2014年06月05日

たまに音楽・・・「暗い日曜日」

このごろブログの文章が乱れている。疲れているのかな。確かに寝不足ではある。頭の芯がぼやっとして妙な気分。
書きたい気持ちはあるが、適切な言葉が浮かばない。表現力サイテーで、文章に流れがなくて、リズム感悪く、発想が広がっていかない。困ったもんだ。
寝床に入って暗い天井を眺めて考える。地震の時はびっくりしたなあ。停電で手回し発電ラジオを聞くしかなかったけれど、震源がどこだとか揺れや津波や被害の様子とかがよく判らず不安が募り、原発で煙りが出ているという報道に接して、ものすごく不吉なものを感じたっけ。次の日か、その次の日か、テレビで地震の状況が判ってきて、津波のものすごさに呆然としてしまった。
それから原発の爆発を知り、「終わった」と直感したのだ。正直に言うと、30年近く前に「地震による冷却機能喪失」の可能性をなにかの本で読んでいたけれど、警告をまともに受けとれず、「最悪の場合はそれもアリだわなあ」と一笑してたっけ。
爆発の映像を見て背筋が寒くなった。「とんでもないことが始まった」と思った。その日のうちか、次の日にか、安定ヨウ素剤を入手できないかネットで調べ、入手困難と知り、うがい薬なんかも調べてあきらめ、だし昆布の束を買ってきた。愚か者が走るの図。それでも危機感はいまだ空想の領域に片足以上を突っ込んでいたような・・・。
情報が集まらなくてネットを探りまくり、にわか勉強したものだった。日常の表面では落ち着いていたように見えただろうが、内心ではオロオロしていた。
事態がちっとも良くならず、国会も始めのうちこそ全議員一致団結みたいな動きがあり、「早くしろよ」とイライラしていたが、いつのまにか責任追及とも言い難い怒号渦巻く修羅の巷と化していた。
気がつけばアレヨアレヨというまにトンデモナイやつが政権を握っていた。なんでこんなことに、と思ったが、これはドサクサ紛れに成立した政権ではなかった。
この国は大混乱に陥っており、みんなの気分が「いまあるもの」を信じられなくて全部否定に走り、残ったカスの中からとんでもない怪物を引っ張り出してしまったのだ。通常ならこんな選択をしなかっただろう。もっと納得できる変化の道を進んだはずだ。
混乱の時というのは、極端な方向を情動という基準で選んでしまうものだ。そして情動は醒めやすく、忘れやすい。気がつけば自分たちの集合的な意識がいまをつくったということさえ気がつかず、選択主体である自分を忘れてしまう。
ある日突然、以下のような事実を突きつけられ、他人事として胸ふるわせ、眉をひそめるしかない現実にぶつかる。選択者であることを忘れたのはずいぶん前のことで、いまはもしかしたら選択者であることを選べない立場になっているのか・・・。
希望を失わせたのは混乱だった。混乱を生み出したのは施政者の無策であった。彼らの無策を助長させたのは他でもない集合的な情動だった。それがいま若者を死に追いやり、施政者に若者の命をもてあそばせる。また、オノレの命さえも・・・。
☆「若者の死因のトップは“自殺” 先進国中で日本だけ」テレ朝ニュース6月3日
http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000028119.html
そしてふと気がつくと、暗い天井を目ん玉パカッとあけて見つめている、ぼやけた頭の自分がいる。闇の中で、耳の底に「暗い日曜日」の歌声が響きわたる。ナチスが台頭していく1930年代にヨーロッパで流行した歌だ。同名の映画があり、「シンドラーのリスト」の冒頭でも、この音楽が流れていたように記憶している。
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2011年01月09日

ビートルズ「イエスタデイ」のこと

新聞にビートルズの「イエスタデイ」についての記事が載っていた。ポール・マッカートニー作詞作曲で話は進んでいた。
そこでジージはふと思った。アメリカ映画の一場面で、この曲が流れているのを見た記憶があるのだ。
舞台は禁酒法華やかなりし1930年代のシカゴではなかったかと思う。映画館かゲーム場の入り口で、登場人物が佇んでいたとき、バックグラウンドに流れていたっけな。あれはなんの映画だったか・・・?
思い出そうとするのだが、どうしても思い出せない。ムリヤリ考えて、もしかしたら「アンタッチャブル」(’87年)の一場面ではなかったかと思う。監督ブライアン・デ・パルマ。作曲家エンニオ・モリコーネ。俳優ケヴィン・コスナー、ショーン・コネリー、ロバート・デ・ニーロなどなど。
舞台が1930年前後なので、どう考えてもそこで流れていた音楽は、1930年代にはあった音楽と思われる。まさか映画の製作陣が時代考証を間違えたか、ちょっとした洒落でつくったか・・・。うーん、そんなわけないよなあ。
とまあ、そんなふうに首を傾げた次第。もっともジージの記憶はこのごろすごく曖昧なので、該当の映画が間違いなく「アンタッチャブル」だったかどうかは自信がない。映画を注意深く見直せば判るんだろうが、そのような労力を割く気力も、いまはない。
1930年代を描いた(なんらかの)ギャング映画でこの音楽が流れているのを聞いた、というのだけは確かなこと。また、ポール・マッカートニーが古い楽曲から盗作したとも思わない。そのとき「さすが音楽の専門家。よく研究しているもんだなあ」と感心したのを思い出す程度である。
かつて「日刊ゲンダイ」が「ローマDPA時事」の通信として、以下のように伝えたことがあったと言う。
「イタリアの著名な作曲家リッリ・グレコ氏が18日夜、同国のテレビ番組で、ビートルズのイエスタディは1895年に作曲されたナポリ民謡のカバー曲だとの新説を唱えた。
グレコ氏は、1965年にイエスタディを作曲したポール・マッカートニーは世界の音楽について幅広い知識を持っており、特にナポリ民謡がお気に入りだったと主張。
同氏が番組の中で演奏した「原曲」は、確かにイエスタデイに酷似していた。
ビートルズの伝記には、ポールがイエスタデイの作曲直後、無意識のうちに盗作したのではないかと心配し、「一ヶ月ほど音楽関係者に、この曲を以前聴いたことがないか尋ねて回っていた」と述懐したと記されている。
【ローマDPA時事】(日刊ゲンダイ 7/21)」
リッリ・グレコ氏が公表したのは06年4月18日のことらしい。だからこの記事は同年7月のものだろうと思う。
で、とりあえずジージは考える。たぶん映画では、皮肉でもなんでもなく、素直に原曲を使っていたのではないか。また、とりたてて盗作などと騒ぐよりも、忘れられかけていた音楽を発掘したポール・マッカートニーの功績と考えることもできるのではないか。そんなふうに考えるのは、音楽シロウトのジージの単なる甘い認識というものなんだろうか・・・なんてね。
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2010年08月14日

竹田の子守唄

めずらしい映像を見つけた。昔々の子どもたちの姿である。幼くして子守り奉公に出された子どもたちの写真でつづられている。
ほんとうは写真だけでもいいのだが、YouTubeなので音楽付き。



昔々、世の中おしなべて戦争まっしぐらの時代、じっさいには庶民生活は疲弊し、末端のところではこんなふうに重荷を背負わされた子どもたちがいた。
お国のため、愛するもののため、エトセトラはたまたエトセトラ、いくら建前で格好いいことを言って煽り立てても、実態はそんなことであった。
なにも知らされず、なにも知らないまま、こうして成長し、最後には戦争に駆り出され、無数の死者のひとりになっていった。
そんなふうに捉えてみると、子どもらの表情が、心に重たく迫ってくる。背景にはジージの不勉強ゆえに知らないでいる、さらに多くの事実が詰まっていると思うのだが、残念ながら、いまのところそのくらいしか感じられない。
でも見るものに迫ってくるものを持っている映像であることは確かだ。いろいろな視点から、それぞれの思いを紡いでみることができる、そんな映像である。
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2010年08月11日

Billy Bragg「インターナショナル」を熱唱

G20といえば、ついこのあいだ行われたばかり。日本ではこんなふうに報道されることはほぼなかったわけで・・・。
Billy Bragg singing Internationale at G20 Protests

世界は燃えている。いや、ほんと燃えているなあ。
アメリカには頑固にかつ明るく、自分の姿勢を一本気に継続していく人たちがいるんだなあと思う。
ところで、「ほぼなかった」といえば、このごろ「インターナショナル」をこんなふうに歌うのを見かけることが少なくなったような気がする。
2009年12月16日の当ブログ「これはおもしろい歌い方だ」で、「聞け万国の労働者」を三線で歌っている映像を紹介させてもらった。おなじところで「インターナショナル」についても書いたが、こういう歌をうたえるところが、少なくなってきたのかなあ。いや、そんなはずないと思うんだけどな。
どうかね、日本も世界に負けじと燃えてみようじゃないかね!
「我が国の労働者は勤勉で、ストやデモなんかせずに、ひたすら働く優秀な人たちですから」なんて言われて黙っているのは、いかにも恥ずかしいことだ。よ
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2010年07月27日

ネーネーズ「平和の琉歌」

ここのところ音楽づいている。カテゴリーを見たら、音楽がいちばんアップ数が少なかったからだ。ちょっと可哀想だな、なんて同情してしまい、映画カテゴリーに並ぶというのは無理にしても、少し増やしておきたくなったわけで・・・。
音楽といっても詳しいわけではないので、どうってことない記事にしかならないかもしれないが、自分自身を鼓舞したり、ゆるゆるとさせてみたり。そんなふうに記録しておくのもわるくはないと思うわけで・・・それで、ネーネーズ「平和の琉歌」をとりあげたのである。
YouTubeの画像の下には「世直し音頭 プロレタリアソング選曲集2より「平和の琉歌」作詞・作曲:桑田佳祐 沖縄詞:知名定男」と書いてあった。
とにかく、作詞・作曲:桑田佳祐というのがいい。彼本人が歌っているのもあるが、やはり沖縄の詞で歌っている方が深く味わえるような気がするので、こちらを紹介する。

世直し音頭 14 平和の琉歌

それにしても、あの桑田佳祐の作詞・作曲であることに注目したい。彼はまた日本文学のアラカルトみたいにしてつなげた歌を作っていて、その初っ端に出てくるのが「蟹工船」の冒頭部分である。アラカルトの中には、中原中也の詩や石川啄木の短歌なども含まれている。なんともおもしろいことをする人である。
この「世直し音頭 プロレタリアソング選曲集2」は、全体に興味深い歌がたくさん紹介されている。もったいないのは、あまり聞かれていないということかなあ。
「ウンガラガッタ」みたいな登場の仕方もあるけれど、こういうきちっとした(いや「怒髪天」がきちっとしていないという意味ではないけれど・・・つまりまあ八方破れみたいな爽快感とはひと味違う、ぴしっとした背筋の通り方と言えばいいか)こういう歌も聴かれていいんじゃないか、と思う次第。
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2010年07月25日

「怒髪天」という奴ら

めちゃくちゃおもしろい歌を見つけてしまった。「怒髪天」というグループらしい。とんでもない歌を歌っているじゃないか。なにごとにも、物わかりいいみたいな振りをするのが当たり前の世相からすると、「おれたちゃ怒っているんだ」と叫びまくる彼らの姿が、妙に新鮮である。
またアルバムの名前がいい。「プロレタリアン・ラリアット」という。ジージは現代の若者音楽なんぞ、これまでまったく興味なかったのだが、このグループの歌は、聞くなり「はあ?!」と目をむいてしまった。めずらしく音楽のアルバムを買いたくなってしまったのである。いや、もう絶対に買いにいこうと思っている。
なかでも特筆できそうなのがこの歌。「労働CALLING」である。暴発寸前の怒りをどこへ持っていくのか、多少の危惧を感じつつ、とりあえず「おもしれ〜!」と言っておこう。

怒髪天 労働CALLING

歌詞*****作詞:増子直純 作曲:上原子友康

地獄かよッ!月曜日 ウンザリくるぜ火曜日 まだココか
水曜日 今日も残業だ 木曜日花はナイ 金曜日
限界みえた 土曜日 マジ?仕事? 日曜日 汗と涙です一週間

どんなに働けど サッパリ楽じゃねェ いつか幸せを掴む それは 夢また夢?

ウンガラガッタ ウンガラガッタ ウンガラガッタッタ
こんな日本に誰がした?
ウンガラガッタ ウンガラガッタ ウンガラガッタッタ
泣くな! 働き者

また来たヨ 月曜日 やっと立ってる 火曜日 呆然
と 水曜日 騙し騙しきた 木曜日生きてるか?金曜日
最早ここまで 土曜日 やっぱりネ 日曜日 生ける屍の一週間

世のため人のため 愛する君のため 我ら戦い続ける 労働戦士達

ウンガラガッタ ウンガラガッタ ウンガラガッタッタ
こんな日本に 誰がした?
ウンガラガッタ ウンガラガッタ ウンガラガッタッタ
泣くな! 働き者

どんなに働けど サッパリ楽じゃねェ いつか幸せを掴む それは夢また夢?

ウンガラガッタ ウンガラガッタ ウンガラガッタッタ
こんな日本に 誰がした?
ウンガラガッタ ウンガラガッタ ウンガラガッタッタ
泣くな! 働き者

ウンガラガッタ ウンガラガッタ ウンガラガッタッタ
こんな日本に 誰がした?
ウンガラガッタ ウンガラガッタ ウンガラガッタッタ
歌え! 働き者

この「ウンガラガッタッタ」というのが、なんともいえずいい。ちなみに、今度知ったのだが、桑田佳祐も「蟹工船」の冒頭部分を含む歌をうたっていたり、「平和の琉歌」という歌を作詞作曲し、自分でも歌っているらしい。また探してみたいと思う。
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2010年07月24日

音楽「連帯は永遠に」ピート・シーガー

YouTubeで懐かしい歌声を見つけた。映像もすごく良かった。というわけで、これは必見!

Solidarity Forever (Pete Seeger)<「連帯は永遠に」ピート・シーガー>
https://www.youtube.com/watch?v=Ly5ZKjjxMNM
原詩:
1.When the union's inspiration through the worker's bloom run,
  There can be no power greater anywhere beneath the sun.
  Yet what force on earth is weaker than the feeble strength of one?
  But the union makes us strong. Solidarity forever,……
2.They have taken untold millions that they never toiled to earn.
   But without our brain and muscle not a single wheel could turn.
   We can break their haughty power, gain our freedom when we learn
  That the union makes us strong. Solidarity forever,……
3.In our hands is placed a power greater than their hoarded gold.
  Greater than the might of armies, magnified a thauthand fold.
  We can bring to birth a new world from the ashes of the old,
  For the union makes us strong. Solidarity forever,……

訳詞:
 連帯は永遠に
1.働く者の情熱にユニオンの霊感が駆け抜けるとき
  この地上に比べるものもない大きな力が生まれる
  だが一人だけでいたら これほど弱い者もないだろう
  しかしユニオンが我らを強くする 連帯は永遠に…
2.彼らは労せずして権利なき巨万の富を手にした
  だが我らの頭脳と筋力なしには歯車の一つも回らない
  我らは彼らの傲慢な権力を破り自由を得ることができる
  ユニオンが我らを強くすることを学ぶなら……
3.我らの持つ力は彼らの死蔵された金銀に勝る
  力が力を呼んで軍隊をも打ち破る力となるのだ
  我らは古きものの廃墟の上に新しき世界を誕生させる
  ユニオンが我らを強くするからだ……

原詩訳詩ともに「志村建世のブログ 多世代交流のブログ広場」からの引用によっている。このブログには、ほかにもユニークな記事が多い。最近の傑作では、「日本貧乏党綱領草案 2010、7、17」が最高。読んでいて、ジージとしてはひっくり返るほどおもしろいと思った。これも引用したいと思うけれど、それは別の機会に・・・。
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2010年07月23日

「虹と共に消えた恋」とそれの元歌、さらに元歌

「Picture on the Wall コートを翻し街角を駈けていく男の色褪せた写真。お前はもしかして……。」というブログで反戦歌について書かれているのをみつけた。(それにしても長いブログ名だなあ!←これはジージの勝手なつぶやき。とはいえ書かれていたのはイチオシの文章だった。)

『反戦歌』 [noisy  life]


読んでいたら、興味深い記述があった。ピーター,ポール,&マリー(略してPPM)の「虹と共に消えた恋」と、その元歌のことが書いてあったのだ。くわしくは「Picture on the Wall」で読んだ方がいいとして、まずはYouTubeのPPMの歌を参照されたい。

 Peter, Paul, & Mary - Gone the Rainbow

次に以下のところで、元歌を聞いてみた。なるほど、こういうふうにアレンジしているんだなあと、感慨に耽ったりして。どちらの歌もなかなかいいもんだ、と思った。

Clannad - Siuil A Run「シューリ・ルゥ」(WALK MY LOVE)

元歌は反戦歌というより厭戦歌。歌い方そのものもすこぶる叙情的で、悲しみに心をふるわせるという感じ。
「シューリ・ルゥ」と「虹と共に消えた恋」のあいだをつなぐ歌もある。これは「シューリ・ルゥ」よりもはるかに「虹と共に消えた恋」に近い。

Mark O'Connor and James Taylor - Johnny Has Gone For A Soldier

なるほど、3つの歌を並べて聴くと、長い歴史のようなものを感じてしまう。さて、それでは次につながっていく歌は、どんなものになるんだろう。あたらしく期待する気持ちがわいてくるのである・・・。
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2010年07月18日

おもしろい歌を見つけた

「北海道AALA連帯委員会」という団体のサイトにあったものだ。

心ならずも「君が代」を歌わざるを得ない状況に置かれた人のための歌

という触れ込みである。
とあるブログを訪問していて、そこで紹介されていたところからさらにまた先をたどっていったら、こういうところにたどり着いた。
コレハオモシロイ、と思った。それで紹介することにした。

き  み  が  あ よ  お わ
kiss me, girl, and your old one

 ち よ に   い い や ち  よ   に
a tip you need, it is years till you're near this

さ    ざ で  い  し の
sound of the dead "will she know

し  わ  お と な  り  て
she wants all to not really take

こ  け   の む  う  す う ま あ で
cold caves know moon is with whom mad and dead"

なんとなくひらがな部分がおかしいじゃないか、と思うなかれ。英語部分をむりやり和文的に読んだらそうなるということである。英語部分の訳文も載っていた。傑作であった。

以下、英語部分の翻訳:
僕にキスしたら君のその古臭いジョークにも
(サヨナラの)キスをしておやりよ
君に必要な忠告をあげよう 死者たちのこの声が
君に届くまで何年もかかったんだよ
「国家ってのは本当に奪ってはならないものを欲しがるけど
そのことに気がつく日が来るんだろうか?
冷たい洞窟だって知ってるんだ
(戦争で傷つき)気が狂ったり死んでしまった人たちを
お月さまはいつも見てるってことを」

某公立学校の式典において、教育委員会は教員がちゃんと歌っているか否か、口パクでないかどうか、式のときに巡回して、耳と目を集中しながら監視しているのだそうな。
ジージはその新聞記事を見たとき思ったものである。監視している者は歌っているのかなあ、もしかして彼らは演壇に尻を向けているのではないかなあ、歌っているあいだずっと式場をぶらぶらしているのかなあ。彼ら流にいうと、彼らの行為はまさに「不敬」をはたらいていることにならないのかなあ。エトセトラ、エトセトラ・・・。
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2010年04月22日

Bella Ciao

音楽コーナーの連続である。
ゲバラの国連演説やカストロに宛てた最後の手紙などの映像を探していて、いろんなものを見つけた。これもそのひとつ。
イタリアのパルチザンの歌だけれど、今回あちこち検索していて、じつにいろんなところで歌われているのだと知った。イランでも歌われていた。なんだか新鮮だった。
今回のこれは大群衆がラテン調で歌っていることに興味深いものを感じたのでここに紹介することにしたわけで・・・。

Bella CiaoーModena City Ramblers

映像をそのままここへ持ってきてもいいのだけれど、ネット環境によっては接続が重たくなる場合もありうるので、あえてこんなふうにリンク先を表示するだけにしている次第。あしからず。
世界はいまもあつく燃えている。自信喪失したみたいに小さく縮こまっているのは、どこの国なんだろう。窮状にあったら切り開かないとなにも前に進まない。
前に進めようと思うなら、一途にはなってもかたくなにはなりたくない。普天間の移設について言うと、この国の防衛にはどうしてもアメリカの傘が必要だという発想を軽く捨て去れば違う道筋が見えてこようものを、いつまでも先祖帰りの尻尾みたいに持ち続けるから身動きとれないんじゃないのかな、と思う次第。
もっとも自主防衛みたいな発想になったら、いっそうヤバイわけだけれど。「このつぎ戦争をやるなら絶対に負けない戦争をしよう」なんて発想もあるなあ。それやこれやのいろんな発想から自由になること。重要だと思うんだなあ。
いまラテン系諸国で変革の流れが大きくなっていることには、その底流に底抜けの明るさがあるからではないか、なんて勝手なことを思うジージなのであった。
25日の沖縄はそうとう熱くなっていると思うよ。ウィジェットの琉球新報の特集記事を見ていると、ヒシヒシと伝わってくるんだなあ。で、この音楽でエールを送って、景気付けといこう、と思ったわけで。
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2010年04月18日

ゲバラ 最後の手紙

ひさしぶりに音楽の紹介と洒落込もう。映像もついでに・・・。
ゲバラがカストロに宛てた最後の手紙を、カストロが読みあげている映像があった。直筆の手紙の映像とかゲバラのいろんな写真や映像とかも同時に見られる。
ネットというものは使いようですごく便利なものだと思う。20年前からでも考えられないことである。
だいたいカストロはものすごく長い演説をすることで有名だけれど、この手紙を読みあげたときは、めずらしく超短時間であったという話が伝わっている。

Che Guebara (カストロへの最後の手紙)


ついでに探していたら、こんな歌もあった。
「トラベリング・ウィズ・ゲバラ」でも、高らかに歌われていて印象的であった。ブログによっては、「モーターサイクルダイアリーズ」と今回の「チェ」2部作をセットにして3部作である、という見方をしているところもあるが、ジージとしては「トラベリング・ウィズ・ゲバラ」を加えるべきであると思ったりする。それで3部作か、あわせて4部作というべきか。

Hasta Siempre  (ようするにゲバラ讃歌)

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2009年12月16日

これは面白い歌い方だ!


「聞け万国の労働者」

上の大きな横文字をクリックすると歌を聴けると思う。たぶん。


「 El pueblo unido」についてこのブログで紹介したとき「こういうふうに歌いきってしまう気分の持ちように敬意を表したくなる。やたら悲壮感が漂っちまうとか、強烈な意志を感じさせるとか、妙に神々しく歌っちまうとか、ともすればイキミすぎて便秘になってしまいそうな歌い方なんかより、こういう神経を持っていることも必要かもなあ」と書いた。
そのとき、ジージたちの国ではこういう歌い方はないのかいな、と嘆いたのだが、なんとまあ知らないのはジージだけであったと言うべきか、こんな歌い方があるのを見つけたのだ。
いやすごい。感動ものである。これはまさに便秘なんか吹き飛ばす小気味よさ。無理につくった勇壮さとか、荘厳さとか、団結の力とか、ようするに作為の目立つ歌い方はジージとしてもゴメンこうむりたい。
地面に根っこを張るような、しかし日常で口ずさむみたいな楽な気分で、それでいて言いたい事はキッチリ言っている、そんな歌い方ができるとは、知らなんだ。
三線というやつはすごい。沖縄というところがすごいと言うべきか。これはもしまだ広く知られていないのなら、広がってほしい。ただひたすらジージが知らなかっただけなら、ここで反省しておこう。
まあとにかく、ぽちっと聞く価値はあると思う次第。同じことがいろんなところでできないかなあ、と思ったわけで・・・。
西成三角公園での演奏とある。同じときに歌われたらしい「インターナショナル」にはそれほどの共感は感じなかったが、それはあくまでジージの主観である。とにかく、この歌はよかった!
ラベル:西成 沖縄 三線
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2009年10月26日

「われら愛す」という歌

1953年にあたらしい国民の歌をつくろうという趣旨のもと、新国民歌「われら愛す」というのが公募によってつくられたらしい。ひところはこれを普及する運動のようなものも存在したみたいなことが言われている。

【公募のときの審査員】
《作詞》堀内敬三・土岐善麿・大木惇夫・西条八十・サトウハチロー・佐藤春夫・三好達治
《作曲》堀内敬三・山田耕筰・増沢健美・古関裕而・サトウハチロー・諸井三郎

でも、ジージは迂闊にもそのことを知らない。まだ幼かったためか、「そんな運動あったっけ?」と首を傾げるばかりなのだ。いまの状況を考えてみると、そのときなんでもうすこし本気で継続してやらなかったのかなあと思わざるを得ない。
これを強力に普及していたら、いまごろ国旗国歌法なんてものでいらぬ縛りをかけられることもなかっただろうし、もうすこし違った世の中が拓けていたかもしれない、と思ったりする。以下にそのとき歌われた新国民歌「われら愛す」の歌詞を添付する。
あまりこなれた歌詞ではない。それにしてもジージは、この歌は、あたらしい時代を用意することができた可能性があったのではないかと思う。
もったいなかったなあ。なんでこれを強く推進しなかったんだろう。いろんな事情があったのだろうが、とにかくもったいなかった。そしていま、この歌を広めようという新たな気運が起こり始めているとも聞く。

新国民歌「われら愛す」(1953年)

        作詞=芳賀秀次郎
        作曲=西崎嘉太郎
        編曲=山田 耕筰

一、われら愛す
   胸せまる あつきおもいに
   この国を われら愛す
    しらぬ火 筑紫のうみべ
    みすずかる 信濃のやまべ
   われら愛す 涙あふれて
    この国の 空の青さよ
    この国の 水の青さよ

二、われら歌う
   かなしみの ふかければこそ
   この国の とおき青春
   詩(うた)ありき 雲白かりき
    愛ありき ひと直かりき
   われら歌う おさなごのごと
    この国の たかきロマンを
    この国の ひとのまことを

三、われら進む
   かがやける 明日を信じて
   たじろがず われら進む
    空にみつ 平和の祈り
    地にひびく 自由の誓い
   われら進む かたくうでくみ
    日本(ひのもと)の きよき未来よ
    かぐわしき 夜明けの風よ

なんとなく青春歌謡みたいな雰囲気があるけれど、ちゃんと聞いてみるとわりといい歌だと思う。ネットで探せばすぐ音はみつかる。探してみてくれ。
****昨日の新聞記事をジージなりに異約
「いまから10年前の8月、国旗国歌法が成立した。「強制しない」という政府答弁もそらぞらしく、強制に抗して処分された教員の総数は1200人近くに昇る。今月15日には、東京高裁が、「信念のみに従っていては学校教育が成り立たない」として、「都教委の裁量権逸脱」を認めた一審判決を覆した。」
こういうことが起こっているのを、ほとんど気がつかないでいるジージの日常である。不甲斐ないなあと自分のうかつさを反省しつつ、あらためてここに書き記しておくことにする。
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2009年10月04日

もっと気楽に、もっと前向きに


「エル プエブロ ウニド」

上の大きな横文字をクリックすると歌を聴けると思う。たぶん。

映画「フリーダ」を見ていたとき、群衆が「El pueblo unido jamás será vencido」と叫びながらデモ行進していた。「人々よ、団結しよう」みたいなことが字幕に書かれていた。歌そのものは前から知っていたが、これがずいぶん昔から歌われていたフレーズなのだということを、ジージははじめて知ったのであった。
正調「 El pueblo unido」はいろいろとあるが、たまには違う鳴らし方もあっていい。というわけで探したら、こんなのを見つけた。ジージには若者文化はほとんどついていけないものがあるが、この歌い方はいわゆるラップというやつなのかなあと思った。それだったらおもしろいじゃないか。
というわけで、ご紹介。
ちなみに、映画「フリーダ」で主演していたサルマ・ハエックはまるで本人みたいにそっくりだった。メークばかりじゃなく、彼女自身の作品に賭ける情熱というか意欲をひしひしと感じた。それほど、そっくりさんであったと思う。映画自体はどうってことなかったのだけどね。
まあそれにしても、南米は不安定ながら元気がいいなあ。こういうふうに歌いきってしまう気分の持ちように敬意を表したくなる。
やたら悲壮感が漂っちまうとか、強烈な意志を感じさせるとか、妙に神々しく歌っちまうとか、ともすればイキミすぎて便秘になってしまいそうな歌い方なんかより、こういう神経を持っていることも必要かもなあ、と思ったわけ。
貧困が地面を這うようにじわじわと裾野を広げつつあるいま、憂鬱になって心を内向きにしていくよりも、ラップでひとつ、この世の憂さを吹き飛ばしてみようぜ・・・といったところかな。
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2009年09月03日

ピート・シーガーの歌より

「Which Side are You on」クリックするとURLへ飛びます

ピート・シーガーの歌をみつけました。これはどうなんだろう。ハトちゃんに贈る歌になるのかどうか、ちょっと悩んでしまいましたですよ。

「お前はどっちのサイドにいるんだ」という歌だから、厳しすぎるかもなあ。ムービーはオバマを意識していたから、ジージとしては、これの意味するところはすごく強烈だ、と思うわけであります。オバマが腕を組んでヒラリーを振り返っているところなんぞはまさに秀逸ですね。

えへへっ・・・。ハトちゃんは考え込んだときどっちサイドを振り返るんだろう。これを彼個人の本来の立場でやらせたら「わかりきったこと」になってしまうわけで、別のサイドのバックアップがあればこそ、揺れながらでもなんとかなる場合もあるということなんでしょうかね。あなたまかせで裏切られて、アナタ、やっぱり恨みますか・・・?

明日は音楽じゃなくって、ジージの大好きな映画から考えてみようと思っちょります。
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2009年09月02日

サンチャゴから心をこめて贈る

「ベンセレーモス」これをクリックするとURLへ飛びます

こんな歌をみつけたので、ハトちゃんにプレゼントすることにしました。
その昔、南米のチリに民衆のための政権が生まれたんですな。
リーダーはアジェンデと申しまして、惜しくも軍部のクーデターで倒されてしまったんですよ。
ジャン・ルイ・トランティニャン主演にて「サンチャゴに雨が降る」という映画になりましたっけ。
ハトちゃん、腰砕けになるな!
       変な方向へ走るな!
とまあ、いちおうエールのつもりです・・・。
たいへんだとは思うけどね。

政権交代というのが抵抗なしに行われるなんて考えるのはおめでたすぎるでしょう。はじめは身を切るすさまじい闘争になるんだと思います。
でなければ、よほど入念に準備して移行を成功させたか、または旧政権とほとんど変わらない中身であって、向かえる側もタカをくくっていればよかったということか。
それにしたって、下野した方は60年近く独裁的に権力をにぎってやりたい放題してきて、あの手この手のやりかたを隅々まで知り尽くしているお方たちなんだから、そうそう簡単に政権運営をさせてくれるわけもないでしょう。
新聞なんかで見られるアンケート結果は、政策に期待しないが民主党には期待しているという、おかしな反応。
これはもしかしたら、失敗するのも仕方がないさ、でもみっともない変節をしないでくれ、という民意かもしれませんな。
posted by ガンコジージ at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする