2019年05月21日

統計不正処理追求、国会論戦はどうなったか

最近の我が家購読紙には3つの傾向がある。「骨っぽい紙面」「ふにゃふにゃ紙面」「両者が分け合う紙面」。日毎に入れ替わっているようだ。「骨っぽい紙面」では、骨っぽさが紙面全体を覆い、中身の紹介すら書けない日があるほど。適度な配分であってほしい。同時に、掘り下げの深い記事にしてほしいと願う。「ふにゃふにゃ紙面」は論外で読むに値しない。「両者が分け合う紙面」は、骨っぽさが削られているようで、なにやら痛々しい。「社内で複雑な葛藤があるのだろうか」とか「アベトモお食事会の腐れ縁が浸透しているのか」と邪推することもある。今日の1面トップは「災害多発 増す保険負担 支払額過去最高1・6兆円 火災保険46%値上げも」と、左側に細長く「GDP年率2・1%増 1〜3月期輸入の落ち込み影響」の配置。そのバランスを考慮したか、2面「陰る内需 視界不良 GDP年率2・1%増1〜3月期 中国減速 設備投資鈍る 個人消費にじむ生活防衛」「消費増税 政府には安心材料■月例報告焦点に」。さらに3面「長期政権の磁界」に「福島の復興 見栄え優先 首相、防護服着ず廃炉視察 統計から外される避難者」「元徴用工問題 日本、仲裁を要請 日韓請求権協定 韓国応じる気配なし 解釈論争再燃懸念か」がある。
GDPについては、今年1〜3月期が年率換算2・1%増。おおかたの予想をひっくり返すような伸びを示し、「専門家から『内容は数字ほど良くない』との指摘が相次ぎ」(2面本文引用)出ているという。輸出も減っているが輸入が大幅に減ったので差し引き相対的に輸出増に見えるだけ、と指摘している。ようするに収入が減ったけれど、支出はもっと減ったので手元に残るお金が増えたように見えるだけ、ということか。中見出しの「個人消費にじむ生活防衛」と同じ傾向が全体に反映されていると理解した。小売大手の広報担当者は、庶民の生活防衛意識の増加を実感しているという。「消費増税を控える政府にとってGDPが2期連続でプラス成長となったことは安心材料」(本文引用)とあり、さすが内閣府の発表だね、と感心する。民間の専門家は、続く4〜6月のGDPをマイナス成長と予測する。「輸出がなかなか戻らず、輸入は1〜3月期の反動でプラスに触れるだろうから、外需がマイナスになる可能性が高い。設備投資も小幅なマイナスが続き、日本経済は低空飛行を続けるのではないか」(本文引用)。24日に政府が公表する月間経済報告はどうなるか、見ものである。
ハリボテ政府の実態を示すのは経済統計などの抽象的次元でなく、現実世界でより色濃いものになっている。3面「福島の復興 見栄え優先」では、防護服とマスクをつけない、スーツ姿の首相について書く。1ヶ月前1〜3号機から100メートル、海抜35メートルの高台で事故原発の現状を視察する姿は、現場の安全性の高まりをアピールするのに格好の材料となった。「首相は『防護服に身を固めることなく、スーツ姿で見られるようになった。着実に廃炉作業も進んでいる』『5年前に視察した時は防護服に身を固めた。今回はスーツ姿で視察ができた』」「首相周辺は防護服やマスクをつけない姿をメディアに取り上げさせることで見栄えを良くし、『復興の進み具合をアピールすること』を狙ったと認める」「1〜3号機周辺の屋外で、防護服を着ないことが許されるのはバスの車内と視察用の高台だけで、高台視察はわずか6分ほど。高台の放射線量は毎時100マイクロシーベルト超と高く、長居は許されない」(本文引用)。見栄え優先の「復興」を強調する姿勢が隠すのは事故現場ばかりではない。記事は「統計から外される避難者」の姿があることに注目。実際の避難者数を低く見積もり、1年前に首相は国会で「避難指示が進んだことで、『避難者の数もピーク時の3分の1。復興は着実に前進している』と語った」(本文引用)。しかし、統計から外れた避難者の存在が隠しようもない。避難者を統計的に減らして表面で取り繕う姿勢は、この政権の悪質さを鮮明にする。熊本地震の被災者を仮設住宅から追い出そうとするのにも、同様の意図を感じる。恣意的統計が、生身の人間を現実世界から排除していく!
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2019年05月13日

熱核融合炉の可能性について

15面に「科学の窓 核融合炉研究の途上」がある。ITERと名付けられた実験炉で、直径30メートル、総重量2万3千トン。当初18年完成を目指していたが、いまは25年に先延ばしされている。「核融合反応は、燃料を入れ続けなければ反応が止まるなど核分裂とは原理が異なり、安全性にも優れるとされる。核融合で生じる中性子が炉の壁にぶつかって反応し、炉内に放射性廃棄物がたまる問題はあるが、二酸化炭素を排出せず、環境問題とエネルギー問題を解決する『夢のエネルギー』として期待され」「ITERでは稼働させるために投入したエネルギーの10倍を取り出すことをめざすが、そもそも膨大なエネルギーに耐える炉の金属材料などが欠かせず、技術革新が必要になる」「日欧で共同開発する(略)『JTー60SA』が来年3月に組み立てを終え、発生させたプラズマを100秒ほど持続させ、成果をITERに反映する」(本文引用)とある。日本では1950年代から研究開発が続けられてきており、実用炉は今世紀半ばが目標という。つまり100年を超える壮大な計画が進行中というわけだ。1950年代といえば、核兵器が実用化されてまだ間もない頃。そのときすでに研究が始まっているということは、もしや核分裂による方法の問題点が、専門的にはすでに語られていたということなのだろうか、と勘ぐりたくなる。
シロウトにはわからないことだらけである。「核融合反応は燃料を入れ続けなければ反応が止まる」というが、どのくらいで止まるのだろう。膨大な熱が発生しているから、完全停止時間の長短によって、燃料閉じ込め用の磁場が止まった後、コントロールを失ったプラズマが暴走するようなことはないだろうか。また、以下のような古い記事もある。ゆっくり進む研究であるだけに、まだそれほど古びた見解にはなっていないと思う。「超電導磁石で作り出した磁場によって水素同位体を保持し、1億5000万℃の高温に加熱する」(本文引用)とあるが、どの部分の設定温度なのかわからない。たぶんプラズマを作り出す過程じゃないかと思うが、炉内の核融合熱も含めてこの高温は装置を止めてすぐ安全域に達し、炉の安全を保てるのだろうか。「この点火はほんの序の口にすぎない。研究者の間では、核融合発電所の建設と運転は,核融合の火の玉を作り出すという物理的課題よりもずっと困難だろうという認識が広がりつつある。実用的な核融合炉を作るには,何百万度もの高温に何年間も連続して耐えられる材料が必要になる。しかも、高エネルギーの核子が常に衝突するので、通常の材料は脆くなるし放射能を帯びてしまう。さらに、一部の核融合燃料を複雑な増殖プロセスによって生産する必要もある。テキサス大学オースティン校にある核融合研究所の所長ヘイゼルタイン(略)は『これまでの考え方は、「確かに難しい問題はあるが、いずれ解決はつくだろうから、まずは核融合反応そのものに集中しよう」というものだった』という。『それは間違いだったかもしれない』」(本文引用)
たしかに「間違いだったかもしれない」との可能性を否定できない。ITERで発生する放射性廃棄物は最大で2万3千トン。発電装置を含む施設になると、さらに莫大な放射性廃棄物が生じる。場合によったら核分裂炉に勝るとも劣らない廃棄物が、宴のあとに残される可能性がある。「核融合で生じる中性子が炉の壁にぶつかって反応し、炉内に放射性廃棄物がたまる問題」というが、反応の全体像がみえてこない。「炉内にたまる」程度の問題なのかどうか。じつは「炉が損傷」するということではないのか。疑問は尽きない。核融合炉は現状でトカマク型が主流だが、ほかにヘリカル型やレーザー核融合型の研究も進行中という。我が家購読紙に戻ると、「日本政府の工程表では、35年ごろに原型炉を(略)判断」「今世紀半ばに実用化」とあるが、全体の進行状況を見ると、この工程表も現実味を感じられるほどのものではない。そこまでしてしがみつくべきものかどうか・・・。
☆「核融合炉は本当に可能か?」日経サイエンス2010年6月号
http://www.nikkei-science.com/page/magazine/1006/201006_102.html
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2019年05月10日

微妙に浸透する誘導のワナ

1面トップに「東京五輪チケット はや熱狂 初日からアクセス集中 18万人待ちも」の記事。そのすぐ下に分量がかなり劣る「福島第一排気筒 20日から解体へ 事故後『ベント』に使用」がある。思ったのはこの二つの記事が同じ分量だったらどうなるか。または、位置関係も分量も真逆だったらどうなるか、ということ。五輪は心を浮き立たせる。福島第一排気筒は心に波風を生じさせる。質は違えど重要性において両者に差はなく、より重く受け止めるべきは、こうした陰と陽が激しく並び立っている現状への認識ではないか。その意味で両者は、少なくとも現代を明確に語りつくすために並び立たせるべき記事ではなかったか。自分の熱狂を求める気分の隣に、こんなに恐ろしい現実がぱっくりと大きな口を開けており、熱狂しようと心はやる自分をじっと覗き込んでいる。おそらく覗き込まれた多くの心は瞬時に怯み、福島第一排気筒が解体に失敗して全長120メートルの筒体が轟音とともに地上に落下する幻想を見たことだろう。そして、見るも無惨な光景が脳裏をよぎる瞬間、心は自分を守るために五輪チケットの熱狂を選び、福島第一排気筒の忌まわしい姿を消去してしまう。そんな心理を誘導する操作が、この記事の並び方にじわり見えがくれしたように思った。1面に両記事が並び立つスペースがないのなら、いっそのこと福島第一排気筒の記事は1面左に押し込め、2面にその詳報をたっぷり掲載すべきだった。マンション記事はどこか他の面で扱われるべきだった。それでこそ原発事故現場で危険な作業を続けているのは、遠くで浮かれている自分の分身なのだと密かに知るきっかけとなったことは間違いない。記事の並べ方で新聞の視点が大きく変化する。そんなことを感じ、報道の弱々しい現状を思わせる紙面の配置に、初っ端から失望を禁じ得なかった今朝の新聞論調だった。
同様に3面の二つの記事「米中攻防 残された難題 知財保護 補助金 市場開放」中見出し「譲らぬ米強硬派」「先端技術巡り危機感」「IT領域歩み寄れず」と「北朝鮮、また飛翔体発射 ミサイルか 日本海へ2発」の関係にも微妙さがつきまとうのを感じた。米中通商交渉は9日開始。米による追加関税は10日に発動。この関係が意味することはなにか。中国は「必要な報復」を示唆し、トランプ米大統領は「『年に1千億ドル以上の関税が入るのが楽しみだ!』とツイート」「追加関税は、大半の商品に実際に適用されるまで数週間かかる」「中国側の譲歩を引き出す交渉材料になる可能性も」(本文引用)とあるように、これはトランプ流の綱渡りだろう。それがただの「綱渡り」ならいいが、米大統領という彼の立場からすれば世界経済に与える影響はディールの範囲を超え、とんでもない結果をもたらす可能性を否定できない。現に日本の輸出産業が大きく中国に依存している現状では、日米通商交渉も含めて、かなりの困難を予感させる。その困難な状況下に、「北朝鮮、また飛翔体発射」の記事がある。少し前なら官邸は「北の挑発だ」「ミサイル発射だ」「さらなる制裁を」とがなり立てるところだが、いまは、誰が見ても弱腰外交でしかない対応に終始している。6者協議で日本だけが蚊帳の外に置かれ、対中、対ロ、対韓ともに話が通じず、まさか米との蜜月もただの過剰な国内向けの演出かと見紛うばかりの現状。外交全般どこを向いても成果がない。そんなどん詰まりに陥って、いまさら彼らしくない妥協を余儀なくされているのを、北はすでに見越しているのではないか。3面に並ぶ二つの記事は、日本にとって最重要であるはずが、それをほとんど匂わせない。そして10面「社説」の「イラン核合意 存続目指す国際協調を」の記事は、中東の核拡散を防ぐはずの米が逆に危機を煽っている構図を描いてみせる一方、論調は北朝鮮関連の記事と微妙に遠い距離を置いている。トランプとの蜜月を誇る日本であるなら、ここでも「外交巧者」の実力を発揮すべきところ、なんの打つ手も持てていないオソマツは書かれないまま。そんななか、この国の民は考える主体である自分を放棄して、いったいなにを頼りに気分を浮き立たせているのだろう。不思議国日本の惨状が音高く進む!
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2019年05月07日

今日が休刊日だったというオソマツ

昨日は休刊日と思い込んでいて、新聞受けなんか覗かなかったので、起床して新聞を取りに行ったら昨日のが夜露にしおれて入ったままになっている。というわけで本日は昨日の5面「社説」の「東海第2原発『茨城方式』が問われる」にまず注目。日本原電が地元6市村と安全協定を結んだのは去年。協定は「事前協議で実質的に事前了解を得る」と定めるが、6市村すべての同意については、原電と地元とで食い違いがある。地元は6市村の納得が必要とし、原電側はあいまいな態度でいる、とこれはすでに周知の事実。「茨城方式」が実現したとき、「これは画期的だ」とブログ主も思ったものだった。茨城県には原発のみならず、さまざまな原子力関連施設が集中している。いろいろと問題を起こす高エネルギー加速器研究機構や日本原子力研究開発機構などの諸施設が動いており、大強度陽子加速器施設(J−PARC)では、放射性同位体漏洩事故が2013年に発生。大騒ぎになったが、確かすぐそばを国道だったかが走っていたと記憶する。大洗研究所の燃料研究棟では2017年に核燃料貯蔵容器の点検中に職員が内部被曝する事故も発生。燃料研究棟は政府が核燃サイクル維持のために進めたがっている高速炉用の新型燃料を研究している。ウィキの「日本原子力研究開発機構」の「研究開発部門」をみると、重要な研究施設が多くあり、いくつかでは杜撰な施設運営がみつかってしばしば注目されている。諸施設のそばには保育園や学校もある。原電とは別施設が多いのだろうが、さまざまな施設が住民生活とごちゃごちゃ混ざり合いながら存在している。いまでも住民の不安は大きく、ここで6市村が大幅譲歩したら、不安が不満になって爆発するだろう。原電も6市村も腹をくくってかからないと、将来に禍根を残すことになる。
「県内市町村の半数以上で、議会が再稼働に反対する趣旨の意見書などを可決した。30キロ圏内の人口は全国の原発で最多の94万人」「市町村の避難計画づくりは難航している。県も独自に安全性の検証作業を続けている」(本文引用)。そんななか、原電は「住民説明会を始め」「原子力規制委員会の審査結果や、新規制基準に対応する安全対策工事について説明し、理解を広げる」「原電は今後、安全対策工事を本格化させる構えだ。再稼働に向けて既成事実を積み重ねるような姿勢は、地元に対し不誠実だと言わざるを得ない」「1740億円と見込まれる費用を、経営難の原電は自力で調達できず、株主の東京電力などに支援してもらう方針だ」「東電には、とりわけ重い説明責任がある。地元同意を得られなければ、この巨額の資金は無駄になる。その場合、関係各社の経営陣は、結果責任を厳しく問われることも忘れてはならない」(本文引用)。それにしても、なんで廃炉にかかるいろんな作業で杜撰な管理運営が起きやすいのか、わけがわからない。電力会社の頭が「再稼働による経常利益」にしかないせいか。「儲け優先、損失後回し」という経営陣の石頭を切り替えないと、いつかこの国はとんでもないことになるのにな。
同面「声」欄に「平成から令和へ 熱狂に違和感」という投書があった。そういえばどこかで100人ほどが提灯行列をやったという記事を読んだっけ。なにを血迷ったのか、というべきか。提灯行列は大日本帝国憲法発布や戦争勝利を祝う時などに行われた。それが意識されているのは確かだろう。関連で以下の記事をみつけた。「宮内庁は当初、平成の代替わりに倣い、10月22日の『即位礼正殿の儀』の後に行う計画だった。官邸サイドが方針転換し、押し切られる形で10連休中の前倒しが決まったという。夏の参院選を控え、代替わりの成功を政権浮揚に結びつけようという官邸の思惑が透ける。『皇室の政治利用と言われてもおかしくない』―宮内庁サイドからそんな声が上がるのも、もっともだと言わざるを得ない」「このところ内政も外交も手詰まり感があったにも関わらず、内閣支持率は大きく上昇」(本文引用)。天皇に制限を加えるが、天皇を政治利用するのに歯止めをかけない、というのは天皇を傀儡化する行為にほなからない。天皇制を主張しつつこれを問題視しない論理矛盾!
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2019年04月26日

あちらの内部はけっこう揺れている

24日の新聞に「消えた『石炭火力全廃』 温暖化対策 有識者懇の提言」中見出し「座長案に産業界が反発」「『秘密』会合2度 議事録も作らず」があり、隣に「長期戦略案 政府が公表」が並ぶ。これは20日当ブログで書いた「温暖化の対策案『原発推進』鮮明 政府、国連に提出へ」の関連記事で、表現に微妙なズレがある。20日新聞記事では、「原発は『実用段階にある脱炭素化の選択肢』とし、安全性・経済性・機動性に優れた炉を追求するとの目標」を掲げ、これを軸に長期戦略案を確定し、国連へ提出すると書かれていた。また、有識者懇提言は「原発について省エネルギーや再生可能エネルギー、水素などとともに技術的な選択肢のひとつとし、『安全確保を大前提とした原子力の活用について議論が必要』だとして、推進までは踏み込んでいなかった」とあるのを「長期戦略案では『原発を二酸化炭素大幅削減に貢献する主要な革新技術の一つとして取り上げ、「可能な限り原発依存度を低減する」としつつも、「安全確保を大前提に、原子力の利用を安定的に進めていく」』」「23日に公表し、国民から意見を募った上で6月に大阪である主要20カ国・地域首脳会談(略)までの正式決定をめざす」と書かれていた。つまり、有識者懇の結論よりかなり後退した印象だったが、24日新聞記事「長期戦略案 政府が公表」には、「国連に提出」の記述がない。「原発は『実用段階にある脱炭素化の選択肢』と位置づけ、安全性・経済性・機動性に優れた炉を追求するとし、原発推進の姿勢を鮮明にした」(本文引用)とあるだけで、「G20までの正式決定をめざす」と書かれているが、「国連」と「国民から意見を募る」の文字はない。
24日の記事は、座長案に示されていた「石炭火力全廃」が産業界の委員の発言で消されたことが主題である。提言をまとめた「パリ協定長期戦略懇談会」は首相の指示で設置された組織で、「石炭火力」について座長案は「長期的に全廃」「今後、原則として、公的資金の投入、公的支援は行わない」(本文引用)とあったのを、中西経団連会長が「世界で石炭火力が引き続き受容されている」(本文引用)として反対。日本製鉄やトヨタなどの会長が中西意見に続いたため、後退した文言に収まったという。一方で原発について座長案は、「『気候変動対策としても重要かつ現実的な選択肢』『脱炭素時代のネネルギーミクスにおいて不可欠な構成要素』と位置づけ、推進する表現を盛り込んでいた」(本文引用)とある。これは環境ジャーナリストや河野太郎の意を受けた外務省から異論があって、「可能な限り依存度を低減しつつも、安全性確保を大前提とした活用についての議論が必要」(本文引用)に落ち着いたようだ。この部分に「国民から意見を」との意図が滲んでいるのだろうか。
石炭火力については4月12日当ブログ「時代が大きくうねっているときに」で同日紙面に触れ、「『石炭火力への融資半減へ 三菱UFJ 新設には融資せず』があり、メガバンク三菱UFJが30年度までに石炭火力への融資残高を最大半減するという。思い出すのは昨年の記事だ。『地球温暖化への悪影響が指摘される石炭火力発電への投融資を厳しくする動きが、大手銀行の間で出始めた。海外を中心に高まる石炭火力への批判へ配慮を迫られた格好だ。ただ、日本政府は石炭火力を推進しており、大幅な方針転換は簡単ではない』『3メガバンクグループは、この新指針を今後も定期的に見直し、さらなる厳格化も検討する』」と紹介。これらを見ると、産業界が石炭火力推進を諦めていない一方、3メガバンクはすでに距離を置き始めているのが見て取れる。3メガバンクはこのほか4月4日「地銀の危機でいよいよ独禁法をいじくる」で書いたように、3メガ+日本政策投資銀行が東芝メモリに計1兆3千億円を融資すると報道されたばかり。経済界内部にもズレが見えるというべきか。政治への影響が強まり、それは黒田日銀にも影を落としている。本日7面「動けぬ日銀、苦肉の策『大規模緩和 20年春頃までには』」があり、輸出産業への打撃が懸念される。中西会長の暴走の背景はこのあたりにあるのかな。
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2019年04月25日

責任転嫁は上下前後左右の全方位に向かう

1面「天声人語」が坂口安吾の言葉に託して思いの丈を綴る。「敗戦の年の夏のことを、作家の坂口安吾が苦々しく書いている。『国民は泣いて、ほかならぬ陛下の命令だから、忍びがたいけれども忍んで負けよう、と言う。噓をつけ!嘘をつけ!嘘をつけ!』。我ら国民は戦争をやめたくて仕方がなかったではないか」「日本人のそんな振るまいを安吾は、『歴史的大欺瞞』と呼んだ。死にたくない、戦争が終わって欲しいと切に欲していたのに、自分たちでは何も言えず、権威の行動と価値観に身を委ねる。自らを欺く行為に等しいと、安吾には映った」(本文引用)とある。「死にたくない、戦争が終わって欲しいと切に欲していた」とあるが、若干疑問に思う。「切に欲する」気持ちを封印して、主観的感覚の外へ放り出しひたすら空襲下を逃げ回っていたのではなかったか。せいぜい「死にたくない、『空襲』が終わって欲しい」と切に願っていたかもしれない。だからこそ「戦争が終わり死ななくて済んだ」と自覚したとき、一種の放心状態に陥り、「生き延びたことに安堵して」戦後を生き始めたのではなかったか。などと斜め見の感想を持ち、そのあとの記述で「力がこもってるなあ」と、ちょい感心した。天皇観が大きく変わったはずの現代にもかかわらず、精神構造は同じ感覚を引きずっていないか、とあるのだ。さらに、天皇の「象徴としての務め」は加害の歴史を忘れない平和憲法を体現する道、と評価しつつ、それは天皇という権威が担えば済むものではないのに、国民は「おまかせ民主主義」に陥っていないか、と問い、「世襲に由来する権威をなんとなくありがたがり、時によりどころにする。そんな姿勢を少しずつ変えていく時期が、きているのでは」(本文引用)と、ラストで締める。限界ある商業紙としてはなかなかな書きっぷりだと思った。
1面には「テロ対策遅れ 原発停止へ 規制委方針 期限延長認めず」という記事も。たしか伊方原発で米軍航空機が原発上空をかすめて墜落したことがあったと思い、探して以下の記事を見つけた。写真入りでわかりやすい。「伊方原発上空を飛行していた米海兵隊ヘリが、同原発から800メートル先に墜落するという事故」「機体は強い衝撃で跳ね返り、山頂を越えて南側斜面を200メートルほどずりおちて大破。乗組員7人は全員死亡」「機体が跳ね返らなかったら、原発敷地内に落ちて大惨事になっていた」(本文引用)とあり、伊方原発上空を通過して送電鉄塔群のすぐそばで山腹に衝突してバウンドし、墜落した様子が示されている。この記事を紹介した「アシュラ」の記事では、さらにいくつもの報道が引用されている。伊方については「航空機にとっては800メートルなど目と鼻の先、まさに危機一髪」「加圧水型よりも頑強だといわれる沸騰水型原発の建屋だが、福島第一原発の爆発でボロボロになり、無様な姿を晒した。最上階はクレーンが移動するため柱が立てられないし、崩落したら原子炉や燃料プールを直撃するので、屋根は厚くできない。ペラペラである。航空機の墜落にはとても耐えられないことは明らかである。伊方のような加圧水型原発はさらに脆弱で、航空機が墜落したらひとたまりもない。東京新聞によると、原発上空は飛行禁止という合意があるにもかかわらず、米軍機は無視して飛んでおり、地元民を不安と恐怖に陥れている」(本文引用)。その伊方で3号機が稼働中。しかもテロ対策施設がまだ設置されていないという。「天声人語」に戻ると、「権威に任せとけばなんとかしてくれる」というのは庶民の専売特許ではなく、国全体に蔓延しているものだと知る。最上位に最終責任転嫁装置たる「天皇元首制」を復活させようとしているのが、この国の宿痾の根源を思わせる。
☆「伊方原発上空飛ぶ危険 オスプレイ 普天間〜岩国間で訓練 88年 間近に米ヘリ墜落」しんぶん赤旗2012年7月22日
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-07-22/2012072201_01_1.html
☆「航空機墜落の恐怖 危機一髪だった伊方原発 六ヶ所村は三沢基地からわずか30キロ」アシュラ2014年12月21日
http://www.asyura2.com/14/genpatu41/msg/448.html
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2019年04月23日

世界に向けて「ご飯論法」かい?

1面に「政府、WTO判断を誇張説明 『日本産食品は科学的に安全』記載なし 『韓国の安全基準クリア』認定取り消し」の記事があるが、なんともわかりにくい。これを理解しようとする人はどれくらいいるだろう。また、理解できる人はどれくらいいるだろう。「韓国による東京電力福島第一原発事故の被災地などからの水産物の全面禁輸を事実上容認した世界貿易機関(略)の判断をめぐり、政府が第一審の判断を根拠に説明している『日本産食品の科学的安全性は認められた』との記載が第一審の判決文にある報告書にはないことがわかった」(本文引用)。なんのことかよくわからない。菅氏は記者会見で「敗訴ではない」と強調。その根拠は(第二審は「日本産食品の安全」に触れていないので)「日本産食品は科学的に安全であり、韓国の安全基準を十分クリアするとの一審の事実認定は維持されている」(本文引用)というのだが、その周辺の説明が回りくどく完全に意味不明。7面「WTO『敗訴』原因と影響」にある論評「科学的根拠 立証避けて裏目」を読んですこし納得した。「今回の紛争の本質は、韓国の輸入禁止処置に科学的な根拠があるのかどうかだ。日本はこの『本丸』を正攻法で立証せずに脇から攻め、裏目に出た印象だ」「WTOの国際ルール『SPS協定』は、2条の2で、各国の輸入規制は『科学的な原則に基づいてとること』を求めている。日本はこの条文では訴えず、『同一または同様の条件下にある国の恣意的または不当な差別』(2条の3)と、『必要以上に貿易制限をしてはならない』(5条の6)で韓国を訴えた」「日本が2条の2違反を主張しなかったのは、立証が難しいと考えたからだろう」「『王道』の議論を避けた時点で勝ち目はなかったと思う」(本文引用)とあり、ブログ主の無い知恵絞った解釈は、「日本政府は訴えるとき『科学的な原則』を故意にはずしたから、それについてWTO上級審は判断しなかっただけ。したがって、書いてないからといって『日本産食品は科学的に安全』という政府の釈明は成り立たない。これはいつもの『ご飯論法』の言い回しだ」というもの。
国際的な論議で「ご飯論法」ってのは、まったくいただけない。もうひとりの「国際経済法の専門家」は「法律論としては、今回は『引き分け』との評価が一番妥当だ。ただ、重要な日本の主張が退けられた観点では、日本の事実上の敗訴といえる。今後、原発の事故を理由に日本産食品に輸入規制をかけている23カ国・地域と、日本が規制撤廃を交渉していく上で、痛いつまずきとなった」「日本は今回の判断を契機に、WTO改革を主導していく役割を果たしてほしい」(本文引用)とある。解説には、日本が15年8月に提訴し、第一審で「不当な差別」として韓国に是正勧告。第二審上級委員会が「検討不十分」として破棄。WTOの紛争処理は二審制なのでこれで確定、と書かれている。「科学的根拠」を避けて「勝てる」と判断したのが間違いだったというが、ここで感じるのは、日本が「科学的根拠による主張に自信がなかった」のではないか、ということ。「国際的に自信がなくても、国内的には避難指示解除を強行して『箱としての地域再生』を強引に進め、人をその目的のために『箱』に配置する」という転倒した「復興」施策が根底にあって、「科学的根拠」の主張が不利になると判断したのではないか、などなど。
4月10日の当ブログ「意図せずに自分に仕掛ける自縛の罠」で書いた「人間の復興を考えずに、事故前にあった人間を入れる箱を整備し、『入れ物ができたから帰還せよ』」という国家の視点が国内向けにはあれこれの策を弄して通用しても、国際的に否定されるリスクを見越したら、「科学的根拠」で敗訴するわけにはいかなかったということがあるのではないか、などと勘ぐる次第。いつまでもこんな姑息なことをやっていたら、国民があからさまな矛盾に気づいていつかとんでもないことが起こり、国際的にもさらに孤立を深めていくことになるんじゃないか。そんな気がした今日の報道・・・。
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2019年04月20日

新規制基準もクリアできないクセに

3面「温暖化の対策案『原発推進』鮮明 政府、国連に提出へ」にびっくり。福島第一原発事故の惨状に直面した各国は、恐れおののきながら事態の推移を見守っていた。その当事国がここまでおおっぴらに原発推進を公言する。「バカじゃないの?」と首をかしげているだろう。「地球温暖化対策の国際ルール『パリ協定』に基づき、政府が国連に提出する長期戦略案」「原発は『実用段階にある脱炭素化の選択肢』とし、安全性・経済性・機動性に優れた炉を追求するとの目標」(本文引用)を掲げるとある。COP21で50年までに温室効果ガス削減の数値目標を各国が出すという提案に対し、日本は抵抗して「数値目標」ではなく「努力目標」に強引に格下げさせた経緯があったと記憶する。「努力目標だから、達成しなくてもいいもんね」なんてはしゃいでいたのもつかの間、たちまち世界から袋叩きにあい、COP22、23と存在感を薄くしていった経緯を忘れたのだろうか。2017年12月4日当ブログ「原子力からの脱出なら温暖化でも寒冷化でも」にあらましを書いているが、当初は最新型石炭火力に露命を繋ぐつもりであったのがそれも各国からの批判を受けて頓挫。ブログは新聞から引用し「高効率を理由に石炭火力発電の輸出を図る日本は、批判にさらされている。『前世紀の技術でしょう』。パリ協定の取りまとめ役だった前条約事務局長のクリスティアナ・フィゲレス氏の厳しい指摘に、日本からCOP23に参加した企業関係者は凍りついた。政府が自国の石炭技術の高さを説明したときだった」「日本気候リーダーズ・パートナーシップ代表代行の加藤茂夫氏は『このままでは、世界から取り残されてしまう危機感を持った』と話す」と書いた。当時の状況はすでに末期的で、ヨーロッパの実情を知った大手輸出企業の社員たちは、あまりの孤立感に涙したとの記事を読んだ記憶がある。
気になるのは2日の政府の有識者懇談会の提言で「原発について省エネルギーや再生可能エネルギー、水素などとともに技術的な選択肢の一つとし、『安全確保を大前提とした原子力の活用について議論が必要』だとして、推進までは踏み込んでいなかった」(本文引用)とある。一方の国連へ提出する長期戦略案では「原発を二酸化炭素大幅削減に貢献する主要な革新技術の一つとして取り上げ、『可能な限り原発依存度を低減する』としつつも、『安全確保を大前提に、原子力の利用を安定的に進めていく』」(本文引用)としていること。有識者懇談会と国連提出案には、若干の隙間が存在するといえるだろうか。「23日に公表し、国民から意見を募った上で6月に大阪である主要20カ国・地域首脳会談(G20サミット)までの正式決定をめざす」(本文引用)とあるように、これが中西経団連会長の「国民的議論」提言に対する政府の考え方だとしたら、経済界の不満が解消するとは言いがたい。隙間拡大を試みる余地が仄見える気がするのは、ブログ主の甘すぎる観測か。「どうせ原子力村の内部事情」などと達観していても事態は前に進まない。というより、後戻りを阻止できない。多少なりとも可能性を見出して隙間をつつくということもあっていいはずと思う。
12面「社説」に「原発テロ対策 期限延長はありえない」がある。この報道は他紙ではすでに散見されていたが、なかなか我が家購読紙には出てこなかった。「なぜかなあ」と思いつつ読むと、「再稼働した原発を持つ関西、九州、四国の電力3社がそろって、『原発のテロ対策施設を期限内に完成できない』との見通しを示した」「3社は今回、6原発12基について、テロ対策施設の設置期限を1年〜2年半ほど超えてしまうと規制委に説明した。工事が大規模で難易度も高いため遅れているという」(本文引用)が、規制委では「見通しが甘い」「延期はありえない」との意見が出ている。記事は、新規制基準のクリアが再稼働に必要なお墨付きである以上、できない原発はいったん止めるべしとし、「暴走し始めると手がつけられなくなる設備を動かしている」(本文引用)そのことを肝に銘じるべき、と主張する。先の国連提出案と重ねて、政府が「国民から意見を募る」ときの参考に、記憶しておくべき一項目と思う。
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2019年04月18日

新たな「徴用工」問題を生み出していないか

1面「原発に特定技能外国人 東電 福島廃炉に受け入れ」の記事。「4月から始まった新しい在留資格『特定技能』の外国人労働者について、東京電力が、廃炉作業の続く福島第一原発などの現場作業に受け入れることがわかった」「元請けなど数十社に周知した」「『建設』『産業機械製造業』『電気・電子情報関連産業』『自動車整備』『ビルクリーニング』『外食業』が該当すると示した」「柏崎刈羽原発でも受け入れる方針」「放射線管理対象区域では『放射線量の正確な理解、班長や同僚からの作業安全指示の理解が可能な日本語能力が必要と考えられる。法令の趣旨にのっとってください』と伝えたという」「法務省は(略)事業について『全て廃炉に関するもので、一般的に海外で発生しうるものではない』とし、『国際貢献』という趣旨から不可としてきた。だが特定技能について東電は、法務省に問い合わせた結果、『新資格は受け入れ可能。日本人が働いている場所は分け隔てなく働いてもらうことができる』(東電広報担当)と判断した」(本文引用)という。3面にも関連記事「『福島廃炉に特定技能外国人』被曝管理 日本語の壁」があり、その背景には東京五輪の影響による人手不足があるとする。これまでにも外国人労働者を受け入れていたようで、「『国際貢献』という趣旨から不可」という記述とどういう関係になるのか、記事からはわからない。しかし、放射線管理対象区域外とはいえ確認が不十分だったと認め、実習生に必要な情報を与えないまま除染作業をさせていた建設関連会社が処分されてもいる。除染作業で従業員100人の会社の役員報酬が77億円というぼったくりタコ部屋が横行する世界だ。言葉の通じにくい実習生たちが、金に群がる亡者たちの犠牲になっていることに目を向けず「平安な日常」を送るなど、我等自身無意識の犯罪に加担しているのではないかと思う。
「東電によると、国外の原発で働いて被曝したことがある場合、被ばく線量は労働者が自己申告することになっている」(福島廃炉作業の経験者は)「日本人ですら被曝による労災申請の方法はよくわからず、ためらう。外国人ではなおさらではないか」(本文引用)という。EU加盟国間では被曝線量を一元管理することになっているが、フランスでも多くの外国人労働者が働いており、制度はあっても一元管理されておらず、知らずに線量限度を超えてしまう恐れを訴える声が労働者からあがっているという。もともと妥当とはいえない国策で無理を重ねる廃炉作業の過酷さに加えて言葉の壁、闇企業の暗躍が重なり、とんでもない労働環境が横行している。この国はまさに国際的闇市場を抱え込んで、泥沼へ深々とはまり込んでいく途上にある。識者は「日本で実効性のある、国境を越えた一元管理の制度を早急につくるべきだ」「第一原発での作業について『防塵マスク以上の装備が必要な現場がほとんどだ。小さなミスや突発的なトラブルの際に瞬時に言葉が理解できないと、大きな事故につながりかねない。(略)』と懸念する」(本文引用)と語る。下請けというシステムは、トラブルなどの責任を下へ下へと押し付けるようにできている。請負の構造が多重になるほど責任の所在が曖昧になり、「国境を越えた一元管理の制度」を自動的に拒むシステムといってもいい。それが従業員100人で役員報酬が約80億円という暴利を許す温床になる。そんな実態を残したまま、「特定技能」に関する協力覚書を5カ国と結び、さらに4カ国との締結を目指している。これは新たな「徴用工」問題を生み出すもとにならないか。すでに過去に同様の経験がある以上、私たちは「知らなかった」では済まされない立場にいると自覚しなければならない。
☆「【独自】『お金ならなんぼでもある』除染で“利益率”5割超…“国民負担”3兆円の闇」プライムニュースデイズ3月12日
https://www.fnn.jp/posts/00435790HDK
☆「『なぜ?』相次ぐ技能実習生の死 ベトナム人尼僧の嘆き」朝日新聞3月30日
https://www.asahi.com/articles/ASM3Y54MRM3YUTIL026.html?fbclid=IwAR2ARZMMZ_AkjVuyAh--ByzbAOwqAZ3U9PgDk_A3Ee62lqbktaMXPiCMHkM
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2019年04月16日

美しくないしょぼい国になったもんだ

3面に「3号機核燃料搬出開始 福島第一 不具合続き 不安の中」がある。使用済み核燃料プールからの取り出しで、長さは約4・5メートル、重さは約250キロ。水中で専用の金属容器に移し、7体を一組として30メートル下の地上へ降ろし、別の共用プールへ移動する。15日は4体を収容。所長は「『本日はゴールではなく、新たなスタート。2020年度の完了に向けて、責任を持って取り組みたい』と、完了時期を維持する方針を示した」(本文引用)という。まったくあたらしいことをやっているので初動ミスはつきものといっていい。昨年3月以降、細かなミスが続出して経産省幹部も「万全」という言葉は使わなかった。「作業開始がさらに先送りされれば、23年度に開始予定の1、2号機の燃料取り出し工程などにも影響しかねない。準備工事の関係者は『安全優先としながら、工程は死守しろというプレッシャーの中の作業だった』と話す」(本文引用)というから、かなりスケジュール的にきつかったことが感じられる。14日には首相が原発構内に入ったため、これにあわせて日程調整があり、14日夜の作業開始も模索されたらしい。なんだか、安全より忖度が優先されたように思うのは斜め見かな?
首相の原発事故現場視察は4面「首相、福島第一原発を視察 5年半ぶり、桜田氏に言及せず」でさらりと書かれている。「復興より議員がだいじ」で有名なあの失言居士の桜田氏が辞任した直後のこととて、「選挙がだいじ」な首相としては、「アンダーコントロール」宣言の手前もあり、少しアピールする必要を感じたらしい。3面には「輸入規制 解除求める 日本産食品 外相会談で中国に」がある。世界貿易機関(WTO)が日本産食品の輸入規制で韓国の規制を容認するとしたことを受け、中国も規制を強める可能性があるなかでの牽制である。こうなると、対中対韓で目くじら立てている場合ではないのに、大阪で開催される予定のG20首脳会議で文在寅大統領との首脳会談を見送るつもりでいる。外交では緩急自在の対応がとくに必要となってくると思うが、首相にそれを望むのは無理のようだ。記事からは、見事にすれ違った会話のお寒い空気しか感じられない。
3号機の問題に戻ると、使用済み核燃料の移動については各原子炉とも、4年から6年ほど作業工程が延期され最終は24年半ば。まずは20年の東京オリンピックまでに3号機が完了できるかどうか。できれば五輪開催中は作業をストップしていたいだろうな、と忖度するが、これが終わったところで、圧力容器を突き抜けて格納容器も突き抜けているかもしれない溶融核燃料の取り出しはこれ以上の困難を伴うし、半端でない放射線量が予測される以上、現在の使用済み燃料よりさらに慎重な対応が求められる。「スケジュールありき」なんて呑気なことでは済まされない困難さがある。「入れ物を復興させるが人間を復興させる気がない」政治にとって、これはまさに収束作業員を特攻作戦に駆り出す冷血しか感じさせない暴虐といえる。入れ物の復興を目指すために汚染水や除染土を含めて袋小路に陥っていくより、長期的に安全を確保しつつ、「鉄板遮水壁と粘土投入」で全体を「石棺化」するのがより望ましい方法だったのではないか。
沖縄に対して「地方には地方の民主主義があり、国には国の民主主義がある」と豪語したのはだれだったか。福島でも同じ構図が進んでいく。桜田発言でもそうだが、ゾロゾロでてきた他の暴言大臣も含めて、彼らの考え方は金太郎飴。拉致問題政治利用で、いまや日朝会談の可能性も目処が立たず、文在寅大統領と会談する機会も得られないまま、国際的な孤立の淵に立たされている。今日のテレビ報道では日米貿易交渉の推移が報じられているが、「日米物品協定」なんて言葉はどこにもでてこない。「為替条項」とか「自動車」とか「農産物」に言及するあたりに、国策よいしょの報道機関でさえ「TAGではなくてFTA」の構図を描き出す。そういえば「こんな時期に消費増税なんて考えられない」と論評していたのは、どこの国の報道機関だったか。いよいよ孤立し小さくなっていくこの国のしょぼい未来が浮かび上がる。
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2019年04月15日

規制緩和は戦後民主主義の全成果を壊す試み

経団連会長が目一杯の焦りや苛立ちを表して政権よりさらに前のめりの提言を発表してから1週間。世間の反応はあまり芳しくない。経済情勢が急速に切羽詰まってきたとき、政治がそれを受け止めて速やかに動けるとは限らない。経済が切実でも、政治にはタイミングがある。そのタイミングが政権の運営者と国民とのあいだで大きくズレているとき、拙速に動けば、政権にとって望まない結果を招きかねない。そんなとき、いくら凶暴な独裁者のあの人でもすぐには対応できない・・・と思っていたら、いつもとんでもない奇策で突っ込んでくるあの人のこと。どんな強硬策を持ち出すかもわからないからご用心。以下の記事は、中西提言が出てきた事情を詳しく深掘りしている。政権の次の一手も、ここから見えてくるように思う。
「原発輸出」が全面頓挫したことのショックは経済界にとって大きなものだった。昨年10〜12月にかけて株の大幅下落があり、現在も10月以前の状態には回復しておらず、4月6日当ブログ「社会のシステム全体を大きく捻じ曲げる意図」で書いたように、様々な経済指標が「景気後退」を示し、政府や日銀の統計でさえ景気落ち込みを隠せなくなっている。各種論調はアベ批判の外でさえ経済の先行きを懸念するようになった。中西提言は「海外で原発をつくれなくなった以上は、原発事業は日本をベースにやるしかない。そんな原発メーカー側の思いを代表したもの」「ただ、そうだとしても、原発メーカーはそれほど焦る必要はないはずだ。原発事業は、新設の需要がないとはいえ、国内で安全規制の強化を受けた改良工事の受注があり、当面は安定した収益が見込めるからだ」「関係者は『むしろ中西氏のいら立ちは政府に対して向けられたものではないのか』と話す」「“国内回帰”を志向しながら、メーカー側が原発輸出からの『撤退』を明言しないのは(略)(ブログ主注:簡単に『原発輸出失敗』を認めるわけにはいかないという)政府の事情を考えてのことだ」「断念でも中止でもなく、『凍結』。会見でのこの表現について、日立は経済産業省や首相官邸と事前に調整していたフシがある」(本文引用)。英は30年までに14基の老朽原発を止める予定で、原発新設がないと電力供給に齟齬が生じる。その他事情が重なり、日本政府も原発輸出の失敗を認めて国内に問題解決の糸口を探る方が現実的だ、というのが中西発言の中身と記事の筆者は書き、「原発輸出はもはや、メーカーからすれば『疫病神』でしかない。暴れだす前に関係を断ち切りたいのが本音だ。これまで政府と呼吸をあわせて推進を掲げながら、もうからないとなればやめるというのもいささか手前勝手な理屈だが」「政府も『失敗』を認めず、現状からの打開策をさぐろうともしない。原発輸出の皮算用がはずれた中で、官民一体の『原子力ムラ』に亀裂が広がっている」(本文引用)と結論する。
☆「原発輸出『総崩れ』でも手じまいできない日立・三菱重工のいら立ち」ダイヤモンドオンライン4月11日
https://diamond.jp/articles/-/199433?display=b
そして今年はいよいよ政権にとって改憲の最終リミット。ジリ貧に陥りつつある現状を強行突破して道筋をつけ、「官民一体の『原子力ムラ』」の亀裂を修復して彼ら流の壮大な歴史逆転ちゃぶ台返しを成功させようと、破れかぶれの作戦に出ようとしている・・・という不穏な噂がちまたに流れ始める。以下の記事には、その一端が覗く。市民運動は、地域に根付いた緻密な政策を欠いたまま野党共闘に進む。このちゃぶ台返しが現実味を帯びたとき、決定的に必要なのは地域が納得できる具体的施策を準備することだが、その動きは鈍い。あらゆる暴政に彼らがかぶせる「規制緩和」の意味を、まず知る必要がある。戦前回帰の意図の芯はここにある。
☆「【特別寄稿】安倍官邸が狙う!?「消費減税」という壮大な「ちゃぶ台返し」!! 衆参W選圧勝!! そして緊急事態条項を含む改憲へ!! 〜永田町の闇の底からのディープレポート 」IWJ2019.4.13
https://iwj.co.jp/wj/open/archives/446899
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2019年04月12日

時代が大きくうねっているときに

今日は昨日とは違って重要記事が満載だ。1面「石炭火力への融資半減へ 三菱UFJ 新設には融資せず」があり、メガバンク三菱UFJが30年度までに石炭火力への融資残高を最大半減するという。思い出すのは昨年の記事だ。「地球温暖化への悪影響が指摘される石炭火力発電への投融資を厳しくする動きが、大手銀行の間で出始めた。海外を中心に高まる石炭火力への批判へ配慮を迫られた格好だ。ただ、日本政府は石炭火力を推進しており、大幅な方針転換は簡単ではない」「3メガバンクグループは、この新指針を今後も定期的に見直し、さらなる厳格化も検討する」(昨年記事引用)としていた。今日の新聞に戻ると、日本の銀行は石炭火力への融資額が世界的に突出して多く、1位みずほ、2位三菱UFJ、4位三井住友FG。一方で政府は、昨年決定した新エネルギー基本計画で石炭火力を基幹電源として位置付けている。それゆえ、「今回のメガバンクの方針転換は今後、政府のエネルギー政策にも響く可能性がある」(本文引用)という。この動きに、ブログ主としては、中西提言と東芝救済に動く3メガバンク+日本政策投資銀行の1・3兆円にも注目する。さらに、地銀の危機を独禁法に穴を開けることで切り抜けようとする政府の動きに対する、経済界の警戒感も見逃せない。(4月4日当ブログ「地銀の危機でいよいよ独禁法をいじくる」参照)
☆「石炭火力への投融資、メガバンク見直し 環境配慮迫られ」朝日新聞18年7月25日
https://www.asahi.com/articles/ASL7R5VHZL7RULFA034.html
すべては新エネ基が設定する「2030年の電源構成」(3月23日当ブログ「呉越同舟からの脱出はなぜ難しいのか」参照)に向けての動きだ。「政府は30年度の電源構成に占める原発の割合を20〜22%に引き上げる目標を掲げており、特別扱いしてでも原発の競争力を維持する狙いがある」「30年度から、電力小売り事業者に原発や再生可能エネルギーなどの『非化石エネルギー源』の電気を販売量の44%にするよう義務付ける。小売り業者は、補助制度で原発の電気が割高になっても、一定程度は買わざるを得なくなる可能性がある」「再エネを名目的に含めた処置が多いが、九州電力がすでに実施しているように、再エネ出力制御はじわじわと拡大中で、最終的に再エネの首は完全に絞められる。細々生き残る設備はあるだろうが、勢いはなくなる」と書いた状況が近づく。3月12日当ブログ「まずステップの重要性を認識したい」では「2012年、当時の民主党政権は討論を通じて意見の変化をみる『討論型世論調査』を実施。それをもとに30年代に原発をゼロにする政策を掲げた』とあるが、あの当時は『即ゼロ』が大方の意見で『そんな先のことではダメだ』という声が、いかにも『30年代』の軟弱さを格好良く吹き飛ばすのに大きな役割を果たした」と書いたが、一蹴したはずの30年代が具体的に近づいている。軽々に蹴飛ばすのはやはり「近くを見て遠くが見えない」誤謬ではなかったか。直近の出来事に引きずられて根っこの原因を見過ごしてしまう運動は、悪しきポピュリズムの罠に落ちているということか。
時代が大きくうねっているときに、そのうねりに翻弄されて行き先を見失い次々に失敗を重ねていくとき、たしかに自問はするものの、根本原因を大衆の無理解にあると結論してしまい、大衆蔑視に向かうことがあるのは最悪のパターンと言わねばならない。地に足をつけて情報を集め、自らの力で詳しく吟味し、現状のなかに取り込んでいく。それが重要ではないかと改めて思う。7面「FRBへ露骨介入 トランプ氏 G20前、不安要素に」がある。トランプはFRB理事に人事介入しようとしているとある。FRBが世界経済の減速を懸念して利上げの一時停止に踏み切ったが、トランプはそれに不満で、利下げを求めているという。そんななかでG20の議長国になる日本は、日米通商交渉と向き合うことになる。これも経済界と政権との軋轢を増幅する可能性がある。たとえ弱小な市民運動だとしても、これらの要素を念頭に、戦略戦術を練る必要がある。激震を放置したらどうなるか。ツケがみんな自分へ回ってきたときに誰を恨むか。
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2019年04月10日

意図せずに自分に仕掛ける自縛の罠

1面に「大熊町の避難指示解除 帰還困難区域除く 原発立地自治体で初」がある。放射線量の目安はガンマ線だろう。ベータ線、アルファ線核種は存在しないか。国や県は多様な放射性物質について継続的に測り、公表しているか。「解除対象は町西側の大川原地区と中屋敷地区。町面積の約4%、138世帯67人(3月末現在)が住民登録している」「町は解除後、帰還住民約500人と、東電社員ら新住民約900人を同地区に呼び込む計画を描く」「現在も町民約1万人が避難しているが、町内の居住地区の多くは今回の解除対象ではなく、大半の人々の避難生活は続く」「帰還困難区域となっている町中心部は特定復興再生拠点として除染や整備を進めており、22年春の避難指示解除を目指す」「県の11市町村に出された避難指示が全域で残るのは、第一原発がある双葉町のみとなった」(本文引用)
4%を解除する。残り96%がまだ帰還困難という。4%に帰還する人たちは、96%の帰還困難区域を目のあたりにして暮らす。すぐ地続きのところに危険な区域がある。それはつらいことだろう。しかし、つらくても戻る。そこに、遠くから眺めるだけの立場にあるわたしたちの立場を浮き上がらせる、ある種の闇が仄見える。おそらくだれもそんな危険と隣り合わせの場所へ急いで帰る気になどならない。にも関わらず帰還する。ブログ主的に最も切実に感じるのは、放射能の危険と向き合って生きることよりずっと厳しく困難な状況が、安全な外側にあるという冷たい事実だ。ブログ主個人で言うなら、差別というものの厳しさを現実の中で感じるほどに、「戻るも地獄、残るも地獄」の感覚がいや増していかざるを得ない。そして、「安全な外側にある困難な状況」の「生きる実感を失わせる冷たい空気」を甘受するより、「放射能」と向き合う道を選ぶかもしれない。
放射能から逃れて暮らす。そのとき差別のちまたにひっそりと身を縮めて生きるか、たったひとりでもいい、胸を張って声を上げて立つか。それは人それぞれの選択で、精神的に追い詰められた人々にまで直線的に求められるあり方ではない。第1義的に、支える側の有りようが問われる。映画「種まきうさぎ」で女子大生が「わたしはどこにいても福島と向き合っている」と、観客に背を向けて決然と画面の向こうへ歩み去る姿を、「安全なこちら側」にいて画面を覗き見ていた観客たるわたしたちはどう受け止めたか。「食べて応援みたいでイヤな映画」的な受け止め方をしなかったか。その受け止め方の奥に、差別する世間を容認する自分の姿勢を感じなかったか。国や地方が人間の復興を考えずに、事故前にあった人間を入れる箱を整備し、「入れ物ができたから帰還せよ」とすることに反発し、自分たちが存在する場所の差別構造を無意識に除外する。避難者の意識を「戻るも地獄、残るも地獄」の無限ループに孤立させてしまう無意識の包囲の一員となる。いままで触れずにいた問題が浮き上がる。
15面「多事奏論」に「沖縄の嘆き 民主主義 回ってきとらん」がある。直木賞作品「宝島」で主人公が語る。「おれは最近、思うんだよな。ほんとうに目の敵にしなきゃならんのはアメリカーよりも日本人じゃないかって。(略)この島の人権や民主制はまがいものさ。本物のそれらはもうずっと、本土のやつらが独り占めにしてこっちまで回ってきとらん」(本文引用)。他にも重要な言葉があるが、これで十分に足りる。どうもこの国の民(というと「ブログ主自身が入っているのか?」と自問してしまうが、当然入っているといわばならない)は、民主主義が侵害されると、自分のところまで来ないうちに「小さく縮こまって」自己防衛のガードを固め始める習性があるのではないか。ガードが固まった内部に残されたものは幸いなるかな。その外へ自動的に追いやられたものは、矛盾を一身に背負わされ、塗炭の苦しみを味わうことになる。ガードの内部に生きる者は、この塗炭の苦しみに寄り添うことで、自分も苦しむ可能性を恐れて、自分の立ち位置を微妙にずらす。これを国や地方は敏感に察知して巧みに利用する。「自分は差別していない」とは、意図せずに自分に仕掛ける自縛の罠・・・。
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2019年04月09日

中西会長の提言

7面に「経団連『原発運転延長を』 中西会長が主導、提言」がある。改めて提言といっても1月からこれまで発言してきた内容をまとめたというに過ぎない。しかし、彼の発言の真意を十分に吟味して対応する必要があるのはいうまでもない。1月から立て続けに発信してきて、それをまとめるかのようにこんな提言をする。なぜ周到な準備をしなければならなかったか。国民的議論と言いながら「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」が申し入れた公開討論を、なぜ「エモーショナル(感情的)な反対をする人たちと議論をしても意味がない」(本文引用)と拒否するのか。この提言は政府が進めている「電力改革」よりさらに強く業界ペースの願いがにじんでおり、このまま通用させるにはかなり強引な手法をとるしかない。改憲を最優先する政権にとって、この重要な時期にこんな強引な難題を振り回されては迷惑になると考えなかったのか。原発輸出大コケのあと、18年11月19日の面談で世耕経産相は、中西会長に「このままでは事業を続けられません」と泣きつかれ、「もう少しがんばってください」となだめた。その経緯を語る下の記事には、「世耕の言葉に中西は複雑な思いを抱いたはずだ。日立と日英政府が結んだ覚書には『日本企業の出資者は日本政府が責任を持って集める』とある。経産省が役割を果たせていないことこそが、中西の悩みの種だった」(本文引用)とある。昨年10〜12月には株価が急落している。そのとき痛手を受けた輸出産業の傷は今も癒えていない。さらに今年の日米通商交渉では「為替条項」が議題に上るのは必至であり、アベノミ「為替操作」にブレーキがかけられたら、いよいよ輸出産業は追い詰められる。その危機感を背景にしないと、中西会長の提言の奥はみえてこない。
☆「民間に限界、万策尽きる 消えた原発輸出(ルポ迫真)」日本経済新聞2月14日
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO41217510T10C19A2EA1000/?n_cid=NMAIL007
ようするに中西会長の発言は、民間団体「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」事務局長が「身内の原発賛成派だけで議論するなら国民的議論とはいえない。経団連会長という立場を使い、自分の会社に有利になるよう『我田引水』型の提案と言われても仕方がない」(本文引用)と、簡単に一蹴できるものに過ぎない。しかし、ここでよく考えてみる必要がある。先に紹介した記事によると、英原発事業への出資について、当初期待された東電は動かなかった。また、経団連会長就任直前の昨年5月、英首相と直談判して「最大限の支援」を約束させたものの、「再生可能エネルギーの台頭で原発の競争力低下が明確になり、日立の取締役会では18年に入って英事業に反対する声が続出した。特に3分の2を占める社外取締役が『採算が不透明な事業にこれ以上、投資できない』と中西を突き上げた。設計や工事の準備で月数十億円がかかっていた。中西は浮いていたと同社関係者は証言する」(本文引用)。さらに中西経団連会長を追い詰めたのは、英原発事業を「日立のプロジェクト」として切り捨てた経産省の非情だ。東芝や三菱の事業も頓挫し、「IHI横浜工場。原子炉圧力容器や格納容器の製造が主力だった建屋内にいま横たわるのは、トンネルの掘進機だ。ピーク時に約600億円あった原子力関係の売上高は半減した。工場長(略)は『従業員のモチベーションをどう維持するのか悩む』と話す。原発産業は存亡の岐路を迎えつつある」(本文引用)という背景が、中西提言の後ろに見え隠れする。
経産省は「日立のプロジェクト」として英原発事業を土壇場で切り捨てた。上記記事の添付イラストには日立と英企業が前向きな中、日本政府・企業の非協力で事業が頓挫した実態が示されている。国に手厚く庇護されてぬくぬく過ごしてきた経済界のあり方が、国の手のひら返しで露呈したというべきか。中西会長は打つ手もなくのたうちまわっている。この状況を「原子力村の悪あがき」と看過するか、ピンポイントの穴が空いたと感知するか、反原発の論理的力量が試されている。前提としたいのは、日本経済が最終段階の危機に瀕しており、政権はそれでもなお「改憲」にしがみついているということだ。
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2019年03月31日

いよいよ棄民政策の罠が強化されていく

以下の記事を見て唖然とした。「東京電力福島第1原発事故で、避難指示区域外から首都圏などの国家公務員住宅に避難している自主避難者に対し、福島県が今月末までの退去を求めている。引っ越せないと、家賃の2倍の『損害金』も払わなくてはならない。事故から8年が過ぎても、収入が少なく、家賃の高い都会で物件探しに苦しんでいる人は多い。ふるさとを追われた人たちに『本当に寄り添う支援』を求める声が上がっている」(本文引用)。避難区域外から避難している人への住宅無償提供は17年3月に打ち切られている。退去が難しい場合、2年延長し一定の家賃を払う。その後、「(県と避難者が交わした)『国家公務員宿舎セーフティネット使用貸付契約』に基づき、契約終了までに部屋を明け渡さなければ、4月1日から明け渡しが完了するまでの家賃の2倍の額が『損害金』として避難者に請求される」(本文引用)という。退去するまで4月から家賃が2倍になるらしい。打ち切りは国家公務員住宅だけではなく、民間賃貸住宅への家賃補助も対象となっている。なんでいま全面打ち切り?
☆「引っ越さないと家賃2倍 福島県『月内退去を』 国家公務員住宅の区域外避難者」東京新聞3月27日
https://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2019032702000166.html
国と県が進めているのは「場所の復興」=「入れ物の復興」であって「人の復興」ではない。「人」は「入れ物」へ押し込むモノとしての扱いに等しい。まさに「国家には国家の民主主義がある」ということで、「国民の民主主義」とは全く違う施策が大手を振って突き進んでいる。以下の記事に「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」の、具体的で強い主張がほとばしる。「原発事故が発生したら、国は住民に『避難する権利』を認めよ−−。東京電力福島第1原発事故の被災者や、各地の原発周辺の住民にとって、当然の主張のように聞こえるが、チェルノブイリ原発事故が起きた旧ソ連と異なり、日本には『避難の権利』がない。なぜだろうか」「『日本史上最悪のいじめ』というドキリとする言葉が飛び出した。東京都港区のホールで17日に開かれた講演・交流会。福島県からの避難者ら約100人を前にマイクを握った弁護士、柳原敏夫さん(67)は避難者らの声を代弁した。『加害責任を負う日本政府は避難者や残留者の『命の復興』ではなく、経済復興に突き進んでいる」(本文引用)。「日本史上最悪のいじめ」という指摘が心に突き刺さる。「国家は国を守るために全力を尽くすが、国民は守らない」つまり「国民は国を守るための捨て石」であり、いま国民に向けてむき出しの国家意志が襲いかかっている、ということなのだ。
☆「福島原発事故の『自主』避難者ら『アベコベの世界』に憤り 避難の権利、確立を」毎日新聞3月29日
https://mainichi.jp/articles/20190329/dde/012/040/011000c?fbclid=IwAR0ZseBBMqvRBUIVXhZCisUFEjcj-X4O_A48krYfz7nfLchX3BsrTY0-RJU
その国家はいまどんな状態なのか。「国と地方自治体の財政悪化要因を調べた内閣府の分析結果」「健全性を表す『基礎的財政収支』の2020年度の赤字は今年1月の最新試算で10兆1千億円」「高い経済成長率の想定が外れたことによる約5兆4千億円の税収下振れが最大の要因」「楽観的な景気予測は実を結ばず、安倍政権は20年度に収支を黒字化する目標を断念し、25年度に先送り」(本文引用)と完全失敗を認めている。消費増税を再々延期し、総選挙に訴える下工作か。小ずるいやり方に棄民政策の罠が見える。
☆「税収下振れ5・4兆円が最大要因 20年度財政赤字拡大で内閣府」3月29日
https://this.kiji.is/484304970564715617?fbclid=IwAR1jMcKHnLrqeMt6MRojB8cWQBKuLs9f3c6WrEShVl3gYfphBxkmbFqRVa0
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2019年03月24日

言い訳不能で居直るしかない人の末路

今日の我が家購読紙には、ひとつだけ書きたい記事がある。でも、よく考えながら書きたいので、本日は別の記事を書く。
モニタリングポストはなんのためにあるか。以下の記事によると「原子力規制委員会は『線量が十分に低く安定している』として、同県内の八割に当たる約二千四百台の撤去方針を昨年三月に決めた」(本文引用)という。「安心と安全」を確保するのがモニタリングポスト。安定しているなら「安心のため」、安定していないなら「安全のため」設置しておくもの。放射性物質が漏れたら、「安全」確保のために速やかに「緊急対処」する。そのための常時監視は絶対に必要なはず。
☆「モニタリングポスト撤去 福島の母親65%反対」東京新聞3月14日
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201903/CK2019031402000159.html?fbclid=IwAR0IUhYvr6h1CInt7gE9CkpV724WmTWS4FkUTF888LSWnNtqu261S3qmkAQ
隠す根拠は以下で明らかになる。「工程表では、事故後30〜40年で廃炉を終える。デブリの取り出しを始める21年から廃炉完了まで、具体的な工程は」(本文引用)ないのに21年に何を始めるのか。安全確認せずに敢行するため、モニタリングポストの設置数を大幅に減らすのか。「石棺化」は事故の初期に語られたが(原子力村が)無視。16年の廃炉プランでも言われたが批判相次ぎお蔵入り。記事ではデブリ取り出しを先送りして石棺化方式を採用したら廃炉は2050年が目処になるという。英国の「(現セラフィールド)原子力施設は、放射線量が下がるまで待ってから施設を解体、廃止完了は100年後」(本文引用)というのにだ。
☆「福島第1、見えぬ廃炉の最終形 当面先送りも選択肢に」日本経済新聞3月17日
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO42513120V10C19A3TJM000/?fbclid=IwAR3734qFD2zoxtU6VvJbdzuPoNHJ5-gICLNRHFNjqwuPYrXkVvoVt7KaSjA
廃炉作業の費用は膨らむばかり。一方、除染事業はこれまで3兆円が投じられ「役員報酬77億円…従業員100人の除染会社」(本文引用)がある乱脈さ。従業員100人の会社で8人の役員報酬が77億円にな不可解。記事によると元請けは清水建設。最悪の人間崩壊行為がこの国を蝕む!
☆「【独自】『お金ならなんぼでもある』除染で“利益率”5割超…“国民負担”3兆円の闇」プライムニュースデイズ3月12日
https://www.fnn.jp/posts/00435790HDK
トップのデタラメがこれらの事態を呼び起こす。第1次政権のとき、閣僚たちの不祥事続出で退陣を余儀なくされた首相は、今度は何があっても退陣させず、自分は責任を取らない姿勢を貫く。その結果、すべてがデタラメにまみれ、言い逃れできず居直るしかなくなっている。彼の天下はいつか終わる。そのあとの彼は国民からどんな使いを受けることになるだろう。無残だろうな。
☆「また偽装発覚・・・安倍首相が施政方針演説で巧みな“錯覚工作”」日刊ゲンダイ3月16日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/249793
デタラメが極限に達し、県民の怨嗟の声が充満している。軟弱地盤のエリアは調べるほどに拡大。自民党は彼の退陣後いよいよ潰れていくのではないか。というより、政党政治そのものが壊れていくかもしれない。
☆「作業場予定地にも軟弱地盤 辺野古埋め立て ケーソン仮置き場」琉球新報3月18日
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-890145.html
以下は対露交渉だが、日米通商交渉や日中・日朝首脳会談も芳しい成果はない。そんななか五輪組織委は日本独自の制裁を盾に、北にIDを提供しない。それで日朝交渉やる気あるの。4月訪米して根回しするそうだけど本気かな。いく方向は西のはず。逆だよ!
☆「平和条約交渉、プーチン大統領『失速している』と発言か 地元紙も『ロシアは島を引き渡すつもりはない』」ハフポスト3月16日
https://www.huffingtonpost.jp/entry/putin-peace-treaty-japan-and-russia_jp_5c8c9b83e4b0d7f6b0f3bfad
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2019年03月23日

呉越同舟からの脱出はなぜ難しいのか

1面トップに「原発支援へ補助制度案 経産省 売電価格上乗せ」がある。7面にも関連「『原発安い』矛盾あらわ 補助制度案『支援ないと継続困難』」。複雑かつ巧妙を極める仕掛けが顕在化しつつある。シロウトにはわかりにくい制度を細かく実施する方式で、全部まとめてようやくその目標が何なのかわかるという戦略。「政府は30年度の電源構成に占める原発の割合を20〜22%に引き上げる目標を掲げており、特別扱いしてでも原発の競争力を維持する狙いがある」「30年度から、電力小売り事業者に原発や再生可能エネルギーなどの『非化石エネルギー源』の電気を販売量の44%にするよう義務付ける。小売り業者は、補助制度で原発の電気が割高になっても、一定程度は買わざるを得なくなる可能性がある」(1面本文引用)という。再エネを名目的に含めた処置が多いが、九州電力がすでに実施しているように、再エネ出力制御はじわじわと拡大中で、最終的に再エネの首は完全に絞められる。細々と生き残る設備はあるだろうが、勢いはなくなる。こうして原発の我が世の春が再来する。温室効果ガスもただの名目に過ぎない。世界は原発停止が前提の対策を主流とするが、日本は原発ルネッサンスにどっぷり首まで浸かって唯一のオバカ国家への道をひた走る。
「経済産業省が原発補助制度の導入を検討していることが明らかになった。東京電力福島第一原発事故や電力自由化を受けて、原発の価格競争力が落ちていることの裏返しだ」「経産省幹部は『再エネがここまで入ってくるとは思わなかった』と誤算を認める。大手電力会社幹部は『原発はリスクが大きすぎる。制度支援がなければ続けることは難しい』」(7面本文引用)。制度のモデルは米の「ZEC」と英の「FITーCfD」で、原発の電気が安売り競争で基準価格を下回らざるを得なくなったとき、基準価格との差額を補てんする仕組みという。英では基準として設定した価格がそもそも高過ぎるため国内で反発が出ており、経産省内には「ZECの方が電力自由化との相性がよく、原発への投資回収が進むという見方がある」「経産省は、太陽光発電などの再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)を見直す20年度末に合わせて原発補助制度の導入をめざす」(7面本文引用)という。
以前紹介した「高度化法」については、本日1面に内容が紹介されている。これらのほかに、以下で紹介するように「電力容量市場」という不可解な制度が導入されようとしている。次々に打ち出されるプランの巧妙さに、反原発の諸運動はその場限りの反応をするだけで、まったく対応できていない。原因のひとつとして、それが細切れであることがあげられる。同時に、わかりにくい内容であることもあげられ得る。そして今日の我が家購読紙で感じることだが、「高度化法」は「30年度から、電力小売り事業者に原発や再生可能エネルギーなどの『非化石エネルギー源』の電気を販売量の44%にするよう義務付ける。小売り業者は、補助制度で原発の電気が割高になっても、一定程度は買わざるを得なくなる可能性がある」というように、報道そのものが細切れで、注意喚起とはほど遠い記述になっている。九電の「再エネ出力制御」は、いまや通年の一般行事になってしまったが、その影響が報道されることはほぼない。
https://youtu.be/xdT37npsJAc
3面「てんでんこ」「電気のあした(10)取り戻し」は、「公民館51%、体育館47%・・・。大幅に安い価格で関西電力が落札していた。」という奇妙な記事。「自由化で奪われた需要を取り戻そうと攻勢をかける大手電力に対し、価格競争を続ける体力を持っている新電力はほとんどない。経営悪化から大手電力の影響下に入る新電力も相次ぐ。このままでは大手だけが生き残り、電力自由化の意味がなくなる。そんな不安が漂い始めている」(本文引用)。豊富な資金力と分厚い国家支援によって、新電力や再エネは潰される。そして野山に再エネの残骸がさらされ、再エネ反対を叫んだ人々と原子力村の凱歌が空しくこだまする。だれが、どのように、残骸を整理するかが課題となる。
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2019年03月19日

思念が及ばなくなっていく不安の自覚

9面「風力発電 欧米から熱視線 出遅れの日本勢 提携模索」の記事。「海の上で風車を回して電気をつくる洋上風力発電の普及が遅れている日本に、欧米の大手風力メーカーが熱視線を注ぎ始めている」「好機を迎えながら、日本勢のメーカーは、風車の大型化競争に出遅れ、自前の製品での参入ができない状況だ」(本文引用)。日立は1月、風車の生産から撤退。提携先の独社製品の販売と保守に専念する。東芝は昨秋から独社の風車を日本で販売。三菱重工はデンマークの風車大手に出資、技術や販売面で支援するという。デンマークの関係者は「他の国でも漁業者や地域住民の方によく説明することで友好的に解決してきた。日本だけが解決できない国だとは思っていない」(本文引用)と話しているという。21世紀が始まる前後、再エネの攻防が最初に表面化したのは風力だった。いろんなマイナスが列挙され、最後に九電や北海道電などの買い取り制限による圧迫を受けて風力は無残な姿を野面にさらした。風力追い出し成功で気を良くした麻生政権は、太陽光の補助金制度を停止。日本の再エネは世界的に遅れたものになっていった。復活したのは原発事故後の再エネ拡大や反原発の世界的圧力を背景にしたFIT制度によるが、風力には陽の光は当たらなかった。ではなぜいま風力なのか。それは太陽光の追い出し策が最終段階に入ってきたからに他ならない。
今年3月には2メガ以下の大型設備の系統連系工事着工申し込み受領期限が終了する。3メガ以上でも9月末には終了となる。太陽光関連各社はこの状況を織り込み済みで、3月4日当ブログ「未来3代にわたる構想が必要なとき」でいくつかの実例について書いたばかり。再エネ関連ではいよいよこの国の施策は撤退の色を濃くしているのだが、海外から熱視線が集中し始めると、簡単に国内市場を明け渡すわけにはいかなくなる。すでに東電は千葉県沖で洋上風力の事業を始めようとしている。だが、国家の政策がここまで捻じ曲がっていると、筋の通った事業を継続しにくい。国策に右往左往する経営陣の姿が垣間見える状況になってきている。こんな状況下、再エネ全面批判の徒たちは、どんな論理を展開していくだろう。国策原子力の尻馬に乗ったまま、原発と再エネをセットにした論理をどう組めるのか。難しいだろうと思う。再エネの主導権を敵に全部くれてやり、再エネを批判する。現状のそれは、再エネそのものが破壊的であることを論理として実証できていない。道具は使い方次第。原発は毒を垂れ流す。再エネ装置はどんな毒を垂れ流すか。環境にどんな害をもたらすか。その弊害は原発に匹敵するか。それとも節度ある使い方をすれば、原発を駆逐する力となりうるか。または絶対になり得ないか。その論理矛盾を抱えたまま、いつまでも再エネ批判と原発批判をセットにしていくのには無理がある。それに気づくべきときが来ている。地方と中央との相克を打破する力はどこから生み出せるか。目先の利害から出発するなかれ。遠くを見はるかし、近くで実践する。その観点のキモを探らないと、早晩、運動は行き詰まる。
2面「汚染水 決まらぬ処分法 保管100万トン到達 来年末にも限界」サブタイ「『地元の理解を』政府、結論時期も不透明」「『漁業に致命的』地元、海洋放出は猛反対」の記事。凍土壁でこれまで1日500トンほどあった地下水流入量は100トンに減ったという。でも汚染水は増え続け、ついに100万トン到達。20年末には上限の137万トンになるという。凍土壁という愚策をやるべきではなかった。「復興」なんて暗愚を最優先すべきではなかった。むりやり燃料取り出しまで狙わず鉄板壁を作り、内部を粘土壁とし、別の排熱方法で300年の安静保管ののち、さらにきちんと廃炉を進めていく。その間、原発政策の「負のモニュメント」として残すべきだった。目先の弥縫策でこと足れりとしたツケが、いま究極の愚かさを露呈している。政府は当面、地元に寄り添うなどと言い繕いつつ、時期が来たら辺野古のように「国策」を強力に押し付けるのは明白。被害は地元を超えて本土全体に及び、世界を汚染していく。反原発の性根が試される現在!
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2019年03月15日

油を用意していないあかりの運命は

1面「天声人語」に俳優のピエール瀧が麻薬取締法違反の疑いで逮捕されたと書かれている。ピエール瀧がどういう人物かはまったく知らない。しかし、「出演した作品にまでフタをするのは行き過ぎではないか」(本文引用)と書かれていたことについては「そうだよな」と思った。連想したのは戦後の出来事だ。映画界では監督他が公職追放になり、彼らの作品も含めてしばらく世間から姿を消していた。一方、俳優は追放されず、戦後の映画隆盛を背景に、銀幕を華やかに彩ったものだった。国策の一端を担ったという意味では監督も俳優も一緒じゃないか、という気がしたが、今度の件で思う。昔は敗戦の責任を背負って公の場から姿を消す対象が選ばれたけれど、今回はいっそうあいまいな社会道徳という通念のもと出演作品が消され、また出演シーンが撮り直しになる。ぜんぜん評価基準が違うけれど、今回の対応が適正かどうか疑問に思う。記事末尾に「作品の魅力は、分けて考えるべきではないか。見続けたい作品かどうかを決めるのは視聴者である。NHKや映画会社ではない」(本文引用)とある。33面にも「滝容疑者のシーンをカット」の極小記事があるが、「天声人語」がなければ大方の人が気にしなかったかもしれない。
つまんないことで大慌てで自粛行動に走る大放送局の姿勢を笑おうとしたら、33面「立憲・小川氏、NHK報道批判 統計不正追及『野党の主張取り上げず』」には、NHKのニュース番組が、統計不正に関する国会討論を意図的に切り張りして、視聴者の受け取りが逆転するような報道をしたというではないか。笑うどころではない。そういえばネットでは貴重な良心的番組が終了させられると指摘されていた件を思い出し、我が家購読紙にもその件について書かれていたと思い、探したら以下の記事があった。「ETV特集」や「ハートネットTV」などの番組は継続することに決まったようで、世間にはミスターモミイの記憶がまだ生々しいのだから、疑われても仕方ないようなことをするんじゃない、と思ったものだった。33面の「ニュース番組」報道は、国営放送局面目躍如の不信感を増大させるだけ。「忖度はない」と弁明するより、「忖度してないなあ」と視聴者に舌を巻かせる番組を作った方がよほど人気を博すでしょ、と思ったわけで・・・。
☆「NHK会長、政権に忖度『一切ない』 制作局の組織改編」朝日新聞3月7日
https://www.asahi.com/articles/ASM375RHQM37UCLV00N.html
33面に「東海原発廃炉 5年先延ばし 解体に必要な装置設計遅れ」がある。記事によると「01年に始まった廃炉作業は、当初は17年度の完了を目指していた」「(原電)は14日、2025年度としてきた廃炉の完了時期を5年先延ばしすると発表した。新年度から始める予定だった原子炉などの解体に必要な装置の設計が遅れているためという。完了時期の先延ばしは3度目」「規制委が廃棄物処分の基準作りを進めており、原電は『基準の策定状況も踏まえて設計する』と遅れの理由を説明している」(本文引用)。新年度から最終段階の原子炉内部の解体を始める予定が、低レベル廃棄物を運び出す装置や廃棄物処分用容器の設計に時間がかかっているというが、そのうえ規制委の基準作り待ちという説明をかぶせるとなると、先延ばしに底意が隠れているのかと疑いたくなる。原電はこれまでいろいろと物議を醸してきた。日本原電は日本初の商用原子炉を運転させた、設立が1957年の老舗だ。ぐずぐずしていたら、国内すべての原発保有電力会社が同じ道を辿っていくだろう。年初の中西経団連会長発言には、国策民営をやめて国策に徹するようにしてほしいという本音が滲み出ている。昨年11月8日当ブログ「『先送り』で硬直しているのは・・・」の冒頭「『マタイによる福音書(新約聖書)』から『思慮の浅い者たちは、あかりは持っていたが、油を用意していなかった』」が現実味を帯びる。先のことは国(その向こうにいる国民)に任せればいいというのが本音であり、彼らはその準備を着々と進めている。油を持たない国民はどうするか。独自の構えが必要な気がする。
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2019年03月12日

まずステップの重要性を認識したい

4面に「原発ゼロ法案 審議されず 野党4党国会提出から1年 与党審議入り拒否 政権原発推進に固執」がある。世間の関心が薄くなっていることが気がかりと同時に、かつてのことを思う。「2012年、当時の民主党政権は討論を通じて意見の変化をみる『討論型世論調査』を実施。それをもとに30年代に原発をゼロにする政策を掲げた」(本文引用)とあるが、あの当時は「即ゼロ」が大方の意見で「そんな先のことではダメだ」という声が、いかにも「30年代」の軟弱さを格好良く吹き飛ばすのに大きな役割を果たしたものだ。当時の野田政権では「ゼロ」を掲げたものの、いつなんどき「ヤメタ」となるか分かったもんじゃない風情があり、「即ゼロ」が通用する素地はあった。だが、「30年代ゼロ」はあの時点での市民運動をはじめとする反原発勢力の到達点でもあった。力不足を認識し、そこで一歩前進を確保し、次の段階へ進む意図が鮮明にあったら、「民主党政権はダメ」などと言わず、疲弊した政権をさらに鼓舞して「30年代ゼロ」から次の段階を目指す方法があったのではないか。
市民運動的スローガンというものはいつも感覚的に鋭くなる。なりすぎて遠い目標の美しさに幻惑され「これが途中のワンステップ」を想いの外へ押しやってしまいがちになる。「即ゼロ」といっても、「全部停止」からゼロへ至るまでに長期的な工程が必要になるのだから、そのあいだ不断の監視と目標の強化が行われていけばいいのだが、この国の市民運動はそういった連続性を体得するところまで成熟していない。まとまった政治勢力として大きな力を発揮するほど持続した組織を創れていない。過去の一揆的蜂起の経験から抜け出ていないか、抜け出ないように権力者がうまく誘導してきたか、誘導などではなく激しい弾圧で制圧してきたか、社会そのものが持つ抑圧機能が持続性を分断するのか。その原因はわからないが、「段階を踏んで持続する」試みは育っていない。
原発ゼロ基本法案の概要が記事に示されている。「●法施行後5年以内に全原発の運転廃止 ●2030年までに電気需要量を10年比で30%以上削減 ●30年までに再生可能エネルギーの電気供給量に占める割合を40%以上に ●廃炉作業を行う電力会社や立地地域の雇用経済対策について、国が必要な支援をする」(本文引用)。エネルギー基本計画でベースロード電源としたものの新規制基準で再稼働できた原発は9基。核燃サイクルの肝心カナメであるもんじゅは廃炉決定。原発輸出は全滅。経済界で原発推進のトップに立つ日立の中西経団連会長は困難な状況に悲鳴をあげながら、自分で世論を動かす意欲はなく、国が率先して「国民」を推進に誘導せよと泣き喚く。1月の談話では「再エネなんかイヤだ」ともおっしゃっていたが、「即ゼロ」を主張していた「脱原発」の運動家たちはおめでたくも、「原発推進なのに再エネ批判してる。なんで?」などと首を傾げていた。「即ゼロ」が問題解決を無限遠方に押しやってしまったように、「再エネ全面否定」が原発推進と「呉越同舟」になる原因が自らの論理矛盾として浮かび上がったことに当惑するばかり。「核兵器廃絶」を掲げながら「核兵器禁止条約」には目もくれないアベ政権の基本姿勢が参考例としてあるのに気づかないでいる不思議。
遠い目標を掲げ、近いワンステップを軽んじる傾向は、以外に経験豊富な政党にも見られる。この矛盾を克服しないと、なるものもならないのではないか、と思わざるを得ない。地方においても、まず初めに目指すのがハードルの高い条例であるのはなぜか。全部を獲得しようとして、最も必要なこと、つまり日常的に住民が参加し発言できる仕組みを創る試みが育たない。住民一人ひとりが「参加」して「意見」を述べられる場が常設されていれば、日常的問題を論議し、個別の問題点を整理し、さらに条例などへまとめ上げていくプロセスが自ずと具体的に見えてくるはず。市民運動は即決の条例に固執する前に、民主主義を訓練する場の整備に目を向けるべきではないか。地方で具体的に民主主義を発展させ、国政と具体的に向き合う方法を探る。そんな道筋を育てる必要がある。既存条例を精査すれば、利用できる条文は必ずある。
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2019年03月11日

国の仕組みを相当変えなければいけない現状

3月11日らしく、新聞の基調は東日本大震災一色となっている。「地域再生」と「心のケア」がメインテーマで、地域と人の復興が語られ、原発廃炉や避難の記述は少ない。2面「大熊再生へ 響く槌音 今春にも避難指示一部解除 『不安でも戻る。古里だもの』 『新しい町』廃炉作業と歩む」・「解除後なお避難 1万人超の見通し」があり、これも「地域再生」と「心のケア」が記事の主体となっている。いや、よく読めば少し違う事情が織り込まれているのに気づく。記事には微妙な色合いがあり、8年のあいだに少しずつ状況認識が変化したのを痛感させられる。「3月12日、大河原地区から10キロの第一原発1号機で水素爆発が起きた。14日には3号機、15日には4号機で爆発」(本文引用)とあるが2号機の記述がなく、4号機を「爆発」と書いているのが時間の流れを感じさせる。2号機は「爆発」で、4号機は「火災」ではなかったか。当時の混乱の中で諸説が飛び交ったが、いつのまにか修正されていたらしい。一方で、ブログ主自身の意識が希薄化している表れでもあるようで、時の流れに逆らいきれていない自分の薄弱さを感じ、悔しい気分にもなった。
大熊町は「JR大野駅を含む町中心部を特定復興再生拠点として整備を進め」「27年までに帰還住民約1500人に新住民約1100人を加えた計約2600人を呼び込む考えだ。『新しい町』を想定せざるを得ない背景には、原子力災害がもたらした長期間にわたる重い課題がある」(本文引用)。ひとつは大熊・双葉の中間貯蔵施設で21年度までに東京ドーム11個分が最長45年まで保管され、一方で廃炉作業は数十年の歳月が想定されている。8年の間に生活の拠点が避難先に移ってしまった町民も多く、住民意向調査では「戻りたい」が約1割、「戻らない」が約6割という。この記述には重要なことが含まれている。町は国策によって一部が避難指示を解除されるが、特別復興再生拠点の整備で考えているのが2600人(内訳は帰還住民1500人と新住民1100人)で、記事が暗示するように、町再生のかなりを新住民が担う構図になっている。これは苦しい決断といえる。町の形は再生できても、人の再生は容易ではない。というより、人の気持ちは「町の再生」にとって重要な要素となり得ていない。「いつでも帰りたいと思った時に帰れるような仕組みを行政として作っていくことが大事」「長い目で見る必要がある」(本文引用)と町長は語るものの、再生された町がかつての「故郷」とは確実に様変わりする可能性は否定できない。「避難解除」を急ぎすぎることの結果が、こういった矛盾を生む。ならばどうすればいいのか。
チェルノブイリの事故でチェルノブイリ法と呼ばれる法ができたように、この国にも新しい試みが必要なことは確かだ。でなければ、「町の再生」はあっても「人の再生」は置き去りにされ、無慈悲な国策が怒涛のように推し進められるだけだ。「人を翻弄する再生」であってはならない。本日の我が家購読紙には、そんな視点はほぼなかった。あえていえば4面の16行極小記事に「枝野氏、地域経済訴え」があり、「地域の経済や雇用を支える農業や水産業といった第1次産業のあり方を訴える考えを示し(略)『お互いに支え合う社会を作り上げていく。国の仕組みを相当変えなければいけない』と主張。農業や水産業の分野について『地域の事情に合わせた持ち味をしっかりと活かし、地域の暮らしに即したお金の使い方や政策を進めていかなければならない』と語った」(本文引用)と、いささか隔靴掻痒の感が否めない内容の中に、未来志向の視点がようやく小粒ながら見えてきた。この国の政治は世界的に骨董品の部類に入っているのだろう。張り巡らされた国策の縦糸横糸が、新しい動きを阻害している。政治経済的に行き詰まった現状では、それはこの国の権力を握るものたちにとっても桎梏となっているのに違いない。「大規模規制緩和」の大波は彼らの焦りが焼結させたものであり、その一方で対決する側に有効な方策が見出せていないことの証明でもある。「国の仕組みを相当変えなければいけない」現状があるのだと思わざるを得ない。
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2019年03月10日

「風化」を狙って「風評」が蔓延する

8面「社説」に「原発被害からの復興 福島の『いま』と向き合う」がある。「福島県で今も、人々の心に陰を落とすのは、放射能をめぐる『風評』と『風化』の問題だ。原発周辺は住民の帰還が進まず、難しい課題を抱える一方、それ以外の多くの地域では放射線量が平常の水準に下がっている。食品の安全対策も効果をあげている。だが県外を中心に汚染の被害や健康への悪影響についての誤解、全体的に不安な印象などは消えていない。福島の現状は十分知られておらず」「地元では苦悩や葛藤が続く」「原発の敷地にたまり続ける低濃度の汚染水をどうするか。県産米の『全量全袋検査』をどう縮小していくか」「福島への関心が時間とともに薄れる中、なんとなく悪いイメージがうっすら固定化した人は、かなり分厚く存在するのではないか」(本文引用)などとある。ここまで読んで、「風評」と「風化」は二律背反の関係にある、とブログ主は思ったものだ。これの同居が事態を複雑化している。記事では触れていないが、3面「原発事故の費用『最大81兆円』民間シンクタンク試算 経産省試算は22兆円」の中に「『石棺』方式は、かつて『復興やふるさとへの帰還をあきらめることにつながる』などと問題になった」(本文引用)と記されている。最も効果的であり得た核物質の閉じ込め方式が、「復興」「帰還」のかけ声のもとに葬られた事実がある。「安心」「安全」より先に「復興」「帰還」が必須条件として設定され、それの進捗が半ば強引と思えるかたちで進められた。汚染水の海洋放出や、除染土の再利用。山林の除染は手付かずで、セシウム関連の減少だけが汚染の目安とされ、他の放射性物質は一般の目に触れにくい。住民の健康調査、被曝調査など軽く見積もられ、検査自体が縮小される現状がある。「風評」への配慮が「風化」を促進させる。政治に「放射線被害」の可能性が少なくなっているという言説は、「忘れさせる」ことに直線的につながる。「復興」優先はもともと「風化」優先なのだ。
政府や東電はいつも「引き加減」を見ながら事故処理に対応している。先に紹介した3面「原発事故の費用『最大81兆円』」は、経産省の試算を22兆円とおよそ4倍の開きを明示する。民間シンクタンク「日本経済研究センター」がどんな組織なのか知らないが、2年前には「総額70兆〜50兆円」と試算していた。その後、汚染水処理や除染などの状況を含めて再試算し88兆円。「石棺」方式を採用すると廃炉・汚染水費用51兆円が4・3兆円となり、総額は半分以下の35兆円。いますぐ「石棺」化しても事故対応費用は大幅に減る。最初の設定がズレていて問題が大きくなり、「心配」「不安」が余計な「風評」として蔓延し、「風化」「忘却」狙いが遠ざかるという関係になっている。さらにいえば、ここにも政府統計のインチキがもぐりこんでおり、庶民の感覚がほんものの「安全」「安心」から斜めに身を置く傾向を助長している。庶民感覚的には「風化」へひた走りながら、「風評」としての忌避感覚を募らせていくという自己矛盾にぶち当たっているというべきか。
「社説」に戻ると、「事故の被害をめぐっては、『放射能が心配/気にしない』のほかにも、『避難を続ける/地元に戻る』『原発はなくすべき/必要』など、多くの分断の軸が交錯する。ネット上では激しい攻撃の言葉が飛び交う。多くの人にとって『ややこしそうな』テーマとなり、日常の中で話題にしにくい空気は地元にもある。この状況は、数十年かかる廃炉などの後始末や、住民が散り散りにになった地域社会の再生をいっそう困難にしている」(本文引用)。地元で原発事故を話題にしにくくなっていることの背景に、「風化」を急ぎ、「風評」を恐れる政治的意図の誤算がある。この風潮の蔓延は、「原発やめろ」側の誤算でもある。そして翻って沖縄の現状を考える。いま沖縄では「本土が基地を受け止める意思はあるか」を問う声が大きくなっている。そして本土では「福島を福島以外で受け止める意思があるか」と福島から問われても、「原発やめろ」の側からその意思が広がる可能性はいまだ不在だ。本土の運動の質が2つの地域から問われている。
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2019年03月01日

福島県民の複雑な思いへ近づくために

昨日の我が家購読紙の記事で「復興『道筋ついた』52% 福島県民世論調査 初めて半数超える」とあった。今日の1面には「米朝首脳会談」がトップを占領して端っこに追いやられているものの、「再開1年 児童戻らず休校へ」があり、昨日の記事との関連で、県民の複雑な心境を感じた。「複雑な心境」とは「復興の筋道ついた、計52%」と「元のように暮らせるまでに20年かそれ以上かかる、計74%」「放射性物質『不安』60%」「国民の関心が風化78%」(以上「」内の表現を少し変形)とのあいだに微妙な隙間がある、ということで、「再開1年 児童戻らず休校へ」の中にその微妙さが最も直接的に表現されていると感じたのだ。「昨年4月に地元で再開した福島県川俣町の小学校が3月末で休校する見込み」「28日が過ぎても入学希望者がいれば学校の存続を検討するが、見通しは厳しい」「町や村は、避難指示解除地域が復興するためには子どもを育てる世代が戻る必要があると判断。総額93億円をかけ、14の小中学校の校舎をそれぞれ新設、改修し、制服や給食費の無料化など手厚い教育環境を整えた」「避難先の生活が定着したほか、解除地域のインフラ不足や放射線量、子どもの数が少ない状況も、再開した学校への通学をためらう一因になっている」「若い世代が戻らなければ、2、3年後は入学が見通せない」(本文引用)
関連記事は35面「福島 まち再建多難 休校戻らぬ子育て世帯」中見出し「元住民『生活基盤移った』」「『地域の基礎』手厚い支援」で、「地域の維持・発展に子どもや保護者の帰還は欠かせず」「ただ手厚い教育施策を行うため、国が財源を保証する復興・創生期間は20年度に終わる」(本文引用)。5町村の住民の帰還率は住民登録数の5〜39%で、高齢者が半数を占めるという。行政の長は「原子力災害の影響は予測していたよりもはるかに痛みが大きい」(本文引用)と話しているというが、「痛み」はいったいどこの「痛み」か判然としない。「まち再建」とあるので「まちの痛み」なのか、「住民の痛み」なのか、それぞれの視点で記事を見直してみると、「手厚い支援」の中身が財政的支援でしかないのに気づかされる。設備を立派なものにすれば「帰還」に必要な条件は満たせるか。「住民の痛み」に向き合うのでも、今の仕方で十分に対応できるのか。放射線に対する不安を、「影響ないから計らなくてもいい」で通せるか。「セシウム」だけの計測で「安全です」といえるか。地域を取り囲む山林は本当に安全か。健康への影響を「ダイジョーブ」と空約束しても、その基礎データが怪しいという疑惑がでてきたじゃないか。「汚染水タンク」が満杯だから海へ薄めて流す。しかしトリチウムだけじゃない。ほかの核種が含まれていないはずはない。
33面に「福島第一2号機、7・6グレイ」の記事がある。帰還住民がいる場所から遠くないところで、原発事故収束のために作業員たちがとほうもない被爆覚悟の作業を実行している。可能な限り遮蔽して作業するわけだが、今回、最大15メートルまで伸びる伸縮式アームで作業したとあり、アームの屈曲を考えると、作業員の位置から直線で数メートルくらいしかない可能性もある。水中で7・6グレイ。空気中へ取り出したらさらに莫大な放射線を放たないか。帰還するか否かを迫られる住民たちの過酷に比べて、遠く離れた場所で記憶を失っていく国民は、その作業の過酷さに対して「無意識の酷薄」で向き合っていないか。そんな過酷な作業が継続されているすぐ近くへ「国策帰還」を迫られる人たちがいる。「帰還」が作業員の「過酷」と紙一重になっている。その外側に「無関係」を装う広大な世間の壁があるという「酷薄」な構図。この構図は沖縄にもつながる。そのなかに我らは加わっている。そんな「過酷」な状況の中で「私が国家ですよ」などと発言した人がいるらしい。個人的にまだ正確な確認の途中なので、誰とは言わないが、本当なら恐ろしさ極まれり。「こんな人に負けるわけにはいかないんですよ」と言ってもいい状況ではないかと思うわけで・・・。
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2019年02月28日

被災地から見放される運動にならないこと

3面「復興『道筋ついた』52% 福島県民世論調査初めて半数超える 放射性物質『不安』60%」に注目。12年調査7%、16年36%、今回52%とある。「大いについた」はまだ3%なので、「ある程度ついた」の増加と「あまりついていない」の減少が数値に影響を与えているのだろうか。「県全体で、元のような暮らしができるのは、今からどのくらい先になると思うかを聞くと、『20年より先』が最も多く56%。『20年ぐらい』18%、『10年ぐらい』15%、『5年ぐらい』4%」。放射性物質への不安は「大いに」19%、「ある程度」41%の計60%。「原発事故被災者への国民の関心が薄れ、『風化しつつある』と思う人は78%にのぼった」(本文引用)。全国世論調査では「風化しつつある」71%とあるが、「被災県民に対する国民の関心」か「被災者への自分の関心か」という違いがあるので単純な比較はできない。国民の関心が希薄になっていく中で、いよいよ県民自身で受け止めていくしかないという孤立感の表れではないか、と思った。これは県民の意識が希薄になっているというのではなく、国民の中に蔓延する「無関心」への「不信感」が分厚くなってきていることの証しではないか。
16面の政治マンガは辺野古新基地反対の強固な抵抗の上に、政権の虚しい言葉「真摯」がやたら降り積もる様子を描いて、「南の島に雪が降る? 『しんし しんし』と降り積もる雪じゃあるまいし」と痛烈な言葉を重ねている。政府・政権は「沖縄」「福島」とも同じ手口で収束・隠蔽を急ぐ。被害を直接受ける場所の実態を隠し、強権で黙らせ、外に向けては情報を統制し、いかにも誠意をもってコトに当たっているように見せかけ、中身抜きの空論でまとめあげていく。どちらにしても「あきらめ」の構図に仕上げ、雪のごとく降り積もる「真摯」を実態として成り立たせ、直接の被害者たちの本音を押さえ込む。辺野古反対の意志が圧倒的多数を占めた県民投票のあと、「次は本土が応える番だ」との文字が紙面にあった。その言葉と同義の語りかけがあってもいいはずなのに原発事故ではそれが出てこない。大きな問題点なのだと思う。新聞紙面に出る以前に、福島県外で「原発」反対を主張する立場から、その言葉はいち早く生まれるべきなのだが出てこない不思議。ローカルな立場から考えると、先に発生した課題の熱が冷めるにつれて、次々あからさまになる重要課題に気分が圧倒されていく傾向があるような気がする。「熱が冷める」のは「自分自身の内部の熱が冷める」のが原因なのに、「世間の熱が冷める」に原因を転嫁してしまう。そして「熱から熱への転移」が始まる。
ブログ主自身の気持ちで思う。この問題を個人で構えて持続させることは、孤独な作業であり、至難の技というしかない。でも、始めた以上、その孤独は引き受けなければならない。誰のせいでもなく、自分自身の立場の問題としてそう思う。「福島県民」も「沖縄県民」も、内心では「県外の人々」「本土の人々」に不信感を持っている。自分のいるところで、自分自身の課題で、「原発について」「基地について」どう向き合うか、問われている。7面に「除染土再利用『反対』61% 処理水海洋放出『反対』65% 押し付け繰り返すな」がある。記事中に、県民の原発再稼働は賛成13%、反対68%、全国調査では賛成32%、反対56%とある。福島県知事が福島第2原発の「廃炉の正式決定」を国と東電に要請したのは昨年11月のこと。東電はその5ヶ月前に「廃炉方針」を表明していたが、これを受けて今年1月、福島第2原発の廃炉を「スピード感を持って検討を進めていきたい」と語ったという。第1原発と併せて計10基の廃炉が進む。我らは最低限でも「原発再稼働についての全国世論調査」で「反対がはじめて50%を切った」などという結果がもたらされないようにする責任を背負っている。そのために、当初は熱によって始められた運動でも、時が経つにつれて合理的認識に裏打ちされた運動に変換していく必要がある。何人も熱だけで持続することはできない。公害反対運動で、先人たちがよく勉強し、納得して運動したことを思い出す。
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2019年02月23日

やたら踏み出しすぎて戻れなくなっている

7面「泊原発『活断層否定できぬ』 規制委が見解 再稼働見通せず 北電の反証は難航か」の記事。「規制委員会は22日、再稼働をめざす北海道電力泊原発1〜3号機(略)の敷地内にある断層について、『活断層の可能性が否定できない』との見解を示した。北電が結論を覆せなければ、大幅な耐震強化を迫られる」「審査の長期化は避けられず、再稼働は見通せなくなった」「規制委は、北電の指摘する古い地層の上にもずれが伸び、より新しい時代に動いた可能性があるとして、活断層であることを否定できないと判断」「規制委の判断を受け入れた場合、『Fー1』断層が引き起こす地震に備える必要がある。北電が泊原発で最大の揺れと想定する600ガル(略)の見直しを迫られる」「原子炉建屋などの直下に活断層があれば廃炉を迫られる。北電はFー1断層の上に重要施設はないと説明」(本文引用)。新エネルギー基本計画で30年のエネルギーミックスを再エネと原発で約44%とする目標に向けて、いよいよ国策原発が自縄自縛の罠に落ちて行く可能性が強まっている。2月4日当ブログ「経済同友会代表の発言に関連してちょい考察」に書いた「高度化法」の規定が重しになる可能性が出てきた。2020年に取引が始まるとされる「非FIT非化石証書」がその皮切りとなるか。大手電力が保有する大型水力や原子力が圧倒的に有利に働く法のはずだったのに、いよいよ原発を締め付けはじめたか。
2月2日当ブログ「経済界の危機感はハンパじゃなさそう」で紹介した週刊ダイヤモンドの記事中に「原発はアンタッチャブル」の項がある。「安倍政権はエネ基を見直す気はないようだ。目下のところ、現政権の悲願は憲法改正。政権支持率を下げる不人気な政策の筆頭格である原発政策を真正面から取り上げるはずもない。しかも、今年は統一地方選や参院選が控える“選挙イヤー”。ある自由民主党関係者は『原発はアンタッチャブル』と明かす」「世界のエネルギー政策は急激に変化している。再生可能エネルギーの伸びが著しく、国内では原発と同じベースロード電源(略)に位置付けられていた石炭火力発電が低炭素社会を阻む悪者として退場を迫られている。選挙イヤーはエネルギー政策の在り方を真正面から捉える好機であるはず。原発の議論から逃げ続けるならば、安倍政権はエネルギー政策に汚点を残す」(本文引用)とあり、政権の自縄自縛も相当なものである。再エネが原発に対抗する武器になると証明されつつある。敵に塩を送らないよう、倒錯した再エネ嫌悪に塗れて再エネを敵に献上し続ける行為からの脱出が求められている。
7面には「茨城県知事が『不快感』 東海第二 原電が再稼働方針説明」もある。東海第二は首都圏に隣接する。日本原電は22日、再稼働を目指す方針を地元首長らに伝えたという。県知事は不快感を示し、東海村長も距離を置く。水戸市長は「実効性のある避難計画と市民の理解がない限り、再稼働はない」(本文引用)としている。昨年11月29日の当ブログ「どちらがより多く準備しているか」で若干触れたように、同月の副社長による失言「拒否権なんていう言葉はない」「拒否権なんていう言葉は協定の中にはどこにもない」があって「立地・周辺6市町村の首長は『再稼働の意思を表明せず、なし崩し的に工事をするのは認められない』と申し入れ」(本日7面本文引用)している状況。原電の焦りが招いた窮地が、今回の「再稼働方針説明」につながっている。しかし、県と6市村の姿勢は容易に崩せるものではない。経団連中西会長が焦るのも無理からぬところ。折しもFRBは利上げを休止。緩和策への転換が鮮明になった。昨日の当ブログ「いよいよ濃霧の真っ只中へ迷い込む」では、日銀の「丸腰状態」について触れたが、いよいよ新興国のデフォルトリスクまでが憂慮圏内にはいってきた現状。五輪や万博で民心を誘導しようとしても、それは逆にこの国を奈落へ突入させる罠ともなりうる。改憲まっしぐらの政権だが、トップが金切り声なるのもムベなるかな。彼はいま個人的に人生最大の剣が峰にぶち当たってキリキリ舞いしており、周囲が総出で忖度し守り抜こうとしている。そして危機はいっそう深まっていく。
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2019年02月21日

いよいよ明らかになる彼らの内部矛盾

経団連の中西会長の発言(日立製作所会長)が波紋を呼んでいると、8面「経団連会長の原発発言波紋『原爆と頭の中で結びついている人いる』」にある。「原発と原子力爆弾が頭の中で結びついている人に『違う』ということは難しい」「浜岡原発(略)を視察した際に」「『原発の再稼働への理解が深まっていないようだが』との記者団からの問いかけに答えた」(本文引用)。原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟による公開討論会の申し入れを、エネルギー政策の提言をまとめているところ、という理由で経団連は拒否した。4月に経団連として出す予定の「提言」を念頭に置いているのだろう。その提言が出てくる端緒は、以下のところに詳しい経緯が語られている。「2018年11月19日。中西は東京・霞が関の経済産業省を訪れ、経産相の世耕弘成(略)に切り出した。『このままでは事業を続けられません』。世耕は『もう少しがんばってください』と応じたと関係者は明かす」「日立だけではない。東芝の英国事業や三菱重工業のトルコ事業。日本の官民が挑んだ海外計画は軒並み頓挫した。このままでは国内原発の再稼働や廃炉に必要な技術や人材の維持も危ぶまれる。IHI横浜工場。原子炉圧力容器や格納容器の製造が主力だった建屋内にいま横たわるのは、トンネルの掘進機だ。ピーク時に約600億円あった原子力関係の売上高は半減した。工場長の丸山隆行(略)は『従業員のモチベーションをどう維持するのか悩む』と話す。原発産業は存亡の岐路を迎えつつある」(本文引用)
☆「民間に限界、万策尽きる 消えた原発輸出(ルポ迫真)」日本経済新聞2月14日
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO41217510T10C19A2EA1000/?n_cid=NMAIL007
4月の提言がどうなるか見ものだが、「どうせ原発推進側のゴタク」などと捨ておくのが適当かどうか、そこはかなり考えものだと思う。すくなくとも彼らの内部で悲鳴が上がっていることは間違いない。その悲鳴を高見の見物できるほどこちら側が力関係で優位にあるなら話は別だが、現状これを好機ととらえないのは、「脱原発」のスローガンを放棄することに等しい。強がりのつもりが「敵に塩を送る」ことになるとしたら、何をか言わんや。「バカバカしくて付き合ってられねえ」である。まして経団連の発言に合わせるように、同友会からの発言がある。こちらは明らかに「脱原発」の意図が表明されている。「高みの見物」しかできなかったら、同友会の一定の見解もゴミ箱行きになるのか。そりゃねえだろ。「あんたがた本音ではどっちを向いているの?」と言わざるを得ない。このところそんな人たちが身辺にいるのを見るのが煩わしい。
そんな動きがある中で、30面の「原発避難4・2億円賠償命令 横浜地裁 国・東電の責任認定」に注目。「福島第一原発の事故の影響で、神奈川県に避難をした60世帯175人が東電と国を相手取り、計約54億円の賠償を求めた訴訟の判決が20日、横浜地裁であった」「判決は、東電が国に対して、東北地方を襲った貞観地震(869年)に関する津波評価を報告した2009年9月の時点で、原発の敷地高を超える津波が到来して全電源を喪失し、放射性物質が放出されることが予測できたと判断。原発設備内の電源設備を移動すれば事故が防げたにも関わらず怠ったと述べた」「賠償は、国が定めた原発賠償の中間指針と比べ、軒並み増額された。国の指針では、『ふるさと喪失慰謝料』は高い放射線量を示した帰還困難区域だけが対象とされたが、横浜地裁は避難指示が出たすべての区域に適用。避難期間の長さに応じて、段階的に慰謝料を算出した。局所的に高線量となり、国が避難を『勧奨』するだけだった住宅(特定避難勧奨地点)にも、一人約600万円の慰謝料を認めた」(本文引用)
さて、勝俣恒久元会長、武藤栄元副社長、武黒一郎元副社長に関わる東電刑事裁判はどうなるか。昨年12月には35回公判で論告求刑。36回公判で被害者遺族代理人による意見陳述があった。その推移に要注目!
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2019年02月20日

遠い昔からボタンのかけ違いがあるような

1面に「大熊町避難指示一部解除へ 4月にも 立地自治体で初」の記事。「原発事故で全町避難が続く福島県大熊町で、避難指示の一部が4月にも解除される見通しとなった」「解除の対象は町の西側にある大川原地区と中屋敷地区。町面積の約4割を占め、町民の約4%、140世帯374人(略)が住民登録している」「昨年4月から帰還に向けた準備宿泊が始まっており」「20世帯46人が生活している」「大川原地区には特例として東電の社員寮が建設され、廃炉にあたる社員ら700人が暮らす」「同地区で帰還住民約1千人、町外からの住民約2千人が居住する計画を描く」「住民意向調査(速報板)では『戻りたい』が約1割、『戻らない』が約6割」「大熊町は(略)全住民約1万1500人が県内外に避難」「第一原発が立地する双葉町は20年春ごろに町内の一部、22年春ごろに特定復興再生拠点で避難指示の解除を目指している」(本文引用)とあり、いよいよオリンピック前後を目処に、全面解除に向けた動きが加速する。と、これを批判するのはたやすいが、「避難を継続すべき」と主張する場合、ブログ主には何かが欠けているような気がしてならないのである。
かつて阪神大震災発生の折、ブログ主は大阪府と兵庫県の境目に住んでいたが、ちょうどそのとき、琵琶湖沿岸へ引越する準備が完了したばかりだった。さて次は最後の決断で自宅を売りに出すか、というその朝、地震は起こった。家は潰れなかったが、かなり損傷を受けたため売り出しを中止した。損傷した家を売るなどできなかったからだ。琵琶湖の家は準備してあり、完全股裂き状態で引っ越すべきか否か、迷って1年延期にした。しかし1年後、まだ混乱の続く被災地から引っ越すことのつらさは例えようもなかった。まさに断腸の思いで決断したものの、心は地震被災地に残したままで、心的外傷後ストレス症候群のキズが深々と刻まれた。ひるがえって原発事故被害者の心情を思う。彼らもまた、断腸の思いで避難を決断したのだと思う。しかしたぶん、去りがたい気持ちも強烈だったはずだ。それは第1の傷として残ったと思う。次に避難者の背にのしかかってきたのが、避難先での調子っぱずれの視線だったのではないか。原発事故からの避難者は、地震被害に放射能被害が重なる。放射能被害に対する国家の恣意的な対応が鮮明になるにつれて、避難先で避難者に向けられる視線は、微妙に変化していく。そこに被災地に残った人たちの視線が加わる。さらに家族や親族内部での葛藤が増幅される。まとめると、放射線への危機感、国家による帰還圧力、被災した故郷への去りがたい気持ち、冷たい避難先の環境、被災地からの視線、家族や親族との軋轢。避難者は6つの方向から重荷を背負わされ孤立状態に陥る。そして実のところ、単純な「避難すべき」論はこういった複雑な葛藤をよそに、「まだ危険」「避難すべき」と一方からの主張を浴びせる。もしやこれは7番目の重荷になる可能性をはらんでいないか。
避難者を受け入れる側にいて、避難者が現に受けている理不尽な軋轢に気づかない。そのことがすでに、避難者を袋小路に追い詰めていないか。避難家族や児童へのいじめがあった。そのとき声高に何かを批判する前に、どうしたら避難者の傷ついた心を癒せるか、それに想いを馳せる必要があった。原発事故からの避難は、事故の収束がはっきり見通せるようになるまで果てしなく続く。そのためにあるべき社会的システムの確立をないがしろにして、「避難すべき」というのは「帰還促進」を政治的目標に掲げるのと同じくらい危ういことではないか。
そして思う。わたしたちは原発事故発災当初からボタンのかけ違いをし続けていないか。震災瓦礫の受け入れ拒否。福島県産の農水畜産物拒否。車両拒否。エトセトラ。そのためかえって巷に溢れる放射性物質に気づかないふりをしている欺瞞。これは本土における基地反対闘争の不十分さが、沖縄に堪え難い重圧をかけた責任を忘れているのと同根だ。いま「避難すべき」だけで押し通すのは、自分たちに欠けている何かを模索する可能性を狭めていることに他ならない。ブログ主もまだしかるべき結論に至れないでいる。
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2019年02月16日

原発維持政策に暗雲が漂う

14日の新聞に原発関連記事がいくつか載った。まず5面「原発のトラブル 東電が報告放置 火災など 規制委、詳細調査」は、「東京電力の柏崎刈羽(略)、福島第一、福島第二(略)の3原発で起きた火災などのトラブルについて、東電本社が原発側からの報告を放置し、予防策を検討していなかったことが原子力規制委員会の検査でわかった。規制委は13日、保安規定違反があったとして、詳しく調べる方針を決めた」「東電は『処理する期限が明文化されておらず、先延ばしにした』と説明している」(本文引用)。福島第二で昨年11〜12月に4件、柏崎刈羽で過去3年間に17件、福島第一で5件。次に書いてある「本社内のトラブル報告でも7件あった」(本文引用)の意味は不明。さらに不明はラストの「処理する期限が明文化されておらず、先延ばしにした」という意味。「保安規定に書いてないから先延ばし」と読めるがその意味かどうか、記事では判読できない。東電は柏崎刈羽再稼働を焦っている。再稼働できないまま時間が過ぎていくと、それだけで機器が劣化するなど問題点が積み上がり、いよいよ再稼働が難しくなる。動かさないのにゼニばかり食う、お荷物と化す可能性が高まる。そんな思惑が「先延ばし」の奥にほのみえる。柏崎刈羽の配線トラブルなどは全長数十キロという配線の総点検につながる可能性もあり、再稼働がさらに遠くなることを懸念したのかと思うが、そんなことしていると、点検やら対策やらで念願の再稼働もできなくなるよ。
29面には「溶けた核燃料に接触 福島第一2号機 装置で持ち上げ成功」がある。写真では、マジックハンドで燃料デブリをつかんでいる。小石状のデブリなどは持ち上げることができた。粘土状デブリは持ち上げられなかった。砂状とか固形でも壊れやすいものもあるんじゃないか。最大15メートルまで伸びる伸縮式アームというから、致死性の放射性物質にかなり近距離まで近づいて作業することになる。やはり作業員は現代の特攻隊員なのだ。ほとんどの国民は、彼らがそんなことをせねばならない理由を考えたこともない。1944年12月に航空特攻を描いた映画が公開され、人々はいよいよ身近になった国民総犠牲の現実に戦慄したという。いま原発事故を「終わったんでしょ?」などとのたまう庶民は、まだ自分の頭上に危機が訪れていないのをいいことに、自分だけの「平和」に浸っている。それは戦時の銃後の国民と同じだ。燃料デブリは取り出さないといけないものか。即死しかねない放射性物質の安全な保管方法も確立されていない現状、作業員に死の危険がある作業を強制するより、発災当初に言われていたように、原子炉建屋を頑丈な壁で覆い尽くして地下水の流入を防ぎ、吸熱素材として鉄や鉛などの金属を投入して空冷処置を施し、現場で石棺化することがやはり無理のない安全な方法ではなかったか。建前として作業員たちの被曝状況はそれほどでもないように見せているが、実態は健康管理から漏れ落ちる現場環境が、様々なかたちで今も横行していないか。
それほど無理をするのは、国家による原発維持政策が強引に続いているからだ。6面には「玄海2号機廃炉決定 九電 安全対策費の回収困難」の記事がある。事故前54基あった原発がいまや30基という状況。再稼働しているのは9基のみ。2030年度には全発電量の20〜22%を原発が占めるようにするというが、そのためには30基の再稼働が必要となる。2月4日の当ブログ「経済同友会代表の発言に関連してちょい考察」で書いた「高度化法」は、大手電力が電力市場で有利になるように目論んだ法だったが、その思惑が外れ、いまやギブアップ状態の企業側には足枷となりつつある。中西経団連会長は4月にはきっちりした見解を表明するという。いまが彼らの剣が峰だ。脱原発の勢いを維持することで未来が開ける可能性は高まっている。
☆「廃炉、原発全体の4割=計24基、政府目標に暗雲」時事ドットコム2月13日
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019021301311&g=eco&fbclid=IwAR05KGFi72jFdZJ2P4sC0QjohEG8qsffiHISQ_X-T5LViZRKdUGhJrBdkOI
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2019年02月04日

経済同友会代表の発言に関連してちょい考察

昨日一昨日の当ブログで、経済界と政府とのあいだに吹いている隙間風の可能性について書いた。今日はそれの関連で、あまり一般に知られていない事項について若干書く。まず以下の記事。「高度化法」や「非FIT非化石市場」など聞きなれない言葉が出てくる。「『高度化法は大変なことになると思った』大手新電力で電力取引を統括する幹部は、4年前、一律44%の非化石電源を小売電気事業者に課すことが決まったときのことをこう振り返る。それが今、2020年に取引が始まるとされる『非FIT非化石証書』を巡る議論の場で現実のものになろうとしている。『制度設計を誤れば新規参入者は壊滅する』(有識者会合の委員)ことが次第に明らかになってきたためだ。ここでいう非FIT非化石とは、FIT(固定価格買取制度)を利用していない大型水力や原子力などの非化石電源のことをいう」(本文引用)。ここまで読んだだけでも、あまりにも聞きなれないことが進んでいるようで、たぶん面食らう人は多いだろう。ブログ主も同じだった。さらに言えば、この先の記事を要約することの困難さを感じて怯んでしまった。
「高度化法」とは「エネルギー供給構造高度化法」のこと。2016年に根本的見直しが行われ、エネルギー基本計画が2030年のエネルギーミックスを再エネと原発で合計約44%に決めたのを受けて、非化石電源比率の目標が「2030年に原則44%以上」に改訂された。その結果、新電力には大幅に不利な一方で、「大手電力には棚ぼたで資産が増える」(本文引用)というシステムができあがることになった。大型水力や原子力が大手電力の持ち物であるということが、圧倒的に有利に働くシステムだからだ。「高度化法は大手電力10社のほか、年間の販売電力量が5億kWh以上の比較的大手の新電力が対象になる」(本文引用)。しかしこんな大手新電力でも、非化石電源を持っている企業はほとんどない。昨年11月12月に行われた有識者会合でも疑問が噴出したが、経産省は見直しに難色を示したという。
☆「新電力の利益を吹き飛ばす高度化法 非FIT非化石市場の設計で問われる公平性」日経エネルギーNext1月22日
https://tech.nikkeibp.co.jp/dm/atcl/feature/15/031400070/012200090/?P=3
以下、細かいことがずらずら続くが、ぜんぶ省略する。とにかく、経産省は原発や大型水力を保有する大手電力会社を優遇するのに躍起になっており、いまやほとんどなりふり構わないまでになっている。なぜここまであからさまに片一方を優遇するのか。その背景を探る上で、国民から見えにくいところで着々と進む、エネルギー基本計画の中身が重要になってくる。ほかにも2021年に旧型の石炭やガス火力が耐用年限に達し、次々に運転停止に至るというオマケもついている。大手電力で経営に赤信号がともりそうなものは、東電の他に北海道電力の名があがる。そんななかで、エネ基が2030年を目標とする原発比率22%は、このままいけばほぼ不可能に近い。それゆえ政府・経産省は、当面は「改憲」を最優先としつつ、原発再稼働を次の目標に掲げ、その邪魔になる新電力や再エネ関連発電を前もって潰しにかかっている。
経団連と同友会幹部の語る言葉が巷間でさまざま言われているけれど、その微妙な違いはたぶん、両組織の構成企業の違いにあるのではないか。大水力発電や原発を保有していたり、設備建設や維持にかかわる業界は、いうまでもなく経団連の方が多いはず。一方で大電力から距離を置く新電力大手は同友会に多いのではないか。前者は総括原価方式で守られた巨大設備を保有する国策企業。後者はいま冷や飯を食らう立場で、その関係はこれからも変わらないだろう。経団連の姿勢はこれまで書いてきた通り。そして、同友会の姿勢はそれと距離を置く立場に踏み込む。相互の立ち位置に違いが出てくるのは当然のことと言える。水面下で行われる政府の陰湿な電力再編構想の真実を見抜かないと、脱原発の世論は最終的に太刀打ちできない。いまこそふんどしの紐を締めなおす時期だと思う。
posted by ガンコジージ at 09:12| Comment(0) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月02日

経済界の危機感はハンパじゃなさそう

まずは「週刊ダイヤモンド」の記事から。以下は冒頭で、「政府が新たなエネルギー基本計画(略)を昨年に閣議決定して以降、電力各社で廃炉検討のラッシュが起きている。東京電力ホールディングスは福島第二原子力発電所の1〜4号機全てを廃炉にする検討に入り、東北電力は女川原発1号機の廃炉を決めた。これに続き、九州電力が玄海原発2号機(略)の廃炉に向けた検討に入った」(本文引用)と書き、原因の一つとして新規制基準に適合させる安全対策に金がかかりすぎることを挙げている。この動きが国のエネルギー基本計画に影響を与えるのは必至で、規制委の安全審査や立地自治体の同意プロセスが長引くと、再稼働が進まず2030年時点での原発比率をクリアーできなくなる。つまり、国のエネルギー基本計画が暗礁に乗り上げる可能性がでてくる。
「それでも現安倍政権はエネ基を見直す気はないようだ」「現政権の悲願は憲法改正。政権支持率を下げる不人気な政策の筆頭格である原発政策を真正面から取り上げるはずもない。しかも、今年は統一地方選や参院選が控える“選挙イヤー”。ある自由民主党関係者は『原発はアンタッチャブル』と明かす」「選挙イヤーはエネルギー政策の在り方を真正面から捉える好機であるはず。原発の議論から逃げ続けるならば、安倍政権はエネルギー政策に汚点を残すことになるだろう」(本文引用)と締めくくり、ようやくこの記事の本音が見えてくる。年頭の中西経団連会長の発言の不可解さは、ここで解けてくる。「週刊ダイヤモンド」の記事も他の記事同様、まさに経済界の危機感から出てきたものであったと感じ取ることができる。
原発比率の30年目標が達成できないと、再エネが優位を占めてしまう。温暖化の切り札として小型原発や石炭火力を進めようと画策しても、国際的な非難を浴びるばかりか経済活動にも差し支える。昨日の我が家購読紙6面には「石炭火力の新設 東ガスなど中止 千葉・袖ヶ浦」の記事があり、世界的な「脱炭素」の動きの中で、今後環境規制が強まれば、省エネ・環境対策などの設備投資などのコストが高騰することは必定。というわけで石炭火力は建設中止に追い込まれた。原発再稼働が進まない一方で再エネの比率だけが先行してしまう矛盾が顕在化すると、いよいよ原発のベースロード電源化は困難になる。これらを背景に考えると、年頭の中西経団連会長の発言が納得できる。15日の再発言と混ぜ合わせても、彼の脳内に矛盾など少しもないのである。「じゃんじゃん原発を再稼働させろ」「国民にしっかり納得させろ」「再エネなんかに圧倒さるな」という結論に至る。九州電が再エネ受け入れ制限を実施しているのもこの文脈の中で筋道が立つ。アベシはことあるごとに「世界で最も厳しい規制基準」と喋りまくってきた。まさに瓢箪からコマと言うべきか。事故当初に後藤政志氏が語っていた、「採算が合わなくなって自滅するように仕向ける」という作戦が当たりつつあるようだ。問題は脱原発の力がいまどれだけ大きく結集できるかだけではないかと思う。
☆「『廃炉ラッシュ』で原発計画頓挫でも議論から逃げ続ける安倍政権」週刊ダイヤモンド1月29日
https://diamond.jp/articles/-/192206
もう一つ重要なことがある。以下の記事は、石油大国アメリカの支柱がかなり揺らいでいることを示している。アメリカはいまシェールオイルあればこその繁栄の中にいる。「原油生産量は、2017年に1000万バレルを超えた。2018年はロシアやサウジアラビアを抜いて世界最大の産油国になった」「しかし、このシェール効果はほぼ10年間で終わる可能性が高い」「利益を上げられるのはあと数年との見方もある」(本文引用)という。ここでさらに挙げておきたいのが、昨日の我が家購読紙3面「米、利上げ路線を転換」の記事だ。当面は対中摩擦が日本経済に与える影響が問題だが、アメリカの危機がその先に控えている。立て続けに襲いくる危機を経済界は意識し始めたと見るのが全体像を捉える上で必要ではないか。危機は深い。そしてこれは、こちら側にとっては好機ととらえうるものでもある。死中に活を!
☆「脱オイルの世紀 鮮明になってきた米国シェール革命の限界 石油大国・アメリカの裏事情」日経エネルギーNEXT1月29日
https://tech.nikkeibp.co.jp/dm/atcl/feature/15/082400125/012900019/?n_cid=nbptec_fbed_nen
posted by ガンコジージ at 08:44| Comment(0) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする