2012年02月11日

妖精たちが降りた森

 男の子は救援団体の仕立てたバスから降りかけてステップに立ち止まりました。両手で鼻と口を押さえながら、きらきらまぶしい午後の光をにらみつけています。
 なんだか、降りるのをこわがっているようです。見かねて手を差しのべると、
「これ、さわってもいいの」
と、舞い落ちる枯れ葉を、こわごわ指差します。バスの外にあるのは、赤や黄にかわった枯れ葉を、いっぱいかかえこんだ森です。
 風が吹くたびさやさやと音がして、いつまでも枯れ葉が舞い続けます。この森は、ぼくのお決まりの散歩コースでした。
 まじりっけない、すきとおった空気のおいしさをからだいっぱいに感じながら、森の音を聞き、森の色を見、森のにおいを感じ、心に染み込ませるのが好きでした。
 でも、男の子は身をちぢめ、上目使いにあたりをみまわし、息を吸うのさえためらっているみたいです。
「いいんだよ、ここでは」
 そういいながら、落ちてくる葉っぱを手にとりました。地上にある枯れ葉をつかんで、ぱっと頭の上へほうりなげました。
 枯れ葉たちはまた空へもどれたことを喜ぶように、金色に輝く光の中で、くるくるとダンスをしています。ときどきぶつかり合い、からからとささやきあっています。風にのって、いっせいに舞い降りてきます。
「こんなことができるし、こんなことだってできるんだ。マスクもいらないんだよ」
 ぶあつく積もった枯れ葉の上へ横になり、ごろごろ転がりました。わずかに残った湿りのなかへ、顔を埋めてみせました。
「うーん、いいにおいだ」
いいながら、あおむけの大の字になって、また両手いっぱいの枯れ葉をぱっと空高く放り上げました。でも、調子に乗りすぎたようです。枯れ葉はすぐ頭の上に落ちかかり、
「こりゃたまらん、わはは」
 ぼくは大笑いしていました。男の子はたしかめるように伏し目で見ていましたが、ぼくの笑い声で元気づけられたようです。きゅうにあかるい顔になると、大きな声でバスの中へよびかけました。
「すごいよ。ここではマスクをしなくていいし、さわっても、寝転んでも、思いっきり息をしてもいいんだ」
 するとどうでしょう。とつぜん「わあっ」という声が上がり、バスがどすどすゆれて、窓からたくさんの顔がのぞきました。
 ステップから、男の子がいきおいよく飛び降りてきます。舞い落ちる枯れ葉の中に飛び込みます。積もりに積もった葉っぱの上を、走りまわります。
「マスクなしなんて、ひさしぶりだ。みんな出ておいでよ」
 男の子の声が、森にひびきわたります。
 葉っぱにさわって、しげしげながめていたかとおもうと、鼻に押しあててにおいをかいでみたり、胸いっぱいに深呼吸してみたり。
 風がたち、葉っぱが手をつなぎ、ぐるぐるとうずになって男の子をとりかこみ、ダンスを踊っています。
 爆発したような笑顔にびっくりしてみとれていると、バスから声があふれだしました。息をつめていた子どもたちが、いっせいに飛び出してきます。
 たくさんの枯れ葉が、あたりいちめんにはじけた歓声とまざって、青空へわんさか舞い上がっていきます。
「よかった」
 ほっと一息ついたとき、ポケットの線量計に指がこつんと触れ、ぼくはいまどこにいてなにをしているのか、思い出しました。
ーこの子たちが、これからもずっと、森とともに、いられますようにー
 ぼくは小さい箱をにぎりしめながら、ぼくの心にむけて祈りました。
posted by ガンコジージ at 11:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月15日

「声」(風が吹いたあと その1)たまに書く物語

 全山を青い炎がつつみ、空気が鉄さびのにおいを運ぶ朝。マサタカじいさんは軽いあくびをしながら、中腹の家で眼を覚ました。
 壁のボタンを押し、鉛ガラスの窓から外をのぞく。いつもとかわらない、草も木もない灰色の世界に顔をしかめていると、
「おじいさん、どうしてそんなに悲しそうな眼をしているの?」
 どこからか、えらく心を揺らす、幼い声が聞こえた。心の内を見透かされたようで、マサタカじいさんはびっくりした。おどおどあたりをうかかがって、ようやく気持ちを落ち着かせ、しわがれ声で聞き返した。
「だれなんだ。まさか危険な戸外にいるわけはないし、いつのまにか部屋に忍び込んでいるのでもないようだが・・・」
 首を傾げるのも無理はない。マサタカじいさんが住む部屋の壁は、頑丈なコンクリートの内側に、厚さ30センチの鉛がはりつけられている。ドアは鋼鉄の2重扉。重くて、たまに外へでるときなんか、開けるだけでもえらくホネが折れる。
このごろでは体力が衰え、ぶ厚い防護服を着るのがめんどうで、外出する機会もめっきり減った。ここ一週間ほど扉を開けたこともなかったから、いま聞こえた声の主が部屋の中にいるとはとても思えなかった。
 きょろきょろしていると、クスクス笑う声が、窓の外からはっきりと聞こえ、戸外の少し離れた土盛りの上に、ひょこんと半ズボン姿の少年があらわれた。
「なにをおどろいてるの。おかしな顔だね」
 手足がひょろんとのびて、血色のいいほっぺたがぷっくらふくらんでいて、バネ仕掛けみたいに身軽に、跳ねとんでみせる。
 びっくりした。そんなことあるか。まさか外にいるなんて!
「こら、だめだ、死んでしまうぞ。ここは子どもが来るところじゃない」
 マサタカじいさんは、窓ガラスに顔をべったりくっつけて、口から泡を吹いて叫んだ。唾が飛んで、ガラスがぐちゃぐちゃに曇ってしまっても、かまっちゃいなかった。でも、男の子は平気な顔をしている。
「うふっ、へんなおじいさん。なにをあわててるの。ここにはなんにもないのに」
「なんにもないことはない。においも味もないけれど、すごく危険なものがあるんだ。はやくあっちへいきなさい」
 ゴゴンと重たい音がひびく。起き抜けにじいさんがやったボタン操作で、クレーンが動き出したのだ。土盛りの上空へ、長いながい鉄の腕が、ぐんぐんのびあがっていく。
「これからはじまるんだ。逃げなさい。わからないかね。耳をすましてごらん。遠くのほうから、なにかが近づいてくるだろう」
「聞こえないよ。なんにも聞こえやしない」
 少年はポケットに手を突っ込んだまま、また軽々ととんぼ返り。それから手の甲で得意そうに鼻をぐりんとこすりあげる。どこかで見た覚えがある。孫か。いや、もっと身近なだれかと同じ・・・。
 眼をこするじいさんの前で、「外へでておいで」と誘うように、少年はケラケラ笑いながら、肩をすくめたり、お尻をツンとつきだたりしてみせる。じいさんはしかたなく重い防護服を着て、鋼鉄の2重扉をあけた。
 外に少年の姿はなかった。
「どこへいったんだ。外にいるくらいなら、ワシの部屋へ来なさい」
「いやだね。そんなたいくつなところ、ぜったいにはいりたくないもんね」
 ゴンゴンとうなりをあげるクレーンのわきを、小さいなつかしい影が遠去かっていく。その足取り、手の振り方、首の曲げ方。
「まってくれ。ワシは一人でいたくない」
 それがだれなのか気づいたマサタカじいさんは、いっぺんに力を失い、叫びながら防護服の重さに耐えかねてその場に膝をついた。ガラガラと大きな音をたてて、クレーンが山の斜面に土砂やがれきを積み重ねていく。
 はるか下の道には、荷車をひく無数の長い列があった。荷車には、においも味もない危険なものの残骸が積まれていた。じいさんと自動クレーンだけが住むこの山をさらに高くするために集められる、世界を汚し続けたものたちの残骸だった。
「まだ、ワシの罪は消えないのか。あの少年だったときに戻らせてはもらえないのか」
 マサタカじいさんはため息をついて、首を垂れた。痩せた背中にとどくのは、荷車を引くものたちの、赤く燃えて刺すような視線と低いうなり声だけだった。
 少年が消えた先には、青い炎を吹く山がさらにいくつも重なり合いながら遠く続き、高い空を突き上げてそびえていた。
じいさんは、山にいる仲間たちに会いたいと思った。「少年は来たか」と聞いてみたいと思った。
posted by ガンコジージ at 09:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする