個人主義は乏しい」「『正の個人主義』が弱い裏面で、実は『負の個人主義』は猛烈に強い」。なるほど、異議を唱えることの困難さは、ブログ主的に日々感じる。問いかけても問いかけてもダンマリ(完全シカト)で対話が成立しない、という経験は豊富にある。強烈なシカトに頭へ来てしまい、反撃に出ると、強烈な反発に出会う。シカトは無視され、反撃が非難の対象になり「八分」が始まる。そういうことって多々あるもので。
10月10日の「異議あり」は、あまりにふんわりし過ぎで論をまとめにくい。アメリカの現状をトランプ政権の衆愚政治と反トランプ側の『感染が怖い』という思考停止に大きく分け、「その光景を目の当たりにして、とても冷たい気持ちに」なると指摘。「健康主義は、新興宗教のようなもの」「伝統的な宗教が力を失った現代は、人の生死に関わる『健康第一』という宗教が、信仰を集めてしまう」「家族のためにコロナの感染予防をすると決めたなら、他人にうつさないための対策はどの程度やればいいかと軸ができてくる。その上で目的にかなう情報はどれかを選んでいけばいい。人は健康のために生きるのではなく、生きるために健康であるべき」。コロナに感染しないために免疫力を高めることが重要、と主張する人がいた。免疫力が弱い人はどうするの、と聞いたら、努力して免疫力を高めればいい、と返事があった。年寄りとは、体の機能が不可避的に衰えていく存在。また、病気治療で免疫抑制を必要とする場合もある。つまり年寄りはあきらめろということか。寂しい世の中じゃのう、と思った。
本日の「3・11の現在地」では福島県郡山市の女性がコロナに感染し、職場が2週間休業する。同僚の不用意な言葉が心に突き刺さる。その彼女が原発事故2年後の首都圏で、福島県の物産展で同じ経験をする。土壌汚染を言われ、食ってられんと叩かれる。ブログ主は福島へ10回以上でかけているが、食事は農水産物など食べたいものを食べる。空気が乾燥して土埃が舞う季節は行かないが、これからもできるだけ行く。そして思う。事故現場から遠い私たちは、住んでいた人たちや、いま住んでいる人たちの心を思わず、放射能汚染を恐れる。彼らの痛めつけられた心から遠く離れたまま事故と向き合ううちに、放射能汚染の感覚的忌避のみが残留し、基本的な理解さえ薄れていく。結果として支離滅裂の論理に至る。時間とともに向き合い方を変化させていくのは必要だが、ゆがむことを恐れる。基本は、突然の事故によって痛めつけられた人たちの心をどう理解するか。原発事故被災者を忘れ、原発事故を忘れていくことを最も恐れる。それがコロナ感染者忌避につながっている。
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2020年10月09日

誰も覚悟できずに先送りしている問題

1面トップに「核ごみ処分場調査応募表明 北海道・寿都町 きょう神恵内村も」の記事がある。核のごみの最終処分場建設で寿都町が応募を表明、今日は神恵内村が表明するという。添付の表によると、選定プロセスは、自治体が手をあげるか国が申し入れして始まる。第1段階は文献調査2年で交付金最大20億円。第2段階は概要調査4年で交付金最大70億円。第3段階は精密調査で14年間で交付金額は未定。各々の段階で知事と市町村長の意見を聞く、となっている。順調に進んで20年続き、総計90+α億円の金を立候補自治体は受け取る。第3段階で「我も我も」になっていないと国は困る。そうならないように、第3段階の交付金額は状況に応じて、まさかのサプライズがあるのかな。両町村は泊原発の近くにある。神恵内村は泊村の北隣で、原発に事故が起きたら避難対象の区域になる。原発立地地域として、村財政の15%を占める電源3法交付金を得る一方、820人の人口はいまも減り続けている。両町村とも、泊原発が廃炉になれば、廃棄物処分場の直近の場所になる。原発以外も含むと、核関連の施設は全国に無数にある。どちらかに核ごみ処分場建設が決まったとして、各地の地方自治体が人口減少傾向にあるなか、反対を押し切って「我も我も」に雪崩をうつ可能性は否定できない。
2面の「時々刻々」には「核ごみ なお曲折も 町長『交付金は魅力』■反対派『住民投票を』 経産省、複数応募へ周到準備 処分場完成 世界に例なし」には「住民の反対や不安もあるなか、選定への応募に動いた背景には、原発再稼働を推進する経済産業省の周到な準備も見え隠れする」「ここにきて、複数の自治体で手が挙がってきた裏には、数年にわたる経産省の周到な準備があった」「2017年には『科学的特性マップ』を作り(略)原子力発電環境整備機構(NUMO)とともに」「46都道府県で『対話型説明会』を120回重ね(略)勉強会や講演会のための費用を最大300万円『支援』してきた」「背景には、苦い経験がある。07年、高知県東洋町の町長が初めて応募したが、全国から注目が集まり、住民の反発で撤回に追い込まれた」「経産省は今回、『同時多発で批判を分散させる』(幹部)狙いで、複数の自治体が応募する環境づくりに腐心(略)『80団体以上』(梶山経産相)が関心を示し」「経産相幹部の一人は『あと10自治体ぐらいに手をあげてほしい。200億円かかっても高い経費ではない』」(本文引用)という状況。これでいよいよ動かしがたいところまで進めてしまう魂胆が王手をかけるわけか。どの新聞だったか、「国はいったん手をあげたところを絶対に手放さない」と警告を発する記事があった。本日のトップ記事別表に選定プロセスの3段階が記載されている。各段階に付随している「知事および市町村長の意見を聴く」という文言は、「聴く」けれど「尊重」するだけで「撤退」は意中にないという意味。手を挙げてしまった市町村を次へ担ぎ上げていく周到な作戦の、各段階におけるシメにあたる行為なのだと知る。
核ごみ処分に適した場所を探すのに世界が苦労している。「核のごみとは、原発の使用済み核燃料を再処理する過程で生じる高レベル放射性廃液を固めた『ガラス固化体』を金属容器に閉じ込めたもの(略)300メートルより深い地下に埋め」「放射能が天然ウラン並みに減るのは数万〜10万年後。途方もない期間の安全性が問われるだけに、最終処分場の候補地選びは一筋縄ではいかない」「交付金目当ての応募で『本当にそこが適地か』の議論がおざなりになる可能性も指摘され」(本文引用)とあり、やせ細る地域を存続させるために処分場を建設しても、安定のために数万〜10万年が必要ということは、建設後に地域が存在し続ける限り、日々放射能汚染の危機にさらされることを覚悟しなければならない。しかも、これから「数万〜10万年」のやっかいな遺物が日本各地に建設されていくことは不可避であり、さらに、究極の適地は日本列島のどこにも存在しない一方、これを他国に押し付けるなど人道に反する罪になる。どうするか議論するのさえ恐ろしい話だが、列島に住むすべての人々が少しずつ危機を分け合わないといけない。そんな社会的覚悟をどう創るか、向こうは着々やっている。
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2020年10月01日

すべてを過去に捨てさせない試み

本来なら1面トップにあるべき記事が2番手として並ぶ。あえてトップ記事は無視して「原発事故 高裁『国に責任』 集団訴訟・仙台判決 東電と同程度認定」に集中し、まずは他紙の記事も用いて要約する。原発事故では全国で約30件の集団訴訟があり、その中で最大の3650人の被災者が損害賠償を求めている裁判で、一般に「なりわい訴訟」の呼び名で知られている。ブログ主的には、訴訟団の主たる訴えは、「なりわいを返せ、地域を返せ!」のスローガンで知られているように、損害賠償といっても、その本意は、判決がどのようなかたちになろうとも国と東電の責任は決着するものではなく、被災者の心の傷が癒えるまで続く謝罪の意思がきちんと確認されることが求められている、と思う。今回、画期的であったのは、「福島地裁での一審に続き、2002年に国の地震調査研究推進本部が公表した『長期評価』の信頼性が争われた。福島県沖で津波地震が起きる可能性を指摘したものだ」「公表当時、経済産業省がすぐに津波高の試算を東電に命じれば、津波の到来を予測できたとし、『規制当局に期待される役割を果たさなかった』と国の姿勢を批判」「一審では国の責任を『(東電を)監督する第二次的なものにとどまる』としていたが、東電と同程度だとした。賠償の地域は福島県会津地方や宮城県、栃木県の一部にも拡大され、対象人数も約2900人から約3550人に増えて賠償額は一審の約5億円から倍増した」(本文引用)。その点ではものすごい前進だと思う。しかし、賠償したから終わり、にはならない。「なりわい」は戻らない。しかし、かたくなに責任を認めようとしない国の主張を崩した。ステップは次に進んだ。
☆「福島第一原発事故で二審も国と東電に賠償責任認める 仙台高裁」東京新聞9月30日
https://www.tokyo-np.co.jp/amp/article/58768?fbclid=IwAR33fuCf1__JnJKeuGYJGIiwnapMsIzbL3MmlSk1wUGhmf-NXzFoX_89uH0
28面「原発規制『国は役割果たさず』 原告側『後続の裁判へ影響大』 『再び国を断罪』」には「東電旧経営陣が無罪となった昨年9月の東京地裁の刑事裁判では、予見可能性の根拠となった2002年の国の『長期評価』の信頼性が否定された。その後、国の責任を問うた集団訴訟判決は4地裁で出たが、原告側が『1勝3敗』と国の責任を否定する流れが続いた」「仙台高裁判決は、長期評価について『客観的かつ合理的根拠がある科学的知見であったことは動かしがたい』とし」「東電から『信頼性に疑いがある』との報告を受けて津波高の試算の指示を撤回した国の態度について、『不誠実ともいえる東電の報告を唯々諾々と受け入れ、規制当局に期待される役割を果たさなかった』と批判」「群馬や千葉、京都などへの避難者による集団訴訟の審理が高裁で続いている」(本文引用)とある。国はこれからどう出るか。司法判断を尊重するとして賠償をしたから終わり、とする方向へ進むか、力ずくで押さえ込んで強引に終わりへと進むか。その過程で事故現場で溜まりに溜まった汚染水の問題が浮上する。さらに汚染土の問題も続く。薄めて流せば済むか。汚染土を野菜栽培に使ってうまくいったと公言して強行するか。賠償が終わったからあとは知らない、では済まない。汚染水処理も汚染土処理も、失われた「なりわい」を取り戻すためには、判決の趣旨に沿って、被災者の安心・安全を必須の前提として、誠実におこなわれるべきものだ。そして「なりわい」訴訟の究極は、すべての原発を廃棄するところまで続く。なりわい訴訟に限らない。これは「後の世代に『謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません』」などの言葉にくるめて自身の責任に蓋をする権力者と、ちょくせつ対峙する試みなのだ。自分の不都合を「打ち止め」にする彼らの意図を通さないための長い試みの一部だ。その試みのどこに私たちの位置はあるか。心して考えたい。
☆「環境省が秘密裏に進める『汚染土で野菜栽培』放射性物質で汚染された土壌が国民の知らぬまま利用可能となる危険」朝日新聞:論座8月20日
https://webronza.asahi.com/national/articles/2020082500002.html?utm_source=dlvr.it&utm_medium=facebook
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2020年09月27日

同情は無力で無罪を主張して全てを忘れる

1面「天声人語」で五輪が取り上げられている。なにがなんでも五輪をやるために、延期でかさむ費用を圧縮しなけりゃならぬ。しかし節約は数百億円。ケチったなあ。米テレビの放映権料があり、コロナの重しがあり。巨額のマネーをめぐって、有象無象が利権を守ろうと必死になっている。「絶対に五輪はやる。絶対に俺たちは儲ける」の気分だけが走る。3面の「『コロナに勝ち、五輪を』 菅首相、初の国連演説」で、首相は約11分の動画メッセージの大半をコロナ対策に割いたという。「東京五輪・パラリンピックについては、『人類が疫病に打ち勝った証し』として開催する決意を表明した」(本文引用)。たしかに、コロナを完全に制圧し、五輪を成功させ、コロナ恐慌を乗り越え、世界に冠たる大日本帝国を再建することが彼らの悲願なのだろう。しかし、コロナが封じ込められるかどうか。世界が自分たちのために動いてくれるかどうか。前首相が「アンダー・コントロール」と豪語した福島原発事故の後始末もできていないのに、いまも前のめりをやめられない。首相は昨日、福島原発事故現場を視察。汚染水処理について「できるだけ早く政府として責任もって処分方針を決めたい」「福島の復興なくして東北の復興なし。東北の復興なくして日本再生なし。私の内閣の基本方針だ」(本文引用)と述べたという。その福島原発事故の記憶は、日々の報道からも遠くなり、庶民は忘れ去ったかのようだ。
3面「日曜に想う」の「抗議のマスクと一編の詩」には「あなたの身に起こっていないからといって、それが起きていないということにはなりません」(本文引用)という大坂なおみ氏の言葉がある。記事の執筆者はそれにスーザン・ソンタグの言葉をつなげる。「『彼らの苦しみが存在するその同じ地図の上に我々の特権が存在し、在る人々の富が他の人々の貧困を意味しているように、われわれの特権が彼らの苦しみに連関しているのかもしれない』」「『特権』とは富豪とか高貴とかいう意味ではない(略)日本のようにまずは穏やかに統治された国に居住し、抑圧されたり、戦火におびえたりせず、遠くの人々の苦痛をニュース映像などで視聴できる立場にいることをさす。つまり私たちのことである。同情は無責任だとソンタグ」「善意であっても同情は『われわれの無力と同時に、われわれの無罪を主張する』からだ。理不尽は私のせいではないーそうした意識のことだろう。言われてみれば同情にはどこか甘美な諦念が含まれている」(そして執筆者の言葉はしだいに読者の心の奥へ分け入っていく)「思い浮かべるもう一編の詩がある。石川逸子さんの『風』という作品だ。次のような一節がある。  遠くのできごとに/人はうつくしく怒る  自分から遠い理不尽に対して人は美しい正義感を抱く。だがそうしたときの怒りや、他者の痛みへの共感は、感傷や情緒のレベルに終わりやすい」(本文引用)
「同情は無責任だ」「善意であっても同情は『われわれの無力と同時に、われわれの無罪を主張する』からだ」との指摘は、ブログ主の心に強く響く。「遠くのできごと」に「うつくしい正義感」で「うつくしく怒る」ことはできるが、「そうしたときの怒りや、他者の痛みへの共感は、感傷や情緒のレベル」に終わる。かつて福島へ放射線測定に通っていたとき、このあたりでは名の知れた活動家で通っている女性に問われた。「福島へ行くの怖くないですか」と。ブログ主は意味がわからず、少し考えて、「怖くないです」と答えた。なぜそんな質問を、という疑問はずっと残り続け、やっと思い当たったのは数年後。「あの人自身の気分として放射能が怖いってことか」と気づいて、さらに不思議な気がした。いまそこに人が住んでいるひとたちはなぜ避難しないのか。避難先から戻る人がいるのはなぜか。避難先で心の不自由さを抱え込む人がいるのはなぜか。安んじて生きられる場所をなくした人たちがいるのはなぜか。彼らはなぜ孤独なのか。ブログ主は阪神大震災のとき被災地のはずれにいた。周囲にも被災者がいたが、我が家はほぼ無事だった。事情によって1年後に引越ししたとき、引き裂かれるような心の痛みを感じた。あの痛みは何だったか。自問は続き、そして福島の痛みを共有することの難しさを知る。何かが失われていること。その“何かの重たさに打ちひしがれながらそこにある孤独”の意味を思う。
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2020年09月24日

重要記事満載でも惑わされないように

今日の朝刊は重要記事が満載。菅氏の新首相就任が9月16日。その後のおよそ1週間はコロナをはじめとして重要と思われる報道が激減していると感じていたので、これは溜まりに溜まった情報が怒涛になったか、と勝手な推測をたくましくしている。まず1面トップ「東電再稼働の『適格性』認定 柏崎刈羽原発 規制委、審査終結へ」「『社長に安全責任』保安規定」「重い問い丸投げの政府」の記事。これは2面「時時刻刻」の「東電を監視 規制委に重責」「安全姿勢困難なルール化」「地元同意見通し立たず 新潟知事『三つの検証』結果待ち」「再稼働 5原発9基 相次ぐ運転停止」と14面「社説」の「東電と原発 運転を認めていいのか」につながる。1面からまとめると、柏崎刈羽原発6、7号機の再稼働審査で、原発に対する社長の安全責任や経済を優先させないとするなど7項目を、規制委が法的拘束力のある保安規定に盛り込ませ、東電はこれを規定に明記することを表明。守らなかったら違反と認定できる形式が整ったとみて、規制委は設備の詳しい設計と保安規定を認可することに決定。新潟県は花角知事が検証委の作業が終わるまで再稼働を判断しないとしているが、政府はどうかというと、再稼働は絶対必要というものの、規制委が安全性を確認した原発は再稼働との立場をとり、最終判断は規制委と新潟県に丸投げ。
一方、2面記事は「あれだけの大事故を起こした事業者に再び原発を動かす資格があるのか」(本文引用)と書く。規制委は「東電の安全に対する姿勢などを見ていくことは、規制委として責任を負う」(本文引用)として責任を取るつもりらしい。その腹づもりが政府を甘えさせるというべきか。東電も政府の尻馬に乗る。規制委にいくらかでも投げ返す根性があったらいいのに、と思う。14面「社説」では規制委の歯痒さに新聞がゆるゆると批判の声をあげる。「7項目にはあいまいな部分もある。規制委が厳しくチェックできるか、不安が残るといわざるをえない」(本文引用)として、東電の福島事故賠償への対応に言及する。損害賠償の和解案を拒否している姿勢。処理済みの汚染水を国任せで乗り切る姿勢。データの公表に消極的な姿勢。大半は東電への苦言で、「政府は東電の事実上の大株主として、事業計画の見直しを東電に促すのが筋である」(本文引用)だけが政府への注文になっている。責任の中心がない、まさに日本的強権支配のだらしない構造。それの容認がまかり通るこの国。
その政府はといえば、3面「電通設立の法人に委託 経産省補助金事業 1者応募9割4013億円 15年度以降」では、電通が設立した「環境共創イニシアチブ」に経産省が委託した事業で、9割(54件)で1者しか事業者が参加せず無競争だったことが判明。しかも、事業は全て電通に再委託されていたという。新コロでも電通だったことを思い出す。いや他にも山ほどあるんじゃないか、と邪推されても仕方ない状況。そういえば東京五輪はどうだっけ。11面には「福島原発処理水 日本が反論 IAEA総会 韓国の懸念に対し」がある。韓国の懸念に日本は、「国際法に従い、関連情報を適切な方法で国際社会と共有している」(福島の廃炉作業は)「IAEAにも評価されており、今後もIAEAに完全に協力していく」(本文引用)と胸を張る。日本はIAEAにゲタを預ける算段。国内では東電がデータ公表に消極的で、海洋放出に地元が同意しなければならないようじわじわ締め付け、「最後の判断は地元が決めた」と言いつくろう腹づもり。責任回避の日本的ファシズム本領発揮。29面週刊誌広告には「大反響第2弾『日本の新型コロナは11月に消滅する』第3波はもう来ない」なんて見出しが踊る。そして4面「臨時国会来月23日か26日 政府・与党調整 早期解散に慎重論も」がある。いま新政権は支持率が異様に高い。庶民はアベ政権が終わってホッとしているが、それを利用し解散総選挙へ持ち込む算段が見え隠れする。10月末に臨時国会を開催し、ワクチンによる健康被害の賠償責任を製薬会社に負わせない法案を審議し、11月までにコロナ報道を封じ込め、総選挙に打って出て大勝さらに五輪強行。そんな彼らの目算が浮かび上がったものの、重要記事が多すぎて目が回った今朝!
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2020年09月16日

アベノミからマイナスが流れ出す年月の始まり

1面「天声人語」の「抱き合わせ販売」が面白い。「機動戦士ガンダム」のプラモデルを買うのに、売れないおもちゃを抱き合わせで買わされたという話にひっかけて、安倍政権を振り返る。景気回復はだれもが求めたが、安倍政権は売りにくい改憲をセットにした。世間は改憲に目をつぶった。改憲抱き合わせ作戦は失敗したが、別の嫌なものを押し付けられた。記事は森友学園を例に挙げるが、他にも山ほどある。モリカケサクラから自民議員のカネまみれ疑惑のてんこ盛りは、いまや複数の裁判が進行中である一方、いつの間にかウヤムヤになってしまったものも多い。官僚までがお付き合いして、国会で虚偽答弁をばらまく。記事はそれら惨状をつまびらかに書き連ねるほどスペースがなく、列挙するだけでも与えられた紙面をはみ出してしまう。「加計も桜も、人々が飽きるのを待つかのような対応だった」「問題は、『衣食が足りるなら、礼節はないがしろにして構わない』という政権の姿勢である」(本文引用)。記事の筆者は「経済対策に限れば、安倍政権は満点には遠いが及第点だった」(本文引用)と考えているらしい。しかし中身はとんでもないものだったじゃないか。非正規を増やし、賃金を激減させ、コロナ下ではGDP年率換算マイナス28・1%にまで落ち込ませ、彼らのゆるい見積もりでも4年先まで回復の見込みを持てない状況。アベノミの中身は、とても「及第点」とは言えない。
7面には「日立、英原発撤退を表明へ 『凍結』の計画 きょう結論」とある。日立は経団連中西会長の出身企業。2018年中頃、すでに原発輸出がひっくり返る局面に至っており、中西会長は経産相に「なんとかしてくれ!」と泣きついている。それでも「なんとか」なることはなく、政府はなんの手も打てなかった。ついに中西氏は2019年の年頭所感で危機感を世に発信する挙に出た。2017年から今に至る国会での出来事を時系列に並べようとすると、あまりの混乱に記憶がごちゃごちゃになってしまうほど。じっくり時系列の出来事をまとめてみたいが、目がくらむような乱雑さに戸惑っている。その乱雑がコロナによって完全に破綻したというのが現状ではないか。
政治が無理やり主導してきた経済運営の行き詰まりに、まるで「ついにそうなったか」という覚悟を示すように、7面「日立、英原発撤退を表明へ」の記事がある。「そうか、『凍結』だったか」と感慨にふけっている場合ではない。「凍結」から「撤退」へ、記事には「日立は2019年1月に、『民間企業としての経済合理性の観点から判断した』(略社長)として、計画の凍結を表明した。『事実上の撤退』との見方が広がったが、英政府や『インフラ輸出』を成長戦略に掲げる安倍政権には計画再開への期待があった」(本文引用)とあるように、政権べったりだった経団連中西会長の意固地な執着に押し切られたのか、いじいじと今まで引っ張ってきたようだ。「原発輸出はアベノミクスの成長戦略の目玉だった。だが失敗続きで、実現の可能性が残る案件はひとつもない。東芝は18年に米の原発事業が失敗し、経営危機に陥った。その後は海外での原発建設は受注しない方針に転換した。三菱重工業も同年、トルコでの原発建設計画を断念する方向でトルコ政府と協議を始めるなど『総崩れ』となっている。国内での新増設が難しい中で、活路を求めた海外輸出の道も断たれつつ」(本文引用)あるとか。
アベノミクスの成長戦略の目玉がこれだ。たしか昨年4月には、国連の温暖化対策国際会議に向けて、政府の有識者会合は懲りもせず小型高速炉や熱核融合炉などの小型モジュール炉構想を持ち出していたと記憶する。この構想には中西氏も一枚噛んでいただろうが、これも先行き不透明な現状で、トランプ政権も同様の構想を発表しているものの、何がアベノミクスは及第点だ、と言いたくなる。その延長線上か、菅新政権は地銀の再編を口にしている様子。いったいなにを企んでいるんだろう。かなり神経を使って情勢を読むべき時期だと自覚する。自覚するだけで、頭の中身はすぐにあっちの方へ飛んでいく今日このごろ。やってられんなあ、と慨嘆しきり。困ったことに、これが個人的にいまもっとも気になるところなのだ!
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2020年09月15日

福島第一原発事故のトリチウム処分に寄せて

汚染水タンクには「水と性質が似ているトリチウムを除く大部分の放射性物質を専用の装置で取り除いた処理水がおよそ111万トン保管されている。しかし、このうちの7割は運用当初の設備の不具合やフィルターの交換頻度が少なかったことなどから、放射性物質を十分に取り除けず、基準値を上回っている」(以下より本文引用)という。「トリチウムを除く大部分の放射性物質を専用の装置で取り除いた処理水」ではあるが「このうちの7割は」「放射性物質を十分に取り除けず、基準値を上回っている」。つまり大部分取り除いたが、7割が十分に取り除けなかった、ということか。2年前の公聴会では、これをトリチウム水として海水で薄めて海へ流させてくれ、と言ってたわけだ。7割もあったといえば、ほとんどそんなのばかりだったということになる。汚染水の7割とあるが、物質の濃度または総量、あるいは単位あたりの放射線量はどのくらいなのか、と考えてしまう。住民たちが諦めて「容認」してしまったら、それらは今頃あらかた海へ流されていたことになる。7年ほどで終了させる予定だったと記憶しているから空恐ろしい。いま公開されている数値は立方センチあたりのベクレルなので、すごく少なく錯覚してしまう。77万7千トンでいうと総量でどのくらいか。それも看過できない。たとえば0・01bq /㎤というと10bq /Lで、1万bq /トンで、それが77・7万トンだから、ガンマ線で総量いくら、ベータ線ではいくらになるか。生態に対する影響はどのくらいになるか。
☆「基準値越え処理水 専用装置での二次処理の性能試験を9月15日から開始<東京電力・福島第一原発>」福島テレビ9月11日
https://news.yahoo.co.jp/articles/e3ec9cefa65630da063321e005294699ad44795b?fbclid=IwAR3exYMU0JccZHxS17SzS-uHDDqKnrKagY7cSn7vH2Mx4L-XRH8yvSqpZw8
2年前はデータをすっぱ抜かれ、満タンを回避するギリギリの現在になるまで、この話はほぼ中断。だが、いったん決めたことの変更を極端に嫌がるのが、権力を持つ者の頑なさで、2年かけてまずは「専用の装置で再び放射性物質を取り除く『二次処理』の性能試験を開始することになった。分析結果は早ければ年内にも判明する予定」(本文引用)という。ギリギリのギリギリで、これが時間の限度だよ、というわけだ。ちゃんとデータを示して納得してもらおうという姿勢があるのかどうか。以下の記事では、汚染水の生態への影響について、次のような試みもするとか。「処理水について、東京電力は環境へ放出する場合、この水の中で魚を飼育するなどし、事前に安全性を確認することを検討している」「敷地内に保管されているトリチウムを含む処理水の処分方法ついて、国の小委員会は、蒸発させるか薄めて海に流す方法が現実的としている。東京電力では、処理水を環境へ放出する場合、国の基準を満たすよう2次処理を行う方針だが、関係者によると、この水の中で魚を飼育するなどし、事前に安全性を確認することを検討しているという。処理水の処分方法については漁業者などから風評を懸念する声も上がっていて、まだ決まっていない」(本文引用)
☆「第一原発処理水問題 魚を飼育し安全性確認(福島県)」福島中央テレビ9月10日
https://news.yahoo.co.jp/articles/2d77c5c1616282f3caeb01ffd05408cfdd548e07?fbclid=IwAR3Ll2HqxU-772NL3cBo3GwH9abv21RyHFoMgkuVu4WNydpNHdxRiwjUUkU
蒸発か薄めて海に流すのが現実的というが、基準がよくわからない。魚を飼育して何がわかるか不明。最初から「何にもないよ!」というための材料と勘ぐるばかり。他にも方法があるだろ、と言いたくなる。たとえば超大型貯留タンクで50年ほど時間をかけ、そのあいだにちゃんとした方法を探るとか、トリチウムを蒸留分離して240年ほど保管の後に放出する一方、他の放射性核種はできるだけ長く保存する、という方法が有効とする主張もある。事故を起こした責任を感じるなら金と時間はかかるが確実な方法を選ぶ、道義的責任もあっていいはず。それが被災者の被った苦痛に対する誠意というものだ。ゼニや時間を惜しむなんぞは失敗者にあるまじき根性と言わねばならない。
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2020年09月11日

最初に決めたことを簡単に翻さない面々は

トリチウム汚染水を処理する工程はとてもややこしい。建屋に侵入した地下水が事故で壊れた原子炉のデブリと接触して高濃度に汚染され、建屋に溜まる。まず「セシウム吸着装置」でセシウム、ストロンチウム等を取り除く。次に淡水化装置で塩分を除去し、一部を壊れた原子炉のデブリ冷却に用い、残りを貯蔵タンクへ移す。それをALPS(多核種除去装置)を通して「大部分の放射性核種」を除去し、「処理水(トリチウム以外の大部分の放射性核種を取り除いた水)」として貯蔵タンクへ移す。ALPSで除去したトリチウム以外の放射性核種は別途厳重に保管する。今日の新聞では大雑把でわからないが、東電のサイトでは各処理工程の途中でいろいろな核種について放射線量を計測している。たとえば「汚染水処理設備-既設ALPS--AL-出口水A水」などとして、詳しいデータが示されている。しかし単位が「Bq/cm3」とあり数値もたとえば0.01614などと極小で、全量のイメージが湧きにくく、分かりにくい。ブログ主のようにまったくの個人がこれらデータを全部理解し尽くすのには、果てしない時間がかかり、チームを組んで解析しようにも共に労力を払うのも厭わないお仲間はいまのところ身近にいない。だが、それをやった人物や報道機関があった。2018年8月に「トリチウム水」の海洋放出についての公聴会が福島と東京で開催された。その少し前の23日に河北新報、27日にフリーランスの記者が「トリチウム水」にはヨウ素129などの放射性核種が基準を超えて含まれていることを公表し、公聴会は大荒れになったという。
今日の新聞1・2面には、「3・11の現在地」として、汚染水が取り上げられている。先月7日、双葉町伊沢町長は、「『根本的な問題解決を先送りせず、国として責任をもって対応策を早急に決定していただきたい』(と)これまでにない踏み込んだ言葉で国の判断を迫った」(当時規制委員長だった田中俊一氏は3013年12月18日、すでに次のように国に訴えていた)「汚染水対策の一環として、海洋への放出も検討されるべきだと考えます」(茂木経産相は)「様々な想定をしながら検討していきたい」(本文引用)と引き取ったが、結果としては世間をごまかすための議論をして時間を稼ぎ、逃げていだだけだった、と記事は結論する。2面に移り「汚染水対策 場当たり9年半 国『増加ゼロ いつになるか分からない』」「国と東電 低姿勢で譲歩迫る 漁業者『時間はあった。また見捨てるのか』」には経過が書かれているが、事故直後4月の民主党政権下で矢板打ち込み式防護壁建設が浮上し、官僚や東電の抵抗で頓挫した事実が触れられていない。記事では2013年に五輪招致のため首相が「アンダー・コントロール」の大見得を切ったあと、一転して国は「前面に立つ」として「凍土壁」建設を表明。工事費約345億円。16年にを凍結開始したものの、規制委に「すだれ」と揶揄されるテイタラク。当初400トン/日ほどあった地下水や冷却水はいま200トン程度まで減ったものの、「すだれ」はやはり「すだれ」のままだ。
18年に発覚した、基準を超えた放射性核種の漏出から、それなりに除去努力はしているのかもしれない。しかし、どんな状態にまで至っているか、しっかりした説明があったのだろうか。記事から感じられるのは、基本的に「絶対大丈夫」と保証するデータの提示や説明はない、ということのみ。「東電は漁業者への説明会で『放出しなければ汚染水が海に溢れ出る可能性がある』と繰り返した。低姿勢ではあったが、実際は『計画を認めず汚染水が海に漏れていいのか』と迫られたに等しかった」(本文引用)。記事では分かりにくいが、東電も国も、最終刻限を切って、あとは地元の当事者たちがあきらめて海洋放出を認めるまで待ち続ける戦術をとっている。つまり、「国は判断せず、最終判断は地元がした。国の責任は免れた」という決着を望んでいる。積極的に望まずとも、時間がそのように勧めてくれる、と見積もっているのだろう。官僚主義は最初に決めたことを翻すことなく、さまざまな方策で決め事を守り抜く。コロナでも典型的に現れていることに気づきたい。官邸や厚労省が「コロナはただのインフル性風邪」と軽視する姿勢は、汚染水同様いまも変わっていない。
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2020年09月10日

失政のツケがあちこちに溜まっているのにね

2面「最先行ワクチン 一時中断 コロナ英製薬治験」「日本1・2億回分の供給合意」「9社『安全が最優先』 急ぐ各国に懸念声明」の記事から。アベ政権の末期に至り、これでもかとコロナが圧力を強めている。「感染対策と経済活動の両立をめざす政府にとって、ワクチンへの期待は大きい。官邸幹部は『ワクチンができれば新型コロナもインフルエンザと同じ扱いの感染症になる』とみてきた。東京五輪・パラリンピックを開催するためにも、ワクチンが必要との声は根強い。治験は一般的に100人以下で安全性をみる1相、数百人で効果や安全性をみる2相、数千人で発症や重症化を防ぐ効果をみる最終段階の3相というステップが必要になる。ワクチンは健康な人にも接種するため、薬以上に安全性を慎重に見極める必要がある」「(最終段階は)接種する人が大幅に増えるので、副反応が見つかる可能性は高まる。接種した人が感染してはじめて出てくる副反応もあり、それは3相でしか見つからない」「ワクチン開発は通常10〜15年かかり、過去最短とされるおたくふくかぜでも実用化には4年かかっている。第3相の治験までこぎつけても安全性や効果が証明できず、断念するケースは珍しくない」(本文引用)とある。五輪前のめりのアベ政権が下した政治判断が、またひとつコケたわけだ。1・2億回分の供給が合意されていたということは、全国民への投与が実施されて重篤な副作用が顕著に出てきたら、辞任や2カ月雲隠れでは済まなかったということになる。以下の記事に全面的に賛同するわけではないが、「感染被害がより甚大であって都市封鎖や地域間の移動禁止まで実施した欧米諸国と比べた時、移動や営業の自粛にとどまった日本の落ち込みはもっと小さくてもよかったはずであり、被害の程度の割には、経済への影響は大きかったといえよう」「安倍政権が健康上の理由などでコロナ対策に機動性を欠く結果となったことがこうした経済的な大きな落ち込みを招いた一因とも考えられる」(本文引用)とあり、アベノミの脆弱性が露呈したと理解すると、すべて説明がつくようで、この部分にはおおむね納得。
☆「『統計データは知っている』安倍首相が突然の辞任を決めた本当の理由」プレジデントオンライン9月7日
https://president.jp/articles/-/38585?page=1&fbclid=IwAR18ZQRUJtHyuEfvbZ9E9ViADcNJx1YVfgJXzMJnQh9p9Dl0tA5Dyn-OWR4
アベ失政は3面「次期政権の課題考4」の「福島『3割復興』戻らぬ人『予算増え 対話おろそかに』」「汚染水や中間貯蔵先送り」にも顕著に表れている。事故からおよそ9年半。あらかたの避難指示区域が解除され、残るのは帰還困難区域のみ。帰還困難区域には特定復興再生拠点が設けられ、除染やインフラ整備が進んでいるが、それは帰還困難区域の8%に過ぎない。現在、飯館村で帰還困難区域とされている長泥地区の復興再生拠点から外された16軒を救済するため、村は地区に公園を整備し、地区住民が公園へ行けるように道路をつくり、道路周辺の空地や田畑の天地返しなどを実施。その名目の範囲で朽ち果てた家屋の取り壊しなども認めるよう、国に要望を提出している。これを受けて、国は帰還困難区域全体を解除する検討に入っている。つまり、国が責任を持つのではなく、住民自らが自発的に帰還困難区域の解除の方法を選んだという位置付けで、国の最終責任を回避しながら、全面解除に向かおうとしている。記事添付データには、「避難指示が解除された地域の復興状況」として、住民らの居住率30・9%。営農再開面積の割合32・2%。商工業者の地元再開率30・9%とある。中見出し「汚染水や中間貯蔵先送り」では、アベ首相は誰が後継者でも基本方針は変わらないとして、東北復興、福島復興の方針を不動のものとして強調。しかし、日量180トンの汚染水処分は、政府・東電の放射性物質データ発覚で県民の猛反発を受け、暗礁に乗り上げたまま。汚染土の中間貯蔵施設は2045年までの県外搬出を条件として事故現場周辺に積み上げられているが、受け入れ先を探す政府の動きは鈍い。県民の苦渋の判断を期待して最終決定を引き延ばしているようだ。記事は除染土の農地利用には触れていない。これも時間稼ぎと誘導策の一環か!
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2020年06月05日

論理薄弱だから本音を隠して隙をうかがう

1面「東京五輪簡素化を検討 小池知事明かす 開会式など対象」で、此の期に及んでもなんとかオリ・パラ開催を実現しようと執念を燃やす人々の腹の内を読まされる。無観客とか、招待選手たちを2週間隔離するとか、変なことを呟いては引っ込めてる。いや、同じことを頃合いを見て再燃させたりもする。執念だね。この手合いはどこにでもいる。ブログ主の周辺でも虎視眈々と機会を狙っている。しかし、概ねその論理は脆弱だ。こちらのバリヤーが弱くなっている瞬間を待ち続けており、論理を主張できないのに自己主張だけ強い。まったく懲りない人たちだと思う。いや、個人的なことを呟いてしまったが、理が通らない人を相手にする徒労感はたしかに面倒。2面「コロナ 五輪も変える」「都、『貯金』失い税収も減」「首相『完全な形』軌道修正」では、都知事が簡素化に言及。財政事情がかなり悪くなっているらしい。コロナ対策は1兆円を超え、財政調整基金はほぼ使い切る見込み。税収減1〜2兆円。首相は「完全な形」を目指していたが「官邸内から『「完全な形」は無理』という声が上がり、政権幹部は『「完全な形」はみんなが考えているものとは少し違う』と予防線を張り始めた」(本文引用)。そこまでこだわる理由はなんだ。という問いが、こういう執念に対しては常に持ち上がる。「なんでしつこくやりたがるの?」と、聞きたくなる。でも、本音を語ることなんぞは絶対にできないんだな、こういうよこしまな人たちは。
3面に「原電 資料書き換え80カ所 敦賀原発 原本から不自然な削除」がある。原電は原発から手を引かない本音を明かさないまま、地層の調査資料の記述を80カ所も書き換えていた。原子炉建屋直下の断層が活断層か判断するためのボーリング調査記録で、「『生データ』をあたるのに、修正履歴を残さず無断で上書きしていた」「『未固結』を『固結』と書き換えた部分が55カ所、逆に『固結』を『未固結』と書き換えた部分が25カ所あった」「原電は(略)『恣意的ではないが、やってはならないことだった』と陳謝した」(本文引用)という。原電には東海第二原発の問題もある。19年12月17日当ブログ「とっくに東海第二原発はお荷物だろうに」では、安全対策工事費に不明朗な面があったと報じられた件に触れた。生データの件とあわせて、工事や審査の終了がさらに先延ばしになる。それでも原発再稼働をめざして走る。採算なんかとれないのに、なぜしがみつく。彼らは、いつもしがみつく理由を明かすことはない。以下の記事では東海大地震発生の場合、浜岡原発は直下型地震に襲われる可能性が高く、巨大津波も想定される。それでも10年9月から10年ぶりに4・5号機に新燃料を運び込む。将来の再稼働を想定しているというが、これもお荷物だろうね。
☆「浜岡原発へ10年ぶりに燃料 中部電『燃料会社の要請』」朝日新聞5月29日
https://www.asahi.com/articles/ASN5Y46QYN5XOIPE01C.html?iref=pc_ss_date&fbclid=IwAR1c7u7_3T98rLRNBNtDtpADo8nJ3rv0eynmXGH4XzgBgl9A70_Lxs0ZNcg
このごろ東日本を中心に、ひんぱんに小さな地震が発生している。以下の記事によると、「4号機原子炉建屋、2号機タービン建屋や1、2号機の廃棄物処理建屋など計八つの建造物で劣化が進んでおり、地震で壁が崩れ落ちるようなリスクが高まっている」(本文引用)とあり、もしいま大地震が発生したら、ここも危ない。どこもかしこも危険なのに、なんでゼニにもならない原発を再稼働するのか、やっぱりゼニ以外のことが本音の奥に隠れているんだね。執拗に本音を追いかけるのは、隠し事があるから。そのことをしっかり頭において向き合わないと、ある日ある時、抜け駆けでやられちまうからね。用心用心!
☆「八つの建造物が劣化で高リスク」東京新聞:原発のない国へ5月13日
https://genpatsu.tokyo-np.co.jp/page/detail/1438?fbclid=IwAR2bvuh0Ih5q8QkMaJYmYFj4OMMW3IHTv0yE_uD43zyuETrgtNH6S99xRag
☆「福島第一原子力発電所構内設備等の長期保守管理計画の策定について」東京電力ホールディングス株式会社4月27日
https://www.nsr.go.jp/data/000309390.pdf?fbclid=IwAR1kO5eE1bAc6KrwnF8IwLIKeBgT5OLrDOkTb_t9cdN7UI03OHMY1oGyBG8
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2020年06月03日

同じ価値観が同じ混乱を巻き起こす

1面トップに「除染せず避難解除可能に 非居住や地元要望 条件 政府最終調整」がある。「政府は除染をしていない地域でも避難指示を解除できるようにする方向で最終調整に入った。今は解除が進んだ地域だけが解除の対象だが、将来人が住まない見通しがあるなど、一定の条件を満たせば、除染なしでも解除して立ち入りを自由にする」「原発事故の避難指示は、空間の放射線量が年間20ミリシーベルトを超えた地域などが対象」「解除する要件は、@線量が年20ミリ以下に低下するA水道などのインフラ整備や除染が十分進むB地元と十分な協議をする、と現在の政府方針」「そのうえで除染しなくても解除できる新たな方式を設ける」「放射性物質の自然減衰などで線量が20ミリ以下になった地域は、住民や作業員らが将来も住まない▽未除染でも早期の解除を地元が求めている - といった要件を満たせば、避難指示を解除できるよう検討している。このほか、公園整備や無人工場の誘致など地元に土地の活用計画があることを要件に加える案もある。除染後に解除する従来方式と除染なしの新方式のどちらを選ぶかは、地元自治体の判断」(本文引用)。添付のイラストでは、飯館村のほとんどが「避難指示解除済みの区域」で、長泥地区の一部がまだ「帰還困難区域」になっている。その区域内には22〜23年に解除予定の区域が含まれており、地元要望として全面解除を国に求めているという。4面に「除染か解除か 苦悩の選択 分断避けるため飯館村は訴えた 遅れる国の作業 戻らぬ住民」があり、「政府が『除染不要』の検討を始めたきっかけは、今年2月。原発から北西約40キロの飯館村が政府に出した要望書」「村の南部、長泥地区を帰還困難区域とする避難指示を帰還困難区域とする避難指示を、2023年に一斉に解除してほしいという内容」「これまでの除染費用は約3兆円。政権幹部は『住民の帰還が少ないのに、お金はかかる。除染の意味は年々薄れている』と本音を漏らす」「一方で、事故から9年余りたち、飯館村以外の帰還困難区域でも20ミリを自然に下回る地域が増えている。復興のあり方をめぐり、自治体の選択は今後、ますます難しくなる」(本文引用)とある。
ここで、当ブログで全17回にわたって紹介した「チェルノブイリ被害の全貌」の記述を思い出す。ブログ主は19年12月12日の「第3部:第10章『チェルノブイリ由来の放射能による動物相への悪影響』と第11章『チェルノブイリ由来の放射能による微生物相への悪影響』および『第3部 結論』」では、「福島ではどうなっているんだろう。放射線計測がおろそかになっていないか。計測したとしても環境放射線くらいなものか。環境線量としては、せめて全ベータも測るべきではないかと思った。そう思ったのはネズミの調査で、『セシウム134と137の濃度は大惨事後1、2年間に最大となり、その後急速に減少した。しかし、体内に取り込まれるストロンチウム90の濃度は大惨事の10年後まで増加し続けた』と書かれていることによる」。つまり、年20ミリシーベルトとは、ガンマ線の環境放射線量に過ぎない。なかでもセシウム134の半減期は2年。10年で32分の1。つまりセシウムの自然減だけでも10年で半分になる。「20ミリを自然に下回る地域」が増えても当然なのだ。その一方で、ガンマ線量以外の放射線量はどうなるか、という視点が年20ミリシーベルトからは除外されていることに気づく。他にガンマ線を放射し続ける物質があり、ベータ線を放出し続ける物質も存在する。「チェルノブイリ被害の全貌」読書評で「せめて全ベータも測るべきでは」と書いたのは、「体内に取り込まれるストロンチウム90の濃度は大惨事の10年後まで増加し続けた」という記述による。ベータ線を出すさまざまな核種の存在を前提にしていないのは、本当の事実の半分も意識していないことを意味する。ベータ線核種は体内に取り込まれた時、人体に最大の影響を及ぼす。そのことに留意すべきと思う。そういえば1面に、「『東京アラート』発動 感染34人『夜の街、外出控えて』」があるが、これも「経済・政治」優先の果ての話。結果として感染と不満の拡大を呼ぶ可能性が高い。「除染せず避難解除」と同じ価値観が巻き起こす混乱と言わざるを得ない。
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2020年04月14日

株と経済界にカネを使い切りもはやゲルピン

12面「社説」に「原発事故処理 見逃せぬ不透明な流用」とある。2014年から国が肩代わりしている汚染土などの中間貯蔵事業費は、エネ特会計の電源開発促進勘定から支払われてきた。それを再エネや省エネの財源などから流用するという。年350億円ほどだった事業費が膨らみ、財源として電気料金に上乗せされている電源開発促進税を増税すると国民の反発が予想される。それはやばいので、エネ特のエネルギー需給勘定の目的外使用に道を開くことにした。こんな前例はないが、あとで元に戻すからいいだろう、というのが政府の考えという。政権は目立たないよう、「復興庁の設置期間延長など他の四つの法案と一括りにして国会に提出」(本文引用)と、このやり方はいつも政権が問題あると認めた法案の提出戦術そのまんま。事故処理費用は基本、東電が負担することになっている。こうしてなし崩しに国民のカネが使われていき、一時的な借金だったはずが、同じような流用が常態化し、返済できなくなる事態にならないか、というのが「社説」の論旨だった。思い出すのは原発事故現場の粘土鉄板遮水壁。エネ特勘定でそれができていれば、トリチウム汚染水の問題なんぞなかったと思うと悔しい限り。
もう一つの「社説」に「コロナ検査態勢 ボトルネックの解消を」がある。コロナウイルスの検査強化を訴えていて、ここでもカネが問題になっている。「検査強化の必要性は、いまになって浮上したわけではない」「首相は2月29日の会見で『身近な医師が必要と考える場合は、ずべての患者が必要と考える場合は、すべての患者がPCR検査を受けることができる十分な能力を確保する』と明言した。だがこれまでの検査件数は最も多い日で7千件程度にとどまる。日本医師会は今月上旬、『医師が必要としたもの全てが、速やかに検査される状況にはなっていない』と訴えた」(本文引用)とあり、今朝のTV報道では、医師会が都内に6カ所の検査施設を設置することを決めたと報じていた。懸念されるのは、数日前に200人に迫った都内の1日感染者数が次の日からぐっと減少したことだ。医師会の危機感はすでに収束し始めたように見える1日感染者数と、大きくズレた対応にみえるが、1日感染者数が減ったように見えるのは集計の魔術に過ぎないのではないか、と思わされる。感染が大規模に広がっている東京で、昨日は91人感染確認。そして以下のサイトには、指数関数的に感染者数が増えている様子を見ることができる。いくら「感染爆発」を阻止したと豪語しても、隠し続けることはできない。もちろんこれは素人の推論に過ぎないが、政治が感染の実態を無視し、政治的に隠そうとしても、素人の推論の脆弱さと同様、いつか必ず馬脚を現すだろう。必死に隠して「首都圏感染爆発」が顕在化したら、世界の笑い者になるのでは済まない。原発事故処理のデタラメも重なり、世界から忌避され、逆鎖国の運命も免れなず、オリンピックどころではなくなる。このところ株価は、海外が下がり、ドル・ユーロとも円高になっても上がり続けており、あまりにもウソくさい。官製相場が全力をあげて動き続けているとしたら、逆に怖い。
☆「COVID-19 Dashboard by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University (JHU)」ジョンズホプキンス大学の新型コロナ集計ボード
https://gisanddata.maps.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html?fbclid=IwAR0LvCPxwYPmQ1plh81pG-22qXe7XXovTJeCypjhT0BTY9Z3H6YjnpO6TOs#/bda7594740fd40299423467b48e9ecf6
1面に「米国第一 感染拡大の一因 中国敵視 保健分野は冷遇」がある。感染症対策では「世界最強」の組織とされるCDCが、トランプ政権下で実力を発揮できないでいる状況が語られている。コロナ蔓延を政治・経済の視点からしか見られないトランプの強引さが嵩じてすべての責任を中国におっ被せ、その結果、アメリカに巨大な災難をもたらす。「各国の指導者が『第2次世界大戦以来の世界的な危機』と指摘」(カーネギー財団上級研究員が)「(世界的危機において)米国がリーダーシップを発揮できない、また発揮しようとしない初めてのケースになるだろう」(本文引用)と語られる現状。何処かの国の近未来が投影されているような気がする。
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2020年03月18日

奥の奥にあるはずのブラックが丸見えで

五輪は政府主導であっというまのコロナ終息宣言を出さない限り「完全な形での実現」なんてない。また、いくら粉飾しても海外事情が邪魔をする。というわけで本日は3面「ダウ過去最大3000ドル安」から始める。NY株式は過去最大だった12日の2352ドルより大きく下落し、1987年「ブラックマンデー」以来の暴落とか。日経平均はそれでもめげずに前日比9円49銭高で終了。日銀が700億円だったETF買いを1000億円に増やし、さらに過去最高の1200億円にしてようやく9円台。証券アナリストは「(日銀のETFの買い入れなどによる)腕力の相場であり、1万6000円を割り込んでもおかしくなかった。今後も1万5700円程度まで値下がりする可能性は十分ある」(本文引用)というがそれで止まるかな。昨日の当ブログで「投資会社幹部は『FRBは手持ちの「弾薬」をほぼ使い果たし、武器庫はすっからかんだ』と米紙に語った」と新聞引用。一昨日は「日経平均株価については、下値を『1万4300円』(略)とする見方も出るなど、全員が一段安となる可能性に言及」と、他紙報道を紹介したばかり。「腕力の相場」が永続できるはずもない。21面週刊誌広告に「五輪延期へ世界恐慌Xデー」があり、小見出しに「安倍自民党は7月に衆院選と都知事選のW選を計画/株暴落でフジマキが警鐘『日銀は債務超過』/下請け業者の悲鳴、連鎖倒産も」の文言が踊る。昨日のNY株式はトランプ氏の100兆円に上る巨額の対策を好感して1000ドルほど上げた。一方、本日の日経平均は大きく上げたもののすぐ勢いが落ちて、荒い展開となっている。さて、日銀の腕力は今日も明日も来週も、賽の河原の石積みを続けるか。
そんななか、3面「原発事故処理に再エネ財源 政府法案 目的外使用可能に 一時的な穴埋め『将来返す』」がとんでもないことを報じている。福島原発事故の処理費用が嵩んで財源が逼迫するため、再エネ普及などに限られている「エネルギー対策特別会計」で管理しているエネルギー関連予算のうち、「エネルギー需要勘定」(エネ需勘定、年8千億円)から「『原子力災害からの福島の復旧及び再生に関する施策』に使う資金を、電促勘定に繰り入れられるようにするための改正特別会計法案を閣議決定し、国会に提出」「エネ特で勘定間の繰り入れを可能にする変更は初めて」(本文引用)。7面に関連で「『原発=安い』論に疑問符 事故処理に再エネ財源 中間貯蔵費膨らむ恐れ テロ対策も 見えぬ総費用」があり、(政府が)「法改正を目指す背景には、原発にかかるお金が今の仕組みでは賄えないほど膨らんできていることがある。安く電気をつくれることを理由とする政府の原発関連の立場に、疑問符がついている」(本文引用)。汚染土や放射性廃棄物を一時保管する中間貯蔵費用は、14年度から年250億円を出してきたが、事故処理費が2倍となり、中間貯蔵の費用も17年度から470億円に拡大。これら費用がさらに膨らむとして検討してきたのが、3面の記事にある電促勘定の収入を増やす対応策という。しかし、電促勘定は今後もんじゅ関連の費用も嵩んでくると指摘され、そのうえ「重要なベースロード電源」である原発の費用もかさむ一方で、事故処理費用はもとより、45年までに汚染土を県外に運び出す必要がある。さらに新規制基準によるテロ対策の費用は当初想定の2〜5倍。電力11社の安全対策費は計5兆円になる。その折も折、14面「社説」に「関電の経営陣 統治の根幹が問われる」という事態が浮上。「経営悪化の責任をとってカットしたはずの役員報酬を、会社がこっそり補填する。福井県高浜町の元助役(故人)から多額の金品を受け取り、追加納税することになった元役員らには、その分の穴埋めをする」(本文引用)。消費者は電気料金値上げ、関電従業員は給与や賞与を減らされる。勘違いしたらいけないのは、経営悪化の責任でカットした役員報酬と元助役からの贈賄による追加納税は別々の話。それぞれについて補填をしている。何があっても外面では殊勝顔をし、内々ではペロンと舌を出すという仕儀。それでなんだって? 原発事故処理の費用がかさむから・・・なにをしたいって? うーん、聞こえませんなあ。
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2020年03月11日

感覚なら感覚を研ぎ澄ますことの努力を

これまで福島県内で8回の環境放射線測定をやってきたと思う。かなり線量の高いところも測定した。そこで身近な人たちに何度か聞かれたのが「怖くないですか」ということ。反原発を主張する人たちなので、一瞬なにを問われたかよくわからず、おかしなことを言う人たちだと思いながら、「そこに生活している人がいるから」といった趣旨のことを返事していた。あとで思うと、ブログ主は聞いた人の気分を理解していなかった。彼らはまず放射能に対する自身の恐怖感を前提にしていたと思う。それゆえ、ブログ主の考え方が「放射能は怖くない」という前提に立っていると思い込んでいた可能性がある。なんにせよそこから先は会話が進まなかったので定かではないが、ブログ主の主観としては、彼らの放射能への感覚的受け止めには身近に迫るものへの忌避感があるのではないか、と推量した。外部被曝と内部被曝の違いも明確に捉えているかどうかも不明だった。だれか権威ある人が「あんたのところは大丈夫」と保証してくれたら安心して放射性物質が降下した田畑を耕し、線量が低くなったと胸をなでおろす。それでいいのかどうか。「そこに生活している人がいるから」とブログ主が主張するとき、「住んでいる人がいるから安心だ」と理解されたとしたら、たまったものではない。ブログ主の本意はそんなところにない。原発事故の影響が存在し続けているのに軽微なこととして「復興」を進める政府の目論見がどんなにまやかしか、確認するために測定は絶対に必要なのだ。さらに福島からの避難者がなぜ、避難先からあえて故郷へ戻っていくのか、その理由を知りたいと、切実に思っている。放射能より人の関係の方がつらい。そんなことがあるとしたら軽々に「避難すべきだ」などと言えない。言う前に、避難者たちが避難先で孤独と疎外に苦しむ状況をなんとかする必要がありはしないか。なんとかするには、まずそうなる原因を突き止めたい。学校でのいじめや地域での生きづらさを行政や教育現場の責任とするのもさりながら、ブログ主はこの社会に漂っている様々な事象に関わる「感覚的忌避感」の生まれる原因を、まず知りたいのだ。
個人的な放射線測定は、福島以外に関東圏や中部、関西などいろんな地方に及んでおり、安全と思い込んでいても意外に線量の高いところがいくつもみつかる。そこで思う。ガンマ線測定だけでなにが判断できるか。庶民の「感覚的忌避感」がガンマ線だけで払拭可能か。それはあり得ない。あり得ないけれど、主観が「不安」を雲散霧消させてしまう。ガンマ線の測定は本来、他の放射性核種の存在を傍証するに過ぎない。ガンマ線のホットスポットの周辺には、量の多少はあれ間違いなく他の放射性核種が存在しているはず。問題はそのことではないか。他の放射性核種の存在を推測させる指標と考え、それらが内部被曝にどんな現実的影響を与え得るか。本気で考えれば「自分のところは安心」などと高を括っていられるわけがない。以下の映像から考える。彼らがどんな線量の区域を通過しているか。そのためにどんな装備で臨んでいるか。彼らはプロであり、放射線と放射性物質の怖さを知り尽くしているはず。それを前提として考える。ブログ主を含むシロウトは、これをどう捉え、どう向き合うか、いろんなヒントを知ることができるが、安心・安全という視点からは得ることは少ない。なぜならこんな装備で日常的に生活することはできないから。これは新型コロナに対する庶民の心構えにも通じる。やみくもに忌避すれば感染者を忌避し、疎外することにつながる。一方で、今までの知見を総合して「こうしていれば十分」というのも、ウイルスは変異するものとの前提がなければ、変異後にいっそう強烈になったとき対応できない。放射性物質も時間とともに変化する。それが人体にどう影響するか、未知である場合がほとんどだ。さまざまな自然現象を前提として向き合うと同時に、自分を含む社会の影響も忘れないでいきたい。それがブログ主の個人的な立ち位置であり、放射能の恐怖に勝るが、被曝には細心の注意を払うのも当然の前提なのだ。
☆「福島第1原発3号機、内部調査映像を公開 規制委」YOUTUBE19年12月26日
https://www.youtube.com/watch?v=Xf7miUAgTiI
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2020年02月20日

恐れ方・向き合い方をしっかり確保する

3面に「3閣僚欠席 地元を優先 新型肺炎対策会合 与野党から批判」がある。緊張感の欠如は確かなこと。記事では「首相にも批判」(日経幹部らと会食した14日は)「対策本部に8分間出席」(SNSでは)「たったの8分間だけ出席。その後3時間の会食」「昨日も若手議員と会食、その前も公邸で会食」(本文引用)と指弾された。別に首相の味方をするのではないが、官邸内部の調整だろうか。対策本部会合の前にバタバタといろんな関係者と打ち合わせしている。コロナ関連ばかりではないだろうが、かなり長い時間である。じつはこれが彼にとっての重要な打ち合わせということじゃないのか。そして対策本部会合に出席。ようするに彼流の官邸主導。官僚を交えた会合は、官邸で決まったことを伝える上意下達の場と化しており、現場の状況とか防疫体制がどうとかいうのは、大雑把な報告を官邸で忖度高級官僚から聴取済み。ヒラメ官僚がご機嫌伺い的にいい加減な報告をしても、それでしっかり聞いたという形はできるから、責任はヒラメ官僚にあり、それ以上のことを聞いたり考えたりしたら、自分に責任がかかるから、取り急ぎ会合に出席。迅速に「指示」して「あとは任せたよ」で、自分の責任分担終了ってことになる。3閣僚が地元優先で欠席するのも、「上意下達の伝達会合だから、あえて出なくてもいいでしょ」という発想に陥ってるがゆえのこと。「余計なことを発言したら、かえって責任取らされてヤバイじゃん」てな思いがあるし、首相本人は「しっかりテレビ画像も撮らせたし、これで格好がついた。アリバイ成立、しめしめ」。テレビ以外に情報がない一般市民は「ありがたや、われらの首領(首相)さまは頑張っていただいてる」と伏し拝むの図。ダイヤモンド・プリンセス号の乗客たちは軽い説明を受けたのち、港から電車やタクシーなどで帰宅の途につく。国内感染が伝えられた人たちの感染経路の全容解明は、いまも不十分にしか進まない。他の国ではよほどしっかりと解明され、その全てのルートに渡って防疫体制がとられているというのにだ。
☆「会議時間は平均11・9分・・・あ然とする安倍首相の新型コロナ対策」女性自身2月18日
https://jisin.jp/domestic/1832596/
これを原発事故に当てはめる。彼流の官邸主導が生み出したコバンザメ閣僚と忖度官僚(あの原子力安全・保安院や原子力安全委員会の面々)と、東電から派遣された原発幹部が事態をゆるゆると報告し、首相もまた原発イノチとばかりに、いまより声高に原発推進、改憲を叫ぶの図。自衛隊員や消防隊員たちは過酷な現場へ投入され、原発が爆発したあとでも、ほとんど情報は発信されず、避難指示なんて出たかどうかも疑わしい。そして首相は、国会での議論から逃げまわり、さっそく海外へ原発売り込みに出発する。原発事故対策会議への出席も数分程度。テレビで「やってる」感アピールに勤しみ、御用学者も懸命に「大丈夫、あぶなくないよ」とわけのわからない解説を積み重ねる。当時のブログ主の原子力関連知識はすごく脆弱だったから、危機感もはなはだしく感覚的だった。ゆえに、アベ流の危機対応が全面展開されていたら、まちがいなく過剰な危機感を持たざるを得なくなっていたはず。一方、危機感をとるか安心をとるかの国民感情は、もっと激しく動揺していただろう。感覚的な危機感を継続して持ち続けるのはとても難しい。感覚的危機感は動揺し、拠り所を求めて迷走し、ときには感覚的安心感に傾斜せざるを得なくなる。放射能は感染症とは違う。しかし、感覚的忌避感は、伝染病と同列に置いて遠ざけようとしさえする。庶民の分断はこうして進んでいく。1面「クルーズ船」中見出し「『白い目で見られるのでは』不安」は、まさしく感覚的忌避感への誘導が、社会的流れとして常に存在していることを示す。横浜港からタクシーや電車で帰っていった乗客たちは、そんな視線にさらされる。2面「『心の底からこわい』『拡大、予想以上』」は、ともすれば感覚的忌避感覚から抜け出られない人たちの気分を逆なでする。政府の対策をしっかり把握し、根拠を持って向き合わないと、気分はいかようにでも利用され、「風評被害」なる不可思議な吹き溜まりに誘導されていく。プロパガンダのプロたちはそれをよく心得ており、ときに批判の立場をも丸呑みする。
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2020年02月12日

経験を積み上げない運動を繰り返すな

このごろ思うこと。震災がれきの処理も、除染土の再利用の問題も、トリチウム汚染水の海洋放出も、なにかしら福島を外から眺める視点にからめとられ、基本的に何を押さえておかなければいけないかの視点が希薄になっているような気がしてならない。震災がれきの広域処理は、放射性物質や有害重金属などの含有が危惧され、全国各地で反対運動が起こり、受け入れた地域は少数だった。東京都などは受け入れたけれどかなり乱暴に扱い、それじゃあ汚染の拡散じゃないか、とブログ主も思ったものだ。残った多くのがれきは現地で焼却処分されたが、各地で発生した受け入れ反対運動は、そのことには積極的に動かなかった。関連で、各地の生活廃棄物の焼却で出てきた放射性物質を含む焼却灰の処理処分は、自らのところで発生したものが他県の処分場に持ち込まれても、それに反対する声は持ち出した自治体において大きな声にならなかった。ブログ主は何度か「これをどうするか考えよう」と提起したが、ほぼ黙殺された。除染土の再利用も同じ運命になろうとしている。全国的に農地に漉き込む方針が提起されているが、反対運動が起こるとしても、はたして「それではどうするか」の考え方はどれだけ育つか。電力会社の敷地や原発施設内に保管すべき、という程度の主張が関の山か。がれきも焼却灰処分も、除染土の漉き込みも、被災県などワリを食うところに押し付けられ、うやむやになる。今からでも遅くはない、それは運動の負の部分として直視すべきではないかとブログ主は思う。自分のところさえ安心なら、被災県のことは黙殺するという視点を拭おう。自らの場所で低濃度の放射能汚染があったのに「安全範囲」とのお墨付きを得て、どんどん漉き込んでいったことを思い返そう。生活廃棄物や汚水処理の過程で出た脱水汚泥の放射能汚染についても、高温焼却炉でガラス化することによって環境中への放射性物質漏出がなくなったと勘違いしたことを自問しよう。他県で処分されている放射能汚染焼却灰はどうすべきか。そしていま、トリチウムの海洋放出をどうするか。いまはまだ焦眉の問題となっていないが、もしこれを福島県下だけではなく、他県の沿岸からも放出すると決まったらどうするか。山間部は影響がないとして、あまり関心は広がらないか。その一方で、辺野古新基地の問題にはそれなりに身を乗り出す。この依存体質がしっくりこない。違和感が止まらない。
がれきは現地にとどめて、海岸線の堤防内に厳重保管庫を設置するとか、完全密閉コンテナを作って、処理処分の方法がみつかるまで全国各自治体が安全に保管するなどの方法はなかったか。各県の処分場に投棄した焼却灰も回収し、自分のところで保管する方法を考えられなかったか。電力会社が責任をもって保管するように、運動を全国化できなかったか。高温焼却炉の使用で大気中や冷却排水に紛れて環境に漏出した放射性物質を、意識して食い止めることはできなかったか。疑問は募る。トリチウム汚染水の問題を問うカギはもっと具体的に考えることができる。発災当初からあった議論を思い出したい。石棺化は多くの識者が主張していた。鉄の矢板と粘土投入による遮水壁建設も民主党政権下で案が浮上していたが、官僚の「民間企業の不祥事に使える予算枠はない」という主張と、東電が6月にある株主総会で株主たちの了承を得られないとする反対に遭い、挫折している。汚染水の問題の出発点はそこにあるが、いまは気がつくものもおらず、凍土遮水壁はいまだ地下水の流入を止められない。凍土遮水壁の国家予算の名目は「研究・開発」費で、所管は「もんじゅ」と同じ文科省。石棺化しても、凍土壁がある限りトリチウムの問題は残る。そのことを指摘しないまま「石棺化」を主張しても、「穴の空いた鍋を使おう」と言うに等しい。9年の歳月が経過して、反原発の運動にもほころびが見え始めているのではないか。年月は風化をもたらすものだが、自分まで風化されてはたまらない。本日の我が家購読紙23面に「東京学芸大学入試問題から原発問題を考える」があって、そんなことを考えた朝。理屈がだんだん通らなくなっていき、先祖返りして経験を積み上げられない悲劇を避けたい。
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