2010年05月17日

「アメリカ・インディアン悲史」その1

先日、このブログで、ヨルダン川西岸における「潜入者」追放に関するイスラエル軍の軍命令について書いた。そこで思いだしたのが、藤永茂著「アメリカインディアン悲史」(朝日選書21)という本であった。かならずしもぴったり符合する事実ではないにせよ、多くの部分で重なるものがあるのを感じたのである。
コロンブスがバハマ諸島の小島に到着してからおよそ100年間のあいだに、南北両大陸で1億人の人々が殺されたり持ち込まれた疫病で死んだりした、となにかの本で読んだ記憶がある。
アメリカインディアンもその例に漏れず、最悪の状況に追い込まれるまでに、もともとの推定総人口の90%が死んだと伝えられている。それほど白人の侵略は過酷を極めたのである。
インディアンたちの抵抗も凄まじかった。しかし、次第に追いつめられ、ついに絶滅していった種族も多数あった。映画や小説で名高い「モヒカン族の最後」は、それらの事情を背景にしている。
今度、ジージが思い出したのは、それら重畳と積み重ねられた悲劇の中でも特に名高い、チェロキーインディアンについての物語だった。
今回は彼らがたどった悲劇の歴史をひもといてみようと思う。彼らはもともとかなり好戦的部族であったという。テリトリー内に侵入してくる白人たちと果敢に戦い、追い散らしていた。しかし18世紀終わり頃、自らの生存を微弱な武力によって維持することの不可能を悟り、しだいに原理的武装放棄、戦争放棄への道を歩み始める。
そして定着し、文字を発明し、チェロキー語による新聞を発行し、憲法を制定し、議会を設置し、裁判所を設け、産業を興し、エトセトラ、まったくの平和的手段で白人たちとおなじレベルにまで自らを引き上げ、その生存権を主張する道を選んだのである。(彼らの悲しいまでの努力に、ジージは涙を禁じ得ない。)
彼らは戦によらず、「自由・平等・進歩」を旗印にするアメリカの「善意」に民族の全運命をかけた。襲いかかる白人たちのハイエナのようなどん欲さの奥に、それでもなお善意があることを信じようとしたのである。
そしてそれは見事に裏切られた。相互理解が進む一方で、チェロキーテリトリーに対する白人による収奪は進行し、チェロキーたちはどんどん追いつめられていく。
第7代大統領アンドリュー・ジャクソンは初の国会施政方針演説で、ジョージア・アラバマ両州内のインディアンが独立の政体を持つことを許さないと明言、そこに住むインディアンのすべてをミシシッピー以西の地へ移す法案を提出する意向を明らかにする。
それからわずか11日後、ジョージア州議会がチェロキーネイションの法律や議会を完全に失効させ、さらにすべての集会を禁止し、ミシシッピー以西への移住に反対することを禁じる・・・その他、白人には無条件に有利、かつチェロキーには言語道断、無理難題、傍若無人といえるような法案を可決するに至るのである。
こうしてとんでもない事態が発生する。一攫千金を夢見る白人たちが続々とチェロキーテリトリー内に集結し、悪逆非道をほしいままにしたのである。それは当然、チェロキーたちの反発を呼び、不穏な空気が立ちこめてくる。そしておきまりの軍隊の出動に至る。
ジャクソン大統領が「インディアン撤去法」を可決成立させたのは1830年であった。これえはチョクトウ、クリーク、チカソー、セミノール、チェロキー(開化5部族)計6万人を強硬にミシシッピー以西へ追いやってしまうことができる法律で、翌年から強制移住は始められる。(以上、続きは明日・・・)
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2010年05月04日

漫画判「蟹工船」

過日、娘が小林多喜二の「蟹工船」を持って帰宅した。ほう、なかなかやるなあ、と思いつつ、「読めるかな?」と気になった。なにしろ古い漢字、難しい漢字、加えて見たことも聞いたこともないような出来事、一切合切含めてテンコ盛り目白押しで、きっと読みにくかろうと思われたのだ。
現代風に漢字を少なくしたり言葉使いを和らげたりしたら、原作の味が薄れてしまうし、いまはまあ古典みたいなものになっているのかもしれない。「これは難しいぞ」と危惧していたが、彼女は四苦八苦しながらでも、なんとか最後まで読み通したようだった。
うん、良きことである、なんて、親としては感心したのだった。その後、ネットをやっていて以下のサイトに漫画版「蟹工船」がアップされていることを知った。

白樺文学館「多喜二ライブラリー」

このHPで07年から「マンガ蟹工船」が無料公開されていたのである。上記のサイトにダウンロードへのリンクがある。うかつにもそのことを、ジージは知らなかった。
PDFファイルにておよそ40MB。本を読むのは苦手でも、これなら読めるのではないかなんて思ったりして。娘には遅かったけれど・・・。
ジージ自身はずいぶん昔に読んだが、おそらく甚だしい斜め読みによって、ほとんど内容を憶えていない。冒頭部分の「地獄さえぐんだで」というセリフ以外、きれいに忘れてしまっていた。
ふがいないことに、こんどマンガ版を見て、さてこんな内容だったかな、などと思ってしまうほど記憶があいまいなのである。それでも、漫画版は理解しやすかった。文字と絵とではこれほど印象の受け方が違うか、とジージは感心してしまったのである。
巻末に解説が載っているが、そこで多喜二の小説の作り方について、映画的手法がみられると書いてあった。たしかに、マンガを見ていると、その観がある。マンガはもちろん小説のダイジェストになり、補完物になりがちではあるが、絵によって感性に具体的に訴えることができる長所を持っている。
場面の切り取り如何によって原作を凌駕することもありうる。漫画「蟹工船」、たかが漫画などと侮らずに、とりあえず読んでみることをオススメする。それから原作の小説に移動するという方法もあるかもしれない。
両者を比較するのではなく、相互に不足している部分を補うという意味において、前後して読むことは有効な方法ではないか、と思う次第。
順番は逆になったけれど、娘にも奨めてみようかな。
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2010年03月28日

読書「カリガリからヒットラーまで」

1920年代から30年代のドイツ映画を独特の視点で概観したオススメ本である。しかしここで紹介するのは付録の「プロパガンダとナチ戦争映画」という論文。
作者S・クラカウアーは先の大戦中アメリカに亡命した。この論文は当時アメリカで出版されたものである。注目点の要約をしてみよう・・・ナチス宣伝映画のなかのドイツ軍は不思議なほど目に入らない敵に向かい、兵や車両の損失もなく、破竹の勢いで進撃する。死者や負傷者の姿は皆無。フランスやイギリスは悪魔的サディズムの権化と描写し、ドイツ軍はこれらの暴虐と戦う英雄の軍隊として登場する。・・・これだけでイラクにおけるアメリカなどのメディアの働きが二重写しに見えてくるからおもしろい。
たしかに、無人の砂漠を疾走していたのは、自由と民主主義のために戦う無敵の軍隊の雄々しい姿だった。このブログで前に記した「侵略されたことなく、侵略したこともなし」「ただ平和のためのみ」といった言葉が懐かしく思い出される。
ハリウッド映画がカリカチュア的に描く暴虐無慈悲な敵と正義の味方との対比が、さらに重層して見えてくる。注目すべきは、この論文がロックフェラー財団の援助で書かれたということだ。
現在のハリウッド映画や戦争報道の様式は、さながらナチスドイツのプロパガンダ映画からそのやり方を学んだんじゃないか、という感じ。また、国家や軍隊によほどの自制心がない限り、戦時には民主主義がまったく機能しなくなり、時代が大波が引くように逆戻りしていくことを、過去から証明しているようにも思える。
「カリガリからヒットラーまで」はけっこう分厚い本だけれど、巻末にある「プロパガンダとナチ戦争映画」というこの論文は、それほど長くない。これだけでも読むのは価値があると思う。オススメのひとつであると言っておこう。
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2010年03月16日

「全球凍結」と「氷河期」その1

全球凍結という新しい言葉を知ったのはついこのあいだのことだ。およそ6億年前、地球全部が凍ってしまった時代があったのだという。これまでそんな時代はなかったと思っていたから、これにはジージも超びっくりだった。
だいたい氷河期といわれる時代を、一般的にはこの全球凍結と誤解している人は多い。しかし、氷河期において地球が冷え込んだのは確かかもしれないが、全部が氷に覆われることなどなかった。
また、およそ6500万年前、恐竜は隕石の衝突による全地球的災害が原因となった「氷河期」の到来で死んだと考える人も多い。これも間違いのようだ。
このときにも全地球的な凍結はなかった。かなりの部分たしかに氷に覆われもしたが、そうならなかった場所も広範にあったという。したがって、この寒冷な時期に死んだ恐竜たちは限られているし、この時期の現象を氷河期の到来とは呼ばず、「核の冬」と同じ現象と呼ぶほうがふさわしいように思われる。
ハリウッド映画「アルマゲドン」でも、彗星だったか隕石だったかが衝突して以後1000年に渡って氷河期が続き、恐竜たちは死滅した、なんてナレーションが冒頭にあるが、これは完全に間違っているようだ。
恐竜絶滅はほんの短い期間続いた超寒冷期で寒さに弱い生き物が死に絶え、その後に続いた超高温期に暑さに弱い生き物が死んだ。またはその逆。つまり短期間に異常な寒冷期と熱暑期が交互にあって、それでどちらか一方の環境に強い生き物たちもあえなく死に絶えてしまった。恐竜の絶滅とはそういうことのようだ。
こういう勘違いは多い。氷河期を全球凍結と混同するのは物語の中では実に良くある話。全球凍結は地球全体、まさに赤道直下のように凍結とは本来無関係な場所まで凍結してしまうこと。
すさまじい時代があったものだ。地球が全面的に平均零下50度まで冷え込んでしまう。海面下およそ1000メートルまで氷に閉ざされてしまう。そんな状況下では何十億年かけて進化してきた多細胞生物といえども、そのすべてが死滅する。
そのような状況がかなり長期間続いたあと、氷の時代は終わり、今度は平均気温50度という炎熱の時代が続いたというからすさまじい。しかし、全球凍結のあと、海は微生物の大繁殖で沸き返り、それが大気の成分をつくり、地球に新しい生命圏が形成される条件を形成していったという。
全球凍結は遅々として進まなかった生物の進化を幾何級数的なスピードで促進した。これがなければ、現生人類も存在しなかったかもしれないというから、こういったすさまじい激動も、ときには恩恵になると言うことか。ジージとしては、まったくすごいなあ、と思う次第である。
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2010年03月15日

「神聖喜劇」と「沖縄戦に生き残る」その4

自分ひとりの意志を貫いて生き抜くことと、多くの人を死地から救い出すこととのあいだには、どちらがどうという比較をすることすら無意味な溝がある。そして、ジージはどちらかといえば、この本「沖縄戦に生き残る」の作者に近いところになら行けるかもしれないと思う。
いや、それはまちがいなく言い過ぎで、この作者のはるかうしろからなら、なんとか似たような道を選べるかもしれない、と思う。
彼が基地設営隊で働いていたとき、行進しながら兵士全員で歌をうたう場面がある。「万朶の桜、雲の色」と大声で歌いながら行進していく中、作者は同様に大声を張り上げながら同じメロディーであるのをいいことに、「聞け万国の労働者」と歌いまくる。
実はジージはこの場面が一番好きである。そして、彼の努力によって洞窟陣地から人々がゾロゾロと出ていく場面が圧巻である。感動的である。
といっても、彼自身はけっこう照れ屋であるのか、自分を英雄的には描かないように意を用いすぎたきらいがある。できればこの作品を一人称ではなく三人称で書いてほしかったと思う所以である。
たぶん、そうすればこの作品はもっと大きな評価を受けたであろう。ジージは、ここに描かれている人物の後ろ(遥か3週遅れくらいの後ろでしかないにしても)を追いかけるものとして、つまり超人的な記憶力もなく、非転向の単純明快さもない、ただのその他大勢の立ち位置からして、そういう書き方であってほしかったと思っている。
後半部分は米軍捕虜収容所におけるストライキ決起に関する記述であるが、ここでは論点が広がりすぎるので、それについての見方は割愛しておく。いつか別項で触れるかもしれない。
というわけで、今回は旧日本軍隊を題材としたふたつの作品について書き綴ってみた。多少対比させてもみたが、さてほんとうに対比になったかどうか、ちょっと心もとない気がしている。
近ごろ天候不順で疲れが出ているせいか?
いやいや、あんまりえらそうなことを書いてしまうと、自分の退き方を見失ってしまうのが怖いのかもしれない。どのみち彼らのように立派には生きられないジージである。このくらいにしておかないとあとあと具合悪いこともなきにしもあらずなもので・・・。
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2010年03月13日

「神聖喜劇」と「沖縄戦に生き残る」その3

「沖縄戦に生き残る」(宮本正男著)は、全評の活動家として地下活動をしていた実在の人物が治安維持法によって拘束され、転向を余儀なくされてのち、30をすぎて招集され、沖縄に送られ、孤軍奮闘する様子を自伝的に描いている。
山場は戦闘下の生存のためのたたかいと、米軍捕虜になってのちの収容所内における待遇改善要求闘争のふたつに分かれる。ここでは主要に軍隊内部における「生き抜くためのたたかい」に焦点をあてることとする。
計2回読んだが、時期が少し前なので、多くを記憶によっている点、ご容赦願いたい。
まず最初に、この作者は転向し、そののちいくらかの経過を経て招集されている。かつて「獄中○○年」などと称して非転向で獄中で頑張ったということがもてはやされたが、常々ジージは、これには異議を唱えたかったものだ。
基本的には、いったい獄中でなにをしていたんだ、ということ。そりゃあたしかに監獄の中は過酷であっただろう。しかし、そこでなにをしたのか、ということだ。昔、帝政ロシアの時代、ネチャーエフというテロリストが獄中にありながら獄吏を革命運動に寝返らせるという離れ業をやってのけた、というのをどこかで読んだことがある。
これはものすごい精神力のたまものだ。だからただ獄中に居続けたということが大したことない、というのではないが、それほど大きく賞賛すべきことなのかどうか、ジージには疑わしい気がするのだ。
それを誉め讃えるよりも、転向して外へ出てなお、内心の志を捨てずに生き抜き、この本の作者のように軍隊内部において死を拒否して生き残るための組織をつくろうと頑張り続けたことのほうに、いっそう大きな賞賛を与えたい気がしてならない。
彼の行動の方が具体的なのだ。また、転向には個人それぞれの事情があると思う。そのことを抜きにしてただ単純に非転向が個人の不退転の固い意志に基づいていると賞賛するのは、あまりにも短絡しすぎと言いたいのである。
そのものには非転向を貫ける条件があった、というにすぎない、ともいえるのではないかと思ったりするのである。みずからの弱さとたたかう必要のなかった人は幸いなるかな、彼らはただ人間の本性の半分がなかっただけのことである、というふうにジージなんぞは思うのだが・・・。
この作者にしても、手中にあったのは普通の人の普通の能力だけだった。とうぜん「神聖喜劇」の主人公のように超人的な記憶力が彼を支えたのでもない。
たしかに当時の(中退の事情はあれ)中学進学は、知的にも財政的にもいくらかの余裕がないといけなかっただろう。そして、作品からは中退の背景になにがあったかは知ることができない。
それにしても、彼は個人の歴史においてそれなりの重荷を背負いながらたたかいぬいた、平凡にして非凡な一個人である。
30過ぎの彼に召集令状がくる。これまでのように過剰員として短期の使役で終わるのではないかとか、即日帰宅できるのではないかとか、でかけてもどうせ沿岸警備くらいの軽い任務だろう、などと淡い期待をしながら、それでも、こんな理不尽な戦争で死んでたまるか、と家族に語り、「おれは絶対に生きて帰るゾ」と誓う。
こういう心の揺れ方は当たり前にあっていいものだ。鋼鉄みたいに固い決意だけがいつも心の中心にどっかと居座っていられるはずがない。そういうのは唯一、化け物の心臓にしか存在しない。
そして彼は予想に反して沖縄に送られ、「震洋」特攻艇出撃基地設営の任務にあたらされる。曲折を経て、いよいよ沖縄戦が開始されたとき、彼は軍隊内に非公然組織「生きよう会」を結成して、命をかけて戦うことの無意味さを説き、できるだけたくさんの人たちを生き延びさせることに力を尽くす。
すぐ近くに砲弾・爆弾・銃弾が雨霰のように落ちてくる中で、日本軍はほとんど反撃らしい反撃もできず総崩れになっていく。生き抜くということは、投降するということだ。だがアメリカ軍から誤射されるのはもちろん、背後の洞窟に潜む日本軍からも狙撃される可能性がある。
住民にさえ手榴弾を手渡し、捕虜になるより自決せよと命じる日本軍だから、もとより兵士は死以外に選びようがない。ほとんどのものが血眼になって死地を求めてさまよっているとき「生き抜け」と叫ぶことの困難さは、計り知れないものがある。
こういうことが、獄中で非転向を貫いた闘士にできるか。獄中にある限り、絶対にできやしないのである。

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2010年03月12日

「神聖喜劇」と「沖縄戦に生き残る」その2


ジージは平凡な、ときには平凡以下の理科学生であった。ジージの脳みそはいつも雑然としていて、整理不能なほどのガラクタの山になっていて、緊急に必要なときでも山をかき分け、押し崩し、ようようのことで探し出さないと、必要なものが見つけられないヒドイ状態にあった。
いや、いまもそうなのである。ちょうどいま御殿場事件の東京高裁控訴審判決文を読んでいるのだが、なにしろこれがまわりくどくてワケワカランのである。こんな文章をたたき台にして人間の罪を見極める商売なんて、どんなやつがやっているのか、それだけで驚異の目で見てしまう。
ジージの脳ミソはあまりにも乱雑なので、ときどき、またはしばしば、自分でも途方にくれ、早く実用に供さないといけない時でも機能停止に陥り、呆然と立ちすくんでしまう。「これ、おまえ、なにをぼんやりしとる。大丈夫か」といわれて、ハッと気を取り直す類いの半人前なのだ。
だから東堂二等兵のようにはどう考えても行動できない。彼のやり方をどれほど工夫しても参考にはできない。軍隊内のきまりについて問われたら、最初の半分くらいは滔々と述べることができるかもしれない。
だが、とちゅうで臨場感を失い、とつぜん意識がポケッとなって、気分が弛んでしまうに違いない。で、けっきょく軍隊でいえば「ぶあっかもーん」の類いということになってしまうだろう。だから、基本的に彼から学ぶことなどない。

ただこの作品から、旧日本軍隊の実態について学ぶことはできる。と同時に、彼以外の二等兵たちの立ち居振る舞いについて、多くを学ぶこともできる。
主人公である東堂二等兵の言動に引きずられたという側面があるとしても、特段の才能もなく、計算なんかまるでしないまま、予測される成算があるでもなく、ただひたすら自分が感じたことを愚直に主張することになる兵士たちの存在には、ジージ自身に重ねられるなにかを感じることができそうに思う。
ひとりブン殴られながら、なお開き直り、さらに「ちがうんであります」と恐れる様子もなく言い放ってしまう。そこまでできるかどうかは判らないが、なにかしら近寄ることはできそうな気がする。
そして、作中においては、彼らの人間像の方がときには具体的であり、現実的であり、個別の経験の重みを感じさせるのである。東堂二等兵は社会主義運動に若干の関わりを持っていたがゆえに、立ち向かうということの意義を知っていたといえる。
しかし、他のものたちはそれらの経験からは遠く、日々我が身を襲う矛盾を矛盾のまま受け入れてきたように見える。彼らの経験は、その内部に自分でもそれと確認できないまま貯め込まれたマグマを形成していたと見ることができるだろう。
マグマは自覚をともなわなければ、ただ無意味に無軌道に放出されるだけかもしれない。だが吹き出し方、吹き出すべき方向を見つければ(ただ単に感じ取るだけでいいのかもしれないが)、意外に強靭な力となって噴出することもありうる。
東堂二等兵はそのことを冷静な観察によって見出し、さらに内務班長大前田軍曹の中にも同様の痕跡を見出すのである。すべては同根から出発しているのに、軍隊という強引な組織構造が現れ方をまったく別々のものにしていく。

日本軍隊の特性は、まさに大前田軍曹の位置へ、平凡な庶民であったすべてのものたちを引きずっていく。このようにして兵士全体としては引きずられるしかない日常の中にあるのだが、隠されたマグマはいつも意外なところで姿を現す。
そのような契機が軍隊の日常には内包されているのだと、この作品は読ませてくれる。
ところで「神聖喜劇」は最前線からは一歩うしろに下がったところにある訓練基地における日常を描いている。しかも敗戦の色濃い時期における内務班の日々である。
軍律厳しい旧日本軍といえど、そのような状況下にあっては、最前線とはいささか様相を異にする事情があったということは否めないようだ。したがってこれが弾雨降り注ぐ最前線における軍隊となると、描き方がまるで違うものになってくるのは、明白なことと思われる。そういった観点から次に「沖縄戦に生き残る」を見てみる。
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2010年03月11日

「神聖喜劇」と「沖縄戦に生き残る」その1

まず「神聖喜劇」(大西巨人著)についてはじめよう。これは驚異的な記憶力の持ち主が、軍隊の雑多な規則と内務班の実態との矛盾を突き、堂々と主張して白日の下にさらけ出していく物語である。矛盾を突いていく中で次第に明らかになってくるのは、軍隊という組織の特性である。
もとはどこにでもいるような庶民たちが軍という鋳型にはめられて変形され、兵士というシャバとは似ても似つかぬ化け物に変身させられていく有様が描かれている。
でも、そういうことについては、ここでは触れないでおこうと思う。あえて触れるのは彼の超人的能力である。とにかく、なにを聞かれてもスラスラと答える彼の能力は驚嘆に値する・・・のだが、なにしろそれは超人のなせるワザ、常人の域を完全に超えていて、凡人のジージには参考にできるところなどなんにもありゃしない。
読んでいくと判ってくることがある。彼は九州大学法科中退とある。若干の思想的活動によって中退になるのだが、法科の学生にとって、まわりくどい法律の文言を暗記することなど、もともと勉強における基本中の基本であったのではないか。
(ジージは苦手であるが)特に昔の法律学生には、暗記こそ勝負であったのではないか、と思う。そういうことを考えると、彼の脳ミソは、入隊する前からそのように鍛えられていたのに相違ないし、法科を選ぶくらいだから、もともと記憶力には絶大な自信があったのだろう。
彼の軍隊内における行動力の源泉は、それらをベースにした胆力である。彼は自分がこれからするであろうひとつひとつの行為に対して、自他をじっくりと微細に検討し、みじんの隙間もないほどの論理を構築してみずからの位置を確認し、ぐいっと前に進み出る。常にそういうやり方をとる。
砲術訓練における彼の優秀さもまた、そういう彼の立ち位置からくるものと推測できる。やることなすこといちいち寸分の狂いもなく正確に遂行することをみずからに要求するのである。だから、相手が付け入る隙がない(実際、こういうやり方は、ポカばかりやるのが常のジージには、絶対に不可能なことである)。これは法廷における論争と似ているのではないか。
そう考えてくるとなるほど彼の行動が納得できてしまうのである。彼は言い逃れ術とかを駆使しない。駆け引きの前に自分を守る強力な壁と強力な武器を用意し、周囲をじっくりと観察し、足場をたしかめながら前進する。「理に問うたとき矛盾はないか」を常に追求するその姿勢には、すでに法廷に立つ弁護人か裁判官の自負が垣間見える。
それは、ジージなんぞにはハナから備わっていない特性だ。ジージはとりあえず理科系であるが、ほとんどこのような行動様式をとらない。はなはだ感覚的で、大雑把で、いいかげんで、へっぴり腰でいつも後ろに引き加減で行動する。
たしかに化合物の分子構造であるとか反応のメカニズムとか、生成物の色とか特性とかについて、関係ない人よりはよく知っている(または、知っていた)に違いない。もしも軍隊がそういうことを要求するところであって「○○反応の反応式を述べよ。その生成物の特性を明らかにせよ」とかいう問いが日常であったとしたら、もしかして法科学生のようなやり方が多少はできたかもしれない。
いやいや、たぶんすぐにつっかえ、しどろもどろになり、「ぶあっかもーん」てなぐあいにぶん殴られて、「す、すみませんであります」なんて泣き顔になっていたのが関の山だろう。一方、彼は優秀な法科学生であった。この「優秀な」というところがこの主人公のミソであった。
彼の脳の内部においては、常にかちゃかちゃと音を立てて脳内機関が活発に働いており、記憶と観察と判断と行動が手際よく選り分けられ、いつも正しい位置に整理され、瞬時に引き出され、実用に供される準備がなされていた。
うらやましいかぎりである。不足するもののないスーパーマン。もっとも、それをしても軍隊という名の歪みきった日本的組織は、克服するのにそうとう手こずるシロモノであったというわけだ。
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2010年02月19日

読書「飢死にした英霊たち」の2

戦争待望論というのがあるが、肝に銘じておきたいことがある。戦争はみんなを平等に不幸にするんじゃなくって、やはりおいしい目を見るやつらがゴチャマンといるんだということ。
大本営がいったいなにを考えていたのか、とにかく陸海軍を問わず太平洋か中国大陸か東南アジアかを問わず、作戦ともいえないひどい作戦で無数の兵士を死に至らしめたことはたくさんの本になり告発されている。
昨日このブログで「飢死にした英霊たち」という本を紹介したが、そのやりかたたるや、土木治水に例えれば、砂をシャベルで濁流にぶちまけて「これでどうだ、水が止まっただろう」といわんばかりの無意味無能力無策な作戦のみ。
砂がようするに兵士のこと。担げるだけの食料と弾薬を兵士各々が担いで、なくなったら現地調達せよという、あまりのことに絶句したくなるような作戦を命じる。護衛艦なしの兵員輸送で兵士は戦地へたどり着く前に海の藻くずになっていく。運良く助かっても武器はなし、食料もなしで戦場の真只中へ漂着というていたらく。米軍の砲弾雨の下を徒手空拳で逃げ回る阿鼻叫喚の図。これが作戦だったというのだからむちゃくちゃだ。
例を挙げるときりがないので、ここでは割愛しなければならないのがそれこそ無念。数年前、その作戦立案に直接関わっていた人が天寿を全うして死んだ。90歳を越えていた。自衛のための戦争だったとの持論を曲げずに生き続けたんだという。電電や国鉄の民営化に大きな功績があったんだという。軍隊式の厳しいやり方を会社経営に応用して仕事に励んだんだという。
兵士をはじめとする自国民や、攻め込んだ現地の無数の人たちの死に対して、どんなふうな想いを抱いていたのだろう。すくなくとも自分がどれだけの責任を持っていたのか、自覚があったのだろうか。
戦略がなかったということをおっしゃっていたそうだけど、戦術は良かったという意味なら、さらになにをかいわんやである。こういう人がこの国の戦後を引っ張っていったのだと思うと、ジージとしては背筋が寒くなる。
本土決戦で2000万人がいっぺんに特攻攻撃をかけたら、いかなアメリカ軍も簡単には本土占領できないだろう、なんて考える恐ろしい神経の生き残りを許してしまうのが、戦争待望論なのだということ、ジージとしてはしっかり肝に銘じておきたいと思う。
昨日も書いたけれど、この本「飢死にした英霊たち」読んでみてほしい。待望していた戦争が始まっても、みんな平等に不幸になんてならないってこと。好き勝手をしてウハウハになるものと、ボロボロにされるものとが、いっそう極端に分離されていくんだってことを、まざまざと教えてくれるから。
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2010年02月18日

読書「飢死にした英霊たち」

英霊という言葉の胡散臭さをまざまざと思い知らされる本である。
逃れられなかった残酷な死、紙切れと同じ重さしかなかった死に美しい姿を与える。そのことに、強制したものたちの自己弁護と粉飾を見る。そうでもしなければ浮かばれない死者たちの悔しさがにじむ。
戦場で無数の兵士たちが餓えて死んだ。物資は枯渇するが、兵士はハガキ一枚でいくらでも追加できる。だからどんなに過酷な戦場でも、ためらうことなくどんどん投入した。
山岳地帯やジャングルを不正確極まりない地図で確認し、直線距離◯◯キロ。だから食料は○日分を携行。補給なし。というでたらめな計画を、東京の安全な建物のなかで立案する。そこに五千メートル級の山や濁流渦巻く大河や絶壁や渓谷や人跡未踏のジャングルがあり、優勢な敵が潜んでいる、といったことをまるで考慮しない平面の計画をたてて遊んでいた。
そして全体の推定70%以上。多い戦線では100%近くの兵士が飢えのために死んだ。最後には仲間の兵士を強盗強殺、食料を奪い合い、現地の住民を襲い、さらに人肉を食った。鬼畜として生きるしかなかった。
本に書かれていることは数字と聞き慣れない地域名の羅列であり、際限ない地獄の繰り返しだ。無数の兵隊アリがうじゃうじゃとうごめき、それを無能な指導陣があっちこっちと好き勝手に動かしまくる。
兵隊アリはただひたすらウロウロするのみ。生きるために鬼畜になるのみ。こういったたたかいを強制したものたちの多くが戦後も生き残った。国民が飢えて巷をさまよっているときに贅沢な暮らしをし、軍隊時代の厳しさなるものを錦の御旗に、企業戦士などと称して部下をこきつかって使い捨てた。
彼らは戦時中におけるみずからの誤謬、無能の結果を顧みることもなく、恥じることもしなかった。それどころか、生き恥さらしながら、威張りくさり続けた。
ジージたちの国はまだ、戦争の真の責任の所在をはっきりさせていない。安倍某氏がほんとうに美しい国にしたいと思ったのなら、ここをきちっとしないと、この国は美しくならないのである。
戦争の被害者を「女と子どもと武器を持たない一般市民」とする定義があるが、最前線でゴリゴリとすりつぶされてきた兵士たちもまた、紛う方なき被害者である。
そして彼らは過酷な状況下で鬼畜と化し、まちがいなく加害者になった。それは、戦場とはくらべものにならない御殿のような安全な場所でたらふく食い、えらそうな言説を労するだけを仕事としていた指導者どもが背負うべき戦争責任とは別種の責任を背負わねばならなかったということであり、やはり戦争の実態を残酷に示していたのだと思う。
それは銃後とて同じことであろう。被害と加害をくっきり色分けする意味を否定はしないが、それにすがっていたら全体の責任の範囲を限定することになる。それは戦中戦後、一度も飢えることなく安全かつ有利に、おいしく、のうのうと生きたやつらを野放しにした責任を、いつのまにか無にしてしまう実にくだらないやり方でもある、とジージは思うのである。
この本、オススメ! このあいだ「日本のいちばん長い日」という映画をCSで見たが、そこに出てくる徹底抗戦派の若手将校たちの姿と、本書の餓死していく最前線兵士たちとのあいだにある、あまりに大きな隔たりに、ジージは絶句したのであった。
比較しながら見るのも有効な方法だな、と思った次第。
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2010年02月02日

漫画「星守る犬」

報道によると、身元不明の死者の数はいまや年間自殺者総数と肩を並べる勢いらしい。あわせて7万人に近づくというから、今やとんでもない事態がこの国に起こっているのは間違いなさそうだ、とジージは思う。
この身元不明死者と年間自殺者総数とのあいだに、数字上の共通点があるのも見逃せないことではないか、と思う。つまり、男の方が圧倒的に多い、ということ。
かつて、誰だったか名前を忘れてしまったので、いい加減なことを言うな、といわれそうだが、自殺者に男性が多いこと、つまり女性が少ないことについて、ある人が論評していたことを思い出す。彼女は概略つぎのようなことを語っていたとジージは記憶している。
「男はギリギリまで持ちこたえて、ついにポキンと折れる。だが、女はしたたかで、極限まで曲がっていっても、ポキンと折れずに耐える力を持っている」
うーん、ジージは、それは違うんじゃないかなあ、と思ったものである。

「星守る犬」の概要・・・中年過ぎのオッサンが、失職し再就職もままならず、それが原因で離婚し、家なく友なくあらゆる寄る辺なく、しかたないので拾ってきた野良犬とともに生まれ故郷へ戻るための、アテのない旅を始める。その旅の途中で精も根も金も尽き果てて行旅死亡人(すなわち行き倒れ)となって荒れ野に骸をさらす。
彼の死体は1年以上経ってのちに発見されるが、そのそばに最後の友となった犬の死骸が横たわっている。犬は彼が死んでのち、彼の死体に1年以上寄り添って生き、そして共に死ぬのである。

この本は、久しぶりに帰郷した娘が持ってきたものであった。ジージが「どうだった」と感想を聞くと、娘は「さみしすぎるなあ」とひと言、首を傾げていた。しかし、ジージは思ったものであった。
人それぞれだから一括りで言い切れるものではないが、この物語の主人公は「さみしい」だけの生き方であったかどうか、いささか疑問だなあ、と・・・。
男社会の論理にギリギリに縛られて生きる男どもにあっては、この生き方は誰の心の片隅にもちょこっと存在する願望みたいなものといっても過言ではない。なんてことを、ジージは思うのである。
無頼とか放蕩とか、いわば山頭火みたいな生き方に似て、人生の最後をなにものにも縛られずに生き切ってしまった、そんなオッサンのようにも見え、どことなく親近感を持ってしまうのである。ただし、「うらやましいなあ、オレにはできないけれど」という言葉をかならず羨望の眼差しの尻尾にくっつけているのが、中途半端にしか生きられないジージみたいな凡人のやるせなさなわけであるが・・・。
このオッサンの場合、男社会の模範的生き方から外れるのは、みずからの自由意志によるのではなく、失職と再就職困難な世の事情、さらに金づるでなくなった彼に愛想を尽かした妻と子の離反によって、否応なくもたらされる。
このとき、彼が男社会の模範的生き方への回帰をめざすべきすべての糸口が、もろくも失われてしまったのである。頼りであったはずの男社会はすでに彼を必要としなくなっていたし、同時に、男社会に必要とされなくなった彼を、妻も娘も価値のない存在とみなして捨てた。
だが彼は一方で、捨てられたあと、自分を捨てた世間を捨てたのではなかったか。これは空虚な反論になるかもしれないが、なにもかも空っぽになったあと、重い病気になった彼は、ボロ車の運転席で夜空を眺めながら、捨てられ捨てた関係とは無縁な、「ひたすら空虚のみ」という対象(星空)と向き合って死んだのである。
犬は、そんな彼が見つめていた空を同じ目で眺めながら、最後まで寄り添っていたのではなかったか。あまりにも寂しいけれど、だからといってどこか心にひっかかるものが残り続ける。彼の生涯は、そんな生き様であったというべきであろうか。
ジージから見ると、救うべきなのは彼に捨てられた社会のほうではないか、そんな思いがしてならないのである。彼の死後、まだ連綿と続けられる元妻や娘の生き様のなかにただよう空虚さが、まさにそれを物語っているような気がするのである。
行旅死亡人は、ただ浅ましいだけになっていくこの社会に突きつけられた抜き身の刃である。社会を救わなければ、このオッサンを救うことは出来ない、そんな気分・・・。

ちなみに、マイ奥さんの意見はというと、「どっちみち最後はひとり。さみしいものなんだよ」であった。ジージもそう思う。どっちみち最後はさみしいものなんだよ、という以上、この物語を、「さみしい」のひと言でくくってしまうのではなく、「みずからの生き方の最後をどうまとめていくかを改めて思い起こさせる契機となる作品」と受けとめた方が意味があるのではないか。あっ、それと、「オッサンに捨てられるほど価値をなくした社会を救う方法を探る作品」として捉えること。とりあえず、そんなふうにジージは思ったのであった。
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2010年01月17日

庶民による庶民なりの責任のとり方

ジージのノートに、マルチン・ニーメラー牧師の言葉がメモされていた。たしか、新聞のコラムに書かれていた言葉がとても心に残ったのだ。以下、まずは全文の引用をする。
「ナチスが共産主義者を攻撃したとき、自分は少し不安であったが、とにかく自分は共産主義者でなかった。だからなにも行動にでなかった。次にナチスは社会主義者を攻撃した。自分はさらに不安を感じたが、社会主義者ではなかったからなにも行動にでなかった。それからナチスは学校、新聞、ユダヤ人などをどんどん攻撃し、自分はそのたびいつも不安を増したが、それでもなお行動にでることはなかった。それからナチスは教会を攻撃した。自分は牧師であった。だから行動にでた。しかし、そのときはすでにおそかった。」
・・・そして、牧師は強制収容所へ送られる。
自分から遠いと思われるところでなら、どんなに酷いことが起こっていても見えないふりをして、平和な日常を謳歌する。それが庶民の元からの器用な生き方と言える。
器用に生き、できるだけ損しないようにたちまわり、常に周囲の誰彼よりはマシであろうとする。そのように確認して安心する。
マルチン・ニーメラー牧師の言葉でいえば、共産主義者が弾圧されていたって自分の生活には影響がない。そりゃあ影響はないだろう。次に社会主義者が弾圧されてもやっぱり影響がないだろうから安心できる。学校の先生が弾圧されても、子供の教育がちゃんとされていたら、まあいいか。新聞…読まなければいい。社会的少数者はいよいよ自分とは関係がない。などなどと思いつつ、なんだかいやだなあと眉をひそめていたら、ついに自分のところへ回ってきた。嫌だ、と声を上げようと思ったけれど、恐ろしくて声を上げられず、もうなにも止めることはできなかった。というところかなあ。
これは昨日の「ニュールンベルク裁判」同様、「庶民には庶民なりの責任」ということの別の表現なのではなかろうか。庶民に「罪がない」のは、国家の決定を直接下したかどうかの点なのであって、それを許したこと、それを無視して自分だけの平和に閉じこもったこと、そういう罪はやはり厳然と存在するのではないか。
「阿Q正伝」において阿Qが「たすけてくんろ」と叫ぶこともできずに刑場の露と消えたこと。魯迅が「阿Qはわたしである」と言ったこと。そのことの意味を問う必要があるのだと思う。
ジージは自戒を込めて、そういうことを思ったりするのである。
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2010年01月07日

橋田信介著「戦場特派員」を読んだ

読んだといっても、ジージの読み方はいつもいい加減で、いささか虫食い的にである。
というわけではあるが、とにかくまずパレスチナについて読んだ。すこし硬い表現が特徴であった。
なんでかなと思ったら、「わたし」という一人称で書きながら、その私という言葉がほとんど出てこない。また、それ以上に、私的な感情や気分が極度に抑制されていて、読み手としては距離感を感じたからだったと思われた。これはもしかしたら、精神的に緊張を強いられる場所を渡り歩いてきた人の強い自己抑制の心理が反映しているのかもしれない、と思った。
ともあれ、それは細かいこと。読みはじめてすぐ、しょっぱなから面白い記述に出くわしした。「ナチズムは皮肉にもシオニズムというかたちで現代のイスラエルに生きている」これは痛烈な表現であった。
ホロコーストで散々な目にあわされたものたちが、今度はみずからパレスチナ人に対してホロコーストを実行しようという歴史の皮肉を端的にあらわしている。さらに橋田は、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教は、その発祥がほぼ同じところにありながら、いずれかが絶滅せずにはおかないような争いを展開して今日に至り、これからも決して終わらせる意志はないだろう、と断言する。
後半のあたりは少しばかり異論をはさみたいところだが、ねじれながらでも核心を突いているような気がする。また、無理もないことだとは思うが、どうも彼は究極の部分でニヒリズムにおちいっているのかもしれない、とジージは思った。
橋田は、戦争においてどちらかが確実に正しく、どちらかが確実に間違っているなどというのは絵空事に過ぎない、といった基本概念を、間違いなく持っている。しかし、そのうえで、どちらも悪いからどちらも手をひけなどと言う主張は、これも絵空事だとして排除する。
難しい選択ではあるが、間違いなく責めを負わなければならない側はある。それがどちらであるか、選択しなければならないときに選択しないのは、戦争に対してなんの有効な手も打てない、無力な第3者の立場である。橋田はそのように考えているらしい。
らしい、というのは、ジージがまだ全部を読み切っていないからであり、彼が未読のどこかの部分で、もっとはっきりした考えを表明していることがあるかも知れないと、密かに期待しているためでもある。

ともあれ、戦場を目の当たりにしたものの言葉は強力である。辺見庸も同じようなことを書いていたと思うが、橋田は戦場と戦争を混同して用いる平和主義者たちのなまぬるさに憤りすらおぼえているらしい。
じつはジージにもそんな気分はある。ただ、ジージの場合は気分だけである。なぜなら、ジージは戦場と戦争を直接の体験で区別しているわけではないのだから・・・。
そしてそのことは、ともすれば意図しないで自らの意識をねじれさせ、せいぜい身近に戦場の空気が来ることを拒む、その程度の反対でお茶を濁すことになりかねない危険をはらむ可能性がある。
橋田は、安全圏にいながら自分のところにだけ火の粉が降りかからなければそれでいいというねじれた平和意識を、徹底して嫌っているように見受けられる。
読んでいて反省させられることしきりの本である。虫食い的でなく、もっとじっくりと読みたいと思わせる本である。
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2010年01月02日

短編「セメント樽の中の手紙」について

一昨年、昨年とは「蟹工船」が注目された年であった。これは北洋で操業する蟹工船の、閉ざされた環境のなかで繰り広げられた、たたかいの記録であるわけだが、ジージとしては、こういった作品の一方で、また別の局面から注目されるべき作品があるのを忘れてはいけない、と思ったりするのである。
ひとつあげておきたいのは、葉山嘉樹の「セメント樽の中の手紙」という作品である。
特に長いものではない。それに、悲惨だとか目を覆いたくなるようなとか、そういうたぐいの内容ではサラサラない。これは作者の葉山嘉樹が治安警察法の容疑で刑務所にいれられ、その後出獄して木曽のダム工事現場で仕事をしていたとき、「雪の振り込む廃屋に近い土方飯場(原文のまま)」で書いたと年譜にみずから記している作品である。
ときは大正15年前後というから昭和恐慌が勃発寸前の頃であろうか。内容をいうと、工事現場は恵那山の近く、発電所の建設現場である。作業をしていた労働者がセメント樽の中から転がり出た小箱に気がつく。最初は「なんだこりゃ」と捨て置くが、仕事を終えたあと気になって箱を開けてみる。すると、中から手紙が出てくる。
そこに書かれていたことは、彼をちょっと滅入らせてしまうのである。Nというセメント会社のセメント袋を縫う女工の恋人が、破砕機へ石をいれる作業をしていたとき、誤って石と一緒に破砕機に落ちてしまう。仲間は助け出そうとするが、機械は止まらない。
命よりも経営がだいじ。それゆえ、止めるなんてことは、毛頭考えられなかったのだろう。
みんな必死になって助けようとしたが、ついに恋人は石と一緒に粉々になり、さらに粉砕筒へ流されていき、1000℃の高温で焼かれて立派なセメントになって袋詰めされ、全国の建設現場へ送られてしまう。
手紙によると、残ったのは着ていた作業着の切れ端のみ。女工はその切れ端と手紙を小箱に入れて、セメント袋に忍ばせたのである。そして、もしかして偶然にも読んでくれるかもしれないだれかに向かって、語りかける。
この樽のセメントはなにに使われましたか、わたしの恋人は幾樽のセメントになりましたか、と問いかける。
さらに彼女は、どこで使われたかなんて知りたくない、いえ、どんなところにでも使ってください、あの人は気性のはっきりした人ですから、きっとそれ相当な働きをしますわ、と必死になって見知らぬ他人に語りかける。
そして、お返事をください、このセメントを使った月日と、それから詳しい所書と、どんな場所へ使ったかと、それからあなたのお名前も・・・(一部、現代漢字に変更)。
彼女は最後にさりげなく書き添える。「あなたもご用心なさいませ。さようなら。」
妻子の待っている長屋へ帰った主人公は、子どもたちの沸き返るような大騒ぎの真ん中で茶碗酒をあおりながら、やりきれない気持ちを抱えきれず、天に向かって吠える。でも、彼の妻は「生活がかかってんだよ」といって大きなおなか(7人目の子どもがいるお腹)をぐいっと前に突き出すのである。
以上、原稿用紙でいえばたぶんたったの4枚くらいなものだろうか。こうして解説しているジージの文章量よりも少ないのだから、まずは読んだほうが早いくらいである。
その短い文章のなかに、当時の労働者の悲喜こもごもの日常が、しっかりと折り畳まれている。
読んでいると、いまもどこかにこんな生活を強いられている人たちがいるんじゃないか、という気にさせられるのである。年末年始の派遣村には、昨年初頭にまさる多数の人たちが、救いを求めてきた。
何十年も前と同じ状況がある、そういう時代なのである。
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2009年12月21日

ヒトラー暗殺計画の周辺

昨日の写真の関連で思い出したのが、「ワルキューレ」という映画だ。トム・クルーズ主演のハリウッド映画で、昨年公開されたと記憶している。
トム・クルーズがこの役を演ずるにあたって適格かどうか、いろんな議論があったらしいが、いまはそれについては言及しない。とにかく史実であるヒトラー暗殺計画の周辺の事実について、昨日のブログと関連させつつ書いてみたい、とジージは思ったのだ。
ヒトラーは何度も暗殺の危機をくぐり抜けたという。そのなかでも最大の危機がこの事件であったらしい。
シュタウフェンベルク大佐は1944年7月20日、当時の東プロシアにあったナチスの東部方面司令部での会議で、テーブルの下に爆弾を仕掛けたかばんを置いて、ヒトラー暗殺を計った。
爆弾は実際に爆発し、あやうく暗殺は成功しそうになった、が、ヒトラーは奇跡的に軽傷を負っただけで助かったのである。樫のテーブルがめっぽう丈夫であったこと。たまたま別の将校がカバンをじゃまに感じ、場所を移したこと。さらに、運悪く仕掛けるべき爆弾の量が半分になってしまったことなどが、失敗の直接的原因として挙げられている。
シュタウフェンベルグ大佐とその共謀者は、その日のうちに捕えられ銃殺された。と、そこまではよく知られている。
じつはジージは、その周辺にいた人たちが捕えられてのちどうなったか、ずうっと昔に朝日ジャーナルに連載された記事を読み、深く記憶に刻んでいることがあるのである。
こんど映画「ワルキューレ」の公開を知ったときに、そのことをウィキで調べてみた。そして、ウィキでもわずかながらその顛末を示唆する記述があるのを知った。

ウィキペディアで「シュタウフェンベルク」で検索し、「粛正」と書かれているところの一部を引用すると「1944年8月7日から始まった裁判では、まずヴィッツレーヴェン、ヘプナー、ハーゼ、シュティーフら8人が起訴され、翌8日、死刑判決が下るとその数時間後には、ベルリン北西部プレッツェンゼー刑務所の処刑場で、ピアノ線で吊るされる形で絞首刑にされた。裁判と処刑の模様は映像に記録され、ヒトラーに見せたという。処刑の映像について、楽しんで観たという説もあるが、側近達の回想では観ることを拒否したとされている。処刑の映像は見せしめと警告のため、陸軍士官学校で上映されたが、生徒達から強い批判を受け、ヒトラーは敗戦までに完全廃棄を厳命した。」と書いてある。
ジージが若いころに読んで記憶にとどめたのは、この処刑に関する部分である。記事の筆者の筆力のなせる技もあろうが、事実そのものが凄まじいものであったのは、絶対にたしかなことだ。
陸軍士官学校の生徒たちに見せ、彼らから強い批判を受けたということが書いてあるが、まさに凄まじい殺し方をした。ここに書いてもいいのだが、やはりあまりの凄まじさに、ジージの筆も震えてしまうほどである。
戦時中の、死に最も近かった陸軍士官学校の学生たちが、猛烈に批判したくらいだから、どれほどすさまじかったか推測できる。ジージの実感としては、人間が同じ人間をこれほどまでおぞましいやり方で殺すことができるのか、というひと言に尽きる。
この処刑を担当したものたちは、いったいどういう人物であったのだろう。もし戦後も生きていたとしたら、どういう神経を持って生きたのだろう。
あの法学部学生の父親のように、心の奥に闇を抱え込んで、それを完全に密封して生きたのだろうか。考えると、その後の彼らの生き様それ自体がとても恐ろしいものであると思えてならないのである。
関連する記事は、ネットで追いかけると続々と出てくる。人間はそこまで恐ろしくなれるということを、改めて認識させられる文章や映像が、ネットの世界に満ち満ちているのである。
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2009年12月15日

漫画「長い道」こうの史代

彼女はもともと4コマ漫画から出発したらしい。この「長い道」は「初めての非四こま誌のまんがのしごと」と巻末で彼女が述べている。初々しい作品と言うことか、読んでいて次第に「なかなかいい作品だなあ」と思えてくる不思議な味のある漫画であった。
荘介と道という、どことなくおかしな二人に視点を据え、彼らに関わってくるいろいろな人々とのおかしな関係を絡めて、なんでこの二人はこんなに奇妙な関係でいるのか、こんなに奇妙な関係のままで深くなりもせずかといって極端に遠くなりもせず、暮らしているのか、54の短い出来事を重ねていくうちになんとなく判っていくというお話。
設定のうちできっちりと全容がはっきりしていくものは、「ほぼない」と言っていい。しかし、言葉にできなくても、なんとなくこういう関係があるのだろうな、という感触を、掴むというより感じとることができるのである。
本の裏に「夫、カイショなし/妻、ノー天気/そんな二人の/あったかくておかしくて切なくて/心にしみる54のプチ物語」と書いてある。だが、夫と妻についてのこの言葉が適当なのかどうか、読んでいるとわからなくなってくる。
表向きはそのように表現してかまわないのかもしれないが、54の小さな話を重ねていくうちに、「この二人をそんな言葉で括ってしまっていいの?」と思うようになっていくのである。
たとえば、長い長い同棲生活のなかで、一線を越えてしまうのはただの一回だけ。梅酒を造るつもりで、焼酎を飲み過ぎてうっかり・・・という極度に抑制された関係。そこからは、カイショなし、ノー天気、どちらもぴったりこないように思うのである。

アー、どう言えばいいのかな。ジージとしては、とにかくなんとも不思議な作品だ、としか言いようがない。
カイショなし、ノー天気、などと語っていると、なにかを見落としてしまうような気がしてくるのである。「こんなにノホノンとしていて、抑制の効いた生活って誰にでもできるものと違うんじゃない?」という基本的な疑問が、「カイショなし」「ノー天気」の向うに遠ざけられてしまう違和感を覚えるのである。
二人には、おのおの、一人では抱えきれない深い傷がほの見える。といっても、その傷自身が市井の至るところに見受けられる類いのありふれた傷なのだが、一人には重たすぎてどうしても支えが必要なのである。
男はその周辺で方向を見失い、女はやはりその周辺でじっとたたずんでいる。その場所、その位置における有り様が、なんとなくお互いの距離をつかず離れずの関係に保つ。
ラスト、女の昔の恋人から手紙が来る。「結婚しました」と。男はなにげない女の台所仕事を背に、ふと問いかける。「なんかいい事でもあったのか?」「わかるよ、もう長いつき合いなんだから」そして、女は答える。「ええ、ありましたよ」そのあと、男は「ノー天気」な質問を繰り返すのだが、それはそれでいい。それこそ二人が自然に積み上げてきた日常の姿なのだと感じさせてくれる。そのあたりが、なかなかよかったのである。
じつは、ここまでくるのにも、ずいぶんと時間が必要だったのだ。ぐうぜんもとの恋人「竹林どの」と出会って彼が「結婚」すると知る。彼が去っていく後ろ姿を見ながら、女はつぶやく。「わたしもシアワセになってもいいのですよね?」と、そこからまたなにげない日常の積み重ねがしばらく続いて、ラストの手紙の場面に至るのである。
女はそんなふうに「(わたしの)シアワセ」をゆっくり、ゆっくり感じとり、そこに居場所を定めていくのである。
とまあ、こんなふうに見てくると、ジージとしてはなんでこの女が「ノー天気」などと言えるのか、どうしても同意できなくなる。そして、「よかったね、これから「シアワセ」になりなさいよ」と話しかけたくなるのである。まあ、男の方には、「お前も、すこしずつだけど、感じる力を持っているみたいだなあ」と伝えたい気分ではあるわけで・・・。
彼らの住んでいる街の風景は「夕凪の街 桜の国」に出てきたようなところが角度を変えながら随所に出てくる。だから、同じような街に住んでいる別の二人の物語みたいに重ねて読んでしまう。そこが予期せぬ効果を生んでいるような気もする、まことに奇妙な雰囲気の漂う作品である。これ、オススメ!
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2009年12月14日

戦艦大和の「最後」の真実は

吉村昭の「陸奥爆沈」によると、日本海軍の戦闘艦の沈没は、火薬庫の爆発による沈没が非常に多かったらしい。これは世界の海軍の歴史をひもといても例外的なくらいに多いらしいから、そこになんらかの理由があると考えるのは当然のことだ。
作家吉村昭は綿密な調査によってその原因を解明している。
おそろしいことに、艦内において乗組員の自殺目的や怨恨によって火薬庫に火が放たれることがある、というのが真相らしい。
誰もが周知のように、日本軍隊内部におけるいじめのひどさは凄まじいものがあったといわれている。主に陸軍の内務班におけるいじめは多くの著述によって知られているが、海軍のものはそれほど広くは知られていない。
バットよりも太いいわゆる海軍精神注入棒とよばれる棍棒で手加減なしに尻っぺたをぶん殴られ、尾てい骨が複雑骨折(粉砕)されてしまう。肉が裂け、骨が飛び出す。それでもまだ足りないと思えば、鉛管パイプで満身の力を込めてぶっ叩く。
生死についての考慮不要。脳に物理的損傷を加えることも当然アリ。そういった制裁がまかり通っていた。いじめというより、閉鎖空間のサディズムと言うべきか。
海軍は船の中に入ってしまえば陸に上がるまで24時間365日、休みない制裁の日々である。耐えきれず精神に異常をきたすものも多数出てくる。
絶望の果てに、同じ死ぬならもろとも、と考える兵士が出てきても不思議はない。そのような地獄においては、最後の抵抗の手段として自爆を試みることも、あり得ないことではないだろう。
ジージが同じ立場に追い込まれたら、一人で死んでなるものか、とばかりに、絶対に試みること請け合いだ。
それにしてもまったく馬鹿げていた。いじめによって、日本軍隊はたたかう前から内部崩壊していた。
しかも、このいじめ体質は、軍の最末端から最上層部に至るまで、すべての部分に存在していたというのだから・・・。
ジージは思う。世の中だんだん不穏な空気が漂いはじめているが、その行き着く先の戦争では、この国の場合、間違いなくふたたび強烈かつ激烈ないじめが軍隊内部に蔓延し、内部崩壊の原因がつくられていくだろう。それによって、我が軍隊は最後には負けるようにできているのである。
負けに向かってばく進しながら、いじめの病相によって、軍隊の周囲に加害の痕跡をいっぱい残していくに違いないのである。
同じことを繰り返すまいぞ。上下の関係がいやというほどはっきりした軍隊においては、いじめられない階層に属するのはほとんど一握りのやつらでしかない。その一握りのやつらというのは、戦争に勝とうが負けようが、そのあとの世界で自分たちだけはおいしい目を見るように、余得をたっぷりと懐に貯め込んでおくものなのだ。
そんなふうにいい目を見たやつらが現にこの国にいたことを、もうすこし心の目を開いて見ておこう。しかも、まかり間違っても庶民が同じようにおいしい思いをすることなど、ほとんどあり得ない。
おいしい人生だけ選んで歩いた、鼻持ちならないやつらが政界にいる、経済界にもいる、懐手で悠々自適の人生を送ったやつもいる。そういうやつらを2度と許さないために、彼らの存在をしっかり憶えておくべきだとジージは思う。
ついでに言うならば、戦艦大和の「前後部砲塔誘爆」による沈没は、いかなる原因によって発生したのだろうか。前部と後部の砲塔の誘爆というのが、ジージの疑問をいっそうふくらませるのである。すべてが海底に沈んだいまとなっては、真相が明らかになるすべはほぼないと思うのではあるが・・・。
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2009年12月02日

アナーキスト詩人秋山清

アナーキスト詩人秋山清著作集が完結と新聞記事にあったのは2年前のことだ。戦時中、高村光太郎の戦争詩を厳しく批判したという徹底的反骨詩人。
批判された光太郎が彼に返信を出したのだという。要旨「発表しているばかりが私の詩ではない。私の詩は別に書きつつある」と。
秋山はその言葉にさらに激しく怒る。その後「戦中は戦争詩人、戦後は民主主義詩人であり得た日本の詩人の転向の揚げ底的浅薄さ」を徹底的に批判し続けたのだそうだ。
その怒りはほんとうに凄まじい。確かに先の高村光太郎の反論は浅ましい言い訳だったと思う。
「表向き戦争協力のようでも、心は違ったんです」という類の心の反戦なんぞ、平時に自分の潔白を声高に主張するための予防的欺瞞と言われても仕方がない。見苦しい言い訳と言うべきか。
天下の高村光太郎が、こういった自己弁護をする。そしてこのような言い訳は彼個人にとどまらなかったのである。
男たちの欺瞞的な変身ぶりについてはもちろんのことだが、女性たちの場合でも同様のことが多々あったらしい。それを知ったのは、女性たち自身が徹底的に検証を試みた、次の著作によっている。
本の題名は「女たちの戦争責任」。これはかなり厳しい視点を持った労作であるとジージは思う。
ちょっと引用する。「確かに戦争責任の問題は論じられてきたし、文学の分野でも男性作家の場合は不十分ながらも追求されてきた。だが、女性作家の場合は一部を除いて、加害者の側面よりも被害者としての側面ばかりが強調され、戦争責任の問題は不問に付されてきた」
昨日このブログの記事にした林芙美子の事例も、この本を参考にした。
戦後、名を知られるようになった書き手たちにも、似たような言い訳は常套句のように使われている。たとえば、戸外から聞こえてくる出征兵士を送る歌声を耳にして密かに吐き気を催しました、という文章を見たことがある。
その文章のあとに、その吐き気をどう生きたか、という視点は書かれていなかった。弱いものは弱いなりに、であると思うのだが、しかし・・・。
厳しい言論統制や弾圧や庶民のあいだに蔓延した疑心暗鬼の探り合いや、その他モロモロに絡めとられて、どれほどのことができたのか、と言われれば、ジージにしたってたいしたことはできやしないと思う。
でも、尻尾を振るのは表向きで本当は・・・などというのは、いまはとうてい通用しないことである。戦争反対の看板はそれなりに有効なので見かけはそれを背負うけれど、実態としてはすでに右傾的世相を先取りする輩も目につく。
「弱さゆえに流される」そのことに目をつぶる、それが上手な生き方であるとする傾向も厳然としてある。自分をだましてまで文章を書き続けるか、抵抗が難しいならあえて筆を折るか。
それを厳しく問われているのが、いまという時代かもしれない。揚げ底的文化人が蔓延しつつあるゆえの警告。
文字はそれ自体すでに思想だ、と知る必要がある。この、つたないジージのブログであってさえも。

高村光太郎については、ちょっときつく言い過ぎた傾向もあると思うので、いつかまた彼をもう少し評価する視点から書いてみたいと思った次第。文章というものは、ともすれば度が過ぎて一面的になる可能性を常に秘めている、と反省しつつ・・・!
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2009年12月01日

自分に対する戒めとして

林芙美子の「放浪記」「風琴と魚の街」について書いたあと、じつは彼女の戦時中における大活躍について触れないのは、中途半端だなあと思い続けていた。
いつかどこかでそのことについて書いておかないと、彼女の全体をジージなりに評価するのに不具合が生じるような、そんな危惧を感じたのだ。(ちょっとオオゲサか?)
彼女の初期の作品を読んで、また映画「放浪記」を観て、彼女にかぎりない親近感を覚えたのは事実だ。いまだって、そのことについて変更を加える気はない。
しかし、のちに知ったのだが、戦中に彼女が従軍記者として参加した徐州作戦における奮闘と、戦後の彼女の見事な変身ぶりには、ひたすらあきれてしまった。
ヘルメットをかぶり、戦車に便乗し、どこぞやらの戦場では敵陣一番乗りと謳うルポ記事を新聞社に送る。勇軍は敵を果敢に踏みにじり、蹴散らし、どのイクサも大勝利ばっかりだ、おおむねそんな感じの文章を発表して喜んでいたのだ。
大政翼賛的その他大勢といったたぐいのものではない。先頭きって戦争礼賛、軍国主義バンザイ、イケイケどんどんどこまでも・・・うーん、これがあの「風琴と魚の街」を書いた作家だろうか、とジージとしては首を傾げてしまうほどなのである。
ちなみに、一緒に徐州作戦に参加したのは、たしか吉屋信子であったと記憶している。彼女も見事に変身しているらしい。林芙美子と先陣争い、抜きつ抜かれつ、しゃかりきに頑張っているのだ。
それが戦後、またも華麗に変身してしまう。まあ、さすがに「風琴と魚の街」への回帰はできなかったにしても、歴史に翻弄されながらたたかい抜こうとする女性の生き様を書いてみたり、中年過ぎの女性の悲哀を描いてみたり。それなりにそれなりの文章をものにして、戦後の文壇を生きて行く。
なんでこういう生き方ができてしまったんだろう。ジージとしては疑問に思うばかり。
近ごろ考えるのは、もしかしたら、戦後の文壇において、なにかしら中途半端な戦争責任論が横行していた可能性はないだろうか、ということ。それで、林芙美子や吉屋信子その他の作家たちは、ことさら自らの戦争責任を表沙汰にする必要を感じなかったのかもしれない、ということ。
このごろ、そんなふうに思ったりする。だとすれば、彼女たちはそのような時流に要領よく乗って泳ぎまわっただけであり、本来の問題点は戦後の論壇の中途半端さに帰せられるのかもしれない。
そんなことを思った次第。関連していつか、アナーキスト詩人秋山清の怒り悲憤について少しだけ触れてみたくなった。

追記・・・
大西巨人の「神聖喜劇」に某女性作家が自らの戦争責任について真正面から向き合い、我が身を切り刻むように問いつめていく姿が、ちらりと書かれている。
前に読んだときは気がつかなかった。今度見つけてジージは思う。
「いたんだ、やっぱり。そうだよな。ちゃんと、心から自分の戦争責任を突き詰めた女性作家がいたんだ。いったい誰だろう」
感心すると同時に、自分の不明を恥じた。つらいことだっただろう。個人には大きすぎる責任のとり方だっただろう。
世は怒濤のごとくご都合に流れ、周囲には、あっけらかんと変身し、オイシイ道を選んだ仲間がゴマンといて、反省なんてどこ吹く風と浮かれまくっていたというのに。
適当にごまかして、甘い蜜でべたべたになることをいさぎよしとしなかったんだ。だれだろう。知りたいなあ、とジージは思った。また、なんでいま忘れられているんだろう、とも思った。
彼女こそ明確に記憶されるべき人だったはずだ。忘れるのは、現在というものが積み重ねつつある新しい罪ではないのか、ジージはそのように思った。
戦後の文壇がたどった中途半端さを、また次の機会に許すわけにはいかない。いや、次の機会がやってくることそのものを許すわけにはいかない。
そのような流れに乗ろうとするものたちを見逃すわけにはいかない。すでに痛恨の先例があるのだから。
と、かっこいいことを書いておいて、ちょっと反省。
いや、これはどっちかというと、他人がどうこうというのではなく、自分に対する戒めみたいなものかな。なんせ、ジージだって他人のことなどいえる資格のない軟弱尻軽者なんだから・・・なんてね。
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2009年11月24日

阿Q正伝にハマった頃

なんのきっかけであったか、小学校6年生のときに「阿Q正伝」を読んだ。ちんぷんかんぷんであった。
いったいこの作者はなにを言いたくてこんな本を書いたんだろう。子ども心に頭をかしげた。
「阿Qはわたしである」と、作者の魯迅は叫んだそうだ。そういわれても、なんでこんな情けない人物が「わたし」なのか、見当がつかなかった。
「???」という感じで読了。それでもなんとなく心に引っかかり、また読んだ。やっぱり「???」であった。それでまた読んだ。とまあ、小学校6年のとき、なぜか4回も続けて読んでしまった。
なにごとにもいいかげんで、成り行きまかせで、サンシタのくせにいい格好したがって、自分より格下のものを見つけて軽んじようと頑張ってみたり、周囲の人をバカにしてみたり、卑屈におもねってみたり、とにかくなんでもいいからその場をうまく要領よくやり過ごそうとしてみたり、でもけっきょく自分ではなんにもできずじまいになって、最後には「助けてくんろ」と叫ぶこともできずに刑場の露と消えていく。
なんなんだこいつは、と思いつつ、むげに遠ざける気がしない存在感。おかしいなあ、という感じであった。
「阿Qはわたしである」って、なんでこんな人物を「わたしである」なんぞと言って胸を張るんだよ。魯迅っておかしいんじゃない?
まあ、小学校6年生のジージは、かように素朴なのであった。そして、素朴な存在には素朴ななりに、わずかのあいだに4回も続けて読ませるこの本の力に、いま改めて感心しているのである。
読んですぐにわからなくてもいい。なにかしら気になることが胸の隅っこに動かし難い位置を占めてしまう。それだけでも、ものすごい価値のあることなのだと思う。
なにしろ、この本の意味するところをなんとか実感として感じとれるようになったのは、ジージの場合、ようやく今ごろになってのことなんだから。
年齢が、経験が、いままでやり残してきた多くのことについて思いをめぐらせる時間をつくらせた。それら多くのことに、そのときやらねばならなかったこと、いまでもできるなにかがあること、そういったモロモロを、実感させるのである。

「助けてくんろ」である。つながりを求める言葉である。
弱い自分を自覚し、つながることによって新しいなにかに至る。けっして成り行きまかせにせず、サンシタのくせにいい格好したがったりせず、自分より格下のものを見つけて軽んじようと頑張ってみたりせず、人をバカにしてみたりせず、卑屈におもねってみたりせず、要領よくやり過ごそうとせず、「助けてくんろ」と弱い自分をさらけ出し、周囲とつながっていく試み。
たぶん自分自身はいつまでたっても弱いままなのだろう。この弱さは克服し難いものなのだろうが、つながっていくことによって全体としては強くなれる。そういう単純な真理に近づいていく。
そうなんだよな。はりつけ台に縛られたあとで、「助けてくんろ」と叫ぶ時間も残されずに簡単に一巻の終わりとなるのでは、立つ瀬がないというものだ。
ジージは、小学校6年生のときに強い印象を残してくれたこの本を、いまになってとても感謝しながら思い返している。
心境として、まだなかなかそこにまで近づけない自分を感じつつ・・・ではあるのだが。
で、なんというやつなんだろう。魯迅はこの本を40歳のときに書いた。いまさら言うのもなんだけど、やっぱりエライやつだったんだなあ、と思う。
ラベル:魯迅 卑屈 弱さ
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2009年11月23日

「冬の兵士」が提示する指針 4の2

ようやく書籍版「冬の兵士」関連文章の最終章に来た。ここは、長々書いてきたことの書き残し部分にあたるのかもしれない。
*********
さて、ここでちょっと話は飛ぶかもしれないが、こんどローランド・エメリッヒ監督による映画「2012」というのが公開されるらしい。そこでジージは考える。
この監督はやたらに大規模な終末期映画を作りたがるが、正直それは娯楽の範囲で好きにやっていてくれれば、こちらも娯楽の範囲で楽しもうというたぐいのものであった。
たとえば、先行する「インデペンデンス・デイ」の異星人たちが、地球攻撃のために地球産コンピューターシステムを逆に利用するとか、そのため地球産コンピューターウィルスにUFOの全システムがやられるとか、まったく超笑わせ的な結末の付け方も、「そのUFOのシステムはもしかしたらマイクロソフトが受注しているんでないかい」なんて突っ込みを入れつつ、まあ、娯楽だから仕方ないさ、と考え直したものなのである。
しかし今度の映画には、別のつっこみが成り立つかもしれない。テレビで予告をみた感想としては、「アメリカよ、願わくば世界を巻き込んでつぶれようなんぞと思うな。自分のやったことの後始末は自分でしてくれ」と、ひとこと叫びたくなる次第なのだ。
そして、そんなふうにアメリカに責任を取らせるのには、ただ黙って眺めているのではなく、声を上げてアメリカと、また、自分たちがじつは直接関わっているこの戦争と、まっすぐに向き合わなくてはならない、ということをちょこっと思った。
そうしなければ、当ブログ10月20日付けの「パレスチナ問題のひとつの見方」で書いたように「米国の宗教右派に信奉者が多い、クリスチャンシオニズム」が考えるごとく、「最後の審判」のあとにくる、世界の消滅と再生にほんとうに付き合わされることになるのではないか。ジージとしてはそれは堅くお断りしたい、と言わざるを得なかったのである。

あ、そうそう。そういえば、DVD「冬の兵士」において、彼らがなぜ「罪のない」という言葉を連発するのかについて、ジージは疑問を呈していたのだった。いま、書籍を読み終えて、その疑問に若干の回答を得たように思っている。
DVDもまた書籍版同様に一見の価値あるものであった。それは前提である。しかし書籍版においては、DVDほど「罪のない」という言葉は連発されていなかったと思う。
つまり、書籍版では、個々の兵士のいくつかの証言以外で、そのような視点は必ずしも中心に据えられていなかったと思わざるを得ない。とくに「結びの言葉」では、その視点はすでに克服されていたのではないか。
ジージとしては、もう一度DVDを見る機会を得た方がいいのかもしれない。だが、少なくともいまの時点では、このように感じざるを得なかった。

と、ここまで書き終えて改めて考えた。もしかしたらDVDは観るものの現状認識と書籍版とのあいだを埋める橋渡し的な役割を担っているのかもしれない、と。たしかにそういう位置づけはあり得る。
DVDと書籍がまるっきり同じ役割を担っていて、同じ内容を語っているのだったら、どちらか片方は蛇足になる可能性がある。しかし、そんなわけはないだろう。
いろいろな方法で多面的に切り込む。そういうやり方の集成として、各々の方法は位置づけられるんだなあ、と多少は考え直した次第である。
ともあれ、ジージは「罪のない」という言葉が持つ二面性を嫌う。これはどちらの側もが安易に使う、相手を攻撃するための枕詞みたいなものであり、また一方で、戦争を戦場に限定して自分と関係ないものにしてしまおうとする無意識の無関心に重なる可能性がある、と思うが故に・・・。

以上、書籍版「冬の兵士」について・・・とりあえず終わり!
ジージの結びの言葉をひとつ。Let’s諸君。敬遠せずに「むすびの言葉」だけでも読もうじゃないか!!!
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2009年11月22日

「冬の兵士」が提示する指針 4の1

本日は、即時撤退は無責任か、ということからはじめる。(これは予想外に長い文になったので、2日に分けて掲載する。ゴメンして下さい。)
*********
アメリカはイラクを地獄に陥れた。これは間違いない事実だ。
だが一方で、ほぼ無政府の混沌状態に陥れておいて、さっさと撤退するのは無責任ではないか、という考えもある。
じつはジージもこの考えに近かった。混乱のまま撤退するべきか否か、これは難しい問題だ、と思っていた。
だが、「冬の兵士」はそれにも明快な答えを持っている。これは要点を整理してここに引用しておきたい。
以下、「結びの言葉」から・・・
「イラク戦争は、虚偽の口実のもと、米国法および国際法に真っ向から違反して開始されました。兵員としての私たちには、違法な戦争に加担することに抵抗する義務、不法な命令に背く義務があります。」284頁
「運動にたずさわる人々は、私たちが撤退すればイラクは完全な無秩序状態に陥ると主張することがありますが、私たちが本書で提供する証言は、イラクはすでに無秩序状態にあり、その混乱は他でもない占領がもたらしたものであることを示しています。「われわれが壊したのだから元に戻すまでいるべきだ」との言い分は、一度壊れたら決して元には戻せないものについて釈明できません。また、壊されたあと、「もっと壊される」場合もあるという見方にも目をつぶるものです。」284頁
「私たちは知っています。戦争と占領を無期限に継続できるのは、兵士たちが指導者を問い質さず、戦闘を続け、明らかに違法で不道徳な命令に服従し続ける場合だけだということを。」285頁
「何百万人もの人々の語られることのない苦しみに対し、中東での米軍の駐留にどれほどの責任があるか、合衆国の国民に知ってほしい。そして、これらの人々に政府が賠償を払うことを私たちがなぜ要求しているか、理解してほしいのです。」285頁
これにコメントはほぼ不要だと思う。ジージも、かなり納得した。まだすこし、ジージの理解に曇りがあることは否定しないけれど、それはこれから自前で考えていくべきジージ自身の課題であると思う。
少なくとも、「冬の兵士」はただ撤退するだけで良しとせず、国家賠償をするべきであるという主張を持っていること。それを米国民が知ってほしいと訴えていること。それが重要であると、ジージは思う。
即時撤退には十分な国家賠償が伴っているのである。ただ尻尾を巻いて逃げ出すだけではなく、その後の責任も取らなければならないということである。
じつは、こういうアメリカの尻馬に乗った日本という国にも、当然のことながら、この賠償というかたちでの責任の取り方は重くのしかかってくるはずだ、とジージは思う。
ようするに、これは遠い向こう岸の話などではない。いままさに日本という国に住むものたちも、人道的とか一般的な平和主義とかの範囲を超えて関わり続けている、他人事でない、現に戦争協力しているか否かというかたちの、重たい責任の問題なのである。
「即時撤退論」をさらに具体的な「撤退の仕方論」にまで高めた彼らの主張を読んで、「かわいそう」「ひどい」という理解の仕方を超えたところでのわれわれの責任の取り方がいま問われている、とジージは切実に考え込んでしまったのであった。

というわけで、続きはいつとも知れない明日へ・・・。
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2009年11月21日

「冬の兵士」が提示する指針 3

本日は、「冬の兵士」に書かれていることのほかに、ジージが知り得たことも含めて、いくらかふくらませた内容で書いてみようと思う。
***********
米軍が壊れていく。戦争の下請け化によって傭兵たちが兵士の前を行く。彼らは交戦規則(これはすでにただの紙くずのようになったシロモノではあるが)などない荒野を怒濤のごとく踏みならしていく。
ときには傭兵たちの装備の方が優秀ですらある。なにより、明らかに彼らが受け取る報酬の方が、兵士のそれよりも高い。
無用な制約を伴い、それゆえいっそう危険であり将来の保証さえ危うい軍組織を嫌って、傭兵会社の社員になる道を選ぶ兵士たちさえいるほどなのだ。
イラク人はアメリカ軍を嫌うが、なかでもさらに傭兵会社の社員を嫌う。彼らの方が制限なしのやりたい放題をやれる。しかも、明らかに彼らはその特権を存分に利用して行動しているからである。
ファルージャで無惨に焼き殺されたのは、こういった傭兵会社の社員(つまりアメリカという国家に雇われた殺しの下請け人たち)であった。
軍の装備はボロボロ。薄い鉄板を自前の溶接で貼付けただけの、いわばリヤカーみたいなものに乗って戦場を突っ走る。弾避けにもならないシロモノ。攻撃されたらひとたまりもない。
兵士たちはだから、いつ襲われるともわからない恐怖に駆られて市街地を突っ走る。自分たちが生き延びるために、路上で右往左往する人たちをぶっ飛ばし、引きちぎって疾走する。そうして彼らは狂気におちいっていく。
不足する武器を軍は補充しない。自前で買いそろえなければならない。ときには本国にいる家族に頼んで、街のスーパーマーケットで買い求めてもらい、航空便で送ってもらう。兵士たちはそれで自らの命をなんとか長らえさせているのである。
米軍の兵士たちは頑丈なプロテクターに全身をつつんでいる。だが、間近で爆発が起こったとき、直接の外傷は免れたとしても、肉体の内部に伝わった破壊的な振動は、脳をはじめとする内臓諸器官に永続的な影響を与えずにはおかない。
それは非常に複雑なダメージであるが、軍はそのような損傷に対して有効な手を打とうとしない。抗欝剤、頭痛薬、睡眠導入剤。それを安易に投与するのが関の山である。また、それすら貰えないものたちもいる。
抗欝剤の中には、強力な副作用を示す薬もある。長期連用によって不可逆的ともいえる副作用にみまわれ、ついに耐えきれず自死に至るケースもあるが、それは戦争による影響とは考えられていない。
たとえばパキシルなどは、つい先ごろ日本の厚労省が重大な副作用として「攻撃性の増大」などをあげ、乱用を避け慎重な投与を必要とすると警告した薬物のひとつである。
危険な薬物であれ、ともかく国民全体に厭戦気分が広がらないように封じ込めておくためには、乱用もはばからない。そのような操作がうまくいっていれば、軍は、国家は、どんなことでも平気でやるようになるものだ。
こういったことから、いまや戦争まで民営化して儲け商売のひとつと成り下がっているんだなあ、とジージは思う次第なのである。
民営化部分は徹底的に効率的になり、残った公営部分は非能率のやっかいものとして、無惨に放置される。こういう構図だろうか。
傭兵会社の儲けは年間数兆円の規模に昇るものになっていると言う。これらの会社は、戦争あればこそ儲かる。なくなればとたんに経営が行き詰まる。したがって、戦争を持続させることが会社存続のための絶対的条件となるのである。
戦争という最悪の事態の周囲に群がる金儲け集団の姿が見える。金儲けのシステムは、それが常態化してしまったら、なかなか抜け出せなくなる。別の道を探りにくくなるもの。
これを見過ごすことは、後の世に対する大きな罪になるのではないか、とジージは思うのである。

ということで、続きはいつとも知れない明日へ・・・
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2009年11月20日

「冬の兵士」が提示する指針 2

ラストの「結びの言葉」は必読である。現在の戦争とかつての戦争の違いはどこにあるのか。その根拠が、余すところなくきっちりと示されている。
「その質問(註・・・「もっと力強くあるべきなのに、なぜ反戦運動がそこまで強まらないのか」という質問のこと)に対する答えは込み入っていて、ベトナム戦争にまつわる政治的歴史的な文脈を分析することによってのみ見出すことができます。」279頁下段
ここではあえて細かく紹介しないでおこう。やはりこれは各々が自分で読むべき本なのである、とジージは思うからだ。
少なくとも、かつての時代の戦争にあって、どのような原因によってアメリカは敗北せねばならなかったか、軍隊(とりわけその中心であるアメリカ軍隊)は多くを学び、そして次の戦争に勝利するための教訓とした。
戦争に対する危機感や不信感を国民全体が共有しないようにさまざまな工夫をした。ひとつは、報道の自由を極度に制限すること。さらに、戦場へ向かうものたちを、生活のために止むに止まれぬ立場にあるものたちに制限したこと。
たとえば、イラク戦争開始前、米軍は自軍の戦死者と世論の関係とを数量化して検討していた。戦死者が100人だったら、300人だったら、1000人だったら、各々の仮定に沿って世論の動きを予測し、5000人を超えたら世論は厭戦ムードでいっぱいになると予測していた。
現実の公式発表の推移を見ると、そのことに忠実に公表戦死者数が動いているのがはっきりと見てとれる。4000を越えてから5000にはなかなか到達しなくなった、ただの無機質な数字の連なり。真実の数字はどこにあるのか、まったく見えてこない操作を感じさせるし、その統計も以前のようにうまく手に入れにくくなっている。
こんなふうに、現在の戦争は、じつは国民のほとんど知り得ない彼方の世界の出来事として、日常生活の向うへ追いやられている、としか言いようがないのである。
戦場で地獄を体験した兵士たちが帰国したとき知る空虚感。自分たちが昨日までいた生死を賭けた場所とまったく違う、そんなことなどまるで関心のないものたちが、笑いたわむれて自由を享受している世界。
「この国のために地獄で生きるか死ぬかを経験しているのは、自分だけなのか」と叫び出したくなる日常。
自由の大国と言いながら、富めるものはあくまで自由であり続ける一方で、そこから外れたものたちは生活の基盤さえも喪失し、ほとんど自由を失ってしまった。
それはアメリカだけのことか。いや、アメリカを中心として、その影響下にあるすべての国から、知らないまに自由なるものなど消えてなくなっているのである。
「結びの言葉」は読まれねばならない。現在の戦争がなぜ人々の日常から遠いところに追いやられているのか、その理由をはっきり示しているからだ。
そしてさらに、そのような状況に対してただひたすら「平和」や「反対」という理念を掲げるのではなく、彼らの主張は徹頭徹尾具体的でなのである。
かつての戦争から米国軍隊が多くを学んで試みていること、それ自体が非常に具体的だった。だが、もう一方の側は、束の間の平安(つくられ、真実が隠された平安)の中に埋もれ、さらに具体的に進むべきときについに進もうとしなかった。
つまり、「冬の兵士」がすぐれているのは、自分たちの内部にある欠陥はなにか、次になにを獲得しておくべきか、その点において具体的であるという一点によっている、とジージはつくづく思うのである。
そのために個々の兵士の叫びを丹念に積み上げていき、しかもそれだけに留まらず、それを分析し、次のステップはどうあるべきかを大胆に具体的に導き出した。それこそが、「冬の兵士」の大きな意味なのだ、と思う。
どう具体的であるのか。それはひたすら「読んでくれたらわかる」と言うしかない。「戦争の悲惨など読みたくない」と生理的に拒否する人たちでも、ラストの結びの言葉は読めるはずだ。その部分だけでも読んでほしい。読めば、目をつぶる以外の方法があることにきっと気がつく。
軍隊の改革を提言していると見える箇所もあるが、彼らの改革が具体的に進めば、どのような軍隊が出来上がるか、想像するだけでわかるだろう。これは彼ら流の逆説なのではないか・・・と。
だから、ひたすら言いたい。
「読んでくれたらきっとわかる」
ジージはそのように切に思うのである。

というわけで、次はいつともしれない明日へつづく・・・。
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2009年11月19日

「冬の兵士」が提示する指針 1

市街地を猛スピードで走り抜ける軍用車両。路上にあるすべてのものを蹴散らしていく。
ときにそれが人間であろうとなんだろうと、かまっていない。減速するのは即、自分の死につながるという究極の恐怖に、彼らはさらされているのだ。その危険を冒してまで、なんで減速して人を避けて通れるか(映画「ブラックホークダウン」のインチキが透けて見える現実)。
かくして、路上で無心に遊ぶ赤子がいたとしても、軍用車両はそれを踏みつぶして進むのである。なぜならそこは戦場だからだ。そこは非戦闘員(武器を持たない、または持てない人びと)が居てはならないところであり、それでもそこに居るのは、居ること自体が罪だからである。
このように、戦場に放置されている非戦闘員たちは邪魔者でしかなく、その運命は無惨である。
一方で、米軍の軍用車両はすでにぼろぼろである。敵の銃弾を容易に貫通させてしまうやわな鉄板を、しかも自分で溶接して間に合わせ、それを弾避けとして使っている。
戦闘に必須の小物である暗視ゴーグルにしてからが軍用はすでに壊れてしまい、供給もままならず、米国内のスーパーで一般に売られている狩猟用の機器で代用している。銃の望遠スコープも同様だ。
足りない装備は自分で調達するか、本国にいる肉親に頼んで店に出向いて身銭をはたいて個人的に買ってもらい、イラクまで宅急便で配達してもらう。ようするに米軍は兵員の補給どころか細々した装備品に至るまで、いまや決定的に不足しているのである。
路上にいるもののすべてを踏みつぶして走る軍用車両は、攻撃されることの恐ろしさを骨身に沁みて知っている。だから、あらゆるものをはねとばして走る。
言ってみれば、彼らは恐怖に悲鳴を上げながら、敵地の真ん中を爆走しているのである。それはまさに、地獄へ落とされた亡者たちの絶叫を乗せた、地獄車というにふさわしいだろう。

だが・・・。

誤解を恐れず極論すると、個々の兵士たちの凄惨きわまりない経験はもともと戦場の常のことであり、イラク戦争にはじまったものではないという妙な感覚が自分にあることを、ジージは否定しない。
ジージの時代にあったヴェトナム戦争でも、まったく同じとは言わないまでも、凄まじい地獄の凄惨絵図があった。
いや、このイラク・アフガニスタン戦争の周辺にあったすべての戦争(イスラエル軍によるガザ侵攻なども然り)において、じつはインターネット上では、一般報道のゆるゆるした基準から除外された凄惨が、熱心に公開されていた。それはほとんどだれも見ようとしないものだったが、凄まじい戦闘の様子を克明にうかがうことができるものであった。
それらの映像に接し、ネットの画面から死臭が漂っているような錯覚を、ジージはおぼえたものだった。
米軍兵士の置かれた状況があまりに無惨であることも、ネット上に公開されていた。だが問題は、そのような事実が曝されているネットという場所は、一般人(戦争と関係ないと自らを位置づける人たち)には近くて遠い、足早に通り過ぎることのできる場所であったし、いまもまだそうあり続けている、ということなのである。

14日に書いたけれど、「ドイツ戦没学徒の手記」も「きけわだつみの声」も「ジョニーは戦場へ行った」も、戦争の悲惨のあとに刊行され、多くの人々の共感を得たが、次がはじまることを阻止できなかった。
このような悲惨がある。だから戦争をやらない。戦争を否定する。ほんとうはそう主張するだけで十分のはずなのに、ある瞬間から「戦争突入の声は耳を聾するばかりでした。」となってしまうことへの本格的歯止めはどうすれば可能なのか。
それを考えていると、「冬の兵士」の声が、すぐ間近に迫ってくるのである。
ジージの奇妙な感覚に対する答えは、やはり「冬の兵士」に書かれていた。なぜ、すでに誰でもが知っているはずの戦場というもののの悲惨が、いま改めて知ったまったく新しい事実のようにジージたちの前に立ち現れるのか、の答えが。
そして「ドイツ戦没学徒の手記」とも「きけわだつみの声」とも「ジョニーは戦場へ行った」とも違った、新しい言葉が「冬の兵士」に見られるのに気づかされるのである。

と、その答えについて触れるのは明日にしようと思う。ゴメンネ!
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2009年11月17日

重い責任が背中にのしかかる

ようやく書籍版「冬の兵士」を図書館から借りることができた。かなり分厚い本なので読むのに苦労している。だが、読んで価値のある本であることは間違いないようだ。
これから数回に分けてこの本についてジージが感じたことを、できるだけ率直に書いてみたい。ジージの読書法の基本は、「前もってイエス・ノウで区分けしてから読むやり方をしない」である。
だから、自明と思えることにも、あえて疑問を差し挟むことがある。批判することもありうる。書いている半分以上がジージの考えである場合もある。そこがガンコジージのゆえんであるわけだが・・・。

まず、米国民の戦争責任を問いかけている一文を引用しよう。・・・「私たち兵士の経験を認めることによって、人びとは、自分たち一般市民を防衛することを究極的な目的として軍隊がとった行動に対し、自らの責任を認識せざるを得ないという圧力を感じることになる。人びとにとっては、私たちを英雄と呼び、私たちのことを忘れ、私たちが背負った犠牲と耐えてきた恐怖を忘れることの方が、いつだってはるかに容易だ。人びとに思い起こしてもらわなければならないのは、イラクとアフガニスタンにおける占領は合衆国が国として遂行しているのであり、単に軍隊や政権によって行なわれているのではないということである。私たちは声をあげることによって、同胞たる米国民がふたつの占領に対する自らの責任を認めるよう圧力をかける。これは占領を終わらせるために必要なことの一つだ。」9頁(ケリー・ドーアティ)ちょっとわかりにくい文章だったかもしれないが、ここで重要なのは、彼らが米国民の責任について言及していることだと思う。
さらに引用する・・・「2002年秋にMFSO(声を上げる軍人家族の会)を創設したとき、戦争突入の声は耳を聾するばかりでした。「戦争に行かなければ」と言っている人も、その人の肉親も、誰一人どこにも行こうとしないことに私たちは気づきました。大砲の餌食として戦場に送り込まれ、違法で正当性のない侵略で殺したり殺されたりするのは私たちの肉親でした。人からは「でもオタクの身内の方は志願したわけでしょう」と言われました」(222頁 ナンシー・レシン)
まだいくつかの箇所にこれに類似した発言がある。国家の責任を鋭く追及する一方で、「耳を聾するばかり」の声を上げてそれを支持し、多くの人々を戦場へ積極的に送り込んだ米国民に対し、まっすぐ向き合う姿勢がここにある。
いたずらに国家に「無理矢理させられた」「罪のない」人々の群れとして丸ごと区分することを旨とせず、単純な被害者そのものとして位置付けせず、ひたすら自らを含めた責任を問う、自問する、そういった毅然とした姿勢がここにはある。
なぜなら、いますぐにでも終わらせる行動を始めなければ、ぐらぐらと煮え立つ地獄の釜の底が最後には破れてしまい、その中身は果てしない深淵に向かって怒濤のごとく落ちていくしかないことを、彼らは知っているからだ。それゆえに、この本に登場する人物たちは、厳しい言葉で読むものと対峙している、とジージは思う。

もちろんここに書かれているのは多くの兵士のそれぞれの立場からの証言である。それゆえその主張には、当然のようにばらつきは見られる。
だが、ばらつきが問題なのではない。彼らの姿勢全体として生み出される流れが、いまや無視できないものとなりつつあって、アメリカを、さらに全世界を動かしていこうとしている、そのことが重要なのである。

というような全般的感想を手始めとして、以下、明日へと続く・・・。
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2009年11月09日

漫画「陽の末裔」 相互補完する関係 3

この作品において、なぜ、ふたりの主要人物は、お互いの存在を常に意識し続けるのか。
そこでジージは考えた。彼女たちは相互の不足部分を、補完しあっているのではないか、というふうに。
資本主義的価値観の中で考えると、男でも女でも、対象を無慈悲に蹴散らし、捨て去り、だまし、踏みつぶし、薄汚くのし上がり、独り占めし、あらゆる手段を用いて手に入るすべてのものを集め尽くす権利を持っている、ということになるかなあ。
それが本来の(剥き出しの)自由の論理であり、方法である、とジージは思う。男がいろんな意味で女性の解放を怖がるのは、このことによって敵が2倍に増えることを意味するからではないか。
いや、力をつけた女たちは、ときにはあまたの男たちよりよほど巧妙かつ狡猾で有能なのであり、無慈悲かつ強力な新しい戦術を持っていて、これまで男たちだけが独占し、男たちだけで分けあっていた諸権利の奪い合いに参加してくる、それが男たちには恐ろしいのではないか、なんて思うのであるが。
また、資本主義的自由の内部で自己の解放を目指すとしたら、惨めな男たちと同じ数の惨めな女たちを量産することさえ、あえて選択肢になることも辞さない非情さが必須になってくる。
それゆえ、結局のところ、そのような恐れを排除しつつ女性解放・男女平等の社会実現をめざすには、究極的には非資本主義的自由の獲得が有効な方策として浮上してくるしかない、というのが結論になるのかもしれない。
しかし、それはすぐには結論に至らない、果てしない道のりである。それを直感しているがゆえに、この作品におけるふたりの主要な人物は相互の不足している部分を、常に補完しあうのではないか。
この作品の最後で、日本版スカーレットがラストシーンをたとえ一時的に独占したとしても、彼女だけでは女性一般を解放する道は開けないことは明らかなのであり、したがってもう一方の極として地道な戦いを組織する女たちがどうしても必要だったといえるのではないか、とジージは考えるわけで・・・。
それゆえ、スカーレットを中心に据えながらなお、新聞記者の道が描かれ続けたような気がするのである。いや、作者としては、現実へのバランスと未来への展望のために、それを描かないではいられなかった、のではないかとジージは思ったわけで・・・。
ともあれ、この作品はいまでもネットでファンクラブがあるほど、根強い人気があるということに注目しておきたい、と思った次第。

(追記)この作者のつれあい(柴田昌弘)の「ラブ・シンクロイド」というSF漫画もそうとう力作であったと記憶している。
引っ越しに次ぐ引っ越しで、この本はどこかへいってしまったが、たしかに市川じゅんの思想的影響が読み取れる作品だった。
背景の絵などはふたりで協力して書いているのが見てとれるほどで、漫画としては両方ともオススメ本だった。
「陽の末裔」という本のおかげで、ジージとしては、久しぶりにいろんなことを考えてしまった。まだ十分にまとまっているとはいえないけどね・・・。

以上、「陽の末裔」についてはこれで終わり
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2009年11月07日

漫画「陽の末裔」 これオススメ本 2

ちょっと前の記事の続きである。ジージの頭がこんがらがってきて中断していた。まったく歳だなあ・・・というわけで。
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新聞記者を続ける娘は、社会主義的運動に傾斜していく。貴族に嫁いだ娘は、まさに資本主義的自由主義とも言うべき、がむしゃらな生き方の道を選ぶ。
作者市川じゅんはなぜか、どちらがどうとも評価を定めていない。
没落地主の娘の生き方は、どうも「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラをモデルにしているような気がする。とにかく時代や人間の関係に打ちのめされ、たたきつぶされてもなお、その灰の中からなにかをつかんでしぶとく立ち上がる。
作品のハイライトにおいて最も輝いて見えるのは、貴族社会の全面的崩壊の中からしたたかに這い上がろうとする彼女の方であって、新聞記者として社会変革運動家として戦ってきた娘の方ではない。
そのことが、ジージをしてある種不思議な気持ちにさせるのである。
そして、そこでひとつの考えに至る。
なるほど日本版スカーレット・オハラが突き進む先には、ちゃんと目に見える当面の目標があるのである。
彼女はひたすらそれを追いかけて全力を尽くしていけば良い。たとえスッカラカンになろうとも、そのような状態の中でいまとりあえず手にしている手段をすべて使い尽くし、次の目標にぶちあたっていく。
その姿勢は強力であり、かつ身近で直接的で具体的であり、その当面の目標の実現可能性も当面であるがゆえに、貧農の娘が辿る社会変革運動よりはるかに現実的に見える。
そして、まったく不思議なことなのだが、社会変革運動が立ち向かう対象はなぜかあまりにも強大すぎて、実現可能性もそれほど期待できないように思われ、段階を追って近づく具体性もないように感じられてしまう。
片やは自分の周囲に累々たる屍の山を築きながら、それをすべて置き去りにしてでも猛烈に突進する。片やも、自分の周囲に無数の犠牲を重ねるのだが、ある意味ではその重さゆえに次へ突き進むのが硬直したものになりがちであるように見える。
では、スカーレットの行動の方が、より現実的であり得るかと言うと、そうは見えないのが不思議なのである。
なぜか、日本版スカーレット・オハラは貧農の娘の生き方に常に寄り添わずにはいられない。貧農の娘もまた、まったく別の道を歩みながら、スカーレットを見放したりしないのである。
この作品において、なぜ、ふたりの主要人物は、お互いの存在を常に意識し続けるのか。ジージには、これはこの本を読み解く鍵であるように思えるのである。

以下、いつとも知れない明日に続く・・・
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2009年11月04日

漫画「陽の末裔」(市川じゅん)を読む 1

もう10年以上前になるが、古本屋でこの漫画の総集編全3巻中の第1巻を買った。50円だった。読んですぐ、これはなかなか良い本だと思った。
題名は平塚らいてうの有名な言葉「原始、女は太陽であった」に由来する。太陽であったものたちの末裔がどのように生きてきたか、いまどうなっているか、そしていまどのように生きようとしているか、そのことに真正面から挑んだ作品であった。
まさに力作。背景は大正デモクラシーの時代である。
東北の田舎から貧農の娘と没落地主の娘が関東の紡績工場へ働きにでる。そこでいろいろな出来事を経験し、しだいに人間として生きることの意味に目覚めていく。
貧農の娘は縁あって印刷所から新聞記者への道を歩み、没落地主の娘は貴族と結ばれて栄華への階段を昇っていく。時代が時代なだけに、関東大震災から昭和恐慌、普選、治安維持法から315や515、226事件、満州事変から太平洋戦争を経て新憲法制定へと激動の中を進み、ふたりの生き方は大きな変遷を辿っていく。
昔、偶然に買ったのは、ふたりが紡績工場をでて自分ひとりで生きる道を選んでいくところまでだった。そこまでの展開がかなり生き生きしていて印象的であったから、どうしても続きを読みたかった。
だが残念なことに続きは古本屋になくて、この本のことは長らく記憶の底にしまい込んで忘れていたのである。
それが、あるときふと思い出した。ちかごろはネットで探せばけっこう希少な本でも簡単に見つけることができる、ということを。
しかも汚れていたり破れていたりなどすると敬遠する風潮があるので、そういう本はなにしろ安いのだ。そうか、そういう方法があったんだっけ、というわけでネットで検索すると、たちまち見つかった。
だがしかし、それほど安くなかった。半値くらいにしかなっていない。それに購入の手続きがジージの大嫌いなめんどくさい方法のため、我が娘に「街の古本屋で探してくれ」と依頼していた。
娘は律義である。ずっと忘れないでいてくれて、このたび、ちょうどよいことに総集編1のあとに続く、文庫版3から最終卷までを見つけてくれた。
値段は定価の30%ほど。しかも、ちかごろの傾向では汚れた本は嫌われるので、ジージ的にはほぼ新本同様。そういう妙に潔癖性な世間の風潮に多少気持ちは複雑だったが、こりゃあよかったね、というわけで、さっそく読んだ。
連載漫画というのは、前半部分で人気がでるとどんどんストーリーが長くなり、人物が複雑になり、展開が散漫になり、おさめどころが見えなくなって空中分解し始めるのが常である。
たとえば「クリスタルドラゴン」というキリスト教以前の北欧バイキングをベースにしたドルイド系ファンタジーは、最初の数巻まではすさまじい迫力で次の(古)本を見つけるのが楽しみだった。
漫画といえどもあなどれないことを示す、代表選手みたいな本であった。
しかし回を追うにつれてストーリーが広がりすぎて、魔法ファンタジーと現実の接点がぎくしゃくしだし、ローマ帝国と接点を持ち始めたあたりから収拾がつけにくくなっていった。
まったくもったいない話だが、漫画出版社が変な商売っ気を出さなければすぐれた漫画になったものを、と惜しまれる一例である。まだ延々と続いているので、うまくおさめどころを見つけられれば、それはそれで期待できる作品になると思うのだが。
ついでにいうと、ほかに気になっているのでは「ハチミツとクローバー」というのがあるが、いま手元にはまだ最終卷が届いていないので、すでに終了している本編では、どのような収拾の仕方をしているのかよくわからない。
これは美術大学の学生たちの群像劇である。いちおう楽しみにしている一冊ではある。ちなみに、実写版の映画はそれなりにおもしろかったと言っておこう。
話は戻って「陽の末裔」だが、これももしかしたら最初の少女時代のけなげさとか生き生きした前向きさとかが読者に受けたのかもしれない。それで編集部が乗り出し、後半の展開が大幅にふくらんだ可能性がある。
そしてラストに近くなって逆に急がないといけなくなったのかも・・・などと推測したりする。
ともあれ作品に沿って言うと、後になるにつれて貴族と結婚して栄耀栄華をきわめていこうとする娘の方に大きな焦点が当てられていくようで、また彼女がともすれば好悪の評価が分かれる相当個性的な存在なので、いささか戸惑いを感じざるを得なくなるのがチョイ残念であった。
そのように描くのには、作者なりの意味付けがあるのだが、読み手としては、読んでいるあいだに少しずつ判ってくることなので、途中経過としていささか戸惑わざるを得ないのである。
とにかく女性の生き方をこれほど真っ直ぐに見つめた作品というのは、読んでいてとても気持ちがいい。さらにいえば、こういう作品は得てして男と女を標準的図式に分類してしまって、あたかも善と悪が対立するかのような捉え方になってしまいがちだが、この作品はそうなっていなかった。
さすが、これだけの巨大なテーマに真正面から取り組んでみようという強力な意志と論理的な思考の蓄積を感じさせる作品であった、と全面的に評価するジージなのであった。

以下、明日に続く。
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2009年10月15日

モッキンポットのパンクズの食べ方

ジージは語り口の軽妙さに惹かれて、井上ひさしの小説が大好きである。なかでも「モッキンポット」シリーズは腹を抱えて大笑いしながら読んだものであった。さて、このブログをやっていてふと思い出したのは、このシリーズの中で、登場人物たちがパンの耳について語る場面がどこかにあったなあ、ということ。
屋根の上でパン粉にするためにパンの耳を乾かしながらちょいちょいとつまみ食いしていたら猛烈に腹が痛くなってきた、という場面じゃなかったかな、と思いながら調べてみたが、見つからなかった。かわりに「あれはなかなか喰えるような物じゃないぜ。覿面に腹をこわす」「ひどく堅くて、非常に不味い。あればっかりはよした方がいいよ」というたぐいの会話をみつけた。「モッキンポット」シリーズのひとつ「聖パウロ学生寮の没落」に載っていた文章である。
もしかしたらこれかもしれない。趣旨は同じものだ。そこで、ジージはこれを借りて一言ここで語りたいと思った。食パンの耳はそんなに不味かったか。腹が痛くなるようなシロモノであったか。まず思い出したのは、友人がインスタントラーメンを生かじりして腹痛を起こしたときのことである。
痛快丸かじりしてすぐ、彼は顔をしかめ、「腹が痛い」と言い出した。ジージは即座に言ったものだ。「水を飲め。そうしたら、腹痛は治るよ」・・・然りである。乾物の類は水分をたっぷり補給しながら食さないと、胃の中で猛烈に水分を要求してあばれまわり、腹痛をひき起こすのである。
「レ・ミゼラブル」でジャン・バルジャンが獄中でパンと水しか与えられなかったと書かれているが、水はスープの代わりとして与えられていたのではない。パンをふやけさせ、腹のなかであばれまわらさないために与えられていたのである。パンだけだったら、それも当時の監獄の粗悪なパンだけであったなら、囚人たちはみんな、てきめんに腹をこわしていただろう。それで水をコップ一杯渡していたに過ぎない。
じつはジージたちもパンの耳には多いに恩恵にあずかったことがあった。ジージが小学校低学年の頃であったと記憶する。近所のパン屋の店先にひとかたまり5円であったか、パンの耳が置いてあるのを見つけてさっそく買ってきた。その日の昼と晩の主食になったのだが、一口してざりざりと喉をけずる感触に閉口してしまった。喉を通っていかなくて、とても食べられなかったのである。
そこでジージたちはすぐに一計を案じた。コップに水を入れ、それにパンの耳を浸けてふやけさせ、ふにゃふにゃにして食べたのだ。この作戦は大成功であった。以後、食べにくい乾物類はこのようにして食べるのが、我が家の定番となったのである。
次の日から、我が家ではパンの耳を毎日買うようになった。いや、毎日買いにいこうと決めた。ところがである。「パンの耳ちょうだい」とでかけた3回目、パン屋の奥さんが出てきて、とても優しい声でこう言ったのだ。「パンの耳はもうないの」「でも、ここにあるよ。これちょうだい」「これは予約があるの」「それじゃあ、明日のを予約する」「明日のも予約があるの。明後日のも、その先も予約があるの」
ジージはがっくりきた。焼きたてのパンみたいにふっくらとまるっこいおばさんの顔を見ながら、事の次第を悟った。おばさんは、ジージたちには売らないと決めたのだ。これはどんなにしたって売ってもらえない、そのように理解したジージは、いっぱいの脱力感とともにパン屋を後にした。ショウウィンドウにチンと納まっているでっかいパンの耳の束を横目でにらみながら、敗北感に打ちのめされていたのである。
それから何年か経ち、中学で昼食の時間、ご学友が食パンの耳をちり紙につつんでゴミ箱へ捨てているのを見て、ジージはビックリした。なかには真ん中の柔らかい部分だけくりぬいて食べ、外側を捨ててしまうやつもいた。とても信じられないことだった。
それを目撃した瞬間である。心の中にものすごい怒りが込み上げてきて、おもわずジージはご学友たちを怒鳴りつけていた。「もったいないじゃないか。なんで食べないんだ」怒鳴りながら、しかしジージは、「捨てるくらいならオレによこせ。オレがみんな食べてやる」という言葉を,かろうじて腹の底に呑み込んだのだった。
聖パウロ学生寮の学生たちが「とても食えないよ」といっていた食パンの耳は、いまや貧乏芸能人たちの苦闘の日々を語る上で欠かせないアイテムになっている。時代は変わっていくのだなあとジージは思う。幼いジージたちに「売らない」と決めたパン屋のおばさんの顔を記憶の底からほじくり出しつつ、パンの耳の効用を世に広めてくれた貧乏芸能人のことを、ある種の感謝とともに思う今日この頃のジージなのである。
posted by ガンコジージ at 10:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする